| 硬券切符の歴史と資料/茜堂 | |||||
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硬券切符の大きさ四つの秘密 |
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国内では一般的に切符は、板紙(厚紙)の硬券と、薄紙の軟券とに分けられています。
硬券の印刷は一般的には活版印刷ですが、近年の記念硬券等では、平版(オフセット)印刷の物も登場しています。 通常の硬券切符については、次の4つのサイズに分けられます。 A(型)券、B(型)券、C(型)券。D(型)券の四種類。 |
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A型券 |
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A型券は、英国人のエドモンソン氏が考案したサイズで、国際的にエドモンソン型として、広く使用されています。
切符の原点とされ、国内ではそのサイズを3×5.75cmと規定しています。 |
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清里驛、5銭入場券。
昭和8年8月3日、鉄道省。 |
特急券、800粁、1等、つばめ印。
昭和12年5月12日、鉄道省。 |
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昭和8年、鉄道省、5銭、赤線横一条引入場券。昭和12年、鉄道省、赤線斜二条引特急券、1等、つばめ印付。
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B型券 |
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B型券は我国独自の物で、2.5×5.75cmに規定されました。
有楽町印刷場(後の東京印刷場)の場長であった、武井伝次郎氏が用紙節約の為に、昭和3年頃に考案されたものです。 戦前の統治の影響により、韓国(韓国では早々に消滅)や中国にも、伝わりました。 |
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旧様式、入場券、表、ソウル駅。
通用5列車12時13分、150ウォン。 |
韓国国鉄、裏、ソウル駅発行。
1985年1月5日。 |
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1985年1月5日、韓国・ソウル駅入場券(旧様式、表裏)、通用5列車12時13分、150ウォン。
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C型券 |
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C型券は、A券を二段に重ねた大きさで、6×5.75cmの券。
主に補充往復乗車券、準常備連続乗車券や乗継割引券等に使用され、現在では余り見掛ける事の無い希少な券です。 |
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| 最初のC型券は補充往復乗車券として、 鉄道院の時代の、明治43年10月20日から施行されました。 |
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京成電鉄、京成上野駅発行。
昭和38年3月20日、特急往復指定券、第一開運号。 |
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| 特急開運号は京成電鉄で、昭和27年5月1日に運転を開始し、昭和46年12月29日に廃止されました。 現在のスカイラーナーの前身となります。 |
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D型券 |
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D型券はA券を横に延ばした、3×8.7cmの大きさ。
特急券や急行券等の指定関係の券、一様式券、100km以上の往復券等、現在では記念切符等にも使用されています。 |
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新幹線指定席特急券、こだま号。
昭和47年8月14日、国鉄(JNR地紋)。 |
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昭和47年、国鉄新幹線、赤線縦一条引、こだま号指定席特急券(裏面に座席指定表示)。
以上の硬券類は、年月を重ねる上で経費的な観点から、徐々に軟券へと移行して行きます。 軟券では自動券売機による印刷券売機券や、窓口販売での端末券(マルス端末、POS端末)等が、主流となります。 また、プラスチックの電子カード切符(ICカード)等も台頭し、硬券を見る機会は少なくなリました。 地方の私鉄等では、まだ硬券が現役で使われている所も有る様ですが、 関西の私鉄では、国鉄時代と比べても早々に軟券化や自動改札システムが先行し、硬券を見る事は難しくなっています。 明治の創世期からJRまでの硬券切符の歩み |
