実に30年間、視聴率三冠王の杯は、この2局の間だけを往復している。今年日テレは8年ぶりにフジから三冠奪還を果たした。その舞台裏には、制作現場の狂騒と、二人の視聴率男のドラマがあった。
大改編が裏目に出て
「プロデューサーは視聴率が取れないなら、『ミヤネ屋』の放送作家を連れてこい!と檄を飛ばしていました。それくらい急を要する事態ということです」(放送作家)
日本テレビとフジテレビの視聴率戦争が熾烈だ。同時間帯に放送されるライバル番組から放送作家を引きぬくというタブーまで口にするほど追い込まれている番組は、フジの4月改編の目玉だったワイドショー『知りたがり!』(月~金、14時~)。MCに伊藤利尋アナ、NHKからフリーに転じた住吉美紀アナ、さらにロンドンブーツ1号2号の田村淳の3人を据え、フジとしては実に12年ぶりの昼のワイドショー進出だったが、早くも大コケ。
その惨憺たる数字は後述するが、焦っているのは同番組スタッフだけではない。7年連続で年間視聴率三冠王の座を守ってきたフジが、'11年1月3日~'12年1月1日の年間視聴率で日テレに首位の座を奪われ、年度三冠王('11年4月4日~'12年4月1日)の座まで同局に奪われたからだ。しかもこの1月から4月の間で、差は広がる一方である。
視聴率は、全日(6時~24時)、ゴールデン(19~22時)、プライム(19~23時)の3部門で争われる。この3部門の'11年年間視聴率は、全日で日テレ8・0%、フジ8・0%(以下日テレ、フジの順)。ゴールデン12・6%、12・5%。プライム12・6%、12・5%と、パッと見にはたいした差のようにも思えないが、より詳細に見ていくと、日テレの躍進とフジの凋落が浮かびあがってくる。
「全日こそ8%と同率ですが、ゴールデンとプライムは日テレの伸びが目立ちます。それを示しているのが、'11年度の下半期('11年10月3日~'12年4月1日)の数字です。これで見ると、両局の差は全日で0・4ポイント、ゴールデンで0・5ポイント、プライムで0・6ポイントも開いている。全日視聴率が1%違えば、年間で見ると局に入るスポット広告の売り上げが200億円以上の差になるという世界。だからこそ、ゆゆしき問題なのです」(制作会社プロデューサー)
視聴率はなぜ逆転したのか。勝敗を分けたのは、ドラマとバラエティだ。
「日テレ勝利の最大のポイントは、昨年末の『家政婦のミタ』の大ヒットに象徴されるドラマの成功です。枠別年間平均視聴率で比較すると、ミタが放送された水曜10時のドラマ枠の15・1%に対し、フジの看板ドラマ枠・月9(月曜9時~)は12・8%しかない。かつてはフジのストロングポイントだったバラエティも、日テレが圧倒している。
それに加えて、今年に入ってからは、フジがリードを守ってきた朝昼の帯番組でも日テレが迫っています。『ZIP!』(日テレ系)は、『めざましテレビ』(フジ系)を猛追しているし、『ヒルナンデス!』(日テレ系)もあの『笑っていいとも!』(フジ系)を上回る回が出始めています」(放送ジャーナリスト)
日テレの絶好調を示すデータは、ほかにもある。'11年度46週目('12年2月20~日26日)の週間視聴率トップ30の中に日テレは『笑点』19・8%、『ぐるぐるナインティナイン』18・6%、『東京マラソン』18・5%、『真相報道バンキシャ!』17・2%、『踊る!さんま御殿!!』17・0%など13番組がランクインした。それに対してフジは、『サザエさん』19・2%、竹内結子主演ドラマ『ストロベリーナイト』15・6%のわずか2本だけだった。
劣勢を覆すため、フジはこの4月、朝昼の帯番組で大改編を敢行した。その一つが冒頭の『知りたがり!』だ。3月までは10時台に放送されていた同番組を、4月から14時台にスライドさせ、スタッフも一新した。裏の日テレの看板ワイドショー『情報ライブミヤネ屋』を狙い撃ちにしたかたちだが、今のところ、まるで勝負になっていない。大惨敗である。
「知りたがり」ならぬ「尻下がり」
