2012年04月22日
政治生命は鴻毛よりも軽し――原発再稼働の責任
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目次
【その１】 死は鴻毛よりも軽し
【その２】 死生観――死は暴力である
【その３】 社会的弱者にしわ寄せを与える強者の論理
【その４】 電気料金値上げ――東電と東京都
【その５】 伝統的原発推進論
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※引用が長文に及ぶ場合には引用初めに「＞」をつけ、見出しは《 》で示してあります。
【その１】 死は鴻毛よりも軽し
デジタル大辞泉の解説によれば、「死は或いは泰山より重く或いは鴻毛より軽し」とは、「命は重んじて惜しむべき場合と、潔く捨てるべき場合とがある。その判断は義にかなうか否かによるべきである。」（司馬遷「報任少卿書」から）という。
また、「死は鴻毛よりも軽し」（※軽し＝かろし）とも言う。
「死を鴻毛の軽きに比す」とは、日本国語大辞典によれば、「 （「鴻毛」はオオトリの羽毛で、非常に軽いもののたとえ）国家・君主などのために一身をささげ、いさぎよく死ぬことをいう。いのちは鴻毛より軽し。」の意という。
これとは意味が違うが、文字通りの意味からいえば、「いのちは鴻毛より軽し」が現代の風潮に近い。これとて、「正義のためには、命を捨てても惜しくないということ。」（ことわざ辞典）というように、正義という大義あってのことだ。
野田政権は原発再稼働を大飯で強行突破するつもりらしい。
言うところの論理はかわりばえもしない。電力が不足する、安全は確認された、だからだという。枝野経済産業大臣にいたっては、「電力の需給に余裕がある」（以下の記事）ならと、条件付でこの論理を補強する。そして、やはり電力の需給に余裕がないと言い出した。
■原発再稼働、安全でも電力足れば認めず 枝野経産相（asahi.com 2012年4月6日）（検索可）
（前略）
枝野経産相は「原発を稼働しなくても、電力の需給に余裕があるとか、若干の節電のご協力をお願いして十分乗り切れるなら、原発への依存度をできるだけ引き下げていくという大きな方針もある。（定期検査で止まっている原発を）開ける必要はない」と語った。（同記事）
反省のない大手メディアには未検証の数値が並ぶ。経済産業省の試算結果だ。
＞「試算では、原発が１基も動かないと仮定し、一昨年夏並みの猛暑の場合はピーク時の需要に対して供給力が１９．６％不足 ▽２００６〜１０年の平均的な需要ではピーク時に１７．２％不足 ▽家庭の節電や企業の土日操業などで電力使用を昨夏と同じくらい抑えた場合は７．６％不足、になった。」（■関電管内、夏は最大２０％電力不足 経産省が需給見通しasahi.com 2012年4月10日）（検索可）
毎日新聞（■＜関西電力＞今夏供給、最大１９％不足（毎日JP 2012年4月10日 横山三加子、宮島寛記者）（検索可）には、
＞「一方で、節電要請をした昨夏も昨冬も電力不足に至らず「本当に供給力が足りないのか、データを見て考えないといけない」（橋下徹・大阪市長）といった声も根強い。国と関電には、再稼働の有無にかかわらず、企業や自治体などに精度の高い夏の需給見通しを示すことが求められる。
大飯原発が再稼働するかどうか、ほかの電力各社も固唾（かたず）をのんで見守っている。再稼働を判断する政府の新基準は福島第１原発事故の直後に各社が講じた緊急安全対策と安全評価（ストレステスト）１次評価の焼き直しの域を出ていない。このため各社は「政府方針を踏まえ、前向きに安全対策の強化に努める」（東北電力）、「当社も早急に工程表をとりまとめたい」（四国電力）と粛々と手続きを進める考えだ。
だが、原子力規制庁の発足見通しが立たない中、大飯以降は再稼働の手続きを政府内のどの組織が担うかは曖昧なまま。「政府方針がはっきりしない現状では原発による電力供給を当てにできない。今夏の電力需給計画づくりは難航必至だ」（電力幹部）との悲鳴も漏れる。」（同記事）
とあるが、朝日新聞もNHKも未検証の数値のみを載せている。
NHKはもっと先の火力発電所のトラブルまで想定している。原発のトラブルは想定外らしい。
「さらに、火力発電所で去年にもあったようなトラブルが起きた場合や、需要のピークが７月となった場合は、供給力が下がるため、電力不足の幅がそれぞれ２ポイント前後拡大するとしています。」（■"関電管内で最大２０％の電力不足も" NHK 2012年4月9日）（キャッシュ検索可）
もちろん産経も負けてはいない。節電限界だと言いたいらしい。
■枝野経産相「原発ゼロでも今夏の制限令回避可能」 根拠示せず「我慢の夏」心配（産経新聞 2012年1月28日）（検索可）
■夏の電力不足最大１３％超 国内全原発「ゼロ」も秒読み（産経ニュース 2012年3月25日）（検索可）
■細野豪志原発相インタビュー「原発の再稼働は必要」 初めて明言（産経ニュース 2012年3月4日）（検索可）
ところが、関電の予測は次のような水準らしい。せっかく「厳しい予想」をしても、予想が大きく外れた理由がわからないのなら予想などしてもムダだ。
■関電でんき予報「厳しい」に 実際の使用率は９１％（asahi.com 2012年2月3日）（検索可）
＞関西電力は３日朝に更新した「でんき予報」で、管内で３日、供給力に対する電力の使用率が９６％（午前９〜１０時）に達し、今冬で初めて「厳しい」（使用率が９５％以上９７％以下）需給状況になると予測した。九州電力への緊急融通を理由にしたが、実際は需要が見通しを大幅に下回り、使用率は９１％の「やや厳しい」（９０％以上９５％未満）にとどまった。
関電は当初の「厳しい」予想について、火力発電所が故障した九州電力に対し３日午前６時から、５０万キロワットの電力融通をするためと説明。そのため一時、関電管内への供給力が減った。九電によると、新大分火力発電所（大分市、２２９万５千キロワット）が３日午前４時ごろ、凍結による設備の故障で全面停止。関電を含む他電力６社から計２４０万キロワットの供給を受けた。
ただ、実際の関電管内の需要は想定を１２４万キロワット下回る２４１６万キロワットで、使用率も９１％にとどまった。関電は、予想が大きく外れた理由を、「気温が上がり、節電への協力も増えたとみられるが、理由は分からない」と説明している。３日朝の段階では午後６〜７時も使用率９５％と予想したが、九電への融通が正午で終わったため、９２％に修正した。（同記事全文）
一方、いまだに検証記事は少ない。根拠のない数値でも大手メディアが一斉に報道すれば、それなりに説得力が生じる。漠然とした批判では弱いのも確かだ。
■【社説】原発の再稼働 安全の根拠はどこに（東京新聞 2012年3月22日）（検索可）
■「電力不足」は政府の脅し 口実にした再稼働許されぬ（2012年4月14日 赤旗）（検索可）
東京新聞は積極的に批判を展開しているが、出された数値に対してはやはり「疑念」どまりだ。
■根拠薄い「電力２割不足」（2012年4月11日 東京新聞）（内容は検索可）
《疑念》
＞ただ、額面通りには受け取れない。関電は昨年十一月、この冬は最大で9.5％の電力不足が生じると試算して、節電を呼びかけた。だが、実際には、電力供給が「厳しい」とされる供給力に対する使用率95%以上の日はゼロ。管内の電力需給は安定していた。
（一段落省略）
関電の広報担当者は「節電意識の高まりのおかげ」と話すが、事前の供給力を、必要以上に低く見積もっていたとの疑念もある。今夏、揚水発電は原発停止の影響で余剰電力が減り昨夏の四百六十五万キロワットが半分程度になる。ただ、全体の供給力を能力いっぱいで積算しているのかどうか、前例があるだけに判然としない。（同記事より）
■余剰電力隠し 枝野経産相は関電の腹話術人形（日刊ゲンダイ2012年4月18日）（検索可）
という記事が載っていたが、このように書いてくれると具体的でわかりやすい。
（前略）
＞その不足分も、大飯原発の２基（出力計２３６万キロワット）を再開しなくとも、工夫しだいで十分にまかなえる。
「昨年の最大使用量は８月９日午後２時の２７８４万キロワット、供給力との差し引きは１５３万キロワットです。この程度なら、ほかの電力会社から、余った電力を融通してもらえば解決できる。関電は北陸以西の４電力会社と同じ周波数（６０ヘルツ）で、計２９００万キロワット以上の送電可能な連系線でつながっている。すでに中部電力の水野明久社長は『昨年の実績に対し、１２％ほどの供給予備力（電力の余裕）ができる』と公言。３００万キロワット以上の余裕が生まれます。加えて中国電力も昨年実績で２４３万キロワットの余裕が生じる計算です」（前出のジャーナリスト）（同記事より 以下省略）
ところで、問題なのは原発再稼働の責任だ。
■新安全基準を決定 関電に指示（NHK 2012年4月6日）（内容は検索可）によると、
「関係閣僚で協議し、野田政権として、原発の運転再開の前提となる新たな安全基準を正式に決定しました。」
という。
そして、
＞「枝野大臣は、この安全基準を満たした原発が重大事故を起こした場合、誰が責任を負うかという質問に対し、『政治的責任は、関係閣僚会議に出席したこの４人が負う』と答えました。」（同ニュース）（内容は検索可）
�狎�治的責任を負う�瓩箸蓮�具体的にどうすることなのか。政策上の誤りならいざしらず、ことは生命財産に関わる問題だ。たんに辞任するだけでは済まされない。政治的生命などは鴻毛よりも軽い。「五年の間に首相が六〜七人、防衛大臣が九〜一〇人も替わるような国」（以下の記事参照）なのである。
■米国で沖蝿の構造的差別訴え 稲嶺名護市長が訪米報告（浦島悦子記者）（週刊金曜日2012年3月9日号）（週刊金曜日ニュース 2012年3月23日「米国で沖縄の構造的差別訴え――稲嶺名護市長が訪米報告」で検索可）
＞普天間飛行場の辺野古移設実現に固執する日本政府に対し、一貫して拒否の姿勢を貫いている名護市の稲嶺進市長は二月二七日、名護市主催の訪米報告会の場で、あらためて「辺野古基地建設反対」を訴えた。
（三段省略）
会場の県内大学生から「日本と米国の認識の違いはどこからくるのか」という質問が出ると、稲嶺氏は「日本には軍事専門家がいないと言われた。五年の間に首相が六〜七人、防衛大臣が九〜一〇人も替わるような国とはまともに話ができない、ということだ。日本は米国に対して情報提供していない。私たちは米国に対しても本土に対しても、正確な情報を提供していくことが必要だ」と回答。（以下一段省略）
【その２】 死生観――死は暴力である
昔の大学入試問題で記憶に残っている短い文章がある。
■「ん」まであるく（谷川俊太郎著）（1985年10月発行）
＞一九五〇年代の封切りだったと思う、「井戸」という題名のアメリカ映画のことが記憶に残っている。一人の少女があやまって井戸に落ちる、それをどうにかして救い出そうとして、たくさんの人々が夜を徹して努力するというのが、主な筋だったと思うのだが、有名でも重要でもないひとりの人間の生命のために、それほどの労力と知恵と金が費やされるアメリカ社会のありかたに私は感動をおぼえたのだ。実話をもとにしたと思われるその記録映画ふうの手法も、当時としては新鮮だった。
（一段落省略）
新聞、放送などのいわゆるマス・メディアに、市井（しせい）の無名の一個人の生死が、ときにはスキャンダルとして、ときには美談ふうに大きく扱われるようになったのも、私の記憶では戦後になってからのことで、そこにはひとりひとりの人間の存在が集団、あるいは共同体に先行するという民主主義の基本原理にもとづいた人間観、社会観があり、そういう観念をもたないわれわれ日本人も、いつか建前としてはそういう考えかたを受けいれるようになっていったと言える。
個人の運命が国家という共同体の運命に帰属すると大多数の人間が考えていた戦時の反動として、われわれが個人の生命をかけがえのないものとしてとらえ直すことは必要だった。だが個の絶対化、神格化が極端になると、それは群棲動物である人間にとっては、必然的に偽善をもたらす。死は〈鴻毛より軽〉くないが、また人命は〈地球より重く〉もない。そのような美辞麗句ではとらえることのできぬところに、われわれの現実はあり、その矛盾をかかえこむ以外に生きかたも死にかたもみつからない。
サルトルが死んだとき、ボーヴォワールが言ったという〈死は暴力である〉という言葉に私は衝撃を受けた。愛する者を失った苦しみからの感情的な発言だとは思えない。それは人間存在をとりかえのきかぬ個としてとらえる西洋で、すでに神を信じなくなった人の論理がゆきつくところとしては当然であり、その烈しさに一種の畏敬の念を覚えるとともに、そのような死のとらえかたに大きな疑問をも感じた。
われわれ日本人の感性の底には、死は自然であるという観念がいまだに生きていると思う。死と切り離すことのできぬ老いを、枯れるというような言葉で理想化するところにも、死を散る花のたとえで語るところにも、人間を自然と対立するものとしてではなく、最終的には自然と同化するものとして感じているわれわれの態度は表れている。けれど現実には、われわれの社会の内部でも、死はそのような形をとれなくなってきている。
（以下６段落省略）
（注）
※サルトル（一九〇五年〜一九八〇年）フランスの哲学者・小説家・劇作家。第二次大戦後、実存主義を唱えた。
※ボーヴォワール（一九〇八年〜一九八六年） フランスの女流作家。サルトルの伴侶で実存主義者。
ここには様々な死生観が提示されている。アメリカ映画、ボーヴォワール、戦時の日本、日本古来の死生観。自分なども老荘思想に近いから死は自然であることを願う。だが、自然災害もそうだが、いったん人為が加われば、死は鴻毛よりも軽く扱われる。――〈死は暴力である〉。「安らかに……」、「眠るように……」とは隔絶している。とくに「個人の運命が国家という共同体の運命に帰属する」という表現は現在の状況を思わせる。
【その３】 社会的弱者にしわ寄せを与える強者の論理
強者の論理を展開する政府を東京新聞が批判している。
■大義変節の果て 今度は「弱者のため」（岩田仲弘記者）（東京新聞 2012年4月14日）
＞「電力の不足は病気の方、高齢者、中小企業など、社会的弱者に大きなしわ寄せを与える」
枝野幸男経済産業相は十三日の記者会見で、再稼働が必要な理由として、社会的弱者への悪影響を防ぐためだと説明した。（同記事）
というものだが、枝野氏は計画停電を引き合いに出して次のようにも言っている。
＞「早朝からの停電で人工呼吸器など生命維持に必要な機器が停止する可能性があった。電力不足が社会の弱者に深刻な事態をもたらすことを痛感した」（同記事）
だが、このままでは深刻な事態をもたらすと騒いでいるのは社会的強者＝財界の方だ。
再稼働派曰く、
「電力不足が日本経済の足かせになってはいけない」
「安定供給が目的」
「電気料金の値上げ抑制」
「原発の停止が続くことで燃料輸入が増えると貿易赤字に陥り、日本国債の信用も落ちて金利が上がる」（以上、同記事より）
ところで、社会的弱者への悪影響を防ぐというのならば、なぜ消費税なのか。消費税増税は強者の論理だ。大手メディアが触れようとしない問題点がある。
■消費税１０％なら大企業は６兆円のボロ儲け（日刊ゲンダイ2012年4月10日）（検索可）
《還付金制度の重大欠陥＜湖東京至氏（元静岡大教授）＞》
＞「消費税の最大の問題は、輸出企業への還付金制度です。外国人に日本の消費税を負担させるわけにはいかないという理屈で、国内の部品仕入れ段階などで発生した消費税を国が後で戻す仕組みのことです」（同記事）
という指摘がある。
■消費税のカラクリ（斉藤貴男著 2010年7月20日発行）
では、《輸出戻し税》の章に詳しく説明してある。
まず著者は《輸出戻し税》に関して森信茂樹・中央大学法科大学院教授の説明を引用する。
＞〈消費税は、輸出入取引について競争条件を同じくするという観点から、国境調整が行われます。具体的には、輸入貨物を課税対象とする一方で、輸出取引については免税とします。
（中略）
輸入取引については、税関において国内取引と同様の消費税負担を求めるとともに、輸出取引については、国内で発生した消費税負担は完全に除去されることになります（「輸出取引〜なります」に著者の傍点）。このような制度は、消費税を導入している世界各国が採用しており、国際的慣行となっています〉（森信『抜本的税制改革と消費税――経済成長を支える税制へ』大蔵財務協会、二〇〇七年。）（同書よりの引用）
実際の還付金額はどのくらいなのか。
＞「関東学院大学の元教授で税理士の湖東京至氏が、主な輸出企業の有価証券報告書を基礎資料に試算したところによると、この前年の二〇〇七年度に最も多額の還付金を得たのはトヨタ自動車で、約三千二百十九億円だった。以下、ソニー、本田技研工業、日産自動車、キヤノン、マツダ、松下電器産業（現、パナソニック）……などと続いていた（次ページ図表8参照＝省略）。
各地の税務署から主要十社に振り込まれた還付金の総額は約一兆千四百五十億円で、全体のやはり三〇％近くを占めていた。試算は各社単体での売上高から導かれているので、近年の子会社を活用したグループ戦略の流行に合わせて連結決算の業績をベースとすれば、この金額はいっそう跳ね上がる。（同書より）
《事実上の「輸出補助金」》だというのだ。
「前記の森信・中大法科大学院教授が形容した�犢餾歸�慣行�瓩箸泙巴埜世任�るかどうかはともかく、輸出戻し税の制度は中国やインドでも採用されており、輸出の振興に重大な役割を果たしてきた。」（同書）
と言う。
また、「消費税にまつわり兆の単位が動く制度の存在が、一般にはほとんど知られていない現実は不気味に過ぎる。」（同書より）とも指摘している。自分も税制に関する本はある程度目を通したが、この制度に触れている本は少ない。貴重だと思うので以下に引用しておく。
■日本税制の総点検（北野弘久・谷山治雄編著2008年10月発行）
《3 消費税は典型的な不公平税制》
《（2）巨大輸出企業に巨額の還付金、トヨタ一社に二八〇〇億円の還付金》
＞最も不公平なのが、輸出企業に対する消費税の還付制度です。輸出をした場合、外国の消費者から消費税をもらえないから、仕入先や下請に払った（ということになっている）消費税分を輸出企業に還付するというのです。前にも述べましたが、消費税は単純に売上高に五％をかけた額を納めるわけではありません。消費税の年間納税額は年間売上高に五％をかけた金額から年間仕入高に五％をかけた金額を差し引いて納めます。これを仕入税額控除方式といいます。
輸出戻し税はこの仕組みを悪用して、売上高に五％ではなくゼロ％をかけます。答えはゼロ円。ゼロ円から仕入に入っているとされる消費税分を引くのでその消費税分が常に還付されるわけです。還付される金額はトヨタなどの輸出企業が税務署に納めた税額ではありません。つまり、大企業が納めてもいない税金を横取りしているのです。実際に税務署に納めたのは仕入先や下請などの子会社です。日本の商慣習では親会社に価格決定権があります。子会社が消費税分をまけさせられることもしばしばです。それなのにトヨタなど親会社だけが還付を受けているのです。一方は常に納税、一方は常に還付。これ以上の不公平があるでしょうか。
（一段省略）
要するに、ヨーロッパで生れた付加価値税＝消費税は、巨大輸出企業を保護し優遇するためにつくられた税制なのです。輸出戻し税による還付は一種の輸出補助金といわれても仕方がありません。
最も新しい有価証券報告書をもとに二〇〇六年の各社の還付金を推算してみました（図表6−2参照＝省略）。この還付金は、トヨタなどが国内販売に対して本来納めなければならない消費税額を差し引いた還付金額です。消費税の還付金は全体で約三兆円、消費税全体の税収のおよそ二二％にのぼります。もし、輸出戻し税制度をなくせば、ただちに三兆数千億円の税収を上げることができるのです。（同書より）
ここでは、湖東京至氏試算の表と『日本税制の総点検』掲載の表を省略したが、10位までを構成する企業名は同じで、年間還付金の合計（10位まで）はともに1兆円を超えている。
なお、
■「09年分の消費税還付金 輸出大企業10社に8014億円＝税理士・湖東京至さんが推算」（全商連HP）（検索可）
には、2009年度の表（消費税還付金上位10社）が載っている。
【その４】 電気料金値上げ――東電と東京都
■東電の筆頭株主に東京都 ３月期末時点（産経ニュース 2012年4月11日）（検索可）
＞東京電力の筆頭株主に、平成２４年３月期末時点で東京都がなったことが１１日、分かった。都は１１年９月末時点で第３位株主だったが、同時点で筆頭株主だった第一生命保険と、第２位株主だった日本生命保険がその後に東電株を売却したもようだ。東京都は東電の電気料金引き上げに反発、猪瀬直樹副知事が６月に開かれる東電の株主総会に出席する意向を表明している。筆頭株主となったことで、東電への圧力を強めそうだ。
東京都は前身の東京市が持っていた資産を東電が引き継いだ関係で、昭和２６年の東電設立時から東電株を保有している。昨年９月末時点では発行済み株式の２・７％（４２６８万株）を保有していた。
一方、第一生命は同時点で３・４％（５５００万株）、日本生命は３・３％（５２８０万株）を保有していた。両社の売却株数は明らかではないが、前期末までに売却したとみられる。
（同記事）
■日生社長、東電株売却認める 協会長後任は明治安田社長（asahi.com 2012年4月20日）（検索可）
によると、
＞日本生命保険の筒井義信社長は２０日、同社が保有する東京電力株の一部を売却したことを明らかにした。同社は２０１１年９月末時点で東電株の３．３０％を持つ２位の大株主だった。「賠償や原発再稼働、電気料金値上げなど非常に不透明な状況で、株主配当をなかなか得られない」のが理由だという。（同記事）
という。
ここのところ実際に雑誌などに関連する記事が掲載されている。以下に列挙する。
■東京都、値上げに憤激！（猪瀬直樹東京都副知事）（週刊東洋経済2012年2月18日号）
《東京都、値上げに憤激！》
＞４月に迫る電力料金値上げ。産業界は甘受の構えだが、大口顧客にして大株主の都が動いた。
電力料金を上げる前に、説明を尽くせ――。1月26日、東京都は東京電力、原子力損害賠償支援機構、経済産業省宛てに、電力値上げに対する緊急要望書を提出した。明確な情報開示や中小企業に対する配慮など4つのポイントについて、誠意ある対応を迫った。
（中略）
《「見える化」で答えを迫る》
東電のなし崩し的な動きにどう待ったをかけるか――。都が打ち出したのは東電の「見える化」。有価証券報告書を基に、住所が記載された都内24子会社を抽出。賃貸と自社物件を"仕分け"し、近隣地域の平均単価から賃貸料を試算した。変電所のない自社ビルは売却可能と判断し、賃料の安いエリアへ移転。子会社を整理すれば、合計100億円が削減できるとはじいた（左下表参照＝省略 ※「東京都が試算した『100億円削減』の中身」）。
東電の社宅や福利厚生施設の管理、運営委託を受けた子会社（従業員1007人）が六本木駅から徒歩2分のビルに入居する必要はあるのか。群馬や栃木など4県にまたがる尾瀬の山林・土地の管理を行う子会社（同104名）の本社がなぜ東京にあるのか。子細に見れば疑問はいくつも浮かぶ。「これらは序の口。有価証券報告書には、社名がある40社以外は、『その他128社』と書いてあるだけ。緻密に攻めていかないと（東電から）答えは出てこない」。猪瀬氏は、東電の"実態"をあぶり出すべく、徹底的に説明を求める構えだ。（以下省略。同記事より）
■猪瀬都副知事バッサリ 東電会長人事も迷走の理由（日刊ゲンダイ2012年4月17日）（検索可）
では、
＞「モタモタしていると、東電は巨額の公的資金をもらいながら、適当なリストラでお茶を濁し、電気料金を値上げしてしまう。東電は今後１０年間で２兆６５００億円のコスト削減を決めているが、猪瀬副知事はもっと切り込めるという。」（同記事）
と載っている。
■「埋蔵金見つけ、人件費を削れ」（猪瀬直樹副知事）（サンデー毎日 2012年3月4日号）
（前略）
＞東電は「値上げの根拠を開示せよ」と何度言っても情報を出し渋った。だから、40社の子会社を独自に調べてみたら、都心の一等地にいっぱいあった。社員の福利厚生の会社が六本木のど真ん中にある。家賃は推定月800万円。なぜこんな贅沢ができるのか。
東電が公開している連結子会社のリストを見ると、一番下に小さく「他128社」と書かれていた。子会社は全部で168社あるのに、住所の開示は40社だけ。今この128社の追加調査とともに、役員の数や就任前の肩書、平均年収を明らかにするよう求めている。子会社には資産があり、だぶついた人員や東電からの天下り役員が配置されている。（同記事より。以下省略）
■東京電力は保有資産「19物件1400億円」を売却せよ（ジャーナリスト武冨薫と本誌取材班）（SAPIO 2012年3月14日号）
には、さらに詳しい調査結果が載っている。
《東京都調査の100億円だけじゃない！ 一等地ビルに加えなんと「ホテル」や「釣り堀」まで 電気料金値上げの前に、東京電力はこのグループ保有資産「19物件1400億円」を売却せよ》（同記事見出し）
というもので、『東電子会社一等地オフィス移転＆売却で100億円が削れる！』、『まだまだある東電グループ保有の超高額物件一覧！』という表が載っているし、物件の写真もある。
これを受けてかどうかわからないが、次の記事が出た。
■東電、８００カ所の不動産売却へ（産経ニュース 2012年4月9日）（検索可）
＞東京電力が保有不動産、施設約８００カ所の売却に向けて調整に入ったことが９日、分かった。４月以降、複数の大手信託銀行に平成２４〜２５年度の売却対象を示し、売却先選定を進めており、売却額は最大１千億円程度になる見通し。
売却対象は首都圏の社員寮や社宅、保養施設、遊休地など。売却を加速するため、信託銀行だけでなく、証券会社とも協議を始めている。
東電は２３年度からの３年間で２４７２億円の不動産売却を計画しているが、政府の原子力損害賠償支援機構は売却の前倒しを求めている。東電としても早期売却で手元資金を厚くし、福島第１原発事故の賠償原資を確保する狙いがある。
東電は福島原発の事故後、２３年１２月までに約１００カ所の不動産を１５３億円で売却している。（同記事全文）
【その５】 伝統的原発推進論
原発推進論も福島原発事故を受けてだいぶ様変わりした。【その１】でとり上げた電力不足と値上げが主流だ。当初は地球温暖化対策としての原発が主流だった。だが、『原子力と環境』で展開している論理をみると、妙なことにそれがそのまま原発批判に向かいそうだ。
■東電の核惨事（天笠啓祐著 2011年7月30日発行）
《終章》
＞一九八八年秋のことである。チェルノブイリ原発事故の余波もあり、各地で原発問題での論争が組まれた。その時、当時の林幸秀・科学技術庁原子力調査室長や、中村政雄・読売新聞論説委員などの原発推進論者の口から、相次いで「地球温暖化対策が重要だ」という言葉が、いきなり出てきたのである。その時の彼等の言い分は概略次のようなものだった。
「化石燃料の使用によって二酸化炭素が増加し、その温室効果によって異常気象が起きている。いまや地球環境問題は切迫した課題となり、エネルギー問題の最も重要な柱はこの環境問題にある。二酸化炭素の排出量が最も多いのは火力発電所であり、それを止めるのが一番だが、波力や風力、太陽光発電は現実には代替エネルギーにならない。そこでいまは原発を推進するしかない。将来は核融合が中心になると思われるが、それまでのつなぎに原発を推進することは子孫のために意義のあることである。
また、熱帯雨林の伐採が進んでいるが、世界の人口の半分がまだ薪を使っている。それを変えさせるためには彼等に化石燃料を使ってもらい、先進国は原子力を使うべきだ。」
地球環境問題で最も有効な対策が、原発だというのである。この論理は、国連気候変動枠組条約締約国会議で、繰り返し先進国政府が提案している。地球環境保護が原発推進では、その問題の中に放射能汚染を入れるわけにはいかない。その後、この論理が、政府や電力会社の原発推進の論理になり、教科書の副読本にも入れられた。（同書より）
■原子力と環境（中村政雄著2006年3月10日発行）
《第2章 石油文明の終わりと地球温暖化》
＞石油資源はだんだん物理的な枯渇に近づいてきて、近い将来、原油の生産は頭打ちになり、減っていく。資源の制約が予想以上に早く来そうだ。欧米諸国ではこう予測する「ピーク・オイル論」が真剣に議論されている。日本の石油はすべて輸入依存であるのに、日本にはそういう感覚があまりない。
ただ、化石燃料資源はほかにもある。米国、カナダ、中国東北部などにはオイルシェールやタールサンドと呼ばれるものがふんだんに眠っている。これは一〇パーセント内外の油分を含んだ固い土のようなもので、加熱すれば油を搾り出せる。カナダのアルバータ州では一部掘り出して使っているようだが、問題はしぼりカスの処分である。ベトベトした土砂をどこに捨てるか。広大な米国でも捨て場がないため、この資源の利用ができないでいる。この環境問題が片づかないかぎりエネルギー資源とは呼べない。（同書より）
《赤道近くで地球がエアコン活動》
＞地球上で蒸発した水は、すべて地球上へ降ってくる。しかし海の水のうち循環に参加しているのは、表面から一五〇メートルまでに過ぎない。大気汚染は雨によってほとんど洗い落とされ、海にたまる。それも水深一五〇メートルまでの表面に濃縮される。人為的に放出される汚染物質に対する海洋の希釈能力を、過大に評価してはいけない。（同書より）
《シュメール文明が滅びた理由》
＞チグリス・ユーフラテス川のほとりに生まれたシュメール文明が滅びたのは、灌漑による塩害だった。文明を生んだ灌漑という技術が、土の中に塩分を蓄積し、植物の育ち得ない土壌に変えてしまった。
当時の年間降雨量は二〇〇ミリ前後だったと推定されている。太陽がいっぱいの土地に水を引いたから、作物はいくらでも穫れた。穫れ過ぎて人手では運び切れないので荷車を発明した。人口が増えたので政府をつくり、帳簿をつけるため文字が発明された。
蒸発の激しい土地に水をまいたから、川の水に含まれている塩分が蓄積し、土が水を放すまいとする力が強まって、植物が水を上げられないようになり、小麦も大麦も枯れ、食べ物がなくなって、あの文明は滅びた。
繁栄の原因が滅亡のモトになったのである。今日の地球環境問題も、人類の繁栄の原動力となったエネルギーの多消費が生んだものである。
ゆっくりした変化も、いつかはサナギが蝶に変わるような劇的な変化を見せる。私たちの病状にもこのような変化がたくさんある。気づいたときは手遅れというケースが少なくない。
地球温暖化の防止には、化石燃料の燃焼からくるCO2を六〇パーセント以上減らす必要がある。尋常の方法では温暖化は止まらない。もっと危機意識を持つことが重要である。（同書より）
目次
【その１】 死は鴻毛よりも軽し
【その２】 死生観――死は暴力である
【その３】 社会的弱者にしわ寄せを与える強者の論理
【その４】 電気料金値上げ――東電と東京都
【その５】 伝統的原発推進論
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※引用が長文に及ぶ場合には引用初めに「＞」をつけ、見出しは《 》で示してあります。
【その１】 死は鴻毛よりも軽し
デジタル大辞泉の解説によれば、「死は或いは泰山より重く或いは鴻毛より軽し」とは、「命は重んじて惜しむべき場合と、潔く捨てるべき場合とがある。その判断は義にかなうか否かによるべきである。」（司馬遷「報任少卿書」から）という。
また、「死は鴻毛よりも軽し」（※軽し＝かろし）とも言う。
「死を鴻毛の軽きに比す」とは、日本国語大辞典によれば、「 （「鴻毛」はオオトリの羽毛で、非常に軽いもののたとえ）国家・君主などのために一身をささげ、いさぎよく死ぬことをいう。いのちは鴻毛より軽し。」の意という。
これとは意味が違うが、文字通りの意味からいえば、「いのちは鴻毛より軽し」が現代の風潮に近い。これとて、「正義のためには、命を捨てても惜しくないということ。」（ことわざ辞典）というように、正義という大義あってのことだ。
野田政権は原発再稼働を大飯で強行突破するつもりらしい。
言うところの論理はかわりばえもしない。電力が不足する、安全は確認された、だからだという。枝野経済産業大臣にいたっては、「電力の需給に余裕がある」（以下の記事）ならと、条件付でこの論理を補強する。そして、やはり電力の需給に余裕がないと言い出した。
■原発再稼働、安全でも電力足れば認めず 枝野経産相（asahi.com 2012年4月6日）（検索可）
（前略）
枝野経産相は「原発を稼働しなくても、電力の需給に余裕があるとか、若干の節電のご協力をお願いして十分乗り切れるなら、原発への依存度をできるだけ引き下げていくという大きな方針もある。（定期検査で止まっている原発を）開ける必要はない」と語った。（同記事）
反省のない大手メディアには未検証の数値が並ぶ。経済産業省の試算結果だ。
＞「試算では、原発が１基も動かないと仮定し、一昨年夏並みの猛暑の場合はピーク時の需要に対して供給力が１９．６％不足 ▽２００６〜１０年の平均的な需要ではピーク時に１７．２％不足 ▽家庭の節電や企業の土日操業などで電力使用を昨夏と同じくらい抑えた場合は７．６％不足、になった。」（■関電管内、夏は最大２０％電力不足 経産省が需給見通しasahi.com 2012年4月10日）（検索可）
毎日新聞（■＜関西電力＞今夏供給、最大１９％不足（毎日JP 2012年4月10日 横山三加子、宮島寛記者）（検索可）には、
＞「一方で、節電要請をした昨夏も昨冬も電力不足に至らず「本当に供給力が足りないのか、データを見て考えないといけない」（橋下徹・大阪市長）といった声も根強い。国と関電には、再稼働の有無にかかわらず、企業や自治体などに精度の高い夏の需給見通しを示すことが求められる。
大飯原発が再稼働するかどうか、ほかの電力各社も固唾（かたず）をのんで見守っている。再稼働を判断する政府の新基準は福島第１原発事故の直後に各社が講じた緊急安全対策と安全評価（ストレステスト）１次評価の焼き直しの域を出ていない。このため各社は「政府方針を踏まえ、前向きに安全対策の強化に努める」（東北電力）、「当社も早急に工程表をとりまとめたい」（四国電力）と粛々と手続きを進める考えだ。
だが、原子力規制庁の発足見通しが立たない中、大飯以降は再稼働の手続きを政府内のどの組織が担うかは曖昧なまま。「政府方針がはっきりしない現状では原発による電力供給を当てにできない。今夏の電力需給計画づくりは難航必至だ」（電力幹部）との悲鳴も漏れる。」（同記事）
とあるが、朝日新聞もNHKも未検証の数値のみを載せている。
NHKはもっと先の火力発電所のトラブルまで想定している。原発のトラブルは想定外らしい。
「さらに、火力発電所で去年にもあったようなトラブルが起きた場合や、需要のピークが７月となった場合は、供給力が下がるため、電力不足の幅がそれぞれ２ポイント前後拡大するとしています。」（■"関電管内で最大２０％の電力不足も" NHK 2012年4月9日）（キャッシュ検索可）
もちろん産経も負けてはいない。節電限界だと言いたいらしい。
■枝野経産相「原発ゼロでも今夏の制限令回避可能」 根拠示せず「我慢の夏」心配（産経新聞 2012年1月28日）（検索可）
■夏の電力不足最大１３％超 国内全原発「ゼロ」も秒読み（産経ニュース 2012年3月25日）（検索可）
■細野豪志原発相インタビュー「原発の再稼働は必要」 初めて明言（産経ニュース 2012年3月4日）（検索可）
ところが、関電の予測は次のような水準らしい。せっかく「厳しい予想」をしても、予想が大きく外れた理由がわからないのなら予想などしてもムダだ。
■関電でんき予報「厳しい」に 実際の使用率は９１％（asahi.com 2012年2月3日）（検索可）
＞関西電力は３日朝に更新した「でんき予報」で、管内で３日、供給力に対する電力の使用率が９６％（午前９〜１０時）に達し、今冬で初めて「厳しい」（使用率が９５％以上９７％以下）需給状況になると予測した。九州電力への緊急融通を理由にしたが、実際は需要が見通しを大幅に下回り、使用率は９１％の「やや厳しい」（９０％以上９５％未満）にとどまった。
関電は当初の「厳しい」予想について、火力発電所が故障した九州電力に対し３日午前６時から、５０万キロワットの電力融通をするためと説明。そのため一時、関電管内への供給力が減った。九電によると、新大分火力発電所（大分市、２２９万５千キロワット）が３日午前４時ごろ、凍結による設備の故障で全面停止。関電を含む他電力６社から計２４０万キロワットの供給を受けた。
ただ、実際の関電管内の需要は想定を１２４万キロワット下回る２４１６万キロワットで、使用率も９１％にとどまった。関電は、予想が大きく外れた理由を、「気温が上がり、節電への協力も増えたとみられるが、理由は分からない」と説明している。３日朝の段階では午後６〜７時も使用率９５％と予想したが、九電への融通が正午で終わったため、９２％に修正した。（同記事全文）
一方、いまだに検証記事は少ない。根拠のない数値でも大手メディアが一斉に報道すれば、それなりに説得力が生じる。漠然とした批判では弱いのも確かだ。
■【社説】原発の再稼働 安全の根拠はどこに（東京新聞 2012年3月22日）（検索可）
■「電力不足」は政府の脅し 口実にした再稼働許されぬ（2012年4月14日 赤旗）（検索可）
東京新聞は積極的に批判を展開しているが、出された数値に対してはやはり「疑念」どまりだ。
■根拠薄い「電力２割不足」（2012年4月11日 東京新聞）（内容は検索可）
《疑念》
＞ただ、額面通りには受け取れない。関電は昨年十一月、この冬は最大で9.5％の電力不足が生じると試算して、節電を呼びかけた。だが、実際には、電力供給が「厳しい」とされる供給力に対する使用率95%以上の日はゼロ。管内の電力需給は安定していた。
（一段落省略）
関電の広報担当者は「節電意識の高まりのおかげ」と話すが、事前の供給力を、必要以上に低く見積もっていたとの疑念もある。今夏、揚水発電は原発停止の影響で余剰電力が減り昨夏の四百六十五万キロワットが半分程度になる。ただ、全体の供給力を能力いっぱいで積算しているのかどうか、前例があるだけに判然としない。（同記事より）
■余剰電力隠し 枝野経産相は関電の腹話術人形（日刊ゲンダイ2012年4月18日）（検索可）
という記事が載っていたが、このように書いてくれると具体的でわかりやすい。
（前略）
＞その不足分も、大飯原発の２基（出力計２３６万キロワット）を再開しなくとも、工夫しだいで十分にまかなえる。
「昨年の最大使用量は８月９日午後２時の２７８４万キロワット、供給力との差し引きは１５３万キロワットです。この程度なら、ほかの電力会社から、余った電力を融通してもらえば解決できる。関電は北陸以西の４電力会社と同じ周波数（６０ヘルツ）で、計２９００万キロワット以上の送電可能な連系線でつながっている。すでに中部電力の水野明久社長は『昨年の実績に対し、１２％ほどの供給予備力（電力の余裕）ができる』と公言。３００万キロワット以上の余裕が生まれます。加えて中国電力も昨年実績で２４３万キロワットの余裕が生じる計算です」（前出のジャーナリスト）（同記事より 以下省略）
ところで、問題なのは原発再稼働の責任だ。
■新安全基準を決定 関電に指示（NHK 2012年4月6日）（内容は検索可）によると、
「関係閣僚で協議し、野田政権として、原発の運転再開の前提となる新たな安全基準を正式に決定しました。」
という。
そして、
＞「枝野大臣は、この安全基準を満たした原発が重大事故を起こした場合、誰が責任を負うかという質問に対し、『政治的責任は、関係閣僚会議に出席したこの４人が負う』と答えました。」（同ニュース）（内容は検索可）
�狎�治的責任を負う�瓩箸蓮�具体的にどうすることなのか。政策上の誤りならいざしらず、ことは生命財産に関わる問題だ。たんに辞任するだけでは済まされない。政治的生命などは鴻毛よりも軽い。「五年の間に首相が六〜七人、防衛大臣が九〜一〇人も替わるような国」（以下の記事参照）なのである。
■米国で沖蝿の構造的差別訴え 稲嶺名護市長が訪米報告（浦島悦子記者）（週刊金曜日2012年3月9日号）（週刊金曜日ニュース 2012年3月23日「米国で沖縄の構造的差別訴え――稲嶺名護市長が訪米報告」で検索可）
＞普天間飛行場の辺野古移設実現に固執する日本政府に対し、一貫して拒否の姿勢を貫いている名護市の稲嶺進市長は二月二七日、名護市主催の訪米報告会の場で、あらためて「辺野古基地建設反対」を訴えた。
（三段省略）
会場の県内大学生から「日本と米国の認識の違いはどこからくるのか」という質問が出ると、稲嶺氏は「日本には軍事専門家がいないと言われた。五年の間に首相が六〜七人、防衛大臣が九〜一〇人も替わるような国とはまともに話ができない、ということだ。日本は米国に対して情報提供していない。私たちは米国に対しても本土に対しても、正確な情報を提供していくことが必要だ」と回答。（以下一段省略）
【その２】 死生観――死は暴力である
昔の大学入試問題で記憶に残っている短い文章がある。
■「ん」まであるく（谷川俊太郎著）（1985年10月発行）
＞一九五〇年代の封切りだったと思う、「井戸」という題名のアメリカ映画のことが記憶に残っている。一人の少女があやまって井戸に落ちる、それをどうにかして救い出そうとして、たくさんの人々が夜を徹して努力するというのが、主な筋だったと思うのだが、有名でも重要でもないひとりの人間の生命のために、それほどの労力と知恵と金が費やされるアメリカ社会のありかたに私は感動をおぼえたのだ。実話をもとにしたと思われるその記録映画ふうの手法も、当時としては新鮮だった。
（一段落省略）
新聞、放送などのいわゆるマス・メディアに、市井（しせい）の無名の一個人の生死が、ときにはスキャンダルとして、ときには美談ふうに大きく扱われるようになったのも、私の記憶では戦後になってからのことで、そこにはひとりひとりの人間の存在が集団、あるいは共同体に先行するという民主主義の基本原理にもとづいた人間観、社会観があり、そういう観念をもたないわれわれ日本人も、いつか建前としてはそういう考えかたを受けいれるようになっていったと言える。
個人の運命が国家という共同体の運命に帰属すると大多数の人間が考えていた戦時の反動として、われわれが個人の生命をかけがえのないものとしてとらえ直すことは必要だった。だが個の絶対化、神格化が極端になると、それは群棲動物である人間にとっては、必然的に偽善をもたらす。死は〈鴻毛より軽〉くないが、また人命は〈地球より重く〉もない。そのような美辞麗句ではとらえることのできぬところに、われわれの現実はあり、その矛盾をかかえこむ以外に生きかたも死にかたもみつからない。
サルトルが死んだとき、ボーヴォワールが言ったという〈死は暴力である〉という言葉に私は衝撃を受けた。愛する者を失った苦しみからの感情的な発言だとは思えない。それは人間存在をとりかえのきかぬ個としてとらえる西洋で、すでに神を信じなくなった人の論理がゆきつくところとしては当然であり、その烈しさに一種の畏敬の念を覚えるとともに、そのような死のとらえかたに大きな疑問をも感じた。
われわれ日本人の感性の底には、死は自然であるという観念がいまだに生きていると思う。死と切り離すことのできぬ老いを、枯れるというような言葉で理想化するところにも、死を散る花のたとえで語るところにも、人間を自然と対立するものとしてではなく、最終的には自然と同化するものとして感じているわれわれの態度は表れている。けれど現実には、われわれの社会の内部でも、死はそのような形をとれなくなってきている。
（以下６段落省略）
（注）
※サルトル（一九〇五年〜一九八〇年）フランスの哲学者・小説家・劇作家。第二次大戦後、実存主義を唱えた。
※ボーヴォワール（一九〇八年〜一九八六年） フランスの女流作家。サルトルの伴侶で実存主義者。
ここには様々な死生観が提示されている。アメリカ映画、ボーヴォワール、戦時の日本、日本古来の死生観。自分なども老荘思想に近いから死は自然であることを願う。だが、自然災害もそうだが、いったん人為が加われば、死は鴻毛よりも軽く扱われる。――〈死は暴力である〉。「安らかに……」、「眠るように……」とは隔絶している。とくに「個人の運命が国家という共同体の運命に帰属する」という表現は現在の状況を思わせる。