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明治時代の鉄道創世期から、JRまでの官営鉄道発行の硬券切符の歴史と様式を、年代順にまとめて記述しています。
特記の無い物は乗車券の事を表しています。皆様方の切符整理の参考にでもなりましたら幸いです。 |
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■明治5年5月頃
最初の切符は、英国人のエドモンソン氏が考案したサイズ、エドモンソン型のA型券で登場します。 裏面には「英語、独語、仏語」の三ヶ国語の表示が付きます。 ● ■明治9年12月1日 裏面には、ドイツ語とフランス語の表記が払拭され「日本語、英語」の二ヶ国語の表示が付きます。 ● ■明治21年11月20日 乗車券地模様は無し、発着駅名は「漢字表示」から「ひらがな表示」に変更されます。 ● ■明治30年11月頃 裏面には、日本語表記が外され「英語」の一ヶ国語の表示が付きます。 ● ■明治30年11月1日 旅客等級を、上等、中等、下等から、一等、二等、三等に変更されます。 乗車券面の着色は変わりなく、一等が白色、二等が青色、三等が赤色の貼り合わせ券で推移します。 |
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薄い染め和紙(麻紙)による、ボール紙への両面貼り合わせ切符、明治36年5月1日、大坂(大阪)〜兵庫。
官営鉄道の神戸駅(東海道本線)へ乗入れをしていた、山陽鉄道(後の山陽本線)兵庫駅への、連絡片道乗車券。 ● ■明治30年11月5日 主要10駅(新橋駅、品川駅、横浜駅、名古屋駅、京都駅、大阪駅、三ノ宮駅、神戸駅、金沢駅、横浜駅)にて、 入場切符(後の入場券)が、2銭にて販売されます。最初の入場券は縦型のA型弐銭縦型券となります。 ● ■明治35年4月15日 鉄道作業局発足、乗車券面に鉄道作業局五文字波状網目模様の、地紋が付きます。(発券時期不明) 表面ひらがな右書き表示。裏面には英語表記が付きます。 ● ■明治38年7月1日 新橋駅の入場券のみ、入場者抑制のため五銭に値上げされます。 名称が、入場切符から入場券へと変わり、形態が縦型から現行の横型に変わります。A型五銭横型券となります。 ● ■明治39年4月16日 二地帯制(距離式)の急行券が、登場します。新橋〜神戸間の運転中の急行列車に、急行料金として適用されます。 五百拾哩未満白斜1条、五百拾哩以上白斜2条となります。 |
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二地帯制時代の百五拾哩以上の、三等急行券流用の大正2年の往復乗車券(上野〜田端、巣鴨)の表面と裏面。
マット調の色合いが、とても鮮やかです。 ● ■明治39年10月1日 公務軍人、軍属、警察官の旅行に付いて、管用割引制を制定。官割断線が、切符右側に入ります。 ● ■明治40年4月1日 帝国鉄道庁発足、券面に帝国鉄道庁五文字波状網目模様の、地紋が付きます。(発券時期不明) ● ■明治41年12月5日 鉄道院発足、券面に鉄道院三文字波状網目模様の、地紋が付きます。(発券時期不明) ● ■明治45年4月1日 鉄道院、券面に「てつだうゐんGIR」の地紋が付きます。切符は貼り合わせ券から、専用紙券に変更されます。 年間入場者10万人以上の一等駅の入場券も、五銭に値上げされ、A型五銭横型券となります。 ● ■明治45年6月15日 特別急行列車新設により特別急行列車券、座席番号付特別急行列車券、寝台使用特別急行列車券が、登場します。 特別急行列車券は二地帯制に、普通急行列車券は二地帯制から均一制に変更されます。 特別急行列車券の一等に黄色が登場します。 |
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均一料金時代の仙臺驛(仙台駅)発行の、東北線用の普通急行列車券(右書表示)二等の表面、青色がとても鮮やかです。
裏面には、英語一ヶ国語の表示が入ります。 戦争の勝利が影響した大正期硬券切符の歩み |
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大正年間では、日露戦争の大勝利の影響等もあり、軍や官吏の力が大きくなり官職割引き制度が定着します。
日本文字の横書きが右書きから左書きへと転換され、切符表記も左書きへと転換されます。 |
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■大正初期
入場券の注意書きから「候」の文字が無くなります。 |
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大正4年2月12日、右書き弐銭入場券、裏面には英文字一ヶ国語の表示が入ります。(鉄道入場券図鑑16頁掲載)
● 大正期のみ、小児断線部分に官公断線が、交わる様に入ります。(線形から、エックス断線とも言われています。) |
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大正5年の三等乗車券(ひらがな右書き表示、鉄道院GIR地紋)、官職割引と小人割引の乙片断線が、クロス表示されます。
