ニュース・コメンタリー
まちがいだらけの小沢判決報道
ニュース・コメンタリー (2012年05月05日)
まちがいだらけの小沢判決報道
ゲスト:郷原信郎氏(弁護士・関西大学特任教授)
 先週のNコメで小沢一郎民主党元代表を被告とする陸山会事件の判決を取り上げた。その中で、判決は小沢氏が秘書から政治資金収支報告書に虚偽を記載する旨の報告を受け、了承していたが、それが違法であるとの認識はなかったと認定した結果、小沢氏を無罪としたとの理解の上に立ち、これを論評した。
 主要なマスメディアもこぞって、その文脈で判決を報道していたように見える。
 しかし、弁護士で元特捜検事の郷原信郎氏は、それは単純な間違いだと指摘する。判決文をよく読むと、小沢氏が違法性を認識していなかったのではなく、小沢氏はそもそも秘書が虚偽の報告をするとは認識していなかった可能性が大きく、そのことが無罪判決の根拠となっていると郷原氏は説明する。
 確かに、今回の判決は理解しにくい面がある。昨年9月に同じ事件で、石川知裕衆院議員ら元秘書の有罪判決が言い渡されているが(登石郁朗裁判長)、その判決では虚偽性やカネの出所を隠す目的だったことなどを認定している。しかし、今回の裁判では、登石判決で推認された石川氏ら元秘書が働いたとする偽装隠蔽工作の事実が認定されなかった。小沢氏の無罪理由として、小沢氏が持っていなかった可能性があると裁判所が判断した「認識」は、虚偽行為の違法性ではなくて、虚偽行為の事実そのものだった。この結果、事実上同じ事件で、180度異なる事実認定が行われた形となっているのだ。
 郷原氏は今回の判決文を高く評価する。郷原氏が以前から主張するように、政治資金規正法では政治団体の代表である政治家の責任を問うためには、会計責任者の「選任および監督」の義務についての重大な瑕疵を立証するか、政治家本人が虚偽の報告に積極的に関与している事実を証明しなければならない。しかし、政治家本人が事務処理レベルに直接関わることは一般には考えられにくい上に、選任責任を問うことは極めて難しいとされ、その意味では、裁判所は法解釈のレベルで小沢氏の無罪を導き出すことも可能であった。それにもかかわらず、今回は丁寧に事実認定を積み重ねることで同様の結論に達するという手法が選択された。こうしたプロセスを踏んだ背景には、おそらく市民が参加した検察審査会への配慮があったと郷原氏は指摘する。
 とは言え、「陸山会事件」を巡る裁判では明らかに小沢氏およびその事務所の、一般の市民感覚からずれた金銭感覚や杜撰な政治資金管理の実態が明らかになった。また、政治資金規正法が、ほとんど政治家本人の責任を問えない法律であることも、改めて再認識されたのではないか。政治資金収支報告書は単式簿記であるがゆえに、担保の記載が義務付けられていない。そのため、出所を明らかにしたくない資金があれば、それを別名義で銀行に預け、その預金を担保に銀行から融資を受ければ、表に出るのは銀行からの借り入れだけということになる。事実上の資金提供者の名前もわからなければ、その資金の属性も不明にすることが可能なのが、現行の政治資金規正法の実態なのだ。
 また、今回の判決では、特捜検事が虚偽の報告書を作成し検察審議会に手渡していたことが明らかになっている。しかし、にもかかわらず、裁判所はそれを判断する材料を持たないとして、公訴棄却を退けている。しかし、裁判所が検察審査会の公正さをチェックできないとすれば、誰がチェックできるのか。
 加えて、今週は検察の捜査報告書がロシアのサイト経由で流出するという事件まで起きている。誰が何の目的で、捜査資料を流出させたのか。この資料が表に出ることで、得をするのは誰なのか。
 検察内部でただならぬことが起きている可能性を示唆する郷原氏とともに、小沢裁判判決の意味についてジャーナリストの神保哲生と社会学者宮台真司が議論した。
郷原 信郎ごうはら のぶお
(弁護士・関西大学特任教授)
1955年島根県生まれ。77年東京大学理学部卒業。同年三井鉱山入社。80年司法試験合格。83年検事任官。東京地検検事、広島地検特別刑事部長、長崎地検次席検事などを経て06年退官。桐蔭横浜大学教授、名城大学教授を経て12年から現職。10年、法相の私的諮問機関「検察の在り方検討会議」委員を務めた。10年より総務省顧問・コンプライアンス室長を兼務。著書に『検察が危ない』、『組織の思考が止まるとき』、『第三者委員会は企業を変えられるか』など。
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