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[33077] 空を翔る(オリ主転生)
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2
Date: 2012/05/08 23:59
初めまして、草食うなぎと申します。

皆様の優れた作品を読むうちに妄想が止まらなくなってしまいまして、自分でも書いてみる事にしました。
文章を書く事が初めてですので色々と至らない点は有ろうかと思いますが、よろしくお願いします。

この小説はゼロの使い魔の二次小説です。
オリ主転生もので内政ものを目指しています。
しかしまだ領地がありません
しばらくは子供生活が続きます。

こんな小説でも読んで下さったら嬉しいです。



最後に、この場を提供して下さっている舞様に感謝します。



改訂のお知らせ

※12/5/8 一度削除して再UPしました。お手数かけて申し訳ありません。
        一章、二章は四から五話まとめて順次UPしていくつもりです。
 


※12/2/29 人物紹介改訂
※12/2/29 隷属の首輪の設定を変更しました
※11/11/11 人物紹介改訂
※11/20 要望があったので簡単な人物紹介をここに載せます
※9/11 1-3を改訂しました。不快に思われた方、申し訳ありませんでした。
※7/6修正終わりました。
現在ウォルフ六歳・サラ七歳・クリフォード十一歳・マチルダ十三歳です。よろしくお願いします。
※7/3現在更新を一時停止して主人公の年齢を改定し、二歳半開始→四歳半開始としようと思っています。
今まで読んで下さった方には本当に申し訳ないと思いますが、多くの方から二歳半という年齢に対する批判を頂き、またこのままだと原作期があまりにも遠すぎると言うことで決意しました。
現在プロットの方は訂正が終わり、本文を順次書き換えている所です。
サラの年齢はそのままなのでウォルフとは一歳差となりました。その他は特に変更はせずにそのままです。
こんなに書いてから変更するなんて、と躊躇していましたがより良い作品にしたいと思っての事です。何卒ご理解とご容赦をお願いしたく思います。
※誤字や小さな修正などは随時しています。大きな修正をした時はここで報告します。
※6/2ご指摘を受けて賞金額を一エキューから三十エキューに増額しました。









人物紹介

年齢は原作開始時のものです
現在ウォルフが九歳なので全員七歳引いた年齢となります

ド・モルガン家                           
ウォルフ・ライエ・ド・モルガン 16歳 火                    
 ガンダーラ商会筆頭株主・技術開発部主任・東方開拓団団長 

ニコラス・クロード・ライエ・ド・モルガン 47歳 風             
 男爵 サウスゴータ竜騎士隊勤務 父

エルビラ・アルバレス・ド・モルガン 43歳 火                
 サウスゴータ太守の女官兼護衛としてパートタイム勤務 母 

クリフォード・マイケル・ライエ・ド・モルガン 21歳 風     
 兄

メイド
アンネ 33歳 水                         
 元デ・ラ・クルス伯爵家のメイド 乳母

サラ 17歳 水                         
 ウォルフの幼なじみで乳姉弟で従姉で自称専属メイド・ガンダーラ化粧品社長・サウスゴータ孤児院院長




ガンダーラ商会
タニア・エインズワース 31歳 風               
 会長 元ガリア貴族で元マチルダの護衛官 

マチルダ・オブ・サウスゴータ 23歳 土             
 サウスゴータ名誉商館長 サウスゴータ太守の娘 

ベルナルド 41歳                      
 会長秘書
カルロ 48歳                                
 アルビオン代表・サウスゴータ商館長
フリオ 37歳                                
 以上三人ロマリア出身の平民

ラウラ 22歳
 サラの従姉妹 航空学校鬼教官                               

リナ 21歳                           
 サラの従姉妹 開発部主席開発員

トムジムサム 22歳                       
 工員

スハイツ 37歳                        
 ガリア代表

フークバルト 38歳
 ゲルマニア代表

東方開拓団

クラウディオ  31歳 風
ルシオ 30歳 風
 オルレアン密偵

モレノ 35歳 風
セルジョ 34歳 風
 ロマリア密偵

マーカス 50歳
 大工

ミック 21歳
 技師

ゲオルク 32歳
 測量技師

モーリッツ 30歳
 重機オペレーター

マルセル 35歳 土 
 開拓団団員代表

グレース 20歳 土 
ミレーヌ 18歳 水
 秘書


アルビオンの人々
カール・ヨッセ・ド・ストラビンスキー 75歳 土           
 家庭教師

ジャコモ 65歳                      
 ジャコモ商会長



ガリアの人々
フアン・フランシスコ・デ・ラ・クルス 75歳 火             
  祖父 伯爵・元ガリア王国軍両用艦隊総司令

マリア・アントニア・デ・ラ・クルス 70歳 風
 祖母
 
レアンドロ・フェルナンデス・デ・ラ・クルス 50歳 風
 伯父 子爵・ガリア王国産業省副大臣

セシリータ・エンカルナ・デ・ラ・クルス 40歳 水
 伯母

ティティアナ・エレオノーラ・デ・ラ・クルス 15歳 水
 従姉妹

パトリシア・セレスティーナ・ソルデビジャ・ド・バラダ 31歳 水
 シャルロットの家庭教師     

ホセ 46歳
 サラの伯父



ゲルマニアの人々
ツェルプストー辺境伯 45歳 火
 ツェルプストー領主

キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー 18歳 火
 友人

マリー・ルイーゼ・フォン・ペルファル 21歳 火
 友人

デトレフ 42歳 土
リア 25歳 水
バルバストル 32歳 風
オイゲン 52歳 水
 ツェルプストー家臣



[33077] 3-1    ラ・ヴァリエール公爵の目的
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2
Date: 2012/05/09 00:00
 降臨祭を前にざわつくサウスゴータの街を、ウォルフは人込みを避けながら美しいピンクブロンド色の髪の少女と一緒に歩いていた。
 明日から十日間が祭りの本番、今夜は前夜祭なので街には多くの屋台が出て賑わっている。東方開拓を始めてから二度目の降臨祭だ。ウォルフは十一歳になっていた。

「昨日よりまた人が増えたわね。なんだか屋台とかも増えて街の様子が違うし、確かにこれで一人じゃ迷子になったかも」
「だから言ったろ。くだらない事で意地を張るもんじゃないよ」

 少女の名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。トリステインの名門ラ・ヴァリエール公爵家の三女だ。ウォルフの恩師・カールからの依頼により彼女に魔法を教えて二日目、この日は『ライト』の魔法を教えたその帰り道、公爵の待つホテルへと送っている途中だった。

「昨日の状況だったらわたしは一人でもきっと帰れた。今日こんな風になっているなんて知らなかったのだもの、しょうがないわ」

 講義が終わって帰るとき、一人で帰れるか一悶着があって結局ウォルフが送る事になったのだが、ルイズは結構頑固だった。実際はルイズには護衛が付かず離れずに付いていて、一人で帰しても問題なかったしウォルフもその事には気付いていたが、まあ、一応女の子だしウォルフには付いてる密偵も多いので念のため無理に付いてきたが正解だったようだ。
 ウォルフに強気な事を言いながら、ルイズはご機嫌だ。その理由はただ一つ、魔法だ。
 これまで彼女はハルケギニアでも屈指の名家に生まれながら魔法が使えなかったのだが、ウォルフの教えを受けるようになって早速昨日は『グラビトン・コントロール』、今日は『ライト』と、次々に魔法を使えるようになっている。その事実は問答無用に彼女を有頂天にさせるのだった。

「ふふふ、『ライト』……くっふふふ、こっちにも『ライト』」

 道を歩きながら呪文を唱え、杖を振って屋台の軒先や夫人の連れている子犬の鼻先、ワインの瓶や吊してある牛の頭など、目に付く端から次々に明かりを灯す。ルイズが灯した明かりは赤や青、緑やオレンジなど様々な色の光となり、人込みで賑わう夕暮れ時の街を彩った。

「おーい。街中でむやみに杖を振らないでくれ。『ライト』とはいえ、怖がっている人もいる」
「何よ、いいじゃない。これから夜になるんだし、いろんな色の光が有ればとても綺麗よ」

 注意をしても聞く耳を持たない。ルイズは上機嫌で更に明かりを増やす。失敗したら惨事を引き起こすくせに良い気分だ。

「ふふふ、こんなに色とりどりの『ライト』をあやつれるメイジなんて、他にはいないわ。七色…そう、"七色のルイズ"よ。ねえ、わたしの二つ名"七色"がいいんじゃない?」
「別に良いけど、それだと七色の『ライト』使えるだけっぽくて、今いちかな」
「何よ、『ライト』だけじゃなくて七色にちなんだ魔法が出来るようになればいいだけよ。えっと、赤い閃光と共に炎が燃え上がる、とか青色の光ともに水が噴き出す、とかそんな感じで」
「あー、まあ、頑張って」

 彼女が今使っている『ライト』は電磁波を発する魔法だ。通常ハルケギニアのメイジは様々な波長の光が混じった白色の可視光を発しているが、イメージさえ持つ事が出来れば電波からガンマ線までも照射できる汎用性が高い魔法だ。
 ちょっと光をいじって波長と位相をそろえたコヒーレント光を高出力で照射すればレーザー兵器の出来上がりなので、ルイズの言っている赤い光と共に炎が燃え上がるくらいは軽く出来そうだ。兵器に使える程のレーザーなど魔法がなければ途轍もない巨大な設備になってしまうが、メイジには関係ない話なのだ。
 開拓地では魔法具として既に実用化しているものではあるが、とても危険な魔法になるためウォルフに教えるつもりは無い。

「ふんだ。魔法なんてコツを掴んだら簡単なものよ。見てなさい、すぐにあなたに追いついてやるんだから」
「その意気や良し」
「ところで、次の魔法は何なの? そろそろ『ファイヤーボール』とかかしら」

 君は『ファイヤーボール』を使えるようにはならないんじゃないかな、と言いそうになるのをぐっとこらえる。
 ウォルフの見立てではルイズは伝説の系統・虚無系統のメイジなのだが、まだヴァリエール公爵の判断で本人には伝えていない。

「明日はオレあんまり時間とれなそうなんだよな。明日になってから考えるよ」
「ふうん。じゃあ、後のお楽しみね。あー、おなか空いた! 魔法ってお腹空くのねえ、今まで使えなかったから知らなかったわ。あ、でも夕食はまたあのレストランなのよね」