裏面には、英文字一ヶ国語の表示が入ります。 ● ■大正4年3月1日 特別急行列車券、普通急行列車券の名称が、それぞれ特別急行券、普通急行券に変更されます。 表面に特急、急行の二文字を赤ベタ文字(影)として、横列に配置します。 ● ■大正4年9月16日 自至駅名は「ひらがな表示」から「漢字表示」に変更されます。 但し、読みにくい漢字駅名は、ひらがな表示でも構わないとする特例が付きます。 |
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大正8年の二等乗車券(京都〜住吉、漢字右書き表示、官公断線、鉄道院GIR地紋)、裏面には英文字一ヶ国語の表示あり。
● ■大正7年8月1日 東京、上野、大阪の三駅の入場券が十銭に、その他の駅の入場券が、五銭に値上げされます。 ● ■大正9年2月1日 書式が「右書表示」から「左書表示」に変更されます。(ダッチングによる日付も同様) 特別急行券、普通急行券が三地帯制となり、名称が特別急行列車券、普通急行列車券に再度変更されます。 更に、特別急行列車券には特急の輪郭赤影が、普通急行列車券には急の輪郭赤影が、それぞれ付く様になります。 また、この頃には、入場券に日付を入れない無日付券となります。(目的、実施年月日は不明) |
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左書表示になった頃より、入場券のみ無日付券となります。裏面には三項目の注意書きが、表記されます。
● ■大正9年5月15日 鉄道院を廃止し鉄道省を設置、券面に「てつだうしゃうGIR(過度期GIR表示)」の地紋が付きます。 東京、名古屋、神戸、門司、仙台、札幌の六箇所に鉄道管理局を設置します。 ● ■大正10年1月11日 官公断線の表示が「官」の文字から「公」の文字に変更されます。 乗車券のヨリ表示が、よりゆき表示に変更されます。 |
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大正11年の三等乗車券(大阪〜芦屋、官公断線、鉄道省GIR地紋)、裏面には券番のみの表示となります。
● ■大正後期 鉄道省、券面は「てつだうしゃうGIR」地紋から「てつだうしゃうGJR」の正式地紋に変更されます。 ● ■大正12年7月 普通急行列車券、普通急行列車券が地帯別に応じ「赤線斜引」が入ります。 501哩以上(赤斜三条)、500哩迄(赤斜二条)、250哩迄(赤斜一条)の三地帯制。哩表示の為、哩(マイル)券とも言います。 |
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昭和3年の哩表示(算用数字)と、大正14年の哩表示(漢数字)の普通急行列車券、
大正13年の哩表示(漢数字)の特別急行列車券(裏面に指定あり)。 特記すべき所は、袋文字(輪郭)の特の大文字が前に付き、特特別急行列車券とダブって表記されている所です。 ● ■大正14年2月20日 書式が「漢数字」から「算用表示」に変更されます。(等級は除く) ● ■大正15年頃 官公断線の廃止により、断線から「公」の文字が削除されます。(実施年月日は不明) 激動の昭和期JRまでの硬券切符の歩み |
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昭和元年より昭和64年の間には、我国最後の大戦を迎えます。
戦中戦後の物資が困窮する中の、幾多の制度変革や切符様式の簡略化等から、当時の英知と苦労を伺い知る事ができます。 |
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■昭和初期
乙片(小児断線右側)に、集束用の綴り穴位置の黒点が付きます。 |
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昭和4〜5年の乗車券、券表右肩に乙片の綴り穴用の黒点が印刷される。後に穴開け処理がなされた切符へと推移します。
● 一部の乗車券の1〜2等の表面に、行き先駅名の英文字(ローマ字)併記が施されます。 初期の頃には、発駅と着駅、後に着駅のみの英文字(ローマ字)併記等となり、英文字或はローマ字で有ったりとします。 |
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一般式片道乗車券、発駅と着駅の両駅名が、頭に音引きが付いているローマ字で併記されています。鉄道省GJR地紋。
相互式片道乗車券、¥と円が共存する変則的な切符、初期の券には¥は付けられていません。国鉄JNR地紋。 ● ■昭和5年4月1日 特別急行列車券、普通急行列車券が「哩表示」から「粁表示」に変更されます。 801粁以上(赤斜三条)、800粁迄(赤斜二条)、400粁迄(赤斜一条)の三地帯制が、制定されます。 主要都市の一等駅の内、27駅の入場券が10銭に値上げされます。 |
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昭和16年と10年の粁表示の3等普通急行券、昭和7年の粁表示の二等特別急行列車券富士号(前様式の流用券)。
