弐式の自作小説

30歳過ぎてから自作小説という駄文を書くのが趣味になりました。感想いただければ嬉しいです。

光の射す方へ

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光の射す方へ【あとがき】

1ヶ月に渡って連載していた『光の射す方へ』が無事に完結することができました。まだ400字詰めで換算していませんが、約100枚前後くらいの分量になったと思います。
 
あくまでも、この話はアカリ(灯)のアイディンティティの確立というテーマでした。その時に、参考というよりイメージとしてあったのが1995年から1996年にかけてヒットしたテレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の弐拾五話『終わる世界』、弐拾六話『世界の中心で愛を叫んだケモノ』でした。これまでのストーリーから離れて主人公のシンジの内面描写に終始したテレビ版最終2話は、放送当時賛否両論を巻き起こしました。
 
もちろん、自分の思想というか思考は、この2話には到底及ばない上に、似通ったセリフや場面を組み込んでしまい情けない限りなのですが……。
 
さすがに、ラストの「ぼくはここにいてもいいんだ」と気がついたシンジを取り囲んだ登場人物が「おめでとう」という場面までパクる度胸は僕にはありませんが、アカリが自分の生き方を選んだ場面は、自分の稚拙な文章ながら、おめでとうと言ってあげたい場面です。
 
「自分の心次第ですべてが決まる」というのは自分なりにこれからも書いてみたいテーマです。とはいえ、書こうと思うたびに、お前はそんな偉そうなことが言えるほど自立した人間か? と嘲笑している自分がいます。そんな嘲笑している自分、がいざ書く段階になると一番アイディアをくれるのですから、不思議な奴です。
 
これからの予定ですが、5月5日、6日、7日にショートショートを掲載し、8日から連載をしたいと思っています。次回作も、また読んでいただければ幸いです。
 
2012年5月4日 弐式
 
 

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光の射す方へ【30(最終)】

「駄目よ。……点滴を打っているから。すぐに、先生に来てもらうからね」

 灯が視線を動かすと、薬剤を入れたボトルや右腕から伸びたチューブが見える。相当の間眠っていたとみえ、目は覚めても頭にもやがかかったような感じで、そこが病室だと気付くのに、しばらく時間がかかった。戻ってきたことにホッとしつつ、さっきまでいた闇に閉ざされた世界やエリューズニルのことを思い出そうとしたがうまくは思い出せなかった。あれは夢だったのか、死後の世界というやつに足を一歩踏み入れたのかは分からない。しかし、そこで得た「生きよう」という思いだけははっきりと覚えていた。
 
 針が刺さった右腕の向こう側にはママの顔があった。いつもは念入りに化粧を施しているはずなのに、今日のママの顔に化粧をしている様子はない。
 
「ごめんね。ママ……」
 
 疲労困憊といった顔を見た灯は、ただ一言にありとあらゆるの気持ちを込めて言葉にした。ママの目の下には、はっきりと涙の跡が残っていた。その上を伝って、新しい雫がこぼれおちていった。
 
 次の瞬間、灯は、強い力でママに抱きしめられたのが分かった。こんな風に、抱きしめられたのはいつ以来だっただろう。バルドルの温かさと同だった。
 
 アカリの耳に、嗚咽が混ざったママの声が聞こえた。
 
「ごめんなさい……灯」
 
 
 
 
 
「それって……夢オチ?」

 夕食のテーブルを挟んで目の前に座った青年――もうすぐ24歳になる息子の言葉に、話し終えた灯は微苦笑を浮かべ、「かもね」と返した。

「それでさ……その後はどうなったの?」

「……時々ピアノを弾いているでしょう?」 
 
 灯はそう言いながら右腕を曲げたり、伸ばしたりを繰り返してみせた。

「事故で私は、色んなものを無くしてしまったわ。特に右腕と右足が潰れていて日常生活を送れるようになるまでに、長いリハビリが必要になったの。リハビリを頑張ってもピアノは素人以下にしか弾けなくなったし、陸上も諦めるしかなかった……」 