 機嫌の良いルイズは口数も多い。この後ウォルフはいかにアルビオンの料理が不味いかという事についてさんざん聞かされた。

「とにかく、初めてアルビオンでスープを口にしたときの衝撃は忘れられないわ。トリステインでは肉や野菜を煮ただけの味も何もないものをスープとは呼ばないわよ?」
「うーん、まあ食習慣や考え方の違いだね。アルビオン人は塩味は人によって好みが違うんだから自分で付けるべきだと考えているんだ。テーブルの上に塩と胡椒があったろう」
「自分で塩を入れるのなんて初めてだったわよ。量が分からないから入れ過ぎちゃって凄くしょっぱくなっちゃったわ。野菜も元がなんなのか分からないくらい煮てあるし、本当アルビオンの料理ってわけ分からないわ」
「アルビオンは空にあるからお湯が沸騰する温度が低めで、しかも日によって変化するんだよ。煮えたと思っても煮えていなかった失敗が多くて段々煮込む時間が長くなっていったんだと思う」

 普通に考えれば標高三千メイルのアルビオンの沸点は九十度くらい。しかしアルビオンを浮かせている風の魔力の影響か、そこまで下がる事はそうそう無くて、日頃は九十四度位を中心に毎日変化している。この毎日変化している、というのがくせ者で茹で時間を定量化できない。結果、とりあえず煮込んどけって感じになっているとウォルフは感じている。
 もっとも、ド・モルガン家ではウォルフが作った圧力鍋があるので問題なく、使用人もガリア人を多く雇っているのでウォルフは子供の頃からおいしい料理を食べていた。アルビオンの料理が不味いと言われてもあまり実感がない。

「そうだとしても、もうちょっと工夫とかで美味しくなるんじゃないかしら。またあの料理を食べるかと思うと憂鬱だわ」
「だったら、今日はお祭りだから屋台で食べれば良いんじゃない? 牛の丸焼きやローストビーフはこの国で数少ない美味しい料理だよ」
「……どっちもただ焼いただけじゃない。でもそうね、外で食べた方が良いかも。牛の丸焼きって何処でやってるの?」
「いつもの年は城の前庭を開放してそこでやるんだけど、今年は城に入れないらしくて今夜は中央広場でやるってさ」 
「中央広場ね、なんだホテルのすぐ前じゃない。それで決まりだわ」

 ルイズは気付かないがウォルフの表情が少し陰った。
 実はウォルフは最近マチルダと会ってない。最高学年も終わり間近となった魔法学院は冬期休暇中でこちらに帰ってきているみたいなのだが、忙しいとの事で会って貰えなかった。
 クリフォードに至っては休み前に学院で「もうお互い子供じゃないし、学年も家格も違うのだから頻繁に会いに来ないで欲しい」とはっきり言われたそうだ。酷く傷ついて帰って来て、以来ずっと部屋に籠もっている。ウォルフが部屋を覗いてみたらスライムみたいになっていた。
 確かに三年生で評判の美少女であるマチルダと仲良く振る舞う新入生、との事で随分と嫉妬を受けたりしたそうだが、あんまりだ。最近のマチルダはちょっとおかしい。
 卒業後は父親の手伝いに専念するからと名誉サウスゴータ商館長である現在の職を辞退してきて、彼女が保有する株式についても商会に引き取るよう希望してきている。タニアが慰留に努めたがマチルダの決意は固く、翻意させる事は出来なかったそうだ。
 結局、株式はタニアが引き取る事で調整中だが、その手続きが終わるとマチルダはガンダーラ商会とまったく関係が無くなってしまう。

 サウスゴータ家も変だ。よくお忍びで街に来ていて平民にも親しまれている太守だったのに、最近はロンディニウムにいることが多いのかすっかり街に出てこない。家格にしては多く雇っていた使用人達に次々に暇を出している事が街で話題になっていて、様々な憶測が飛び交っている。
 ウォルフの母、エルビラも出産を機に休職していたのだが、そのまま契約の解除を通達された。本人は初めての娘・ペギー・スーの子育てに夢中になっていて気にしていないが、ウォルフにはサウスゴータ家の変容は気になる。
 サウスゴータ竜騎士隊に所属する父ニコラスに聞いてみても、竜騎士は日頃城の方には行かないし、直接の指揮権は議会が持っていて太守と会う事もそうないため事情は分からないという。
 昔を懐かしむつもりはないけれど、ウォルフにとって現在のマチルダやサウスゴータ家の態度は納得できるものではなかった。

「ここの太守の娘とは友達でさ、凄く気さくな姉さんでルイズにも紹介したかったんだけど、最近忙しいみたいなんだ」
「ふうん。でも、今回は父さまも含めてお忍びで来てるんだから、そんな堅苦しい事は無しで良いわ」

 本当はいつもの年のように城で牛肉をつつき、マチルダに初めて出来たトリステインの知り合いを紹介したかった。堅苦しくはないんだけどな、とウォルフが呟くその声は喧噪にかき消された。
 ちょっと暗くなっちゃったので気分を変えて、ルイズにサウスゴータの歴史や建物の説明をしながら歩き、程なくしてラ・ヴァリエール公爵が待つホテルに着いた。



 ルイズを部屋まで届けたらさっさと帰ろうと思っていたのだが、ラ・ヴァリエール公爵に引き止められた。お腹が空いたと騒ぐルイズを置いて別室に引き込まれたのだ。

「ウォルフ君、今日カール先生に聞いたのだが、君があの、ガンダーラ商会のオーナーだと言うのは本当かね?」
「オーナーというか、創設者で筆頭株主なのは確かです」
「おお、本当に君みたいな少年が…」

 公爵が複雑そうな顔でウォルフを眺める。トリステインでガンダーラ商会といえば泥棒に近い商売で成り上がった下品で野蛮な商会だと悪名高いのだが、目の前の少年からはそんな事を思わせるものは何も感じなかった。
 元々評判をそのまま信じていた訳ではないが、ラ・ヴァリエールの宿敵であるツェルプストーと親密な関係にある事もあって、ガンダーラ商会はこれまで警戒すべき対象だったのだ。

「ええと、商会が何か問題でしょうか。トリステインでは随分と評判が悪いとは聞いていますが、誓って真っ当な商売をしております」
「ああ、いや商売がどうこう言う訳ではなくて、むしろ商品を買いたいんだ。ほら「sara」って言う化粧品があったろう、アルビオンに行くならあれを是非買って来て欲しいと妻に頼まれていてね。いや以前一セットは入手できたんだが、それ以降全然手に入らないから残りが少なくなってしまって困っているんだ」

 公爵ともあろう立場で妻のお使いをしている事が恥ずかしいのか、妙に早口でまくし立てる。ウォルフが気圧される程の勢いだ。

「私は部署が違いますからちょっと化粧品の事は分からないのですが、丁度降臨祭で商会長がサウスゴータに来ています。もしよかったら明日紹介しましょうか?」
「いや、そうかよろしく頼む。あの化粧品の効果は凄いものな。妻が一気に十歳以上も若返ったような気がして驚いたよ。恥ずかしながらこの歳で新たに子供を授かってしまったほどだ」
「あはは、それはおめでとうございます。実は私も今年妹が出来まして、再来月で丁度一歳になります」
「おお、我が家のロランとは同い年だ。あの化粧品は実に少子化対策になっているな」

 孫でも通るほど年の離れた息子の話になると、厳ついラ・ヴァリエール公爵の顔も緩みっぱなしになる。ラ・ヴァリエール家に待望の長男が生まれたのはド・モルガン家の赤ちゃんより二ヶ月早く、ルイズとは十歳差、最も年の離れた長姉エレオノールとは実に二十一歳差だ。
 この二家だけの話ではなくハルケギニアの貴族界では最近ベビーブームが起きており、タレーズベイビーズとかsaraベイビーズなどと呼ばれている。

「父さま、いつまでウォルフと話しているの! お腹空いたって言ってるでしょう」
「あー、ルイズ。ウォルフ君はお前の先生なのだから、呼び捨てはどうかと思うぞ。先生かミスタ・モルガンと呼びなさい」
「ウォルフがいいって言ったからいいの! もう、父さまなんて一人で御飯食べれば良いんだから」

 ルイズが乱入してきて話は強制的に終了となった。とっとと一人で外の広場へ向かうルイズを追って公爵とウォルフも外へ出た。

「じゃあ、私はこれで。明日は午前中にガンダーラ商会の商館へお越しください。バーナード通りから一本入ったところにあります。今日この後寄ってご来訪を伝えておきますけど、こちらに寄越した方が良いですか?」
「ああ、ありがとう、大丈夫、わたしの方から行くよ。それじゃあ、気をつけて」
「失礼します」

 ルイズはもう広場へ行ってしまったようなのでウォルフは公爵に別れを告げ、家路へと足を向けた。 



 翌日、祝日なので通常業務は休んでいるガンダーラ商会の商館にラ・ヴァリエール公爵を迎えたタニアは、その対応を決めかねていた。こういう時のために在庫には余剰を確保してあるし、ラ・ヴァリエール公爵ほどの立場の貴族ならば今後の事を考えて誼を通じておいた方が良い。
 しかし、化粧品を欲しいと言うだけにしては公爵の目が真剣というか気迫を感じるのが気に掛かっていた。商会が懇意にしているツェルプストーとは仲が悪いと聞いているので何か裏があるのかとも勘ぐってしまう。
 だらだらと話を引き延ばしていると、風メイジであるタニアの耳にウォルフが商館に入ってきた声が聞こえてきた。とっさに愛想笑いをして応接室に公爵を待たせ、ウォルフに現状の確認に行く。

「ちょっとウォルフ」
「あ、タニア。あれ? ラ・ヴァリエール公爵来なかった?」
「来たわよ、っていうか来ているわよ。っていうかあれどういう事よ。何で化粧品であんなにマジになっているの?」
「あー、よく分からないけど、よっぽど奥さんが怖いんじゃない?」
「どんだけ怖い奥さんなのよ…なんか裏があるんじゃないの?」
「カール先生は信頼できる人物だって言ってたよ。思惑はありそうだけど、便宜を図っておいた方が良いと思う」
「…それは何故? あなたがそんな風に言うなんて、何かあるの?」

 いつものウォルフならば貴族の対応になど意見を言わない。貴族の情勢などについてはタニアの方が詳しいし、興味がないからだ。

「えーと、これは他言無用にして欲しいんだけど、ラ・ヴァリエール公爵の娘が虚無の担い手なんだ」
「……は?」
「虚無のメイジなんだ。今はスペルも分からないからただの魔法の下手なメイジだけど、将来ハルケギニアの中心人物になる可能性はあるだろ? 商会としては今の内に親しくなっておく方がいいんじゃない?」
「え、はあ?」

