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時論公論 「原子力規制体制の強化を」 2012年03月12日 (月)
水野 倫之 解説委員
東京電力福島第一原発の事故から1年。
津波や過酷事故への備えが不十分だったことで未だに8万7,000人が避難を強いられ、原子力の安全規制体制が役に立たないことが明白に。これを受けて、政府は安全規制を強化するため経済産業省から原子力安全・保安院を分離し、来月、環境省に原子力規制庁を発足させる方針。しかし職員の多くは保安院などから。また国会では与野党の意見の対立から規制庁の法案の審議が始まらず、発足がずれ込む恐れも。
今夜の時論公論は今後の規制体制の課題について水野倫之解説委員。
原子力安全・保安院は、東海村の臨界事故を教訓に、当時、通産省と科学技術庁に分散していた規制部門を統合して2001年に経済産業省に。原子力施設の許可や検査を一手に行い、その結果を原子力安全委員会があらためてチェックする体制となり。
しかし保安院は、福島第一原発の津波の想定について研究者から見直すよう指摘されても、すぐに適切な対策をとらなかった。
また事故対応でも積極的に情報収集せず、官邸に正確な情報を上げることができなかった。
さらに国主催のシンポジウムで電力会社に対し賛成の発言を促す、いわゆるやらせを依頼していたことも。国民の安全を守るべき国の原子力規制に対する信頼は完全に地に落ちた。
最大の問題は、保安院が原発を推進する経済産業省の中にあって人事や予算面で独立しておらず、推進側の顔色を見ながらの規制となってしまっていたこと。
そこで政府は保安院を経済産業省から切り離し、安全委員会なども統合して、環境省の外局として原子力規制庁を設置する方針。
500人の体制とし、通常時は運転の許可や停止命令などの権限は大臣ではなく規制庁の長官に委任する。
また過酷事故対策を法律で義務付けるほか、津波などの最新の知見で新しい安全基準ができた場合、すでに運転中の原発であっても基準を満たしていないと運転を認めない制度を導入。
さらに原発の寿命を原則として40年とする、こうした厳しい規制条件を組み合わせることで事故を防止し、万が一事故が起きたとしても被害を最小限に食い止める体制ができるとしている。
確かに形の上では推進側からは分離され、原発の運転にあたって多くの条件が課されている点は評価。ただ看板を掛け替えても強力な組織がすぐに出来るか、重要なのは規制手段を使いこなして電力会社ににらみをきかせる厳しい規制を行うことができる人材がいるか。
環境省は、原子力の専門家はいない。このため規制庁の発足当初は、現在の保安院の職員がほぼそのまま来る。
職員の意識を変えて組織が生まれ変わるためにまず重要なのは、長官の人事。
これまで保安院トップの院長は、推進側の幹部経験者もいたほか、原子力が専門ではない文科系の出身者もいた。
数ある霞が関の官僚人事の一つとしてしか見なされていなかった。2年程度で異動してしまうため、腰を落ち着けて実効性のある規制体制を作れなかった。これを教訓に、原子力規制庁の長官については、原子力に詳しい人を長期間担当させ、電力業界からも距離を置き、原子力規制を一生の仕事にする覚悟のある使命感の強い人を。
また職員も同様に専門性。
特に現場の検査官は電力会社の技術者と同等かそれ以上の知識が必要。保安院でも原発機器メーカーの担当者や電力会社のOBなどを積極的に採用、全体の専門性を高めるには至らなかった。保安院が独自に、専門性を持つ職員を育ててこなかったから。
規制庁では専門性や独自の検査ノウハウを持てる職員を育てる仕組みを持つことが重要。
NRCで最も重視されたのはおよそ4000人職員の専門性を高めること。職員専用の訓練センターには原発の制御室にある操作盤と全く同じシミュレーターが原発のタイプに合わせて4台。検査官は定期的にシミュレーターで原発の運転訓練を行って、専門性を高めている。
検査官には資格、年齢には関係なく、高い資格を得るほど待遇もよくなる。
日本でも年に数人の検査官がシミュレーター訓練を受けているが、今後は検査官全員に定期的な訓練の義務付けをする必要があると思う。当面は電力会社やメーカーが運転員の訓練用に設置しているシミュレーターの活用を。
また習熟度に応じた資格制度を導入し、定期的に技量を審査する仕組みを作り、さらに職員のやる気を引き出すため資格に応じた給与体系の導入も検討して、組織全体の専門性を高めていくべき。
この際、NRCの検査官を日本に招いて、現場で規制庁の職員とともに検査を行ってもらい、問題点を見つけ出すノウハウを学んだり、職員の研修を担当してもらうことも効果的。
政府は原子力規制庁を来月1日に発足させたい。
しかし国会では野党から新組織のあり方については国会の事故調査委員会の調査結果を反映させるべきだなどとする意見もあって規制庁の設置法案の本格的な審議が始まっていない。
ただ政府は夏場に電力需要がひっ迫する恐れもあるとして、停止中の原発を再稼働させる方針。また再稼働がなくても、福島第一原発をさらに安定させたり廃炉に向けての困難な作業が控えているわけで、原発の安全確認をより確実なものとするためにも与野党が早急に審議を始めて、新たな体制を確立していってもらいたいと思う。
(水野倫之 解説委員)