 大切な自分の命を自分の手で摘もうとした報いだろうね……と灯は笑う。

「確かに、あの時は色々ショックだったけれど、もう大昔の話になっちゃったからね」

 絶望の中にある希望を探そう……あれ以来、灯が座右の銘としていることだった。それがうまくいったか分からないけれど、灯はやがて高校を卒業し、大学を卒業し、OLになって縁のあった取引先の男性と結婚し、やがて男の子をもうけた。

 そして、その子もいつの間にか成長し、もうすぐ結婚しようとしている。時の経つのは早いものだ、とつくづく思う。そして、中学生の時に、死さえ考えるほど強烈な絶望感も、過去の出来事になってしまえば、なんてささやかなことだったのだろうと思う。

「じゃ、俺は部屋に戻るから」

「うん……」

 灯は、立ち上がり食器を流しへと戻してかえら、リビングを出ようとする息子の背中を見送った。

 事故の後、灯はずっと彼の――アカリがバルドルと呼んだ青年の姿を探し続けていた。「また」という最後の言葉は今でも胸の奥に残っていたが、ある日突然、バルドルが誰なのか気付いた。
 
 彼の顔を見るたびに、バルドルの顔を思い出す。本当にそっくりなのだ。探すまでもなくバルドルはいつでも灯のそばにいて、ずっと、ずっと見守ってくれていたのだ。

「ありがとうね。光輝……」

 灯は息子の背中に、ぽつりと声をかけた。
 
≪fin≫
 
 

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光の射す方へ【29】

「ごめんね……」
 
 思えば、ヘルとバルドルは表裏一体の存在。絶望があるからこそ希望が生まれる。絶望を知らない人間に希望は訪れない。
 
 アカリは、今度は自分からヘルの手に――絶望に向かって一歩踏み出した。自分から手を伸ばし、ヘルの手を掴むと、しっかりとヘルの目を見据えた。 
 
「私は、絶望の中に希望を探してみることにするよ。だからヘル。あなたの絶望の中の希望を、私に頂戴……」
 
 ヘルの手がアカリの体の中に沈み込んでいく。闇を冠した女王の口から悲鳴は出てこなかった。ただ、弱々しいながらも、確信したような口調で捨て台詞が出てきた。
 
「絶望の中に希望があるんじゃない。希望の中に絶望があるんだ。おまえは何度でも繰り返す。希望を見ては、絶望を見る。これから、一生……」
 
 ヘルの姿が完全にアカリに飲み込まれて消えてしまうと、ファントムたちもアカリの周りに集まってきた。ファントムたちがアカリに触れるたびに、光を放ち、一体一体消えていく。やがて、全てのファントムが消え去ると、アカリの正面――バルドルの後ろに、大きな扉が現れた。それは、何度も見たエリューズニルの玄関と同じものだった。
 
 この向こうに行けば、きっと帰ることができるのだろう。バルドルがすっと横に移動し、アカリにドアの向こうへ行くようにと促し、アカリは小さく頷いてドアノブに手をかけた。その瞬間、エリューズニルで、扉の向こうにあった闇の中の断崖絶壁の景色が思い出された。
 
「大丈夫……」
 
 アカリの肩に、バルドルの手の感触が伝わってきた。温かい……。自分は何度この温もりに助けられてきただろうか。そう思うとアカリは、バルドルと別れることも、とてつもない絶望のようにも思えた。
 