 ウォルフとしては元々タニアの耳には入れようと思っていた事なのであっさりと話すが、タニアとしてはあまりにも現実感のない話に呆然としている。
 虚無のメイジという存在は、それが実在するのならハルケギニアの政治情勢を左右するものになる。商会の代表としてタニアは知っておいた方が良いのだが、いきなり言われても理解が及ばない。

「本当、なの?」
「本当。一昨日虚無だって分かったんだけど、公爵も虚無の事について調べるって言ってるし、今後もっと詳しい事が分かるかも」
「あなたって人は、本当に。今度は虚無を連れてくるなんて……」
「いや、向こうから来ただけだから。一昨日から家でコモンマジックを教えているよ」
「はあー、分かったわ。失礼の無いように、最大限便宜を図る事にするわ」

 会長室の金庫から化粧品セットを取り出し、自分を落ち着かせるように大きく深呼吸すると公爵を待たせている応接室へと戻る。ウォルフは自分の用事を済ませるため奥の部屋へと向かった。
 


「お待たせしました。済みません、休日で職員が殆どいないものですから」
「ああ、お気になさらず。押しかけてきたのはこっちですからな。それで…」
「はい。いま工場とも確認を取ってみたのですが、こちらの一セットだけなら融通できるそうです。ラ・ヴァリエール様とは今後良い関係を持ちたく存じますので、お譲りしたいと思います」

 にこやかな笑顔と共にケースに入った化粧品セットを机の上に取り出した。ケースを開けて中身を見せるとその横にそっと請求書を差し出した。
 このセットは「ファーストパック」から、継続して使用する必要のない商品を外し、その代わりに艶爪クリームや脂肪揉み出しオイルなどの新製品をセットした「デイリーパック」だ。ファーストパックよりは安価だが、化粧品としては法外な価格にも公爵は眉一つ動かすことなく小切手の束を手に取った。

「ところで…このように画期的な商品を開発できると言う事は、よっぽど優秀な水メイジを雇っているのでしょうなあ。発売以来これを模倣した商品は沢山売り出されたそうですが、効果においてガンダーラ商会に及ぶものは一つもないと聞いています」

 小切手にサインをしながら、さりげなく公爵が切り出した。

「え、ええ、確かに開発したのは水メイジですけど、当商会の持つ先進の魔法技術がベースになっています。余所では中々真似できないでしょうね」
「その水メイジはやはり、メイジとしてとても優れている方なのでしょうな。例えば、どんな病気でも治してしまう、とか」

 何故だか急に公爵の視線が鋭くなる。タニアは慎重に言葉を選んで返答した。

「いえ、秘薬開発の方に重点を置いている研究者ですので、医学の方は経験がありませんわ」
「ほほう、秘薬研究者ですね。と、すると医薬品も扱っているのでは?」
「医薬品は当商会の取扱品目にはございませんですのよ」
「それはもったいないですな。実は私は水メイジでしてこれでも一流と呼ばれているのですが、その私から見てもこの化粧品は謎だらけです。ただ、私にもこれが人体について非常に詳しい人間じゃないと作れない代物だという事だけは分かります」
「ええ、それで?」

 ますますプレッシャーを強める公爵にタニアは警戒を強める。ところが公爵は唐突にそれまでの鋭い視線を外し、その顔に沈痛な表情を浮かべた。

「実は、これは内密にして欲しい事なのですが、私の次女が幼い頃から原因不明の病にかかっております。十八歳になりましたが、医者からは成人までは持たないだろうと言われていた程です」
「まあ、それは…おいたわしい事でございます」
「平穏にしていれば屋敷の周りを歩いたりするくらいは出来るのですが、何の拍子で具合を崩し寝込むか分からない。名医を招聘しても高名な水メイジに教えを請うても原因は一向に分かりませんでした。娘を治療できる可能性について、私はどんな些細な情報でも求めているのです」

 そう語るラ・ヴァリエール公爵の様子は真摯で、とてもでたらめを言っているようには思えない。しかしそうは言ってもサラを外部の人間に「sara」の開発者として会わせる訳にはいかない。サラにどんな危険が降りかかるか分からないからだ。
 公爵はサインを終えた小切手をテーブルの上に載せ、タニアへと差し出した。そこには請求書の倍額が記入されていた。

「この化粧品の情報がガンダーラ商会にとって機密だという事は理解しているし、こちらに都合の良い申し出だという事も分かっている。秘密は守る。報酬もそちらの望むだけだそう。頼む、この開発者に会わせて欲しい」

 公爵家当主に頭を下げられるというのは、普通の商人ではまず経験し得ないレアな体験だ。公爵の要求はこの化粧品の開発者に病気の娘の診察をして欲しいと言う事。
 人の命が関わる事でもあり、無碍に断る訳にも行かずさりとて二つ返事で了承する事も出来ず。タニアは困り果てる事になった。



[33077] 3-2    目覚め
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2
Date: 2012/05/09 00:01
「じゃあ、この夫婦にはこの子とこの子。こっちのまだ若い夫婦にはこの子ね」
「そうですね。やっぱり男の子は難しいですから、お姉ちゃん役がいたほうが問題が起きにくいと思います」
「オッケー。じゃあこれでよろしく頼む」
「かしこまりました」

 タニアが商館の応接室でラ・ヴァリエール公爵の相手をしている頃、ウォルフは商館の奥の部屋で孤児院の職員と養子に出す子供について選定をしていた。
 ウォルフの東方開拓団は順調にその規模を大きくしていて、叙爵申請だけならもういつでもできる程にはなっている。
 移民達の生活も落ち着いてきて養子を欲しがる夫婦が出てきたので、サラの孤児院から養子縁組しようという事になったのだ。普通は農地を持つ夫婦が不妊だと弟妹の子供を養子に貰って跡継ぎにするものだが、開拓団に参加している夫婦には弟夫婦などに農地を譲ってきた者達が結構いる。
 親のいる子供を両親から引き離すのはしのびないと考えての事らしいが、やはり子供は育てたいという思いは強いらしい。秋の収穫を無事迎えられて今後の生活に見通しが立った事もあり、ウォルフに養子縁組の希望が多く寄せられるようになった。
 本当はサラも選定に参加すると言っていたのだが、降臨祭で年少組の子供達を連れて教会に行っており、ウォルフと残った職員で決めている。元々は午後に予定していたのだが、ラ・ヴァリエール関連でウォルフの時間が少なくなったためにこういう仕儀に至った。サラはサラで午後に最終確認する予定だ。

 ここのところ開拓団長としてのウォルフの仕事はこういう雑用が多い。最初の頃は全ての判断を要する事項がウォルフに集まってきていたが、類似する事柄を一つ一つ各部署に割り振っていった結果、通常業務に関してはウォルフが判断を仰がれるようなことは無くなった。
 現場に出て直接木を切ったり築堤工事に参加したりする事は少なくなり、代わりに団員達の不満を解消したり装備の充実を図ったり、開拓団全体がスムースに機能するように気を配っている。



「ちょっとちょっと、ウォルフ」
「お、タニア、ラ・ヴァリエール公爵はもう帰った?」
「いや、ちょっと今待たせているんだけど、相談に乗りなさいよ」

 応接室から出てきたタニアが帰ろうとしていたウォルフを捕まえて会長室に引き込んだ。かいつまんで公爵との会談内容を説明し、対応を協議する。タニアの立場としてはトリステイン進出の足がかりとしてラ・ヴァリエール公爵とは親交を深めておきたいが、問題は向こうの要求内容だ。

「サラをトリステインなんかにやれないよ。何言っちゃってんの?」

 ウォルフが怒気をはらむ。タニアは気圧されながらも説明を続けた。

「いや、そうなんだけどね? トリステインのとは言え公爵様だし、娘さんも気の毒な事になっているしどう断ったら良いかって問題が…」
「最低限、娘さんにこっちに来て貰って、オレの立ち会いの下でないと認められない。当然向こうの人数には制限掛けるよ」
「娘さん体弱いから長距離移動に耐えられないって言うのよ…」
「飛行機で迎えに行ってやればいいじゃん。たいした時間じゃないよ」
「ほら、アルビオンは標高が高いから無理させたくないんだって」
「気圧くらい風石でどうとでもなるだろ」
「私たちはそう思っても、向こうは娘さんの命が掛かってる訳だから……」
「ふう……病気の娘さんには気の毒だけど」
「んー、やっぱり断るしか無いのかしら」

 なんと言ってもサラの安全とは比べられない。サウスゴータやガリアとは違うのだ。陰謀では無いと言う事が完全に否定しきれない事もあり、断る方向に気持ちが向かう。

 しかし、そんなウォルフの脳裏に、やはりラ・ヴァリエール公爵の娘・ルイズの顔が浮かぶ。一昨日会ったばかりだが、泣き顔、笑顔、色んな顔を見てきた。
 大きく溜息を吐いて天井を仰ぎ、考えを整理する。ラ・ヴァリエール公爵の希望は化粧品開発者による診察。しかし本当の願いは次女の治療。
「知らなければ判断できない」いつものウォルフの信条を思い出した。

「待って……とりあえず今日この後ルイズに会うから、そっちにも話を聞いてみる。公爵達は今夜のフネでロサイスを発つって言ってたから、それまで返事を保留しておいて」 
「ルイズさんってこっちに来ている公爵の三女ね、虚無の。分かった、公爵にはそう伝えておく……公爵みたいな立場だと、娘のためとは言えあんな風に頭を下げられない人も多いのよ。何とかしてあげたいって思ったわ」
「ん。知る事、まずはそこから始めよう。よく考えたらオレがトリステインに行っちゃえば良いんだな」
「……そうよ。それであなたが判断すれば良いんだわ。サラを表に出す事無いじゃない」

 サラをトリステインに行かせられない事に変わりはないが、ウォルフが見て治療不可能ならばサラにも無理だろう。サラにもウォルフにも医学の専門知識が有る訳でもないし。
 ラ・ヴァリエール公爵には不満が残るかも知れないが、ウォルフが見てダメならばガンダーラ商会として出来る事など無いので、その時は諦めて貰うしかない。ウォルフは商館を出ると真っ直ぐにルイズと約束している中央広場へと向かった。



 祭りの飾り付けと共に様々な屋台が並んでいる中央広場に着くと、そこは人込みでごった返していたがルイズはすぐに見つかった。一番人気の屋台の長い行列の中にその特徴的なピンク色の頭を見つける事が出来た。