『知りたがり!』放送開始第1週(4月2日~6日)の14時台平均視聴率を比べると、日本テレビが7・2%に対し、フジはわずか2・7%。両番組の毎分視聴率(4月9日)を見てみるとさらに面白い事実がわかる。『ミヤネ屋』は14時00分を6・9%で迎え、1分後には7・1%、7分後には8・6%まで上昇する。『知りたがり!』は対照的に、14時には3・7%あるのに、1分後には2・9%まで落ち、そのまま下がり続ける。これでは「知りたがり」ならぬ「尻下がり」だ。
「はっきり言ってお手上げ状態。2%台じゃ打ち切りもある。すでに連日テコ入れの会議です。そこで作家の引き抜きなどの話も出る。『カネなら日テレより積むから引っ張れ』なんて言ってますが、いつ打ち切りになるかわからない番組に移ってくる作家なんていませんよ」(フジ編成関係者)
こんな声もある。語るのはフジ制作部の幹部だ。
「地方局は正直です。『知りたがり!』は14時台の第1部こそ全国ネットで放送されているが、実は15時からの第2部は全国ネットじゃない。4局しか契約してくれなかったからです」
たった1年で、なぜここまで劇的に攻守交替してしまったのか。背景には、二人の「視聴率男」の存在がある。その視聴率男とは、日本テレビ取締役執行役員兼編成局長の小杉善信氏と、フジテレビ編成制作局長の荒井昭博氏だ。両氏はそれぞれ、昨年の7月1日と、6月29日に、タイムテーブル(番組表)などを決定する、テレビ局の中枢・編成のトップに就いた。
小杉氏は『クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!』を当ててバラエティのプロデューサーとして頭角を現した。その後ドラマ部門に移ると、『家なき子』『金田一少年の事件簿』など大ヒットを連発し、'94年~'03年の、日テレ視聴率三冠王V10を牽引した。
一方フジの荒井氏は、営業部署出身ながら、プロデューサーに転じ、'95年当時5%前後まで落ち込んでいた『笑っていいとも!』の視聴率を2桁台までV字回復させ、人気爆発前のSMAPを起用して『SMAP×SMAP』を立ち上げるなど、数々の実績をあげてきた。しかし当時、ちょうど日テレV10の只中にあり、業界的には脚光を浴びることはなかった。
二人は互いにプロデューサー時代から局を背負ってたつ存在としてライバル関係にあった。それがほぼ同時に編成のトップに就き、再び対峙することになったのだ。二人の差配の違いがわかりやすく表れたのは、昨年秋の紳助騒動だった。
「小杉さんは、企画がしっかりしていれば紳助抜きでもやれると、『行列のできる法律相談所』『人生が変わる1分間の深イイ話』という二つの人気番組を、代役を立てるなどして継続させ、成功した。かたや荒井さんは、看板番組に成長していた『クイズ!ヘキサゴンⅡ』を打ち切り、数字を落としました」(日テレ社員)
日テレ編成局長の「確信」
両局の番組作りの傾向をおおまかに分類すると、日テレは企画先行型、フジはキャスティング先行型。この判断にはその傾向が如実に表れている。
「フジは人気者を多数抱える芸能プロダクションと一体となって番組をつくってきた。ジャニーズ事務所や吉本興業がその代表です。このやり方で最近まで勝ち続けてきたわけですが、人気者に合わせた番組づくりばかりやってきた弊害で、オリジナリティのある企画がなかなか生み出せなくなってきた。その結果が三冠陥落でしょう」(前出・制作会社プロデューサー)
これに対して日テレは、「視聴者ファースト」という発想で番組をつくる。その中心となっている小杉編成局長がその内実をこう話す。
「いままで視聴者のためと思ってやってきたテレビの演出に、視聴者にとってネガティブなもの、視聴者ファーストじゃないものがあるのではないか。あるのなら、それを見直そうということです。
例えば、CM前に『どうなってしまうのか!?』と煽ったり、CM明けにCM前と同じ映像を流すのは、このままでいいのか。テロップは多すぎないか。スタッフロールは早すぎるのではないかなどなど、検討課題がたくさんあります。昨年から『イヤな演出は何ですか?』というアンケートをとっていて、2000人ほどの視聴者の声が集まった。そこで上位にきたものを、今度ディレクターを集めて討論する予定です」