【その３】 社会的弱者にしわ寄せを与える強者の論理
強者の論理を展開する政府を東京新聞が批判している。
■大義変節の果て 今度は「弱者のため」（岩田仲弘記者）（東京新聞 2012年4月14日）
＞「電力の不足は病気の方、高齢者、中小企業など、社会的弱者に大きなしわ寄せを与える」
枝野幸男経済産業相は十三日の記者会見で、再稼働が必要な理由として、社会的弱者への悪影響を防ぐためだと説明した。（同記事）
というものだが、枝野氏は計画停電を引き合いに出して次のようにも言っている。
＞「早朝からの停電で人工呼吸器など生命維持に必要な機器が停止する可能性があった。電力不足が社会の弱者に深刻な事態をもたらすことを痛感した」（同記事）
だが、このままでは深刻な事態をもたらすと騒いでいるのは社会的強者＝財界の方だ。
再稼働派曰く、
「電力不足が日本経済の足かせになってはいけない」
「安定供給が目的」
「電気料金の値上げ抑制」
「原発の停止が続くことで燃料輸入が増えると貿易赤字に陥り、日本国債の信用も落ちて金利が上がる」（以上、同記事より）
ところで、社会的弱者への悪影響を防ぐというのならば、なぜ消費税なのか。消費税増税は強者の論理だ。大手メディアが触れようとしない問題点がある。
■消費税１０％なら大企業は６兆円のボロ儲け（日刊ゲンダイ2012年4月10日）（検索可）
《還付金制度の重大欠陥＜湖東京至氏（元静岡大教授）＞》
＞「消費税の最大の問題は、輸出企業への還付金制度です。外国人に日本の消費税を負担させるわけにはいかないという理屈で、国内の部品仕入れ段階などで発生した消費税を国が後で戻す仕組みのことです」（同記事）
という指摘がある。
■消費税のカラクリ（斉藤貴男著 2010年7月20日発行）
では、《輸出戻し税》の章に詳しく説明してある。
まず著者は《輸出戻し税》に関して森信茂樹・中央大学法科大学院教授の説明を引用する。
＞〈消費税は、輸出入取引について競争条件を同じくするという観点から、国境調整が行われます。具体的には、輸入貨物を課税対象とする一方で、輸出取引については免税とします。
（中略）
輸入取引については、税関において国内取引と同様の消費税負担を求めるとともに、輸出取引については、国内で発生した消費税負担は完全に除去されることになります（「輸出取引〜なります」に著者の傍点）。このような制度は、消費税を導入している世界各国が採用しており、国際的慣行となっています〉（森信『抜本的税制改革と消費税――経済成長を支える税制へ』大蔵財務協会、二〇〇七年。）（同書よりの引用）
実際の還付金額はどのくらいなのか。
＞「関東学院大学の元教授で税理士の湖東京至氏が、主な輸出企業の有価証券報告書を基礎資料に試算したところによると、この前年の二〇〇七年度に最も多額の還付金を得たのはトヨタ自動車で、約三千二百十九億円だった。以下、ソニー、本田技研工業、日産自動車、キヤノン、マツダ、松下電器産業（現、パナソニック）……などと続いていた（次ページ図表8参照＝省略）。
各地の税務署から主要十社に振り込まれた還付金の総額は約一兆千四百五十億円で、全体のやはり三〇％近くを占めていた。試算は各社単体での売上高から導かれているので、近年の子会社を活用したグループ戦略の流行に合わせて連結決算の業績をベースとすれば、この金額はいっそう跳ね上がる。（同書より）
《事実上の「輸出補助金」》だというのだ。
「前記の森信・中大法科大学院教授が形容した�犢餾歸�慣行�瓩箸泙巴埜世任�るかどうかはともかく、輸出戻し税の制度は中国やインドでも採用されており、輸出の振興に重大な役割を果たしてきた。」（同書）
と言う。
また、「消費税にまつわり兆の単位が動く制度の存在が、一般にはほとんど知られていない現実は不気味に過ぎる。」（同書より）とも指摘している。自分も税制に関する本はある程度目を通したが、この制度に触れている本は少ない。貴重だと思うので以下に引用しておく。
■日本税制の総点検（北野弘久・谷山治雄編著2008年10月発行）
《3 消費税は典型的な不公平税制》
《（2）巨大輸出企業に巨額の還付金、トヨタ一社に二八〇〇億円の還付金》
＞最も不公平なのが、輸出企業に対する消費税の還付制度です。輸出をした場合、外国の消費者から消費税をもらえないから、仕入先や下請に払った（ということになっている）消費税分を輸出企業に還付するというのです。前にも述べましたが、消費税は単純に売上高に五％をかけた額を納めるわけではありません。消費税の年間納税額は年間売上高に五％をかけた金額から年間仕入高に五％をかけた金額を差し引いて納めます。これを仕入税額控除方式といいます。
輸出戻し税はこの仕組みを悪用して、売上高に五％ではなくゼロ％をかけます。答えはゼロ円。ゼロ円から仕入に入っているとされる消費税分を引くのでその消費税分が常に還付されるわけです。還付される金額はトヨタなどの輸出企業が税務署に納めた税額ではありません。つまり、大企業が納めてもいない税金を横取りしているのです。実際に税務署に納めたのは仕入先や下請などの子会社です。日本の商慣習では親会社に価格決定権があります。子会社が消費税分をまけさせられることもしばしばです。それなのにトヨタなど親会社だけが還付を受けているのです。一方は常に納税、一方は常に還付。これ以上の不公平があるでしょうか。
（一段省略）
要するに、ヨーロッパで生れた付加価値税＝消費税は、巨大輸出企業を保護し優遇するためにつくられた税制なのです。輸出戻し税による還付は一種の輸出補助金といわれても仕方がありません。
最も新しい有価証券報告書をもとに二〇〇六年の各社の還付金を推算してみました（図表6−2参照＝省略）。この還付金は、トヨタなどが国内販売に対して本来納めなければならない消費税額を差し引いた還付金額です。消費税の還付金は全体で約三兆円、消費税全体の税収のおよそ二二％にのぼります。もし、輸出戻し税制度をなくせば、ただちに三兆数千億円の税収を上げることができるのです。（同書より）
ここでは、湖東京至氏試算の表と『日本税制の総点検』掲載の表を省略したが、10位までを構成する企業名は同じで、年間還付金の合計（10位まで）はともに1兆円を超えている。
なお、
■「09年分の消費税還付金 輸出大企業10社に8014億円＝税理士・湖東京至さんが推算」（全商連HP）（検索可）
には、2009年度の表（消費税還付金上位10社）が載っている。
【その４】 電気料金値上げ――東電と東京都
■東電の筆頭株主に東京都 ３月期末時点（産経ニュース 2012年4月11日）（検索可）
＞東京電力の筆頭株主に、平成２４年３月期末時点で東京都がなったことが１１日、分かった。都は１１年９月末時点で第３位株主だったが、同時点で筆頭株主だった第一生命保険と、第２位株主だった日本生命保険がその後に東電株を売却したもようだ。東京都は東電の電気料金引き上げに反発、猪瀬直樹副知事が６月に開かれる東電の株主総会に出席する意向を表明している。筆頭株主となったことで、東電への圧力を強めそうだ。
東京都は前身の東京市が持っていた資産を東電が引き継いだ関係で、昭和２６年の東電設立時から東電株を保有している。昨年９月末時点では発行済み株式の２・７％（４２６８万株）を保有していた。
一方、第一生命は同時点で３・４％（５５００万株）、日本生命は３・３％（５２８０万株）を保有していた。両社の売却株数は明らかではないが、前期末までに売却したとみられる。
（同記事）
■日生社長、東電株売却認める 協会長後任は明治安田社長（asahi.com 2012年4月20日）（検索可）
によると、
＞日本生命保険の筒井義信社長は２０日、同社が保有する東京電力株の一部を売却したことを明らかにした。同社は２０１１年９月末時点で東電株の３．３０％を持つ２位の大株主だった。「賠償や原発再稼働、電気料金値上げなど非常に不透明な状況で、株主配当をなかなか得られない」のが理由だという。（同記事）
という。
ここのところ実際に雑誌などに関連する記事が掲載されている。以下に列挙する。
■東京都、値上げに憤激！（猪瀬直樹東京都副知事）（週刊東洋経済2012年2月18日号）
《東京都、値上げに憤激！》
＞４月に迫る電力料金値上げ。産業界は甘受の構えだが、大口顧客にして大株主の都が動いた。
電力料金を上げる前に、説明を尽くせ――。1月26日、東京都は東京電力、原子力損害賠償支援機構、経済産業省宛てに、電力値上げに対する緊急要望書を提出した。明確な情報開示や中小企業に対する配慮など4つのポイントについて、誠意ある対応を迫った。
（中略）
《「見える化」で答えを迫る》
東電のなし崩し的な動きにどう待ったをかけるか――。都が打ち出したのは東電の「見える化」。有価証券報告書を基に、住所が記載された都内24子会社を抽出。賃貸と自社物件を"仕分け"し、近隣地域の平均単価から賃貸料を試算した。変電所のない自社ビルは売却可能と判断し、賃料の安いエリアへ移転。子会社を整理すれば、合計100億円が削減できるとはじいた（左下表参照＝省略 ※「東京都が試算した『100億円削減』の中身」）。
東電の社宅や福利厚生施設の管理、運営委託を受けた子会社（従業員1007人）が六本木駅から徒歩2分のビルに入居する必要はあるのか。群馬や栃木など4県にまたがる尾瀬の山林・土地の管理を行う子会社（同104名）の本社がなぜ東京にあるのか。子細に見れば疑問はいくつも浮かぶ。「これらは序の口。有価証券報告書には、社名がある40社以外は、『その他128社』と書いてあるだけ。緻密に攻めていかないと（東電から）答えは出てこない」。猪瀬氏は、東電の"実態"をあぶり出すべく、徹底的に説明を求める構えだ。（以下省略。同記事より）
■猪瀬都副知事バッサリ 東電会長人事も迷走の理由（日刊ゲンダイ2012年4月17日）（検索可）
では、
＞「モタモタしていると、東電は巨額の公的資金をもらいながら、適当なリストラでお茶を濁し、電気料金を値上げしてしまう。東電は今後１０年間で２兆６５００億円のコスト削減を決めているが、猪瀬副知事はもっと切り込めるという。」（同記事）
と載っている。
■「埋蔵金見つけ、人件費を削れ」（猪瀬直樹副知事）（サンデー毎日 2012年3月4日号）
（前略）
＞東電は「値上げの根拠を開示せよ」と何度言っても情報を出し渋った。だから、40社の子会社を独自に調べてみたら、都心の一等地にいっぱいあった。社員の福利厚生の会社が六本木のど真ん中にある。家賃は推定月800万円。なぜこんな贅沢ができるのか。
東電が公開している連結子会社のリストを見ると、一番下に小さく「他128社」と書かれていた。子会社は全部で168社あるのに、住所の開示は40社だけ。今この128社の追加調査とともに、役員の数や就任前の肩書、平均年収を明らかにするよう求めている。子会社には資産があり、だぶついた人員や東電からの天下り役員が配置されている。（同記事より。以下省略）
■東京電力は保有資産「19物件1400億円」を売却せよ（ジャーナリスト武冨薫と本誌取材班）（SAPIO 2012年3月14日号）
には、さらに詳しい調査結果が載っている。
《東京都調査の100億円だけじゃない！ 一等地ビルに加えなんと「ホテル」や「釣り堀」まで 電気料金値上げの前に、東京電力はこのグループ保有資産「19物件1400億円」を売却せよ》（同記事見出し）
というもので、『東電子会社一等地オフィス移転＆売却で100億円が削れる！』、『まだまだある東電グループ保有の超高額物件一覧！』という表が載っているし、物件の写真もある。
これを受けてかどうかわからないが、次の記事が出た。
■東電、８００カ所の不動産売却へ（産経ニュース 2012年4月9日）（検索可）
＞東京電力が保有不動産、施設約８００カ所の売却に向けて調整に入ったことが９日、分かった。４月以降、複数の大手信託銀行に平成２４〜２５年度の売却対象を示し、売却先選定を進めており、売却額は最大１千億円程度になる見通し。
売却対象は首都圏の社員寮や社宅、保養施設、遊休地など。売却を加速するため、信託銀行だけでなく、証券会社とも協議を始めている。
東電は２３年度からの３年間で２４７２億円の不動産売却を計画しているが、政府の原子力損害賠償支援機構は売却の前倒しを求めている。東電としても早期売却で手元資金を厚くし、福島第１原発事故の賠償原資を確保する狙いがある。
東電は福島原発の事故後、２３年１２月までに約１００カ所の不動産を１５３億円で売却している。（同記事全文）
【その５】 伝統的原発推進論
原発推進論も福島原発事故を受けてだいぶ様変わりした。【その１】でとり上げた電力不足と値上げが主流だ。当初は地球温暖化対策としての原発が主流だった。だが、『原子力と環境』で展開している論理をみると、妙なことにそれがそのまま原発批判に向かいそうだ。
■東電の核惨事（天笠啓祐著 2011年7月30日発行）
《終章》
＞一九八八年秋のことである。チェルノブイリ原発事故の余波もあり、各地で原発問題での論争が組まれた。その時、当時の林幸秀・科学技術庁原子力調査室長や、中村政雄・読売新聞論説委員などの原発推進論者の口から、相次いで「地球温暖化対策が重要だ」という言葉が、いきなり出てきたのである。その時の彼等の言い分は概略次のようなものだった。
「化石燃料の使用によって二酸化炭素が増加し、その温室効果によって異常気象が起きている。いまや地球環境問題は切迫した課題となり、エネルギー問題の最も重要な柱はこの環境問題にある。二酸化炭素の排出量が最も多いのは火力発電所であり、それを止めるのが一番だが、波力や風力、太陽光発電は現実には代替エネルギーにならない。そこでいまは原発を推進するしかない。将来は核融合が中心になると思われるが、それまでのつなぎに原発を推進することは子孫のために意義のあることである。
また、熱帯雨林の伐採が進んでいるが、世界の人口の半分がまだ薪を使っている。それを変えさせるためには彼等に化石燃料を使ってもらい、先進国は原子力を使うべきだ。」
地球環境問題で最も有効な対策が、原発だというのである。この論理は、国連気候変動枠組条約締約国会議で、繰り返し先進国政府が提案している。地球環境保護が原発推進では、その問題の中に放射能汚染を入れるわけにはいかない。その後、この論理が、政府や電力会社の原発推進の論理になり、教科書の副読本にも入れられた。（同書より）
■原子力と環境（中村政雄著2006年3月10日発行）
《第2章 石油文明の終わりと地球温暖化》
＞石油資源はだんだん物理的な枯渇に近づいてきて、近い将来、原油の生産は頭打ちになり、減っていく。資源の制約が予想以上に早く来そうだ。欧米諸国ではこう予測する「ピーク・オイル論」が真剣に議論されている。日本の石油はすべて輸入依存であるのに、日本にはそういう感覚があまりない。
ただ、化石燃料資源はほかにもある。米国、カナダ、中国東北部などにはオイルシェールやタールサンドと呼ばれるものがふんだんに眠っている。これは一〇パーセント内外の油分を含んだ固い土のようなもので、加熱すれば油を搾り出せる。カナダのアルバータ州では一部掘り出して使っているようだが、問題はしぼりカスの処分である。ベトベトした土砂をどこに捨てるか。広大な米国でも捨て場がないため、この資源の利用ができないでいる。この環境問題が片づかないかぎりエネルギー資源とは呼べない。（同書より）
《赤道近くで地球がエアコン活動》
＞地球上で蒸発した水は、すべて地球上へ降ってくる。しかし海の水のうち循環に参加しているのは、表面から一五〇メートルまでに過ぎない。大気汚染は雨によってほとんど洗い落とされ、海にたまる。それも水深一五〇メートルまでの表面に濃縮される。人為的に放出される汚染物質に対する海洋の希釈能力を、過大に評価してはいけない。（同書より）
《シュメール文明が滅びた理由》
＞チグリス・ユーフラテス川のほとりに生まれたシュメール文明が滅びたのは、灌漑による塩害だった。文明を生んだ灌漑という技術が、土の中に塩分を蓄積し、植物の育ち得ない土壌に変えてしまった。
当時の年間降雨量は二〇〇ミリ前後だったと推定されている。太陽がいっぱいの土地に水を引いたから、作物はいくらでも穫れた。穫れ過ぎて人手では運び切れないので荷車を発明した。人口が増えたので政府をつくり、帳簿をつけるため文字が発明された。
蒸発の激しい土地に水をまいたから、川の水に含まれている塩分が蓄積し、土が水を放すまいとする力が強まって、植物が水を上げられないようになり、小麦も大麦も枯れ、食べ物がなくなって、あの文明は滅びた。
繁栄の原因が滅亡のモトになったのである。今日の地球環境問題も、人類の繁栄の原動力となったエネルギーの多消費が生んだものである。
ゆっくりした変化も、いつかはサナギが蝶に変わるような劇的な変化を見せる。私たちの病状にもこのような変化がたくさんある。気づいたときは手遅れというケースが少なくない。
地球温暖化の防止には、化石燃料の燃焼からくるCO2を六〇パーセント以上減らす必要がある。尋常の方法では温暖化は止まらない。もっと危機意識を持つことが重要である。（同書より）
2012年03月17日
原発で危険なのは放射能だけではない
目次
【その１】 原発で危険なのは放射能だけではない
【その２】 放射能事故とはどういうものか
【その３】 放射能と自然界の変化
【その４】 捨てる思想（追記）―1980年までに問題となった海洋投棄
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※引用が長文に及ぶ場合には、引用初めに「＞」をつけ、見出しは《 》で示してあります。
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【その１】 原発で危険なのは放射能だけではない
テレビを見なくなりテレビ番組表も見なくなったから、テレビの事情はさっぱりわからない。たまに雑誌関連サイトに載った情報をインターネットで見るだけだが、最近、目にしたのが次の記事だ。
■放射能被害煽るNHK特番に放射線防護委がBPO提訴する準備も（週刊ポスト2012年3月9日号）（検索可）
＞「震災直後ならいざ知らず、誰もが激動の1年を心静かに噛みしめて過ごした昨年末、放射能被害の恐怖をいたずらに煽る許しがたい番組が放送された。
2011年12月28日のNHK『追跡！真相ファイル 低線量被ばく 揺らぐ国際基準』がそれである。」（同記事）
と始まっている。
スウェーデンで少数民族サーメ人の「がん死が34％増えた」という点について、ルイ・パストゥール医学研究センター・分子免疫研究所の藤田晢也・所長の説明が載っている。
＞「番組では事故後1〜4年の間、がん死が増えたというが、放射線被曝でがんを発症した場合、発見できる大きさになるまで平均25年かかる。強制移住や食料制限などでストレスが増加し、免疫力が低下したため、すでに進行していたがんが急速に悪化したと考えるほうが現実的です」（同記事）
日本のICRP委員である丹羽太貫・京大名誉教授のコメントもある。
＞「取材に答えた委員や元委員の発言を意図的に編集し、間違った字幕（翻訳）をつけて流したことを我々は問題視しています。NHK側には、訂正報道を求めて二度目の会合をもちますが、ご理解いただけないのならBPO（放送倫理・番組向上機構）に提訴するしか手だてはない」（同記事）
科学的根拠に基づく批判はおおいにやってほしい。だが、スウェーデンの場合は単なる推定にとどまる。「現実的」考え方だ。編集・字幕問題の場合は、原文と「正確な訳」を掲載すればすぐわかる。
つい最近、■「でたらめデータで安全宣言」（植田武智著）（週刊金曜日2011年11月18日）という記事を読んだばかりだ。これもNHK関連だが、次のように結んであった。
（前略）
＞つまり、「食材産地にこだわる消費者の行動が、過剰な風評被害を起こしている」という結論に持っていきたいというNHK側の番組制作の意図が感じられるのだ。結論ありきのデータ偽造と揶揄されても仕方がないのではないか。（同記事の末尾より）
この結末はどうなったか。
■「食卓丸ごと放射能調査」（10月17日放送）全面訂正で平謝り。計測デタラメ（J-cast 2011年11月24日）（検索可）
＞「先月17日に放送した『放射線大丈夫？ 日本列島・食卓丸ごと調査』で、その結果の数値に誤りがある事がわかりました」
オープニングテーマ曲のない静かなスタジオで有働由美子キャスターが、神妙な面持ちでこうコメントを読み上げた。10月17日（2011年）の「あさイチ」で、日本各地の7家族から実際に食べた食事をサンプルとして提供してもらい、そこに含まれる放射性物質の数値を大学の研究所で分析した結果を放送した。ところが、測定内容も表記の仕方も大間違いだったというのである。（以下省略）
話を元に戻すが、インターネット上には『追跡！真相ファイル 低線量被ばく 揺らぐ国際基準』に対する「抗議文」も載っている。該当するのは次の部分か。
■NHK総合テレビ追跡！ 真相ファイル番組（2011年12月28日放映）
「低線量被ばく揺らぐ国際基準」への抗議と要望について（検索可）
（前略）
《1. ICRPの基準関連について》
《(1) 論旨の意図的なすり替え》
＞報道では、オタワのICRP事務局でChris Clement氏が「低線量のリスクを半分にしていることが妥当なのか議論している」と日本語音声に翻訳していますが、録画を見直したら同氏は該当部分を「DDREF」（線量・線量率効果係数）とハッキリ言っています。線量（時間積算値）が同じでも線量率（単位時間当たりの線量）が違うと「放射線の生物影響」が異なる、即ち「高線量率・短時間」と「低線量率・長時間」の照射で効果が異なり線量・線量率効果係数（DDREF）が導入されています。原爆のような1度の大量被ばくでの評価結果を「低線量率・長時間」に適用するためにDDREF値により補正を行うのは常識になっています。彼が述べているのは線量・線量率効果係数（DDREF）についての不確実性であり、NHK報道ではそれをリスクを低く見ているかのごとく意図的に意味が全く異なったものにすり替えてしまっています。（同「抗議文」）
毎日新聞、根本太一記者の記事もある。
■特集ワイド：ＮＨＫ対「原発推進」団体 浮上した「低線量被ばく」問題（毎日JP 2012年2月16日）（キャッシュ検索可）
ＮＨＫに送られた抗議文の送り主は「エネルギー戦略研究会」、「日本原子力学会シニア・ネットワーク連絡会」、「エネルギー問題に発言する会」の三団体、原発推進の民間組織で「政・財・官・学のいわゆる『原子力ムラ』のＯＢ」（同記事）だと書いてある。
＜"風評加害者"的報道＞については、
＞「抗議文では▽インタビュー場面に意図的な誤訳がある▽疫学的調査では、原子力施設と疾病との関係は認められていない−−などと指摘。＜数々の論旨のすり替え＞や＜不都合な情報の隠蔽（いんぺい）＞もあるとしている。」（同記事）
その効果は、
＞「細かな点を突っ込み、報道する側に『面倒くさい』と思わせ萎縮させるような空気を醸し出す。しかし自らは原発事故の総括もない。懲りていませんね」（同記事）
これは自民党衆院議員の河野太郎氏のコメントか。
そして、服部孝章氏（立教大教授−メディア法）の「この問題を単に原子力ムラとＮＨＫとの争いとして終わらせてはいけない。抗議の事実をＮＨＫも他のテレビ局も報じ、公の場で議論すべきです」（同記事）というコメントが載っている。テレビを見られない立場なので、これは是非やってほしい。
さらに関連記事を追加しておく。
■「日本の原発、どこで間違えたのか」（内橋克人著 2011年4月30日発行 復刻版）
《序 つくられた「原発安全神話」――なぜ、いま『原発への警鐘』を復刻するのか》
《マスコミへの「抗議」書》
＞（以下、「教育現場の『原発教育』」「『安全神話づくり』に馳せ参じた学者・文化人たち」は雑誌「世界」二〇一一年五月号での論考の一部を再録した）
ここに電気事業連合会、略して電事連の行ってきた「報道統制」を思わせるおびただしい資料がある。まず、さまざまな報道機関、メディアに送りつづけた抗議書（「関連報道に関する当会の見解」との共通見出し）から一覧する。一例のみ挙げる。
たとえば「週刊朝日」の「知ってますか？ 試運転中 六ヶ所村再処理工場の切なさ」（二〇〇六年六月三十日号）と題されたわずか四ページの記事に対して計七項目に及ぶ詳細な「抗議」書が届いている。次の通りだ。
「題記記事中には、下記のとおり不的確な記述や事実誤認の記述などが見られます。
つきましては、正確な情報に基づき、正しいご理解を賜りたいと存じます」
この一見、丁重にみえる記述につづいて、次段からは「記」と題した詳細な指摘がえんえんと続く（以下、原文のまま）。
（同書より引用 以下省略）
原文（詳細な指摘の部分）は省略するが、その効果を次のように述べている。（今回のNHK番組に対する抗議では名前を明らかにした点が進化している。）
＞いずれも同じ形式をとって反論の記述がなされる。抗議文を書いた人物の名はすべて伏せられ、組織の中に身を隠したままの匿名で通す。だが、その背後に控えるものの正体は明らかだ。
「週刊朝日」だけではない。週刊誌では「サンデー毎日」「エコノミスト」……およそありとあらゆるマスコミが対象となっている。朝日新聞、共同通信、時事通信、毎日新聞、東京新聞、東奥日報、佐賀新聞、西日本新聞、各紙社説。さらにNHK教育TV、TBS、日本TV……。
記事に対する「反論」を「事実関係」と自称する。当方の主張が「事実」であり、そちらはデマか誤認だと断じる。あらゆるメディアへの巨大スポンサーとして君臨するものの発する「抗議」の「ブラフ（脅し）効果」は計り知れないものがあるだろう。（同記事 以下省略）
【その２】 放射能事故とはどういうものか
放射能事故というと「被曝→ガン」としか思い浮かばない。去年３月１１日の地震のあとも奇妙な静寂の中で考えたのは放射能汚染のことだった。自動車事故より放射能で死んだ人の数は少ないという話を何度も聞いているせいか、気がつかないうちに一つのイメージができてしまったようだ。理屈では、原因となる事象との接触度合いがちがうのだから比較しても無意味だとは思う。だが問題は理屈よりもイメージだ。以下の本で臨界という放射能事故の実態を知った。
■朽ちていった命−被爆治療83日間の記録（NHK「東海村臨界事故」取材班2006年10月1日発行）
《邂逅――被曝2日目》
（前略）
＞今回の事故では最初に臨界に達した際の瞬間的なピークの後も臨界が継続していた。まったくコントロールがきかないうえ、放射線を閉じこめる防護措置もない「裸の原子炉」が突如、村の中に出現したのだった。この事態に、東海村は事故現場から三五〇メートルの範囲の住民に避難を要請、茨城県も半径一〇キロメートル圏内の住民約三一万人に屋内退避を勧告した。現場ではJCOの社員による決死隊が組織され、国の現地対策本部の指揮下で、臨界を収束させる作戦が展開された。その結果、この日午前六時一五分、一九時間四〇分にわたって中性子線を出しつづけた「裸の原子炉」は、ようやく消滅した。（同書より）
《造血幹細胞移植−被曝7日目》
＞一〇月五日、被曝から六日目。無菌治療部の平井久丸のもとに、転院の翌日に採取した大内の骨髄細胞の顕微鏡写真が届けられた。
そのなかの一枚を見た平井は目を疑った。
写真には顕微鏡で拡大した骨髄細胞の染色体が写っているはずだった。しかし、写っていたのは、ばらばらに散らばった黒い物質だった。平井の見慣れた人間の染色体とはまったく様子が違っていた。（同書より）
染色体にはすべての遺伝情報が集められているが、それが断ち切られたり別の染色体とくっついたりして破壊されていたという。「今後新しい細胞が作られないことを意味していた。」（同書）というのだ。
なお、この事故を詳しく説明しているサイトもある。
【その３】 放射能と自然界の変化
これはチェルノブイリのその後を見ればわかる。以下の二つの報告があるが、微妙に異なっている。一番目の報告『チェルノブイリと福島』では写真を省略したが、見れば普通でないのが一目でわかる。二番目の報告『放射能と健康被害 20のエビデンス』に載っている、植物と動物の免疫力が失われることは『朽ちていった命』で書かれていることと同じなのか。実際はどうなっているのか、調査が必要だろう。
■チェルノブイリと福島（河田昌東著 2011年12月10日発行）の《これから自然界で起こること》には、曲がった松葉や三本の松葉の写真が載っている。
「これは盛んに分裂している細胞、遺伝子に傷が付くと影響が出やすいということを反映しています。」（同書より）
とある。また、カメムシの写真も載っている。自然全体としては、次のようになっているという。
＞最近になって、三〇キロメートル圏内の立ち入り禁止区域での調査結果がさかんに発表されています。それを読むと生物の生態系が破壊されているのが明瞭です。
一時期、人間が強制退避させられた直後には様々な生物がたくさん羽を伸ばし、動物たちの楽園だと言われたことがあります。たしかにそう見える時期もありました。
しかし時を経て、放射能汚染の高い地域では、小鳥や昆虫、さまざまな生物の生息数がはっきりと減少していることが分かっています。（同書より）
■放射能と健康被害 20のエビデンス（岡田正彦著 2011年11月30日発行）
《第三章 チェルノブイリの真実》
《人間がいなくなって》
チェルノブイリの半径三〇キロメートル以内は、今も立ち入り禁止となっている。
周辺には農耕地や松林などが広がっていたが、針葉樹がとくに放射線被曝に弱く、ほとんど枯れてしまった。赤い森の外側でも、事態はあまり変わらなかった。
一方、落葉樹や丈の低い灌木（かんぼく）などは、比較的放射線被曝に強いが、影響がなかったわけではない。奇妙な形に肥大化したり、枯れてしまったりしたものも少なくなかった。結果的に種類が極端に減り、多様性が失われてしまったのである。
図らずも、地面に届く日光の量が増え、土の上に生息する昆虫や植物にとっては思わぬプレゼントとなった。しかし落ち葉の量が大幅に減ってしまい、生きていけなくなった生物もあった。森の環境は、とにかく劇的に変化していったのである。
辺り一帯の環境が受けた放射能の被害は、尋常ならざるものがあった。ネズミなどの小動物、あるいはシカ、オオカミ、キツネなど体の大きな動物も、被曝の影響で死に絶えてしまった。
しかし、三〇キロメートル圏内に起こった最大の変化は、植物が枯れたことでもなく、動物が死に絶えたことでもなかった。森を伐採し、農耕し、狩りをして、釣りをする人間がいなくなったことだったのである。
そのために起こった出来事は、意外なものだった。
もともと農耕地が多かったことから、じゃがいもや穀物が自然に生育を始めた。それが生き残ったネズミなど小動物の餌となり、小動物が肉食動物の餌となっていった。小動物は繁殖力が強いため、たとえ放射能の影響を受けて何らかの異常が生じたとしても、どんどん生まれ変わるうち、環境になじんでいく。
そこへ放射線被曝の害が少なかった遠方の地域から、さまざまな動物が入り込んできた。人間がいなくなったことで、そこは、動物たちにとって楽園となった。危険地帯でたくましく生き残った動物と、外来の動物たちがいっしょになり、大繁殖を始めたのである。
共通していたのは、植物も動物も免疫力が障害（ママ）されてしまったことだ。免疫力は、侵入してくる微生物から身を守るための大切な機能で、これが失われるとウイルス、細菌、カビなどが体内で繁殖を始めてしまう。実際、この地帯では、植物、動物を問わず感染症が蔓延してしまった。
それら微生物のDNAは、放射能の影響を受けて、未知の毒性を獲得した可能性もある。さらにウイルスや細菌は、互いのDNAを交換し合うという困った性質も持っている。危険な病原性遺伝子が、チェルノブイリの周辺に、そして地球規模で広がらないとも限らない。
生物多様性の喪失が、そして未知の微生物の蔓延が今後どうなっていくのか？
その答えは、まだ誰にもわからない。（同書より）
■「それでも日本は原発を止められない」（2011年10月11日発行）の中で京都大学原子炉実験所教授の山名元（やまな・はじむ）氏が次のように書いている。だがストレスだけで上述のようなことが起こりうるのか。松やカメムシも放射能に対するストレスがおおきすぎるようだ。
＞「たしかに、放射線によって生体の細胞単位が損傷を受け、修復されずにがん的な増殖に至ることは起こりますが、このようなストレス（負荷）は放射線だけでなく、あらゆる原因によっても起こります。太陽の紫外線を浴びること、体内に存在する活性酸素の影響、食物を介して取り込まれる種々の化学物質、肥満や運動不足、精神的ストレス等々、といった具合です。確率的にがんを引き起こす要因になるという意味では、放射線もその一つのストレス要因に過ぎないのです。」（同書より）
【その４】 捨てる思想（追記）―1980年までに問題となった海洋投棄
1980年頃の「捨てる思想」については、
■海と魚と原子力発電所−漁民の海・科学者の海（水口憲哉著 1989年3月25日発行）
に詳しく説明してある。核利用国はなぜ海に捨てたのか。
なお、水口憲哉氏はこの著書で「温排水」ではなく「温廃水」という言葉を用いている。
「（註5） 二、三年前までは、筆者も原発から出される昇温した冷却水を温排水と書いていた。しかし、その実態がわかった現在は、温廃水をより適切な表現として用いている。」（同書註）
《なぜ海に捨てるのか》
＞それでは、それらのドラム缶をわざわざ船で運んでまでなぜ海に捨てるのか。
理由は簡単である。一番安上がりで、後腐れのない処分方法だと電力会社が考えているからである。後述する館山沖へのヤミ投棄が国会で問題になったのは一九七一年三月であるがその数カ月後の新聞記事で、雨ざらしで野積みされた放射性廃棄物入りのドラム缶の扱いが写真入りで批判されている。この批判は当然であるが、そんなこともあって、これらのドラム缶は原発敷地内に格納倉庫をつくって保管されるようになった。原発を運転し続ける限り、倉庫の数をふやし、管理し続けなければならない。さらに半減期の長い核種については、原発が廃炉になっても保管し続けなければならない。これでは手間と費用がかかりすぎてたまらない。海に捨ててしまえばあとは面倒を見なくてよいと電力会社は考えた。安上がりな処分方法である。これが海洋投棄に貫徹している考え方であり、その実体を見きわめる際の量も重要な視点である。（同書より）
※参考資料
■１９７２年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約の１９９６年の議定書の概要（検索可）
具体的には、次の三例を挙げてある。
《暴かれた相模湾・駿河湾投棄の事実》
＞知識より事実を通して相手の正体がよく見えてくるということを思い知らされたのが、昨年の九月末から十月初めにかけて明らかになった三つの事件である。
(1) 九月三十日付の『読売新聞』は、一面トップで、二五年前から一五年間にわたって行なわれた千葉県館山沖の海洋投棄と称せられるものが、実は相模湾や駿河湾も投棄場所になっていたと報じた。これは、筆者ら原子力資料情報室会員の調査でズサンな内容が明らかになり、公表、追及されそうになったので、科技庁があわてて自ら『読売』にだけ情報を流したのである。その後、吉田正雄参議院議員の文書質問などにより科技庁原子力安全局は表1（注：日本放射能同位元素協会による海洋処分実施状況）および図2（注：日本放射性同位元素協会の投棄海域）に示すような内容を公表した。この経過から少なくとも二つのことを私たちは知り得た。一つは、科技庁は、だましおおせる限りはということで、相模湾等への投棄をひた隠しにしていたことである。事実、九月初めの吉田議員らの資料請求に際しては、館山沖一点張りで押し通していたのである。二つ目は、表1の三回目と四回目の投棄はアルミケースを用いており、一、二回目の放射能量もこの表の値と異なっているという二三年前の原資料を筆者らが入手していることから言えることであるが、科技庁自身が自分の監督した二十数年前の海洋投棄の実情を把握し切っていないということである。
(2) 十月三日の共同通信が、一〇年前より韓国が鬱陵島近海に放射性廃棄物を投棄していると報じた。これは韓国の原子力関係者がすぐさま否定したが、三週間後に、一九六八年から五年間にわたって一一五本のドラム缶を捨てたことを韓国政府が認めた。しかし、なお、不明の点があるので科技庁は現在も照会中である。
(3) 十月五日の各新聞が報じたように、カルフォルニア大学のジャクソン・デイビス氏らが情報の自由公開法によって入手した政府機関の資料によれば、アメリカが一九四五年から二〇年間にわたって投棄した放射性廃棄物入りのドラム缶が大変なことになっているようである。ドラム缶の破損は年とともに進行し、周辺の海底土、ナマコ、カニそして魚類の放射能汚染は以前にも増して大きな値になっている。太平洋岸ファラロン島周辺へ投棄したものについては、魚屋の店頭の魚の放射能汚染も心配され、地元カリフォルニア州当局が調査に乗り出す事態となっている。（同書より）
当時の新聞記事がある。まずは『読売新聞』、少したって『毎日新聞』が報道した。読売新聞の記事にある石油カンとは、すぐにさびてしまうあのペコペコのやつか。『毎日新聞』掲載のEPA調査資料は、今なら表形式になっているだろう。
■放射性廃棄物やはり海底汚染 相模、駿河湾投棄も明るみに 高濃度平常の32倍 コバルト60／セシウム137 魚介へ影響心配（読売新聞 1980年9月30日）
＞原子力発電所から出る低レベル放射性廃棄物の海洋投棄をめぐって、国の内外でその安全性が問題にされている折、日本アイソトープ協会（茅誠司会長）の前身である日本放射性同位元素協会が、科学技術庁の指導のもとにさる三十年と三十二年、相模湾と駿河湾にコバルト60などの入った放射性廃棄物を投棄していたことが、二十九日明るみに出た。相模湾への投棄は、石油かんにコンクリートで固化した廃棄物を入れたもの。その後、水産庁東海区水産研究所が行った五十三年度の放射能バックグラウンド調査の結果、相模湾の二か所の海底の土から、他の海底土の最高三十二倍近いコバルト60とセシウム137が検出された。この高濃度の海底土汚染は、投棄された石油かんから内容物か漏れ出したものとみられ、湾内魚介類への汚染が懸念される。同協会の海洋投棄について、科学技術庁は、これまで一貫して「三十年から四十四年まで、千葉県館山沖に試験投棄したが、放射能漏れはない」と説明、相模湾、駿河湾での投棄の事実をひた隠しにしてきただけに、今後、地元を中心に問題化するのは必至とみられる。
《石油カン漏れ？ 相模湾で検出》
日本放射性同位元素協会による放射性廃棄物の投棄は、さる三十年から四十四年まで十五年間にわたって行われた。科学技術庁や日本アイソトープ協会では、これまで国会などで「海洋投棄したのは、ラジオ・アイソトープを販売するため小分けする際出来た切断クズや使用器材で、ドラムかんに入れてコンクリートを流し込んだもの」と説明。また、捨てたドラムかんの数は約千六百本（放射線量、四〇六・八キュリー）で、すべて館山沖四十キロ、深さ二千六百メートルの海底に投棄した、としてきた。
ところが、二十九日になって科技庁が明らかにしたところによると三十年七月十五日の第一回投棄は、相模湾で行われ、しかも、ドラムかんではなく、石油かんが使われていた。投棄された個数は二十七本。第二回投棄は三十二年九月二十八日、駿河湾で行われ、この時からはすべてドラムかんが使われた。
（中略――水産庁東海区水産研究所の調査とその結果＝５段落分 ※表形式にしていない）
相模湾のこの高濃度コバルト60に驚き、同研究所が科学技術庁に問い合わせた結果、初めて三十年の放射性廃棄物投棄が明らかになった。この調査では駿河湾の海底土は採取せず、また湾内の魚介類の放射能調査もしておらず、同研究所では「投棄した放射性廃棄物が、どの程度海底で漏れているかなど、詳しいことはまだ分かっていない」といっている。
しかし「石油かんを使ったのでは、海底で破損または腐食して、ほとんどの内容物が流れ出しているのではないか」と懸念する関係者もいる。
昭和三十年の相模湾投棄に立ち会った関係者は「当時は、アメリカをはじめ、世界的にシーダンピング（海洋投棄）が行われていた。日本放射性同位元素協会の投棄は、比重が一・二、海底に着くまでこわれないなどの基準に従ってやった。相模湾、駿河湾を最初と二回目に選んだのは、投棄に適する深いところが近くではここしかなかったからだ。放射能漏れが起きた場合に備えて、かんの中には塩化コバルトを入れ、追跡調査できるようにしていた。今回の調査の状況からみて、投棄物が漏れたと思うが、当時としては、科学技術庁担当者も立ち会って良心的にやったつもりだ」と話している。
《因果関係は慎重に》
後藤宏科学技術庁・原子力安全局次長の話「相模湾での投棄量はごく少量で、放射能も全体で一キュリー程度と聞いている。二十年以上もたてば、大幅に減衰するのだから、海底土検査でコバルト60が出たからといって、即座に投棄されたものと結びつけるのは危険だ。海底の放射能は、核実験などでも増えることがあり、因果関係については、慎重に検討すべきだ」
《米でも問題化、公聴会へ》
【サンフランシスコ二十八日＝時事】
米カリフォルニア州サンフランシスコ沖合の海底に投棄されている放射性廃棄物のドラムかんが破損して放射能が漏れているとの科学者の研究報告が出され、その安全性をめぐって政府側が反論するなど、論争をエスカレートさせている。十月七日には科学者、政府関係者、地元代表が参加した公聴会がサンフランシスコで開かれる予定で、米西海岸住民も論争の行方を注意深く見守っている。
この放射性廃棄物は一九四六年から六七年の間に、コンクリートで固めた容積五十五ガロンのかん四万七千個に詰められて、約千六百メートルの海底に投棄されたものだが、一部はすでに破損しているという。米環境保護局（EPA）は七七年の調査でドラムかんの部分的破損と若干の放射能漏れを認めたが、生物上の安全性には問題がないとの見解をとっていた。（読売新聞記事より）
■米国投棄の放射性廃棄物 予想以上の海底汚染 米政府資料（毎日新聞 1980年10月5日）
＞【ニューヨーク四日共同】米国が一九四六年から七二年までの間に行った米本土の太平洋、大西洋両岸への放射性廃棄物の投棄は予想以上の深刻な汚染をもたらし、海底の汚泥から最高で平常の二十六万倍、魚類からは最高八千五百倍もの放射能が検出され、しかもその汚染は年を経るにしたがって悪化し、魚を食べる住民の健康に対する危険性さえ出てきていることがわかった。これはサンフランシスコ市議会の要請で提出された米連邦政府の環境保護局（EPA）の十五件の資料をカリフォルニア大サンタクルス分校のジャクソン・デービス教授（環境・生物学）がまとめた報告の中で明らかにされたもので、共同通信は同教授からこの報告文書を入手した。
《魚にも高放射能 投棄地点は50カ所上回る》
デービス教授らが得た資料は、七四年と七七年にEPAが行ったサンフランシスコ沖のファラロン島近くの水深九百メートルと千七百メートルの二地点、および大西洋岸のニュージャージー、デラウェア両州沖の同二千八百メートルの三カ所での汚泥、生物調査の結果をまとめたもの。
米エネルギー省など米政府当局は当初、放射性廃棄物の海洋投棄地点はわずか二カ所と言っていたが、その後情報の自由公開法によって調べたところ、太平洋岸ではファラロン島のほか、ロサンゼルス沖やハワイのオアフ島沖、大西洋岸ではニューヨーク沖、マサチューセッツ湾など計五十カ所を上回ることがわかった。
また投棄したドラムかんの数も、デービス教授や日系のミチオ・カク・ニューヨーク市立大助教授（核物理学）、カリフォルニア州住民グループの調査によると、五十五ガロン入りのドラムかん八万五千本に上っている。
EPAの調査資料によると、ファラロン島近くの汚泥は、七四年調査では、プルトニウム239と同240は乾燥重量で一キロ当たり最低四六ピコキュリーから最高五三二ピコキュリー。普通の海底もいままでの核実験の放射性降下物で汚染されているが、それに比べて最低二・五倍から最高百六倍、セシウム137は四五〜七七ピコキュリーで〇・二倍から三八・五倍だった。ところが七七年調査ではプルトニウムが一四八・七〜一一〇三・九ピコキュリーで八倍から二千二百八倍に増えていた。セシウムは二七・〇〜四〇・六ピコキュリーで〇・四倍から二〇・三倍だった。
