英理と里彩


 

 
前編


「このライトを見て……絶対に目を逸らさないで……目を閉じるのもダメ。英理は今、ライトを見ています。英理は今、ライトしか見えていない……」

 英理の視線がペンライトの光に集中しているのを確認しながら、私はゆっくりと言葉を紡いでいく。催眠誘導はゆっくりと、声の抑揚に気を付けながら語りかけるのが基本だ。

「そのままライトを見ていると、目が疲れてくるよね。だんだん目が疲れてくる……だんだん瞼が重くなってくる……そして瞼がだんだんと下がってきます……」

 英理の瞼が小刻みに震えだしたのを確認して、少しずつ意識を深いところに誘導していく。
「どんどん瞼が下がってくる……もう眼を開けているのが辛い……だんだん眠くなってくる……」

 頻繁に瞬きをするようになり、目を開けているときも普段の半分くらいしか開いてないようになればこちらのものだ。ゆっくりとライトの光を弱くしていき、あとは古典的な言葉で英理を催眠状態に誘導できる。

「眠くなる……だんだん眠くなる……眠くなる……」

 やがて英理の目は完全に閉じられ、その小さな身体はソファにもたれるようになり、かすかに開いた口からは規則正しい吐息しか聞こえなくなった。
 英理は私の催眠術にかかってしまった。
 その単純な事実が私の心を魅了してやまないようになって、もうどれくらいになるだろう。私を信じ切って、他の誰にも見せないような無防備な姿は、彼女に恋をしている私にとっては爆薬に近い存在だ。
 だからこそ、これはやってはいけないことだ。英理との信頼関係を踏みにじり、裏切る行為だ。
 それでも私は、好きな人の心と身体を自分の思い通りにできるという誘惑に屈服してしまった。もう後戻りはできないのだ。




 私、羽角里彩(はずみりあ)は催眠術師ではない。ヒュプノセラピーを目指して勉強しているわけでもない。新浜共立女学園に通うどこにでもいる女の子だ。そんな私がどうしてこんなに簡単に他人を催眠状態にできるのかというと、少し説明が必要になると思う。
 今私の目の前で催眠状態になって眠っているのは、高峰英理(たかみねひらり)。この学園に入学してからずっと同じクラスで、私の一番の親友の女の子。休みの日に遊びに行ったり、一緒に勉強したり、お泊り会をしたりとどこにでもいる仲良し女の子の関係だ。
 私が英理に抱いている感情がライクではなく、ラブだということを除けば……
 深い関係にはなれなくても、友達以上の関係で満足していた私たちの関係が変化したのは一年ほど前、いつものように英理が私の家に泊まりに来ていて、夜二人でぼんやりとテレビを見ていた時だった。
 手品の特集かなにかで、催眠術のショーをやっていたのだけれど、舞台に上がった女性が司会の人に、『催眠にかかるとどんな感じになるんですか?』と訊かれていて、『身体の力が自分ではどうにもならないくらい抜けて、あったかいプールに浮かんでるみたいで、すっごく気持ちよかったです』

「ねえ、里彩」

「ん〜」

「そんなに気持ちいいのかな、催眠術って」

 私はうっとりした表情で話す女性を横目で見ながら、

「どうだろうねーかかったことないし。朝二度寝するときのまどろんだ感じなのかなぁ。でもどうして?」

「ん〜なんかさ、いいストレス解消になるんじゃないかと思ってさ」

 私たちの通う新浜共立女学園は、この地方では校則が厳しいことや偏差値が高いことでちょっと有名な進学校だ。例年卒業していく先輩たちの進路には旧帝大や有名私立の名前が挙がることが多い。それだけに普段の授業や定期テストのレベルがものすごく高くて、進級するだけでも大変という人も多い。入学式の次の日には進路希望調査のプリントが配られて、私たちも地元の国立大学を志望しているけど、ぎりぎりB判定をとるのがやっとで、日々猛勉強を強いられているからものすごくストレスとフラストレーションがたまるのだ。
 英理は催眠術という胡散臭いものにそのストレス解消の可能性を見出したんだろうけど、正直どうだろうと思う。

