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2012-05-04 01:57:00

メンバー列伝その1「たすくくん」

テーマ:ブログ
なるだけ一緒にスタジオ入った順にしようかな、と。


なんで、管野友くん!


東京来て、初めてまともにやってたあるバンドを辞めてから、

色々、実験してました。
音楽の作り方も、楽器というものの在り方も、
なんなら、それは音楽であるべきか、など、
随分裾野を広くとり、
どういう纏め方をしようかな、と、いつも考えてました。


なんで、当時のメンバー募集の文章が、歴代で一番カオスだったと思います。


そんなメンバー募集の文言の中でも、

多分、

バウハウス、スジバン、キュアー、ノイバウテンあたりから、
さらにポジパンやゴスに振り切ったものを求めて、
彼は連絡をくれたんだと思う。

でも、

実際には、僕は、

ほんとにカテゴライズや、
先人の後追いが苦手だったんで、

言うことがとっちらかっていて、

彼は絶対に苦労したと思う。

だけど、

何とも言えず柔和で、

またそこはかとなくセクシーなお兄ちゃん的なオーラで、


とりとめのないシダのガラクタ遊びを手伝ってくれた。

見守って、時に新しいモチーフを与えてくれて、

短期間だったけど、


後の自分が、

少なくとも、バンド形態で、
しかも真ん中で、

自分でつくった唄を歌っていく、

そういう、オーソドックスだけど最適な王道を歩む事になったのは、

彼が、

深く僕を理解して、

自信を与えて、

更には、


勇気ある決断で、


後腐れなく送り出してくれたからだと思う。

例えば、その時期に自信を削ぐような事ばかり言われたら、

自分で曲を作ることや、
ボーカルなんてど真ん中のポジション、

なげ出していたかも。


それくらい、

四方八方やり方を探して迷いまくっていたし、


自分に、自信を持ちきれてなかった。


華もなく、力量もない、

ただ衝動と、自分の、自分だけに見えているだけかも、ってくらい、
あやふやで、うまく説明できないバランスや世界観というものに、自分自身がテンパっていたから。

ま、その後もずっとそうなんだけどね(笑)

まあ、でも、
出だしの出だしにして、
そんな風に
とても
わだかまっていた。


そんな時期なんで、断片的なマテリアルはたくさんあったけど、
具体的な楽曲というのは少なかった上に、

なるべくマトモに楽器を演奏できない、というか、したことがない人や、
そうとうバラバラなジャンルの人達を集めてスタジオに入ったので、
当然ゴチャゴチャな初セッションとなった。
たすくくんは、
むしろ、その中で唯一、ちゃんと、楽曲を理解していて、
自分の確固たる好みもやり方も本来あるのに、
シダのオーダーする、意識的にギクシャクさせて、
かつ王道のアンセム級のカタルシスが解りやすくちゃんとある、
そんな感じにしたい!
…みたいなムチャぶりに

他の誰よりも内心困惑し、
でも、ただ一人の正メンバーとして、
少しでも音以外での不協和音が発生しないように、
とても頑張って寄り添ってくれていたのを思い出す。


だから、本来、彼のプレイヤーとして当然の要求も、
なんもかんも、
その時点の僕には、許容するだけの余裕がないのだと言うことを冷静に見極め、
あえてそこを突きつけるのではなく、

しかし、その時点のシダのアイデアに、そのままで合わすには、困難だけど
ここから単に解りやすく纏まるのでなく、

さらに思うようにやってみるべきだ、


と、

背中を推してくれた。


E前夜の、最大の理解者。


管野友くん



ギタリスト。



彼は、


今でも、


変わらぬ優しい佇まいと、

美意識で、


ステージにたっています。


2012-05-03 13:54:31

列伝てきな

テーマ:ブログ

地元に戻って、半年以上たった。

いろいろ紆余曲折はあったが、

また、音楽にかかわる職種に飛び込んだ。


新しい、未来を創りたいし、

大切な遊び場を護りたいから。


そして、同時に、

その環境でうける刺激や出逢いを生かして、

また、自分の音楽もやっていこうと思う。


例のごとく、


手をつけようがない大きな問題もひかえているが、

動けるうちは動くよ。
(別に身体がどうとかじゃないよ。)