画像の切符は、特急券のトレインマーク押印の初日券(昭和7年8月1日)で、昭和17年1月1日に押印は廃止されます。 大正15年4月1から「特」の黒字が、大きく表示されています。 ● ■昭和7年8月1日 等級数字が「漢数字」から「算用数字」に変更されます。 特別急行列車券、普通急行列車券の名称が、特別急行券、普通急行券に再度変更され、トレインマークが押されます。 全ての一等駅の入場券を、10銭に値上げされます。(8月中に値上げ、開始日不明) |
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昭和11年の博多驛、10銭入場券。
● 異級乗車券(一等異級連絡乗車券として、明治42年12月28日に登場)は、従来の異の押印から、 小児断線の券面右上に角線内異の表示が付いた、常備式の、正面異影入りの片道乗車券を設定します。 |
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昭和41年の神田駅発行の異級乗車券、神田〜東京駅間は国電区間で1等車が無い為の処置となります。
異影のB型乗車券は、異影のA型乗車券と比べると、地域的に発行頻度が少なく、非常に希少な券となっています ● ■昭和17年1月1日 入場券は、徐々にB型券に移行されます。特別急行券、普通急行券の地帯別赤線斜引き最終期券が登場し、 401粁以上(赤斜二条)、400粁迄(赤斜一条)の二地帯制となります。 |
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昭和17年6月7と翌8日(戦時中)の普通急行券、地帯別最後の赤線斜引様式の2等401粁以上と3等401粁迄。
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■昭和17年4月1日 入場券は最低運賃と同額となり、全駅10銭に値上げされます。 ● ■昭和18年7月1日 戦時体制によリ不要不急の旅行が制限され、特別急行を第1種急行、普通急行を第2種急行と改め、列車指定制とします。 また、特別急行、普通急行の近距離乗車制限のため、401粁以上の料金均一制となります。 この頃には用紙節約の為、乗車券、特別急行券、普通急行券等も徐々にB型券に移行されます。 長らく続いて来た赤斜線引きも戦時節約の為、廃止されます。 |
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制定直後のB型券での列車急行券(112列車急行券、常備券)、112列車は、大阪〜東京の2等寝台車付きの急行列車。
● ■昭和18年11月1日 鉄道省から運輸通信省に換わリますが、地紋は引続き「てつだうしゃうGJR」を使用します。 ● ■昭和19年4月1日 戦時特別運賃加算により「特別運賃共」の表示が付きます。 |
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制定直後の乗車券(混乱期の為か、地紋が天地逆のミス券)、以降、戦時節約の為、無地紋券へと移行していきます。
● ■昭和19年10月頃 戦時混乱により無地紋券が発行されるなか、広島局の簡易地紋「工」の地紋券が、発行されます。 ● ■昭和20年4月1日 乗車券の面積縮小と券面の簡素化に伴い、特別運賃共の表示と3等表示が、廃止されます。 |
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■昭和21年11月10日 戦後復興の旗手として準急行券が、登場します。 ● ■昭和22年7月7日 料金均一制から「三地帯別」制へ変換され、列車指定急行券の「地帯別(距離別)」が、 印刷度数を一回分節約すると言う観点から、赤線の代用として、名称下の黒線引きで登場します。(一期B券) 1201km以上(黒線横三条)、1200km迄(黒線横二条)、600km迄(黒線横一条)となります。 |
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6列車急行券、2等、黒線横二条、1200キロ迄(一期券)。
昭和23年6月30日から準急券が、昭和24年5月1日からは特急券が、同様に変換され三地帯制となります。(各々一期A券) 1201km以上(黒線横三条)、1200km迄(黒線横二条)、600km迄(黒線横一条)となります。 昭和24年9月15日には、列車指定急行券から普通急行券へと名称変更され、 更に昭和25年4月1日から、四地帯制(二期A券)となります。 1201km以上(黒線横四条)、1200km迄(黒線横三条)、600km迄(黒線横二条)、300km迄(黒線横一条)となります。 |
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特別急行券(第4列車)3等600粁迄(一期券)、普通急行券3等600キロ迄(二期券)、準急行券3等600キロ迄(二期券)。
● ■昭和24年6月1日 日本国有鉄道が発足しますが、まだ地紋の設定は無く、地紋は引続き「てつだうしゃうGJR」を使用します。 ● ■昭和25年4月1日 準急行券が、四地帯制となります。(二期A券) 601km以上(黒線横四条)、600km迄(黒線横三条)、300km迄(黒線横二条)、150km迄(黒線横一条)となります。 ● ■昭和25年5月1日 乗車整理券の先駆けとなる、発駅着席券が登場します。 |
