清水 眞理子訳 この本が出来るまで 1956年、イースター 拝啓 でも貴方には他に何を書けばいいのかしら。またフェーンが吹いて ブラジルはとても遠いし、私たち夫婦も何年も住んでいた所だから、 悪くないんじゃないかしら?私たちに書くことがなくなったら、私たちの犬に では、次回から貴方のところのボクサーが私のスコッチテリアに手紙を出して 第1章 ボクサー犬ニックの自己紹介 リオ・デ・ジャネイロのガレージにて 親愛なるセプリ ぼくより良い家族と一緒にいることを願うよ。 |
きみはチューリッヒのテリア・クラブから青いリボンを貰っているから、誰にでも自慢できるよ。 山の向こうのぼくの彼女は金も青も何ももらっていないけど、メダルやリボンなんかよりいい香りがするよ。 でももう「ロルフ」が彼女と名前もない野犬の群れと一緒にいるんだ。それなのに、ぼくはガレージにいて、ドアはしっかり鍵がかかっているんだよ。 そんな情けない主人なんだもん。もう泣いちゃうよ。遠吠えすることが出来るんだからね。主人には本当に我慢がならないんだから、泣いちゃうよ。 先ずは何とか彼女のそばにいられたんだ! 今回は捕まったわけじゃないのさ。 ぼくの首輪をつかもうとしたムラート[白人と黒人の混血児]をパクッと噛んだんだ。主人はこのムラートにズボン代を払わないとならなかったのさ。もう前に切れていたんだけどね。 そのおかげでこうしてガレージに座って吠えているんだよ。人間って本当にイカレテるよ。きみのところもそうかい? これでも2日3晩、彼女のところに居て、ロルフに噛み付いてやったのさ。あいつの耳が半分なくなって、ぼくの首すじの肉も少しなくなったけど、また元に戻るよ。 おかげでお腹がペコペコさ。それなのにぼくの主人ときたら、何を持ってきてくれたと思う?肉なしの気の抜けたライススープだけだよ。それで言ったものさ、「それで反省するんだな」って。 何を反省しろって言うんだよ。人間が良かれと思うことを考えろって?ちぇっ、そんなの分かってらい。 本当にきみのご主人がぼくの主人なんかよりましだといいなぁ。 ぼくの主人なんかイカレテるのさ。お茶のテーブルをぼくがひっくり返してしまったときは、(テーブルの下で寝てて起きただけなんだよ、ぼくの背のほうがテーブルより高いから仕方ないんだよ)、ぼくを叱りつけたかと思ったら、同じことをしてソーセージをくれたこともあるのさ。それは、テーブルでお隣の人と主人がチェスをやっていたときのことさ。そのお隣さんというのは、ぼくが耳を噛みちぎったロルフのものさ。「えらいぞ、ニック。お前のおかげで負けずにすんだ」ってぼくを誉めてたよ。 今、主人は庭で口ばしが大きなオウムの「ラケル」を撫で撫でしてるよ。「また羽が抜け変わるよ、可哀相になぁ」、「少し待っててごらん、もっとずっときれいな羽になるよ」なんて優しく言ってやがるんだ。 |
ラケルときたら、主人が自分のものだなんてでかい態度でいるものだから、あいつの尻尾の羽を抜いてやったのさ。だから、もう羽は抜け変わらないってラケルは喚いているのに、人間のことばを真似てペラペラ喋っても主人の奴、ほんの2〜3のことばしかラケルの言うことは理解できないのさ。ぼくが羽を抜いたっていうことは分からないのさ。 きみのご主人のためににこにこ尻尾を振って嗅ぎ分けることを忘れないでね。 ボクサーのニックより |
自己紹介するスコッチテリアのセプリ チューリッヒベルグの別荘のソファで 親愛なるニック 500グラムの牛フィレを平らげたんだって、すごいなぁ! |
ぼくにとっては好都合ってもんさ。ほんの少しの食べ物のほかに何が犬の人生にあるっていうんだい。きみは素晴らしい雌犬の後を追ってるよね。でも、ぼくときたら、「きれいにしてもらうために」トリマーさんのところに連れて行かれるんだ。そこにはぼくを待っている正真正銘の血統証付きのスコッチテリアの雌犬がいるんだ。で、ぼくは一度でいいからブロンドの子と付き合いたいと思っているんだ。でも、だめさ。ぼくは退屈なスコッチテリアでいなければならないのさ。というのも、青リボン賞を貰っているからさ。でも、これも愛だって思わないかい。 きみの親友のスコッチテリアのセプリ |