「ルイズ、もう待ち合わせ時間になるぞ」
「あ、ウォルフ。ちょっと待って、もうちょっとだけ。この屋台昨夜も人が凄くて食べられなかったのよ」
「…一応ルイズの分も昼食頼んであるから、並ばなくても良いんだけど」
「でも、私アルビオン料理は苦手だし、ここの鶏肉は美味しいってみんな言ってるし、もう結構前まできたからもうちょっと待っててよ」

 ウォルフを待たせてでもルイズは列から離れるつもりはないらしい。もうちょっとと言っても、まだ二十分くらいは掛かりそうな位置だ。軽く溜息を一つ着くとルイズから離れ、ウォルフは行列の先の屋台に向かう。混雑する売り場の横を通り抜けると奥の調理場へ顔を出した。

「お疲れ様、頼んでおいたのもう出来てる?」
「ウォルフ様、いらっしゃい。今、揚がったら包みますよ」
「頼むよ。相変わらず随分と盛況だね」
「はいな。このフライドチキンは完全に降臨祭の名物になりましたね。毎年楽しみにしているお客さんが多いですよ」

 この屋台はガンダーラ商会が祭りの期間運営しているフライドチキンの店なのだ。バターミルクに漬け込んだ鶏肉を特製スパイスで味付けして圧力釜で揚げたこの料理は毎年ファンを増やし続け、今年は遂に中央広場の一番良い場所に出店出来る事になった。
 売り上げから経費を引いた額を毎年チャリティーとして教会に寄付しているが、昨年のその額は二位の店を大きく引き離してのトップだった。

「ね、ね、ウォルフ様今話してたの、彼女?」
「彼女? 彼女?」
「昨日も一緒に歩いていたでしょ、私見たのよ」
「ええー、院長せんせはいいの? 言いつけちゃうよ?」

 ウォルフの後から屋台に入ってきて、きゃいきゃいと話しかけてきたのは商会で運営している孤児院の子供達。材料の搬入やら予約客への配達やらを手伝っている年長組だ。ちなみに院長せんせとはサラの事だが、全ての子供達が年の変わらないサラの事をそう呼んでいる訳ではない。

「彼女じゃないよ。トリステインから来たお客さん。カール先生の知り合いなんだ」
「えー? サラちゃんがいない間にアバンチュールを楽しんでいるんじゃないの? 怪しいなあ」
「何処でそんな単語覚えてくるんだ…ちょっと訳ありで魔法を教えているだけだって」
「ほらほら、お前等くだらない事でウォルフ様を煩わせてるんじゃないよ。また配達する分が揚がるぞ」
「はーい」

 子供達はきゃあきゃあと騒ぎながら配達場所の確認に向かう。サラが孤児院を始めてからサウスゴータの商会はいっそう賑やかになった。

「まったく騒がしいもんだ…よっと、はいどうぞ熱いですからお気を付けて」
「ありがと。まあ、子供が元気なのは良い事だよ」
「はは、ウォルフ様もまだまだ子供の年齢なんですがねえ…」

 大きな紙袋二つに入ったフライドチキンを受け取り、ルイズの所に戻る。ルイズは屋台から紙袋を持って出てきたウォルフを目を丸くしてみていた。

「前もって予約していたんだ。ルイズの分もあるからさっさと行こう」
「え、ええ。やるわねウォルフ。美味しいところはちゃんと抑えてあるのね」
「はは、まあそういう感じ」

 ルイズを連れてド・モルガン邸に戻り、食堂でパンと副菜をいくつか貰って方舟に登る。最近はここで研究や工作をする事もなくなり、今やただの展望台と化しているが、相変わらず眺めは良い。
 横幅が二十メイルもある巨大な左右の扉を開いて風を通し、床の延長となるその扉の上にテーブルをセットして料理を並べた。吹きさらしだとこの季節には寒そうだが、風石を使った魔法具で吹き込む風を調整しているし遠赤外線暖房も入っているので気にならない。

「初めて来たときも思ったけど、変な建物ねえ。まあ、確かに眺めは良いわ」
「だろ。ほらあそこの塔が教会だよ。今日は司教様のお話と子供達の劇があるんだって」
「ふーん、もう食べていい?」
「ああ、どうぞ召し上がれ。待たせたね」
「前略、ブリミル様に感謝します。むぐ」

 そうとう腹が減っていたらしいルイズはお祈りもそこそこにフライドチキンに食いついた。テーブルに並べる直前まで『固定化』を掛け、保温もしていたので揚げたての状態が保たれたフライドチキンは熱々のパリパリでジューシーだ。
 ルイズは食欲を刺激するスパイスの香りと口の中で飛び出す肉汁に目を丸くして、しばし無言でほおばり続けた。

「熱っ…熱う…おいっしーわねー、これ。トリステインでもこんなに美味しい鶏肉料理食べた事は無いわ」
「それはどうも。伝統的なアルビオン料理ってわけじゃ無いけど、最近ではここの降臨祭の名物になってるそうだよ」
「ふーん」

 返事をしながらもう次のピースに手が伸びている。ウォルフの話にはあまり興味がないようだ。あっという間に並べられた料理を片付けるとようやく人心地着いたルイズがウォルフの淹れたティーカップに指を伸ばす。

「ありがと。ってここの家メイドいないの? 全部あなたが用意しているのって変じゃない?」
「いつもは専属のメイドがいるんだけど、今は祭りで忙しいんだよ。まあ外にいるときは自分で何でもするし、慣れているから問題ない」
「専属メイドなのに、あなたの優先度が低いのね…メイドに舐められている主人って大抵主人の方に問題があるそうよ? 言う事聞かないのなら首だっ、ていうくらいの気概で躾けなきゃダメよ」
「うん…忠告ありがとう」

 その専属メイドにラ・ヴァリエール公爵が会いたがっている訳で、首に出来るような相手ならこんなに悩んだりしていない。そもそも言う事聞かない訳でも舐められているわけでもないし、曖昧に返事をしておいた。
 食後のまったりとした時間、とりとめのない事を話したが、機を見てウォルフはルイズの姉について切り出した。

「えっ? ね、ねね、姉さまの事?」

 姉の事を聞いたとたんにルイズは椅子に深く座り直し、その背はしゃん、と伸びた。手を膝の上に重ねておき、姿勢はとても良くなったけど視線がきょろきょろと落ち着かなくなる。
 不思議な反応を疑問に思いながら重ねて尋ねる。

「お気の毒に、あまり体の調子が良くないらしいけど、どんな人なんだろうって思って」
「ああ、ちいねえさまの事ね」

 くたりと椅子の上で弛緩する。何故か緊張でこわばっていた顔はふにゃっと緩み、嬉しそうな、でもどこか悲しそうな表情で話し始めた。

「とっても優しい人よ。天使みたいに綺麗で、あったかいの」

 ルイズが話した内容も大体タニア経由で公爵から聞いた話と同じだった。カトレアという名で昔から身体が弱く、ラ・ヴァリエールの領地を一歩も出たことはない。魔法は使えるものの、その力を使用すると身体に大きな負担が掛かるらしく体調を崩す。動物が好きで、数多くのペットを飼っている。

「私も将来はちいねえさまみたいに素敵な女性になるつもり。ねえウォルフ、私って水メイジの才能無いの? 水の魔法が使えたら、絶対にちいねえさまの体を治してみせるんだけど」
「残念ながら、君の才能には謎の部分が多く、今のところよく分からないんだ」

 悲しそうに眉を寄せるルイズを見ていると、公爵の話が嘘だとはとても思えない。
 虚無のメイジであるルイズへの興味もある事だし、ウォルフはラ・ヴァリエール公爵家ともう少し関係を深める事を覚悟した。

「よしっ、食休み終わり! 立派なメイジになるために練習練習」
「そうね、まずは練習しなきゃ始まらないわ」

 ルイズにも手伝わせて片付けを済ませ、中庭に移動する。
 今日練習するのは『ディテクトマジック』ウォルフがハルケギニアに転生して以来、最も使用しているであろう魔法だ。

「まず、『ディテクトマジック』これは魔法の対象を探知し情報を得る魔法だ。得られる内容はこちらが知ろうとした内容である事がポイントだ」
「うん? 知ってる事しか分からないって事? そんな事はないんじゃない?」
「知らない魔法が掛かっていたとすると、魔法が掛かっている事は分かってもどんな魔法かは分からない。でも、知っている魔法ならどんな魔法か分かるんだ」
「あんまり変わらないような気がするけど…」

 分かったような、分からないようなルイズにウォルフはポケットから三サント程の黄金色に輝く金属の塊を取り出す。

「わ、これ金?」
「そう金。金属について、あまり知識のない人でも『ディテクトマジック』をかけたらこれは本物の金だとわかる」
「そりゃ金なんだからそうでしょうよ」
「ところが、金属に詳しい人が『ディテクトマジック』を掛けるとこれは金ではないと出る」
「???」
「これは殆どが金なんだけど、それに銀と銅がそれぞれ一割強入っている合金なんだ。いわゆる十八金だね。日頃十八金のアクセサリーや金貨を見て金だと認識している人は、この魔法を使ってもまず金であるか金合金であるか判別できない」
「……なるほど、何でも教えてくれる便利な魔法では無い訳ね」
「その通り。この魔法を使いこなすには知識を拡げる事が重要なんだ」

 ウォルフが普通のハルケギニア人と何が違っていたかと言えば、前世の科学知識を持っていたために物質の構造などを知っていた事だ。
 周りが物質を何となく認識している中でただ一人分子構造を見て、原子を見て、電子軌道を見て、原子核を見て陽子も中性子も見た。魔法は光の分解能を遙かに超えた微小世界を、大型の透過型電子顕微鏡ですら見ることが出来ない世界を観察する事を可能とするのだ。
 元の世界の知識にこの世界で新たに知識を積み重ねた結果、結晶構造を自在に操り、原子核を組み替え、質量とエネルギーとを自由に変換できるメイジが誕生することになった。
 物質の操作に関して、圧倒的な知識量の差がそのまま圧倒的な能力の差となってウォルフとハルケギニアのメイジとの間には存在している。
 その差を埋める第一歩はこの『ディテクトマジック』を使いこなし、世界についての知識を積み上げる事だ。