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年末年始やお盆の混雑期に、始発駅での着席を確保する為に発行された、乗車整理券。
昭和40年10月1日に、旅規に正式に制定されます。 ● ■昭和25年10月1日 特別急行列車券以外の列車に連結される、特別2等客車に客車指定券(後の特別2等車券)を制定します。 |
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■昭和25年6月頃 日本国有鉄道、一部の券面に「こくてつJNR」の地紋が付きます。 |
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■昭和26年4月1日 日本国有鉄道、入場券を除く全ての券面に「こくてつJNR」の地紋が付きます。 全ての乗車券に3等表示が、6年振りに復活します。 ● ■昭和26年11月1日 地帯別黒線引きの特別急行券、普通急行券、準急行券が、それぞれ廃止されます。 客車指定券が廃止され、グリーン券の先駆けとなる、特別2等車券(特ロ券)が登場します。 |
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昭和27年8月の特別2等車券、略して特ロ券(トクロケン)とも言われています。裏面には英文字の表記が有ります。
裏面の英語表記は、昭和27年3月15日から入る様になります。 進駐軍の提言で設けた、リクライニングシートの2等車に、従来の2等車との設備格差から、 別料金(後のグリーン料金)が設定されます。改訂後間もなく、普通急行列車の2等車は全座席指定制となった為、 2等の座席指定券が必要となり、特別2等車券の必要がなくなり廃止されました。 ● 特別急行券、普通急行券の赤線斜引きが、8年4ヶ月振りに復活し「地帯別(距離別)」から「列車種別」に変換されます。 特別急行券(赤斜三条)、普通急行券(赤斜二条)、準急行券(赤斜一条)となります。 |
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昭和33年(縦引時代券の物で斜引台紙使用の流用券)の特別急行券、昭和29年の普通急行券、昭和29年の準急行券。
昭和27年3月15日から特別急行1〜2等車券、普通急行1〜2等車券、特別2等車券の裏面に英文が表示されます。 ● ■昭和33年8月1日 普通急行列車、準急行列車、普通列車(一部)の2、3等に座席指定制が始まり、座席指定券が発行されます。 |
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昭和37年の1等(旧2等)座席指定券(昭和35年7月1日以降の2等級制の物)、神戸駅発行、裏面に英文字表記が有ります。
● ■昭和33年10月1日 特別急行券、普通急行券、準急行券の「赤線斜引き」から「赤線縦引き」に変更されます。 特別急行券(赤縦三条)、普通急行券(赤縦二条)、準急行券(赤縦一条)となります。 |
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昭和39年の特別急行券、昭和41年の普通急行券・座席指定券(一葉化後)、昭和39年の準急行券(常備券)。
● ■昭和35年6月1日 特別座席券が特別2等車券に変わり制定され、後にグリーン券に変わります。1〜30日間のみ1等が、廃止されます。 ● ■昭和35年7月1日 3等級制(1等、2等、3等)から、2等級制(1等=旧2等、2等=旧3等)へと、変更されます。 旧2等が新1等へ、旧3等が新2等へ、これにより3等が廃止されます。 ● ■昭和36年10月1日 2列車を1個の列車と擬制し、1枚の特急券に座席指定を施した、結合特急券が設定される。 |
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■昭和39年10月1日 新幹線開業に伴い、新幹線特急券、B、C文字入のA型券が登場します。 |
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新幹線ひかり号にはB表示、こだま号にはC表示がなされる。このBC表示は一年間の限定使用となります。
● ■昭和40年6月1日 東京駅のみ、赤線横一条引の10円入場券が、無地になり赤字印刷の入場券となります。 |
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赤字印刷の初日入場券。国鉄史上初の通常配備赤線無し赤活字入場券。
● ■昭和40年10月1日 特別急行券、普通急行券の名称が、それぞれ特急券、急行券に変更されます。 特急券(自由席特急券を除く)の赤線縦引きが、廃止されます。 ● ■昭和40年11月1日 急行券の乗継割引制(半額)が、実施されます。 |
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| 僅か4ヶ月間のみの、赤縦二条の急行乗継券。 赤縦二条引きの急行券は、昭和41年3月4日を最後に、終了しています。 また、当券は、急行券(乗継)で有る所が、普通急行券(乗継)となり、 旧制度時代の普通急行の名称を使用。希少な券の上、更に名称ミス券となっています。 |
