【衝撃事件の核心】
マフィア映画を地でいくような襲撃が住宅街で起きた。北九州市小倉南区で4月19日早朝、福岡県警元警部、広石保雄さん(61)が暴力団関係者とみられる男に銃撃された。福岡県では昨年、18件の発砲事件が発生しており、凶悪な銃器犯罪は止む気配がない。一方、事件は福岡だけでなく全国に衝撃を与えた。昨年、全国で暴力団排除条例が出そろったばかりでもあり、被害者が県警の「保護対象者」だったためだ。大阪府警でも4月、身辺警戒員を配置させるなど、警察当局は暴力団に対する姿勢を強めている。「福岡だけではなく、警察全体への挑戦」。暴力団捜査の現場は緊張が高まっている。
■赤く染まった通学路
前方から、黒っぽい服装でフルフェースのヘルメットをかぶったバイクの男が近づいてきた。男はすれ違いざま、無言で拳銃の引き金を引く。「パン、パン、パン」。数発、音が響き渡ったかと思うと、見る間に衣服に血が広がっていった。
現場近くに住む内装業の男性(65)は、声を震わせながら証言する。
「大きな音がして驚いて外に出ると、路上で男性が倒れ、着ていたワイシャツから赤い血がにじんでいた。男性は『腰が痛い』とうめいていた」
広石さんが襲撃されたのは、4月19日午前7時ごろ。自宅から勤務先の病院へ通勤するため、最寄り駅に向かう途中だった。
現場近くには市立湯川小学校などがあり、事件のあった時間帯には多くの児童や生徒も通行する。
3人の子供を持つパート従業員の女性(39)は「もし、流れ弾が子供に当たったら、死んでいたかもしれない。子供たちも怖がって、『大丈夫だよ』と励ましているが、しばらくは不安でいっぱい」と話す。
穏やかな住宅街で突如、起こった銃撃事件。広石さんは、県警に「狙われる心当たりはない」と話しているという。しかし、前兆のようなものは、あった。
捜査関係者によると、事件前、自宅周辺では工藤会幹部の姿がたびたび目撃されていた。現役当時は暴力団捜査の担当で、特に工藤会を専門としていた。
こうした状況を合わせ、県警は発砲事件が工藤会の組織的犯行とみて捜査。4月25日、殺人未遂容疑で本部事務所を家宅捜索した。
■暴排条例施行のさなか
福岡県内では昨年から発砲事件が相次いでいる。今年に入ってからも、1月に同県中間市で建設会社社長が銃撃されて重傷を負ったほか、4月にも福岡市東区のマンション前で暴力団幹部が撃たれ、意識不明の重体となっている。
捜査関係者によると、同県内で発砲事件が相次ぐ理由は2つあるとされる。
1つは、いずれも県内を拠点とする指定暴力団道仁会と九州誠道会の争いだ。両組織は平成18年、人事をめぐって分裂。その後は九州各地で拳銃や手榴(しゅりゅう)弾などを使った激しい抗争を繰り返しており、翌19年には佐賀県武雄市で、病院の入院患者が九州誠道会の関係者に間違われ、道仁会系の組員に拳銃で射殺される事件も発生した。
もう1つは、昨年、全国で施行された暴力団排除条例だ。同条例では、市民に暴力団との関係を断ち切ることを求めており、同県でも、多くの企業が暴力団との縁を切り始めた。この動きに対し、暴力団側が反発。報復や見せしめとして、企業が襲撃されるケースが増えているという。
全国的にみても、これほど抗争が過熱し、発砲事件も相次いでいる地域はない。例えば、大阪では、平成9年、当時山口組のナンバー2だった宅見勝若頭が射殺された事件に端を発した抗争事件以降、暴力団同士の目立った争いはほとんど確認されていない。
にもかかわらず、全国の警察当局が福岡県警の捜査の行方を注視しているのは、大げさに言えば、暴排条例の成否にかかってくるとの懸念があるからともいえる。
かつて、暴力団に支払うみかじめ料を断ったために会社に銃弾を撃ち込まれたという建設会社社長は「今の時代、暴力団と交際することは許されないが、関係を断ち切ることで結果的に市民が矢面に立たされることもある」と話す。
こう思う市民が増えれば、暴排条例は「絵に描いた餅」になってしまう。
■「全国警察への挑戦だ」
全国の警察当局はこれまで、暴排条例を精力的に活用してきた。
大阪府警は、暴力団関係者にマイクロバスを貸した府内のレンタル会社や「破門状」の印刷を請け負った印刷会社に指導書を交付。暴力団との付き合いを続けることに対して厳格な姿勢を示している。
さらに府警は4月、暴力団から危害を受ける恐れのある民間人を保護するため、80人を「身辺警戒員」(Protection Officer=略称・PO)に任命した。暴排条例を念頭に、暴力団との関係遮断を目指している市民や企業の役員らの警護が目的で、1人の保護対象者に対して複数人で行動し、必要に応じて24時間態勢で警護にあたる。
府警はPOについて「暴排条例の施行後、警察は本当に市民を守ってくれるのかという問い合わせが相次いでいる。POを中心に保護対策を充実させていきたい」と意気込んでいた。
このPOは、福岡がきっかけとなって生まれたものだった。暴力団排除運動を推進する住民グループのリーダーらを狙った発砲事件が頻発したことなどを受け、警察庁が昨年12月、全国の都道府県警に配置するよう通達していたのだ。
しかし、今回の襲撃事件では、保護対象だった人物が狙撃された。福岡県警では、広石さんの自宅周辺をパトカーが定期的に巡回していたというが、それでも銃撃を受けており、暴排に取り組もうとする市民の不安が現実になった格好だ。
「完璧な保護」というものが難しい以上、警察当局には事件を未然に防ぐ厳重な警戒のほか、さまざまな法令を駆使して暴力団の壊滅を進めることが求められる。府警のある捜査員は、全国の警察官の決意を代弁するようにこうつぶやいた。
「事件は警察全体への挑戦だ」