赤い丘より新たな世界へ6
隣で寝ているネギ君を起こさないように、俺はそっと部屋から抜け出した。
そのまま洗面所に向かい顔を洗って軽く寝癖を整える。
次に冷蔵庫の中が空なので、外に行き食料を買いに大通りのコンビニに向かう。
外はまだ薄暗く息が真白になるほど気温は低い。
コンビニに着くと昨日学園長から渡された通帳からATMでお金を降ろした。通帳の中に表示された残金は結構大金だ。
放課後に一辺に買い物するためにお金を少し多く降ろした俺は、とりあえず朝食の材料と牛乳を買う。ついでにこの世界のことを知るために新聞も買った。
俺はコンビニから出ると肌寒い空気の中、早足で家に向かう。
大通りには人の姿は見えない。この学園は学園都市だ。こんな早くから生徒は外出していないだろうと思っていると
「あれ? 衛宮先生じゃん」
後ろから声をかけられた。
振り向くとうちのクラスの神楽坂明日菜が立っていた。
「おはよう神楽坂。朝早いんだな」
「おはようございます。今バイト中なんですよ」
「バイト?」
麻帆良学園ではバイトは理由があれば禁止されていないそうだ。
「新聞の配達ですよ」
そう言って肩からさげているバックの中の新聞を見せる。
「ふ〜ん。大変そうだな」
「そうでもないですよ。自分のためにやっているんですから。
あっと、いけないもうこんな時間だ。それじゃ失礼しますね」
「ああ、怪我しないようにがんばれよ」
俺が声をかけると「はい」と言って神楽坂は駆けて行った。
家に着くと食料をキッチンに置き、リビングに行く。
ちらっと時計を見ると時刻は6時になった所だった。
いつもはこの時間は朝の鍛錬をしているのだが、替えの服がないので今日は断念する。
とりあえず軽くシャワーを浴びる。風呂から上がるとリビングに戻り、買ってきた新聞を隅から隅まで読む。
昨日学園長にこの世界の事を聞いたとき、表のことはあまり向こうの世界とは変わらないことが分かった。通貨も一緒だし。
これといったニュースも無かった新聞をきれいに畳んでテーブルの隅に置いておく。
後で遠坂も読むだろう。
ちょうど7時になった頃にネギ君が起きてきた。
「ふぁ〜、あっおはようございます。士郎さんは朝早いんですね」
「おはよう。まぁ習慣だからね。
朝ご飯食べるだろ。今から作るから顔を洗っておいで」
「すみません。朝ご飯まで作って貰って」
「いんだよ。ネギ君まだ子供なんだから。
それにこの家で一緒に生活するんだから遠慮しなくていいよ」
ネギ君が顔を洗って身支度を整えてる間に、朝買って来た食材で朝食を作る。
さっとサンドイッチを作るとテーブルの上に置く。
とそこへ顔をネギ君が戻ってきた。
「うわー、美味しそうですね。士郎さんは料理が上手なんですね」
「親父がズボラだったから自然と覚えたのさ。
ちょっと待っててね。遠坂を起こしてくるから」
そう言って俺は遠坂の部屋へ向かう。
コンコン
「遠坂〜起きてるか。朝だぞ」
とりあえず声をかけた。
返事がないことを確認して俺はゆっくりと扉を開る。
ベッドに視線をやると朝に弱い遠坂はまだお休みの様だ。
「遠坂。起きろ」
ベッドに近づき遠坂をユサユサとやさしく揺り起こす。
「う〜ん。もう少しだけ・・・・・・」
「ダメだ。学校に遅れるぞ。早く起きろ」
「学校?」
そう言うとゆっくりと体を起こし寝ぼけ眼で俺を見つめる。
「おはよう士郎」
「ああ、あはよう。早く支度しろよ。学校に遅れるぞ」
ボーとしている遠坂の低血圧気味の頭が動き出すまで少々時が経つのを待った。
「・・・・・・そうだったわね。私は中学生になったんだっけ」
そして自分の体を撫で回し最後に胸を揉む。
「ああ〜あんなに大きくなったのに何で小さくなるかな。せめて胸だけでもそのままにして欲しかったわ」
高校を卒業し時計塔に入学するためにロンドンに住み始めると、俺は身長が遠坂は胸が嘘のように大きくなった。よほど向こうの土地が体にあったのだろう。
しかし今では遠坂の胸は昔に戻っていた。
「ふざけてないで早く支度しろよ。ネギ君が待ってるぞ」
「ふぁ〜い」
俺は遠坂が覚醒したことを確認してから部屋を出た。二度寝は許さん!
