(注)+アルファ 

2012年05月07日

 当初、以下の拙稿は、郡山を訪ねた後に書いた「福島の今とこれから、そして報道について考えた」の(注)にするつもりでいた。
  しかし、記事の(注)なしヴァージョンを出した後、気が変わった。この記事の最後に、上杉氏のことを長々と読まされれば、読者はそちらが印象に残って、私が本来記事の中で伝えたかったことが消し飛んでしまうのではないか、と不安になったからだ。
  なので、いったんアップしかけた(注)ありヴァージョンの原稿をすぐに引っ込め、(注)を別稿とすることとし、若干の加筆をした。

   元の記事で(注)をつけようとしていたのは、次の一文。
〈ましてや、測定場所もあいまいな虚実取り混ぜた情報を、「郡山市に人は住めない」といった、おおざっぱで根拠不明の素人評価を押しつけて流布するなどといった行為は、メディアやジャーナリストが、今の福島に関して最もしてはならないことだ。〉

 ということで、この問題に関心のある方のみ、以下の(注)+αをご覧ください。

(注)+α
   上杉隆氏によるこの記事では、
 〈筆者が、郡山市役所前で測った地上1メートルの空間線量の値は毎時1・8マイクロシーベルトを超えた。一方、同じ日「民報」「民友」では、同じ地点での線量が0・6マイクロシーベルトとなっている。公の発表と私の測定値が、なぜこうも違うのか。〉
 と問いかけ、その答えとして、こう書かれている。
 〈「だって、あの発表の数値は、測定前に水で地面を洗って測っているんです。違うのは当然ですよ」 地元の放送記者が種明かしをする。〉

   その時期、新聞に掲載されている「公の発表」は、福島県の合同庁舎の駐車場で測定された数値であり、市役所のものではない。
   今、合同庁舎の測定は、別の場所に測定器が設置され、自動的にデータはホームページにアップされるようになっている。それでも、私がこの場所を訪れた時、駐車場には、順一さんの妻たちが測っていたころのガムテープのバミリがきれいに残っていた。
  このような環境で、水で流せば線量に変化が出るのか。安斎育郎立命館大学名誉教授(放射線防護学)に聞くと、「現場を見てないのではっきりしたことは言えないが、デッキブラシでごしごしこすって洗い流せば、多少は下がるかもしれない」とのこと。しかし、毎回そんなことをしていれば、せっかくのバミリが剥がれてしまうのではないか。それに人や車が出入りし、警備員の目もある場所。そんな細工をしていれば、目立つ。しかも…。
  県の災害対策本部の臨時職員として、合同庁舎の計測に携わっていた順一さんの妻は、次のように証言する。
「測っていると、よく『今日はどうですか』と声をかけられたり、自分の測定器を持った人が、『一緒に測らせてください』と言って来られました」
   地元の人であれば、その辺の事情には詳しいだろう。記事の中で、洗い流しを証言したという「地元の放送記者」は本当にいたのだろうか…。後の、米紙記者のコメントのいきさつを考えると、疑問は深まるばかりだ。
「毎日ちゃんと測っていたのに、あれでは私たちが嘘をついていたと書かれたに等しい」と順一さんの妻は今も悔しがる。
   
  また、測ったのが市役所前だとしても、それがどこの地点なのかは書かれていないし、特定はできない。
  その点について、地元の人(tateさん)が、疑問を感じ、詳細に調べて回った報告がある。
    ↓

http://dl.dropbox.com/u/9821234/%E9%83%A1%E5%B1%B1%E5%B8%82%E6%B0%91%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8B%E4%B8%8A%E6%9D%89%E5%A0%B1%E9%81%93%E6%A

  このtateさんによる調査では、市役所周辺を入念に計測しながらチェックしても、測定場所は見つからなかった。彼は、本当に「市役所前」で計測されたのかどうか疑問を投げかけている。
 
後に上杉氏がブログの中で、この計測に「同行」したとされるS氏は、私に対し、その話を否定している。この日は、市役所近くの県教職員組合郡山支部の会館で自由報道協会の催しがあり、S氏はそこにいた。始まる前に、上杉氏が「ちょっと測ってくる」と出かけ、まもなく戻ってきて、計測器の数字をみせられた、という。なのでS氏は、上杉氏がどこで計測したのか知らない。
いったい彼は、どこで測定を行ったのだろうか…。
   
