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忘れないために

　男の人とホテルに行くのを、やめることにした。恋人ができたのだ。

　ずっとメールでやりとりをしていた人だった。底抜けに優しくて、頼りになる人だった。
　さみしいと言えば、一晩中、電話につき合ってくれることもあった。わたしが泣くと悲しいと言ってくれて、笑っている顔がいいと言ってくれた。わたしの抱えている事情も全て知っていて、それでも好きだと言ってくれた。そういう全てに、わたしも惹かれた。
　その人に、ちょっと前に初めて会った。わたしの住む町に会いにきてくれたのだ。ぶらぶらと町を歩いたり、一緒にご飯を食べたりしながら、お互いに気持ちの整理をつけていった。迷いながら、訝しみながら、それでもこの人のそばにいたいという気持ちをごまかすことができなかった。それで、わたしも好きだという気持ちを、伝えた。

　現実的なことを考えると、住んでいるところはとても遠くて、年は一回り以上も上で、不安はたくさんある。わたしの「境界例」と言われる特徴が、その人を傷つけてしまうのではないかという恐れもある。それでも、まっすぐにわたしのことを守ろうとしてくれるその姿勢を、信じたいと感じた。

　与えられるだけでなく、与えたいと、努力したいと、やっと思えた。これが恋なのか、愛なのか、分からない。はっきりしているのは、この思いをできるならばずっと失いたくないということと、あの人のそばにい続けたいということだけ。でも、それで十分だと思える。これが誰かを大切に思うことではないのならば、わたしは一生、人を大切にすることなどできないだろう。
　わたしが死にたい気持ちになることが嫌だと言ってくれた。わたしがこの世界に存在する価値などまだ見つけられないけれど、わたしが消えることであの人が悲しんでしまうのだとしたら、それを防ぐためだけに、消えてはならないと感じた。たとえこれが、一瞬の思いだとしても、確かにそう感じたのだ。

　失う恐怖とたたかい続けながら、わたしはあの人を大切にしたい。今はただ、それだけ。


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