「難しいんじゃないの?そういうのって。大体素人がやっていいものなの?」

「わかんないけど……あ、見て。この人本出してるって『サルでもわかる!催眠術のかけ方!』」

 「(誰が買うのよ、そんな怪しげなタイトル……)」

「近所の本屋さんにあるかな?」

 「(いたよ……ここに……)」

「……化学部の上月先輩とかなら、そういう本持ってても不思議じゃないけど……」
 
 上月先輩というのは化学部の変わり者の先輩で、興味の範囲がものすごく広い人。
 知識欲が超がつくほど旺盛で、学年トップの成績の持ち主。
 なんでも最近、恋人ができたとか噂になってたけど……

「そうだね、明日訊いてみよっと」



 次の日、英理は例の本を持って家に来た。

「(上月先輩、ホントに持ってたんだ……)」

「とりあえず最初は私がかけていい?一応この本一通り読んだし」
 
 目をキラキラさせている彼女を目の前にして、私が断れるはずがない。

「別にいいけど、どんな催眠をかけるの?あのテレビでやってたみたいな動物になるとか、秘密をしゃべらせるとか、そういうのは嫌だよ?」

 特に後者に関してはしっかりとクギをさしておかないと。

「大丈夫だよ。最初はただかけるだけだから。トランスっていうのかな。寝てるけど起きてるみたいな、そういうぼんやりした状態にできれば十分だから」

「う〜ん、ならいいけど……」
 
 私が渋ってみせると、

「里彩の嫌がることはしないって約束するから。ね、私を信じて」
 
 そう言われながら顔を覗き込まれると、それだけで私は無条件にうなずいてしまう。

「それじゃあベッドに横になって」

「昼間っから布団敷いて、いい御身分だなーっと」

 不安を隠すように一人ごちたのだけど、英理にはバレバレのようだった。

「大丈夫だよ。力を抜いて、リラックスして……」

 英理はやさしく私の頭をなでながら歌うように言った。
 それだけで、私の心からは不安な気持ちが薄らいでいく。

「深呼吸して……心を落ち着けて……」

「す―――っ……は―――っ……」

「私の声だけを聴いて……私の目を見つめて……」

 英理の声に集中するようにして、英理の目をいじっと見つめる。
 好きな人を堂々と見つめることができるのだから、なんだかそれだけでもとても幸せだった。

「じーっと見つめて……私の目だけを見つめて……」

 言われた通り英理の目を見つめ続ける。
 すると普段は気付かないような目の動きや瞳の潤みといった細かい情報が私の中に入ってきて、意識がそのことに集中していく。
 そのうち私は英理の目のことしか考えられなくなり、気が付くと私の僅かな眼球の動きや瞬きのタイミングが彼女のそれとシンクロしてしまっていた。
 身体の力が抜けて、なにも考えられなくなって、その間も英理は何か言っているようだったけど、頭がぼんやりして何を言っていたのかよく覚えていない。次第に意識が遠くなってきて、目を閉じてしまったところで私の記憶は途切れた。



「私が3つ数えたら、あなたは気持ちよく目を覚まします」
 
 心地よい声が聞こえる……心の深くまで響く、甘くてどこか懐かしい声……その声が暖かな闇に包まれてどこともいえない世界を漂っていた私の意識を呼び覚ましていく。

「3……」
 
 闇の中に光が生まれて、私は少しずつ浮かび上がっていく。

「2……」
 
 どんどん光が大きくなり、私を包んでいた闇を覆い尽くす。身体の感覚が戻ってきて、私は私を認識できるようになる。

「1……」
 はっきりと声が聞こえて、背中に布団の柔らかい感触を感じた。

「0!はい、さぁ目を開けて、とってもいい気持ちで目が覚めるよ!」
 
 声に導かれるままに目を開けると、心配そうな英理の顔が飛び込んでくる。

「里彩……大丈夫?」

「ん……」

 大丈夫。と言おうとしたけど、全身を覆う脱力感があまりにも気持ちよくてつい黙ってしまう。
 少しずつ頭がはっきりしてきて、英理と催眠術の実験をしていたことを思い出した。

「里彩ぁ……」

 この心地よい脱力感はそれだけでも手放したくないものだったけど、それが英理の与えてくれたものだと思うとなおさら愛おしく感じた。
 でも、あまり英理を心配させたくなかったので、ちゃんと起きることにした。