 アカリがそんなことを考えていることに気付いたのか、そうでないのかはアカリには分からないが、バルドルは、そっと背中を押すように言葉をかけた。
 
「この扉はエリューズニルの玄関と同じもの……。あの時の君には、恐怖と絶望以外になかったからその先はなかった。でも、今なら、きっと……」
 
 アカリはこくりと頷くと、バルドルに別れの言葉をかけた。
 
「じゃあね。バルドル。先に戻っているわね。きっと、この先、また会えるんでしょう?」
 
「バルドルは君の中にいつでもいる。ヘルもね。君はきっと、希望も、絶望も、抱えて生きていける。……また、会おう」
 
「うん。またね」
 
 アカリはドアノブを力強く握りなおし扉を開くと、その先には、虹のような淡い光彩を放つ光の道ができていた。アカリは、恐れることなく足を踏み出した。足裏に響くような感触に、足下に地面があることで人は安心を覚える……というバルドルの言葉を思い出した。
 
 
 
 
 
「……眩しい」
 
 灯が目を開くと、蛍光灯の光が眼の中に入ってきた。刺すような痛みを感じる。「うっ」っと灯は自由にならない喉から声を絞り出すと、光を遮ろうと右手を上げようとした。しかし、その手は喉以上に自由にならない。
 
「何……?」
 
 頭を動かし、右手の方を見ると、誰かが右手が動かないように押さえているのが見えた。
 
 

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光の射す方へ【28】

 アカリは目の前に、再びバルドルの姿が現れた。
 
「自分という存在を形作り、他人との境界を明確にするために不自由な肉体を手に入れた。自分と世界の姿を認識するために無数の色で彩られる。そして、足をつける大地もできた」
 
 アカリは自分の手をまじまじと見つめ、足を少し上げて地面をパンパンと蹴った。
 
「アカリは1つ自由を失い1つ不自由になった。でも、1つ安心を手に入れた」
 
 他人と自分の区別があることで得られる安心。足をつける大地があることで得られる安心。しかし、ピアノを続けてきたことで得られた安心があっただろうか?
 
 自由だからこそ不自由。
 
 不自由だからこそ自由。
 
 それを理解するには、アカリも“灯”も、あまりにも若すぎた。
 
「自分のやるべきことを他人に決めてもらうことほど楽なことはないんだ。
“灯”は母親が決めた道を離れて、自分で道を選んだ。それは“灯”の成長の証しだし、大人に一歩近づいた証しなんだ。でも、自分の道を自分で決めて自分で歩こうとしたときに、周りが必ずしも好意的に肯定してくれるわけじゃない。妨害されることもある。否定されることも、批判されることもあるだろう。でも、自分で決めたからには、死に逃げるなんてことは許されないんだよ」
 
「私だって……死にたくないよ。消えたくないよ」
 
 悲鳴のように叫んだ言葉が、だんだんしぼんで、最後は消え入りそうな呻き声になった。
 
「でも、どんな顔してママに会えばいいの? ママは、ピアノが弾けない私なんて望んでいないんだよ? 望まれていない私に生きる価値があるの?」
 
「人間は誰かのために生きているんじゃない。自分自身のために生きているんだ。自分の価値は、自分自身で決めるんだ」
 
「私は……」
 
「母親に遠慮することはない。分かってくれなければ、喧嘩すればいい。納得するまで罵り会えばいい。君自身で、生き方を決めて、納得できるように生きるんだ。死んだら、生きることはできない」
 
 本当にそれでいいんだろうか? アカリは自分の中の“灯”に尋ねる。母親の期待に添うように生きること以外に生き方を知らない。でも、それ以外の生き方が自分にあると言うのなら……。
 
「私は、生きても、いいのかな?」
 
「北欧神話で、光の神バルドルを蘇らせるために、死者の女王ヘルが出した条件は、全ての生命あるものがバルドルのために涙を流すことだった」
 
 その声はアカリのちょうど真後ろから聞こえてきた。アカリの正面に立ったバルドルの表情が僅かに曇った。
 
 アカリとバルドルと取り囲む形で、ファントムたちが次々と湧き出してくる。アカリは、そっと振り返る。予想通り、そこにあるのはあのフード姿の闇の女王の姿。死と生を纏った女王の顔は怒りの形相に満ちていた。
 