リビングに戻るとネギ君が食卓についてテレビを眺めていた。 子供なのにニュースを見ている。
真剣にニュースを見ているネギ君を見ると大人だなぁと感心してしまう。
伊達に10歳で教師はやっていないな。
「ネギ君、遠坂は今準備してるから先に食べてていいよ」
「いえ待ってますよ」
「そうか? あ、ネギ君は牛乳温める?」
「そうですね。今日は寒いですからお願いします」
朝一番に牛乳を飲む遠坂のために、今朝は寒いのでホットミルクを作る。そのついでにネギ君の分も温めた。
「はい。熱いから気をつけてね」
「ありがとうございます」
ホットミルクが入ったカップを渡すと、受け取ったネギ君は熱いのでカップに口を近づけフーフーと息をかけた。
そんな様子を見ると、こんなところはまだまだ子供だなと思い少し笑ってしまう。
支度が出来た遠坂がリビングに入ってきた。
「おはようネギ君」
「おはようございます遠坂さん」
全員がそろった所で朝食を食べることにする。
「「「いただきます」」」
午前8時15分
通学路の途中で思わぬハプニングがあったが学園に着いた。
玄関で俺とネギ君は職員室へ遠坂は教室に向かうために別れる。
「じゃ、後でな」
「ええ、また後で」
遠坂と別れたネギ君と俺はそのまま職員室に歩いていく。
麻帆良学園はとても大きく、初等部から大学部までのエスカレーター方式のマンモス校である。
もちろん生徒の数はとても多く、それにともない学園の中は広い。
そのため移動するのは結構めんどくさい。
職員室に着くと、さっそく昨日紹介されていない先生がいないか確認する。
生徒が多いと必然的に先生の数も多い。挨拶回りも大変だ。
一応、昨日の金髪の女性も探したがおらず、先生達に尋ねたが知らないそうだ。
そうこうしている内に朝の会議が始まった。
「今日の所はそれほど連絡することはありません。きょうもがんばって行きましょう」
源先生の連絡事項も終わり朝の会議は終了した。
俺とネギ君は授業の準備をして教室へ向かう。
「そういえば僕の担当は英語ですけど、士郎さんは英語大丈夫ですか?」
「おいおい、これでも君の補佐なんだから英語は喋れるよ。世界中を旅してたからね」
「へ〜すごいですね。僕の父さんも世界中を旅していたそうです」
「そういえば昨日お父さんがどうとか言ってたよね」
「サウザントマスターていわれて千の魔法使う立派な魔法使いだったそうです。でも・・・・・・父さんは僕が生まれた頃に死んだって。
だけどぼくは一度だけ父さんに会ったことがあるんですよ。
だから僕は父さんみたいに立派な魔法使いになって、父さんを探しに行きたいんです」
ネギ君の話によると、お父さんはNGO団体《悠久の風(Austro-Africus Arternalis 通称AAA)と言う組織の《赤き翼(アラルブラ)》というパーティーのリーダーをしていて、世界中を旅して多くの不幸な人たちを救っていたそうだ。
その功績によって、魔法世界では英雄と称えられて有名人らしい。まさにこの世界での《正義の味方》だ。
「そっか、ネギ君のお父さんは正義の味方なんだな」
《正義の味方》俺が向こうの世界でなろうとした存在。また切嗣がなれなかった存在。
ふとおれはこちらの世界の《正義の味方》に会ってみたくなった。
「いつか俺もネギ君のお父さんに会ってみたいな」
「はい。見つかったら士郎さんにも会ってくれますよ」
そうして二人で話していると2−Aに着いた。
俺はネギ君の上に落ちてきた黒板消しトラップを掴み教室に入る。
「起立ーーー気をつけーーー礼ーーー」
「「「「おはよーございます!」」」」
「おっ、おはようございます」
朝の挨拶をしてネギ君は出席の確認をする。その間に俺は教室の後ろに行き用意してあった椅子に座った。
一応俺は副担任であるが授業中にほとんどする事はない。
そのため授業中は後ろからネギ君の授業を眺める。
教師の仕事は結構大変なのだ。子供のネギ君1人でするのは結構きつい。
だから書類などの記入はほとんど俺がする事になっている。
授業終了後は2人で職員室で書類を書いたり整理したりした。昼は学食で済ませた。
遠坂は俺たちとは別に神楽坂たちと昼食を共にしていた。
転校生の遠坂は結構クラスでは人気だ。話はうまいし口調も丁寧だからだろう。
しかし、俺は知っている遠坂が巨大な猫の皮をかぶっていることに・・・・・・
放課後 学園長室
学園長に昨日の事を報告した。
「そうか。襲われたか」
何か知っている様な口調で学園長が話す。
「知っているんですか? 同僚て言われたんですけど・・・・・・」
「まぁ同僚と言えば同僚じゃな。警備員をしておるからの」
「警備員ですか。なら俺は知らないはずですね」
警備員の仕事内容や同僚の紹介は、まだ聞いていないので俺は知らない。
「ですがなぜ襲ってきたんですか。力を試すみたいなことを言ってましたけど?」
「その辺のことはおいおい説明するからの。いまは気にしなさんな」
「はぁ・・・・・」
学園長は重要な所は結構はぐらかすのだ。食えない爺さんである。
今後のこと少し学園長と話をして部屋を出た。今日は買い物に行かなくてはいけないのだ。明日着る服が無いからな。
校門でネギ君と遠坂と合流すると、町に出て洋服や日用雑貨を手早く購入した。
家に到着後は買った物を手早く整理する。後は各自部屋に戻り服などの整理をする。
いち早く整理を終えた俺はキッチンに戻り夕食の準備をした。今日はオムライスだ。
チキンライスを作り、その上に半熟の卵をのせて、みじん切りにしたパセリを散らして完成だ。
部屋の整理が終わったのかネギ君と遠坂が戻ってきた。
「うわ〜美味しそうですね」
「今日はオムライスなのね」
すぐに席に着くと2人は早く食べたくてうずうずしている。最後の三つ目を持って俺も席につく。
「それじゃ食べるか」
「「「いただきます。」」」
食後に俺は今朝出来なかった鍛錬をする。
すでにネギ君は部屋に戻っていた。遠坂は風呂だ。
「――――投影、開始(トレース・オン)」
干将・莫耶を投影して仮想の敵と対峙する。
一歩二歩で相手に迫り干将で切りつける。さっと避けた敵がこちらに向かって剣を振るう。
それを莫耶で受け止め、俺は干将で反撃する。それを反復し続ける。
時間を忘れひゅんひゅんと庭に空気を裂く澄んだ音が響く中、俺は無心に剣を振り続けた。
あのとてつもなく遠く広い赤い背中に少しでも追いつくように。一心不乱に剣を振る。
だから気づかなかったのかもしれない。
剣を振る俺の後姿を悲しそうな顔をした遠坂が、じっと見ていた事を。