「里彩……」

「んんっ……大丈夫。ちゃんと起きてるよ」

「よかったぁ〜いくら声かけてもぼーっとしてるんだもん、心配したよぉ」

「そんなに長い時間ぼーっとしてた?ほんの一瞬だけのつもりだったけど」

「えー?15分くらいかなぁ、寝ぼけたみたいな顔で」

「あれかしら、冬の朝とかに目覚まし止めて二度寝すると10分くらいが一瞬に感じる……」

「きっとそうだよ。でもよかった、無事戻ってきてくれて。それで、どうだった?私の催眠術」

「ん〜…………」

 本格的にかかっているときのことは正直全然覚えていない。
 でもかけられるときの、あのうとうととしていく感じや、意識が覚醒していく時のぼんやりした感覚は覚えていて、どっちもとても気持ち良かった。そのことを伝えると、

「やったぁ!大成功じゃん!」

 英理は手を叩いて喜んだ。

「じゃあそのぼんやりした時間を増やせば、もっと気持ちよくなれるのかな?ね、今度は私にかけてくれない?」

「え……私が、英理に?」

 あのうつろな感覚を……私が……英理に……?
 そう思うと、残っていた眠気が一気に飛んで頭が覚醒した。

「うん。だって、私も気持ちよくなりたいもん」

 うん。そのセリフに特別な意味がないことは知ってるよ……

「じゃあその本貸してくれる?私も予習するからさ、明日にしようよ」



 次の日学校が終わった後、私は英理に催眠術をかけることに成功した。

「ほわぁ〜すっごく気持ちよかった〜」

 なんて英理は呑気に言ってたけど、私の目を見つめながらトロンとした表情になっていく英理を目の当たりにするのは、精神衛生上本当に危険だった。
 それから私たちはストレス解消を試みたり、不眠症を解消したり、より有意義な生活をおくるために催眠術を活用し、お互いかけたりかけられたりした。
 ただそのために、いくつかの約束事をした。お互いの尊厳やプライベートを守ること。催眠様態になった相手に秘密をしゃべらせたり、動物のまねをさせたり、恥ずかしいことをさせるのはダメ。もちろん健忘催眠と後催眠もダメ。あくまで心のリフレッシュのために相手に自分の心を預けるのだから、その信頼を裏切るようなことは絶対にダメって約束した。
 私もそのことは十分に理解していたし、英理のことを信頼していたから、彼女の催眠に安心してかかることができた。
 だけど、自ら意識を手放して、ぼんやりした表情で私の言葉に従う英理の姿は私の欲望を激しく刺激した。

「ちょっとくらいなら触っても……」「裸になれって、命令すれば……」「私のことを好きになるように暗示をかけて……」「健忘催眠は駄目って言っても、全部忘れちゃうんだからバレナイヨネ……」

 もう数えるのも嫌になるくらい私の心をよぎった言葉の数々……
 好きな人の心も身体も自分の思い通りにできるっていうのは、悪魔の誘惑といってもいいくらい魅力的な状況だった。
 英理に催眠術をかける度に、英理は私を信じてくれてる、って言い聞かせてきたけど、もう……限界だった。
 バレなければいいって、思う。いつもよりずっと深い催眠をかけて、私がしたこと全部忘れるようにすれば……
 もちろんそれは、彼女との約束を破ることになる。それでも、私は…………英理が欲しいんだ!




 英理の隣に座って、耳元で優しく囁く。

「英理は催眠術にかかっちゃったよ。深〜い深〜い催眠状態になっちゃった。そうだよね?」
 
 私が問いかけると、英理はコクンと頷いた。

「催眠術にかかるって気持ちいいよね。もっと深くかかりたいよね」

 英理の方に手を添えて、優しく揺すってあげた。
 
 「ほうら、こうしいると、もっと深く催眠にかかることができるよ。だんだん力が抜けてくる……気持ちよ〜く催眠にかかっていく……」

 表情に変化はなくても、英理の身体からは明らかに力が抜けていき、私に揺さぶられるままになっている。

「どんどん催眠が深くなる……もう私の声しか聞こえない……私の言うことが英理の全てになる……」

 普段ならこんなに深く催眠をかけることはしないのだけど、今回は後催眠をかけるから、そのことに絶対に気付かれないようにするために相当催眠を深くする必要があった。

「さぁ英理、私が3つ数えると、あなたは目を覚まします。気持ちよ〜く目が覚める……ただし、私が『眠って』っていうとまたすぐに眠ってしまいます。いいですね?よかったら2回頷いて」