また、ニュージャージー・デラウェア沖の七四年調査では、セシウムは一〇〇〜四八〇〇ピコキュリーで三・三倍から四百倍だったのに、七七年は一二〇〇〇〜一〇四万ピコキュリーと百七十一倍から実に二十六万倍となっており、ドラムかんの破損と腐敗などが進んで廃棄物がますます漏れ出て汚染が相当深刻になっていることがわかった。
またファラロン島沖で行われた七七年の生物採取調査では（七四年は不十分な調査しか行われていない）、ソコダラやカレイなど十二種類の魚の肝臓のプルトニウム分析では、最低がギンダラの一・二五ピコキュリー（平常値の九倍）、最高はソコダラの三五・五ピコキュリー（同五千七十一倍）、平均では百八十二倍の放射能が検出された。食用の魚の身からは、最低でギンダラの〇・八ピコキュリー（同十倍）、最高はソコダラの八・五ピコキュリー。これは平常値の実に八千五百倍に当たり、平均でも五十九倍もの放射能が検出された。
このほか、海綿やナマコ、イカ、カニなどからもプルトニウムのほかセシウム、ストロンチウム90が検出され、ナマコは平常値の五十七〜二百二十七倍、海綿は同二十〜八十倍だった。
EPAが撮影した海底の写真からは、穴の直径が一・二メートルもある突然変異によるとみられる海綿がドラムかんの近くにいることがわかった。しかしEPAは新種であると突然変異を否定している。
これらの汚染の実態について、EPAはこれまでひた隠しにしてきたが、情報の自由公開法によってことし七月以降住民グループや学者の手で汚染の実態が明らかにされてきた。
デービス教授らはその責任を強く追及するとともに、さらに調査の徹底や付近住民の健康に影響がないかどうかの疫学調査実施、日本を含む各国の核廃棄物の海洋投棄の完全中止を求めている。（毎日新聞記事全文）
※参考資料
■「一度だけ日本海に試験投棄」放射性廃棄物 継続的事実は否定 韓国当局者（毎日新聞 1980年10月4日）
■第０９３回国会 科学技術委員会 第２号（昭和五十五年十月二十一日）赤羽政府委員の発言（検索可）
【その１】 原発で危険なのは放射能だけではない
【その２】 放射能事故とはどういうものか
【その３】 放射能と自然界の変化
【その４】 捨てる思想（追記）―1980年までに問題となった海洋投棄
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※引用が長文に及ぶ場合には、引用初めに「＞」をつけ、見出しは《 》で示してあります。
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【その１】 原発で危険なのは放射能だけではない
テレビを見なくなりテレビ番組表も見なくなったから、テレビの事情はさっぱりわからない。たまに雑誌関連サイトに載った情報をインターネットで見るだけだが、最近、目にしたのが次の記事だ。
■放射能被害煽るNHK特番に放射線防護委がBPO提訴する準備も（週刊ポスト2012年3月9日号）（検索可）
＞「震災直後ならいざ知らず、誰もが激動の1年を心静かに噛みしめて過ごした昨年末、放射能被害の恐怖をいたずらに煽る許しがたい番組が放送された。
2011年12月28日のNHK『追跡！真相ファイル 低線量被ばく 揺らぐ国際基準』がそれである。」（同記事）
と始まっている。
スウェーデンで少数民族サーメ人の「がん死が34％増えた」という点について、ルイ・パストゥール医学研究センター・分子免疫研究所の藤田晢也・所長の説明が載っている。
＞「番組では事故後1〜4年の間、がん死が増えたというが、放射線被曝でがんを発症した場合、発見できる大きさになるまで平均25年かかる。強制移住や食料制限などでストレスが増加し、免疫力が低下したため、すでに進行していたがんが急速に悪化したと考えるほうが現実的です」（同記事）
日本のICRP委員である丹羽太貫・京大名誉教授のコメントもある。
＞「取材に答えた委員や元委員の発言を意図的に編集し、間違った字幕（翻訳）をつけて流したことを我々は問題視しています。NHK側には、訂正報道を求めて二度目の会合をもちますが、ご理解いただけないのならBPO（放送倫理・番組向上機構）に提訴するしか手だてはない」（同記事）
科学的根拠に基づく批判はおおいにやってほしい。だが、スウェーデンの場合は単なる推定にとどまる。「現実的」考え方だ。編集・字幕問題の場合は、原文と「正確な訳」を掲載すればすぐわかる。
つい最近、■「でたらめデータで安全宣言」（植田武智著）（週刊金曜日2011年11月18日）という記事を読んだばかりだ。これもNHK関連だが、次のように結んであった。
（前略）
＞つまり、「食材産地にこだわる消費者の行動が、過剰な風評被害を起こしている」という結論に持っていきたいというNHK側の番組制作の意図が感じられるのだ。結論ありきのデータ偽造と揶揄されても仕方がないのではないか。（同記事の末尾より）
この結末はどうなったか。
■「食卓丸ごと放射能調査」（10月17日放送）全面訂正で平謝り。計測デタラメ（J-cast 2011年11月24日）（検索可）
＞「先月17日に放送した『放射線大丈夫？ 日本列島・食卓丸ごと調査』で、その結果の数値に誤りがある事がわかりました」
オープニングテーマ曲のない静かなスタジオで有働由美子キャスターが、神妙な面持ちでこうコメントを読み上げた。10月17日（2011年）の「あさイチ」で、日本各地の7家族から実際に食べた食事をサンプルとして提供してもらい、そこに含まれる放射性物質の数値を大学の研究所で分析した結果を放送した。ところが、測定内容も表記の仕方も大間違いだったというのである。（以下省略）
話を元に戻すが、インターネット上には『追跡！真相ファイル 低線量被ばく 揺らぐ国際基準』に対する「抗議文」も載っている。該当するのは次の部分か。
■NHK総合テレビ追跡！ 真相ファイル番組（2011年12月28日放映）
「低線量被ばく揺らぐ国際基準」への抗議と要望について（検索可）
（前略）
《1. ICRPの基準関連について》
《(1) 論旨の意図的なすり替え》
＞報道では、オタワのICRP事務局でChris Clement氏が「低線量のリスクを半分にしていることが妥当なのか議論している」と日本語音声に翻訳していますが、録画を見直したら同氏は該当部分を「DDREF」（線量・線量率効果係数）とハッキリ言っています。線量（時間積算値）が同じでも線量率（単位時間当たりの線量）が違うと「放射線の生物影響」が異なる、即ち「高線量率・短時間」と「低線量率・長時間」の照射で効果が異なり線量・線量率効果係数（DDREF）が導入されています。原爆のような1度の大量被ばくでの評価結果を「低線量率・長時間」に適用するためにDDREF値により補正を行うのは常識になっています。彼が述べているのは線量・線量率効果係数（DDREF）についての不確実性であり、NHK報道ではそれをリスクを低く見ているかのごとく意図的に意味が全く異なったものにすり替えてしまっています。（同「抗議文」）
毎日新聞、根本太一記者の記事もある。
■特集ワイド：ＮＨＫ対「原発推進」団体 浮上した「低線量被ばく」問題（毎日JP 2012年2月16日）（キャッシュ検索可）
ＮＨＫに送られた抗議文の送り主は「エネルギー戦略研究会」、「日本原子力学会シニア・ネットワーク連絡会」、「エネルギー問題に発言する会」の三団体、原発推進の民間組織で「政・財・官・学のいわゆる『原子力ムラ』のＯＢ」（同記事）だと書いてある。
＜"風評加害者"的報道＞については、
＞「抗議文では▽インタビュー場面に意図的な誤訳がある▽疫学的調査では、原子力施設と疾病との関係は認められていない−−などと指摘。＜数々の論旨のすり替え＞や＜不都合な情報の隠蔽（いんぺい）＞もあるとしている。」（同記事）
その効果は、
＞「細かな点を突っ込み、報道する側に『面倒くさい』と思わせ萎縮させるような空気を醸し出す。しかし自らは原発事故の総括もない。懲りていませんね」（同記事）
これは自民党衆院議員の河野太郎氏のコメントか。
そして、服部孝章氏（立教大教授−メディア法）の「この問題を単に原子力ムラとＮＨＫとの争いとして終わらせてはいけない。抗議の事実をＮＨＫも他のテレビ局も報じ、公の場で議論すべきです」（同記事）というコメントが載っている。テレビを見られない立場なので、これは是非やってほしい。
さらに関連記事を追加しておく。
■「日本の原発、どこで間違えたのか」（内橋克人著 2011年4月30日発行 復刻版）
《序 つくられた「原発安全神話」――なぜ、いま『原発への警鐘』を復刻するのか》
《マスコミへの「抗議」書》
＞（以下、「教育現場の『原発教育』」「『安全神話づくり』に馳せ参じた学者・文化人たち」は雑誌「世界」二〇一一年五月号での論考の一部を再録した）
ここに電気事業連合会、略して電事連の行ってきた「報道統制」を思わせるおびただしい資料がある。まず、さまざまな報道機関、メディアに送りつづけた抗議書（「関連報道に関する当会の見解」との共通見出し）から一覧する。一例のみ挙げる。
たとえば「週刊朝日」の「知ってますか？ 試運転中 六ヶ所村再処理工場の切なさ」（二〇〇六年六月三十日号）と題されたわずか四ページの記事に対して計七項目に及ぶ詳細な「抗議」書が届いている。次の通りだ。
「題記記事中には、下記のとおり不的確な記述や事実誤認の記述などが見られます。
つきましては、正確な情報に基づき、正しいご理解を賜りたいと存じます」
この一見、丁重にみえる記述につづいて、次段からは「記」と題した詳細な指摘がえんえんと続く（以下、原文のまま）。
（同書より引用 以下省略）
原文（詳細な指摘の部分）は省略するが、その効果を次のように述べている。（今回のNHK番組に対する抗議では名前を明らかにした点が進化している。）
＞いずれも同じ形式をとって反論の記述がなされる。抗議文を書いた人物の名はすべて伏せられ、組織の中に身を隠したままの匿名で通す。だが、その背後に控えるものの正体は明らかだ。
「週刊朝日」だけではない。週刊誌では「サンデー毎日」「エコノミスト」……およそありとあらゆるマスコミが対象となっている。朝日新聞、共同通信、時事通信、毎日新聞、東京新聞、東奥日報、佐賀新聞、西日本新聞、各紙社説。さらにNHK教育TV、TBS、日本TV……。
記事に対する「反論」を「事実関係」と自称する。当方の主張が「事実」であり、そちらはデマか誤認だと断じる。あらゆるメディアへの巨大スポンサーとして君臨するものの発する「抗議」の「ブラフ（脅し）効果」は計り知れないものがあるだろう。（同記事 以下省略）
【その２】 放射能事故とはどういうものか
放射能事故というと「被曝→ガン」としか思い浮かばない。去年３月１１日の地震のあとも奇妙な静寂の中で考えたのは放射能汚染のことだった。自動車事故より放射能で死んだ人の数は少ないという話を何度も聞いているせいか、気がつかないうちに一つのイメージができてしまったようだ。理屈では、原因となる事象との接触度合いがちがうのだから比較しても無意味だとは思う。だが問題は理屈よりもイメージだ。以下の本で臨界という放射能事故の実態を知った。
■朽ちていった命−被爆治療83日間の記録（NHK「東海村臨界事故」取材班2006年10月1日発行）
《邂逅――被曝2日目》
（前略）
＞今回の事故では最初に臨界に達した際の瞬間的なピークの後も臨界が継続していた。まったくコントロールがきかないうえ、放射線を閉じこめる防護措置もない「裸の原子炉」が突如、村の中に出現したのだった。この事態に、東海村は事故現場から三五〇メートルの範囲の住民に避難を要請、茨城県も半径一〇キロメートル圏内の住民約三一万人に屋内退避を勧告した。現場ではJCOの社員による決死隊が組織され、国の現地対策本部の指揮下で、臨界を収束させる作戦が展開された。その結果、この日午前六時一五分、一九時間四〇分にわたって中性子線を出しつづけた「裸の原子炉」は、ようやく消滅した。（同書より）
《造血幹細胞移植−被曝7日目》
＞一〇月五日、被曝から六日目。無菌治療部の平井久丸のもとに、転院の翌日に採取した大内の骨髄細胞の顕微鏡写真が届けられた。
そのなかの一枚を見た平井は目を疑った。
写真には顕微鏡で拡大した骨髄細胞の染色体が写っているはずだった。しかし、写っていたのは、ばらばらに散らばった黒い物質だった。平井の見慣れた人間の染色体とはまったく様子が違っていた。（同書より）
染色体にはすべての遺伝情報が集められているが、それが断ち切られたり別の染色体とくっついたりして破壊されていたという。「今後新しい細胞が作られないことを意味していた。」（同書）というのだ。
なお、この事故を詳しく説明しているサイトもある。
【その３】 放射能と自然界の変化
これはチェルノブイリのその後を見ればわかる。以下の二つの報告があるが、微妙に異なっている。一番目の報告『チェルノブイリと福島』では写真を省略したが、見れば普通でないのが一目でわかる。二番目の報告『放射能と健康被害 20のエビデンス』に載っている、植物と動物の免疫力が失われることは『朽ちていった命』で書かれていることと同じなのか。実際はどうなっているのか、調査が必要だろう。
■チェルノブイリと福島（河田昌東著 2011年12月10日発行）の《これから自然界で起こること》には、曲がった松葉や三本の松葉の写真が載っている。
「これは盛んに分裂している細胞、遺伝子に傷が付くと影響が出やすいということを反映しています。」（同書より）
とある。また、カメムシの写真も載っている。自然全体としては、次のようになっているという。
＞最近になって、三〇キロメートル圏内の立ち入り禁止区域での調査結果がさかんに発表されています。それを読むと生物の生態系が破壊されているのが明瞭です。
一時期、人間が強制退避させられた直後には様々な生物がたくさん羽を伸ばし、動物たちの楽園だと言われたことがあります。たしかにそう見える時期もありました。
しかし時を経て、放射能汚染の高い地域では、小鳥や昆虫、さまざまな生物の生息数がはっきりと減少していることが分かっています。（同書より）
■放射能と健康被害 20のエビデンス（岡田正彦著 2011年11月30日発行）
《第三章 チェルノブイリの真実》
《人間がいなくなって》
チェルノブイリの半径三〇キロメートル以内は、今も立ち入り禁止となっている。
周辺には農耕地や松林などが広がっていたが、針葉樹がとくに放射線被曝に弱く、ほとんど枯れてしまった。赤い森の外側でも、事態はあまり変わらなかった。
一方、落葉樹や丈の低い灌木（かんぼく）などは、比較的放射線被曝に強いが、影響がなかったわけではない。奇妙な形に肥大化したり、枯れてしまったりしたものも少なくなかった。結果的に種類が極端に減り、多様性が失われてしまったのである。
図らずも、地面に届く日光の量が増え、土の上に生息する昆虫や植物にとっては思わぬプレゼントとなった。しかし落ち葉の量が大幅に減ってしまい、生きていけなくなった生物もあった。森の環境は、とにかく劇的に変化していったのである。
辺り一帯の環境が受けた放射能の被害は、尋常ならざるものがあった。ネズミなどの小動物、あるいはシカ、オオカミ、キツネなど体の大きな動物も、被曝の影響で死に絶えてしまった。
しかし、三〇キロメートル圏内に起こった最大の変化は、植物が枯れたことでもなく、動物が死に絶えたことでもなかった。森を伐採し、農耕し、狩りをして、釣りをする人間がいなくなったことだったのである。
そのために起こった出来事は、意外なものだった。
もともと農耕地が多かったことから、じゃがいもや穀物が自然に生育を始めた。それが生き残ったネズミなど小動物の餌となり、小動物が肉食動物の餌となっていった。小動物は繁殖力が強いため、たとえ放射能の影響を受けて何らかの異常が生じたとしても、どんどん生まれ変わるうち、環境になじんでいく。
そこへ放射線被曝の害が少なかった遠方の地域から、さまざまな動物が入り込んできた。人間がいなくなったことで、そこは、動物たちにとって楽園となった。危険地帯でたくましく生き残った動物と、外来の動物たちがいっしょになり、大繁殖を始めたのである。
共通していたのは、植物も動物も免疫力が障害（ママ）されてしまったことだ。免疫力は、侵入してくる微生物から身を守るための大切な機能で、これが失われるとウイルス、細菌、カビなどが体内で繁殖を始めてしまう。実際、この地帯では、植物、動物を問わず感染症が蔓延してしまった。
それら微生物のDNAは、放射能の影響を受けて、未知の毒性を獲得した可能性もある。さらにウイルスや細菌は、互いのDNAを交換し合うという困った性質も持っている。危険な病原性遺伝子が、チェルノブイリの周辺に、そして地球規模で広がらないとも限らない。
生物多様性の喪失が、そして未知の微生物の蔓延が今後どうなっていくのか？
その答えは、まだ誰にもわからない。（同書より）
■「それでも日本は原発を止められない」（2011年10月11日発行）の中で京都大学原子炉実験所教授の山名元（やまな・はじむ）氏が次のように書いている。だがストレスだけで上述のようなことが起こりうるのか。松やカメムシも放射能に対するストレスがおおきすぎるようだ。
＞「たしかに、放射線によって生体の細胞単位が損傷を受け、修復されずにがん的な増殖に至ることは起こりますが、このようなストレス（負荷）は放射線だけでなく、あらゆる原因によっても起こります。太陽の紫外線を浴びること、体内に存在する活性酸素の影響、食物を介して取り込まれる種々の化学物質、肥満や運動不足、精神的ストレス等々、といった具合です。確率的にがんを引き起こす要因になるという意味では、放射線もその一つのストレス要因に過ぎないのです。」（同書より）
【その４】 捨てる思想（追記）―1980年までに問題となった海洋投棄
1980年頃の「捨てる思想」については、
■海と魚と原子力発電所−漁民の海・科学者の海（水口憲哉著 1989年3月25日発行）
に詳しく説明してある。核利用国はなぜ海に捨てたのか。
なお、水口憲哉氏はこの著書で「温排水」ではなく「温廃水」という言葉を用いている。
「（註5） 二、三年前までは、筆者も原発から出される昇温した冷却水を温排水と書いていた。しかし、その実態がわかった現在は、温廃水をより適切な表現として用いている。」（同書註）
《なぜ海に捨てるのか》
＞それでは、それらのドラム缶をわざわざ船で運んでまでなぜ海に捨てるのか。
理由は簡単である。一番安上がりで、後腐れのない処分方法だと電力会社が考えているからである。後述する館山沖へのヤミ投棄が国会で問題になったのは一九七一年三月であるがその数カ月後の新聞記事で、雨ざらしで野積みされた放射性廃棄物入りのドラム缶の扱いが写真入りで批判されている。この批判は当然であるが、そんなこともあって、これらのドラム缶は原発敷地内に格納倉庫をつくって保管されるようになった。原発を運転し続ける限り、倉庫の数をふやし、管理し続けなければならない。さらに半減期の長い核種については、原発が廃炉になっても保管し続けなければならない。これでは手間と費用がかかりすぎてたまらない。海に捨ててしまえばあとは面倒を見なくてよいと電力会社は考えた。安上がりな処分方法である。これが海洋投棄に貫徹している考え方であり、その実体を見きわめる際の量も重要な視点である。（同書より）
※参考資料
■１９７２年の廃棄物その他の物の投棄による海洋汚染の防止に関する条約の１９９６年の議定書の概要（検索可）
具体的には、次の三例を挙げてある。
《暴かれた相模湾・駿河湾投棄の事実》
＞知識より事実を通して相手の正体がよく見えてくるということを思い知らされたのが、昨年の九月末から十月初めにかけて明らかになった三つの事件である。
(1) 九月三十日付の『読売新聞』は、一面トップで、二五年前から一五年間にわたって行なわれた千葉県館山沖の海洋投棄と称せられるものが、実は相模湾や駿河湾も投棄場所になっていたと報じた。これは、筆者ら原子力資料情報室会員の調査でズサンな内容が明らかになり、公表、追及されそうになったので、科技庁があわてて自ら『読売』にだけ情報を流したのである。その後、吉田正雄参議院議員の文書質問などにより科技庁原子力安全局は表1（注：日本放射能同位元素協会による海洋処分実施状況）および図2（注：日本放射性同位元素協会の投棄海域）に示すような内容を公表した。この経過から少なくとも二つのことを私たちは知り得た。一つは、科技庁は、だましおおせる限りはということで、相模湾等への投棄をひた隠しにしていたことである。事実、九月初めの吉田議員らの資料請求に際しては、館山沖一点張りで押し通していたのである。二つ目は、表1の三回目と四回目の投棄はアルミケースを用いており、一、二回目の放射能量もこの表の値と異なっているという二三年前の原資料を筆者らが入手していることから言えることであるが、科技庁自身が自分の監督した二十数年前の海洋投棄の実情を把握し切っていないということである。
(2) 十月三日の共同通信が、一〇年前より韓国が鬱陵島近海に放射性廃棄物を投棄していると報じた。これは韓国の原子力関係者がすぐさま否定したが、三週間後に、一九六八年から五年間にわたって一一五本のドラム缶を捨てたことを韓国政府が認めた。しかし、なお、不明の点があるので科技庁は現在も照会中である。
(3) 十月五日の各新聞が報じたように、カルフォルニア大学のジャクソン・デイビス氏らが情報の自由公開法によって入手した政府機関の資料によれば、アメリカが一九四五年から二〇年間にわたって投棄した放射性廃棄物入りのドラム缶が大変なことになっているようである。ドラム缶の破損は年とともに進行し、周辺の海底土、ナマコ、カニそして魚類の放射能汚染は以前にも増して大きな値になっている。太平洋岸ファラロン島周辺へ投棄したものについては、魚屋の店頭の魚の放射能汚染も心配され、地元カリフォルニア州当局が調査に乗り出す事態となっている。（同書より）
当時の新聞記事がある。まずは『読売新聞』、少したって『毎日新聞』が報道した。読売新聞の記事にある石油カンとは、すぐにさびてしまうあのペコペコのやつか。『毎日新聞』掲載のEPA調査資料は、今なら表形式になっているだろう。
■放射性廃棄物やはり海底汚染 相模、駿河湾投棄も明るみに 高濃度平常の32倍 コバルト60／セシウム137 魚介へ影響心配（読売新聞 1980年9月30日）
＞原子力発電所から出る低レベル放射性廃棄物の海洋投棄をめぐって、国の内外でその安全性が問題にされている折、日本アイソトープ協会（茅誠司会長）の前身である日本放射性同位元素協会が、科学技術庁の指導のもとにさる三十年と三十二年、相模湾と駿河湾にコバルト60などの入った放射性廃棄物を投棄していたことが、二十九日明るみに出た。相模湾への投棄は、石油かんにコンクリートで固化した廃棄物を入れたもの。その後、水産庁東海区水産研究所が行った五十三年度の放射能バックグラウンド調査の結果、相模湾の二か所の海底の土から、他の海底土の最高三十二倍近いコバルト60とセシウム137が検出された。この高濃度の海底土汚染は、投棄された石油かんから内容物か漏れ出したものとみられ、湾内魚介類への汚染が懸念される。同協会の海洋投棄について、科学技術庁は、これまで一貫して「三十年から四十四年まで、千葉県館山沖に試験投棄したが、放射能漏れはない」と説明、相模湾、駿河湾での投棄の事実をひた隠しにしてきただけに、今後、地元を中心に問題化するのは必至とみられる。
《石油カン漏れ？ 相模湾で検出》
日本放射性同位元素協会による放射性廃棄物の投棄は、さる三十年から四十四年まで十五年間にわたって行われた。科学技術庁や日本アイソトープ協会では、これまで国会などで「海洋投棄したのは、ラジオ・アイソトープを販売するため小分けする際出来た切断クズや使用器材で、ドラムかんに入れてコンクリートを流し込んだもの」と説明。また、捨てたドラムかんの数は約千六百本（放射線量、四〇六・八キュリー）で、すべて館山沖四十キロ、深さ二千六百メートルの海底に投棄した、としてきた。
ところが、二十九日になって科技庁が明らかにしたところによると三十年七月十五日の第一回投棄は、相模湾で行われ、しかも、ドラムかんではなく、石油かんが使われていた。投棄された個数は二十七本。第二回投棄は三十二年九月二十八日、駿河湾で行われ、この時からはすべてドラムかんが使われた。
（中略――水産庁東海区水産研究所の調査とその結果＝５段落分 ※表形式にしていない）
相模湾のこの高濃度コバルト60に驚き、同研究所が科学技術庁に問い合わせた結果、初めて三十年の放射性廃棄物投棄が明らかになった。この調査では駿河湾の海底土は採取せず、また湾内の魚介類の放射能調査もしておらず、同研究所では「投棄した放射性廃棄物が、どの程度海底で漏れているかなど、詳しいことはまだ分かっていない」といっている。
しかし「石油かんを使ったのでは、海底で破損または腐食して、ほとんどの内容物が流れ出しているのではないか」と懸念する関係者もいる。
昭和三十年の相模湾投棄に立ち会った関係者は「当時は、アメリカをはじめ、世界的にシーダンピング（海洋投棄）が行われていた。日本放射性同位元素協会の投棄は、比重が一・二、海底に着くまでこわれないなどの基準に従ってやった。相模湾、駿河湾を最初と二回目に選んだのは、投棄に適する深いところが近くではここしかなかったからだ。放射能漏れが起きた場合に備えて、かんの中には塩化コバルトを入れ、追跡調査できるようにしていた。今回の調査の状況からみて、投棄物が漏れたと思うが、当時としては、科学技術庁担当者も立ち会って良心的にやったつもりだ」と話している。
《因果関係は慎重に》
後藤宏科学技術庁・原子力安全局次長の話「相模湾での投棄量はごく少量で、放射能も全体で一キュリー程度と聞いている。二十年以上もたてば、大幅に減衰するのだから、海底土検査でコバルト60が出たからといって、即座に投棄されたものと結びつけるのは危険だ。海底の放射能は、核実験などでも増えることがあり、因果関係については、慎重に検討すべきだ」
《米でも問題化、公聴会へ》
【サンフランシスコ二十八日＝時事】
米カリフォルニア州サンフランシスコ沖合の海底に投棄されている放射性廃棄物のドラムかんが破損して放射能が漏れているとの科学者の研究報告が出され、その安全性をめぐって政府側が反論するなど、論争をエスカレートさせている。十月七日には科学者、政府関係者、地元代表が参加した公聴会がサンフランシスコで開かれる予定で、米西海岸住民も論争の行方を注意深く見守っている。
この放射性廃棄物は一九四六年から六七年の間に、コンクリートで固めた容積五十五ガロンのかん四万七千個に詰められて、約千六百メートルの海底に投棄されたものだが、一部はすでに破損しているという。米環境保護局（EPA）は七七年の調査でドラムかんの部分的破損と若干の放射能漏れを認めたが、生物上の安全性には問題がないとの見解をとっていた。（読売新聞記事より）
■米国投棄の放射性廃棄物 予想以上の海底汚染 米政府資料（毎日新聞 1980年10月5日）
＞【ニューヨーク四日共同】米国が一九四六年から七二年までの間に行った米本土の太平洋、大西洋両岸への放射性廃棄物の投棄は予想以上の深刻な汚染をもたらし、海底の汚泥から最高で平常の二十六万倍、魚類からは最高八千五百倍もの放射能が検出され、しかもその汚染は年を経るにしたがって悪化し、魚を食べる住民の健康に対する危険性さえ出てきていることがわかった。これはサンフランシスコ市議会の要請で提出された米連邦政府の環境保護局（EPA）の十五件の資料をカリフォルニア大サンタクルス分校のジャクソン・デービス教授（環境・生物学）がまとめた報告の中で明らかにされたもので、共同通信は同教授からこの報告文書を入手した。
《魚にも高放射能 投棄地点は50カ所上回る》
デービス教授らが得た資料は、七四年と七七年にEPAが行ったサンフランシスコ沖のファラロン島近くの水深九百メートルと千七百メートルの二地点、および大西洋岸のニュージャージー、デラウェア両州沖の同二千八百メートルの三カ所での汚泥、生物調査の結果をまとめたもの。
米エネルギー省など米政府当局は当初、放射性廃棄物の海洋投棄地点はわずか二カ所と言っていたが、その後情報の自由公開法によって調べたところ、太平洋岸ではファラロン島のほか、ロサンゼルス沖やハワイのオアフ島沖、大西洋岸ではニューヨーク沖、マサチューセッツ湾など計五十カ所を上回ることがわかった。
また投棄したドラムかんの数も、デービス教授や日系のミチオ・カク・ニューヨーク市立大助教授（核物理学）、カリフォルニア州住民グループの調査によると、五十五ガロン入りのドラムかん八万五千本に上っている。
EPAの調査資料によると、ファラロン島近くの汚泥は、七四年調査では、プルトニウム239と同240は乾燥重量で一キロ当たり最低四六ピコキュリーから最高五三二ピコキュリー。普通の海底もいままでの核実験の放射性降下物で汚染されているが、それに比べて最低二・五倍から最高百六倍、セシウム137は四五〜七七ピコキュリーで〇・二倍から三八・五倍だった。ところが七七年調査ではプルトニウムが一四八・七〜一一〇三・九ピコキュリーで八倍から二千二百八倍に増えていた。セシウムは二七・〇〜四〇・六ピコキュリーで〇・四倍から二〇・三倍だった。
また、ニュージャージー・デラウェア沖の七四年調査では、セシウムは一〇〇〜四八〇〇ピコキュリーで三・三倍から四百倍だったのに、七七年は一二〇〇〇〜一〇四万ピコキュリーと百七十一倍から実に二十六万倍となっており、ドラムかんの破損と腐敗などが進んで廃棄物がますます漏れ出て汚染が相当深刻になっていることがわかった。
またファラロン島沖で行われた七七年の生物採取調査では（七四年は不十分な調査しか行われていない）、ソコダラやカレイなど十二種類の魚の肝臓のプルトニウム分析では、最低がギンダラの一・二五ピコキュリー（平常値の九倍）、最高はソコダラの三五・五ピコキュリー（同五千七十一倍）、平均では百八十二倍の放射能が検出された。食用の魚の身からは、最低でギンダラの〇・八ピコキュリー（同十倍）、最高はソコダラの八・五ピコキュリー。これは平常値の実に八千五百倍に当たり、平均でも五十九倍もの放射能が検出された。
このほか、海綿やナマコ、イカ、カニなどからもプルトニウムのほかセシウム、ストロンチウム90が検出され、ナマコは平常値の五十七〜二百二十七倍、海綿は同二十〜八十倍だった。
EPAが撮影した海底の写真からは、穴の直径が一・二メートルもある突然変異によるとみられる海綿がドラムかんの近くにいることがわかった。しかしEPAは新種であると突然変異を否定している。
これらの汚染の実態について、EPAはこれまでひた隠しにしてきたが、情報の自由公開法によってことし七月以降住民グループや学者の手で汚染の実態が明らかにされてきた。
デービス教授らはその責任を強く追及するとともに、さらに調査の徹底や付近住民の健康に影響がないかどうかの疫学調査実施、日本を含む各国の核廃棄物の海洋投棄の完全中止を求めている。（毎日新聞記事全文）
※参考資料
■「一度だけ日本海に試験投棄」放射性廃棄物 継続的事実は否定 韓国当局者（毎日新聞 1980年10月4日）
■第０９３回国会 科学技術委員会 第２号（昭和五十五年十月二十一日）赤羽政府委員の発言（検索可）
2012年02月12日
原発の二つの争点と捨てる思想
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目次
【その１】 放射線の閾値（しきいち）はなぜ100ミリシーベルトなのか
【その２】 統計上の推定とその因果関係
【その３】 自然環境に撒き散らされた放射能は誰のものか
【その４】 捨てるという思想
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注：読みやすくするために、記事・書名には ■、見出しには 《 》、長い引用の初めには ＞ が付けてあります。
【その１】 放射線の閾値（しきいち）はなぜ100ミリシーベルトなのか
原発に関する情報は膨大な量にのぼる。その中で、出るべくして出てきた「公的」な性格をもつ二つの争点がある。代替エネルギーの問題と放射線の閾値（しきいち）の問題だ。
これらは原発推進の主要な論拠になっている。代替エネルギーは電力不足・電気代値上げに繋がるし、閾値（しきいち）の問題は放射性廃棄物処理の問題と絡んでくる。閾値の問題は、すでに多くの論者が危険を前提に議論するようになっているときに、唯一、「危険の中の安全」とでもいう主張になっている。人体に影響を与えないとみなされる放射線のレベルを確保しておきたいのだろう。それが100ミリシーベルトという閾値だ。これは後で述べる「捨てる思想」と結びついている。そしてこれは、人間の健康上切実な問題でもあるだけにどうしても避けて通れない。
ところで、閾値はなぜ99ミリシーベルトではないのだろうか。
放射線が危険だということを否定できる論拠はない。もともとは兵器として開発されたものだ。危険なのに安全なレベルが存在するという主張だ。閾値に関して科学的にはわからないことが多いという。統計上の目安としての数値なのだろう。�瑙臙諭�100ミリシーベルト�瓩硫奮愿�根拠を探してみたが、今のところ見当たらない。逆に、調べれば調べるほど諸説紛々。資料を読めば読むほどわからなくなってくるというのが正直なところだ。だから、以下に述べることも資料としての意味しかないだろう。
【その２】 統計上の推定と因果関係
ものの因果関係を特定するのは、それほど簡単なことではない。喫煙にしてもそうだ。体に悪いとは言われているが、タバコを吸ったとたんに即死したり直ちに影響が出たりするわけではない。
次の記事なども、「危険因子ごとの国内の推定死亡者数拡大危険因子ごとの国内の推定死亡者数」というグラフが載せてあるが、厳密に言えば統計上の推定にとどまる。
■「たばこで死亡、年１２万９千人 ０７年分、東大など分析」（asahi.com 2012年1月28日）（検索可）
＞喫煙が原因でがんなどで亡くなった大人の日本人は２００７年に約１２万９千人、高血圧が原因で脳卒中などで亡くなった人は約１０万４千人と推定されることが、東京大や大阪大などの分析でわかった。国際医学誌プロスメディシンに発表した。
東京大の渋谷健司教授（国際保健政策学）や池田奈由特任助教らは、高血糖、肥満、飲酒、運動不足、高塩分摂取など１６の危険因子で日本人が０７年にどれだけ死亡したのかを分析。これらの因子は原則として生活習慣の改善や服薬などで避けられるものだ。
例えば、肺や食道のがんや心筋梗塞（こうそく）など喫煙と因果関係のあるすべての疾患について、喫煙者と非喫煙者の死亡率を比較。各疾患の年間全死亡者数から、喫煙が原因で死亡したと考えられる人数を計算した。
喫煙、高血圧に次いで死者が多いのは５万２千人の運動不足、３万４千人の高血糖、やはり３万４千人の高塩分摂取などだった。複数の因子による死亡は重複して数えられている。（同記事全文）
だから、自動車事故が原因で死んだ人の数と放射能で死んだ人の数を比較したりすると、議論を単純化するのには都合がいいだろうが、妙な結論が導かれる。
東京新聞に、DNA損傷応答の制御機構を専門とする細谷紀子助教（東大医学系研究科疾患生命工学センター）の記事が載っていた。（以下、質問「――」部分と同氏の答え）
■「放射能 本当のことを知りたい――リスクには個人差」（細谷紀子助教）（東京新聞2012年1月26日）
――放射線が遺伝子を傷つける仕組みや修復の仕組みはどこまで分かっていますか。
「放射線は、DNAを直接傷つけるときもあれば、細胞内の水から『ラジカル』というものができ、それがDNA損傷を起こすこともあります。修復ができないと異常が蓄積して、いずれがんになったり、がん以外にもいろんな病気が起こりうるのです」
「修復には、さまざまなタンパク質がかかわっています。複雑な反応であり、現在分かっているのは氷山の一角でしょう。遺伝子の異常で、DNA修復ができない人がいます。そういう人はがんが起きやすい」
――放射線の影響を受けやすい人がいる？
「たとえば年齢によって感受性に違いがあります。子どもの方が影響を受けやすい。線量だけでは説明できない、環境因子プラス個人の遺伝的背景。それらが総合的に作用するのです」
「疫学的にがんが増えると分かっているのは、一〇〇ミリシーベルト以上の線量です。ただDNAの損傷は少ない線量でも起きる。一〇〇ミリシーベルトより下の線量は、絶対安全というわけではない一方、絶対危険とも言えません。疫学的に分かるのは集団の中の比率です。集団での数値だけでは、個人のリスクは必ずしも決められません」
（同記事より 以下、三つ目の質問は省略）
この記事のポイントを列挙する。
１ DNA修復で、現在分かっているのは氷山の一角であること。
２ DNA修復ができないと、がん以外にもいろんな病気が起こりうること。
３ 疫学的にがんが増えると分かっているのは、一〇〇ミリシーベルト以上の線量だが、DNAの損傷は少ない線量でも起きること。
注：【疫学】（えきがく）(epidemiology) 疾病・事故・健康状態について、地域・職域などの多数集団を対象とし、その原因や発生条件を統計的に明らかにする学問。（広辞苑）
とすれば、放射線と病気の因果関係があったとしてもほとんど特定できないことになるし、人体に作用を及ぼすかどうかという閾値100ミリシーベルトも統計上の目安であるということになる。
一方、■「原発のウソ」（小出裕章著 2011年6月11日発行）には「アメリカ科学アカデミーの中に放射線の影響を検討する委員会（BEIR：電離放射線の生物学的影響に関する委員会）」の2005年7番目の報告を挙げて次のように書いてある。
＞《報告》
利用できる生物学的、生物物理学的なデータを総合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。
被曝のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値はない。最小限の被曝であっても、人類に対して危険を及ぼす可能性がある。こうした仮定は「直線、しきい値なし」モデルと呼ばれる。（以上、《報告》より）
＞「しきい値」（閾値）というのは、症状が出はじめる最低限の被曝量のことです。つまり、「この量以下の被曝なら安全ですよ」という値です。低レベルの被曝は人体に害がないという考え方は、この「しきい値」が存在するという前提で成り立っています。
しかし、BEIR報告が結論づけているように、そんなものは存在しません。低線量の放射線でも必ず何らかの影響があるし、そしてそれは存在し続けます。どんなに少ない被曝量であってもそれに比例した影響が出る、このような見方を「直線、しきい値なし」（LNT:Linear Non-Threshold）モデルと呼びます。
LNTモデルが出てきた背景には、非常に長い期間にわたる研究の積み重ねがあります。広島・長崎に原爆を落としたアメリカは、1950年から被爆の健康影響を調べる寿命調査（LSS:Life Span Study）を開始しました。広島・長崎の近距離被爆者約5万人、遠距離被爆者約4万人、さらに比較対照のため原爆が炸裂した時に広島・長崎にいなかった人（非被爆対照者）約3万人を囲い込んで被爆影響の調査を進めたのです。半世紀にわたる調査の結果、年間50ミリシーベルトの被曝量でも、がんや白血病になる確率が高くなるということが統計学的に明らかになりました。（同書より）
著者は、続けて「解明されつつある低レベル被曝の危険性」を指摘している。
＞私たちに備わっている修復機能は、本当に被曝で受けた傷を治すことができるのでしょうか。LNTモデルを採用していない国際放射線防護委員会（ICRP）ですら、「生体防御機構は、低線量においてさえ、完全には効果的でないようなので、線量反応関係にしきい値を生じることはありそうにない」と述べています。保健物理学の父と呼ばれ、ICRP委員も務めたK・Z・モーガン氏が「私たちは当初、あるしきい値以上の被曝を受けなければ、人体の修復機構が細胞の損傷を修復すると考えていた。しかしその考え方が誤りであった」と認めている通りです。
これに加え、「低線量での被曝は、高線量での被曝に比べて単位線量あたりの危険度がむしろ高くなる」という研究結果が出てきました。前述のモーガン氏は「非常に低線量の被曝では、高線量での被曝に比べて1レムあたりのがん発生率が高くなることを示す信頼性のある証拠すらあり、それは『超直線仮説』と呼ばれる」と結論づけています。実は、人間の被曝に関して最も充実したデータを提供している広島・長崎の被爆者データがそのような傾向をはっきり示しており、最近の科学の進歩によって分子生物学的な裏づけがえられはじめています。例えば、次のような発見があげられます。
【バイスタンダー効果】被曝した細胞から被曝しなかった周辺の細胞に遠隔的に被曝情報が伝えられる現象。
【遺伝子（ゲノム）不安定性】被曝の損傷を乗り越えて生き残った細胞集団に「遺伝子不安定性」が誘導され、長期間にわたって様々な遺伝的な変化が高い頻度で生じ続ける現象。
さらに、最近になって「低線量での被曝では細胞の修復効果自体が働かない」というデータすら出はじめています。（同書より 以下省略）
なお、
■「原発・放射能 図解データ」（野口邦和監修・プロジェクトF 2011年8月8日発行）
には、
＞《低線量被曝の影響はわからない、わからないからリスクをへらす》
（前略）
低線量被曝による健康障害のしきい値はわかっていない。低線量被曝とがんの発生率の関係には諸説があるが、放射線防護学の専門家のあいだでは、103pの図のAの見解（注：省略）が一般的である。だが、低線量を長期にわたり被曝した症例や実験データはなく、正確には「わからない」ということになる。「わからない」ので安全ではなく、「わからない」から、できるだけリスクを減らすべきである。（同書より）
とある。こういう見解が多いのも事実だ。
同書には「DNAを修復できないほどの放射線を浴びると健康障害が出る」という章があり、DNAの変化が説明してあった。
＞（前略）
放射線が人体に与える影響には、直接的影響と間接的影響がある。
【直接的影響】放射線が原子にあたると、原子の結合の仲立ちとなっている電子がはじき飛ばされたり、ひっぱられたり、原子同士の結合に不都合を起こす。つまり、電離作用を起こす。中性子線は荷電していないが、原子核と衝突した時、相手が重いと、相手にあまりエネルギーを与えず、自分が飛ばされて方向を変えるだけになる。しかし、原子核が軽いと、衝突された原子核は飛ばされて周りのものを強く電離する。
【間接的影響】電子および電離した原子は不安定で、瞬時に複雑な連鎖反応を起こし、フリーラジカルと呼ばれる反応性に富む新しい分子を作る。そして、フリーラジカル同士、または分子と反応して、DNAに変化を起こす。
このようにして、DNAが傷つく場合がある。たいていの場合は修復酵素の働きで修復されるが、修復できないほどの強い放射線を浴びたり、長期間浴びて、DNAの2重らせんの内2本とも傷つけられると、修復ができなくなる。すると、細胞分裂が止まったり、異常な細胞が生まれる。その結果、白血球が減って免疫が低下したり、脱毛、がん、不妊などの病気を引き起こす。とくに細胞分裂が活発な細胞は、DNAが傷つけられると、異常の頻度も高くなるので、乳幼児は影響を受けやすい。（同書より）
「危険の中の安全」の論理で「公的」になったものには、医療用より少ないから心配ない、自然界にも放射能は存在する、微量の放射能は健康によい、などがある。
人体に作用を及ぼすかどうかという視点で検討すると、どういうことになるのか。
CTスキャンやX線などの医療用機器は人体に作用を及ぼすから使われるわけで、無害で安全だから使われるわけではない。副作用というリスクを背負って限定的に使用するわけだ。
また、自然界にも放射能は存在するといっても、だからといって放射能をさらに撒き散らしていいはずもない。次のような説明だ。
■「放射線Ｑ＆Ａ」（原子力技術研究所 放射線安全研究センター 財団法人電力中央研究所）（検索可）
＞「一回のCTスキャン検査で受ける６〜７ミリシーベルト程度の低線量放射線のリスクは身の回りの他のリスクと比べても極めて低いと考えられるため、発がんを気にする必要はありません。」
＞「放射線そのものは体内には蓄積されません。健康診断などでレントゲン撮影をした後、身体に放射線が残って何らかの害が生ずる、ということはありません。」