「けれど、バルドルのためにたった1人、悪神ロキだけが涙を流さず、バルドルが蘇ることはなかった。小さな希望を抱いたために、バルドルのために涙を流した全ての生命ある存在は大きな絶望を抱いた。分かるでしょう? 希望は、絶望しか生まないのよ! そして、お前も、絶望の中で消えることを望んだはず!」
 
 このまま目を覚ましたとしても、やはり母親には理解してもらえないかもしれない。理解しあえるなどと希望を持てば、結局絶望を味わうかもしれない。少なくともこのまま消えてしまえば、希望も、絶望もないまま消えてしまえるだろう。
 
 アカリに向かってヘルが再び自分の中に取り込もうとするかのように手を伸ばしてくるが、アカリはすでに心を決めていた。
 
 もうヘルから……いや、自分の中の絶望から目を逸らさない!
 
 

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光の射す方へ【27】

「それでも……何もしなければ、希望を持つことも、絶望することもないわ」
 
「希望も絶望もない世界……何者も存在せず、何者も生まれない世界という意味と同じなんだよ。そんな世界は今まで存在したこともなければ、世界中のどこにもない世界……。それは死んだら得られるのかさえ分からない」
 
「死ねば……消えるだけだわ。自殺したら永遠の責め苦を味わうとか、生きているうちに悪いことをしたら地獄に行くとか、そんなのは、本気で苦しんでいる人を救おうと思わない卑怯な人間の戯言よ! 本気で自分の存在を否定する人間の苦しみが分からない人間の、汚らわしい自己満足なだけの、言葉遊びよ!」
 
「確かにここは美しい」
 
 アカリはバルドルが顎を上げて目線を上げたのにつられて、同じように見上げた。改めて水の底から見える日の光にも似た射すような鋭い光が目に飛び込んでくる。
 
「しかしここは、何よりも不自由だ。体の自由が利かず、息もできない水の底……」
 
 唐突にアカリの体が重力を感じなくなった。体がふわふわと浮いて何度も回転する。体が動くのを抑えようとしたが、支えるものがなく、掴まるものもなければどうすることもできなかった。この感覚は前にも経験したことがあるなとアカリは思い、そしてすぐに思い出した。エリューズニルに連れてこられたときに、最初に入れられていた檻の中の感覚。あのときと違うのは、アカリは檻の中にいるわけではなく、闇にとらわれているわけでもないことだった。
 
 アカリがバルドルに連れてこられた世界は異質だった。光に満たされているわけでも、闇に閉ざされているわけでもない。無限に広がっているように見える広大な世界に、文字通り、何もなかった。その何もない世界に、アカリは1人、取り残されていた。
 
 アカリは自分の手を見て驚愕した。アカリの手はそこにはなかった。手ばかりではなく足も、胴体も……。触れられないから、それらが見えなくなっているのか、存在しないのかさえ分からない。思考さえも、これは本当に自分自身のものなのか――? こうやって疑問に思っている自分の思考が、自分自身のものなのか、他の誰かのものなのかさえ、その境界を見つけだすことができない。
 
 怖い――!!
 
「それが……自由だよ」
 
 バルドルの声がどこからともなく聞こえてくる。今まで、聴いたこともないくらい硬質な声で抑揚のない淡々とした口調で。
 
「自由? こんなに恐ろしい世界が?」
 
「そうだ。アカリの姿を形作るものは何もなく、アカリと世界を認識するための色は存在せず、上と下の区別さえない。自分と他人の思考さえ隔てられていない。空気と同じ存在。本当の、自由の世界」
 
「……こんな希望も絶望もない世界が自由?」
 
「希望も絶望も無いのが自由なんだよ」
 
 自由――自分の姿形すらないのが?
 
 そんなものを自由と呼ぶのなら……。
 
 不自由とは何?
 
 

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開設日: 2011/1/1(土)

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