 コクン、コクン

 英理はゆっくりと、けれどもたしかに頷いた。目を閉じて、自分という意識を手放した英理が、私の声にだけは忠実に反応する。それだけで私は自分の女の子の部分が疼くのを感じてしまった。

「1……2……3!」

「……ん」

 英理がゆっくりと目を開ける。

「あれ?……わた……」

「眠って」

 英理の視線が私を認めるのと同時に、私は英理を催眠状態に落とした。
 途端に英理は目を閉じて眠ってしまう。

「いい子ね、英理……さぁ、もう一度目を覚まして」

 眠ったばかりの英理の意識を再び覚醒させる。

「んんっ……ぁ」

「眠って」

 カクンと身体の力が抜けて、英理は私の胸に顔を埋めるように倒れこんだ。よく手入れされた髪の甘い香りが鼻腔をくすぐり、クラクラした。
 こうやって催眠をかけたり覚ましたりを繰り返して英理の精神を疲れさせて、完全に私の支配下に置いていく。
 英理が私の心がものになるのも時間の問題だった。

「眠って……起きて……眠って……起きて……眠って……起きて……」

 やがて英理は目を開けていてもぼんやりとするだけになり、身体を起こそうともしなくなった。

「(そろそろ、いいかな……)」

「私の声が英理の心に響く……私の声は英理の心の声……私の言うことにはすべて正直に答えなくてはならない……」

「……はい」

 うつろな瞳で私をみつめる英理の口から感情のこもらない機械的な声が漏れる。

「英理は恋をしたことがある?」

「……はい……あります」

 「(あるんだ……)」
 
 ちょっと嫌な気分になるけど、その方が好都合だ。

「恋をしたとき、どんな気分になりますか?」

「……相手のことを想うと、ドキドキしたり……切ない気持ちになります」

「その人と、手をつないだり、キスしたりしたくなった?」

「…………はい」

「じゃあ英理、あなたの親友の里彩のことを想って」

「……はい」

「あなたは里彩に恋をしています」

「……ぇ……あ」

「あなたは里彩に恋をしています。里彩のことを想うと心がドキドキします。切なくてたまらなくなります」

「里彩……」

「自分で言ってみて、『私は里彩のことが好き』さぁ」

「私……里彩が……好き」

「もう一度」

「私は、里彩が……好き」

「ほうら、だんだんその言葉が真実になる。英理は私のことが好きになる……もっと言って、私のこと、好きって」

「里彩が好き……里彩が好き……里彩が大好きっ……」

「大きな声で!」

「里彩が好きっ!」

「もっと大きな声で叫んで!」

「里彩っ!大好き!!」

 ギュッ目をつむって、英理は“自分の”想いを叫んだ。

「はぁっ……」
 
 そして切なそうにため息をついた。
 無防備な口から洩れる少し荒い吐息がなんとも色っぽい。

「……英理、私のこと、好き?」

「……うん」

 ぼんやりした表情で、英理はコクンと頷いた。

「両想いになりたい?」

「うん」

「手をつなぎたい?キスしたい?」

「うん……うんっ!」

「そうだよね、英理は私のことが大好きだもんね」

「えへへ……」

 想いを彼女自身の口に語らせ、さらに確認まですることで、より催眠を強固なものにしていく。

「眠って」

 英理の顔から表情が消え、あどけない寝顔へと変わる。

「これから10数えます。数え終わると催眠がとけて、とっても気持ちよくすっきりとした気持ちで目が覚めます。ただし、英理の中にある私への想いはそのまま残ります」

「……はい」

「そしてその想いは私を前にすると、自然とあふれてきます。我慢する必要はありません。告白してしまいましょう」

「告……白……」

「ただし、催眠にかかってから目が覚めるまでのことは絶対に思い出せません。とっても気持ちよかった、という感覚が残るだけです。いいですね?絶対に思い出すことはできません」