＞「原子力発電所から受ける放射線の量は、自然放射線による線量（年間世界平均2.4ミリシーベルト）よりもはるかに低く、国内における自然放射線の地域差よりも少ないことから、原子力発電所による影響はほとんどないものと考えられます。」
そして、
■「LNT（しきい値なし直線）仮説について」（原子力技術研究所 放射線安全研究センター 財団法人電力中央研究所）（検索可）
には、例を挙げたあと、次のように書いてある。真説（しんせつ）が存在するかと思うような記述だ。
＞《なぜ「仮説」なのか？》
このように確たる情報に乏しい低線量の範囲について、放射線防護の立場からリスクを推定するために導入されたのがLNT仮説です。低線量放射線の影響についてはよくわからないが、影響があると考えておいた方が安全側だという考え方に基づいたもので、科学的に解明されたものではないことから「仮説」と呼ばれています。（同HPより）
だが、本当に言いたいことは次の部分だろう。誤解かどうかは知らないが、「放射線に対する恐怖感、不安感を助長する」ことがいやなのだ。
＞「微量の被ばくに対してLNT仮説を用いてリスクが評価される場合が後を絶たず、このような情報を受け取った一般の方々に誤解を与え、放射線に対する恐怖感、不安感を助長する結果になっています。」（同HP−「LNT仮説の問題点」より）
さらに、■「放射線Ｑ＆Ａ」（原子力技術研究所 放射線安全研究センター 財団法人電力中央研究所HP）（検索可）のところで、放射線ホルミシス効果については中立的立場をとっているとあるが、どうみても以下の記述は中立的ではないし、中立的立場はとれないはずだ。この説は少量でも人体に作用を及ぼすという主張だからだ。
＞Q：「少量の放射線を浴びると逆に体にいい効果がある」と聞いたことがあるが、具体的にはどのようなものか？
＞A：一般に「放射線ホルミシス」と呼ばれています。元々は米国ミズーリ大学教授のトーマス・Ｄ・ラッキー博士が1982年に提唱したものです。これは「少しの放射線は、免疫機能の向上などをもたらし、身体のあらゆる活動を活性化し、病気を治したり、病気にかからない強い身体にしたり、老化を抑えて若々しい体を保つなど、さまざまな体によい影響を及ぼす」というもので、放射線は少しでも有害であるとする社会通念や放射線防護の規制概念とは全く異なる画期的なものでした。その後世界中で放射線ホルミシスに関する研究が行われています。効能としては、関節リウマチ・腰痛・神経痛・喘息・がん再発防止・がん治療向上・糖尿病等に有効とされています。しかし、この放射線ホルミシス効果については現在もさまざまな研究や議論が行われている最中で、定説はありません。尚、当センターは現在のところ、放射線ホルミシス効果については中立的立場をとっています。（同Ｑ＆Ａ）
■「世界一わかりやすい放射能の本当の話」（『別冊宝島』 2011年5月4日発行）の「Column 体に良い放射線」（文／斉藤勝司記者）には次のように説明があった。
＞強い放射線は、遺伝子を損傷し、細胞をがん化させたり、殺すことがあります。この作用は細胞分裂が活発な時のほうが強く表れます。子供のほうが放射線の影響を受けやすいとされるのも、大人に比べて子供の細胞分裂が活発だからです。
ならば細胞分裂が活発ながん細胞も放射線の影響を受けやすいと言えます。がんの治療に放射線が用いられるのも、正常な細胞よりも活発に分裂するがん細胞のほうが放射線の影響を受けることを利用しているのです。（同書より）
相対的に見れば、こういうこともありうるかもしれないが、「少量の放射能が健康によい」のなら人体に何らかの作用を及ぼしているわけで、少量の少し上の量ならどうなるのか。修復機能があることが前提なのだろうが、いずれにしても個人差があるわけだから、放射能に強い人々が生きのびることになるのか。
さらに、■「放射線Ｑ＆Ａ」からもう一つ付け加えておく。
＞Q：発芽抑止に放射線を照射されたジャガイモを食べても、体に悪影響はないのか？
＞A：ジャガイモは収穫後２〜３ヶ月を過ぎると発芽してしまうため、３月〜４月に出荷するジャガイモの一部に放射線を当てて芽止めをしています。エックス線検査などで放射線を浴びても人体に残らないのと同様に、放射線を食品に照射しても放射線は残りません。したがって、それを食べても体に影響はありません。（同Ｑ＆Ａ）
■「世界一わかりやすい放射能の本当の話」（前掲書）によると、
＞「じゃがいもに0・02〜0・15kGyの放射線を当てることにより、発芽が抑制され、保存しやすいものにしてから出荷するということが行われています。日本で許可されているのはじゃがいもの発芽抑制だけですが、世界では食肉の殺菌や、果物の長期保存など放射線利用は多岐にわたっています。（同書より）
とあるだけで、安全性や危険性については触れていない。
※参考資料
■食品への放射線照射に係る科学的知見の収集及び整理（厚生労働省）PDF（検索可）
なおICRP（国際放射線防護委員会）については批判もある。二つ挙げておく。
■「世界一わかりやすい放射能の本当の話」（前掲書）の「新聞やテレビが伝えない低線量内部被曝の危険性」の章
＞放射性物質が体内に入り、被曝し続けることを内部被曝といい、その被曝量は体内に入った放射性物質の種類と量と「実効線量係数」を掛け合わせることにより算出が可能です。この「実効線量係数」を出しているのはICRP（国際放射線防護委員会）という組織です。この組織の放射線防護に関する基本的な考え方は「放射線被曝の原因となる有益な行為を不当に制限することなく、人を防護するための適切な標準を与えること」で、安全よりも作業を優先する立場といえます。ECRR（放射線リスク欧州委員会）という科学者の組織は「ICRPは原子力産業に極めて近い団体であり、功利主義的な損益計算に基づいて被曝を正当化し、環境への放射線放出を認めている」として批判しています。そしてICRPとECRRでもっとも大きな見解が異なっているのが低線量被曝の人体への影響なのです。つまり、一度に多くの線量の放射線を受けるよりも、低線量でも長期間にわたって放射線を受ける方が人体への影響が大きいと主張するECRRに対して、ICRPはそれを無視、もしくは軽視し続けているのです。（同書より 以下省略）
■「内部被曝の脅威を低く見積もるな 米国の核戦略が被害を隠した」（矢ケ崎克馬氏）（週刊金曜日 2011年4月8日号）
《ICRPは内部被曝無視》
＞ところで、核爆弾が初めて使われた第二次世界大戦後、放射線被曝によって命を奪われた人の数はどのぐらいに達していると思いますか。ICRPの基準に基づいた試算では一一七万人です。しかし、ECRR（欧州放射線リスク委員会）は六五〇〇万人を超すと試算しています。なんと五五倍以上です。この違いは「内部被曝」を勘定に入れるか入れないかの違いによって生じます。
広島・長崎原爆の被害者だけでなく、原爆や大気圏核実験で世界にまき散らされた放射性降下物、原子力発電所から漏れた放射性物質などを、ICRPは危険濃度以下に薄まっているから被害を与えないといいます。福島第一原発から漏れる放射性物質に対する日本政府の説明と同じですね。一方、ECRRは内部被曝こそ被曝の継続性、局所性から最も危険だと主張しています。（同記事より）
【その３】 自然環境に撒き散らされた放射能は誰のものか
朝日新聞（1974年8月6日）に「日本原子力文化振興財団」の「放射能は、環境にどんな影響を与えるか」という広告が載っている。下段3分の２の大きさだ。放射線医学総合研究所環境衛生部長の写真も載せてある。小見出し（見やすいように【 】をつけた）だけ列挙してみる。
【現代は放射線をおそれる時代から 放射線を生活に取り入れる時代です。】
【原始時代のむかしから、人類は放射線の中で生活してきた事実をごぞんじでしょうか。】
【人類の幸福や発展があっての原子力平和利用でなくてはなりません。】
【放射線の安全監視については国がつねに厳しい態度でのぞんでいます。】
【つねに放射線が監視され海底土、土壌、農作物、畜産物などの放射能が厳しくチェックされています。】
専門家の写真を載せるなど、当初からマニュアルどおりだ。見出しをみればわかるが、言っていることは今とほとんど変わらない。特に放射線との親和性が強調されている。
【関連資料】
■「原発推進へ国民分断、メディア懐柔 これが世論対策マニュアル」（2011年7月2日 赤旗）（検索可）
＞・人気タレントが「原子力は必要だ」、「私は安心しています」といえば、人々が納得すると思うのは甘い。やはり専門家の発言の方が信頼性がある。（同記事の一部）
ところで、■「プロメテウスの罠 無主物の責任（１）」（朝日新聞 2011年11月24日）という記事があった。内容はインターネット上で検索できる。
「――原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。したがって、東電は除染に責任をもたない。」（同記事より）という論理を紹介している。
■「東京電力『3年で会社を再建したい』」（ロケットニュース24 2011年12月7日）（検索可）でもとり上げていた。
＞東京電力の社長西沢俊夫氏が、日刊工業新聞の取材に対し「3年で基盤を固め、いずれは新しい企業像を示したい」と、3年後に会社の再建を果たしたいとの意思を見せた。
日本中に放射能を巻き散らしたにもかかわらず、福島県にあるゴルフ場の訴えを「ゴルフ場に散らばった放射性物質は東京電力のものではない」という無責任はなはだしい理由で除染をせず、なぜか社員にボーナスを出すという厚顔無恥な姿勢を見せているのに取材に対して3年で再建をしたいと言うとはいったい何を考えているのだろうか。（同記事より 以下省略 なお参照元は「日刊工業新聞」とある）
■「セシウムは誰のものか」（AERA 2011年11月28日 岩田智博記者）にも詳しくとり上げてあった。「海外では、年間10ミリシーベルトの自然放射線が観測される場所もある」（同記事）という論理だ。
＞福島第一原発から約45キロ西にある「サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部」（二本松市）と資産保有会社が、東電に原発事故による放射性物質の除去（除染）と損害賠償を求める仮処分を申し立てたのは8月上旬。ゴルフ場は震災と事故のため3月12日から営業を休止している。
（中略）
二本松市は3回にわたってゴルフ場の線量を測定。8月10日には、6番ホールのティーグラウンド地上10センチで毎時2・91マイクロシーベルト。カート置き場の雨どいの排水口付近に至っては毎時51・1マイクロシーベルト、線量だけなら、原発から2・4キロの大熊町夫沢と変わらない高線量だ。
この数値にも東電側は、「二本松市が測定に使った機材の能力や結果の記録の正確性に疑義がある」とし、さらに「海外では、年間10ミリシーベルトの自然放射線が観測される場所もある」と、その程度の汚染は問題がないと示唆。当事者意識の希薄さが改めて浮き彫りになった。
しかし、もっと驚くべきは、東京地裁（福島政幸裁判長）の決定だ（10月31日付）。地裁は東電側の「放射性物質は土地所有者のもの」「二本松市の測定への疑義」は否定し、東電に対して除染を求める権利は認めた。ただ、実際の作業の効率などを考えると、「除染は国や自治体」として、東電への「除染」に関する請求を退けた。
しかも、休業中の維持管理費など約8700万円の東電への損害賠償請求も、東京地裁は文部科学省が4月に出した学校の校庭使用基準の毎時3・8マイクロシーベルト未満を下回っているため、「ゴルフ場の営業再開は可能」と請求を却下した。（同記事より 以下省略）
【その４】 捨てるという思想
原発は処理できないものを捨てる。大量の熱を温排水として捨てているし、汚染水も捨てた。日本だけではない。1993年にはロシアも海に捨てた。どこでも大量の放射性廃棄物の処理に困っている。捨てる思想は脈々と流れている。
■除染で出た汚染土、海へ投棄案 研究者が提唱（asahi.com 2011年12月5日）（検索可）
東京電力福島第一原発の事故で放射能に汚染された土を海に捨てる案が、一部の研究者の間で浮上している。除染のために削り取った土の保管・処分場所を確保することが難しいからだ。世論や国際社会の反発は必至だが、現実的な対応策の一つとして政府への提言を目指す。
除染は、被曝（ひばく）線量が年１ミリシーベルト以上の地域は国の責任で行う。土壌を削り取り、各市町村の仮置き場に保管した後、福島県内につくる中間貯蔵施設に運ぶ方針だ。県内だけで１５００万〜３１００万立方メートルの汚染土が出る見込み。最終処分の方法が決まらなければ恒久的に置かれることになりかねず、用地確保の見通しは立っていない。
こうした現状を踏まえ、文部科学省の土壌汚染マップ作成に携わった大阪大核物理研究センターの谷畑勇夫教授、中井浩二・元東京理科大教授らのグループが３日、大阪大で開かれた研究会で、深海への処分を提案した。海水で腐食せず高い水圧に耐えられる容器に汚染土を入れ、日本近海の水深２千メートル以下に沈める方法が最適とした。（同記事全文）
■汚染水浄化し海洋放出 東電が検討 漁業関係者ら反発（産経ニュース 2011年12月8日）（検索可）
東京電力は８日、福島第１原発で高濃度汚染水を処理し貯蔵している低濃度汚染水を、原子炉等規制法が定める海洋放出基準濃度を下回るまで浄化した後、来年３月以降に海洋放出する施設運営計画をまとめ、漁業団体に説明したことを明らかにした。漁業関係者らは強く反発したといい、東電は計画を再検討するとしている。
東電は原子炉建屋などにたまった高濃度汚染水を浄化し原子炉の冷却に使用しているが、建屋には１日約２００〜５００トンの地下水が流入していることから、注水に必要な量以上の低濃度汚染水が発生している。
現在はこの低濃度汚染水を敷地内のタンクにためているが、来年３月にもタンクの容量を超えるという。東電は今後もタンクの増設を計画するとともに、地下水が建屋に流入する量を減らす工夫も行う予定という。
東電は「今後何年も余剰水はタンクを増設していくことは現実的ではないので、相談をした」と説明している。
現在、福島第１原発で使われている汚染水処理システムでは、セシウムなどは除去できるがプルトニウムなど一部の放射性物質は除去できていない。そのため、今後、こうした放射性物質を除去する装置の開発も進めていくという。（同記事全文）
「今後何年も余剰水はタンクを増設していくことは現実的ではない」（同記事）とは、捨てたいということなのだろう。一つ前の記事でも「現実的な対応策の一つ」とあった。
「子孫のために捨てる」と主張する人もいる。捨てる場所などどこにもないのに。
■「核燃料 探査から廃棄物処理まで」1〜48（大熊由紀子科学部記者）（朝日新聞1976年7月13日〜9月5日）の第40回「地の底や宇宙空間 捨て場を探す」
（前略）
＞「放射性廃棄物は、人間の厳重な管理のもとに置くのがよいと、ばく然と考えている人が多いようです。しかし「……」と、日本原子力研究所で二十年も放射性廃棄物と取り組んできた阪田貞弘環境安全室長はいう。「そのような管理を何百年も何千年も続けてゆくことは不可能です。廃棄物に人が近づかないように見張ったり、水で冷やしたり、といったことを、わたしたちの子孫が、いつまで続けてくれるでしょうか」
人間が「厳しく管理」するには、人間の近くに置かねばならない。ということは、万一管理が悪いと、人間に悪い影響がはね返ってくることを意味する。
「上手に捨ててしまう方が、子孫のためです」
それを永久処分というが、百万年以上も放射線を出すものを、捨てる場所となると、そうあちこちにあるものではない。
アメリカも、西ドイツと同じく、地下の岩塩層を第一候補にしている。フランスやイタリアは、水を通さない粘土の層に捨てようと検討している。
《南極の万年氷も候補》
一方、南極やグリーンランドも候補にのぼっている。南極の場合、氷の厚さは平均して二千メートル、厚いところは四千メートルもある。氷の下の陸地が盆地のようになっているところを選んで、氷原の上に、容器に入れたガラス固化体を置くと、自分自身が出す熱で氷を溶かし、一日に一メートルぐらいの速さで沈んでいく。三年から五年ほどたつと、氷の下の岩盤にたどりついて、そこに落ち着く。穴は、雪や氷で自然にふさがる。固化体のまわりだけは氷が溶けて、水になるだろうが、まわりはすべて氷なので固化体は自然に冷やされる。
あとで回収することを考えて図のように氷のなかにつり下げておくこともできる。万一、氷が動き出し、固化体が氷とともに海へ運ばれるようなことがあっても、海に出るまでに五十万年ぐらいはかかるだろうから、そのころには、放射能もすっかり弱ってしまっていて、それほど心配することはないだろう、というのが南極派のいい分だ。
陸地や深海底に深い穴を掘って埋めてしまおうという案もある。容器の温度は、しだいに上がり、まわりの岩も溶けてしまう。溶けた塊が、どんどん深いところへ沈んでゆくようにもできるし、その場にじっとしていて、二十年ぐらいで再び固まってしまうようにすることもできる。
宇宙連絡船（スペース・シャトル）に積み込んで、宇宙のかなたに捨ててしまう案も真剣に検討されている。
このように、外国では、さまざまな方法が提案され、綿密な計算が進められているが、日本は、いったい、どうしようというのだろうか。（同記事より）
誰のＳＦ小説だったか、題名は忘れたが、処分に困ったものを何でも捨ててしまう穴の話があった。
同じく、■「核燃料 探査から廃棄物処理まで」の第33回に「十年間で百万本に たまるドラム缶」という記事がある。
原子炉のビルのなかを掃除をするときに使ったぞうきんやモップなどはドラム缶に詰めておくそうだ。毎日一本ずつぐらい増える。中身は放射性の廃棄物だからポイポイ捨てるわけにはいかないのだ。そこで、焼いたり濃縮したりするというのだ。
＞《しみこませ固化して》
「放射性物質を含んだ水を煮つめた濃縮液も、遠隔操作で固めてしまいます」
三根さんがボタンを押すと、目の前の厚いコンクリート壁が、スルスルと横に開いて、写真のような装置（注：省略）が現れた。
「ドラムかんにあらかじめ、セメントを入れておき、ここに、濃縮液をしみこませていくのです」
二百リットルのドラムかんに濃縮液百リットルが入れられる。
このようなドラムかんを保存して置くところが、先ほど見た固体廃棄物貯蔵庫である。
――ここに何本積めますか？
「一万本は積めますから十年間は大丈夫でしょう。このわきに、二倍の広さの貯蔵庫を増築できます」
――ドラムかんから外に出てくる放射能は？
「かんにだきついていれば、平均して一時間に一ミリレムぐらいの放射能を浴びることになります」
胸のレントゲン写真を一枚写すと約百ミリレムの放射能を浴び、胃の透視を一回受けると千五百ミリレムぐらいの放射能を浴びる。
だから、四日間、昼夜ぶっ通しで、このドラムかんにだきつきっ放しにしていると、胸のレントゲン写真一枚分、二カ月だきついていると、胃の透視一回分ぐらいを受けることになる。（同記事より）
安全だと言いたいのだろう。だが、
＞「核燃料が働く過程で出てくるさまざまな廃棄物は、技術の進歩につれて少なくなり、かさばらなくなっている。
とはいうものの、原子力発電所がふえるにつれて、ドラムかんの数は、どんどんふえてゆく。科学技術庁が試算したところによると、このままため続けていけば、一九八〇年までには、全国で三十九万本、一九八五年までには百万本を超えてしまうという。」（同記事より）
と書いている。この時からさらに３０年以上経過したわけだ。
高木仁三郎氏は、■「下北半島六ヶ所村核燃料サイクル施設批判」（1991年1月21日発行）の中で「だきついたらたいへん！」（見出し）と批判している。
＞「減容化対策をやって，かさ（「かさ」に傍点）を減らしている，言葉を換えれば中味を濃くしているのです。」（同書より）
目次
【その１】 放射線の閾値（しきいち）はなぜ100ミリシーベルトなのか
【その２】 統計上の推定とその因果関係
【その３】 自然環境に撒き散らされた放射能は誰のものか
【その４】 捨てるという思想
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注：読みやすくするために、記事・書名には ■、見出しには 《 》、長い引用の初めには ＞ が付けてあります。
【その１】 放射線の閾値（しきいち）はなぜ100ミリシーベルトなのか
原発に関する情報は膨大な量にのぼる。その中で、出るべくして出てきた「公的」な性格をもつ二つの争点がある。代替エネルギーの問題と放射線の閾値（しきいち）の問題だ。
これらは原発推進の主要な論拠になっている。代替エネルギーは電力不足・電気代値上げに繋がるし、閾値（しきいち）の問題は放射性廃棄物処理の問題と絡んでくる。閾値の問題は、すでに多くの論者が危険を前提に議論するようになっているときに、唯一、「危険の中の安全」とでもいう主張になっている。人体に影響を与えないとみなされる放射線のレベルを確保しておきたいのだろう。それが100ミリシーベルトという閾値だ。これは後で述べる「捨てる思想」と結びついている。そしてこれは、人間の健康上切実な問題でもあるだけにどうしても避けて通れない。
ところで、閾値はなぜ99ミリシーベルトではないのだろうか。
放射線が危険だということを否定できる論拠はない。もともとは兵器として開発されたものだ。危険なのに安全なレベルが存在するという主張だ。閾値に関して科学的にはわからないことが多いという。統計上の目安としての数値なのだろう。�瑙臙諭�100ミリシーベルト�瓩硫奮愿�根拠を探してみたが、今のところ見当たらない。逆に、調べれば調べるほど諸説紛々。資料を読めば読むほどわからなくなってくるというのが正直なところだ。だから、以下に述べることも資料としての意味しかないだろう。
【その２】 統計上の推定と因果関係
ものの因果関係を特定するのは、それほど簡単なことではない。喫煙にしてもそうだ。体に悪いとは言われているが、タバコを吸ったとたんに即死したり直ちに影響が出たりするわけではない。
次の記事なども、「危険因子ごとの国内の推定死亡者数拡大危険因子ごとの国内の推定死亡者数」というグラフが載せてあるが、厳密に言えば統計上の推定にとどまる。
■「たばこで死亡、年１２万９千人 ０７年分、東大など分析」（asahi.com 2012年1月28日）（検索可）
＞喫煙が原因でがんなどで亡くなった大人の日本人は２００７年に約１２万９千人、高血圧が原因で脳卒中などで亡くなった人は約１０万４千人と推定されることが、東京大や大阪大などの分析でわかった。国際医学誌プロスメディシンに発表した。
東京大の渋谷健司教授（国際保健政策学）や池田奈由特任助教らは、高血糖、肥満、飲酒、運動不足、高塩分摂取など１６の危険因子で日本人が０７年にどれだけ死亡したのかを分析。これらの因子は原則として生活習慣の改善や服薬などで避けられるものだ。
例えば、肺や食道のがんや心筋梗塞（こうそく）など喫煙と因果関係のあるすべての疾患について、喫煙者と非喫煙者の死亡率を比較。各疾患の年間全死亡者数から、喫煙が原因で死亡したと考えられる人数を計算した。
喫煙、高血圧に次いで死者が多いのは５万２千人の運動不足、３万４千人の高血糖、やはり３万４千人の高塩分摂取などだった。複数の因子による死亡は重複して数えられている。（同記事全文）
だから、自動車事故が原因で死んだ人の数と放射能で死んだ人の数を比較したりすると、議論を単純化するのには都合がいいだろうが、妙な結論が導かれる。
東京新聞に、DNA損傷応答の制御機構を専門とする細谷紀子助教（東大医学系研究科疾患生命工学センター）の記事が載っていた。（以下、質問「――」部分と同氏の答え）
■「放射能 本当のことを知りたい――リスクには個人差」（細谷紀子助教）（東京新聞2012年1月26日）
――放射線が遺伝子を傷つける仕組みや修復の仕組みはどこまで分かっていますか。
「放射線は、DNAを直接傷つけるときもあれば、細胞内の水から『ラジカル』というものができ、それがDNA損傷を起こすこともあります。修復ができないと異常が蓄積して、いずれがんになったり、がん以外にもいろんな病気が起こりうるのです」
「修復には、さまざまなタンパク質がかかわっています。複雑な反応であり、現在分かっているのは氷山の一角でしょう。遺伝子の異常で、DNA修復ができない人がいます。そういう人はがんが起きやすい」
――放射線の影響を受けやすい人がいる？
「たとえば年齢によって感受性に違いがあります。子どもの方が影響を受けやすい。線量だけでは説明できない、環境因子プラス個人の遺伝的背景。それらが総合的に作用するのです」
「疫学的にがんが増えると分かっているのは、一〇〇ミリシーベルト以上の線量です。ただDNAの損傷は少ない線量でも起きる。一〇〇ミリシーベルトより下の線量は、絶対安全というわけではない一方、絶対危険とも言えません。疫学的に分かるのは集団の中の比率です。集団での数値だけでは、個人のリスクは必ずしも決められません」
（同記事より 以下、三つ目の質問は省略）
この記事のポイントを列挙する。
１ DNA修復で、現在分かっているのは氷山の一角であること。
２ DNA修復ができないと、がん以外にもいろんな病気が起こりうること。
３ 疫学的にがんが増えると分かっているのは、一〇〇ミリシーベルト以上の線量だが、DNAの損傷は少ない線量でも起きること。
注：【疫学】（えきがく）(epidemiology) 疾病・事故・健康状態について、地域・職域などの多数集団を対象とし、その原因や発生条件を統計的に明らかにする学問。（広辞苑）
とすれば、放射線と病気の因果関係があったとしてもほとんど特定できないことになるし、人体に作用を及ぼすかどうかという閾値100ミリシーベルトも統計上の目安であるということになる。
一方、■「原発のウソ」（小出裕章著 2011年6月11日発行）には「アメリカ科学アカデミーの中に放射線の影響を検討する委員会（BEIR：電離放射線の生物学的影響に関する委員会）」の2005年7番目の報告を挙げて次のように書いてある。
＞《報告》
利用できる生物学的、生物物理学的なデータを総合的に検討した結果、委員会は以下の結論に達した。
被曝のリスクは低線量にいたるまで直線的に存在し続け、しきい値はない。最小限の被曝であっても、人類に対して危険を及ぼす可能性がある。こうした仮定は「直線、しきい値なし」モデルと呼ばれる。（以上、《報告》より）
＞「しきい値」（閾値）というのは、症状が出はじめる最低限の被曝量のことです。つまり、「この量以下の被曝なら安全ですよ」という値です。低レベルの被曝は人体に害がないという考え方は、この「しきい値」が存在するという前提で成り立っています。
しかし、BEIR報告が結論づけているように、そんなものは存在しません。低線量の放射線でも必ず何らかの影響があるし、そしてそれは存在し続けます。どんなに少ない被曝量であってもそれに比例した影響が出る、このような見方を「直線、しきい値なし」（LNT:Linear Non-Threshold）モデルと呼びます。
LNTモデルが出てきた背景には、非常に長い期間にわたる研究の積み重ねがあります。広島・長崎に原爆を落としたアメリカは、1950年から被爆の健康影響を調べる寿命調査（LSS:Life Span Study）を開始しました。広島・長崎の近距離被爆者約5万人、遠距離被爆者約4万人、さらに比較対照のため原爆が炸裂した時に広島・長崎にいなかった人（非被爆対照者）約3万人を囲い込んで被爆影響の調査を進めたのです。半世紀にわたる調査の結果、年間50ミリシーベルトの被曝量でも、がんや白血病になる確率が高くなるということが統計学的に明らかになりました。（同書より）
著者は、続けて「解明されつつある低レベル被曝の危険性」を指摘している。
＞私たちに備わっている修復機能は、本当に被曝で受けた傷を治すことができるのでしょうか。LNTモデルを採用していない国際放射線防護委員会（ICRP）ですら、「生体防御機構は、低線量においてさえ、完全には効果的でないようなので、線量反応関係にしきい値を生じることはありそうにない」と述べています。保健物理学の父と呼ばれ、ICRP委員も務めたK・Z・モーガン氏が「私たちは当初、あるしきい値以上の被曝を受けなければ、人体の修復機構が細胞の損傷を修復すると考えていた。しかしその考え方が誤りであった」と認めている通りです。
これに加え、「低線量での被曝は、高線量での被曝に比べて単位線量あたりの危険度がむしろ高くなる」という研究結果が出てきました。前述のモーガン氏は「非常に低線量の被曝では、高線量での被曝に比べて1レムあたりのがん発生率が高くなることを示す信頼性のある証拠すらあり、それは『超直線仮説』と呼ばれる」と結論づけています。実は、人間の被曝に関して最も充実したデータを提供している広島・長崎の被爆者データがそのような傾向をはっきり示しており、最近の科学の進歩によって分子生物学的な裏づけがえられはじめています。例えば、次のような発見があげられます。
【バイスタンダー効果】被曝した細胞から被曝しなかった周辺の細胞に遠隔的に被曝情報が伝えられる現象。
【遺伝子（ゲノム）不安定性】被曝の損傷を乗り越えて生き残った細胞集団に「遺伝子不安定性」が誘導され、長期間にわたって様々な遺伝的な変化が高い頻度で生じ続ける現象。
さらに、最近になって「低線量での被曝では細胞の修復効果自体が働かない」というデータすら出はじめています。（同書より 以下省略）
なお、
■「原発・放射能 図解データ」（野口邦和監修・プロジェクトF 2011年8月8日発行）
には、
＞《低線量被曝の影響はわからない、わからないからリスクをへらす》
（前略）
低線量被曝による健康障害のしきい値はわかっていない。低線量被曝とがんの発生率の関係には諸説があるが、放射線防護学の専門家のあいだでは、103pの図のAの見解（注：省略）が一般的である。だが、低線量を長期にわたり被曝した症例や実験データはなく、正確には「わからない」ということになる。「わからない」ので安全ではなく、「わからない」から、できるだけリスクを減らすべきである。（同書より）
とある。こういう見解が多いのも事実だ。
同書には「DNAを修復できないほどの放射線を浴びると健康障害が出る」という章があり、DNAの変化が説明してあった。
＞（前略）
放射線が人体に与える影響には、直接的影響と間接的影響がある。
【直接的影響】放射線が原子にあたると、原子の結合の仲立ちとなっている電子がはじき飛ばされたり、ひっぱられたり、原子同士の結合に不都合を起こす。つまり、電離作用を起こす。中性子線は荷電していないが、原子核と衝突した時、相手が重いと、相手にあまりエネルギーを与えず、自分が飛ばされて方向を変えるだけになる。しかし、原子核が軽いと、衝突された原子核は飛ばされて周りのものを強く電離する。
【間接的影響】電子および電離した原子は不安定で、瞬時に複雑な連鎖反応を起こし、フリーラジカルと呼ばれる反応性に富む新しい分子を作る。そして、フリーラジカル同士、または分子と反応して、DNAに変化を起こす。
このようにして、DNAが傷つく場合がある。たいていの場合は修復酵素の働きで修復されるが、修復できないほどの強い放射線を浴びたり、長期間浴びて、DNAの2重らせんの内2本とも傷つけられると、修復ができなくなる。すると、細胞分裂が止まったり、異常な細胞が生まれる。その結果、白血球が減って免疫が低下したり、脱毛、がん、不妊などの病気を引き起こす。とくに細胞分裂が活発な細胞は、DNAが傷つけられると、異常の頻度も高くなるので、乳幼児は影響を受けやすい。（同書より）
「危険の中の安全」の論理で「公的」になったものには、医療用より少ないから心配ない、自然界にも放射能は存在する、微量の放射能は健康によい、などがある。
人体に作用を及ぼすかどうかという視点で検討すると、どういうことになるのか。
CTスキャンやX線などの医療用機器は人体に作用を及ぼすから使われるわけで、無害で安全だから使われるわけではない。副作用というリスクを背負って限定的に使用するわけだ。
また、自然界にも放射能は存在するといっても、だからといって放射能をさらに撒き散らしていいはずもない。次のような説明だ。
■「放射線Ｑ＆Ａ」（原子力技術研究所 放射線安全研究センター 財団法人電力中央研究所）（検索可）
＞「一回のCTスキャン検査で受ける６〜７ミリシーベルト程度の低線量放射線のリスクは身の回りの他のリスクと比べても極めて低いと考えられるため、発がんを気にする必要はありません。」
＞「放射線そのものは体内には蓄積されません。健康診断などでレントゲン撮影をした後、身体に放射線が残って何らかの害が生ずる、ということはありません。」
＞「原子力発電所から受ける放射線の量は、自然放射線による線量（年間世界平均2.4ミリシーベルト）よりもはるかに低く、国内における自然放射線の地域差よりも少ないことから、原子力発電所による影響はほとんどないものと考えられます。」
そして、
■「LNT（しきい値なし直線）仮説について」（原子力技術研究所 放射線安全研究センター 財団法人電力中央研究所）（検索可）
には、例を挙げたあと、次のように書いてある。真説（しんせつ）が存在するかと思うような記述だ。
＞《なぜ「仮説」なのか？》
このように確たる情報に乏しい低線量の範囲について、放射線防護の立場からリスクを推定するために導入されたのがLNT仮説です。低線量放射線の影響についてはよくわからないが、影響があると考えておいた方が安全側だという考え方に基づいたもので、科学的に解明されたものではないことから「仮説」と呼ばれています。（同HPより）
だが、本当に言いたいことは次の部分だろう。誤解かどうかは知らないが、「放射線に対する恐怖感、不安感を助長する」ことがいやなのだ。
＞「微量の被ばくに対してLNT仮説を用いてリスクが評価される場合が後を絶たず、このような情報を受け取った一般の方々に誤解を与え、放射線に対する恐怖感、不安感を助長する結果になっています。」（同HP−「LNT仮説の問題点」より）
さらに、■「放射線Ｑ＆Ａ」（原子力技術研究所 放射線安全研究センター 財団法人電力中央研究所HP）（検索可）のところで、放射線ホルミシス効果については中立的立場をとっているとあるが、どうみても以下の記述は中立的ではないし、中立的立場はとれないはずだ。この説は少量でも人体に作用を及ぼすという主張だからだ。
＞Q：「少量の放射線を浴びると逆に体にいい効果がある」と聞いたことがあるが、具体的にはどのようなものか？
＞A：一般に「放射線ホルミシス」と呼ばれています。元々は米国ミズーリ大学教授のトーマス・Ｄ・ラッキー博士が1982年に提唱したものです。これは「少しの放射線は、免疫機能の向上などをもたらし、身体のあらゆる活動を活性化し、病気を治したり、病気にかからない強い身体にしたり、老化を抑えて若々しい体を保つなど、さまざまな体によい影響を及ぼす」というもので、放射線は少しでも有害であるとする社会通念や放射線防護の規制概念とは全く異なる画期的なものでした。その後世界中で放射線ホルミシスに関する研究が行われています。効能としては、関節リウマチ・腰痛・神経痛・喘息・がん再発防止・がん治療向上・糖尿病等に有効とされています。しかし、この放射線ホルミシス効果については現在もさまざまな研究や議論が行われている最中で、定説はありません。尚、当センターは現在のところ、放射線ホルミシス効果については中立的立場をとっています。（同Ｑ＆Ａ）
■「世界一わかりやすい放射能の本当の話」（『別冊宝島』 2011年5月4日発行）の「Column 体に良い放射線」（文／斉藤勝司記者）には次のように説明があった。
＞強い放射線は、遺伝子を損傷し、細胞をがん化させたり、殺すことがあります。この作用は細胞分裂が活発な時のほうが強く表れます。子供のほうが放射線の影響を受けやすいとされるのも、大人に比べて子供の細胞分裂が活発だからです。
ならば細胞分裂が活発ながん細胞も放射線の影響を受けやすいと言えます。がんの治療に放射線が用いられるのも、正常な細胞よりも活発に分裂するがん細胞のほうが放射線の影響を受けることを利用しているのです。（同書より）
相対的に見れば、こういうこともありうるかもしれないが、「少量の放射能が健康によい」のなら人体に何らかの作用を及ぼしているわけで、少量の少し上の量ならどうなるのか。修復機能があることが前提なのだろうが、いずれにしても個人差があるわけだから、放射能に強い人々が生きのびることになるのか。
さらに、■「放射線Ｑ＆Ａ」からもう一つ付け加えておく。
＞Q：発芽抑止に放射線を照射されたジャガイモを食べても、体に悪影響はないのか？
＞A：ジャガイモは収穫後２〜３ヶ月を過ぎると発芽してしまうため、３月〜４月に出荷するジャガイモの一部に放射線を当てて芽止めをしています。エックス線検査などで放射線を浴びても人体に残らないのと同様に、放射線を食品に照射しても放射線は残りません。したがって、それを食べても体に影響はありません。（同Ｑ＆Ａ）
■「世界一わかりやすい放射能の本当の話」（前掲書）によると、
＞「じゃがいもに0・02〜0・15kGyの放射線を当てることにより、発芽が抑制され、保存しやすいものにしてから出荷するということが行われています。日本で許可されているのはじゃがいもの発芽抑制だけですが、世界では食肉の殺菌や、果物の長期保存など放射線利用は多岐にわたっています。（同書より）
とあるだけで、安全性や危険性については触れていない。
※参考資料
■食品への放射線照射に係る科学的知見の収集及び整理（厚生労働省）PDF（検索可）
なおICRP（国際放射線防護委員会）については批判もある。二つ挙げておく。
■「世界一わかりやすい放射能の本当の話」（前掲書）の「新聞やテレビが伝えない低線量内部被曝の危険性」の章
＞放射性物質が体内に入り、被曝し続けることを内部被曝といい、その被曝量は体内に入った放射性物質の種類と量と「実効線量係数」を掛け合わせることにより算出が可能です。この「実効線量係数」を出しているのはICRP（国際放射線防護委員会）という組織です。この組織の放射線防護に関する基本的な考え方は「放射線被曝の原因となる有益な行為を不当に制限することなく、人を防護するための適切な標準を与えること」で、安全よりも作業を優先する立場といえます。ECRR（放射線リスク欧州委員会）という科学者の組織は「ICRPは原子力産業に極めて近い団体であり、功利主義的な損益計算に基づいて被曝を正当化し、環境への放射線放出を認めている」として批判しています。そしてICRPとECRRでもっとも大きな見解が異なっているのが低線量被曝の人体への影響なのです。つまり、一度に多くの線量の放射線を受けるよりも、低線量でも長期間にわたって放射線を受ける方が人体への影響が大きいと主張するECRRに対して、ICRPはそれを無視、もしくは軽視し続けているのです。（同書より 以下省略）
■「内部被曝の脅威を低く見積もるな 米国の核戦略が被害を隠した」（矢ケ崎克馬氏）（週刊金曜日 2011年4月8日号）
《ICRPは内部被曝無視》
＞ところで、核爆弾が初めて使われた第二次世界大戦後、放射線被曝によって命を奪われた人の数はどのぐらいに達していると思いますか。ICRPの基準に基づいた試算では一一七万人です。しかし、ECRR（欧州放射線リスク委員会）は六五〇〇万人を超すと試算しています。なんと五五倍以上です。この違いは「内部被曝」を勘定に入れるか入れないかの違いによって生じます。
広島・長崎原爆の被害者だけでなく、原爆や大気圏核実験で世界にまき散らされた放射性降下物、原子力発電所から漏れた放射性物質などを、ICRPは危険濃度以下に薄まっているから被害を与えないといいます。福島第一原発から漏れる放射性物質に対する日本政府の説明と同じですね。一方、ECRRは内部被曝こそ被曝の継続性、局所性から最も危険だと主張しています。（同記事より）
【その３】 自然環境に撒き散らされた放射能は誰のものか
朝日新聞（1974年8月6日）に「日本原子力文化振興財団」の「放射能は、環境にどんな影響を与えるか」という広告が載っている。下段3分の２の大きさだ。放射線医学総合研究所環境衛生部長の写真も載せてある。小見出し（見やすいように【 】をつけた）だけ列挙してみる。
【現代は放射線をおそれる時代から 放射線を生活に取り入れる時代です。】
【原始時代のむかしから、人類は放射線の中で生活してきた事実をごぞんじでしょうか。】
【人類の幸福や発展があっての原子力平和利用でなくてはなりません。】
【放射線の安全監視については国がつねに厳しい態度でのぞんでいます。】
【つねに放射線が監視され海底土、土壌、農作物、畜産物などの放射能が厳しくチェックされています。】
専門家の写真を載せるなど、当初からマニュアルどおりだ。見出しをみればわかるが、言っていることは今とほとんど変わらない。特に放射線との親和性が強調されている。
【関連資料】
■「原発推進へ国民分断、メディア懐柔 これが世論対策マニュアル」（2011年7月2日 赤旗）（検索可）
＞・人気タレントが「原子力は必要だ」、「私は安心しています」といえば、人々が納得すると思うのは甘い。やはり専門家の発言の方が信頼性がある。（同記事の一部）
ところで、■「プロメテウスの罠 無主物の責任（１）」（朝日新聞 2011年11月24日）という記事があった。内容はインターネット上で検索できる。
「――原発から飛び散った放射性物質は東電の所有物ではない。したがって、東電は除染に責任をもたない。」（同記事より）という論理を紹介している。
■「東京電力『3年で会社を再建したい』」（ロケットニュース24 2011年12月7日）（検索可）でもとり上げていた。
＞東京電力の社長西沢俊夫氏が、日刊工業新聞の取材に対し「3年で基盤を固め、いずれは新しい企業像を示したい」と、3年後に会社の再建を果たしたいとの意思を見せた。
日本中に放射能を巻き散らしたにもかかわらず、福島県にあるゴルフ場の訴えを「ゴルフ場に散らばった放射性物質は東京電力のものではない」という無責任はなはだしい理由で除染をせず、なぜか社員にボーナスを出すという厚顔無恥な姿勢を見せているのに取材に対して3年で再建をしたいと言うとはいったい何を考えているのだろうか。（同記事より 以下省略 なお参照元は「日刊工業新聞」とある）
■「セシウムは誰のものか」（AERA 2011年11月28日 岩田智博記者）にも詳しくとり上げてあった。「海外では、年間10ミリシーベルトの自然放射線が観測される場所もある」（同記事）という論理だ。
＞福島第一原発から約45キロ西にある「サンフィールド二本松ゴルフ倶楽部」（二本松市）と資産保有会社が、東電に原発事故による放射性物質の除去（除染）と損害賠償を求める仮処分を申し立てたのは8月上旬。ゴルフ場は震災と事故のため3月12日から営業を休止している。
（中略）
二本松市は3回にわたってゴルフ場の線量を測定。8月10日には、6番ホールのティーグラウンド地上10センチで毎時2・91マイクロシーベルト。カート置き場の雨どいの排水口付近に至っては毎時51・1マイクロシーベルト、線量だけなら、原発から2・4キロの大熊町夫沢と変わらない高線量だ。
この数値にも東電側は、「二本松市が測定に使った機材の能力や結果の記録の正確性に疑義がある」とし、さらに「海外では、年間10ミリシーベルトの自然放射線が観測される場所もある」と、その程度の汚染は問題がないと示唆。当事者意識の希薄さが改めて浮き彫りになった。
しかし、もっと驚くべきは、東京地裁（福島政幸裁判長）の決定だ（10月31日付）。地裁は東電側の「放射性物質は土地所有者のもの」「二本松市の測定への疑義」は否定し、東電に対して除染を求める権利は認めた。ただ、実際の作業の効率などを考えると、「除染は国や自治体」として、東電への「除染」に関する請求を退けた。
しかも、休業中の維持管理費など約8700万円の東電への損害賠償請求も、東京地裁は文部科学省が4月に出した学校の校庭使用基準の毎時3・8マイクロシーベルト未満を下回っているため、「ゴルフ場の営業再開は可能」と請求を却下した。（同記事より 以下省略）
【その４】 捨てるという思想
原発は処理できないものを捨てる。大量の熱を温排水として捨てているし、汚染水も捨てた。日本だけではない。1993年にはロシアも海に捨てた。どこでも大量の放射性廃棄物の処理に困っている。捨てる思想は脈々と流れている。