「何を知りたいのか、正しくイメージするのが大切だ。ラグドリアン湖の水の精霊に『ディテクトマジック』を掛けた人は大抵気が触れちゃったらしいよ。知ろうとした対象が膨大すぎて脳が処理しきれなかったらしいんだ」
「なな、何よ、結構危ない魔法なのね」
「うん。最近のオレの研究では、この世の全てのものは魔力素や魔力子の一形態でしかないらしいことが分かってきた。オレ達が日頃魔力として認識しているのはそのうち、物質の形態を取っていないものって事だね」
「なんだか大きい話になってきたわね。そんなに魔力素だらけだと困らない?」
「日頃は透過するか普通の物質になっているから、関係ないよ。『ディテクトマジック」とは魔力素の形になっていようが物質の形態を取っていようが、魔力素や魔力子そのものが"記憶"とでもいうものを持っていて、それを読み取るっていうかんじなんだ」

 ウォルフのイメージとしては分散して存在している世界の記録、みたいに考えている。

「なんだか難しいわね、みんな『ディテクトマジック』ってそんなに深く考えて使っているものなの? まあいいや、やってみる」
「この金合金で試してみよう。これは金と銀と銅の合金だ。その正確な比率を調べてみてくれ」
「オッケー、正しくイメージ……《ディテクトマジック》!」

 ボカンッと、久しぶりにルイズの魔法が爆発した。ウォルフが一応念のためこっそりと『風の壁』を使用していたために二人とも被害はなかったが、粉微塵に飛び散ってしまった金塊を思い、ルイズは硬直して動けなかった。

「もっと細かいところまで見ようとしないと比率なんて分からないよ。はい、もう一度」

 またポケットから金の粒を取り出してルイズの前に置いた。ルイズは目の前の金の粒を見つめたがギギギと擬音が出そうな動きでウォルフの方を向いた。
 根拠のない自信で魔法が当然成功すると思ってたルイズにとって、金塊が粉々になる光景はちょっとショックだったらしい。

「ね、ねえウォルフ。私は、そりゃ高貴な生まれだけど、いちいち金の粒を粉々にしなくちゃ魔法の練習が出来ないって訳ではないのよ?」
「あ、気にしないで良いよ。そうだ、イメージしやすいように純金もとなりに置いておこう」

 ウォルフはルイズの抗議を聞き流すと金の粒のすぐ横にまた金属の粒をみっつ追加した。

「金が金として存在できる最も小さな粒をイメージするんだ。物質の違いはその小さな粒の構造の違い。その細かい無数の粒が一番外側の電子って言う小さな粒を介して一つになっているのがこの純金の粒だ。そして銀の最も小さい粒が集まって一つになっているのがこっちで、もう一つが銅だ。この際電子は無視していいから、これらのその小さな粒がこの合金の中でどれくらいの比率で溶け合っているか、さあもう一度イメージしよう」
「あの、だから私その辺の石で良いんだけど…」
「その辺の石だと構造が遙かに複雑になるから難しいって。金は原子も大きいし、結晶構造も面心立方構造で分かりやすいから初心者には最適なんだよ」

 虚無魔法を極めれば時間と空間を操作できる様になるとウォルフは考えている。ルイズにはウォルフでは越えられない知識の壁を越えられる可能性があるわけで、ウォルフの指導にもつい熱が入る。

「ああ、もう分かったわよ! 知らないんだから! 《ディテクトマジック》!」

 ボカンッとまた金の粒が爆発するが、ウォルフはやはり気にせずに次の粒をセットする。
 本当は他のメイジみたいにもっと曖昧なイメージでも金属の種類くらいは分かるようになるとは思うが、ルイズの目指すべき地平線はそんなところには無い。

「ただ単に細かくイメージするんじゃなくて、細かい先にある構造を見る事を意識するんだ。具体的には一億分の三サントよりもうちょっと細かく」
「具体的すぎてわけ分からないわよ…《ディテクトマジック》!」

 ボカン! 純金の粒が消し飛ぶ。

「銅は一億分の二・五サントくらい」
「だから具体的すぎるって! 何よその微妙な違い《ディテクトマジック》!」 

 ボカン! 銅の粒が粉砕される。

 いくら試してみてもルイズの魔法が正しく作用する事はなく、粉砕された金属の粒は二桁に達した。

「…これだけ頑張っても上手く行かないなら、ウォルフの魔法理論ってのが間違っているんじゃないの?」
「君の魔法が特殊なだけだよ、もう少し頑張ってみよう」
「私の系統は火なのかと思っていたけど、上手く行かないから他の系統の魔力素をイメージしても全部上手く行かなかったわ。理論が間違ってなければ、こんな事ってあり得ないでしょう」
「あ」

 昨日までの受業で魔力素や魔力子に関する事は教えていたが、素粒子を対象に操作していたためか、ルイズが直接魔力子を操作するという意識を持たずとも魔法を成功させる事が出来ていた。
 ルイズは虚無のメイジだし、虚無として魔法を成功させていたのでウォルフもルイズが魔力子をイメージして魔法を行使していると思いこんでいたが、うかつだった。ルイズが火や風などの属性を持つ魔力素をイメージしたら成功するはずは無い。

「ルイズ、この魔法でイメージを作用させるべきなのは魔力子なんだ。火や風などの魔力素を構成する更なる小さな魔法の粒。粒でもあり波動でもある、なんの属性も持たないこの粒をイメージして杖を振ってみよう」
「……そういう事は先に言いなさいよ。魔力素や魔力子の記憶、とか言われたら魔力子よりも自分の系統の魔力素の方がうまく出来そうな気がしていたわ」
「ごめん。ルイズも分かっているって思いこんでた」
「まあ、いいわ、やってみる。魔力子――この世界で最も小さな魔法の粒――私の願いを知り、私に応える……いくわ、《ディテクトマジック》!」

 暫く集中を高めてから振られた杖の先で、金の粒が僅かに光を発した。ルイズは目を見開きその粒を凝視する。

「凄い、こんな風になっているの?」
「分かる? 金色一色の物質って訳じゃなくて、内部には複雑な構造があるだろ? その構造を詳しく知りたいって魔力子に働きかけるんだ」
「ウォルフの言った通り、一番外側は関係ないみたい、その中に粒があるのが分かる…何枚も殻を重ねたようになっている。一番真ん中にもっともっと小さい粒があるわ、金が一番大きい――内側の殻は銀も銅も同じ感じ……」
「ルイズ、問題は金銀銅の比率だったよ、答えは?」

 ルイズが原子核や電子殻まで認識している事に興奮を覚えながら尋ねる。純ハルケギニア人でそこまで分かったのはサラ以来じゃないだろうか。ルイズは確認するように何度も杖を振り、やがて答えた。 

「これが金で、これが銀、こっちが銅――金が六個、銀が一、銅が一。魔法ってこんな事まで簡単に分かっちゃうのね……」
「正解。出来ちゃえばこんなもんかって感じだろう。慣れればもっと複雑な比率でも何となく分かるようになるよ」
「ウォルフ」
「ん? 何?」

 ルイズは何故か魔法の行使をやめても呆然と金の粒を見つめていた。ルイズが見たのはこの世界のほんの一部であるミクロな世界。しかし、そこは世界そのものでもあった。
 原子が連なり電子がその間に存在し、光子やニュートリノが飛び交う。魔力素は全ての種類がそこら中に存在し、魔力子はそれよりも更に多い。この世界の真実をルイズは見た。
 ゆっくりと振り返り、その鳶色の瞳が真っ直ぐにウォルフを見つめる。

「私、分かっちゃった……私の系統って、虚無なのね」

 どう、答えて良いものか、ウォルフは咄嗟に返事が出来なかった。



[33077] 3-3    目覚め?
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2
Date: 2012/05/09 00:02
「で、どうなのだろうか。エインズワース会長は君がオーナーなので、君の判断を尊重すると言っていたが」

 タニア逃げやがったな、とウォルフは毒づきたくなったが公爵の前であり、堪えた。

 ウォルフは虚無に目覚めたルイズを連れて、ラ・ヴァリエール公爵の待つホテルへと来ていた。ルイズはまだぼやっとしていたが、今は自分の部屋で荷物をまとめている。
 ここに来る時間を伝えていたので、当然タニアもこちらに来るのかと思っていたが、裏切られた。
 仕方なく、圧力を強める公爵に一人で説明する。オブラートにくるんだソフトな言い方が苦手なので、本当はタニアにいて欲しかったのだが。

「機密保持のため『sara』の開発者を国外に出す事は了承できません。これまで当商会にその機密を盗もうと潜入してきた間者の数は二桁を優に超えます。ご理解ください」
「ううむ……こちらで完全武装の戦列艦に竜騎士隊を用意して道中の安全には万全をつくす。勿論アルビオン政府への根回しも怠るつもりはない。始祖に誓って機密保持には協力する、頼む……娘を診させて欲しい」
「申し訳ありません。道中だけの安全ではなく、その後の安全保持にも関わってくる問題なのです」

 アルビオン政府に話を通してトリステインの戦列艦が来たりしたら、それだけで大騒ぎだ。それに、なんと言われても他人のためにサラを危険に曝すつもりは無い。サラはまだラインメイジで、十二歳として常識の範囲内の能力しか無いのだ。

「……私は、娘が健康になるのなら、どんな可能性でも試してみたいと思っている。あの化粧品は本当に凄い。あれを開発したメイジならば、何か娘の病気について分かるかも知れないと思っている。頼む、娘の命を救ってくれとは言わん、試すだけでも良いんだ」

 ラ・ヴァリエール公爵がウォルフに頭を下げる。始祖の血を引くトリステインでも一二を争う名門の当主が、アルビオンの男爵の倅に頭を下げるなんて普通はあり得ない。
 公爵の本気をまざまざと感じ、ウォルフは溜息を吐いた。

「……頭をお上げ下さい、公爵。開発者を行かせる訳には参りませんが、代わりにわたしが娘さんの状態を確認するというのなら、受け入れる用意がございます」
「君が? こう言っては何だが、君は火メイジではなかったか? たしかに、ルイズを虚無と見抜いた眼力は認めるが……」
「まあ、確かに火メイジですが、水の系統もある程度は使えます。いいですか? 《コンデンセイション・ラグドリアンウォーター》」

 ウォルフが呪文を唱えると部屋の水分が凝縮し、魔力を帯びたラグドリアン湖の深みに眠る水となった。パッと見には普通の水であってもメイジ、それも優れた水メイジでもあるラ・ヴァリエールにはその水の特異性は一目で分かる。

「と、この程度には」
「ば、馬鹿な、こんなものをあっさりとメイジが作れるなんて…」
「それと、あの化粧品の開発中はずっと相談に乗っていましたし、あれらは全て私でも作れます。正直に言って、私が診て何も分からない状況でしたら、その開発者が診ても治療できる可能性は低いと思います」

