2011年9月13日10時50分
|
10日に閉幕した第68回ベネチア国際映画祭は、コンペティション部門に参加した実力派がそれぞれ持ち味を発揮し、充実した内容となった。受賞作を中心に改めて振り返ると、賞レースの行方を左右したのは、映像の芸術性だった。
第68回ベネチア国際映画祭フォトギャラリー最高賞の金獅子賞に輝いたアレクサンドル・ソクーロフ監督による「ファウスト」は、映像美が際だっていた。ダーレン・アロノフスキー審査員長は「満場一致で決まった」と説明し、「これまで見たことのない、できれば再びは見たくない世界にいざなってくれる映画」とたたえた。
■閉塞感に迫る
ゲーテの戯曲「ファウスト」が元で、ファウスト博士が欲望を満たすために悪魔と取引するまでが話の中心。ソクーロフ作品らしく登場人物の内面を映像に反映、ドイツの街全体をカビが覆ったような鈍い色合いに変え、博士の閉塞(へいそく)感をスクリーン全体で伝えた。権力の本質を追究した4部作の完結編にふさわしく細部まで作り込んでいた。
銀獅子賞(監督賞)の蔡尚君(ツァイ・シャンチュン)監督「人山人海」は23本目のコンペ作品として、会期中に追加された。弟を殺した犯人を追う男の話だが、これも映像と音に圧倒的な迫力があった。無法地帯となった中国の鉱山を獣のような男が歩く。荒々しい景色が男の心情と呼応していた。蔡監督は今作が2作目。中国から新たな才能が名乗りを上げた。
新鋭といえば、現代美術家でもあるスティーブ・マックイーン監督もその一人。「シェイム」では男と女の裸を洗練の極みともいえる映像に仕立てた。性欲に翻弄(ほんろう)されるニューヨーカーを体を張って演じたマイケル・ファスベンダーは男優賞に。別のコンペ作「デンジャラス・メソッド」では心理学者のユングを演じ演技の幅を示した。
また、派手さは無いが深みのある作品も受賞に名を連ねた。ディニー・イップが女優賞となったアン・ホイ監督の「シンプル・ライフ」。イップの老いた家政婦を、長く面倒を見てもらったアンディ・ラウが逆に世話する。じんわり心にしみた。審査員特別賞のエマヌエーレ・クリアレーゼ監督「テッラフェルマ」も離島の老いた漁師の生き様を静かに描いた秀作だった。
■セリフに重み
一方、前評判に反して無冠に終わった作品も。筆頭がロマン・ポランスキー監督の「カーネージ」。ケイト・ウィンスレットとジョディ・フォスターが、子どものけんかを巡って争うコメディー。ジョージ・クルーニー監督の政治劇「アイズ・オブ・マーチ」と共に授賞式では忘れ去られた。
有力作がひしめく中、園子温(その・しおん)監督の「ヒミズ」で、主演の染谷将太と二階堂ふみがマルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)を得たことは特筆に値する。二人の「頑張れ」というありふれたセリフに、それ以上の意味を持たせた監督の脚本と演出の賜物(たまもの)だった。
イタリアの有力紙は、芸術性を重視した今回の審査結果をこぞって評価した。ベネチアはマーケット重視には傾かない。そんな宣言ともとれる選択だった。(ベネチア=西田健作)