■除染で出た汚染土、海へ投棄案 研究者が提唱（asahi.com 2011年12月5日）（検索可）
東京電力福島第一原発の事故で放射能に汚染された土を海に捨てる案が、一部の研究者の間で浮上している。除染のために削り取った土の保管・処分場所を確保することが難しいからだ。世論や国際社会の反発は必至だが、現実的な対応策の一つとして政府への提言を目指す。
除染は、被曝（ひばく）線量が年１ミリシーベルト以上の地域は国の責任で行う。土壌を削り取り、各市町村の仮置き場に保管した後、福島県内につくる中間貯蔵施設に運ぶ方針だ。県内だけで１５００万〜３１００万立方メートルの汚染土が出る見込み。最終処分の方法が決まらなければ恒久的に置かれることになりかねず、用地確保の見通しは立っていない。
こうした現状を踏まえ、文部科学省の土壌汚染マップ作成に携わった大阪大核物理研究センターの谷畑勇夫教授、中井浩二・元東京理科大教授らのグループが３日、大阪大で開かれた研究会で、深海への処分を提案した。海水で腐食せず高い水圧に耐えられる容器に汚染土を入れ、日本近海の水深２千メートル以下に沈める方法が最適とした。（同記事全文）
■汚染水浄化し海洋放出 東電が検討 漁業関係者ら反発（産経ニュース 2011年12月8日）（検索可）
東京電力は８日、福島第１原発で高濃度汚染水を処理し貯蔵している低濃度汚染水を、原子炉等規制法が定める海洋放出基準濃度を下回るまで浄化した後、来年３月以降に海洋放出する施設運営計画をまとめ、漁業団体に説明したことを明らかにした。漁業関係者らは強く反発したといい、東電は計画を再検討するとしている。
東電は原子炉建屋などにたまった高濃度汚染水を浄化し原子炉の冷却に使用しているが、建屋には１日約２００〜５００トンの地下水が流入していることから、注水に必要な量以上の低濃度汚染水が発生している。
現在はこの低濃度汚染水を敷地内のタンクにためているが、来年３月にもタンクの容量を超えるという。東電は今後もタンクの増設を計画するとともに、地下水が建屋に流入する量を減らす工夫も行う予定という。
東電は「今後何年も余剰水はタンクを増設していくことは現実的ではないので、相談をした」と説明している。
現在、福島第１原発で使われている汚染水処理システムでは、セシウムなどは除去できるがプルトニウムなど一部の放射性物質は除去できていない。そのため、今後、こうした放射性物質を除去する装置の開発も進めていくという。（同記事全文）
「今後何年も余剰水はタンクを増設していくことは現実的ではない」（同記事）とは、捨てたいということなのだろう。一つ前の記事でも「現実的な対応策の一つ」とあった。
「子孫のために捨てる」と主張する人もいる。捨てる場所などどこにもないのに。
■「核燃料 探査から廃棄物処理まで」1〜48（大熊由紀子科学部記者）（朝日新聞1976年7月13日〜9月5日）の第40回「地の底や宇宙空間 捨て場を探す」
（前略）
＞「放射性廃棄物は、人間の厳重な管理のもとに置くのがよいと、ばく然と考えている人が多いようです。しかし「……」と、日本原子力研究所で二十年も放射性廃棄物と取り組んできた阪田貞弘環境安全室長はいう。「そのような管理を何百年も何千年も続けてゆくことは不可能です。廃棄物に人が近づかないように見張ったり、水で冷やしたり、といったことを、わたしたちの子孫が、いつまで続けてくれるでしょうか」
人間が「厳しく管理」するには、人間の近くに置かねばならない。ということは、万一管理が悪いと、人間に悪い影響がはね返ってくることを意味する。
「上手に捨ててしまう方が、子孫のためです」
それを永久処分というが、百万年以上も放射線を出すものを、捨てる場所となると、そうあちこちにあるものではない。
アメリカも、西ドイツと同じく、地下の岩塩層を第一候補にしている。フランスやイタリアは、水を通さない粘土の層に捨てようと検討している。
《南極の万年氷も候補》
一方、南極やグリーンランドも候補にのぼっている。南極の場合、氷の厚さは平均して二千メートル、厚いところは四千メートルもある。氷の下の陸地が盆地のようになっているところを選んで、氷原の上に、容器に入れたガラス固化体を置くと、自分自身が出す熱で氷を溶かし、一日に一メートルぐらいの速さで沈んでいく。三年から五年ほどたつと、氷の下の岩盤にたどりついて、そこに落ち着く。穴は、雪や氷で自然にふさがる。固化体のまわりだけは氷が溶けて、水になるだろうが、まわりはすべて氷なので固化体は自然に冷やされる。
あとで回収することを考えて図のように氷のなかにつり下げておくこともできる。万一、氷が動き出し、固化体が氷とともに海へ運ばれるようなことがあっても、海に出るまでに五十万年ぐらいはかかるだろうから、そのころには、放射能もすっかり弱ってしまっていて、それほど心配することはないだろう、というのが南極派のいい分だ。
陸地や深海底に深い穴を掘って埋めてしまおうという案もある。容器の温度は、しだいに上がり、まわりの岩も溶けてしまう。溶けた塊が、どんどん深いところへ沈んでゆくようにもできるし、その場にじっとしていて、二十年ぐらいで再び固まってしまうようにすることもできる。
宇宙連絡船（スペース・シャトル）に積み込んで、宇宙のかなたに捨ててしまう案も真剣に検討されている。
このように、外国では、さまざまな方法が提案され、綿密な計算が進められているが、日本は、いったい、どうしようというのだろうか。（同記事より）
誰のＳＦ小説だったか、題名は忘れたが、処分に困ったものを何でも捨ててしまう穴の話があった。
同じく、■「核燃料 探査から廃棄物処理まで」の第33回に「十年間で百万本に たまるドラム缶」という記事がある。
原子炉のビルのなかを掃除をするときに使ったぞうきんやモップなどはドラム缶に詰めておくそうだ。毎日一本ずつぐらい増える。中身は放射性の廃棄物だからポイポイ捨てるわけにはいかないのだ。そこで、焼いたり濃縮したりするというのだ。
＞《しみこませ固化して》
「放射性物質を含んだ水を煮つめた濃縮液も、遠隔操作で固めてしまいます」
三根さんがボタンを押すと、目の前の厚いコンクリート壁が、スルスルと横に開いて、写真のような装置（注：省略）が現れた。
「ドラムかんにあらかじめ、セメントを入れておき、ここに、濃縮液をしみこませていくのです」
二百リットルのドラムかんに濃縮液百リットルが入れられる。
このようなドラムかんを保存して置くところが、先ほど見た固体廃棄物貯蔵庫である。
――ここに何本積めますか？
「一万本は積めますから十年間は大丈夫でしょう。このわきに、二倍の広さの貯蔵庫を増築できます」
――ドラムかんから外に出てくる放射能は？
「かんにだきついていれば、平均して一時間に一ミリレムぐらいの放射能を浴びることになります」
胸のレントゲン写真を一枚写すと約百ミリレムの放射能を浴び、胃の透視を一回受けると千五百ミリレムぐらいの放射能を浴びる。
だから、四日間、昼夜ぶっ通しで、このドラムかんにだきつきっ放しにしていると、胸のレントゲン写真一枚分、二カ月だきついていると、胃の透視一回分ぐらいを受けることになる。（同記事より）
安全だと言いたいのだろう。だが、
＞「核燃料が働く過程で出てくるさまざまな廃棄物は、技術の進歩につれて少なくなり、かさばらなくなっている。
とはいうものの、原子力発電所がふえるにつれて、ドラムかんの数は、どんどんふえてゆく。科学技術庁が試算したところによると、このままため続けていけば、一九八〇年までには、全国で三十九万本、一九八五年までには百万本を超えてしまうという。」（同記事より）
と書いている。この時からさらに３０年以上経過したわけだ。
高木仁三郎氏は、■「下北半島六ヶ所村核燃料サイクル施設批判」（1991年1月21日発行）の中で「だきついたらたいへん！」（見出し）と批判している。
＞「減容化対策をやって，かさ（「かさ」に傍点）を減らしている，言葉を換えれば中味を濃くしているのです。」（同書より）
2012年01月01日
1970年代に大手メディアが報道した原発情報
目次
【その１】 なぜ今、1970年代の報道を問題にするのか。
【その２】 「核再処理工場の重大事故 国民の半数死亡も 西独で報告書が波紋」という記事
【その３】 大熊由紀子科学部記者の「核燃料――探査から廃棄物処理まで」という記事
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＊見出しにつけた《 》は当ブログによる。
【その１】 なぜ今、1970年代の報道を問題にするのか。
それは、報道の責任を明確化するためであり、自己の思想を検証するためである。当時は根拠のない原発礼賛記事もあったし、原発に対する純粋な危機感に基づく記事もあった。どちらの側の記事にしても、現在行われている双方の論理の雛形となっている。だが、福島原発事故以後の現実認識と対比すれば、同一の情報が製作者側の意図とはまったく別の見え方をするようになる。さらに製作者側にとっては「ノイズ」でしかなかったものにも新たな意味を見出すかもしれない。
東京新聞を見ていたら、次の記事が目にとまった。
■原発PR映画上映会（東京新聞2011年12月18日）
「原子力発電所の『安全神話』がどのようにつくられたのかを考えよう」
というものだが、インターネットで検索したら、
■「安全」描いた映画上映 原発建設を記録 １７日、茨城大（東京新聞 2011年12月14日）（検索可）
というお知らせも載っていた。
「原発PR映画上映会」と同様の記事が産経ニュースにもあった。産経という新聞は本当におもしろい。
■原発ＰＲ映画を上映 茨城大が安全神話を考える（産経ニュース 2011年12月17日）（検索可）
原子力発電所の「安全神話」がどのようにつくられたのかを考えようと、茨城大（水戸市）で１７日、電力会社や国などが企画・製作した原発ＰＲ映画の上映会が開かれた。
主催は同大学教育学部と記録映画保存センター（東京）。同大学の島田裕之教授は「福島第１原発事故で大きく揺らいだ安全神話を検証するきっかけにしてほしい」としている。
茨城県東海村で昭和４１年に稼働した日本初の商業用原発のドキュメンタリー「東海発電所の建設記録」（企画・日本原子力発電）では、初めて臨界に達した際に職員らが拍手する姿が映し出された。ほかに、地震に対する原発の安全を立証する「原子力発電所と地震」（同・資源エネルギー庁）などを上映した。
記録映画保存センターの村山英世事務局長は「ネガティブな情報を排除したＰＲ映画は推計で約２千本製作された」と指摘した。（同記事より全文）
――内容に関しては次の記事が詳しい。以下。４作品の要点を引用。
■「地震は克服」「原発で所得倍増」―そんなセリフ満載の「原発PR映画」上映会が開催（日刊サイゾー 2011年11月1日）（検索可）
1 『東海発電所の建設記録』
「この作品では、そもそも原子炉ではどうやって核分裂を発生させ、エネルギーを発電まで導くのかが丁寧に説明される。あくまでノリは科学教育映画で、プロパガンダ色は薄い。東京都教育映画コンクール金賞、科学技術映画祭入選、日本産業映画コンクール 日本産業映画賞など受賞歴が多いのも納得できる作品だ。」（同記事）
2 『原子力発電所と地震』（1975年作品。企画：資源エネルギー庁 製作：鹿島映画）
「ナレーションは『（原発は）宿命といわれる地震を克服した』と自画自賛する。3.11以降の状況の中で見ると、なぜ誰も津波が押し寄せてくることを想定しなかったのか、という疑問がわき上がるばかりの作品である。」（同記事）
3 『海岸線に立つ日本の原子力発電所』（1987年作品。企画：日本立地センター 製作：岩波映画製作所） 副題「鳥の見た島国のエネルギー」
「ナレーションは『原発が建設されたことで"浜通りのチベット"と呼ばれた、この地域では所得も増え生活が豊かになった』と解説するのだ。さらに、映像は四国電力の伊方原発、九州電力の玄海原発へと移り、風光明媚な土地に原発が溶け込み、地域社会とも共存していることを語っていく。もちろん、まったくそのようには感じられない。むしろ『どこの原発も海岸線ギリギリ。ほかの原発も危ないんじゃないのか......』と余計な不安に駆られてしまいそうな作品である。」（同記事）
4 『いま原子力は...』（1976年。企画：放送番組センター 製作：岩波映画製作所）
「原発は本当に大丈夫なのかという疑問を投げかける作品。当時、3号機までが運転中の福島第一原発で取材に応じた担当者が『アメリカの学者が計算したところ大事故の起こる可能性は50億分の1』と力説している。」（同記事）
――なお、■「隠される原子力 核の真実」（小出裕章著 2010年12月12日発行）では、1955年12月31日付「東京新聞」の記事を引用して批判してある。
＞「三多摩の山中に新しい火が燃える。工場、家庭へどしどし送電。さて原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう。
（中略）電気料は二〇〇〇分の一になる。
（中略）原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運びこみ、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる」
この記事の後半部分がまったくの誤りであることは、すぐにわかります。電気料金は二〇〇〇分の一になりませんでした。また、原子力発電所は火力発電所に比べてもはるかに巨大な工場になりましたし、三多摩にもビルの地下にも原子力発電所は建設できず、過疎地に押し付けられました。
しかし、この記事の前半に書かれていること、すなわち化石燃料はいずれ枯渇するので、未来のエネルギー源は原子力だということは、いまだに言われ続けていますし、多くの日本人はそう思わせられています。（同書より）
――「この記事の前半」はまさしく代替エネルギーの問題であり、原発推進論に残された唯一といってよいくらいの論理だ。そして、原子力に替わるエネルギーが現実化していないことがこの論理に一定の影響力を与えている。「安全、安価、クリーン」――みなプロパガンダだとばれてしまったのだ。
つい昨日（12月30日）目にした記事がある。
■議論や検証しなかった「一国平和主義」 「脱原発」の主張はそれに似ている／ジャーナリスト田原総一朗さんに聞く（J-CASTニュース 2011年12月30日）（検索可）
という記事だ。
＞田原 まず、私は決して原発推進派ではありません。そもそも、これから10年、20年は原発新設はできないのですから推進しようがない。以前に原発の本（復刊した「原子力戦争」と「ドキュメント東京電力」）を書いたときに、原発は危険だと思ったし、今でもそう思っています。（同記事）
――田原総一朗氏は原発推進派ではないと言う。「原発容認派」だとでも言いたいのか。
■「原発文化人50人斬り」（佐高信著 2011年6月20日発行）に、
＞「……田原総一朗が資源エネルギー庁と青森県の共催の二〇一〇年秋の講演会で、原発の必要性を説き、日本の原発の技術がいかに優れているかを強調して、一一〇万円の講演料を得た事例も、そこに出た青森県議によって報告されている。地方の講演なら公けにはならないと思ったのだろうか。」（同書p22）
と載っていた。資源エネルギー庁と青森県の共催というのだから、まさか脱原発の講演でもあるまい。「原発は危険だ」などと言ったのだろうか。
田原氏の説く「2つ問題」がある。
＞「ひとつは、「脱原発」をするなら代替をどうするかという問題です。
仮に原発をゼロにするならば、その分の電力をどう代替するかをきちんと示す必要があります。自然エネルギーの開発を進めればいい、という人がいますが、10年、20年の期間に限れば「代替」は現実的な話ではありません。
かつてはそういう希望がもたれた時期もありました。しかし、今では自然エネルギーにそんな大きな期待は持てないとエネルギーの専門家らは指摘しています。省エネをするにしても限界があります。
当面は、石油など化石燃料の割合を増やすなどして乗り切るしかないでしょうが、化石燃料の場合、際限なく増やせるわけではありません。二酸化炭素の排出削減を完全に頓挫させていいのか、という視点も出てきます。」
――ふたつ目の問題点は何ですか。
田原 仮に日本が近々、「脱原発」を実施したとしても、今ある原発の使用済み核燃料をどうするのか、という問題は残り、「一件落着」とはなりません。中間処理も最終処理も解決できていないし、これは世界中の課題でもあるわけです。
日本は、こうした世界的な課題解決に貢献しなくていいのでしょうか。日本だけが近い将来に「脱原発」をしたところで問題は消えません。他人事ではないのです。（同記事より）
――代替エネルギーをどうするのか、というのがその論拠だ。だが、この論拠は、原発推進派と同じなのだ。「エネルギーの専門家ら」の指摘と言うが、誰のどういう議論なのか。代替エネルギーはもっと豊富だ。
「ふたつ目の問題点」は問題にもならない。日本だけが、ドイツだけが、と先頭に立とうとするものの足を引っ張るようなことを平気で言う。
原発の使用済み核燃料をどうするのか、という課題を解決するために原発を容認しろと言うのだ。使用済み核燃料をどう処理するのかということと、原発を容認してさらに使用済み核燃料を作り出すということは別のことだ。
【その２】 「核再処理工場の重大事故 国民の半数死亡も 西独で報告書が波紋」という記事
――■「原発破局を阻止せよ！」（広瀬隆著 週刊朝日2011年6月17日号掲載）に「11 死者三〇〇〇万予測 再処理事故の戦慄」という見出しの文がある。「再処理工場の危険性」について述べたものだ。そこに、「一九七七年一月一五日付の毎日新聞に掲載された記事『核再処理工場の重大事故 国民の半数死亡も 西独で報告書が波紋』についての記述がある。
＞「一九七六年に西ドイツのケルン原子炉安全研究所が内務省に提出した『再処理工場の大事故に関する解析』という極秘リポートによれば、全土から放射性物質を集めてプルトニウムを抽出する再処理工場では、万一冷却装置が完全に停止すると、爆発によって周囲一〇〇キロの範囲で、全住民が致死量の一〇倍から二〇〇倍の放射能を浴びて即死し、最終的な死亡者は、西ドイツ全人口の半分に達する可能性がある――このおそるべき予測を報じた記事こそ、三〇代の私が原発廃絶を決意した、活動の原点であった。」（同書より 以下省略）
＞「ご存じのとおり、三月の東日本大震災では、東北地方全域が津波と地震の脅威にさらされ、本震から一ケ月後の四月七日には最大の余震も起こり、六ヶ所再処理工場では、外部電源が遮断され、非常用電源でかろうじて核燃料貯蔵プールや高レベル放射性廃液の冷却を続けた。まさに西ドイツの報告書を地で行くような恐怖の事態が起こったのは、今からほんの二ヶ月前である。ところが日本消滅の一歩手前まで行きながら、その後も、日本国民とマスメディアは平気である。この無神経さを、私は信じることができない。」（同書より 以下省略）
《原発全廃七割超ドイツ人の原点》
＞「当時は西ドイツ北部のニーダーザクセン州に再処理工場が計画されていたので、ここで事故が発生した場合、風下にあたる被曝想定地帯が一二五頁の図に示され、『扇形に含まれる領域は、分析対象となった再処理工場事故の際に放出された放射能が人命被害をもたらす地域を示している。この領域（西ドイツのみ）は約六・三万平方キロメートル、一平方キロメートルあたりの平均人口は四八五人である。この場合、西ドイツだけでも約三〇五〇万人が死亡する。風向きが異る場合、それに応じてこの扇形が移動する』とある。一九七〇年の西ドイツ人口が六〇七〇万人なので、『三〇五〇万人死亡』であれば、国民の半数になる。
この予測が暴露されたあと、西ドイツ内務省は、公表しなかった理由を、解析がまだ完成していないからだと必死で抗弁につとめたが、『安全対策を講じなかった場合には三〇〇〇万人が死亡する』予測を認めたのである。」（同書より 以下省略）
――ところがこの毎日新聞の記事は、一部写真が載っているものの記事全体をみることができない。調べてみたら次の一連の記事だった。
■「核再処理工場の重大事故 国民の半数死亡も 西独で報告書が波紋」（毎日新聞1977年1月15日）【ボン 十四日 伊藤（光）特派員】
使用ずみ核燃料再処理工場で万一、冷却施設が不能になれば、西独人口の半数に当たる三千万人が強力な放射能被爆で死亡する――こんなショッキングな内容を盛った研究報告の存在が、西独の連邦自然保護市民運動連盟によってスッパ抜かれ、報告を隠していた内務省と自然保護団体の間で大論争を呼んでいる。
市民運動連盟の発表によると、この報告は、内務省の委託でケルンの原子炉安全研究所が作成、昨年八月、同省に提出された。
報告書によれば、再処理工場で冷却施設が完全に停止すると、爆発によって工場周囲百キロの範囲で全住民が致死量の十倍から二百倍の放射能を浴び即死、最終的死亡者数は西独全人口の半分の三千万人に上る可能性があるという。
市民運動側は、内務省がこのような重大な研究結果を国民の目から隠していたことを非難、マイホーファー内相とマットーヘーファー科学技術相に対し引責辞職を要求している。さらに同連盟の科学者グループは、この研究が主として冷却施設の事故だけを原因として想定し、地震、洪水、飛行機の墜落、テロなど様々な潜在的事故原因に目をつむっていると、研究の姿勢そのものも批判している。
これに対し内務省は、報告を公表しなかったのは一連の総合的研究がまだ完成していなかったからだと弁明、三千万人被曝死の可能性も、安全対策をまったく放棄した場合を仮定した理論上の�犧蚤膸�故予測�瓩鵬瓩�ないとして、市民運動側の発表を「パニックづくりをねらったもの」と批判する声明を十三日出した。しかし、今年最大のエネルギー国家プロジェクトとしてニーダーザクセン州に計画している核燃料再処理工場の建設着手を前に、全国八百五十の市民運動団体を統率する同連盟が、キャンペーンに乗り出したことに大きな衝撃を受けている。（同記事）
■風下の数千人死ぬ 増殖炉事故 英でも警告 【ロンドン 十四日 大高特派員】
英国の核施設検査局は十三日、発電用高速増殖炉の建設計画について、初期段階では都会を遠く離れた地域に設けることが望ましいとして、原則的には認可の方向を打ち出しながらも、最悪の条件のもとで事故が発生すれば、数千人の生命が失われる――とエネルギー省に答申した。
エネルギー省の諮問内容は、八十七項目に及んでいるが、答申は高速増殖炉の大事故の可能性が十億分の一と、極めて限られたものであることを強調する一方、都市に近い地域が風下におかれている時、炉心が溶解して、一部蒸発し、しかも炉の隔壁が壊れるという条件が積み重なると、風下十キロ以内の範囲で数週間以内に数千人が死亡するほか、風下数百キロ以内の住民に数十年間にわたってガンによる死亡の危険が増大すると率直に述べている。（同記事）
――12月になって、核燃料再処理工場に関する記事が各新聞に掲載された。ところが、再処理とか中間貯蔵とか、どういうことをするのかが書いてない。
■「六ケ所村の核燃再処理工場：ガラス固化体試験、知事「安全第一に」／青森」（毎日新聞 2011年12月29日）（検索可）
という見出しから考えると、危険だという認識があることはわかる。そこで、小出裕章氏の説明を読んで見た。以下は、３つの記事を引用する。
■核燃料再処理工場、青森県の許可で運転再開（asahi.com 2011年11月28日）（検索可）
青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場について、日本原燃の川井吉彦社長は２８日、近く県に提出する安全対策が了解されれば、ストレステスト（耐性試験）の終了を待たずに試験運転を再開することを明らかにした。国には試験運転再開について、了承を求めないとしている。
国が２５日、再処理工場にストレステストを指示した際、テスト実施を試験運転再開の条件としなかった。このため、川井社長は試験運転再開に「国のある程度のご理解は頂けた」と判断した。
再処理工場ではこれまで、高レベル放射性廃液をガラス固化体に加工する試験運転に失敗。試験運転が再開すれば、練習用の模擬廃液を使った試験の後、実際の廃液を用いて加工を行うことになる。（同記事全文）
■ことば：再処理と中間貯蔵（毎日新聞 2011年11月24日 東京朝刊）（検索可）
◇再処理と中間貯蔵
使用済み核燃料からウラン、プルトニウム、高レベル放射性廃棄物などを分離・回収するのが再処理。日本原燃が青森県六ケ所村に再処理工場を建設中だが、当初９７年１２月だった完成予定はトラブル多発で１８回延期され、建設費も２兆１９３０億円に膨らんでいる。再処理までの数十年間、燃料を保管するのが中間貯蔵。六ケ所村再処理工場の貯蔵プールには既に２８５９トンが運び込まれ、今年９月末現在、容量の９５％に達している。（同記事全文）
■隠される原子力 核の真実（小出裕章著 2010年12月12日発行）
《11章 再処理工場が抱える膨大な危険》
《再処理工場で扱う膨大な放射能》
一〇〇万キロワットの原発一基が運転すると一年間に広島原爆一〇〇〇発分の核分裂生成物を生み出します。万一の事故でそれが環境に放出されれば、破局的な被害となることは、すでにチェルノブイリ原発事故が事実として示しました。
原子力発電所がもし事故を起こさなければ、生み出した核分裂生成物は毎年使用済み核燃料として取り出されます。六ヶ所再処理工場は、原子力発電所約三〇基が一年毎に取り替える量に相当する八〇〇トンの使用済み核燃料を毎年取り扱います。
《閉じ込めを破り、硝酸で溶かしての作業》
その上、再処理とは使用済み核燃料中に生成・蓄積したプルトニウムを取り出すための操作です。
原子炉の段階では、曲がりなりにもプルトニウムや核分裂生成物を閉じ込めていた燃料棒を、再処理工場では細かく切り裂き、硝酸に溶かした上で化学的にプルトニウムを分離しなければなりません。
当然、環境に放出する放射能の量は桁違いに多くなり、原子力発電所が一年で放出する放射能を一日で放出するといわれます。（同書）
――ところが、次のように再処理の問題点を指摘した記事がすでに出ている。日本の事情と英国の事情がよくわかる。ともに長い記事だが重要と思われるので引用する。
■プルトニウム：英国が地下に廃棄へ 再処理から転換（毎日新聞 2011年12月2日）（検索可）
【ロンドン会川晴之】英国が世界最大の余剰プルトニウム保有国となったのは、高速増殖炉計画や、軽水炉用の核燃料に加工するプルトニウム・ウラン混合酸化物（ＭＯＸ）燃料工場が、技術的、経済的な問題で成果があがらず、プルトニウムの消費が計画通りに進まなかったためだ。このため余剰量は増え続け、テロリストが入手する事態を避けるための保管や、多大な費用の捻出が財政危機を背景に困難となってきた。英国の脱プルトニウム政策は、高速増殖炉を含む原子力発電を「準国産エネルギー」と位置づける日本にとっても、核燃料サイクル事業の見直しを判断する材料になるのは確実だ。
英国は、西側世界初の商業炉（１９５６年）、高速増殖実験炉（５９年）を開発するなど、常に原子力開発の先陣を切ってきた。石油など化石燃料が枯渇するとの懸念が高まっていたのが背景で、５０年代初頭から本格化した核兵器開発と連動する形で核燃料開発に注力した。
しかし、７０年代に英国沖で北海油田が発見され、カナダで巨大ウラン鉱床が見つかるなどプルトニウムの経済的優位性が薄らいでいく。日本の「もんじゅ」と同様、ナトリウム冷却材漏れなどの事故が高速増殖炉で相次ぐといった技術的困難も伴い、９４年には高速増殖炉計画を断念した。
一方、英国が使用している旧型ガス炉の核燃料は、長期保管が極めて難しく、再処理する必要がある。このため、余剰プルトニウムが年３トンの割合で増え続けた。
解決策として、英政府はＭＯＸ燃料を使ったプルサーマル利用を目指した。しかし、イングランド北西部セラフィールドに０１年に建設したＭＯＸ燃料工場は、技術的障害で年産１２０トンの計画に対し、１０年間で１５トンにとどまり、今年８月に閉鎖に追い込まれた。
英政府が再処理中止と、プルトニウムの一部廃棄を検討していることについて、英政府の独立委員会、放射性廃棄物管理委員会（ＣＯＲＷＭ）のピッカード委員長は「再処理は、核廃棄物の減量を図り、プルトニウムなどの核物質再利用を進める役割を果たしてきた。だが、今、その考えは岐路に立たされている」と語った。
英国の足取りは日本の原子力開発の歴史と重なる。特に高速増殖炉には巨額の国家予算を投入。プルトニウム抽出に必要な核燃料再処理施設建設を青森県六ケ所村で進めた。
日本政府は８７年にまとめた原子力長期計画で、高速増殖炉実用化を２０２０年代から３０年ごろ、再処理工場稼働を９０年代半ば、ＭＯＸ燃料工場稼働も９０年代半ばとした。その後、技術的な問題などを背景に何度も計画を変更。今は高速増殖炉が２０５０年、再処理２０１２年、ＭＯＸ燃料２０１６年を目標にしている。（同記事の後半部分）
■青森・六ケ所村の核燃再処理工場：電事連でも撤退主張 東電役員「そのまま貯蔵を」（毎日新聞 核燃サイクル取材班 2011年12月3日）（検索可）
東京電力と経済産業省双方の首脳が青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理事業からの撤退について極秘協議していた０２年ごろ、東電役員が電力１０社で組織する業界団体「電気事業連合会」の会議で「再処理は高くつくから絶対反対だ」と複数回発言し、他社の首脳にも強く同調を求めていたことが関係者の証言で分かった。
関係者によると、東電役員は０２年ごろ、電事連の会議で再処理事業継続に反対し、漏水事故などトラブルの続出を踏まえ「技術が確立するまで使用済み燃料は再処理せず、そのまま（プールなどに）貯蔵しておけばいい」と主張した。他の電力会社首脳からは「当面は高くつくが技術開発のために継続すべきだ」との反論も出て、意見はまとまらなかった。
会議に出席していた電力首脳の一人は「（東電役員は）大きな声で何度も撤退を主張した。しかし、巨費を投じており『後に引けない』と思い賛成しなかった」と振り返った。そのうえで「いまだに再処理工場は完成していない。電気料金の値上げさえ避けられない今、電力会社には（さらに料金の値上げにつながる）核燃サイクルにこれ以上、金をかけるのは難しい」と語った。
経産省関係者によると、再処理工場を建設・運営する「日本原燃」は電力各社が出資し、電事連の構成メンバーとほぼ一致している。このため再処理工場の運営方針について、電事連の会議で協議することがあるという。（同記事より全文）
――よく、原発はトイレのないマンションとたとえられるというが、上述の■ことば：「再処理と中間貯蔵」（毎日新聞）を読めばわかるように、トイレは満杯状態になっている。いきおい、何らかの処理をしゃにむに推し進めるしか道はない。そうしなければ原発は止まる。
なるほど、と思う記事が「SAPIO」に載っていた。最終処分場の候補地選定調査を対象自治体には知らせずに行ったというものだ。「核燃料サイクル開発機構（現日本原子力研究開発機構）の理事長が、公開時、自治体の首長に陳謝。後ろめたさの証明だった。」（以下の記事より引用）という。
■これが全国「核燃料最終処分場」88か所リスト！（伊藤博敏記者）（SAPIO 2011年8月3日号）（リスト内容の検索可）
（前略）
《「なんでウチが……」と戸惑う町も》
最終処分場といっても、日本の場合、核燃料サイクルを前提としているために、使用済み核燃料を十分に冷却した後、そのまま地層処分するわけではない。
使用済み核燃料を六ヶ所村の再処理工場で処理、ウランとプルトニウムを取り出した上で、排出される高レベル放射性廃棄物をガラス固化体にして、30年から50年の歳月をかけて冷却、それを最終処分場に持って行き、数万年の眠りにつかせる。
この核燃料サイクルが破綻しているのは、自明のことだろう。通常の原発さえ制御できないのに、プルトニウム使用の高速増殖炉の実用化など望むべくもなく、事実、「もんじゅ」も「再処理工場」も稼働に至っていない。
しかし、今に至るも核燃料サイクルの旗は降ろしておらず、最終処分をガラス固化体で行なうことは、「法律で決まっています」（NUMO広報部）と、見直すつもりはない。
（中略）
もっともNUMOは、動燃時代の調査が外部委託であったことを理由に、「私どもが行なった調査ではなく、（「現在も適正地区か」という問いには）コメントできません」（広報部）ということだった。
結果として、日本には使用済み核燃料の�爛筌洵瓩�築かれ、行き場のなくなった燃料棒が、原発内のプールに満杯に押し込められている。それがどれだけ危険かは、原子炉内は空だった福島第一原発4号機が、プール内の冷却装置のダウンで水素爆発を起こしたことで証明されている。
年に1000tも出る使用済み核燃料は、原発内を満杯にし、六ヶ所村も3000tの容量一杯となり、中間貯蔵施設という名の�犧能�処分場もどき�瓩鬚爐鳥圓之�設中。それでも足りず、関西電力と九州電力が、中間貯蔵施設の建設計画を進めているという。（以下省略）
【その３】 大熊由紀子科学部記者の「核燃料――探査から廃棄物処理まで」という記事
■ドキュメント東京電力（田原総一朗著 1980年12月発行−2011年7月10日）
に大熊由紀子科学部記者のインタビューが載っている。
前回の当ブログにこのインタビューをとり上げた理由が載っている。（注：「――」は著者による質問）
＞――それでは、原発に対して批判的だった大熊さんが、なぜ、突如、推進側の旗ふりをしたのです。
「私は、たしかに原子力について、かなり厳しく批判してきました。だって、推進する側が、外国の技術をありがたがって、日本で独自の技術を育てようとしない。それから、たとえば、ラジウムは身体にいいんだから、放射線というのは身体にいいんだ、なんて、ばかげたウソをついたり、隠しごとしたり、原子力発電所を建てるときの住民への説得の仕方も非民主的だし……」
――だから反対運動が広まったのでしょう。
「私は、実は人間としては原発批判派の人たちの方が好きなのです。だけども、その人たちの中に、全部がそうだとはいいませんが、本当でないことを誇張していったり、ウソと知りつつ、ただ、もう、反対運動を煽るために脅かしの言葉を並べたてるという傾向が強くなってきた。何が何でも原発を葬り去るべきだ、という声が強くなってきた。私はこれは危険だと思ったのです。では、原子力をやめて何か代案があるのか、原子力に代るエネルギーが、他に何かあるのかといえば、ありません。わたしは十年も前から太陽や風、地熱などを取材してきましたが、少なくともこれから先、十年、二十年の間は、原子力に頼らないわけにはいかない、そう判断せざるを得なかったのです。代案も考えないで、やみくもに原子力をつぶせと叫ぶのは、あまりにも無責任ではないでしょうか」
――現在の生活レベルを少々落としてもいいではないか、という意見もあるようですが。
「『暗闇の思想』なんていう人たちもいましたが、私は、エネルギーを減らし、自然に戻る方が人間にとって幸せだとは、どうしても思えないのです。世の中豊かでなくなれば、逆に生活レベルの格差がひろがり、最も被害を受けるのは底辺の人々です。それに、簡単に、生活レベルを落とす、自然に還れという人々さえ、実は本心では生活レベルを落とそうとは思っていず、そんなことが実際に起きるとも思っていない。タカをくくっているのですよ。だから無責任だし、不真面目だと私はいうのです。それに比べれば、原子力の現場の技術者たちは真面目だし、真剣です。一所懸命です。技術もずいぶん進みました。取材してみて、そのことを知ったのです。彼らは信用できる、彼らがやっているのなら、原子力は信用できる、と。ところが、その技術者たちが元気をなくしつつある……。自分たちの仕事を反社会的行為、悪魔の所業のように罵られ、袋だたきに会う。新聞、雑誌と、目につくかぎりのものが、集中砲火を浴びせ、ついには妻や子供たちからもうとんじられるようになる。これでは立つ瀬がないですよ。こんな状態にいつまでも置かれていたら、誰だってやる気を失い、逃げ出したくなってしまうでしょう。げんにそういう兆候が見えはじめていた。これは危険だと私は思ったのです。それまでは、私は原子力を厳しく批判することで、より健全な発展が促せると考えていたのですが、図に乗ってやりすぎると、原子力技術者たちを、そして原子力自体を潰してしまう。そうなったら大へんだ、と……」（同書より）
――ここで二つの部分に注目したい。一つは、二番目の回答にある代替エネルギーに関する論理である。（田原総一朗氏：J-CASTニュース 2011年12月30日を参照）
もう一つは、三番目の「原子力の現場の技術者たちは真面目だし、真剣です。一所懸命です。技術もずいぶん進みました。取材してみて、そのことを知ったのです。彼らは信用できる、彼らがやっているのなら、原子力は信用できる」というところだ。技術者、研究者に対する信用から原子力にたいする信用が生まれたというのだ。
以下、引用は■核燃料 探査から廃棄物処理まで-1〜48（大熊由紀子記者）（朝日新聞1976年7月13日〜9月5日）による。（［ ］の数値は掲載回数を示す）
［48回］＝最終回「脱却したい外国依存 自主独立への道」は次のように結んでいる。
（一部省略）
《真剣さ欠く取り組み》
核燃料の探査から廃棄物の処理・処分にいたるまで、それぞれの分野で、使命感をもってコツコツと技術の開発に取り組んでいる人たちはいるのだが、政策を立案し、それを決める、高いレベルの人たちには真剣さが欠けているのではないかと、疑われる。
（中略）
《ぬきがたい舶来崇拝》
一方、電力会社は、国産技術の開発に伝統的に冷たい。
核燃料の海外探査を例にとると、日本で育ったウラン探査技術をもりたてるより、フランスやアメリカの探査活動に出資するほうに熱を入れる。
日本の技術で開発を進めてきた新型転換炉「ふげん」は、アメリカのウラン濃縮技術に頼らずにすみ、核燃料を効率よく使えるのに、それを大型化した実証炉を建設することには二の足を踏む。しかし、このような外国依存の状態を続けていれば、わたしたちの暮らしの基盤になるエネルギーの「自主独立」は、いつまでたっても実現されないだろう。
原発推進派も反対派も、ともにアメリカ依存や舶来崇拝から脱却して、日本としての独自の道を探り、日本独自の判断と決断とをもつことが、いまもっとも必要なことではなかろうか。 ＝おわり
――この結びの記述には、上述のインタビュー記事（三番目）につながる研究者・技術者に対する信頼が述べられている。
同様に、記事全48回の前半には、技術者。研究者の苦労話が延々と述べられている。
［01回］ 海水からウランを採る話。
［04回］ サハラ砂ばくの南端、ニジェールでウランを探す話。
［05回］ 硫酸を使ったウラン採掘法。
［06回］ 人形峠や東濃地区でのウラン製錬の技術革命の話。
［09回］ 「濃縮ウランの国産へ、独自の基礎実験に成功」という朝日新聞の記事。
そして［20回］に「魔法のような新燃料」がやっと登場してくるのだ。
ところが、
■日本のエネルギー2007 - 資源エネルギー庁
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/energy-in-japan/energy2007html_/part_3.htm
には次のように書いてある。
○原子力発電と核燃料サイクル（2） 〜ウランの確保
（省略）
《我が国のウラン資源調達の状況》
我が国はウラン資源の１００％を輸入に頼っており、輸入先は、カナダとオーストラリアが７割を占めており、供給源の多様化を図ることが重要です。（ホームページより）
――いったい、国産ウランはどうなったのか。
■放射能汚染の現実を超えて（小出裕章著 1992年発行-2011年5月20日復刊）
に次のように書いてあった。
＞日本でも、岡山、鳥取両県にまたがる人形峠、あるいは岐阜県の東濃でウランが出ると宣伝されている。しかし、それらの地で採掘されるウラン鉱石はウランの含有率が低く、実際には到底原発の燃料などにはならない。人形峠においては一九五〇年代の後半から一九六〇年代にかけて、試験的な採掘が行なわれ、約一〇〇〇人の労働者が坑内労働に従事した。ところがそれらの労働者は、法の定めも満たさないほどの高濃度のラドンが充満した作業環境で働かされており、事業者側のデータを調べただけでも六〇〜七〇人もの肺ガン死が発生すると予測されるのである。
また、人形峠においては、総量でも一基の原発を半年動かせるだけのウランしか採掘できなかったにもかかわらず、二〇万m3（ドラム缶にして一〇〇万本）にものぼる鉱石まじりの残土が環境中に野ざらしにされている。置き去りにされた残土の一部では空間の線量率が一時間当たり〇・八五ミリレントゲン、年間に換算すれば七五〇〇ミリレントゲンもある。職業人に許される被曝量の最大値が年間五〇〇〇ミリレム（一ミリレントゲンはほぼ一ミリレムと考えてよい）、一般公衆のそれは一〇〇ミリレムであることを考えれば、置き去りにされた残土がいかに危険なものか理解できる。
これまで一基の原発が一年間動けば、低レベル放射性廃物がドラム缶にして一〇〇〇本から二〇〇〇本発生するといわれてきた。しかし、人形峠の経験はウランを採掘するという原子力にとってのいちばん初めの段階で、すでに桁違いの汚染物を残していくということを教えてくれている。（同書）
――また、■世界のウラン鉱産業の実相（高橋文夫著）（経済2011年11月号）には、次のようにまとめてあった。まとめてあったというのは、参考文献の中に「人形峠ウラン鉱害裁判」（土井淑平・小出裕章）（批評社）があったからである。
《人形峠鉱山》
＞日本では、岡山県と鳥取県の県境にまたがる人形峠ウラン鉱山が有名である。ほかに東濃地区（岐阜県東南部）などにもウラン鉱の賦存（ふそん）は確認されているが、実際に鉱山が開発されたのは人形峠である。そのために国家企業「原子燃料公社」が設立され、これが動燃（動力炉核燃料開発事業団）となり、現在の日本原子力研究開発機構に統合されている、いわば原点の地だ。
1955年11月にウラン鉱が発見された。56年度から66年度までの10年間、坑内掘りで採掘。10年間の休止期間をはさんで77年度から87年度まで一部で再開し、露天掘りが行われ、トータルで8万5500トンのウラン原鉱を採取した。原鉱は、公社（事業団）の人形峠事業所で製錬され、約84トンのイエローケーキを製造した。原鉱平均品位は0・0111％と、世界各地の平均品位の3分の1程度のいわゆる貧鉱であった。
20年間でわずか84トンでは、100万kW級原発1基の5カ月分にしかならないため、採算性ゼロ、とうてい商業ベースに乗らないということで、87年に終掘閉山した。
しかし、この壮大な無駄遣いの実験のために45万m3、約100万トンにおよぶウラン残土が付近に放置された。旧動燃は「捨石」と詭弁（きべん）を弄したが、なかには0・02％台の�猯�派な�畊枩个發泙犬辰討い襦�その放置事件は88年8月、地元紙の報道で明らかとなった。
旧動燃調査でも、年率60ミリシーベルト弱の（住民調査では、その2倍以上）線量を確認。その一部について、鳥取県湯梨浜町（旧東郷町）・方面（かたも）地区との間で、撤去協定書が90年に締結された。しかし、旧動燃は履行せず、文字通り放置した。10年間押し問答が続いた揚句、方面地区自治会と個人が合計3000m3の残土撤去を求めて提訴し、いずれも原告側が勝訴、終結した（06年）。
なお、人形峠鉱山では周辺住民主体に残土運搬など軽作業従事者を含め、延べ1000人弱が働いていたが、そのうち11人のがん死（66〜94年）が確認されている。
ウラン鉱山の危険性は核燃料サイクルの中でも最大級のものだ。100万kW級発電所に対応するウラン鉱山の1年間の放射線放出量は、20兆ベクレル（ラドン222等）、製錬工場では8800億ベクレル、ウラン残土地域で1兆ベクレルにたっする。これが下流工程のたとえば濃縮工場では8億ベクレルであり、人工構築物という別次元の危険性と隣り合わせてはいるものの、鉱山では濃縮工場の実に2万5000倍の放射線を浴びる危険性がある。（同記事）
――研究者・技術者に対する信頼とは、どういうものなのか。「ウランを採掘するという原子力にとってのいちばん初めの段階で、すでに桁違いの汚染物を残していく」（「放射能汚染の現実を超えて」（小出裕章著）というが、掘り散らかした汚染物に責任をもたないのが技術者や研究者なのか。