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昭和40年12月1日、新幹線、岡山駅乗継。本券は断裁後に一枚づつ赤刷りされた、在庫調整の券。
急行乗継券の赤線引きは、僅か4ヶ月程で廃止された、非常に希少な券となります。 制度上、急行券(乗継)であって、普通急行券(乗継)は、名称変更日と乗継割引制の実施日から考え、明らかにミス券です。 ● ■昭和41年3月4日 急行券、準急券の赤線縦引きが、本日を最後に廃止されます。 入場券から特例を除いて、赤線横一条引が本日を最後に消え、10円入場券の最終日となります。 |
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最終日の赤線引10円入場券、天理駅、原町駅、嵯峨駅。嵯峨駅は平成6年9月4日、嵯峨嵐山駅に改称されます。
中央の原町駅(篠栗線、券番0081)は、珍しくA型券で最終日を迎えています。 ● ■昭和41年3月5日 赤線横一条引の10円入場券が4日限りで終了し、5日から無地の20円入場券となります。 一部の駅では、残部の10円券に料金変更印を施したり、無修正の10円券を20円で販売されました。 また初期の頃は、特例として余剰赤線流用券として赤線20円入場券が、一部の駅で流通しました。(詳細は三段下に別記) ● ■昭和43年10月1日 長らく親しまれた、準急行券が廃止されます。 ● ■昭和44年5月10日 等級制が廃止され、モノクラス制となり特別車両券(グリーン券)が、登場します。 |
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昭和44年5月10日(初日券)のグリーン券(特急、急行用)、昭和48年のグリーン券(普通列車用)、
昭和49年のグリーン券(連絡船用)。制度上、等級制が廃止されましたが、グリーン券は事実上の等級切符となりました。 特殊な硬券入場券 |
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一般的な様式の硬券入場券とは少し異なった、入場券を紹介致します。
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国鉄の四国では、一部の主要駅小児用入場券に、目的不明乍らJNR赤地紋が付きます。
大人入場券30円時代の小児用入場券の内、高松駅、徳島駅、松山駅、高知駅のみ、JNR赤地紋の赤券で発行されます。 ● ■昭和52年12月19日 入場券の不正使用対策として東京駅では、往年の赤線入場券を模倣した、東京駅カメレオン作戦券が登場します。 第1回=昭和52年12月19日〜25日(7日間)、60円入場券。 第2回=昭和53年12月6日〜8日(3日間)、80円入場券(60円の流用券で、運賃変更印が押されています)。 第3回=昭和54年11月18日〜20日(3日間)、100円入場券。 |
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第2回目発行(最終日券)の60円流用券。
東京駅にて午前11時迄に黒活字赤線入りで発券され、午前11時を過ぎると、 通常の赤活字入場券を発券し大凡の滞在時間を割出し、不正使用者を摘発する国鉄の作戦券。小児券(小影赤線)も同様。 入鋏の無い当券につきましては、当時、東京駅にて収集記録目的との事情を話し、 筆者が直接購入した物である事を、ご理解ご了承願います。 ● ■昭和62年4月1日 民営分割、駅名左にJR各支社の符号(発区分記号)が付きます。 ● ■昭和62年11月11日 各社の旅客鉄道(JR)の券面に「JR」の地紋が付きます。 JR北海道=北、JR東日本=E、JR東海=C、JR西日本=W、JR四国=S、JR九州=K、JRバス=Bの符号が、 それぞれ地紋のJRの間に入ります。但し、JR北海道のみ12月1日から実施されます。 JR九州の一部の主要駅入場券に、目的不明乍ら(JR開業記念の意かと推測されます)JR赤地紋が付きます。 |
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九州の乗車券と同じJR九州地紋の赤券。平成元年の後半頃には白券に戻ります。
● 平成の時代に入ると、硬券は徐々に姿を消して行き、 代わりに、電算券(マルス端末、POS端末)や、電子切符(ICカード)が台頭してくる中、 リバイバル的な記念硬券が、数多く発行されます。 然し、且つての様な趣の有る硬券では無い事から、当硬券の歴史は昭和をもって、終息とさせて頂きます。 変わり種硬券入場券 |
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上段の異なった様式の硬券入場券を紹介したついでの、続編として、硬券の歩みとは別の視点で紹介致します。
■入場券伊東駅の乱 上段の国鉄JNRの赤地紋入場券や、JRの赤地紋入場券とは、本質的には異なる地紋入り入場券で、 本来の切符として使い道の無くなった、地紋入りの余剰台紙を使った流用券です。 |
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余剰となった、鉄道省GJR赤地紋台紙を流用した、赤線入場券と通常の赤線入場券。