   それに、側溝の線量が高いのはよく知られた話。その分、道路などは雨水に洗い流されたりして線量が下がっている。仮に、上杉氏が撮影したのが市役所前の側溝だとしても、これはあくまで側溝の数値であって、市役所前はこの値であるかのような雑な発表の仕方は、人々に不安や誤解を与えるだけだ(もっとも、こういう誤解を与えるような記述をするのは上杉氏だけではない。人が住んだり、長時間にわたって滞在するわけでもない側溝の値を示す際、「年間被曝量○○mSv」というマスメディアの報じ方も適切なだろうか、と思う)。
   ましてや、この数値で「郡山」の線量を代表させるというのは、雑にもほどがある。そのうえ、見出しの「郡山市に人は住めない」の元になった米紙記者2人の発言が、後から「ありませんでした」となり、さらにその後、別人のイタリア人記者1人の発言だったという弁解が出てくるに及んでは、コメントする言葉も見つからない。「原因は取材メモの混合と単純な勘違い」という上杉氏のブログでの説明を読んで、陸山会事件で虚偽の捜査報告書を作った検事の「記憶の混同」という弁明を思い出した。片や「混合」、片や「混同」。果たしてその信用性はいかがなものか…。
   しかも、同氏が日頃から、マスメディアは誤った報道についてきちんと説明や謝罪をしない、と批判していることを思えば、地元の人からの質問や批判にも答えない対応の不誠実さは、なおさら際立つ。

 この記事だけではない。
   記事の中にベラルーシのエートス活動に関わっていたエリアール=ドブレイユさんのコメントを引用した件について、本人に確認したうえで「捏造」との疑惑を表明したbuvery氏の指摘にも無視を決め込んでいる。
災害や原発事故の問題とは無関係だが、脳科学者の茂木健一郎さんとの対談の中で、「記者はツイッターをしてはいけないという言論封殺を、天下の『朝日新聞』ですらしていたのです」と述べ、朝日新聞記者から訂正を求められた件では、上杉発言を受けて感想を述べた茂木氏は、間違いが分かるとすぐに謝罪し、記事を訂正するなどの迅速な対応をしたのに、上杉氏の方はそのまま放りっぱなしだ。
   5月5日付毎日新聞に掲載された斗ケ沢秀俊記者の批判に対しても、ツイッターで「とがさわひでとしって、だあれ?」ととぼけてみせ、上杉ファンとおぼしき人の「毎日新聞科学部で #脱原発 派と言って原子力ムラ宣伝屋にすぎぬ犬マスゴミ」という罵詈雑言をRTしたりしている。

 また彼は、自由報道協会の賞に関して、私がメールで批判をした際、投票で福島の農家をオウム信者扱いした早川由起夫・群馬大学教授や原口一博・元総務大臣が一位になった場合には、賞を辞退するように上杉氏自身が2人に働きかけるという答えが返ってきて、唖然としたことがあった。そういう裏取引は、投票した人たちへの裏切りではないだろうか。いったい、どこが「世界でいちばん開かれたジャーナリズム賞」なのだろうか…。

  上杉氏は、著書などを通じて、マスメディアについて「真相を隠蔽して虚報を流し、バレても責任を取らない。それでいて正義の旗を振りかざす横暴ぶり」と糾弾。マスメディアが国民をだましていると非難している。だが、そうした糾弾や非難は、そっくり今の彼に当てはまりはしないか。

  それでも、彼の関心の対象が政治家やマスメディアに向いている間は、それぞれ反論する力や機会のある人や組織であり、私などがあれこれ言うことはないと思っていた。経歴を巡る脚色があったのかなかったのか、という点も、彼の読者や視聴者が判断すればよいことだと考えていた。
  しかし、彼の事実に基づかない記事やお喋りによって、ただでさえ原発事故の多大な影響を受けて生活している福島の人たちを不安に陥らせ、ストレスとなり、あるいは福島の人々への差別を生みかねない事態になっているとなれば、話は別だ。なのに、彼のファンからの非難や揚げ足取りなどのリアクションを面倒がったり、同業者を批判する後味の悪さを嫌がって黙っていることは、結局、彼がやっていることに加担するのに等しいのではないか。なんども迷った挙げ句、そのように考え、思い切って本稿をアップすることにした。
  上杉氏は、実に行動的で話が面白く、プレゼンテーション能力が高くて発信力があり、多くの人を惹きつける。仲間内に対する情にも篤い人だと思う。『官邸崩壊』などを書いた頃の彼は、もっときちんと取材をする人だったのではないか。また、麻生元首相に対するマスコミのアンフェアな扱いを彼が批判するのを聞いて、私もそういう扱いに加担していたなと、とても反省させられたことがある。
  そういう才能豊かで、能力がある、本当に希有な存在であるだけに、今のように、事実を確認しない雑な取材や、あるのかないのか分からないあやしげなコメントを連ねて記事を書き散らしたり、誇張や脚色を加えた講演活動をしたり、問題点を指摘されても誠実な対応を避けていることが、本当にほんとうに惜しまれる。もったいない…。
  余計なことかもしれないが、無理かもしれないが、こうした批判に一度真摯に耳を傾け、じっくり考えてくれないかな…と願ってやまない。

 

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