「核燃料――探査から廃棄物処理まで」の後半には、「日本には、アメリカのような広い荒れ地がないので、原子力発電所にたまった放射性廃棄物入りのドラムかんの大部分は、海に捨てるしかありません。ドラムかんが深海底までこわれずに落ちてゆくか、深海底の水圧に耐えられるか、ドラムかんが腐食して溶けてしまったとき、なかのコンクリート固化物がどうなるか、などいろいろ調べて、安全に捨てる方法を見つけ出さねばなりません」
とあった。人や生物のいないところ捨てる、たとえば深海や南極に捨てるというのだ。そういえば、■放射能汚染水の処理水「安易に放出しない」 東電計画（asahi.com 2011年12月15日）という記事があった。いつか放出するということだ。
【その１】 なぜ今、1970年代の報道を問題にするのか。
【その２】 「核再処理工場の重大事故 国民の半数死亡も 西独で報告書が波紋」という記事
【その３】 大熊由紀子科学部記者の「核燃料――探査から廃棄物処理まで」という記事
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＊見出しにつけた《 》は当ブログによる。
【その１】 なぜ今、1970年代の報道を問題にするのか。
それは、報道の責任を明確化するためであり、自己の思想を検証するためである。当時は根拠のない原発礼賛記事もあったし、原発に対する純粋な危機感に基づく記事もあった。どちらの側の記事にしても、現在行われている双方の論理の雛形となっている。だが、福島原発事故以後の現実認識と対比すれば、同一の情報が製作者側の意図とはまったく別の見え方をするようになる。さらに製作者側にとっては「ノイズ」でしかなかったものにも新たな意味を見出すかもしれない。
東京新聞を見ていたら、次の記事が目にとまった。
■原発PR映画上映会（東京新聞2011年12月18日）
「原子力発電所の『安全神話』がどのようにつくられたのかを考えよう」
というものだが、インターネットで検索したら、
■「安全」描いた映画上映 原発建設を記録 １７日、茨城大（東京新聞 2011年12月14日）（検索可）
というお知らせも載っていた。
「原発PR映画上映会」と同様の記事が産経ニュースにもあった。産経という新聞は本当におもしろい。
■原発ＰＲ映画を上映 茨城大が安全神話を考える（産経ニュース 2011年12月17日）（検索可）
原子力発電所の「安全神話」がどのようにつくられたのかを考えようと、茨城大（水戸市）で１７日、電力会社や国などが企画・製作した原発ＰＲ映画の上映会が開かれた。
主催は同大学教育学部と記録映画保存センター（東京）。同大学の島田裕之教授は「福島第１原発事故で大きく揺らいだ安全神話を検証するきっかけにしてほしい」としている。
茨城県東海村で昭和４１年に稼働した日本初の商業用原発のドキュメンタリー「東海発電所の建設記録」（企画・日本原子力発電）では、初めて臨界に達した際に職員らが拍手する姿が映し出された。ほかに、地震に対する原発の安全を立証する「原子力発電所と地震」（同・資源エネルギー庁）などを上映した。
記録映画保存センターの村山英世事務局長は「ネガティブな情報を排除したＰＲ映画は推計で約２千本製作された」と指摘した。（同記事より全文）
――内容に関しては次の記事が詳しい。以下。４作品の要点を引用。
■「地震は克服」「原発で所得倍増」―そんなセリフ満載の「原発PR映画」上映会が開催（日刊サイゾー 2011年11月1日）（検索可）
1 『東海発電所の建設記録』
「この作品では、そもそも原子炉ではどうやって核分裂を発生させ、エネルギーを発電まで導くのかが丁寧に説明される。あくまでノリは科学教育映画で、プロパガンダ色は薄い。東京都教育映画コンクール金賞、科学技術映画祭入選、日本産業映画コンクール 日本産業映画賞など受賞歴が多いのも納得できる作品だ。」（同記事）
2 『原子力発電所と地震』（1975年作品。企画：資源エネルギー庁 製作：鹿島映画）
「ナレーションは『（原発は）宿命といわれる地震を克服した』と自画自賛する。3.11以降の状況の中で見ると、なぜ誰も津波が押し寄せてくることを想定しなかったのか、という疑問がわき上がるばかりの作品である。」（同記事）
3 『海岸線に立つ日本の原子力発電所』（1987年作品。企画：日本立地センター 製作：岩波映画製作所） 副題「鳥の見た島国のエネルギー」
「ナレーションは『原発が建設されたことで"浜通りのチベット"と呼ばれた、この地域では所得も増え生活が豊かになった』と解説するのだ。さらに、映像は四国電力の伊方原発、九州電力の玄海原発へと移り、風光明媚な土地に原発が溶け込み、地域社会とも共存していることを語っていく。もちろん、まったくそのようには感じられない。むしろ『どこの原発も海岸線ギリギリ。ほかの原発も危ないんじゃないのか......』と余計な不安に駆られてしまいそうな作品である。」（同記事）
4 『いま原子力は...』（1976年。企画：放送番組センター 製作：岩波映画製作所）
「原発は本当に大丈夫なのかという疑問を投げかける作品。当時、3号機までが運転中の福島第一原発で取材に応じた担当者が『アメリカの学者が計算したところ大事故の起こる可能性は50億分の1』と力説している。」（同記事）
――なお、■「隠される原子力 核の真実」（小出裕章著 2010年12月12日発行）では、1955年12月31日付「東京新聞」の記事を引用して批判してある。
＞「三多摩の山中に新しい火が燃える。工場、家庭へどしどし送電。さて原子力を潜在電力として考えると、まったくとてつもないものである。しかも石炭などの資源が今後、地球上から次第に少なくなっていくことを思えば、このエネルギーのもつ威力は人類生存に不可欠なものといってよいだろう。
（中略）電気料は二〇〇〇分の一になる。
（中略）原子力発電には火力発電のように大工場を必要としない、大煙突も貯炭場もいらない。また毎日石炭を運びこみ、たきがらを捨てるための鉄道もトラックもいらない。密閉式のガスタービンが利用できれば、ボイラーの水すらいらないのである。もちろん山間へき地を選ぶこともない。ビルディングの地下室が発電所ということになる」
この記事の後半部分がまったくの誤りであることは、すぐにわかります。電気料金は二〇〇〇分の一になりませんでした。また、原子力発電所は火力発電所に比べてもはるかに巨大な工場になりましたし、三多摩にもビルの地下にも原子力発電所は建設できず、過疎地に押し付けられました。
しかし、この記事の前半に書かれていること、すなわち化石燃料はいずれ枯渇するので、未来のエネルギー源は原子力だということは、いまだに言われ続けていますし、多くの日本人はそう思わせられています。（同書より）
――「この記事の前半」はまさしく代替エネルギーの問題であり、原発推進論に残された唯一といってよいくらいの論理だ。そして、原子力に替わるエネルギーが現実化していないことがこの論理に一定の影響力を与えている。「安全、安価、クリーン」――みなプロパガンダだとばれてしまったのだ。
つい昨日（12月30日）目にした記事がある。
■議論や検証しなかった「一国平和主義」 「脱原発」の主張はそれに似ている／ジャーナリスト田原総一朗さんに聞く（J-CASTニュース 2011年12月30日）（検索可）
という記事だ。
＞田原 まず、私は決して原発推進派ではありません。そもそも、これから10年、20年は原発新設はできないのですから推進しようがない。以前に原発の本（復刊した「原子力戦争」と「ドキュメント東京電力」）を書いたときに、原発は危険だと思ったし、今でもそう思っています。（同記事）
――田原総一朗氏は原発推進派ではないと言う。「原発容認派」だとでも言いたいのか。
■「原発文化人50人斬り」（佐高信著 2011年6月20日発行）に、
＞「……田原総一朗が資源エネルギー庁と青森県の共催の二〇一〇年秋の講演会で、原発の必要性を説き、日本の原発の技術がいかに優れているかを強調して、一一〇万円の講演料を得た事例も、そこに出た青森県議によって報告されている。地方の講演なら公けにはならないと思ったのだろうか。」（同書p22）
と載っていた。資源エネルギー庁と青森県の共催というのだから、まさか脱原発の講演でもあるまい。「原発は危険だ」などと言ったのだろうか。
田原氏の説く「2つ問題」がある。
＞「ひとつは、「脱原発」をするなら代替をどうするかという問題です。
仮に原発をゼロにするならば、その分の電力をどう代替するかをきちんと示す必要があります。自然エネルギーの開発を進めればいい、という人がいますが、10年、20年の期間に限れば「代替」は現実的な話ではありません。
かつてはそういう希望がもたれた時期もありました。しかし、今では自然エネルギーにそんな大きな期待は持てないとエネルギーの専門家らは指摘しています。省エネをするにしても限界があります。
当面は、石油など化石燃料の割合を増やすなどして乗り切るしかないでしょうが、化石燃料の場合、際限なく増やせるわけではありません。二酸化炭素の排出削減を完全に頓挫させていいのか、という視点も出てきます。」
――ふたつ目の問題点は何ですか。
田原 仮に日本が近々、「脱原発」を実施したとしても、今ある原発の使用済み核燃料をどうするのか、という問題は残り、「一件落着」とはなりません。中間処理も最終処理も解決できていないし、これは世界中の課題でもあるわけです。
日本は、こうした世界的な課題解決に貢献しなくていいのでしょうか。日本だけが近い将来に「脱原発」をしたところで問題は消えません。他人事ではないのです。（同記事より）
――代替エネルギーをどうするのか、というのがその論拠だ。だが、この論拠は、原発推進派と同じなのだ。「エネルギーの専門家ら」の指摘と言うが、誰のどういう議論なのか。代替エネルギーはもっと豊富だ。
「ふたつ目の問題点」は問題にもならない。日本だけが、ドイツだけが、と先頭に立とうとするものの足を引っ張るようなことを平気で言う。
原発の使用済み核燃料をどうするのか、という課題を解決するために原発を容認しろと言うのだ。使用済み核燃料をどう処理するのかということと、原発を容認してさらに使用済み核燃料を作り出すということは別のことだ。
【その２】 「核再処理工場の重大事故 国民の半数死亡も 西独で報告書が波紋」という記事
――■「原発破局を阻止せよ！」（広瀬隆著 週刊朝日2011年6月17日号掲載）に「11 死者三〇〇〇万予測 再処理事故の戦慄」という見出しの文がある。「再処理工場の危険性」について述べたものだ。そこに、「一九七七年一月一五日付の毎日新聞に掲載された記事『核再処理工場の重大事故 国民の半数死亡も 西独で報告書が波紋』についての記述がある。
＞「一九七六年に西ドイツのケルン原子炉安全研究所が内務省に提出した『再処理工場の大事故に関する解析』という極秘リポートによれば、全土から放射性物質を集めてプルトニウムを抽出する再処理工場では、万一冷却装置が完全に停止すると、爆発によって周囲一〇〇キロの範囲で、全住民が致死量の一〇倍から二〇〇倍の放射能を浴びて即死し、最終的な死亡者は、西ドイツ全人口の半分に達する可能性がある――このおそるべき予測を報じた記事こそ、三〇代の私が原発廃絶を決意した、活動の原点であった。」（同書より 以下省略）
＞「ご存じのとおり、三月の東日本大震災では、東北地方全域が津波と地震の脅威にさらされ、本震から一ケ月後の四月七日には最大の余震も起こり、六ヶ所再処理工場では、外部電源が遮断され、非常用電源でかろうじて核燃料貯蔵プールや高レベル放射性廃液の冷却を続けた。まさに西ドイツの報告書を地で行くような恐怖の事態が起こったのは、今からほんの二ヶ月前である。ところが日本消滅の一歩手前まで行きながら、その後も、日本国民とマスメディアは平気である。この無神経さを、私は信じることができない。」（同書より 以下省略）
《原発全廃七割超ドイツ人の原点》
＞「当時は西ドイツ北部のニーダーザクセン州に再処理工場が計画されていたので、ここで事故が発生した場合、風下にあたる被曝想定地帯が一二五頁の図に示され、『扇形に含まれる領域は、分析対象となった再処理工場事故の際に放出された放射能が人命被害をもたらす地域を示している。この領域（西ドイツのみ）は約六・三万平方キロメートル、一平方キロメートルあたりの平均人口は四八五人である。この場合、西ドイツだけでも約三〇五〇万人が死亡する。風向きが異る場合、それに応じてこの扇形が移動する』とある。一九七〇年の西ドイツ人口が六〇七〇万人なので、『三〇五〇万人死亡』であれば、国民の半数になる。
この予測が暴露されたあと、西ドイツ内務省は、公表しなかった理由を、解析がまだ完成していないからだと必死で抗弁につとめたが、『安全対策を講じなかった場合には三〇〇〇万人が死亡する』予測を認めたのである。」（同書より 以下省略）
――ところがこの毎日新聞の記事は、一部写真が載っているものの記事全体をみることができない。調べてみたら次の一連の記事だった。
■「核再処理工場の重大事故 国民の半数死亡も 西独で報告書が波紋」（毎日新聞1977年1月15日）【ボン 十四日 伊藤（光）特派員】
使用ずみ核燃料再処理工場で万一、冷却施設が不能になれば、西独人口の半数に当たる三千万人が強力な放射能被爆で死亡する――こんなショッキングな内容を盛った研究報告の存在が、西独の連邦自然保護市民運動連盟によってスッパ抜かれ、報告を隠していた内務省と自然保護団体の間で大論争を呼んでいる。
市民運動連盟の発表によると、この報告は、内務省の委託でケルンの原子炉安全研究所が作成、昨年八月、同省に提出された。
報告書によれば、再処理工場で冷却施設が完全に停止すると、爆発によって工場周囲百キロの範囲で全住民が致死量の十倍から二百倍の放射能を浴び即死、最終的死亡者数は西独全人口の半分の三千万人に上る可能性があるという。
市民運動側は、内務省がこのような重大な研究結果を国民の目から隠していたことを非難、マイホーファー内相とマットーヘーファー科学技術相に対し引責辞職を要求している。さらに同連盟の科学者グループは、この研究が主として冷却施設の事故だけを原因として想定し、地震、洪水、飛行機の墜落、テロなど様々な潜在的事故原因に目をつむっていると、研究の姿勢そのものも批判している。
これに対し内務省は、報告を公表しなかったのは一連の総合的研究がまだ完成していなかったからだと弁明、三千万人被曝死の可能性も、安全対策をまったく放棄した場合を仮定した理論上の�犧蚤膸�故予測�瓩鵬瓩�ないとして、市民運動側の発表を「パニックづくりをねらったもの」と批判する声明を十三日出した。しかし、今年最大のエネルギー国家プロジェクトとしてニーダーザクセン州に計画している核燃料再処理工場の建設着手を前に、全国八百五十の市民運動団体を統率する同連盟が、キャンペーンに乗り出したことに大きな衝撃を受けている。（同記事）
■風下の数千人死ぬ 増殖炉事故 英でも警告 【ロンドン 十四日 大高特派員】
英国の核施設検査局は十三日、発電用高速増殖炉の建設計画について、初期段階では都会を遠く離れた地域に設けることが望ましいとして、原則的には認可の方向を打ち出しながらも、最悪の条件のもとで事故が発生すれば、数千人の生命が失われる――とエネルギー省に答申した。
エネルギー省の諮問内容は、八十七項目に及んでいるが、答申は高速増殖炉の大事故の可能性が十億分の一と、極めて限られたものであることを強調する一方、都市に近い地域が風下におかれている時、炉心が溶解して、一部蒸発し、しかも炉の隔壁が壊れるという条件が積み重なると、風下十キロ以内の範囲で数週間以内に数千人が死亡するほか、風下数百キロ以内の住民に数十年間にわたってガンによる死亡の危険が増大すると率直に述べている。（同記事）
――12月になって、核燃料再処理工場に関する記事が各新聞に掲載された。ところが、再処理とか中間貯蔵とか、どういうことをするのかが書いてない。
■「六ケ所村の核燃再処理工場：ガラス固化体試験、知事「安全第一に」／青森」（毎日新聞 2011年12月29日）（検索可）
という見出しから考えると、危険だという認識があることはわかる。そこで、小出裕章氏の説明を読んで見た。以下は、３つの記事を引用する。
■核燃料再処理工場、青森県の許可で運転再開（asahi.com 2011年11月28日）（検索可）
青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場について、日本原燃の川井吉彦社長は２８日、近く県に提出する安全対策が了解されれば、ストレステスト（耐性試験）の終了を待たずに試験運転を再開することを明らかにした。国には試験運転再開について、了承を求めないとしている。
国が２５日、再処理工場にストレステストを指示した際、テスト実施を試験運転再開の条件としなかった。このため、川井社長は試験運転再開に「国のある程度のご理解は頂けた」と判断した。
再処理工場ではこれまで、高レベル放射性廃液をガラス固化体に加工する試験運転に失敗。試験運転が再開すれば、練習用の模擬廃液を使った試験の後、実際の廃液を用いて加工を行うことになる。（同記事全文）
■ことば：再処理と中間貯蔵（毎日新聞 2011年11月24日 東京朝刊）（検索可）
◇再処理と中間貯蔵
使用済み核燃料からウラン、プルトニウム、高レベル放射性廃棄物などを分離・回収するのが再処理。日本原燃が青森県六ケ所村に再処理工場を建設中だが、当初９７年１２月だった完成予定はトラブル多発で１８回延期され、建設費も２兆１９３０億円に膨らんでいる。再処理までの数十年間、燃料を保管するのが中間貯蔵。六ケ所村再処理工場の貯蔵プールには既に２８５９トンが運び込まれ、今年９月末現在、容量の９５％に達している。（同記事全文）
■隠される原子力 核の真実（小出裕章著 2010年12月12日発行）
《11章 再処理工場が抱える膨大な危険》
《再処理工場で扱う膨大な放射能》
一〇〇万キロワットの原発一基が運転すると一年間に広島原爆一〇〇〇発分の核分裂生成物を生み出します。万一の事故でそれが環境に放出されれば、破局的な被害となることは、すでにチェルノブイリ原発事故が事実として示しました。
原子力発電所がもし事故を起こさなければ、生み出した核分裂生成物は毎年使用済み核燃料として取り出されます。六ヶ所再処理工場は、原子力発電所約三〇基が一年毎に取り替える量に相当する八〇〇トンの使用済み核燃料を毎年取り扱います。
《閉じ込めを破り、硝酸で溶かしての作業》
その上、再処理とは使用済み核燃料中に生成・蓄積したプルトニウムを取り出すための操作です。
原子炉の段階では、曲がりなりにもプルトニウムや核分裂生成物を閉じ込めていた燃料棒を、再処理工場では細かく切り裂き、硝酸に溶かした上で化学的にプルトニウムを分離しなければなりません。
当然、環境に放出する放射能の量は桁違いに多くなり、原子力発電所が一年で放出する放射能を一日で放出するといわれます。（同書）
――ところが、次のように再処理の問題点を指摘した記事がすでに出ている。日本の事情と英国の事情がよくわかる。ともに長い記事だが重要と思われるので引用する。
■プルトニウム：英国が地下に廃棄へ 再処理から転換（毎日新聞 2011年12月2日）（検索可）
【ロンドン会川晴之】英国が世界最大の余剰プルトニウム保有国となったのは、高速増殖炉計画や、軽水炉用の核燃料に加工するプルトニウム・ウラン混合酸化物（ＭＯＸ）燃料工場が、技術的、経済的な問題で成果があがらず、プルトニウムの消費が計画通りに進まなかったためだ。このため余剰量は増え続け、テロリストが入手する事態を避けるための保管や、多大な費用の捻出が財政危機を背景に困難となってきた。英国の脱プルトニウム政策は、高速増殖炉を含む原子力発電を「準国産エネルギー」と位置づける日本にとっても、核燃料サイクル事業の見直しを判断する材料になるのは確実だ。
英国は、西側世界初の商業炉（１９５６年）、高速増殖実験炉（５９年）を開発するなど、常に原子力開発の先陣を切ってきた。石油など化石燃料が枯渇するとの懸念が高まっていたのが背景で、５０年代初頭から本格化した核兵器開発と連動する形で核燃料開発に注力した。
しかし、７０年代に英国沖で北海油田が発見され、カナダで巨大ウラン鉱床が見つかるなどプルトニウムの経済的優位性が薄らいでいく。日本の「もんじゅ」と同様、ナトリウム冷却材漏れなどの事故が高速増殖炉で相次ぐといった技術的困難も伴い、９４年には高速増殖炉計画を断念した。
一方、英国が使用している旧型ガス炉の核燃料は、長期保管が極めて難しく、再処理する必要がある。このため、余剰プルトニウムが年３トンの割合で増え続けた。
解決策として、英政府はＭＯＸ燃料を使ったプルサーマル利用を目指した。しかし、イングランド北西部セラフィールドに０１年に建設したＭＯＸ燃料工場は、技術的障害で年産１２０トンの計画に対し、１０年間で１５トンにとどまり、今年８月に閉鎖に追い込まれた。
英政府が再処理中止と、プルトニウムの一部廃棄を検討していることについて、英政府の独立委員会、放射性廃棄物管理委員会（ＣＯＲＷＭ）のピッカード委員長は「再処理は、核廃棄物の減量を図り、プルトニウムなどの核物質再利用を進める役割を果たしてきた。だが、今、その考えは岐路に立たされている」と語った。
英国の足取りは日本の原子力開発の歴史と重なる。特に高速増殖炉には巨額の国家予算を投入。プルトニウム抽出に必要な核燃料再処理施設建設を青森県六ケ所村で進めた。
日本政府は８７年にまとめた原子力長期計画で、高速増殖炉実用化を２０２０年代から３０年ごろ、再処理工場稼働を９０年代半ば、ＭＯＸ燃料工場稼働も９０年代半ばとした。その後、技術的な問題などを背景に何度も計画を変更。今は高速増殖炉が２０５０年、再処理２０１２年、ＭＯＸ燃料２０１６年を目標にしている。（同記事の後半部分）
■青森・六ケ所村の核燃再処理工場：電事連でも撤退主張 東電役員「そのまま貯蔵を」（毎日新聞 核燃サイクル取材班 2011年12月3日）（検索可）
東京電力と経済産業省双方の首脳が青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理事業からの撤退について極秘協議していた０２年ごろ、東電役員が電力１０社で組織する業界団体「電気事業連合会」の会議で「再処理は高くつくから絶対反対だ」と複数回発言し、他社の首脳にも強く同調を求めていたことが関係者の証言で分かった。
関係者によると、東電役員は０２年ごろ、電事連の会議で再処理事業継続に反対し、漏水事故などトラブルの続出を踏まえ「技術が確立するまで使用済み燃料は再処理せず、そのまま（プールなどに）貯蔵しておけばいい」と主張した。他の電力会社首脳からは「当面は高くつくが技術開発のために継続すべきだ」との反論も出て、意見はまとまらなかった。
会議に出席していた電力首脳の一人は「（東電役員は）大きな声で何度も撤退を主張した。しかし、巨費を投じており『後に引けない』と思い賛成しなかった」と振り返った。そのうえで「いまだに再処理工場は完成していない。電気料金の値上げさえ避けられない今、電力会社には（さらに料金の値上げにつながる）核燃サイクルにこれ以上、金をかけるのは難しい」と語った。
経産省関係者によると、再処理工場を建設・運営する「日本原燃」は電力各社が出資し、電事連の構成メンバーとほぼ一致している。このため再処理工場の運営方針について、電事連の会議で協議することがあるという。（同記事より全文）
――よく、原発はトイレのないマンションとたとえられるというが、上述の■ことば：「再処理と中間貯蔵」（毎日新聞）を読めばわかるように、トイレは満杯状態になっている。いきおい、何らかの処理をしゃにむに推し進めるしか道はない。そうしなければ原発は止まる。
なるほど、と思う記事が「SAPIO」に載っていた。最終処分場の候補地選定調査を対象自治体には知らせずに行ったというものだ。「核燃料サイクル開発機構（現日本原子力研究開発機構）の理事長が、公開時、自治体の首長に陳謝。後ろめたさの証明だった。」（以下の記事より引用）という。
■これが全国「核燃料最終処分場」88か所リスト！（伊藤博敏記者）（SAPIO 2011年8月3日号）（リスト内容の検索可）
（前略）
《「なんでウチが……」と戸惑う町も》
最終処分場といっても、日本の場合、核燃料サイクルを前提としているために、使用済み核燃料を十分に冷却した後、そのまま地層処分するわけではない。
使用済み核燃料を六ヶ所村の再処理工場で処理、ウランとプルトニウムを取り出した上で、排出される高レベル放射性廃棄物をガラス固化体にして、30年から50年の歳月をかけて冷却、それを最終処分場に持って行き、数万年の眠りにつかせる。
この核燃料サイクルが破綻しているのは、自明のことだろう。通常の原発さえ制御できないのに、プルトニウム使用の高速増殖炉の実用化など望むべくもなく、事実、「もんじゅ」も「再処理工場」も稼働に至っていない。
しかし、今に至るも核燃料サイクルの旗は降ろしておらず、最終処分をガラス固化体で行なうことは、「法律で決まっています」（NUMO広報部）と、見直すつもりはない。
（中略）
もっともNUMOは、動燃時代の調査が外部委託であったことを理由に、「私どもが行なった調査ではなく、（「現在も適正地区か」という問いには）コメントできません」（広報部）ということだった。
結果として、日本には使用済み核燃料の�爛筌洵瓩�築かれ、行き場のなくなった燃料棒が、原発内のプールに満杯に押し込められている。それがどれだけ危険かは、原子炉内は空だった福島第一原発4号機が、プール内の冷却装置のダウンで水素爆発を起こしたことで証明されている。
年に1000tも出る使用済み核燃料は、原発内を満杯にし、六ヶ所村も3000tの容量一杯となり、中間貯蔵施設という名の�犧能�処分場もどき�瓩鬚爐鳥圓之�設中。それでも足りず、関西電力と九州電力が、中間貯蔵施設の建設計画を進めているという。（以下省略）
【その３】 大熊由紀子科学部記者の「核燃料――探査から廃棄物処理まで」という記事
■ドキュメント東京電力（田原総一朗著 1980年12月発行−2011年7月10日）
に大熊由紀子科学部記者のインタビューが載っている。
前回の当ブログにこのインタビューをとり上げた理由が載っている。（注：「――」は著者による質問）
＞――それでは、原発に対して批判的だった大熊さんが、なぜ、突如、推進側の旗ふりをしたのです。
「私は、たしかに原子力について、かなり厳しく批判してきました。だって、推進する側が、外国の技術をありがたがって、日本で独自の技術を育てようとしない。それから、たとえば、ラジウムは身体にいいんだから、放射線というのは身体にいいんだ、なんて、ばかげたウソをついたり、隠しごとしたり、原子力発電所を建てるときの住民への説得の仕方も非民主的だし……」
――だから反対運動が広まったのでしょう。
「私は、実は人間としては原発批判派の人たちの方が好きなのです。だけども、その人たちの中に、全部がそうだとはいいませんが、本当でないことを誇張していったり、ウソと知りつつ、ただ、もう、反対運動を煽るために脅かしの言葉を並べたてるという傾向が強くなってきた。何が何でも原発を葬り去るべきだ、という声が強くなってきた。私はこれは危険だと思ったのです。では、原子力をやめて何か代案があるのか、原子力に代るエネルギーが、他に何かあるのかといえば、ありません。わたしは十年も前から太陽や風、地熱などを取材してきましたが、少なくともこれから先、十年、二十年の間は、原子力に頼らないわけにはいかない、そう判断せざるを得なかったのです。代案も考えないで、やみくもに原子力をつぶせと叫ぶのは、あまりにも無責任ではないでしょうか」
――現在の生活レベルを少々落としてもいいではないか、という意見もあるようですが。
「『暗闇の思想』なんていう人たちもいましたが、私は、エネルギーを減らし、自然に戻る方が人間にとって幸せだとは、どうしても思えないのです。世の中豊かでなくなれば、逆に生活レベルの格差がひろがり、最も被害を受けるのは底辺の人々です。それに、簡単に、生活レベルを落とす、自然に還れという人々さえ、実は本心では生活レベルを落とそうとは思っていず、そんなことが実際に起きるとも思っていない。タカをくくっているのですよ。だから無責任だし、不真面目だと私はいうのです。それに比べれば、原子力の現場の技術者たちは真面目だし、真剣です。一所懸命です。技術もずいぶん進みました。取材してみて、そのことを知ったのです。彼らは信用できる、彼らがやっているのなら、原子力は信用できる、と。ところが、その技術者たちが元気をなくしつつある……。自分たちの仕事を反社会的行為、悪魔の所業のように罵られ、袋だたきに会う。新聞、雑誌と、目につくかぎりのものが、集中砲火を浴びせ、ついには妻や子供たちからもうとんじられるようになる。これでは立つ瀬がないですよ。こんな状態にいつまでも置かれていたら、誰だってやる気を失い、逃げ出したくなってしまうでしょう。げんにそういう兆候が見えはじめていた。これは危険だと私は思ったのです。それまでは、私は原子力を厳しく批判することで、より健全な発展が促せると考えていたのですが、図に乗ってやりすぎると、原子力技術者たちを、そして原子力自体を潰してしまう。そうなったら大へんだ、と……」（同書より）
――ここで二つの部分に注目したい。一つは、二番目の回答にある代替エネルギーに関する論理である。（田原総一朗氏：J-CASTニュース 2011年12月30日を参照）
もう一つは、三番目の「原子力の現場の技術者たちは真面目だし、真剣です。一所懸命です。技術もずいぶん進みました。取材してみて、そのことを知ったのです。彼らは信用できる、彼らがやっているのなら、原子力は信用できる」というところだ。技術者、研究者に対する信用から原子力にたいする信用が生まれたというのだ。
以下、引用は■核燃料 探査から廃棄物処理まで-1〜48（大熊由紀子記者）（朝日新聞1976年7月13日〜9月5日）による。（［ ］の数値は掲載回数を示す）
［48回］＝最終回「脱却したい外国依存 自主独立への道」は次のように結んでいる。
（一部省略）
《真剣さ欠く取り組み》
核燃料の探査から廃棄物の処理・処分にいたるまで、それぞれの分野で、使命感をもってコツコツと技術の開発に取り組んでいる人たちはいるのだが、政策を立案し、それを決める、高いレベルの人たちには真剣さが欠けているのではないかと、疑われる。
（中略）
《ぬきがたい舶来崇拝》
一方、電力会社は、国産技術の開発に伝統的に冷たい。
核燃料の海外探査を例にとると、日本で育ったウラン探査技術をもりたてるより、フランスやアメリカの探査活動に出資するほうに熱を入れる。
日本の技術で開発を進めてきた新型転換炉「ふげん」は、アメリカのウラン濃縮技術に頼らずにすみ、核燃料を効率よく使えるのに、それを大型化した実証炉を建設することには二の足を踏む。しかし、このような外国依存の状態を続けていれば、わたしたちの暮らしの基盤になるエネルギーの「自主独立」は、いつまでたっても実現されないだろう。
原発推進派も反対派も、ともにアメリカ依存や舶来崇拝から脱却して、日本としての独自の道を探り、日本独自の判断と決断とをもつことが、いまもっとも必要なことではなかろうか。 ＝おわり
――この結びの記述には、上述のインタビュー記事（三番目）につながる研究者・技術者に対する信頼が述べられている。
同様に、記事全48回の前半には、技術者。研究者の苦労話が延々と述べられている。
［01回］ 海水からウランを採る話。
［04回］ サハラ砂ばくの南端、ニジェールでウランを探す話。
［05回］ 硫酸を使ったウラン採掘法。
［06回］ 人形峠や東濃地区でのウラン製錬の技術革命の話。
［09回］ 「濃縮ウランの国産へ、独自の基礎実験に成功」という朝日新聞の記事。
そして［20回］に「魔法のような新燃料」がやっと登場してくるのだ。
ところが、
■日本のエネルギー2007 - 資源エネルギー庁
http://www.enecho.meti.go.jp/topics/energy-in-japan/energy2007html_/part_3.htm
には次のように書いてある。
○原子力発電と核燃料サイクル（2） 〜ウランの確保
（省略）
《我が国のウラン資源調達の状況》
我が国はウラン資源の１００％を輸入に頼っており、輸入先は、カナダとオーストラリアが７割を占めており、供給源の多様化を図ることが重要です。（ホームページより）
――いったい、国産ウランはどうなったのか。
■放射能汚染の現実を超えて（小出裕章著 1992年発行-2011年5月20日復刊）
に次のように書いてあった。
＞日本でも、岡山、鳥取両県にまたがる人形峠、あるいは岐阜県の東濃でウランが出ると宣伝されている。しかし、それらの地で採掘されるウラン鉱石はウランの含有率が低く、実際には到底原発の燃料などにはならない。人形峠においては一九五〇年代の後半から一九六〇年代にかけて、試験的な採掘が行なわれ、約一〇〇〇人の労働者が坑内労働に従事した。ところがそれらの労働者は、法の定めも満たさないほどの高濃度のラドンが充満した作業環境で働かされており、事業者側のデータを調べただけでも六〇〜七〇人もの肺ガン死が発生すると予測されるのである。
また、人形峠においては、総量でも一基の原発を半年動かせるだけのウランしか採掘できなかったにもかかわらず、二〇万m3（ドラム缶にして一〇〇万本）にものぼる鉱石まじりの残土が環境中に野ざらしにされている。置き去りにされた残土の一部では空間の線量率が一時間当たり〇・八五ミリレントゲン、年間に換算すれば七五〇〇ミリレントゲンもある。職業人に許される被曝量の最大値が年間五〇〇〇ミリレム（一ミリレントゲンはほぼ一ミリレムと考えてよい）、一般公衆のそれは一〇〇ミリレムであることを考えれば、置き去りにされた残土がいかに危険なものか理解できる。
これまで一基の原発が一年間動けば、低レベル放射性廃物がドラム缶にして一〇〇〇本から二〇〇〇本発生するといわれてきた。しかし、人形峠の経験はウランを採掘するという原子力にとってのいちばん初めの段階で、すでに桁違いの汚染物を残していくということを教えてくれている。（同書）
――また、■世界のウラン鉱産業の実相（高橋文夫著）（経済2011年11月号）には、次のようにまとめてあった。まとめてあったというのは、参考文献の中に「人形峠ウラン鉱害裁判」（土井淑平・小出裕章）（批評社）があったからである。
《人形峠鉱山》
＞日本では、岡山県と鳥取県の県境にまたがる人形峠ウラン鉱山が有名である。ほかに東濃地区（岐阜県東南部）などにもウラン鉱の賦存（ふそん）は確認されているが、実際に鉱山が開発されたのは人形峠である。そのために国家企業「原子燃料公社」が設立され、これが動燃（動力炉核燃料開発事業団）となり、現在の日本原子力研究開発機構に統合されている、いわば原点の地だ。
1955年11月にウラン鉱が発見された。56年度から66年度までの10年間、坑内掘りで採掘。10年間の休止期間をはさんで77年度から87年度まで一部で再開し、露天掘りが行われ、トータルで8万5500トンのウラン原鉱を採取した。原鉱は、公社（事業団）の人形峠事業所で製錬され、約84トンのイエローケーキを製造した。原鉱平均品位は0・0111％と、世界各地の平均品位の3分の1程度のいわゆる貧鉱であった。
20年間でわずか84トンでは、100万kW級原発1基の5カ月分にしかならないため、採算性ゼロ、とうてい商業ベースに乗らないということで、87年に終掘閉山した。
しかし、この壮大な無駄遣いの実験のために45万m3、約100万トンにおよぶウラン残土が付近に放置された。旧動燃は「捨石」と詭弁（きべん）を弄したが、なかには0・02％台の�猯�派な�畊枩个發泙犬辰討い襦�その放置事件は88年8月、地元紙の報道で明らかとなった。
旧動燃調査でも、年率60ミリシーベルト弱の（住民調査では、その2倍以上）線量を確認。その一部について、鳥取県湯梨浜町（旧東郷町）・方面（かたも）地区との間で、撤去協定書が90年に締結された。しかし、旧動燃は履行せず、文字通り放置した。10年間押し問答が続いた揚句、方面地区自治会と個人が合計3000m3の残土撤去を求めて提訴し、いずれも原告側が勝訴、終結した（06年）。
なお、人形峠鉱山では周辺住民主体に残土運搬など軽作業従事者を含め、延べ1000人弱が働いていたが、そのうち11人のがん死（66〜94年）が確認されている。
ウラン鉱山の危険性は核燃料サイクルの中でも最大級のものだ。100万kW級発電所に対応するウラン鉱山の1年間の放射線放出量は、20兆ベクレル（ラドン222等）、製錬工場では8800億ベクレル、ウラン残土地域で1兆ベクレルにたっする。これが下流工程のたとえば濃縮工場では8億ベクレルであり、人工構築物という別次元の危険性と隣り合わせてはいるものの、鉱山では濃縮工場の実に2万5000倍の放射線を浴びる危険性がある。（同記事）
――研究者・技術者に対する信頼とは、どういうものなのか。「ウランを採掘するという原子力にとってのいちばん初めの段階で、すでに桁違いの汚染物を残していく」（「放射能汚染の現実を超えて」（小出裕章著）というが、掘り散らかした汚染物に責任をもたないのが技術者や研究者なのか。
「核燃料――探査から廃棄物処理まで」の後半には、「日本には、アメリカのような広い荒れ地がないので、原子力発電所にたまった放射性廃棄物入りのドラムかんの大部分は、海に捨てるしかありません。ドラムかんが深海底までこわれずに落ちてゆくか、深海底の水圧に耐えられるか、ドラムかんが腐食して溶けてしまったとき、なかのコンクリート固化物がどうなるか、などいろいろ調べて、安全に捨てる方法を見つけ出さねばなりません」
とあった。人や生物のいないところ捨てる、たとえば深海や南極に捨てるというのだ。そういえば、■放射能汚染水の処理水「安易に放出しない」 東電計画（asahi.com 2011年12月15日）という記事があった。いつか放出するということだ。
2011年11月30日
大手メディアが報道しない原発情報
目次
【その１】 枝野発言「ただちに影響が……」
【その２】 メディアの原発報道姿勢
【その３】 大手メディアは、いつごろ、どうして原発推進になったのか
【その４】 メディアが報道しない原発関連ニュース
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【その１】 枝野発言「ただちに影響が……」
――「ただちに健康に影響を及ぼすものとは考えられない」（枝野官房長官の会見全文〈２０日午後４時半〉（asahi.com 2011年3月20日））（検索可）という発言がやっと問題になった。
こういう曖昧なものの言い様（よう）で政府の情報が発信されるのだ。情報を得る側は、行動の指針を求めている。避難すべきなのか、ものは食べられるのか。
たとえば、■特定避難勧奨地点：３７世帯を追加指定…福島の２市（毎日新聞 2011年11月25日 関雄輔記者）（検索可）には、指定されたという事実だけがじつにあっさりと書いてある。その原因として、「山のそばなどの世帯が多く、風雨で放射性物質が蓄積した可能性が高いという。」（同記事）という。
だが、対象地区の住民にとっては命に関わる問題だ。■『週刊金曜日（2010年10月14日）報道されない福島の真実』によると、親が自主避難できる「特定避難勧奨地点」の指定を行政側が拒否するという問題が起こっているという。
枝野発言のような情報の出し方に対して、早くから問題点を指摘している記事もある。
■原発破局を阻止せよ！（広瀬隆著）（週刊朝日掲載記事）
（前略）
枝野官房長官は二〇日の記者会見で、ここでも「ただちに健康に影響をおよぼすとは考えられない」と話しましたが、「ただちに」とは、いったいどれくらいの時間なのか。すぐ健康に影響が出るのは、原爆投下直後のような末期的な地獄であり、急性放射線障害です。体内被曝による影響は何年後、何十年後でも症状が出てくるのです。（以下省略 週刊朝日2011年4月1日号）
――だいぶ経ってから会見でも次のような応答があった。
■枝野官房長官の会見全文〈２０日午後〉（asahi.com 2011年5月20日）（検索可）
【東京電力・原発事故】
《質問》
楽観的なシナリオに基づいて政策決定したのではないか。また長官は「直ちに健康に影響はない」と言ってきた。現状認識と楽観的アナウンスが多くの人を被曝（ひばく）させた懸念もあるが。
《長官の発言》
「この間、避難指示については把握できていたデータに基づいて、常にむしろ万全すぎるぐらいの早い段階からの避難指示をお願いしてきた。地表に降っている放射性物質のために、長期にわたっての影響についても、計画的避難区域という形で対応してきた。そうした意味では、放出された放射性物質、それによる放射線の影響については避難が遅れるような対応にはならなかった。少なくとも今得られているデータからは判断している。それから、私が時々、直ちにという表現を使ったことは、指摘頂いた意味ではないか、誤解も生じているようだが、私が、直ちにという表現を使っていたのは、原発の状況が流動的であった。つまり、さらに状況が悪化する可能性が高い、十分にある状況で、従って、原発の状況が現状であるならば、直ちには影響するものではないと。ただし、もしかすると原発の状況がさらに悪化するということになれば、その時点で想定していた避難地域では十分ではなくなってさらなる避難をお願いする可能性があるという意味で、その時点での原発の状況においてはという意味で、直ちにという表現を使ったものであり、すぐに影響が出ることはないけれども、将来的に影響が起こる可能性ということを意味して、直ちにという表現を使ったことはない」（同会見記事より）
――要するに、現状では何もしない、ということだ。「もしかすると原発の状況がさらに悪化するということになれば」（上述の記事）という仮定があるならば、その場合に備えるのが当然だろう。
内閣府の園田康博政務官は、汚染水を飲んでみせることで、直ちに影響はないことを見事に実証してくれた。だが、問題は生活レベルの話なのだ。たった一杯の水ではない。まったく無意味だ。飲むに至る経緯をJ-CASTニュースが詳しく報じている。
■原発「低濃度汚染水」は飲める 園田政務官が「飲水」宣言（J-CASTニュース10月25日）（検索可）
（１章省略）
＞《東電はこの水を「滞留水」と呼んでいる》
園田氏が飲むことになったのは、5、6号機にたまっていた低濃度の放射能汚染水を浄化処理したもの。この汚染水は、津波で建屋に流入した海水や雨水がたまったもので、仮設タンクやメガフロートに貯蔵されているが、近く満杯になるとみられる。元々放射性物質をほとんど含んでいないとされ、循環注水冷却に使用されている1〜4号機の汚染水とは大きく性質が異なる。
東電では、この水を「滞留水」と呼んでおり、「汚染水」という表現すら使っていない。東電が、この水を10月7日から発電所の敷地内にまき始めたことから、安全性を問う声が10月13日の統合対策室の会見で続出。ある記者からは
「安全性を担保するために、菅直人元厚生大臣はカイワレダイコンを食べ、枝野幸男前官房長官は、いわき産のイチゴやトマトを食べた。東京電力が『飲んでも大丈夫』って言ってるんですから、コップ1杯ぐらい、どうでしょう」
という声があがり、園田氏は
「安全性の示し方としてベストだということであれば、そういう風に皆さんが受け止めてくださるのであれば、いつでも取り寄せて、この場で皆さんの前で飲水をしてかまわないと考えている」
と返答。挑発に乗った形だとも言える。記者は、水の「すり替え」などを防ぐために、発電所敷地内への同行取材を求めたが認められず、園田氏は東電本社3階の会見場で飲むことになった。（以下省略 同記事）
――そして、つい最近やっと問題が明らかになってきた。
■枝野氏「『直ちに』は7回しか言ってない」に非難殺到（livedoor 2011年11月8日）（検索可）
＞8日、衆議院予算委員会の質疑における枝野幸男氏の答弁が話題になっている。
枝野氏は、自民党・村上誠一郎議員から受けた震災初期対応の不備を指摘する質問に答える形で
「わたくしは3月11日からの最初の二週間で、39回の記者会見を行っておりますが、そのうち「ただちに人体、健康に害が無い」ということを申し上げたのは全部で7回でございます。そのうちの5回は食べ物、飲み物の話でございまして、一般論としてただちに影響がないと申し上げたのではなくて、放射性物質が検出された牛乳が1年間飲み続ければ健康に被害を与えると定められた基準値がありまして、万が一そういったものを一度か二度摂取しても、ただちに問題ないとくり返し申し上げたものです」