 ウォルフが部屋のコップに入れたラグドリアンウォーターを呆然と見ていた公爵であったが、治療できる可能性、の言葉にウォルフの方へ振り向いた。 

「君は一体何者……いや、いい。君が何者であろうとも、問いはしない。あらためて頼みたい、カトレアを診て欲しい」
「どのような病状なのかは分かりませんが、私に出来る事があるのなら最善を尽くしたいと思います」
「ありがとう、よろしく頼む」

 差し出された手を握り返し、がっしりと握手をする。分厚く、温かい掌だった。
 公爵達が帰るのに飛行機で送る事も出来たが、尋ねてみたところ従者達もいる事だし来た時と同じロサイスからラ・ロシェールへのフネで帰るという。それだと時間が大分掛かるのでウォルフは付き合っていられない。来週、公爵達が帰ってからウォルフが訪れる事を約束した。

「その日の午後にツェルプストーから飛行機で飛んで行きますので、国境警備の竜騎士達に伝えておいて下さい。銀色の機体だと言えば分かると思います」
「……問わない。問わないぞ、君が何者だろうが、どこから来ようが」

 最近ウォルフが乗機にしている飛行機は開発中のジュラルミン製のものだ。表面は塗装を省きアルミニウムの地肌を磨き上げているので銀色に輝きよく目立つ。最近はその高速性能と光り輝く機体でライトニングなどと呼ばれているものだが、ボルクリンゲンなどで離発着をする度にラ・ヴァリエールの竜騎士が反応しているのは分かっていた。
 ウォルフやガンダーラ商会がツェルプストーと親密である事にはラ・ヴァリエール公爵としては引っ掛かるものもあるのだろうとは思うが、受け入れて貰うしかない。

「あ、そうだ。そう言えば、ミス・ルイズが虚無に目覚めました」
「……まだ黙っていて欲しかったのだが」
「ええ、そう聞いていたのでこちらもそのつもりだったのですが、『ディテクトマジック』を教えたら自分で気が付いてしまいました。まだちょっと混乱しているようですので、フォローをお願いします」
「そ、そうか。妻と相談してから伝えるつもりだったのだが、何か、特別な教え方でもしたのですかな」
「うーん、虚無のメイジの『ディテクトマジック』は我々普通のメイジのものとは違うようですね、より根底で世界と繋がっているようです」
「ふうむ。虚無メイジがどんな魔法を使うかなどは何も伝わってはおらん。この先ルイズはどうすればいいのか、難しいな」
「わたしもちょっと今回は虚無メイジの特殊性を思い知らされました。『ディテクトマジック』は危険性もあるかも知れないですのでちょっと様子を見た方が良いかもしれませんが、もしかしたら自分でスペルを覚えるようになれるかも知れません」

 今回ルイズが『ディテクトマジック』を使用した後、様子が少しおかしかったので体を調べてみたら熱を出していてさらに低血糖に陥っていた。どうも得られた情報が多すぎて脳が過剰に働いていたようだ。
『ディテクトマジック』で得られる情報は、それと意識できるものばかりではない。世界観が変わる程の情報を一気に処理したであろう脳は発熱して疲弊していた。

「自分で、とは?」
「そのままです。ブリミル様は虚無のメイジとして空前絶後、虚無のスペルも自分で作ったと言います。同じ虚無のメイジのルイズならば同じ事が出来る可能性があります」
「それは、ブリミル様が特別だからじゃないのか? 一からスペルを作るなんて不可能だろう」
「ディテクトマジックを掛けていたときにルイズは歌のようなものを聞いたと言っています。粒理論に基づくこの世界でもっとも小さな粒、その波動をルイズが聞いたのだとしたらそれは虚無のスペルなのかも知れないです」
「うむむ、それならそれで大変な事だな」

 素粒子とは粒であり波動でもある。その波動の性質に関与できるのが虚無のメイジならば、この世界の真実に触れ、干渉するスペルを作る事が出来るはずだとウォルフは考えている。
 二人で腕を組んでうなっていると、ドアがノックされてルイズが部屋に入ってきた。

「父さま、支度が出来ました」
「うむ。では、馬車も待たせているし、出発するか」

 ホテルの車寄せで馬車に乗り込む公爵親娘を見送る。最近は個人では自動車を導入する貴族も増えたが、全体で見るとまだまだ馬車の方が圧倒的に多い。

「では、ウォルフ君、来週また会えるのを楽しみにしている。ルイズの件も含めて、報酬はその時に話し合おう」
「はい、楽しみにしています。公爵もお気を付けて」
「何で家に来る事になってるのか分からないけど、また魔法を教えてくれるの?」
「あー、分からない。もしかしたら時間が取れないかも知れないし」
「その……今回は本当にありがとう。ちょっと、系統はアレだけど、魔法が使えるようになったのは凄く嬉しいわ。ウォルフは私の系統、すぐに分かっていたのよね?」
「もちろん。そうじゃないと中々成功させられなかったと思うよ。魔法については今度、研究に付き合ってね? 楽しみにしてるから」
「そそそ、そうね、研究は必要よね」

 ニッコリと笑うウォルフに何故か腰が引けるルイズ。ウォルフのサイエンティストとしての気質はまだ知らないはずなのだが、分かってしまうものなのらしい。



 馬車を見送ると商館に顔を出し、チェスターの工場にも行って溜まっている仕事をこなした。今回の休暇はのんびり出来る予定だったのに、思わぬ事態でいつもよりも忙しくなった。ウォルフがド・モルガン邸に帰り着いたのはもう夜中になろうとした時間だ。

「あー、やっぱりここにいた! 一緒にお風呂入りましょうって言ってたのに何一人で入ろうとしているんですか! わたしずっと待っていたんですよ!」
「だーっ! サラももう十二歳になったんだろう、どうして一人で入れないんだ!」

 ようやくたどり着いたサウスゴータのド・モルガン邸で、ウォルフが風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いでいるとサラが突入してきた。
 ずっと一緒に風呂に入ってきて、そろそろ自立させようとしているのだが、中々言う事を聞いてくれない。

「やだって言いました。一緒にお風呂に入る夫婦は仲が良いのです。私とウォルフ様も仲が良いのだから一緒に入るのです」

 どこで聞いたのか豆知識を披露しながら、すぽぽぽぽーん、と服を全部脱ぐとウォルフの背中を押して一緒に浴室へと移動した。



 かぽーん、と桶を置く音が響く中、二人は湯船に並んで入る。結局いつも通りの入浴になり、ウォルフはサラの髪を洗ってやって、互いに背中を流しあった。
 
「はー、いいお湯…」
「……」
「……ウォルフ様またすぐ遠くに行っちゃうんだから、帰ってきたときくらい一緒にお風呂入っても良いじゃないですか」

 ウォルフがどう説得しようか考えていると、サラの方から話を振ってきた。不満そうに口を尖らせている。
 東方開拓が始まってから、サウスゴータには中々帰って来れていない上に、今回の休みは昼間も別行動が多かった。なるべく一緒にいたいというサラの気持ちは分かるが、そろそろ二人とも思春期だ。男女の別を付けておいた方が何かと良い。その内恥ずかしがるようになるだろうと思って放置していたのに一向にその気配はなく、いい加減心配になってきた。

「いいか? サラ。何故世の中で女性の裸というものに価値があるのかを考えるんだ。美人のシャツはちょっとはだけたくらいで男どもの視線を釘付けにするし、裸婦画をこっそりとコレクションする貴族も多い。女なんて全人類の半分もいるんだからその裸なんて世の中で最も珍しくないものの一つだってのに」
「それは男の人がスケベだからですよ。アンおばさんが言ってました、男の人はみんなスケベだって」
「男がスケベであるのは否定しないが、裸を見たがるのは女性が肌を隠すからだ。隠されれば見たくなる、という男のフロンティアスピリッツを利用して女性はその価値を吊り上げてきたといえるんだな」
「ええー! スケベな目で見るから隠すんですよ。何言ってるんですか」
「男がスケベじゃないと子供が生まれない。大昔は男女とも裸で暮らしていた。子供が生まれる確率を上げるため、男のスケベ心を最大限に盛り上げるという目的を持って女性は肌を隠すようになったんだ」
「……それとお風呂入るのと何が関係有るんですか?」
「サラの将来を心配しているんだ。このまま恥じらいを知らずに育ったら子供が作れなくなってしまうかもしれない」
「ええっ!」

 サラにとって衝撃の新事実だ。子供に囲まれた幸せな家庭を持ちたいと思っているのにそれが出来ないなんて。

「で、でも、パオラさんってあの歳でベルナルドさんと一緒にお風呂入るくらい仲良くて、この間子供が生まれたじゃないですか」
「夫婦で入っているのは奥さんが恥ずかしがっているのがいいんだ。一緒に入っていると言っても、恥じらう事が無くなった夫婦に子供は生まれない」
「そ、そんな…じゃ、じゃあわたしも恥ずかしい振りをすれば良いんですか?」
「確かに世の中にはそういう演技が得意な女の人もいるけど、サラには無理だろうし、そんな女にはなって欲しくないな」
「うううー」
「今度アンおばさんに聞いてみろ。男の前ですぽぽぽーんと全裸になる女の子に子供は作れるでしょうかって」
「ぐぅ……ぶくぶくぶく……」

 確かにそこだけ言われるとサラにもその行動が女の子として間違っているように思えてくる。物心付いたときからずっとそうしてきた訳だし、これまで考えた事など無かったが。
 鼻まで湯に沈みながら悩む。答えは、見つからなかった。



 翌日早速事務員のアンにこっそりと問い質した。二人で仲良くお風呂に入るのは間違っている事なのでしょうか。
 最初はサラの突飛な質問に面食らっていたが、アンにはウォルフの懸念している事がすぐに理解できたので大仰に溜息をつくとウォルフを支持した。

「確かにウォルフ様の言っている事が正論だね。そんな女の子じゃあ子供が出来ないって事は無いだろうが、望まない結婚をする事になりそうだ」
「ええー、そんなあ…」

 もうサラは半泣きだ。自分の行動の何がそんなに間違っているのか分からない。

「いいかい、サラちゃん。男ってのは追えば逃げるし、逃げれば追うものなんだ。どうやって男に追わせるかってのが男女の間では一番重要な事なんだよ。相手がいやがっているのに裸で押しかけるなんて論外だね」
「は、裸で押しかけてました! どどどどうすればいいのでしょうか?」
「女の裸ってのはメイジの杖と一緒さ。一番大事なものなんだ。メイジの決闘でいきなり杖を投げつけて勝とうとする馬鹿はいないだろう? 武器として使うなら女の涙くらいにしておくべきさ。こっちは、まあ、多少乱発しても大丈夫だからさ」
「確かに……はっ、そう言えば一昨日ウォルフ様がなんか外国の女の子を泣かせていました! あれって、武器なのでしょうか?」
「おやおや、サラちゃん、その子は危ないよ。外国の女ってだけで男にはミステリアスに映るもの。ミステリアスな女はいつだって男の心を捕らえて放さないものさ」
「ううー……」
「その上で涙だろう。女の涙なんて男の心を縛り上げるロープみたいにも使えるからねえ、ウォルフ様はもう捕まっちゃったかねえ」
「ぐすっ」