余談ですが、関西では幼少の頃から、伊東と言えばハトヤのTVCMが有名でした。今でも耳に残っているコマソン。 伊東に行くならハトヤ、電話は良い風呂、伊東で一番ハトヤ、電話は良い風呂、4126、4126、 はっきり決めた、ハトヤに決めた。伊東に行くならハトヤ、ハトヤに決めた。 ● ■入場券新札幌駅の乱 札幌刷場では、昭和48年8月の規則改正に伴い、合理化の為、乗車券を入場券の代用とする目的で、 金額式乗車券との併用入場券を導入します。 |
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通常の金額式乗車券との併用入場券、札幌駅、国鉄JNR地紋と、後に発行された通常の入場券(白券)。
● 千歳線に位置する新札幌駅は、昭和48年9月9日の開業で日も浅く、金額式乗車券との併用では、乗客に混乱を来す為、 馴染みの無い乗車区間でも、分かり易くする目的で、 日本で唯一の、地図式乗車券との併用入場券が生まれました。 この様式は規則違反との声も有りましたが、30円券、60円券、80円券と3期に渡り発行されました。 初期の目的が達成されたのか、昭和54年5月19日を最後に廃止され、以降は通常の入場券に変更されています。 |
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日本で唯一の、地図式乗車券との併用入場券、新札幌駅、国鉄JNR地紋と、後に発行された通常の入場券(白券)。
● ■入場券緑駅の乱 緑駅の入場券は、中期の30円入場券までは、新字体(新漢字)の駅名「緑」でしたが、 後期の30円入場券からは、何故か時代が逆行したかの様な、旧字体(旧漢字)の駅名に変わりました。 現代人には旧字体(旧漢字)の駅名を、読める方は余り居られないのではと、思われるのだが。 但し、後に発行された記念硬券類では、同様の活版印刷で有るにも関わらず、旧券同様の新字体になっています。 また、駅看板や駅名標等は、現在も変わる事無く新字体の緑駅なのです。経緯不明の全く不思議な切符です。 |
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左から、札幌印刷場30円4期券、札幌印刷場30円5期券、札幌印刷場30円5期券の駅名旧字体。
新字体駅名入場券と、後に発行された旧字体駅名入場券類。どちらも発行駅名部は、新字体表記となっています。 |
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国鉄からJR北海道に変わってからも、駅名は旧字体で表現されています。
活字の都合上の物なのか、或は、何らかのこだわりが有るのかは、良くは分かりませんが、 発行駅名部分は、上段の入場券と同様で、新字体表記となっています。 上段左の券は、札幌印刷場30円の4期券ですが、旧字体に変わったのが、真中の30円の5期券の途中からですので、 分類的には、新字体から旧字体に変わっていますので、5期券の亜種扱いでは当然収まりません。 やはり、札幌印刷場には存在しないとされる、30円の6期券と言う事になるのでしょうか。 ご覧のとおり、国鉄からJRになり、そして160円券になっても、緑の字は復活しなくて、旧字体のままとなっています。 さて、その意図はどこに有るのか、単なる欠品活字の代用なのか、残念ながら良く分かりません。 緑の旧字体を、本文中にて表現したいのですが、パソコンにも見放されていて、 残念ながら、茜堂のアプリケーションでは、Unicode専用の文字に対応していないので、本文中には表現出来ません。 赤線20円入場券 |
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次の六箇所の印刷場管内の各駅において、希少な20円赤線入場券が限定発行されています。
東京印刷場では、事前に平版での赤線刷り帳付け台紙の印刷調整を行い、 使い切ると同時に、廃止までは定形での赤と墨の二色刷り活版に切り換えた為、赤線台紙の余剰は無かったようです。 その為、東京印刷場の末期の活版赤線刷りの入場券では、赤線が左右の断裁面の少し手前で途切れているのが、特徴です。 茜堂の 謎の久大本線田主丸駅赤線20円券 に、田主丸駅赤線20円入場券の顛末記を、掲載しています。 駅=自は自動券売機券を、表しています。 駅=両は自動券売機券と窓口券を、表しています。それ以外は窓口券となります。 ■札幌印刷場 留萌本線(留萌駅)、宗谷本線(風連駅・和寒駅)、渚滑線(濁川駅)、石北本線(丸瀬布駅・遠軽駅・相ノ内駅・ 北見駅=両・美幌駅)、釧網本線(網走駅・斜里駅・弟子屈駅)、根室本線(根室駅・茶内駅・釧路駅=自・白糠駅・豊頃駅・ 池田駅・帯広駅・芽室駅・新得駅・島ノ下駅・上芦別駅・芦別駅・赤平駅)、広尾線(更別駅・広尾駅)、 富良野線(上富良野駅)、日高本線(様似駅・西様似駅・浦河駅・新冠駅・厚賀駅)、富内線(振内駅・富内駅・穂別駅・ 豊田駅)、室蘭本線(栗山駅・追分駅・苫小牧駅・竹浦駅・登別駅・東室蘭駅・室蘭駅・伊達紋別駅)、夕張線(沼ノ沢駅・ 清水沢駅)、岩内線(岩内駅)、胆振線(新大滝駅)、函館本線(旭川駅=自・納内駅・滝川駅・砂川駅・茶志内駅・岩見沢駅・ 豊幌駅・苗穂駅・琴似駅・小樽築港駅・南小樽駅・塩谷駅・小沢駅・狩太駅・蘭越駅・黒岩駅・八雲駅・掛澗駅・ 大沼公園駅・大沼駅)、 江差線(木古内駅・湯ノ岱駅)、松前線(松前駅)等。 |