と回答した。
枝野氏の「ただちに影響ない」という言葉は、震災直後、混乱する日本で一種の流行語になったが、改めて、同氏は「これは『基準値超えの食品を一度か二度摂取した場合』に限られる」と説明し直した。
今回の発言を受け、「今までと変わらぬ生活を続けてもただちに影響ない」という意味だと信じていたネットユーザー達は、それぞれのツイッターや掲示板上で、「こう言うと思ってた」「枝野を信じて汚染水道水を飲んでた自分が悔しい」「子どもの言い訳か」「全力で国民を騙した」「『食べても心配ない』と曲解して報道したマスコミに責任」などと書き込み、様々な反発の声を上げたのだった。（同記事より全文）
――この衆議院予算委員会（2011年11月8日）で自民党の村上誠一郎衆議院議員の質疑に対して行った枝野前官房長官の答弁を、上杉隆氏が問題にしている。以下、上述記事と一部重複するが、次の記事から関連部分を引用する。
■「ただちに影響はない」は限られた場合の話だった!? 枝野前官房長官の"問題発言"と"政治家としての責任"（上杉隆氏）（DIAMOND online 2011年11月11日）（検索可）
＞《何をどれだけ食べても飲んでも「ただちに影響がない」わけではなかった!? 》
おととい（11月8日）、枝野幸男前官房長官は、言ってはならないことを言ってしまったようだ。
衆議院予算委員会の席上、自民党の村上誠一郎衆議院議員の質疑に対する答弁の中で、枝野氏の問題発言は明らかになった。
「わたくしは3月11日からの最初の二週間で、39回の記者会見を行っておりますが、そのうち『ただちに人体、健康に害が無い』ということを申し上げたのは全部で7回でございます。そのうちの5回は食べ物、飲み物の話でございまして、一般論としてただちに影響がないと申し上げたのではなくて、放射性物質が検出された牛乳が1年間飲み続ければ健康に被害を与えると定められた基準値がありまして、万が一そういったものを一度か二度摂取しても、ただちに問題ないとくり返し申し上げたものです」
開き直りもここまでくると見事である。
仮に、一般論としての述べたのでなければ、なぜ一般論として報じ続けたテレビ・新聞などの記者クラブメディアに抗議を行わないのか。
それこそ、国民の健康に害が及ぶ可能性のある「誤報」に対して、速やかな訂正を求めるのは政治家として当然の義務ではないか。しかも、それは自分自身の発言が根拠になっているニュースでもある。枝野氏が本当に、そう思っているのならば、大手メディアに対して訂正要求があってしかるべきだ。
ところが、実際は、枝野氏はまったく逆のことをしでかしている。
《訂正要求どころか「安全デマ」「安心デマ」を広め続けた張本人》
（省略）
枝野氏の「ただちに影響はない」という言葉は、震災直後、一種の流行語になった。その言葉を信じて、被爆してしまった国民がいったいどれほどいることだろうか。放射能の健康被害が明らかになりはじめる4、5年後を考えるだけで背筋が凍る思いである。
（省略）
《なぜ当時、限られた場合の話だときちんと説明しなかったのか》
（省略）
枝野氏はおとといの予算委員会の答弁の中で、改めて「これは『基準値超えの食品を一度か二度摂取した場合』に限られる」と説明し直している。
では、枝野氏に言いたい。なぜ、当時、そのように説明しなかったのか。その同じ口からは一切そんな言葉は発せられなかったではないか。
もちろん、問題は7回という回数ではない。放射能漏れによる食品汚染に不安を抱く国民に、結果として間違った情報を与えたことが問題なのだ。
何度も繰り返すが、政治はすべて結果責任である。
判明したデータを淡々と発表するのならば、それは官僚の仕事にすぎない。枝野氏は政治家ではなかったのか。予防的措置も採ることができる政治家ではなかったのか。
（以下省略 同記事より）
――付け加えておくが、「ただちに影響がない」というような言い様は昔からあった。常套句なのか。日本原子力発電会社敦賀発電所の放射能漏れに関する報道に使われている。この当時は、それで済んだらしい。
■�犖業�銀座�疉坩造貿鐚屐閉�日新聞 1981年4月18日夕刊）の「『また、あの敦賀で…』 通産省、異例の未明会見」という記事だが、十八日午前五時、異例の未明の緊急記者会見を行ったという。
＞たび重なる事故や故障隠しなどで、以前から問題視されていた日本原子力発電会社の福井県・敦賀原発。しかも、本来、放射能が出るはずのない「一般排水路」からの放射性物質。十八日未明、異例の緊急記者会見で重大な事態を明らかにした通産省幹部は「またあの敦賀原発が……」「考えられないケース」と、にがにがしげに何度も口にした。一方、日本原電側も同日昼前になって幹部が記者会見したが、「なぜ漏れたのかわからない。原因は不明」と、説明にならない説明を繰り返すばかり。ただちに人体や環境に影響を与えるほどではない、というものの、汚染は湾全体に及んでいる恐れもあり、住民の不安は強い。今後の原発建設問題も含め、波紋は大きく広がりそうだ。（同記事の冒頭 以下省略）
■原子力と報道（中村政雄著 2004年11月10日発行）
《原電敦賀発電所の放射能漏れ》
＞一九八一年四月十八日、各紙の夕刊は一面と社会面トップで「敦賀原発で放射能もれ」「汚染」という大ニュースを伝えた。
ニュースの内容は日本原子力発電会社敦賀発電所の、雑用水などを流す一般排水口やそれがそそぐ浦底湾の海底の海藻、ホンダワラなどからコバルト60などの放射性物質が検出された、というのである。ホンダワラの放射能は平常値の十倍で、新聞によっては「人体にまず影響なし」という見出しを付けていた。翌日朝刊でも一面トップ。だが、とてもそんな大事件ではなかった。
必要以上の大扱いになった理由は、通産省の発表の仕方にあった。真夜中にマスコミ各社に「明朝五時に重大発表がある」という連絡が入った。誰でも「大事故だ」と思ってしまう。夜明けとともに、発電所の上空にヘリコプターを飛ばした社もあった。発表の会見に出た記者は説明を聞いて「たいしたことないじゃないか」と思った。
しかし、早朝の異例の記者発表である。何かワケがあるに違いないと思うのが当然だ。さらにNHKテレビが朝七時のニュースで「通産省は直ちに重大な影響が出ることはないが、湾内全体が汚染されていると推定される」（ママ＝「 」の部分）と報道したため、これを聞いて各社のデスクが刺激されたことも手伝った。（同書より）
【その２】 メディアの原発報道姿勢
――メディアの原発報道姿勢に一定の変化が見られる。しかし、かなり揺れている。次に挙げた東京新聞の記事を読んで、原発国民投票（大滝秀治さんのナレーション）インターネットの動画を見てみた。スポニチの記事とあわせて読んでみた。「視聴者に誤解を与える恐れがある」と判断するのがテレビ朝日の水準だ。
■筆洗（東京新聞 2011年11月27日）（検索可）
俳優の大滝秀治さんのナレーションが、とても味わい深く響く。＜原発、いつ、やめるのか、それとも いつ、再開するのか。それを決めるのは、電力会社でも 役所でも 政治家でもなくて、私たち 国民一人一人。通販生活秋冬号の巻頭特集は、原発国民投票＞▼声と字幕だけの短いテレビＣＭが今、話題になっている。「通販生活」を発刊しているカタログハウスがテレビ朝日の夜の番組で流そうとしたが、拒否され幻になったＣＭだ▼原発をこれからどうするのか。政府や官僚任せではなく国民投票をして決めよう−。そんな特集の記事を宣伝する「商品広告」とカタログハウス側は考えていた。どこかタブーに触れたのだろうか▼テレビ朝日側は「民放連の放送基準などに則（のっと）った当社の基準をもとに考査、判断している」と説明。個別のＣＭの判断については「お答えしておりません」という▼原発の是非を国民投票で決めようという市民運動が広がっている。ただ政治家の関心は鈍く、批判的な声すらある。そこには、理性的な判断は国民にできない、という蔑視が潜んでいるように思える▼原発稼働の是非を問う住民投票条例の制定を求める署名活動が、来月から東京都と大阪市で始まる。電力消費地の住民が自らの問題として受け止めようという思いから始まった。主権者が意思を示す第一歩に注目している。（同記事全文）
■テレビ朝日、原発国民投票の雑誌ＣＭを拒否（スポニチ 2011年11月30日）（検索可）
原発の是非について国民投票を呼び掛ける特集をした雑誌「通販生活 秋冬号」（カタログハウス、１５日発売）のＣＭについて、視聴者に誤解を与える恐れがあるなどとして、テレビ朝日が放送を拒否していた。
２９日の定例会見で早河洋社長が明らかにした。ＣＭは「原発、やめるのか、再開するのか。それを決めるのは、私たち国民一人一人」などの字幕と、俳優大滝秀治のナレーションが流れ、最後に巻頭特集が「原発国民投票」であることを紹介する内容。１０月に広告代理店を通じて「報道ステーション」と「徹子の部屋」での放送を打診されたが、社内で検討し、拒否したという。（同記事より全文）
――その一方で次のような社説も載った。読んでみると、まだ曖昧な点があるが、今までとは違う方向を示している。世論の力は大きい。
■毎日新聞社説「震災後 地震国の原発 政策の大転換を図れ」（毎日新聞 2011年4月15日）（検索可）
■原発ゼロ社会――いまこそ 政策の大転換を（朝日新聞社説 2011年7月13日）（検索可）
【その３】 大手メディアは、いつごろ、どうして原発推進になったのか
■大震災・原発事故とジャーナリズム（座談会）（『経済』2011年9月号）の囲み記事にその概略があった、
（前略）
＞メディア対策は東電だけでなく電気事業連合会も重視。広告費は「建設費の一部」との位置づけで、「朝日新聞」に74年8月6日、「放射能は環境にどんな影響を与えるか」と題した10段広告を載せたのが嚆矢（こうし）。その後2年にわたって毎月欠かさず掲載され、76年以降も数カ月に1回程度掲載。これをみた「読売新聞」が広告の掲載を求め、定期的に原子力発電のPR広告が掲載されるようになった。すると「毎日新聞」も広告掲載を要求。ところが当時、原発に反対するキャンペーン記事や「政治を暮らしへ」というシリーズを掲載していた「毎日」に対し、「御社のエネルギー問題への取り組み方針はどうなっているのか」等と迫ったという、電気事業連合会の関係者の証言を載せている。同証言では、「毎年�犖胸厠呂瞭��瓩寮�府の原子力広報が全国の地方新聞に掲載できるようになったのも、朝日へのPR広告の掲載が道を開いたものだと思っている」とも語っている。（以下省略 同誌）
――その経緯は、■東電帝国 その失敗の本質（志村嘉一郎著 2011年6月20日発行）に詳しい。以下、同書の記述を追ってみる。
《原発賛成の研修会》
＞朝日新聞社は一九七九年八月、全国の支局、通信局などで原子力問題を担当している第一線記者二一人を集め、三日間の研修会を開いた。
研修会の目的は、朝日新聞の原発報道の姿勢が、「No, but」から「Yes, but」に変わったことを、原発がある地方の記者に徹底させるためだった。（以下省略）
＞この研修会に先立つ二年半前に、朝日新聞社の調査研究室では、科学部、社会部、経済部の中堅記者五人を集め、「原発報道のあり方」の研究をさせている。リーダーは調査研究室長・論説委員の岸田純之助。岸田は科学記者出身で原発にはくわしかった。三カ月の共同研究で七月に「原子力発電の手引」（調査研究室社内報告一七四）として社内に配布された。B6判二七五ページのかなり厚いハンドブックで、朝日新聞の原発報道を「Yes, but」で統一しようとするものだった。大要は、
〈二度の石油危機で原油は上がり、西暦二〇〇〇年ころには石油が枯渇してしまうかもしれない。石油にかわる代替エネルギーの開発と実用化は進んでいない。原発批判学者らが期待している核融合は二一世紀半ばまでむずかしい。したがって当分の間は、国民のエネルギーは原発に頼らざるを得ない。しかし、個々の原発の立地については地元の総合的な事情を考えるべきだし、事故が起きた場合は正確な報道をすべきである。〉
といった内容だった。
（中略）
＞論説主幹になっていた岸田が答える。
「現在、日本の原発に関する限り、人間の生命に関するような大きな事故が起こる可能性はまずないと私は考えている。日本の技術者の優秀さに支えられている面が多いが、無条件に安全と考えているわけではない。原発がダメな代わりに何があるかというところまで議論してもらうと次第に認識は共通なものになる。ただし、個々の原発の建設の可否は別問題で、場所によっては建設すべきではないところがあるだろう」
編集担当専務の秦正流（ブログ注＝はた・しょうりゅう）がはっきりと言い切った。
「朝日としては一つのコンセンサスがなくてはならない。記者個人が原発に反対するのは基本的には自由だが、その考え方を記事にするときは署名を入れてほしい。それをボツにするかどうかの権限は編集局にある」
《朝日、原発広告を解禁》
＞朝日新聞の原発賛成への動きは、研修会の五年前の一九七四年から始まる。当時の朝日新聞広告関係者は、
「石油危機で朝日の広告が少なくなり、意見広告をたくさん入れようということになった。その中で、もし原発推進の意見広告が出稿されたらどうするか、議論になった。しかし、原発促進は社論に反するもので、編集トップがどう考えるかお伺いをたてる必要があった。編集トップと広告トップの会談、論説委員室と広告局との話し合いが何度も行われ、最終的には編集担当専務渡辺誠毅の決断で、原発推進の意見広告が出された場合はこれを受ける、という結論になった」
と、話している。（以下省略）
《毎日も「原発賛成」に》
（前略）
＞読売は、漫画家の近藤日出造を押し出し、現地ルポを行い、漫画と文章でPRする企画案を出してきた。朝日に遅れること数カ月、読売にも全国版で広告を打つことになった。
「朝日が良いなら、うちも朝日の線でお願いします」
と、ブロック紙や地方紙もあちこちから広告掲載を願い出て来た。
（以下省略）
――そして、毎日も、原子力反対のキャンペーン記事を連載中だったが、それが消え、読売に遅れること一年で、原子力PR広告が載ったという。
こうして、《PR費は原発建設費の一部》（同書見出し）となり、記者を対象とした《タダの一泊旅行》（同）が行われるようになったという。
2011年3月11日の当日、東電会長の勝俣恒久は北京を訪問中だったと報道されたが、それについても記述がある。
田原総一朗氏も、いつごろ、どうして原発推進になったのかという点に着目しているが、1976年としている。
■ドキュメント東京電力（田原総一朗）1980年12月発行−2011年7月10日文庫版発行
（前略）
＞一体、いつから流れの向きが変るのか。どうやら、そのきっかけ、いわば嚆矢の役割を果したのは、一九七六年七月十三日から九月五日まで、「朝日新聞」に四十八日にわたって連載された、科学部記者大熊由紀子の「核燃料――探査から廃棄物処理まで」という記事のようである。
この連載記事は、その後、朝日新聞社から単行本として出版されたが、中野好夫、野坂昭如、「自動車絶望工場」などのルポルタージュで知られる鎌田慧、反原発運動家の西尾漢など数多くの人々が激しく批判し、また、多くの住民運動グループが朝日新聞社に出かけて、大熊由紀子に抗議を行なっている。それだけ、原発批判派に与えた衝撃が大きかったということなのだろう。（同書より 以下省略）
――大熊記者に対するインタビューも載っている。「それまで原子力に対して批判的だった大熊が、なぜ一転して原発を声高に持ち上げるような記事を書いたのか。」（同書）という問題意識からのようだ。さらに原子力開発促進のために費やされた莫大な金額についても触れている。こちらは1974年からだという。
（前略）
＞科学技術庁は、一九七四年に一挙に四倍、通産省は七四年には、何と三十一倍、七五年にはさらにその七倍と、予算をはね上がらせている。
なお、九電力のPRを担当している電気事業連合会の広報予算は極秘になっていて正確には掴めないが、たとえば、一九七五年の電事連の、マスコミでの広報活動をみると、次のようになっている。
朝日、毎日、読売、サンケイ、日経、北海道新聞、北海タイムス、中日、東京などの新聞に全十段広告を毎月一回。
週刊朝日、サンデー毎日、週刊読売、週刊サンケイ、週刊文春、週刊新潮などに一頁広告を毎月一回。
エコノミスト、東洋経済、ダイヤモンド、実業の日本など経済誌に、ほぼ毎月二頁広告。
月刊の文藝春秋、婦人公論、婦人倶楽部、マダム、家の光などに、二頁ないし、一頁広告。
他に、三本のラジオ番組を、ほぼ毎日放送している。
このようなおびただしい紙爆弾、電波爆弾など、原子力開発促進のために費やされた金額は、一九七五年、七六年度には電事連と電力各社で、年間約四〇億円。政府予算約二〇億円を加えると、六〇億円に達しており、こうした物量作戦が、�猯�れ�瓩鯤僂┐襪里紡腓�な役割を果したことは間違いないだろう。（同書より 以下省略）
――なお、■「核燃料 探査から廃棄物処理まで」1〜48（大熊由紀子記者）（朝日新聞連載 1976年7月13日〜9月5日）についてだが、現在読んでいる最中なので意見を控えておく。
【その４】 大手メディアが報道しない原発関連ニュース
――福島第一原発の敷地内取材がおこなわれた。イラク戦争のエンベッド取材を思い起こさせる。仰々しい記事だらけだ。だが、取材の実態の方に興味がある。朝日と毎日が触れていたので引用する。
■福島第１原発ルポ 息をのむ異様な光景（産経ニュース 2011年11月13日）（検索可）
■３号機前で急上昇 １ミリシーベルト（東京新聞 2011年11月13日）（検索可）
■週末も作業員１５００人 壁には激励文（asahi.com 2011年11月13日）（検索可）
ただし、以下の記事は新聞（またはデジタル版）による。
《取材範囲は限定》
＞今回の公開は発電所内のごく一部だ。公開自体も東電と政府が積極的に進めたものではない。
朝日新聞社は事故以降、福島第一原発の敷地内で記者が直接取材できるよう何度も申し入れてきた。東電と政府は、そのたびに「事故の収束作業に支障が出る」「敷地内の放射線量が高い」などと拒んだ。
次第に第一原発では原子炉内の温度が100度以下になる「冷温停止状態」に近づき、放射能汚染されたがれきの処理も進んだ。
作業や放射線を理由に拒否しにくくなるなか、細野原発担当相もようやく1日の閣議後会見で、原発の復旧状況の視察に記者団を同行させるというかたちで取材を認めると発表した。
ただし敷地内の線量でまだ高い場所があることなどを理由に、取材範囲はごく一部に限られた。
取材陣の積算被曝線量は法令に基づき100マイクロシーベルト以下にすることが目標とされ、免震重要棟に入るときを除き、バスから降りることはできなかった。
人数も限定された。新聞社や通信社、テレビ各社は東京の内閣記者会加盟の常勤19社、福島県政記者クラブ7社、外国プレス代表ら計36人。フリーランスやインターネットメディアの記者は認められなかった。
内閣官房は当初、核テロ対策のため、原発敷地内で報道陣が撮った映像や写真を東電側が後で見て、場合によっては削除を求めると説明した。通常の原発取材では、核テロ対策のため撮影する場所は制限されることはあるが、写真を見せることはない。朝日新聞は「憲法で禁じられた検閲にあたるのでは」と指摘。結局、撮影場所の限定にとどまった。（新聞記事より）
■東日本大震災：福島第１原発構内、初取材 ８カ月、なお無残（毎日新聞 2011年11月13日 笈田直樹記者）（検索可）
《◇事故直後からの要請やっと 公開対象・行動に制限》
＞毎日新聞を含む報道各社は事故直後から、福島第１原発構内の取材要請を続けてきたが、東京電力と政府はこれまで、「事故収束作業に支障が出る上、放射線量が高く安全を確保できない」として拒んでいた。今回、事故収束に向けた作業を細野豪志原発事故担当相、園田康博内閣府政務官が視察するのに合わせ、制約付きながら初めて同行取材を認めた。
取材が許可されたのは、細野氏の取材を主に担当する内閣記者会常駐１９社と、地元福島県内のテレビ、新聞７社、海外メディアの代表取材記者の計３６人。フリー記者やインターネットメディアは「人数に制約がある」などとして対象から外された。
取材メディアを選別したことについて、フリー記者らから不満が出たが、園田氏は「細野担当相の同行取材なので、内閣官房の基準に従った」と説明した。
細野氏は４日の記者会見で「今回一度、（一部メディアを対象に）公開し、どの程度取材を受け入れられるのか見極めたい。その上で、徐々に広く取材できる環境を作らないといけないと思っている」と述べ、今後構内取材の機会を増やす意向を示した。
一方、政府は当初、「テロ対策上、監視カメラの位置などの警備状況が外部に漏れないようにする必要がある」として、同行取材時に撮影した写真や映像を東電の担当者がチェックし、問題があると判断した場合は削除すると通告した。ところが、報道各社が「検閲にあたる」と反発したため、事前チェックは撤回された。ただし、正門やフェンスなどは撮影が禁止された。
また、被ばく線量を抑えるため、構内での自由な行動は許されず、バスに乗ったまま窓ガラス越しの撮影を余儀なくされた。（同記事より）
――取材制限については、「細野豪志原発担当相の現地同行取材に関する申し入れ」が自由報道協会によっておこなわれている。上杉隆氏の記事に詳しく書いてある。
■なぜ細野大臣はフリー記者だけを排除したのか。未だ続く官報複合体による原発事故の情報隠蔽（上杉隆氏 diamond online 2011年11月17日）（検索可）
（前略）
《国家の機密情報も究極的には国民のものだ》
＞なぜ政府はフリーランス記者を同行させなかったのか。なぜ細野氏は自由報道協会を避けたのか。
その答えの一端は、福島第一原発の現地取材をもっとも多く行っているジャーナリストの今西憲之氏の次の言葉に集約されている。
「そんなことしたら、安全じゃないという本当のことが全部ばれてしまうやないか。ありえへん」
3・11以降繰り返されてきた情報隠蔽はいまだ続いているのだ。
その結果、正しい情報が出ず、正しい前提で判断することが難しくなっている。いったい日本政府と霞ヶ関、そしてマスコミは何を求めてこうした卑怯なまねを繰り返しているだろう。
原子力に絡む国家の高度な機密情報は断じて一部の政治家や官僚たちのものではない。ましてやなんの権限も責任も持たないメディアのものでもない。
それらは究極的には国民のものであり、国民の知る権利に応えるべき知的財産なのである。（以下省略 同記事より）
――もう一つ。
電力の供給に関しても不可解な記事が多かった。ところが、全原発停止でも来夏供給力５７００万kWという記事が出た。日刊スポーツの見出しがわかりやすい。しかし小さな記事だった。野田首相の電力不足に対する強い危機感とはどこから出てくるのか。
■冬場も節電不可避＝「電力量」削減要請も−東電副社長（時事 2011年9月29日）（検索可）
■野田首相「来夏までに原発再稼働」 米紙会見で表明 電力不足に強い危機感（日本経済新聞 2011年9月21日）（検索可）
■東電が"原発抜きの夏"を試算 今年上回る供給力（2011年11月22日 共同）（検索可）
■「原発はゼロでも来夏は大丈夫」（日刊スポーツ 2011年11月22日）
■東電、全原発停止でも今夏上回る 来夏供給力、５７００万キロワット試算（Sankeibiz 2011年11月23日）（検索可）
東京電力が来年の夏に向け、保有する全ての原発が東日本大震災の影響や定期検査で停止しても、火力発電や揚水式発電の増強により、今夏の最大供給力を上回る約５７００万キロワットを確保できるとの試算をまとめたことが２２日、東電関係者への取材で分かった。
東電は福島第１原発事故後も「原子力は重要な基幹電源」との立場を変えていないが、実際には原発がなくても計画停電などの影響が出ない可能性が高い。原発を中心とした供給計画を立てているほかの電力会社にも影響を与えそうだ。
国内の商業用原子炉５４基のうち、東電は電力会社トップの１７基を保有しているが、全供給力に占める原子力の割合は来春にはゼロになる見込み。
震災で福島第１、第２原発の計１０基が停止。柏崎刈羽原発（新潟県）の１〜４号機と７号機も２００７年の中越沖地震や定期検査で停止中。
現在稼働する５、６号機（計約２４９万キロワット）も来年１月と３月に定期検査で停止するためだ。
さらに、新潟県の泉田裕彦知事は「福島事故の検証が先だ」と発言、安全性に疑問を投げかけており、定期検査後直ちに再稼働できるかは不透明だ。
東電の全原発が停止すれば、０２年に発覚したトラブル隠し問題で全基点検を迫られた０３年４月１５日〜５月６日以来のこと。
前回は電力需要が落ち着く春だったが、今回の停止期間は真夏にかかる可能性がある。
需給逼迫（ひっぱく）に備え、東電は原発以外の設備増強を進めている。川崎火力発電所（川崎市）など自社設備の充実、卸電力会社からの供給で新たに約２６７万キロワットを確保できそうで、ほかにも揚水式発電２基（計約８７万キロワット）の試運転も検討している。（同記事全文）
――最後にもう一つ別の記事。少量の放射能なら健康にいいとか、いろいろ言う学者さんがいるけれど、次の記事に書かれた状態は健康に問題がないのかと具体的に聞いてみたい。《マスクも着けず、草むしりをする人々》（同記事の見出し）とか、ママレモンかけて玄関先を除染する人とかが載っている。そのままにしておいていいのか。
■新聞が報じない飯舘村の現実「もう被曝しちゃったから遅いっぺ」（西牟田靖記者）（日刊ゲンダイ2011年10月8日）（検索可）
【その１】 枝野発言「ただちに影響が……」
【その２】 メディアの原発報道姿勢
【その３】 大手メディアは、いつごろ、どうして原発推進になったのか
【その４】 メディアが報道しない原発関連ニュース
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【その１】 枝野発言「ただちに影響が……」
――「ただちに健康に影響を及ぼすものとは考えられない」（枝野官房長官の会見全文〈２０日午後４時半〉（asahi.com 2011年3月20日））（検索可）という発言がやっと問題になった。
こういう曖昧なものの言い様（よう）で政府の情報が発信されるのだ。情報を得る側は、行動の指針を求めている。避難すべきなのか、ものは食べられるのか。
たとえば、■特定避難勧奨地点：３７世帯を追加指定…福島の２市（毎日新聞 2011年11月25日 関雄輔記者）（検索可）には、指定されたという事実だけがじつにあっさりと書いてある。その原因として、「山のそばなどの世帯が多く、風雨で放射性物質が蓄積した可能性が高いという。」（同記事）という。
だが、対象地区の住民にとっては命に関わる問題だ。■『週刊金曜日（2010年10月14日）報道されない福島の真実』によると、親が自主避難できる「特定避難勧奨地点」の指定を行政側が拒否するという問題が起こっているという。
枝野発言のような情報の出し方に対して、早くから問題点を指摘している記事もある。
■原発破局を阻止せよ！（広瀬隆著）（週刊朝日掲載記事）
（前略）
枝野官房長官は二〇日の記者会見で、ここでも「ただちに健康に影響をおよぼすとは考えられない」と話しましたが、「ただちに」とは、いったいどれくらいの時間なのか。すぐ健康に影響が出るのは、原爆投下直後のような末期的な地獄であり、急性放射線障害です。体内被曝による影響は何年後、何十年後でも症状が出てくるのです。（以下省略 週刊朝日2011年4月1日号）
――だいぶ経ってから会見でも次のような応答があった。
■枝野官房長官の会見全文〈２０日午後〉（asahi.com 2011年5月20日）（検索可）
【東京電力・原発事故】
《質問》
楽観的なシナリオに基づいて政策決定したのではないか。また長官は「直ちに健康に影響はない」と言ってきた。現状認識と楽観的アナウンスが多くの人を被曝（ひばく）させた懸念もあるが。
《長官の発言》
「この間、避難指示については把握できていたデータに基づいて、常にむしろ万全すぎるぐらいの早い段階からの避難指示をお願いしてきた。地表に降っている放射性物質のために、長期にわたっての影響についても、計画的避難区域という形で対応してきた。そうした意味では、放出された放射性物質、それによる放射線の影響については避難が遅れるような対応にはならなかった。少なくとも今得られているデータからは判断している。それから、私が時々、直ちにという表現を使ったことは、指摘頂いた意味ではないか、誤解も生じているようだが、私が、直ちにという表現を使っていたのは、原発の状況が流動的であった。つまり、さらに状況が悪化する可能性が高い、十分にある状況で、従って、原発の状況が現状であるならば、直ちには影響するものではないと。ただし、もしかすると原発の状況がさらに悪化するということになれば、その時点で想定していた避難地域では十分ではなくなってさらなる避難をお願いする可能性があるという意味で、その時点での原発の状況においてはという意味で、直ちにという表現を使ったものであり、すぐに影響が出ることはないけれども、将来的に影響が起こる可能性ということを意味して、直ちにという表現を使ったことはない」（同会見記事より）
――要するに、現状では何もしない、ということだ。「もしかすると原発の状況がさらに悪化するということになれば」（上述の記事）という仮定があるならば、その場合に備えるのが当然だろう。
内閣府の園田康博政務官は、汚染水を飲んでみせることで、直ちに影響はないことを見事に実証してくれた。だが、問題は生活レベルの話なのだ。たった一杯の水ではない。まったく無意味だ。飲むに至る経緯をJ-CASTニュースが詳しく報じている。
■原発「低濃度汚染水」は飲める 園田政務官が「飲水」宣言（J-CASTニュース10月25日）（検索可）
（１章省略）
＞《東電はこの水を「滞留水」と呼んでいる》
園田氏が飲むことになったのは、5、6号機にたまっていた低濃度の放射能汚染水を浄化処理したもの。この汚染水は、津波で建屋に流入した海水や雨水がたまったもので、仮設タンクやメガフロートに貯蔵されているが、近く満杯になるとみられる。元々放射性物質をほとんど含んでいないとされ、循環注水冷却に使用されている1〜4号機の汚染水とは大きく性質が異なる。
東電では、この水を「滞留水」と呼んでおり、「汚染水」という表現すら使っていない。東電が、この水を10月7日から発電所の敷地内にまき始めたことから、安全性を問う声が10月13日の統合対策室の会見で続出。ある記者からは
「安全性を担保するために、菅直人元厚生大臣はカイワレダイコンを食べ、枝野幸男前官房長官は、いわき産のイチゴやトマトを食べた。東京電力が『飲んでも大丈夫』って言ってるんですから、コップ1杯ぐらい、どうでしょう」
という声があがり、園田氏は
「安全性の示し方としてベストだということであれば、そういう風に皆さんが受け止めてくださるのであれば、いつでも取り寄せて、この場で皆さんの前で飲水をしてかまわないと考えている」
と返答。挑発に乗った形だとも言える。記者は、水の「すり替え」などを防ぐために、発電所敷地内への同行取材を求めたが認められず、園田氏は東電本社3階の会見場で飲むことになった。（以下省略 同記事）
――そして、つい最近やっと問題が明らかになってきた。
■枝野氏「『直ちに』は7回しか言ってない」に非難殺到（livedoor 2011年11月8日）（検索可）
＞8日、衆議院予算委員会の質疑における枝野幸男氏の答弁が話題になっている。
枝野氏は、自民党・村上誠一郎議員から受けた震災初期対応の不備を指摘する質問に答える形で
「わたくしは3月11日からの最初の二週間で、39回の記者会見を行っておりますが、そのうち「ただちに人体、健康に害が無い」ということを申し上げたのは全部で7回でございます。そのうちの5回は食べ物、飲み物の話でございまして、一般論としてただちに影響がないと申し上げたのではなくて、放射性物質が検出された牛乳が1年間飲み続ければ健康に被害を与えると定められた基準値がありまして、万が一そういったものを一度か二度摂取しても、ただちに問題ないとくり返し申し上げたものです」
と回答した。
枝野氏の「ただちに影響ない」という言葉は、震災直後、混乱する日本で一種の流行語になったが、改めて、同氏は「これは『基準値超えの食品を一度か二度摂取した場合』に限られる」と説明し直した。
今回の発言を受け、「今までと変わらぬ生活を続けてもただちに影響ない」という意味だと信じていたネットユーザー達は、それぞれのツイッターや掲示板上で、「こう言うと思ってた」「枝野を信じて汚染水道水を飲んでた自分が悔しい」「子どもの言い訳か」「全力で国民を騙した」「『食べても心配ない』と曲解して報道したマスコミに責任」などと書き込み、様々な反発の声を上げたのだった。（同記事より全文）
――この衆議院予算委員会（2011年11月8日）で自民党の村上誠一郎衆議院議員の質疑に対して行った枝野前官房長官の答弁を、上杉隆氏が問題にしている。以下、上述記事と一部重複するが、次の記事から関連部分を引用する。
■「ただちに影響はない」は限られた場合の話だった!? 枝野前官房長官の"問題発言"と"政治家としての責任"（上杉隆氏）（DIAMOND online 2011年11月11日）（検索可）
＞《何をどれだけ食べても飲んでも「ただちに影響がない」わけではなかった!? 》
おととい（11月8日）、枝野幸男前官房長官は、言ってはならないことを言ってしまったようだ。
衆議院予算委員会の席上、自民党の村上誠一郎衆議院議員の質疑に対する答弁の中で、枝野氏の問題発言は明らかになった。
「わたくしは3月11日からの最初の二週間で、39回の記者会見を行っておりますが、そのうち『ただちに人体、健康に害が無い』ということを申し上げたのは全部で7回でございます。そのうちの5回は食べ物、飲み物の話でございまして、一般論としてただちに影響がないと申し上げたのではなくて、放射性物質が検出された牛乳が1年間飲み続ければ健康に被害を与えると定められた基準値がありまして、万が一そういったものを一度か二度摂取しても、ただちに問題ないとくり返し申し上げたものです」
開き直りもここまでくると見事である。
仮に、一般論としての述べたのでなければ、なぜ一般論として報じ続けたテレビ・新聞などの記者クラブメディアに抗議を行わないのか。
それこそ、国民の健康に害が及ぶ可能性のある「誤報」に対して、速やかな訂正を求めるのは政治家として当然の義務ではないか。しかも、それは自分自身の発言が根拠になっているニュースでもある。枝野氏が本当に、そう思っているのならば、大手メディアに対して訂正要求があってしかるべきだ。
ところが、実際は、枝野氏はまったく逆のことをしでかしている。
《訂正要求どころか「安全デマ」「安心デマ」を広め続けた張本人》
（省略）
枝野氏の「ただちに影響はない」という言葉は、震災直後、一種の流行語になった。その言葉を信じて、被爆してしまった国民がいったいどれほどいることだろうか。放射能の健康被害が明らかになりはじめる4、5年後を考えるだけで背筋が凍る思いである。
（省略）
《なぜ当時、限られた場合の話だときちんと説明しなかったのか》
（省略）
枝野氏はおとといの予算委員会の答弁の中で、改めて「これは『基準値超えの食品を一度か二度摂取した場合』に限られる」と説明し直している。
では、枝野氏に言いたい。なぜ、当時、そのように説明しなかったのか。その同じ口からは一切そんな言葉は発せられなかったではないか。
もちろん、問題は7回という回数ではない。放射能漏れによる食品汚染に不安を抱く国民に、結果として間違った情報を与えたことが問題なのだ。
何度も繰り返すが、政治はすべて結果責任である。
判明したデータを淡々と発表するのならば、それは官僚の仕事にすぎない。枝野氏は政治家ではなかったのか。予防的措置も採ることができる政治家ではなかったのか。
（以下省略 同記事より）
――付け加えておくが、「ただちに影響がない」というような言い様は昔からあった。常套句なのか。日本原子力発電会社敦賀発電所の放射能漏れに関する報道に使われている。この当時は、それで済んだらしい。
■�犖業�銀座�疉坩造貿鐚屐閉�日新聞 1981年4月18日夕刊）の「『また、あの敦賀で…』 通産省、異例の未明会見」という記事だが、十八日午前五時、異例の未明の緊急記者会見を行ったという。
＞たび重なる事故や故障隠しなどで、以前から問題視されていた日本原子力発電会社の福井県・敦賀原発。しかも、本来、放射能が出るはずのない「一般排水路」からの放射性物質。十八日未明、異例の緊急記者会見で重大な事態を明らかにした通産省幹部は「またあの敦賀原発が……」「考えられないケース」と、にがにがしげに何度も口にした。一方、日本原電側も同日昼前になって幹部が記者会見したが、「なぜ漏れたのかわからない。原因は不明」と、説明にならない説明を繰り返すばかり。ただちに人体や環境に影響を与えるほどではない、というものの、汚染は湾全体に及んでいる恐れもあり、住民の不安は強い。今後の原発建設問題も含め、波紋は大きく広がりそうだ。（同記事の冒頭 以下省略）
■原子力と報道（中村政雄著 2004年11月10日発行）
《原電敦賀発電所の放射能漏れ》
＞一九八一年四月十八日、各紙の夕刊は一面と社会面トップで「敦賀原発で放射能もれ」「汚染」という大ニュースを伝えた。
ニュースの内容は日本原子力発電会社敦賀発電所の、雑用水などを流す一般排水口やそれがそそぐ浦底湾の海底の海藻、ホンダワラなどからコバルト60などの放射性物質が検出された、というのである。ホンダワラの放射能は平常値の十倍で、新聞によっては「人体にまず影響なし」という見出しを付けていた。翌日朝刊でも一面トップ。だが、とてもそんな大事件ではなかった。
必要以上の大扱いになった理由は、通産省の発表の仕方にあった。真夜中にマスコミ各社に「明朝五時に重大発表がある」という連絡が入った。誰でも「大事故だ」と思ってしまう。夜明けとともに、発電所の上空にヘリコプターを飛ばした社もあった。発表の会見に出た記者は説明を聞いて「たいしたことないじゃないか」と思った。
しかし、早朝の異例の記者発表である。何かワケがあるに違いないと思うのが当然だ。さらにNHKテレビが朝七時のニュースで「通産省は直ちに重大な影響が出ることはないが、湾内全体が汚染されていると推定される」（ママ＝「 」の部分）と報道したため、これを聞いて各社のデスクが刺激されたことも手伝った。（同書より）
【その２】 メディアの原発報道姿勢
――メディアの原発報道姿勢に一定の変化が見られる。しかし、かなり揺れている。次に挙げた東京新聞の記事を読んで、原発国民投票（大滝秀治さんのナレーション）インターネットの動画を見てみた。スポニチの記事とあわせて読んでみた。「視聴者に誤解を与える恐れがある」と判断するのがテレビ朝日の水準だ。
■筆洗（東京新聞 2011年11月27日）（検索可）
俳優の大滝秀治さんのナレーションが、とても味わい深く響く。＜原発、いつ、やめるのか、それとも いつ、再開するのか。それを決めるのは、電力会社でも 役所でも 政治家でもなくて、私たち 国民一人一人。通販生活秋冬号の巻頭特集は、原発国民投票＞▼声と字幕だけの短いテレビＣＭが今、話題になっている。「通販生活」を発刊しているカタログハウスがテレビ朝日の夜の番組で流そうとしたが、拒否され幻になったＣＭだ▼原発をこれからどうするのか。政府や官僚任せではなく国民投票をして決めよう−。そんな特集の記事を宣伝する「商品広告」とカタログハウス側は考えていた。どこかタブーに触れたのだろうか▼テレビ朝日側は「民放連の放送基準などに則（のっと）った当社の基準をもとに考査、判断している」と説明。個別のＣＭの判断については「お答えしておりません」という▼原発の是非を国民投票で決めようという市民運動が広がっている。ただ政治家の関心は鈍く、批判的な声すらある。そこには、理性的な判断は国民にできない、という蔑視が潜んでいるように思える▼原発稼働の是非を問う住民投票条例の制定を求める署名活動が、来月から東京都と大阪市で始まる。電力消費地の住民が自らの問題として受け止めようという思いから始まった。主権者が意思を示す第一歩に注目している。（同記事全文）
■テレビ朝日、原発国民投票の雑誌ＣＭを拒否（スポニチ 2011年11月30日）（検索可）
原発の是非について国民投票を呼び掛ける特集をした雑誌「通販生活 秋冬号」（カタログハウス、１５日発売）のＣＭについて、視聴者に誤解を与える恐れがあるなどとして、テレビ朝日が放送を拒否していた。
２９日の定例会見で早河洋社長が明らかにした。ＣＭは「原発、やめるのか、再開するのか。それを決めるのは、私たち国民一人一人」などの字幕と、俳優大滝秀治のナレーションが流れ、最後に巻頭特集が「原発国民投票」であることを紹介する内容。１０月に広告代理店を通じて「報道ステーション」と「徹子の部屋」での放送を打診されたが、社内で検討し、拒否したという。（同記事より全文）
――その一方で次のような社説も載った。読んでみると、まだ曖昧な点があるが、今までとは違う方向を示している。世論の力は大きい。
■毎日新聞社説「震災後 地震国の原発 政策の大転換を図れ」（毎日新聞 2011年4月15日）（検索可）
■原発ゼロ社会――いまこそ 政策の大転換を（朝日新聞社説 2011年7月13日）（検索可）
【その３】 大手メディアは、いつごろ、どうして原発推進になったのか
■大震災・原発事故とジャーナリズム（座談会）（『経済』2011年9月号）の囲み記事にその概略があった、
（前略）
＞メディア対策は東電だけでなく電気事業連合会も重視。広告費は「建設費の一部」との位置づけで、「朝日新聞」に74年8月6日、「放射能は環境にどんな影響を与えるか」と題した10段広告を載せたのが嚆矢（こうし）。その後2年にわたって毎月欠かさず掲載され、76年以降も数カ月に1回程度掲載。これをみた「読売新聞」が広告の掲載を求め、定期的に原子力発電のPR広告が掲載されるようになった。すると「毎日新聞」も広告掲載を要求。ところが当時、原発に反対するキャンペーン記事や「政治を暮らしへ」というシリーズを掲載していた「毎日」に対し、「御社のエネルギー問題への取り組み方針はどうなっているのか」等と迫ったという、電気事業連合会の関係者の証言を載せている。同証言では、「毎年�犖胸厠呂瞭��瓩寮�府の原子力広報が全国の地方新聞に掲載できるようになったのも、朝日へのPR広告の掲載が道を開いたものだと思っている」とも語っている。（以下省略 同誌）
――その経緯は、■東電帝国 その失敗の本質（志村嘉一郎著 2011年6月20日発行）に詳しい。以下、同書の記述を追ってみる。
《原発賛成の研修会》
＞朝日新聞社は一九七九年八月、全国の支局、通信局などで原子力問題を担当している第一線記者二一人を集め、三日間の研修会を開いた。
研修会の目的は、朝日新聞の原発報道の姿勢が、「No, but」から「Yes, but」に変わったことを、原発がある地方の記者に徹底させるためだった。（以下省略）
＞この研修会に先立つ二年半前に、朝日新聞社の調査研究室では、科学部、社会部、経済部の中堅記者五人を集め、「原発報道のあり方」の研究をさせている。リーダーは調査研究室長・論説委員の岸田純之助。岸田は科学記者出身で原発にはくわしかった。三カ月の共同研究で七月に「原子力発電の手引」（調査研究室社内報告一七四）として社内に配布された。B6判二七五ページのかなり厚いハンドブックで、朝日新聞の原発報道を「Yes, but」で統一しようとするものだった。大要は、
〈二度の石油危機で原油は上がり、西暦二〇〇〇年ころには石油が枯渇してしまうかもしれない。石油にかわる代替エネルギーの開発と実用化は進んでいない。原発批判学者らが期待している核融合は二一世紀半ばまでむずかしい。したがって当分の間は、国民のエネルギーは原発に頼らざるを得ない。しかし、個々の原発の立地については地元の総合的な事情を考えるべきだし、事故が起きた場合は正確な報道をすべきである。〉
といった内容だった。
（中略）
＞論説主幹になっていた岸田が答える。