「思い出せない……気持ちいい…………はい」

「では数えます。10……9……8……身体に力が戻ってくる……7……6……5……意識がだんだんはっきりしてくる……」

 英理の瞼がピクピクと動き始める。

「4……3……すっきりと気持ちよく目覚めることができる……2……1……0!」

「……あ」

 英理の目がぱっちりと開き、何度か瞬きをした後、その瞳は私の姿を認めた。

「あ……里彩」

「どう?目が覚めた?」

「うん……今日も気持ちよかったよ。なんだかいつもよりすっきりしたような…………ん」

 気怠そうに身体を起こした英理は私の顔を見て、思いつめたような表情になった。

「……どうしたの?英理」

「う……ん、あのね……」

 顔を赤らめ、伏し目がちに視線を逸らし、もじもじした様子の英理は、私が知っているどの英理よりもかわいかった。

「私……」

「うん」

「里彩が……好き……なの……」

 ぽそぽそと小さい声だったけど、英理ははっきりと“自分の”想いを口にした。

「里彩が……好き……」

 英理は両手を頬に当てて顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

「(か……かわいい……)」

 思わず英理に抱きついてしまった。

「り……里彩?!」

「ありがとう、英理……私も大好き!」

「里彩!」

 ぎゅっと抱きしめると、英理も同じくらいの力で抱き返してくれた。
 英理の体温が伝わってきて、あったかい気持ちになる。
 英理の鼓動を感じることができて、嬉しくなる。

「里彩ぁ」
 
 甘えたような英理の声に誘われるように、彼女の身体をそっとソファに押し倒した。

「英理……」

 そっと頬に手を当て、うるんだ瞳を見つめた。

「里彩……んっ」
 
 英理は目を閉じてそっと唇を突き出した。
 サクランボのようなピンクのつぼみに、私は自らの唇を……

ガチャッ

「ただいま〜」

バッ!!!

 まるで反発しあう磁石のように私たちは離れ合った。

「お母さん帰ったわよ〜お友達来てるのー?」

 玄関からガサガサとビニール袋が揺れる音と母の声が聞こえた。

「(もう少しだったのにっ!)」

「しゅ……宿題してたの!!」
 
 とりあえずそう返事をして英理の顔を見ると、真っ赤になってうつむいていた。

「あ、あの……今日はもう遅いし……」

「そうだねっ!明日また……」

「うん。……あっ」

 あわてて立ち上がった英理はスカートの上から股間の辺りを抑えた。

「…………」

「どうしたの?」

「う……うん……ごめん、お手洗い、借りてもいい?」

「……うん」

 短いスカートの隙間から微かに見えた彼女の下着は、少しだけ、ほんの少しだけ、真新しいシミができていた。



「じゃあ、また明日……学校で……」

「うん……」

 互い顔を赤らめて、もじもじしながらのお別れ。
 初々しくて、甘酸っぱくて、幸せな気持ちでいっぱいになる。

「あの……」
 
 英理はふっと視線を外して一歩前に出た。

「ん?忘れも……」
 
 ちゅっ
 
 やわらかくて、あったかいモノが私の唇に触れた。
 英理の顔が近い。
 ものすごく近い。
 彼女の吐息も、髪の匂いも、体温も、はっきりと感じることができる。
 永遠とも思える一瞬の時間、ふっと英理の顔が離れて、

「じゃあねっ!」

 大慌てで走り去っていった。
 呆然と立ち尽くす私の顔は、夕焼けの赤味を差し引いてもきっと真っ赤だった。

「えへへ……」
 
 英理のぬくもりが残る唇をそっと指先で触れて、幸せな気分に浸ろうとした。
 
 (でも、本当の気持ちじゃないよね)

 心に冷たい風が通り抜けたような気がして、ほわほわした気持ちが一瞬にして霧散した。
 
 (もし何かの拍子で催眠が解けちゃったら……)
 
「うるさいな」

 誰にともなく、私は呟いた。

「…………これで……良かったんだよね……?」
 
 その問いかけは私の不安の表れか、それとも罪悪感か……
 どちらの問いにも答えは手に入りそうもなかった。

 
 


 

 

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