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札幌印刷場の自動券売機券は通常券ですが、窓口取扱いでは北海道特有の雪の様な白い地肌の硬券が使われていました。
一般的な入場券のボール紙(未晒紙)に対し、北海道では一時期、窓口販売のみ化粧ボール紙(晒紙)を使用していました。 ■仙台印刷場 大畑線(川代駅・田名部駅)、大湊線(大湊駅・近川駅)、八戸線(八戸駅・陸奥湊駅・種市駅・陸中夏井駅)、 花輪線(大滝温泉駅・八幡平駅)、山田線(大志田駅・浅岸駅・区界駅・箱石駅・蟇目駅・宮古駅=自・豊間根駅・ 鵜住居駅)、釜石線(矢沢駅)、大船渡線(陸中松川駅・摺沢駅)、北上線(黒沢駅・陸中大石駅・江釣子駅)、 陸羽東線(堺田駅・川渡駅・池月駅・陸前古川駅)、仙山線(熊ケ根駅・奥新川駅・高瀬駅)、奥羽本線(赤岩駅・笹木野駅)、 東北本線(小川原駅・三沢駅・北高岩駅・小鳥谷駅・小繋駅・好摩駅・盛岡駅=両・花巻駅・北上駅・一ノ関駅=両・ 塩釜駅・岩切駅・仙台駅=自・松川駅)、石巻線(石巻駅・陸前稲井駅)、仙石線(陸前高砂駅・松島海岸駅・下馬駅・ 宮城野原駅)、磐越東線(舞木駅・磐城常葉駅)、磐越西線(喜久田駅・安子ヶ島駅)、会津線=只見線(会津若松駅・ 会津本郷駅・塔寺駅・会津川口駅)、会津線(上三寄駅・弥五島駅)等。 |
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仙台印刷場の硬券では、裏面4桁の券番以外に、大きな数字(1)が付記されています。
これは券番の循環符号で、1万単位の組番号を表しています。通常は、表面の駅名の前に、小さく表示されています。 また古くには、同様に、1万単位を(いろは)の組符号で、表示されていました。 ■新潟印刷場 羽越本線(秋田駅=自・新津駅=自)、信越本線(東三条駅=自・柏崎駅=自・直江津駅・高田駅=自・新井駅=自)、 八高線(明覚駅)等。 ■名古屋印刷場 中央西線(千種駅)、高山線(飛騨一ノ宮駅)、東海道本線(蒲郡駅)、小浜線(東小浜駅)等。 ■高松印刷場 高徳本線(高松駅=自・栗林駅・三本松駅・板東駅)、徳島本線(徳島駅=自・府中駅・阿波山川駅・江口駅・辻駅)、 牟岐線(牟岐駅)、土讃本線(琴平駅・祖谷口駅・小歩危駅・大田口駅・大杉駅・安和駅)等。 ■門司印刷場 鹿児島本線(小倉駅)、筑豊本線(桂川駅)、勝田線(上亀山駅)、筑肥線(鹿家駅)、長崎本線(肥前白石駅)、 佐世保線(永尾駅)久大本線(南由布駅・庄内駅)、日豊本線(日向長井駅・南宮崎駅・田野駅)、日南線(青島駅・串間駅)、 志布志線(岩川駅)、古江線=大隈線(鹿屋駅)、肥薩線(大隈横川駅・霧島西口駅)等。 ● 20円赤線入場券の有名コレクターでいらっしゃる、永田博昭 氏、中島英明 氏の両氏よりの詳細な情報を元に、 追加編集、修正削除をさせて頂きました。この場を借りまして、お礼申し上げます。 20円赤線入場券情報更新(永田 氏、監修)/2007.6.23 20円赤線入場券情報更新(中島 氏、監修)/2006.6.30 20円赤線入場券の関連情報は 北海道20円赤線入場券販売状況 のページにて、ご覧になれます。 ● また、実券未確認ながら、運輸情報センター発行の「鉄道入場券図鑑」昭和56年10月25日初版発行本には、 上記記載に加え、以下の発行駅の記載が有りますので、追記させて頂きます。 ■札幌印刷場 宗谷本線(永山駅)・天北線(浅茅野駅)・羽幌線(羽幌駅)・留萌線(増毛駅)・富良野線(富良野駅)・池北線(陸別駅) ■仙台印刷場 陸羽東線(鳴子駅)・東北本線(品井沼駅) ■高松印刷場 徳島線(小島駅)・土讃線(善通寺駅) ● 上記以外の駅で、該当入場券を発売された駅をご存知の方、或は現物入場券を、お持ちの方が居られましたら、 その旨、茜堂迄メールにてご一報頂けましたら幸いです。 駅での違法な切符収集は御法度です |
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委託駅や無人駅等の改札口に置かれている、使用済み切符類が入っている箱、中を覗いてみると何やら素敵な切符が、
でも、欲しいと思っても、決して手を入れぬ様に。持ち去った時点で、刑法235条の窃盗罪に問われます。 「他人の財物を窃取したる者は窃盗の罪と為し10年以上の懲役に処す」とあります。 例え、未遂であっても刑事罰の対称となります。 ● ここで言う財物の意義とは、その性質上窃取、占有移転という、事実的なる侵害の方法になじむ物で有る事を要し、 判例では管理可能性説をとり、金銭的、経済的価値の有無を、問わないとなっています。 ● そして、財物に当たるとされた事例に「駅の集札箱に保管中の使用済み切符類の窃取」が上げられています。 近年においては、シホ(車内補充券)等を抜き取った人が、逮捕された事例もございますので、 駅施設内の通路やゴミ箱であっても、無断で持ち去れば同罪です。 以上の点を十分に留意され、違法な収集方法だけは行なわない様に、ご注意願います。 |
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