もう少し、仕事の時間の使い方や、とりあえず身動きできる程度の生活費ができ始めたら、

バンドのメンバー捜しも始めます。




んで、

ちょうどいま、誰とも音楽やってないから、

現メンバーに気を使うみたいな事もないんで、


またまた、メンバー列伝でも書いていこうかと思います。


アメブロになる前に書いたやつは、

多分、もう見らんないし、

前に書いた時からもさらにさらに時間は過ぎ、

大きく環境もかわり、

より自分を見つめ直した状態にあるから、

書きながら、いろいろ彼等との素晴らしい思い出に浸ってみようかと思います。


つまり、完全に、自分のためだね(笑)



ちなみに、

今まで一緒に音楽やった人間は全員今でも好きだし、

楽しい思い出に溢れているけど、

ややこしいので、

Eと赫に関連する人たちだけにします!




とりあえず、

いまから仕事だから、


今夜辺りから、順々にね!
2012-04-14 20:54:44

おもうところがあるあるよ

テーマ:ブログ

世界の国々の中でも、
突出した多額の義援金を届けてくれた、台湾。

たしかに、凄く凄く有り難い。

国を取り巻く様々な要因を含めて、

ますます密接な関係を築きたい、

大切な友好国です。


僕も、旅行に行くなら、
台湾に行きたい。
そんで、ちゃんと台湾をしり、
美味しいものや文化に触れ、
んで、恩返しとかえたい。。



しかし、

これほど、メディアやSNSで、
台湾は有り難い、台湾の人は世界で一番親日で、と


台湾が一番助けてくれた!

という論調で賑わい続けるのは、


どうかな。



心理として、

1位という称号が語られたその瞬間から、


それ以外の階層は、
著しく認識から外れていく。

それは、紛れもない事実。

人の心はそう出来てしまっている。


この場合について、

本当にそれでいいのかな?


実際は、

様々なわだかまりや傷害を超えて、
例えば韓国であったり、
中国であったり、

いや、


それこそ、あらゆる国々の、
心ある方々が、とても温かい支援を実施してくださった。

さらに言えば、

お気持ちがあっても思うように形に出来なかった、
もっともっと多くの国の方々が、

大勢いるわけだよね。



んで、

もちろん、


先に書いたように、

『突出』というに相応しい熱心な支援を実現してくれた台湾について、
キチンと認識し、
折に触れて対応をしていくべきだろうとは思う。


しかし、


あまりにも台湾が台湾が、と大合唱しつづけては、

その他の国々の方々がしてくださった感謝すべき事柄が、

どうしたって、

相対的なポジションに押し込められたように感じさせられる場面を見かける。。。



それは俺の感じかたの問題だろうか?

そんな風に感じるのは、
俺自身の穿った感性のいやらしさなのだろうか?


しかし、
どうも、感覚的に、

そんな『みえかた』が、
すでに成立している事自体には、


とても問題を感じる。



政府の内々でのベースや、

各企業の動きとしては、

友国台湾に対する在り方を具体的に示すのは大事だと思う。


しかし、


一円でも百万円でも、


…いや、この金額の出し方は、挙げ足のとりしろがありすぎるが、



金額の差で、


感謝の姿勢に差異をつけすぎるのは、


礼儀として、マイナスだと思うし、


日本を知り、理解して、より強い絆を示してくれる台湾の人からしたら、
かえってその偏り方に対しても複雑な感じ方もするだろう。


そして、台湾以外の国々の心ある方々が、

蔑ろに感じられる、そんなレベルに僕からしたら見えてしまう論調は、

もう少し考えていかないといけないんじゃないか、とそういつも思うのです。




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