2007-09-28 聖域に住まう人々の生態「スパルタの海」

すごいものを見てしまった。先日、小説の取材でちょっと上京したのだが、その折に渋谷のシネマヴェーラで封印映画の「スパルタの海」を見てきた。
これは83年に戸塚ヨットスクールのスパルタ教育について映画化したもので、ちょうど公開となったところで相撲部屋よろしく暴行致死事件が明るみになってお蔵入りとなった作品である。
戸塚ヨットスクールを支援している団体がこの映画の権利を東宝東和から買い、DVDを通販で売っているという話を聞き、正直なところスパルタ教育が好きな都知事イズムに染まった人達向けのくだらないプロパガンダ映画だと思っていたのだが、それは大きな間違いであった。人の価値観を揺さぶる薫り高い文学性を感じさせる怪作品であった。おそらくそのノリは「シグルイ」や梶原一騎のカラテ作品や「愛と誠」、それにリチャード・バックの「かもめのジョナサン」のような現代社会とは相容れない(同時に人を魅了してやまない)妖しさ、人をファシズムやアナーキズムへと向かわせる危うさを感じ取ってしまった。
物語は戸塚宏役の伊東四朗の視点で描かれ、厳しいスパルタ教育によって世間やマスコミにバッシングされながらも(映画製作時点ですでに死亡者が出ている!)、札付きの不良や引きこもりの少年少女を更生させていくというオーソドックスな作りになっている。粗筋だけを見ればいかにもプロパガンダ的な内容に見えるが、新興宗教が作るような平凡なプロパガンダ映画と一線を画しているのは、あまりにも生々しいヨットスクールの描写があるところ。特に暴力描写のキツさは日本映画でも五指に入るほど。初期たけし映画を彷彿とさせるギトギトの暴力の嵐に私はすっかりKOされてしまった。
冒頭からすごい。部屋にとじこもっている暴力少年のところへ、ヨットスクールの屈強なコーチ陣がどどっと乱入。暴れる少年をバコバコぶん殴って無力化させ、強引に車へと拉致してしまうのである。その暴力はまったく美化されたものではなく、不気味なほどリアルでパワフル。暴れる少年(あまりに暴れるのでウルフと命名される)はボロっちい合宿所へと連行され、強制的に頭を丸刈りにされた上、さらに抵抗する気が失せるまでひたすらボコられ、押入れを改造された上下二段式の座敷牢にぶち込まれるのである。
暴れん坊のウルフ以外にも理屈屋や不良少女や無気力青年などなど、バリエーションに富んだ落ちこぼれが連行されていくのだが、戸塚側はとにかくしごきと暴力の一辺倒である。人格を否定するかのように罵倒し、鉄拳を振るい、新日プロレスでも許されなかった顔面蹴りも飛び出る始末。たるんでいれば即座に海へドボン。なごやかな会話の時でさえも頭をパカーンと叩くことを忘れず、いちいち暴力でコミュニケーションを取るところが最高だ。
しかし見るものを慄然とさせるのは暴力だけではない。町の好意によって使わせてもらっている合宿所は古い民家を改造したもので、今にも南京虫が湧いて出そうなほど陰鬱でぼろっちい。(風呂なし)そこに少年少女は足の踏み場もないほどぎっしりと詰め込まれ、布団も与えられず、寝袋だけで過ごさなければならない。しかし苦しいのは生徒だけではない。映画に登場するコーチ陣はといえば毛布一枚で膝を抱えて仮眠を取るだけ。脱走を企む生徒などを見張らなければならないのだ。だがそんなめちゃくちゃな労働条件のなかでも、ひたすら元気で、早朝からハイテンションで生徒らにパンチやキックを叩き込むのである。
そして何よりも伊東四朗である。見事にビルドアップされた身体でジャージを着込んだ姿はUWFのレスラーのようで、妙にカリスマ性タップリに演じている。社会や警察や身勝手な生徒の両親達から責められながらも、スパルタ道を求道的に追い求める姿は迫力満点。おそらくこの映画がまともに公開されていれば、伊東は違う人生を歩んでいたかもしれない。
スクールの無茶な運営とひたすら続く暴力の嵐を見て、私の頭に浮かんだのはオウム真理教や連合赤軍、戦前の井上日召率いる血盟団といったカルト組織だった。現代社会のルールを否定し、憎悪し、「正しい自分達は超法規的な存在なのだ」という狂気が映画にはみなぎっていた。「あんたのところはもう死人も出てるじゃないか」と警察署へと駆け込んできた生徒を保護した刑事が言うと、伊東は「じゃあ、お前のところで直せるのか!」と噛みつく。別に警察は教育施設ではないというのに。またアクシデントで瀕死状態になった生徒を病院に運ぶが、高速の料金所が混んでいたために、鉄柵などをドカーンと吹っ飛ばして強制突破を図るシーンまである。もちろんそれはさすがにフィクションだろうが、そうした「善のためなら法律も破る!」という揺るぎない信念が独特の妖しさをかもしだしている。
また「自分達は憎まれてもしょうがない存在だ。誰かが嫌われないといかんのや」と呟く伊東には比較的感情移入ができるものの、生真面目そうな女事務員(山本みどり)が言うのである。「ここを卒業する子たちはみんな嬉しそうな顔をする。みんなよっぽどここが嫌だったのかしら……」ここで客席から大爆笑が起きたものである。どこの世界に頭を丸刈りにされ、ひたすら暴行され、「フルメタルジャケット」よりもめちゃくちゃな訓練と罵声を浴びせられる場所に居心地のよさを見つけ出すやつがいるというのか。このひたむきに頑張る女事務員が抱く価値観こそは、麻原に付き従う真面目そうな高弟たちと同じものだろう。
相撲部屋の「かわいがり」事件が明るみになったころと同時期に、この作品が公開されたところに奇妙な縁を感じる。ただカルト組織というものはおおかた隠蔽体質であり、自分たちを善や正義という衣で飾り立ててプロパガンダを行うものだが、この作品はしごきやスパルタ教育を美化してはいるものの、戸塚ヨットスクールという聖域をリアルに生々しく捉えているがゆえに、現代社会から隔絶された異世界を構築することに成功している。だが残念ながら地上波ではもちろんのこと、レンタルやCSでも見られる可能性は低い。DVDを購入してでも見てほしい一本だ。
http://d.hatena.ne.jp/anutpanna/20070925#p1(真魚八重子さんのスパルタ評もお勧め)
コルレオーネ
2007/09/29 10:14
ハートマン軍曹よりキツい訓練なんてどうやったら乗り切れるか考えつかないですよねwかもめのジョナサンよりやもめのジョナサン!トラック野郎最高!今年はラウドパーク行くんですか?2日目熱いですよ!
FUKAMACHI
2007/09/30 11:44
うーん、21日は予定が入っていて……行けないのよね。それにしても1日目と2日目のメンツのレベルの差がかなり違うような。でも埼玉だから、ひょっとすると思いつきで足を伸ばすかも。アークエネミー見てえ。