 遂に涙がこぼれる。メイド仲間の報告によりウォルフが昨日もその女の子をこそこそ連れ込んでいた事は調べが付いていた。虚無のメイジだからなどと説明はされたが、ウォルフは時々ホラを吹くので疑念は募る。
 自分が考えなしにいた事が取り返しが付かない事態を招いたような気がして、唐突に不安がサラの胸を襲ったのだ。
 その涙を、アンは両手の親指で拭って笑いかける。

「くすっ、冗談さ。そんなぽっと出の女の子がウォルフ様の心を捕まえられるわけはないだろ? サラちゃんには今まで紡いできた絆があるんだからどーんと構えていれば大丈夫さ」
「ほんどうに、ぞうだのでじょうがー?」
「大丈夫、ウォルフ様の落ち着き方は半端じゃないからね。あたしらにだって年上に思える時があるくらいさ。そんなに簡単に恋に落ちる訳は無いよ」
「……」

 恋とは違うかもしれないが、アン達にもウォルフがサラをとても大事に思っている事はよく分かっている。サラが泣くのであれば、そんな女などすぐに放り出して来るであろう事を確信するくらいにはウォルフの事を理解していた。

「それにウォルフ様が一緒に風呂に入らないようにって言ってきたのは、もう子供同士の関係じゃなくて、大人の関係になろうっていう意味なんだよ?」
「えっ……? 大人の、関係……」
「そう。結婚もしていない男女は一緒にお風呂なんて入らない。サラちゃんはもう子供じゃなくて結婚前の女の子になったって言っているのさ」
「結婚前の、女の子……!」

 その瞬間、サラの顔がボンッという音が聞こえそうな勢いで真っ赤になった。

「え、結婚だなんて、そんな、まだ、わたし……」

 俯いて指先をもじもじさせながら、ごにょごにょと何か呟いているがアンには聞き取れない。こんな可愛い子を放って置いて余所の女にうつつを抜かす分けなんて有るはずないじゃないか、とアンはほほえましくその様子を見守った。

 この日以降サラがウォルフの入っている風呂に乱入してくる事はなくなった。サラが一人で入っている事に気付いたウォルフは一抹の寂しさを感じたものだが、後でこっそりとアンに礼を言っておいた。



[33077] 3-4    ラ・ヴァリエールに行くと言うこと
Name: 草食うなぎ◆ebf41eb8 ID:e96bafe2
Date: 2012/05/09 00:03
 ウォルフは早朝の工場で、サラを助手にして新型飛行機「ライトニング」の最終チェックを行っていた。ここはチェスターのガンダーラ商会の機械加工工場に最近併設された専用空港のガレージだ。
 この機体は高出力風石エンジンの開発と高速飛行の研究を主眼に設計製造したもので、今のところ市販の予定は無い。風石エンジンの出力増加時における揚力バランスの変異対策と出力向上のため機体を双胴とし、その中央の翼の上に複座の操縦席を設置した。滑空を考慮していないので主翼は極端に短く、双胴に続く垂直尾翼は二枚で水平尾翼は左右が繋がっている。機体の材質は超ジュラルミンを純アルミニウムでサンドした構造の板材を使用している。板材の接合はリベットと魔法溶接が半々といった具合で、今後工員の技術が向上すれば魔法溶接をなくす事も出来るだろうと思っている。
 今回の機体では舵をワイヤから油圧に変更した。おかげで高速飛行時にもストレス無く操作ができるようになり、操作感もこれまでの舵にあった曖昧な感じがなくなり、ダイレクトな感覚を得られるようになった。何度か仕様変更しているその舵の動きをチェックしていると、まだ祭りだというのに工場に泊まり込んでいるリナが起きてきた。
 彼女はもう殆どこの工場に住んでおり、周囲からは主と呼ばれている。

「あ、ウォルフ様おはよございまふ、もう出かけるんでふか」
「おはよ。まあ、またすぐに帰ってくるよ。こいつならひとっ飛びだ」
「時速五百リーグで巡航できるならそりゃ辺境の森でもすぐでしょうよ」
「今回の高密封低トルクシールドベアリングはやっぱりいいな。風石濃縮技術がもう少し効率を高められればこの機体で七百リーグくらいまで行けそうだ」
「ベアリング開発者としてはお褒めに頂き光栄ですー、しかし、時速七百リーグですか」
「一応機体は時速九百リーグの急降下にも耐えるように設計しているけど、エンジンの出力から言ってそのくらいがいいとこじゃないかな」

 風石に関する研究は一年前より大幅に進んでいる。何故、ハルケギニアのあんな地下に風石の大鉱脈が形成されたのか、ウォルフはほぼ解き明かしていた。
 これまで風石は密閉状態で保管するのが当然とされてきた。これは空気に晒されていると風の魔力が抜けていくためだが、ウォルフは地道なデータ収集によりセレナイトが付着している風石だと解放空間でも風石の自然減が少ない事を発見した。
 風石の重量を少なくするためにこれまではセレナイトを綺麗に風石から剥がして採掘していたが、試しにセレナイトが付着した風石を密閉してみたら風石の結晶が成長するという事実を確認する事が出来た。自然に成長する量は極微々たるものだが、風を密閉容器に当ててやると成長する速度は早くなる。
 風の魔力素には物質を透過するという性質と、セレナイトに吸着して結晶化するという性質があり、セレナイトに風が直接当たらないようにしてやれば風石として結晶化するのだ。
 地殻によって風が直接当たらない地下深くに風石の大鉱脈が存在する理由がこれのようだ。風の魔力素は分厚い地殻をものともせず、自由に動き回っているのだろう。
 何故アルビオン大陸が六千年以上の永きにわたり空に浮かび続けているかという謎もこれで説明できる。セレナイトに風が当たらないように密閉するだけで空気中の魔力素を捕捉し、風石を生産できるのだから、ハルケギニアには今後エネルギー問題というものは存在しなくなると予想される。
 この風石再生産方法の確立により、東方探検における燃料補給という問題はほぼクリアされる事になった。前回の調査行では荷物の多くを風石が占めていたが、今後は減らす事が出来る見込みだ。何せ、この密閉容器に入れたセレナイト付き風石を飛行機に積んでおけば飛行中に幾分かは風石が増えるので、航続距離を伸ばす事が可能なのだ。
 今ガンダーラ商会ではセレナイトを密閉容器に入れ、この容器に風を当てる事で純度の高い風石を生産する研究を続けている。風石エンジンの効率を上げるためには、風石そのものの出力を上げる事が最も手っ取り早い。セレナイトの形状や純度によって風石もその性質を変える事が分かっているので、人工的に結晶化させた純度の高いセレナイトを使って風石に含まれる魔力素を増やそうという試みを現在実験中だ。

「はー、まあ頑張って下さい。それじゃああたしはこれで」

 リアはベアリングの評価を聞くともう興味はないようで、さっさと自分の設計室に行ってしまった。特に彼女に何かして貰うつもりもなかったウォルフはサラと二人で作業を進め、離陸準備を整えた。

「じゃあウォルフ様、気をつけて下さいね。最近この街にも間諜が多くなってきたって報告がありましたし、トリステインは信用できないって話ですから」
「ん、気をつける。サラも注意を怠るなよ。いざとなったら迷わずにピコタンに助けを求めるんだぞ」
「は、はい。いってらっしゃいまし」
「……行ってくる」

 何かここのところサラの言動が少しおかしい。間近で顔を合わせるとすぐに真っ赤になって下を向いてしまうが、ウォルフはなるべく気にしないように努めている。風呂に一人で入るようになって一時的に反動が来ているだけで、そのうち元に戻るだろうと期待しての事だ。

 ピコタンはウォルフの母エルビラの使い魔のフェニックスで、もうずっとサラの事を見守っている。ラインメイジくらいなら瞬殺出来る能力があるし、何かあったときはエルビラにすぐ伝わるので安心だ。その上フェニックスは風竜と同程度の速度で飛べる上ほぼ殺す事が出来ない幻獣なので、もし誘拐事件が発生したとしても犯人がピコタンを振り切って逃げる事は不可能だ。
 他にも色々な魔法具と傭兵や使い魔による警備を行っているのでこれまでガンダーラ商会は敷地内に賊の侵入を許した事はない。
 サラの頭を一撫でして飛行機に乗り込む。これからボルクリンゲンに行って溜まっている仕事をこなした後トリステインのラ・ヴァリエール公爵領へ向かう。開拓地に戻れるのはその後だ。
 
 

 見送りを受けて離陸し、まずは機動飛行で新油圧システムの調子を試した。左右旋回、垂直上昇、360°ターン、ナイフエッジ等をこなし、機能に問題なしと判断して機首をボルクリンゲンへ向けた。
 道中の急降下試験では七百リーグを余裕で超える事が出来た。旋回性能は今一だが、この機体ならば竜に追われても振り切れるので、竜の多い地域でもある程度低空を安心して飛行できる。

 二時間も掛からずにボルクリンゲンに着くと早速仕事に取りかかった。この工場で今出荷数が多いのはモーグラと空中船用船外機だ。

 モーグラは一万メイル以上という高々度航行能力と時速二百五十リーグという巡航速度が評価され、爆撃機としてアルビオン・ガリア・ゲルマニアの各国の軍に納入されている。普通のフネも竜騎士も飛べない様な高度を飛行できるのだし、風石を併用すれば機外にいくらでも爆装を増やせるのでその爆撃機としての潜在能力は高い。納入されたモーグラはなにやら秘密の改造を受けて、順次配備されているようだ。

 船外機とはフネの両舷側に一つずつ搭載し、航行速度を向上するためのものだ。ジュラルミン製のフレームに風石エンジンとプロペラを搭載し、やはりジュラルミンのカバーで覆った。
 これを搭載して帆を簡略化したフネはこれまでの三倍程、時速五十リーグ以上で航行できるようになるので、空中船専用航路に就航しているフネは最近次々に改造されている。飛行時間が三分の一になればその分回数を増やせるので、投資に対する見返りは十分に期待できるのだ。
 この外装は比較的簡単な構造なのでリベット打ちの職人を養成する訓練には丁度良かった。ウォルフにとっては当初興味を持てない機械だったが、今は積極的に製造指導している。