最高視聴率40%を記録した怪物ドラマ『ミタ』。その成功についても、小杉編成局長は「ライブ感」というユニークな視点から分析している。
「いまのテレビはライブ感がないと視聴率が伸びません。ライブ感とは『いま見ないといけない』という感覚です。スポーツの中継なんかは好例です。録画して見るのもいいけれど、日テレとしては放送中に見てもらわないとCMスポンサーとの関係上、商品として成立しない。そのライブ感を出すためには、視聴者に参加意識を持たせることが重要です。
そのために私が活用しているのがツイッターなどのSNSです。ネット上でリアルタイムに実況したり、意見を共有したりしたくなる作品をつくれば、ライブ感は生まれる。『ミタ』はまさにそういうドラマだった。あのドラマは半分作為的にツッコミどころをつくっている。私は毎週ツイッターを見ながら、あのドラマを見ていたのですが、ドラマの内容にツッコミ合っているのがわかった。録画なら、そのツッコミが共有できない。これからは、あらゆる番組で視聴者に参加意識を持たせる工夫が必要になってくるでしょう」
そして小杉編成局長は、「日テレ」をブランド化していかなければならない、と力説する。
「昨年7月、編成局長就任後最初の全体集会で、『いまの日本テレビが好きな人、いますか』と社員に尋ねましたが、半分も手が上がらなかった。
視聴率は目的じゃない、手段なんです。もちろん、視聴率はスポンサーのために重要ですが、目的じゃない。テレビ局にとって視聴率は、人間にとっての水や酸素みたいなもの。なくてはならないけど、そのために生きている人間はいない。
じゃあ目的はなにか。日テレというブランドをつくり上げることです。これは受け売りなんですが、ブランドに必要なものは四つある。圧倒的な存在感、絶対的な信頼感、外部の人間からの憧れ、そして内部の人間の誇りです。私はこの4番目をとくに重要視しているんです。だからはじめに尋ねた。コンテンツは気持ちでつくるもの。自社のブランドを誇れない人間は、鳥肌が立つほど感動したり、腹を抱えて笑ったりするものをつくれません。これから、日本テレビが好きな社員はどんどん増えていくはずです」
フジが3位に転落
勝っても「まだまだ」と言いたげな日テレとは対照的にフジは一枚岩ではない。日テレ独走に対する幹部の危機意識は強いが、問題は若手社員との温度差だ。
「視聴率三冠王を奪われても、『悔しい』『負けるもんか』といった感じは、さほどありません。ウチは収益では東京キー局のトップを独走しているし、放送外収入も順調。給料も高い。日テレのような20~30%の賃下げなどは考えられないから、『何がなんでも三冠奪回』ではないんです。
それどころか、制作現場の志望者が減って、営業志望が増えている。制作は昔に比べて制作費は減っているのに仕事は増えてきついし、合コンにもろくに参加できない、と敬遠されている。だからここ何年かは『研修で新人が来たら、制作は全然辛くないとアピールしろ』という局長命令が出ていたくらいです。寂しい状態ですよ。これじゃ番組制作力が落ちる一方です」(フジディレクター)
そんな中、フジの危機感をさらに煽る〝事件〟が、つい最近起きた。
「4月9日に'12年度第1週の週間視聴率が出たのですが、全日は日テレ、ゴールデンとプライムはテレビ朝日がトップを取り、フジは3部門とも3位でした。幹部たちは『4月の1週目がすべて3着だったのはいつ以来だ?』と青ざめています。日テレを抜き返すどころか、テレ朝に抜かれる恐れまで出てきました」(フジプロデューサー)
日テレ幹部もこう言う。
「フジよりテレ朝のほうが怖い。フジは手の内が読めるが、テレ朝はとんでもないところを突いてくる。何を仕掛けてくるかわからないから、警戒すべきはむしろテレ朝だ」
失速を続けるフジに、迫るテレ朝。今年は視聴率2位争いも面白くなりそうだ。
「週刊現代」2012年4月28日号より