 工場を見て回り、設計部に異動して現在設計中の大型飛行機の設計図をチェックする。大まかなところはウォルフが決めているが、最近は設計を出来る社員も育ってきたので細かな部品の設計などは任せている。勿論使えない設計には容赦なく不可を出しているので社員達には鬼と呼ばれているが、最近は三回くらいの書き直しでOKが出る事も多くなった。
 風石があるので前世の飛行機よりは要求技術レベルが低いとは言え、飛行中に分解するようでは困る。設計部員一人一人の設計図について、何がいけないのかどう直すべきなのか解説した。
 黒板に張り出して説明し、参考にするべき書籍を紹介してお終いにするつもりだったが、すぐに周りから質問が飛んできて結局二時間程講義する事となった。勿論参考図書は全てウォルフの著作だ。
 
 忙しく過ごす中で昼過ぎ、仕事が一段落してウォルフが社員食堂で遅めの昼食をとっているとキュルケが乱入して来た。一緒に食事をしていた設計部員達はすぐに気を利かせてテーブルを移動する。

「ウォルフ! 丁度良いときに来たわ、辺境の森へ行くわよ!」
「……キュルケ、また家出してきたんだ。今度はどうしたの?」
「どうしたもこうしたも無いわよ、また普通の恋愛をしろとか言われて社交界に連れ出されたわ」
「キュルケだったらそういうとこ行けばもてるだろ。見目麗しい男どもにチヤホヤされるのは好きそうだけど」
「そりゃ、好きだったけど、何か違うのよ、温いの。『君の炎に焦がされたい』とかいくら口で言われても、わたしの情熱は燃え上がらないわ」

 最近キュルケはよく家出してはウォルフの所やウィンドボナの魔法学院に入学したマリー・ルイーゼの所へと駆け込んでいる。開拓地で幻獣を狩ったり、リンベルクでマリー・ルイーゼと二人で探索者をしたりと自由に暮らした後二週間位すると家に帰っているが、最近その頻度が増えてきているような気がする。

「実際に炙ってみたら、泣くし。そこはクールに躱して『僕が焦がされたいのは君の情熱さ、可愛い火ネズミちゃん』くらい言って欲しいのに、がったがった震えながら泣き出すなんてあり得ないわ」
「あー、よっぽど怖かったんだね、可哀想に……良いとこの坊ちゃんだったの?」
「公爵の長男だってさ。父さまは怒ってぐちぐち言ってくるし、もう最悪。何が、男と見れば燃やそうとするな、よ。あんな『ファイヤ』躱せない方がおかしいんじゃない」 

 あんなんじゃワイバーンの前に出たら一瞬で丸焼けよ、などとキュルケは言っているが、公爵子息はまだキュルケと同じ十三歳、普通はワイバーンなどとは闘わない。ちなみに可愛い火ネズミちゃんと言うのはゲルマニア方言で、年少の火メイジを褒めるときによく使う表現だ。
 キュルケは十三歳になって反抗期真っ盛り、と言った感じで、辺境伯も苦労しているようだ。ウォルフと出会って以来やたらと行動力が付いてしまっているので家出もダイナミックだ。この間などゲルマニアから遙か離れたクリフォードの通うロンディニウムの魔法学院に転がり込み、一騒動起こしていた。突然の美少女の登場にクリフォードはキュルケが帰った後同級生の質問攻めにあったという。

「キュルケ、もう春になったら魔法学院に入学した方が良いんじゃない? 同年代の子供が一杯いる訳だし、退屈しないで済みそうだよ」
「そうするべきなのかしら…、でもマリーの話だと魔法学院と言ってもそこそこ使えるのは五、六人しかいないって話だし、やっぱりすぐに飽きちゃいそう」
「うーん、士官学校の魔法科なら手強いのは沢山いそうだけど、辺境伯令嬢が入学するのは現実的じゃないよな」

 士官学校の魔法科は軍の中でも対人の魔法戦闘に特化した部隊の指揮官を養成する学科だ。ライムントもここの卒業生だが、とにかく対人戦闘には強いメイジがそろっている。

「あそこって授業料が無い代わりに卒業後に何年か軍に勤める義務があるじゃない。わたし、軍勤めなんて絶対に無理だと思うわ」
「確かに。上官の命令にイエスとしか答えないキュルケとか想像できない」
「ウォルフも一緒に魔法学院入学しない? あなたがいれば退屈はしなそうよ」
「無理。オレの忙しさは知っているだろ」
「ふう……魔法学院に入学して、あげく退屈だったりしたらすぐに退学しちゃいそう。そうなったら探索者として生きていくのかしら…」
「待て、早まるな。それは若さの暴走だ。君には辺境伯令嬢としての義務がある」
「わかってるわよ。言ってみただけじゃない」

 貴族とは領民から徴収した税金で暮らしている。ツェルプストーで育ったキュルケにはツェルプストーの為に尽くす義務があり、好き勝手に生きて良いものではない。
 なおもブチブチとこぼしているキュルケだったが、ウォルフは食事が済んだので立ち上がった。仕事が詰まっているのでいつまでもキュルケの相手はしていられない。

「ちょっと、オレは暫く忙しいから、辺境行くなら一人で行ってくれ。向こうには連絡しておくから」
「え? ウォルフは行かないの? いつもここで一日二日仕事したら移動してるじゃない」
「明日の午後に、そこのラ・ヴァリエール公爵に呼ばれているんだ。ちょっとそっちの用事がどのくらい掛かるか分からないから」

 ラ・ヴァリエールの名前が出たとたんキュルケの瞳がきらきらと輝き出す。興味を持たれたらしい。
 ツェルプストーとラ・ヴァリエールとは過去幾度となく杖を交えており、自他共に宿敵と認める間柄だ。ここのところは戦争にはなっていないが、休戦状態が続いているだけで、何時どんなきっかけで戦争が再開されてもおかしくはない。
 実際キュルケが襲撃された事件の時は後一歩のところで大規模な戦争になるところまで行った。そんな相手とウォルフとが交流を持ったことを知ったら辺境伯は何を思うだろうか。

「何? 何? 何でヴァリエール? 父さまはウォルフがラ・ヴァリエールに行くって知っているの?」
「別に辺境伯には知らせてないけど。降臨祭で実家に帰ったときに知り合ったんだ。オレの魔法の先生が昔公爵にも教えていたんだってさ」
「ふーん、まあいいわ、父さまには黙っていてあげる。だからわたしも連れてって? なんだか楽しそう」
「いや無理。向こうのこともあることだし。辺境伯には話してくれて構わないよ、元々隠すつもりなんてないし」
「ああん、相変わらずケチなんだから。何しに行くのか興味あるわー……ヴァリエールって今、娘が三人いるんだっけ?」
「うん、一番下の子がオレと同い年。一番上はもう成人してるって」
「その一番下の子と婚約とかするの? それで呼ばれてるの?」
「ルイズとはそういう関係になる予定はないよ。今回は別件」
「もう名前で呼び合ってるんだ。今そのつもりが無くても可能性はあるんでしょ?」

 ルイズは虚無なので、虚無の使い魔のガンダールヴである可能性が疑われているウォルフとしては、今後ルイズに召喚されて使い魔にされる可能性を否定できない。

「婚約はともかく今後親しい関係になる可能性までは否定できない、かな」
「うふふ、父さまったらピンチじゃなーい。わたし、家出やめるわ。今日は家に帰る」

 キュルケは心底楽しそうに笑いながら言う。多分チクチクと辺境伯をつついて不安を煽るつもりなのだろう。サディスティックなその笑顔にウォルフは溜息を吐く事しかできない。

「……ヴァリエールの方の用事が終わったら城に顔を出すから、よろしく伝えといて」
「ツェルプストーから男をさらうとか、やるじゃないヴァリエール、見直したわ。なんだか楽しくなりそうね」

 現在のウォルフのゲルマニアでの立場は、有力貴族であるツェルプストー辺境伯の子飼いというものだ。ゲルマニア政府を含めて他の貴族は辺境伯に遠慮して直接ウォルフと交渉しようとはしないし、辺境伯もさせてこなかった。ミルデンブルク伯爵など周辺貴族とは話し合わなくてはならない事も多く頻繁に会っているが、細かい取引などは輸送を請け負っているガンダーラ商会が行っている。
 ウォルフによってもたらされた多大なる利益を思えば、辺境伯がウォルフを手放そうなどと考えるはずも無い。横から掠おうとするものが現れないか常にチェックしていて、ウォルフに娘を近づけさせようとする貴族などにはやんわりと恫喝して追い払っているくらいだ。
 開拓団が順調にその規模を拡大してゲルマニアで爵位を得る事がほぼ確定した頃には、ウォルフとキュルケをくっつけようと画策していた時期があったが、辺境伯にとって残念な事に、一向にそういう雰囲気にはならなかった。そのウォルフにラ・ヴァリエールが手を伸ばそうとしていると知れば、騒動になるのは間違いなかった。

「頼むから、騒ぎを大きくしないでくれ。本当にちょっとした用事なんだ」
「ふふ、わたしとあなたがくっついちゃえば、父さまも安心なのにね。ウォルフの所に行くと幻獣ばっかり殺して廻っているから心配みたいよ」
「あー確かに、もうあんまり闘わせないでくれ、って言われた事はあるよ。キュルケの勝手だからって放置したけど」
「ウォルフのそう言うところは好きよ。父さまにペコペコしないものね。でもあなたと恋人とか、無いわー」

 ウォルフの事を好きかと問われれば勿論好きと答える。ぬるま湯みたいな毎日を刺激的なものに変えてくれたのはウォルフだった。しかし愛を語る相手では無いと言う事だ。愛する相手にはあのヴァレンティーニを追っていたときのような身を焦がすような情熱を感じさせて欲しいと思っている。ウォルフは何というか、キュルケから見ると枯れすぎていた。

「まあ、無いな。とにかく、帰ったら辺境伯にも説明するから」
「分かってるわよ、出かける前に言ったりしないから安心して」

 とても信用できない笑顔を残してキュルケは去っていった。ウォルフは一抹の不安を感じながらもようやく仕事へ戻る事が出来た。

 そして翌日、心配されたツェルプストー辺境伯からの連絡も無く、午前中で仕事を終えたウォルフは飛行機に乗り込み、予定通りラ・ヴァリエールへと向かった。


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