「現在、日本の原発に関する限り、人間の生命に関するような大きな事故が起こる可能性はまずないと私は考えている。日本の技術者の優秀さに支えられている面が多いが、無条件に安全と考えているわけではない。原発がダメな代わりに何があるかというところまで議論してもらうと次第に認識は共通なものになる。ただし、個々の原発の建設の可否は別問題で、場所によっては建設すべきではないところがあるだろう」
編集担当専務の秦正流（ブログ注＝はた・しょうりゅう）がはっきりと言い切った。
「朝日としては一つのコンセンサスがなくてはならない。記者個人が原発に反対するのは基本的には自由だが、その考え方を記事にするときは署名を入れてほしい。それをボツにするかどうかの権限は編集局にある」
《朝日、原発広告を解禁》
＞朝日新聞の原発賛成への動きは、研修会の五年前の一九七四年から始まる。当時の朝日新聞広告関係者は、
「石油危機で朝日の広告が少なくなり、意見広告をたくさん入れようということになった。その中で、もし原発推進の意見広告が出稿されたらどうするか、議論になった。しかし、原発促進は社論に反するもので、編集トップがどう考えるかお伺いをたてる必要があった。編集トップと広告トップの会談、論説委員室と広告局との話し合いが何度も行われ、最終的には編集担当専務渡辺誠毅の決断で、原発推進の意見広告が出された場合はこれを受ける、という結論になった」
と、話している。（以下省略）
《毎日も「原発賛成」に》
（前略）
＞読売は、漫画家の近藤日出造を押し出し、現地ルポを行い、漫画と文章でPRする企画案を出してきた。朝日に遅れること数カ月、読売にも全国版で広告を打つことになった。
「朝日が良いなら、うちも朝日の線でお願いします」
と、ブロック紙や地方紙もあちこちから広告掲載を願い出て来た。
（以下省略）
――そして、毎日も、原子力反対のキャンペーン記事を連載中だったが、それが消え、読売に遅れること一年で、原子力PR広告が載ったという。
こうして、《PR費は原発建設費の一部》（同書見出し）となり、記者を対象とした《タダの一泊旅行》（同）が行われるようになったという。
2011年3月11日の当日、東電会長の勝俣恒久は北京を訪問中だったと報道されたが、それについても記述がある。
田原総一朗氏も、いつごろ、どうして原発推進になったのかという点に着目しているが、1976年としている。
■ドキュメント東京電力（田原総一朗）1980年12月発行−2011年7月10日文庫版発行
（前略）
＞一体、いつから流れの向きが変るのか。どうやら、そのきっかけ、いわば嚆矢の役割を果したのは、一九七六年七月十三日から九月五日まで、「朝日新聞」に四十八日にわたって連載された、科学部記者大熊由紀子の「核燃料――探査から廃棄物処理まで」という記事のようである。
この連載記事は、その後、朝日新聞社から単行本として出版されたが、中野好夫、野坂昭如、「自動車絶望工場」などのルポルタージュで知られる鎌田慧、反原発運動家の西尾漢など数多くの人々が激しく批判し、また、多くの住民運動グループが朝日新聞社に出かけて、大熊由紀子に抗議を行なっている。それだけ、原発批判派に与えた衝撃が大きかったということなのだろう。（同書より 以下省略）
――大熊記者に対するインタビューも載っている。「それまで原子力に対して批判的だった大熊が、なぜ一転して原発を声高に持ち上げるような記事を書いたのか。」（同書）という問題意識からのようだ。さらに原子力開発促進のために費やされた莫大な金額についても触れている。こちらは1974年からだという。
（前略）
＞科学技術庁は、一九七四年に一挙に四倍、通産省は七四年には、何と三十一倍、七五年にはさらにその七倍と、予算をはね上がらせている。
なお、九電力のPRを担当している電気事業連合会の広報予算は極秘になっていて正確には掴めないが、たとえば、一九七五年の電事連の、マスコミでの広報活動をみると、次のようになっている。
朝日、毎日、読売、サンケイ、日経、北海道新聞、北海タイムス、中日、東京などの新聞に全十段広告を毎月一回。
週刊朝日、サンデー毎日、週刊読売、週刊サンケイ、週刊文春、週刊新潮などに一頁広告を毎月一回。
エコノミスト、東洋経済、ダイヤモンド、実業の日本など経済誌に、ほぼ毎月二頁広告。
月刊の文藝春秋、婦人公論、婦人倶楽部、マダム、家の光などに、二頁ないし、一頁広告。
他に、三本のラジオ番組を、ほぼ毎日放送している。
このようなおびただしい紙爆弾、電波爆弾など、原子力開発促進のために費やされた金額は、一九七五年、七六年度には電事連と電力各社で、年間約四〇億円。政府予算約二〇億円を加えると、六〇億円に達しており、こうした物量作戦が、�猯�れ�瓩鯤僂┐襪里紡腓�な役割を果したことは間違いないだろう。（同書より 以下省略）
――なお、■「核燃料 探査から廃棄物処理まで」1〜48（大熊由紀子記者）（朝日新聞連載 1976年7月13日〜9月5日）についてだが、現在読んでいる最中なので意見を控えておく。
【その４】 大手メディアが報道しない原発関連ニュース
――福島第一原発の敷地内取材がおこなわれた。イラク戦争のエンベッド取材を思い起こさせる。仰々しい記事だらけだ。だが、取材の実態の方に興味がある。朝日と毎日が触れていたので引用する。
■福島第１原発ルポ 息をのむ異様な光景（産経ニュース 2011年11月13日）（検索可）
■３号機前で急上昇 １ミリシーベルト（東京新聞 2011年11月13日）（検索可）
■週末も作業員１５００人 壁には激励文（asahi.com 2011年11月13日）（検索可）
ただし、以下の記事は新聞（またはデジタル版）による。
《取材範囲は限定》
＞今回の公開は発電所内のごく一部だ。公開自体も東電と政府が積極的に進めたものではない。
朝日新聞社は事故以降、福島第一原発の敷地内で記者が直接取材できるよう何度も申し入れてきた。東電と政府は、そのたびに「事故の収束作業に支障が出る」「敷地内の放射線量が高い」などと拒んだ。
次第に第一原発では原子炉内の温度が100度以下になる「冷温停止状態」に近づき、放射能汚染されたがれきの処理も進んだ。
作業や放射線を理由に拒否しにくくなるなか、細野原発担当相もようやく1日の閣議後会見で、原発の復旧状況の視察に記者団を同行させるというかたちで取材を認めると発表した。
ただし敷地内の線量でまだ高い場所があることなどを理由に、取材範囲はごく一部に限られた。
取材陣の積算被曝線量は法令に基づき100マイクロシーベルト以下にすることが目標とされ、免震重要棟に入るときを除き、バスから降りることはできなかった。
人数も限定された。新聞社や通信社、テレビ各社は東京の内閣記者会加盟の常勤19社、福島県政記者クラブ7社、外国プレス代表ら計36人。フリーランスやインターネットメディアの記者は認められなかった。
内閣官房は当初、核テロ対策のため、原発敷地内で報道陣が撮った映像や写真を東電側が後で見て、場合によっては削除を求めると説明した。通常の原発取材では、核テロ対策のため撮影する場所は制限されることはあるが、写真を見せることはない。朝日新聞は「憲法で禁じられた検閲にあたるのでは」と指摘。結局、撮影場所の限定にとどまった。（新聞記事より）
■東日本大震災：福島第１原発構内、初取材 ８カ月、なお無残（毎日新聞 2011年11月13日 笈田直樹記者）（検索可）
《◇事故直後からの要請やっと 公開対象・行動に制限》
＞毎日新聞を含む報道各社は事故直後から、福島第１原発構内の取材要請を続けてきたが、東京電力と政府はこれまで、「事故収束作業に支障が出る上、放射線量が高く安全を確保できない」として拒んでいた。今回、事故収束に向けた作業を細野豪志原発事故担当相、園田康博内閣府政務官が視察するのに合わせ、制約付きながら初めて同行取材を認めた。
取材が許可されたのは、細野氏の取材を主に担当する内閣記者会常駐１９社と、地元福島県内のテレビ、新聞７社、海外メディアの代表取材記者の計３６人。フリー記者やインターネットメディアは「人数に制約がある」などとして対象から外された。
取材メディアを選別したことについて、フリー記者らから不満が出たが、園田氏は「細野担当相の同行取材なので、内閣官房の基準に従った」と説明した。
細野氏は４日の記者会見で「今回一度、（一部メディアを対象に）公開し、どの程度取材を受け入れられるのか見極めたい。その上で、徐々に広く取材できる環境を作らないといけないと思っている」と述べ、今後構内取材の機会を増やす意向を示した。
一方、政府は当初、「テロ対策上、監視カメラの位置などの警備状況が外部に漏れないようにする必要がある」として、同行取材時に撮影した写真や映像を東電の担当者がチェックし、問題があると判断した場合は削除すると通告した。ところが、報道各社が「検閲にあたる」と反発したため、事前チェックは撤回された。ただし、正門やフェンスなどは撮影が禁止された。
また、被ばく線量を抑えるため、構内での自由な行動は許されず、バスに乗ったまま窓ガラス越しの撮影を余儀なくされた。（同記事より）
――取材制限については、「細野豪志原発担当相の現地同行取材に関する申し入れ」が自由報道協会によっておこなわれている。上杉隆氏の記事に詳しく書いてある。
■なぜ細野大臣はフリー記者だけを排除したのか。未だ続く官報複合体による原発事故の情報隠蔽（上杉隆氏 diamond online 2011年11月17日）（検索可）
（前略）
《国家の機密情報も究極的には国民のものだ》
＞なぜ政府はフリーランス記者を同行させなかったのか。なぜ細野氏は自由報道協会を避けたのか。
その答えの一端は、福島第一原発の現地取材をもっとも多く行っているジャーナリストの今西憲之氏の次の言葉に集約されている。
「そんなことしたら、安全じゃないという本当のことが全部ばれてしまうやないか。ありえへん」
3・11以降繰り返されてきた情報隠蔽はいまだ続いているのだ。
その結果、正しい情報が出ず、正しい前提で判断することが難しくなっている。いったい日本政府と霞ヶ関、そしてマスコミは何を求めてこうした卑怯なまねを繰り返しているだろう。
原子力に絡む国家の高度な機密情報は断じて一部の政治家や官僚たちのものではない。ましてやなんの権限も責任も持たないメディアのものでもない。
それらは究極的には国民のものであり、国民の知る権利に応えるべき知的財産なのである。（以下省略 同記事より）
――もう一つ。
電力の供給に関しても不可解な記事が多かった。ところが、全原発停止でも来夏供給力５７００万kWという記事が出た。日刊スポーツの見出しがわかりやすい。しかし小さな記事だった。野田首相の電力不足に対する強い危機感とはどこから出てくるのか。
■冬場も節電不可避＝「電力量」削減要請も−東電副社長（時事 2011年9月29日）（検索可）
■野田首相「来夏までに原発再稼働」 米紙会見で表明 電力不足に強い危機感（日本経済新聞 2011年9月21日）（検索可）
■東電が"原発抜きの夏"を試算 今年上回る供給力（2011年11月22日 共同）（検索可）
■「原発はゼロでも来夏は大丈夫」（日刊スポーツ 2011年11月22日）
■東電、全原発停止でも今夏上回る 来夏供給力、５７００万キロワット試算（Sankeibiz 2011年11月23日）（検索可）
東京電力が来年の夏に向け、保有する全ての原発が東日本大震災の影響や定期検査で停止しても、火力発電や揚水式発電の増強により、今夏の最大供給力を上回る約５７００万キロワットを確保できるとの試算をまとめたことが２２日、東電関係者への取材で分かった。
東電は福島第１原発事故後も「原子力は重要な基幹電源」との立場を変えていないが、実際には原発がなくても計画停電などの影響が出ない可能性が高い。原発を中心とした供給計画を立てているほかの電力会社にも影響を与えそうだ。
国内の商業用原子炉５４基のうち、東電は電力会社トップの１７基を保有しているが、全供給力に占める原子力の割合は来春にはゼロになる見込み。
震災で福島第１、第２原発の計１０基が停止。柏崎刈羽原発（新潟県）の１〜４号機と７号機も２００７年の中越沖地震や定期検査で停止中。
現在稼働する５、６号機（計約２４９万キロワット）も来年１月と３月に定期検査で停止するためだ。
さらに、新潟県の泉田裕彦知事は「福島事故の検証が先だ」と発言、安全性に疑問を投げかけており、定期検査後直ちに再稼働できるかは不透明だ。
東電の全原発が停止すれば、０２年に発覚したトラブル隠し問題で全基点検を迫られた０３年４月１５日〜５月６日以来のこと。
前回は電力需要が落ち着く春だったが、今回の停止期間は真夏にかかる可能性がある。
需給逼迫（ひっぱく）に備え、東電は原発以外の設備増強を進めている。川崎火力発電所（川崎市）など自社設備の充実、卸電力会社からの供給で新たに約２６７万キロワットを確保できそうで、ほかにも揚水式発電２基（計約８７万キロワット）の試運転も検討している。（同記事全文）
――最後にもう一つ別の記事。少量の放射能なら健康にいいとか、いろいろ言う学者さんがいるけれど、次の記事に書かれた状態は健康に問題がないのかと具体的に聞いてみたい。《マスクも着けず、草むしりをする人々》（同記事の見出し）とか、ママレモンかけて玄関先を除染する人とかが載っている。そのままにしておいていいのか。
■新聞が報じない飯舘村の現実「もう被曝しちゃったから遅いっぺ」（西牟田靖記者）（日刊ゲンダイ2011年10月8日）（検索可）
2011年09月29日
イベント仕掛けの誘導術――カメレオン現象とクロスメディア
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目次
【はじめに】 カメレオン現象とカメレオン効果
【その１】 「蔵人得業猿沢の池の龍の事」（宇治拾遺物語 巻１１の６）
【その２】 クロスメディアと「魔法の塔」
【その３】 インターネットから情報収集
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注：読みやすくするために、
記事・書名には■、見出しには《 》、長い引用の初めには＞
が付けてあります。
【はじめに】 カメレオン現象とカメレオン効果
だいぶ前のことだが、テレビの演芸番組でカメレオン現象という言葉を聞いたことがある。調べてみたが、確定した意味は辞書に載っていないようだ。
カメレオン効果という言葉は辞書にある。Yahoo辞書によると、【カメレオン効果】とは、
＞「相手のしぐさ・くせ・表情などをまねることで、相手が良い印象を持つこと。必ずしも意図的にまねをするのではなく、無意識的・反射的に相手のまねをしてしまうことで、円滑な人間関係が保たれると考えられている。」（同辞書）
という。
「カメレオン現象」を自分なりに定義すると、
「相手と同じ行動をとることで、不安を解消したり満足を得たり期待感を増幅させたりする心理」
とでもなるのか。
KYという言葉が盛んに用いられるようになったが、方向が逆とはいえ、同じ範疇の心理かもしれない。こういう現象が起こるためには、ある一定の集団に漠然とした共通の心理が形成されることが前提となる。
【その１】 「蔵人得業猿沢の池の龍の事」（宇治拾遺物語 巻１１の６）
まずは原典を見てほしい。ここでは教科書掲載部分のみを示す。なお、注（※）は高校生用に付けておいた。
便宜上、五段落に分けたが、第一段落は得業恵印（とくごふゑいん）の紹介部分で、人から軽んじられていることがわかる。この段落は、省略された最後の段落の内容と関連している。
【原典】
１ これも今は昔、奈良に、蔵人得業恵印（とくごふゑいん）といふ僧ありけり。鼻大きにて、赤かりければ、「大鼻の蔵人得業。」といひけるを、後（のち）ざまには、こと長しとて、「鼻蔵人。」とぞいひける。なほ後々には、「鼻蔵、鼻蔵。」とのみいひけり。
２ それが若かりけるときに、猿沢の池の端（はた）に、「その月のその日、この池より、龍のぼらむずるなり。」といふ札を立てけるを、行き来のもの、若き、老いたる、さるべき人々、「ゆかしきことかな。」とささめき合ひたり。この鼻蔵人、「をかしきことかな、我がしたることを、人々騒ぎ合ひたり、をこのことかな」と、心中にをかしく思へども、「すかしふせむ」とて、空知らずして過ぎ行くほどに、その月になりぬ。
３ おほかた、大和・河内・和泉・摂津の国のものまで、聞き伝へて集ひ合ひたり。恵印、「いかにかくは集まる、何かあらむ（。）やうのあるにこそ、あやしきことかな」と思へども、さりげなくて過ぎ行くほどに、すでにその日になりぬれば、道もさりあへず、ひしめき集まる。
４ そのときになりて、この恵印思ふやう、ただごとにもあらじ、我がしたることなれども、やうのあるにこそと思ひければ、このこと、さもあらむずらむ、行きて見むと思ひて、頭（かしら）包みて行く。おほかた、近う寄りつくべきにもあらず。興福寺の南大門の壇の上にのぼり立ちて、今や龍ののぼるかのぼるかと待ちたれども、何ののぼらむぞ。日も入りぬ。
５ 暗々（くらぐら）になりて、さりとては、かくてあるべきならねば、帰りけり。（以下省略）
【解釈】
原文にそってイメージ化してみる。歴史関係の解説では、しばしば孫引きがみられ、出典が明示されていないことがある。これを検証できずに困ることが多い。「いつの間にか定説」になってしまい、誤ったイメージが形成されてしまう。以下は、解釈であることを念頭において読んでほしい。
登場するのは、蔵人（くらうど）得業恵印（とくごふゑいん）という僧。「こと長し」という理由で「鼻蔵人」と呼ばれた。
※「こと長し」の「こと」は「言・事・異・殊」のどの意味か。
さて、事の起こりは、この恵印が「その月のその日、この池より、龍のぼらむずるなり。」といふ札を立てたことによる。
※「のぼらむずるなり。」＝「むずる」は「むず」（推量）の連体形（サ変の応用）
動機はわからない。「なんであんな事したの？」と後になって人は言うけれど、当人にもわからない。しいていえば、自己の存在確認の感情とでも言おうか。
※「その月のその日」＝３段落に「その日になりぬれば」とあるから、もちろん日付は入っている。
※札を立てた、と書いてある。ふだ＝「札・簡・簿」。宇治拾遺物語は鎌倉初期の成立と考えられている。
■木簡が語る日本の古代（東野治之著 1983年5月20日発行）の「10 往来に立てられた告知札」の章に「逃げた馬の捜索願」の「立札」に関する記述がある。
＞昭和四十四年、平城宮の東方、いま国道二四号バイパスの通っているところで、バイパス予定地の発掘が行なわれた。平城京の町割りでいうと、東三坊大路の北端と、それを北へ延長した地点である。この大路に沿って作られた溝から、昔捨てられた木簡が、いくつか出土した。第八章でとりあげた難波津の歌の断片もその一つであるが、他に少し変わった木簡が見つかっている。
平安時代前期の立札である。あとで紹介するように、文面に「告知」という言葉が出てくるので、告知札と呼び慣らわされている。全部で四点あり、一点は頭部だけの断片だが、他の三点はみな一メートル前後もある、大きな板を使い、下の方は、両側から削って先を尖らせてある。地面に突きさして立てたのだろう。また立てたまま文面が読めるように、表だけ文字が書いてある。
（中略）
《馬の捜索願》
（中略）
（1） 往還の諸人に告知す、走り失（う）す黒鹿毛の牡馬一匹。
験あり。片目は白。
額少しく白し。
件の馬、今月六日、申の時を以て、山階寺（やましなでら）の南の花薗の、池の辺にして走り失（う）するなり。若（も）し、見捉うる者あらば、山階寺中室（なかむろ）の南端より第三の房に告げ来たる可し。
九月八日
※ブログ注----------------------------------------------------
■「PDF 古代からのタイムカプセル」（検索可）にこの木簡の写真も載っている。
（原文）
告知 往還諸人 走失黒鹿毛牡馬一匹〈在験片目白／額少白〉件馬以今
月六日申時山階寺南花薗池辺而走失也 若有見捉者可告来山階寺中室自
南端第三房之 九月八日
-------------------------------------------------------------
これは、逃げてしまった馬の捜索願である。馬の持ち主は、山階寺、つまり興福寺の僧侶だったらしい。告知札のいうところによれば、逃げた馬には、片目が白く、額のところも、少し白いという「験」（しるし）（特徴）がある。九月六日の夕方、興福寺の南にあった花薗の池のあたりから、いなくなった。もし見かけて捕えた人があったら、興福寺の中室と呼ばれる僧房へ告げてきてほしい。自分の居所は、南の端から数えて、三番目だ、というのである。九月八日とあるだけで、年は書いてないが、他の告知札や一緒に出てきた木簡に、天長五（八二八）年や天長七（八三〇）年のものがあるので、だいたい同じころと見てよい。因みに、ここに出てくる、興福寺の南の花薗にあった池というのは、有名な猿沢の池である。
《東三坊大路》
告知は、「往還の諸人」、つまり、この道を往き来する通行人一般に対してなされている。平城京の東三坊大路や、それを北へ延長した道が、平安時代に入っても、奈良と京都を結ぶ幹線道路になっていたことは、これらの告知札の発見を機会に、改めて注目をひいた。
（中略）
平安時代に、春日神社への参詣に使われたのも、この東三坊大路を延長した道である。その場合は、大和平野へ入ると、旧平城京の一条大路へ入り、これを東へとって奈良の市街へ進んだ。通行人のことは、また後でふれることになるが、告知札の立てられたのが、なかなか人通りの多い場所だったことは確かだろう。（以上、同書より引用）
往来の者は、老いも若きも、さるべき人々（相当の身分のもの）までも「ゆかしきことかな（見たいものだ）」とささめきあった。
※「ささめき合ふ」＝恵印が「人々騒ぎ合ひたり」と受けている。
■クロスイッチ（電通クロスメディア開発プロジェクトチーム 2008年8月28日発行＝以下、電通）によれば、現代の人々は「情報バリア」を張ってしまい、その理由に次の3つがあるという。
�‐霾麥未�急増している
�⊂暖饉圓�能動的に情報を入手するようになっている
��商品が差別化しにくくなっている（以上、同書より）
「欲しい情報は、自分で探して手に入れる」（同書）ことが当たり前になり、「一方的に発信される情報をそのまま受け取らなくなってきている。」（同書）というのだ。
ところが、奈良・平安の頃、公的な情報伝達は、告知用の札など（口頭による補足説明を含む）で行われていたらしい。それが「ゆかしきことかな（見たいものだ）」という反応につながる。
恵印は「をこのことかな（ばかばかしい）」とは思ったが、「すかしふせむ」（騙しとおしてやろう）と「空知らずして」（そしらぬふりをして）いた。
もっとも、「すかしふせむ」というのは「ほうっておけ」くらいの感じなのか。
ところが、騒ぎはどんどん大きくなっていく。
その月になって、（その日ではなく）
「おほかた（およそ）、大和・河内・和泉・摂津の国のものまで、聞き伝へて集ひ合ひたり。」
という事態になる。今で言えば、大阪、兵庫まで含むから、泊りがけなのだろう。もっとも、木簡の資料によると、人々の往来は、調などの運搬や領地の耕作などのために、多かったらしい。
恵印は集まった人の多さに驚き、発想が逆転する。
「いかにかくは集まる、何かあらむ（。）やうのあるにこそ（結び省略）、あやしきことかな。」
（何かわけでもあるのだろうか）
しかし「空知らずして」と同じく、ここでもまた「さりげなくて」（そしらぬふりをして）いた。
さて、いよいよその当日、人々は「道もさりあへず（いっぱいになるほど）、ひしめき集まる。」
※「さりあへず」＝「避り敢へず」。避けられない。
この様子を芥川龍之介の作品『龍』では次のように描写している。
＞石段の上に立って眺めますと、見渡す限り西も東も一面の人の海で、それがまた末はほのぼのと霞をかけた二条の大路のはてのはてまで、ありとあらゆる烏帽子の波をざわめかせて居るのでございます。と思うとそのところどころには、青糸毛《あおいとげ》だの、赤糸毛《あかいとげ》だの、あるいはまた栴檀庇《せんだんびさし》だのの数寄を凝らした牛車が、のっしりとあたりの人波を抑えて、屋形に打った金銀の金具を折からうららかな春の日ざしに、眩ゆくきらめかせて居りました。そのほか、日傘をかざすもの、平張を空に張り渡すもの、あるいはまた仰々しく桟敷を路に連ねるもの――まるで目の下の池のまわりは時ならない加茂の祭でも渡りそうな景色でございます。（同書 青空文庫より引用）
ちなみに烏帽子については「全訳古語例会辞典（小学館）」に次のようにある。
＞元服後の成年男子がつける。もとは冠の下に着用する頭巾。平安中期以降、上・中流階級は、礼服用の冠に対して平服に用い、下級・庶民階級は外出用に用いた。
《要点》
もとは薄絹を袋状にし、漆を薄くひいた程度の柔らかいものだったが、後には、漆で塗り固めた紙製のものが主となった。立（たて）烏帽子・風折（かざおり）烏帽子・侍（さむらい）烏帽子など、身分・位階などにより、形や塗りが異なり種類が多い。人前に着用しないで出るのは無礼で、外出時に限らず在宅の時も普通かぶっていた。（同辞典）
この様子を見て、恵印は人々の心理に同化してしまう。「このこと、さもあらむずらむ、行きて見む」と思ひて、頭（かしら）包みて行く。
（札に書いてあることが本当に起こるかもしれない、見に行こう。）
しかし、恵印はやましい気持ちがあったのか、「頭包みて行く。」
※らむ＝恵印の推量（助動詞）
その結末は――。
「今や龍ののぼるかのぼるか」と待ちたれども、何ののぼらむぞ。日も入りぬ。
どうして昇ることがあろうか。（「何ののぼらむぞ。」）龍が昇るわけがない。それでも人は集まった。その現実の方が衝撃的だった。
【その２】 クロスメディアと「魔法の塔」
宇治拾遺物語の場合、人々は自然発生的に反応した。（芥川龍之介の作品『龍』の設定は異なる。）
現代のイベントは全く別物である。明確に人を操作する意思が見えるし（それを感じさせないように工夫を凝らし）、操作することで利益を得ている。さらに言えば、操作することに陶酔している印象すら受ける。
もっとも、「電通の倫理綱領」（検索可）には、その「企業理念」として、
＞《2．社会的資産「知的資産の創造」》
地球社会の知的資産をより豊かに創造し蓄積するところに、電通の使命がある。
すぐれたコミュニケーションは人間を活き活きさせ、創造的な仕事は価値ある文化を生み出す、それが私たちの喜びである。（同サイト）
とあるから、当然なのだろう。価値ある文化なのだ。
この「クロスイッチ」（前掲書）には様々な企画が広告業界の賞を軒並み受賞したとも書いてある。
■クロスイッチ（電通）には、「情報バリア」の中にいる消費者にメッセージを届ける方法が次のように書いてある。
＞広告コミュニケーションでは、クリエーティブ力によって「情報バリア」を打ち破るという方法も依然として有効である。この方法の効果が発揮されるのは、明確な差別化ポイント（USP（＊1）：ユニーク・セリング・プロポジション）を持つ商品においてである。これに強力なクリエーティブが噛み合ったとき、特に圧倒的な力が発揮される。
その一方で、消費者自らの意志で「バリア」から出てきてもらおうという発想のキャンペーンが、新しい選択肢として、近年注目されるようになってきている。すなわち、消費者にとって気になる、あるいはかかわりを持ちたくなる情報を示すことで、「バリア」から「誘い出す」アプローチである。
（一段省略）
太古の昔より、人々を力で動かそうとするのではなく、興味・関心を抱かせて自主的に行動させることの重要性が説かれてきた。逆にいうと、わたしたちがその大切さを忘れがちだからこそ、繰り返しこのような教訓が説かれてきたともいえるだろう。
そこで、「興味を抱かせ」、「誘い出す」アプローチでコミュニケーション設計を行ない、斬新なキャンペーンを展開、大成功を収めた最近の事例として、集英社「ジャンプスクエア」創刊キャンペーンを紹介しておこう。
＊1 「当該商品にしかない長所を生かした、販売上の提案」のこと。消費者のニーズと合致し、競合他社にない独特の提案を見つけることが、広告づくりの基本であるという考え方にもとづく。（同書 以下省略）
そしてさまざまなキャンペーン技法の成功例が列挙してある。だが、人間に「興味を抱かせ」、人間を「誘い出す」とは、どういうことなのだろう。
■「これからの「正義」の話をしよう」（マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳）の「第5章 重要なのは動機――イマヌエル・カント」《人格と物》には、カントの言う「他律的な決定」についての説明がある。
＞あることをするのは別の目的のためであり、その目的を実行するのはまた違う目的のためといったように延々と続いていく。他律的に行動するというのは、誰かが定めた目的のために行動することだ。そのとき、われわれは目的を定める者ではなく、目的を達成するための道具にすぎない。
この対極にあるのがカントの自律の概念だ。自分が定めた法則に従って自律的に行動するとき、われわれはその行動のために、その行動自体を究極の目的として行動している。われわれはもはや、誰かが定めた目的を達成するための道具ではない。自律的に行動する能力こそ、人間に特別な尊厳を与えているものだ。この能力が人格と物を隔てているのである。
カントにとって、人間の尊厳を尊重するのは、人格そのものを究極目的として扱うことだ。だからこそ功利主義のように、全体の福祉のために人間を利用するのは誤りなのである。（同書、以下省略）
正義の話は結構なのだが、ここまで厳格に言われると、「そりゃ無理だ」と言いたくなる。理由付けとは、早い話が「何かのためにすること」だからだ。カントには申し訳ないが、自分にはこの程度の理解しかできない。しかし、物事を考察する上での一つの視点にはなる。他律的とは「誰かが定めた目的のために行動することだ。」（同書）というのは、まさにその通りだ。
だが、本当の問題は「クロスイッチ」（電通）に書かれていないことなのではないか。
つまり、口コミの役割だ。もしこれを自然発生性に任せていたら、イベントの企画は成り立たない。インターネットや携帯や口コミなど、特にインターネットや携帯は匿名性と情報量（拡散性）、コスト面でうってつけのメディアだ。人をアルバイトとして雇う必要もない。さらに他のメディアといろいろな仕掛けをクロスさせることができる。
■「クロスイッチ」（電通）では、2001年の公開以来、興行収入や観客動員数が落ちてきている「ハリー・ポッター」自体への関心を再活性化するキャンペーン「魔法の塔プロジェクト」を取り上げている。
＞具体的には、「ハリー・ポッター」の本質価値である「魔法をかけるワクワク感」を多くの人に体験してもらい、楽しさを実感してもらおうというものだった。そこで、日本でのプレミア（試写会）の日に、六本木ヒルズに集まった人みんなで�猖睨，鮠Г┐覘瓩函�光でできた高さ600メートル、直径14メートルの巨大な「魔法の塔」が建つというイベントがその体感の場となった。
このイベントへの誘引と、話題を喚起するために「謎の告知」が行なわれた。
「魔法予告。6月28日、夜7時30分、六本木ヒルズ。※」
「6月28日の夜は、ケータイかけずに魔法をかけよう。」
具体的に何が起きるとは一切書かれていない。ただ、6月28日に、六本木で魔法をかけると何かが起こるという主旨の予告が、都内の駅・電車など交通広告を中心として行なわれ、口コミが急速に広がっていった。
さらに、イベント当日の朝。新聞朝刊15段で、「今日は街へ出て、魔法をかけよう。」という告知が行なわれ、さらなる期待感が醸成された。（同書 以下「＞」に続く）
※ブログ注――「魔法予告。６月２８日、夜７時３０分、六本木ヒルズ。／６月２８日 夜７時３０分は、ハリーの魔法のお手伝い。／六本木ヒルズの方向に゛エクスペクト・パトローナム！゛と唱えてください。その時、何かが！」
「六本木ヒルズから龍が昇天する！」というのなら、見に行く価値がある。報道陣も大挙して押し寄せるはずだ。だが「何かが起こるという主旨の予告」だけで人を集めるのは、かなり難しい。ポイントは「魔法をかける」ということなのだろう。
さて、言った以上は、魔法をかける呪文が一斉に行われ、その結果として何かが起こらなければならない。
＞当日、会場には1500人もの人が押し寄せ、来日していた主役俳優と共に魔法を唱えると、29台ものサーチライトが一斉に光り、巨大な塔が夜空に向かって輝いた。この様子は、翌日の新聞記事やテレビ番組で大きく取り上げられた。（同書）
こういうことをうまくやらせるのもかなり高度の技量の一つだとは思う。誘導する人、それに率先して呼応する人も必要だ。だが、上記引用にある結びの場面のほうがはるかに興味深い。一企業のキャンペーンを新聞記事やテレビ番組が大きく取り上げたというのだ。まさに「魔法」だ。
なお、「読売出版広告賞：読売新聞の広告賞」（検索可）に「受賞作品・審査講評・過去の受賞作品」が載っている。また、「魔法予告。6月28日、夜7時30分、六本木ヒルズ」で交通広告を、「今日は街へ出て、魔法をかけよう」で「巨大な塔」の写真を、確認できる。
【その３】 インターネットから情報収集
インターネットは絶えず監視されている。そう思っていた方がよい。情報を発信するには、それなりの心構えが必要になってくる。情報を受容する時も同じだ。特に最近の情報には、手の込んだものが多い。もっとも、発信か受容かの区別さえなくなっている。知らぬ間に受容する行為が情報発信となっている。
以前、■「情報操作のトリック」（川上和久著）から宣伝分析研究所による政治宣伝の「七つの原則」を引用させてもらった。再掲すると、
＞� 々況眤仂櫃凌擁�・組織・制度などに、憎悪や恐怖の感情に訴えるレッテルを貼る「ネーム・コーリング」
�◆仝⇔呂陵�益や目的の正当化のための、「華麗なことばによる普遍化」
�� 権威や威光により、権力の目的や方法を正当化する「転換」
�ぁ‖嵯鼻Ω�威を与えられている人物を用いた「証言利用」
�ァ‖臀阿汎韻故�場にあることを示して安心や共感を引き出す「平凡化」
�Α‥垤腓領匹い海箸�らを強調し、不都合なことがらを矮小化したり隠したりする「いかさま」
�АヽГ�やったり信じていることを強調し、大衆の同調性向に訴える「バンドワゴン」（同書）
これはもちろん政治宣伝の場合なのだが、カメレオン現象に通ずるものがある。
インターネット上にも誘導情報が溢れかえっている。不完全な情報は、その不完全さを補う方向に人を誘導するし、ネガティブな方法（〜するな！）は、逆に肯定する方向に人を誘導する。
だいぶ前にテレビで見たのだが、ルイ１６世の頃、ジャガイモを国に広めるために、貴族の食べ物であるから食べていけないかのように思い込ませたという。これなど、禁止と価値付けの両方を含んでいる。
批判というのも、同調してもらうために書くのが普通だが、書き様によっては、批判に反発させることさえ可能だ。
正確な情報を得るためには、少なくとも「裏付けを取る」こと、ネット上で言うなら、情報源を確認することくらいは必要だろう。同一の内容を各新聞社の記事で読み比べること、関連する内容を時系列に並べ替えてみること、単純な作業のようだがその過程で何か本当の姿（関連性）が見えてくることもある。
次の記事が記憶に新しい。
■エネ庁が原発記事監視 ４年で１億３０００万円（東京新聞 2011年7月23日）（内容の検索可）
経済産業省資源エネルギー庁が原発に関するメディア情報を監視してきたことが、本紙の調べで分かった。本年度発注分を含めると、外部委託費の総額は四年間に約一億三千万円に上る。昨年度までは、いずれも電力会社役員らが理事を務める財団法人が受注していた。
同庁の資料などによると、昨年度までの三年間は「電源立地推進調整等事業（即応型情報提供事業）」として、新聞や雑誌の記事を監視する事業を年約一千万〜約二千四百万円で外部委託していた。
委託先は、東京電力の勝俣恒久会長が非常勤の理事を務める「日本科学技術振興財団」や、経産省原子力安全・保安院のＯＢや元原子力安全委員会委員長らが役員になっている「エネルギー総合工学研究所」といった財団法人ばかりだった。
事業は、一部に同庁ホームページ（ＨＰ）にあるＱ＆Ａコーナーの更新が含まれているが、主には「不正確または不適切な報道を行ったメディアに訂正情報を送る」こと。ただ同庁によると、メディアに訂正を求めたことは一度もない。
Ｑ＆Ａのページは現在、福島第一原発の事故を受けて「苦情が多く寄せられたため」（担当者）閉鎖されている。
本年度は震災に伴う第一次補正予算に「ネット上の不正確情報の監視」として八千三百万円を計上。
十五日には委託先を決める入札が行われ、広告代理店が落札した。
福島第一原発の事故で原発への不安が大きくなり、ネット上で情報が乱れ飛んだことを受け、従来の新聞記事の監視を縮小し、一般市民がツイッターやブログなどを通じて発信する情報の監視に重点を置く。
監視により「不正確または不適切な情報」が見つかった場合は、原子力の専門家などのアドバイスをもとに、同庁ＨＰに、その情報を打ち消すような内容を掲載するとしている。
《資源エネルギー庁原子力立地・核燃料サイクル産業課の話》
原子力について正確に報道されていない場合もある。報道内容を把握し、適切な広報のあり方を検討するため続けている。（同記事全文）
■エネ庁が原発報道監視 税金使い「不適切情報」収集 全国紙・立地県地方紙・ネットも（2011年7月14日 赤旗）（検索可）
によれば、
＞政府が新聞やインターネットを監視し、原子力発電に関する言論を収集していたことが分かりました。経済産業省の外局である資源エネルギー庁が「不適切・不正確な情報への対応」を口実にメディアを監視していたのです。
この事業は、原子力施設立地推進調整事業のうちの「即応型情報提供事業」です。資源エネルギー庁の調達情報によると、２００８年度は社会経済生産性本部が２３９４万円、０９年度は科学技術振興財団が１３１２万円、１０年度は財団法人エネルギー総合工学研究所が９７６万円で受注しています。
（３〜９段落省略）
１０年度に同事業を受注した財団法人エネルギー総合工学研究所は、理事長が東京電力元副社長の白土良一氏で、副理事長は元通商産業省環境立地局長の並木徹氏。理事には、木村滋電気事業連合会副会長（東京電力取締役）や阪口正敏中部電力副社長など電力業界幹部や、市川祐三日本鉄鋼連盟専務理事（元経済産業省大臣官房審議官）、松井英生石油連盟専務理事（元経済産業省商務流通審議官）といった名前が並びます。（同記事）
■資源エネ庁 巨額血税でメディア・ネット検閲（日刊ゲンダイ2011年7月25日掲載）（内容の検索可）
にも同じ内容の記事が載っていた。
次の記事によると、契約額はさらに増大している。共通番号制もそうだが、国民が管理の対象になっている。
■エネ庁の原発情報監視 本年度７０００万円で契約（東京新聞 2011年7月28日 朝刊）（内容の検索可）
経済産業省資源エネルギー庁が多額の税金を使い、原発に関するメディア情報を監視してきた問題で、一般市民が発するツイッターなどネット情報を監視する本年度の事業は、広告代理店「アサツーディ・ケイ」（ＡＤＫ、東京都中央区）が約七千万円で落札・契約したことが二十七日、同庁への取材で分かった。
同庁によると、入札には複数の団体が参加し、事業の提案内容と入札価格を総合的に評価してＡＤＫが落札した。事業の期間は来年三月末まで。
この問題をめぐっては、同庁が昨年度までの三年間で、計約四千七百万円をかけ、新聞や雑誌などの原発記事をチェックする事業を、原発と関わりの深い公益法人などに発注してきたことも判明。
海江田万里経産相は「予算があるからといって使い切る必要はない」と細野哲弘同庁長官に指示し、事業の見直しの可能性も示唆した。二十七日現在、同庁の担当課は「大臣談話は見ているが、入札が済んでいる事業であり、事業の終了時に適切な支出だったかしっかり見ていく」と、見直す考えはないとしている。
ＡＤＫの担当者は、「福島第一原発事故の風評被害防止になる事業だと判断した。事業内容については委託された立場なので、同庁の出した事業を進めるだけ」と話している。（同記事全文）
なお、ADKについては次のような記事もあった。
ADKと電通が、現在の競争関係を継続したまま、「デジタル・ビジネス領域全般における次世代型ビジネスモデルの開発に関する研究を行うなど、更なる協業を推進する」（同記事）という。
■アサツー ディ・ケイ、電通デジタル・ホールディングスと電通ネット系メディアレップ「ADKデジタル・コミュニケーションズ」設立で契約締結（検索可）
ところで、電通にはブログや掲示板の書き込み内容を定量的・定性的に把握するための口コミ分析システムがあるという。
■「クロスイッチ」（電通）によれば、
＞件数のみでなく、システムに搭載する辞書機能により、書き込まれた内容が自動的にポジティブ・ネガティブのどちらの傾向にあるのかも把握できる。そして、検索したキーワードと共に語られている単語を関連語ランキングとして表示することもできる。また、実際に書き込まれた抜粋文が表示されることにより、定性的な分析も可能である。サービスは、ASP方式（＊9）で分析システムを提供している他、オプションでレポートサービスを行なっている。
また、2007年4月にリクルートと電通で立ち上げたブログウオッチャー社でも、同様にASP方式での分析システム提供と専門リサーチャーによる口コミ分析サービス「SHOOTI BUZZレポート」を行なっている。図5−20（※省略）は、PC関連企業の口コミ分析事例として、約5億記事のブログ・Q＆Aサイトなどから該当企業に関連する口コミのみをピックアップし、書き込み内容が好意的・中立的・否定的の3段階での意味の解析と、男女ごとの属性でプロットしたものである。男性は「CM」「技術」「売り場」「イベント」「性能」といった内容を書き込んでいる一方、女性は「利用」「使い勝手」といった利用シーンに関連するワードを書き込んでいるといった分析ができる。（同書）
＊9 アプリケーション・サービス・プロバイダー方式の略。アプリケーションをインターネット上のサーバに置いておくため、IDとパスワードがあれば、ユーザーは自由にインターネット経由でアクセスできる。（同書の注）
目次
【はじめに】 カメレオン現象とカメレオン効果
【その１】 「蔵人得業猿沢の池の龍の事」（宇治拾遺物語 巻１１の６）
【その２】 クロスメディアと「魔法の塔」
【その３】 インターネットから情報収集
=========================================
注：読みやすくするために、
記事・書名には■、見出しには《 》、長い引用の初めには＞
が付けてあります。
【はじめに】 カメレオン現象とカメレオン効果
だいぶ前のことだが、テレビの演芸番組でカメレオン現象という言葉を聞いたことがある。調べてみたが、確定した意味は辞書に載っていないようだ。
カメレオン効果という言葉は辞書にある。Yahoo辞書によると、【カメレオン効果】とは、
＞「相手のしぐさ・くせ・表情などをまねることで、相手が良い印象を持つこと。必ずしも意図的にまねをするのではなく、無意識的・反射的に相手のまねをしてしまうことで、円滑な人間関係が保たれると考えられている。」（同辞書）
という。
「カメレオン現象」を自分なりに定義すると、
「相手と同じ行動をとることで、不安を解消したり満足を得たり期待感を増幅させたりする心理」
とでもなるのか。
KYという言葉が盛んに用いられるようになったが、方向が逆とはいえ、同じ範疇の心理かもしれない。こういう現象が起こるためには、ある一定の集団に漠然とした共通の心理が形成されることが前提となる。
【その１】 「蔵人得業猿沢の池の龍の事」（宇治拾遺物語 巻１１の６）
まずは原典を見てほしい。ここでは教科書掲載部分のみを示す。なお、注（※）は高校生用に付けておいた。
便宜上、五段落に分けたが、第一段落は得業恵印（とくごふゑいん）の紹介部分で、人から軽んじられていることがわかる。この段落は、省略された最後の段落の内容と関連している。
【原典】
１ これも今は昔、奈良に、蔵人得業恵印（とくごふゑいん）といふ僧ありけり。鼻大きにて、赤かりければ、「大鼻の蔵人得業。」といひけるを、後（のち）ざまには、こと長しとて、「鼻蔵人。」とぞいひける。なほ後々には、「鼻蔵、鼻蔵。」とのみいひけり。
２ それが若かりけるときに、猿沢の池の端（はた）に、「その月のその日、この池より、龍のぼらむずるなり。」といふ札を立てけるを、行き来のもの、若き、老いたる、さるべき人々、「ゆかしきことかな。」とささめき合ひたり。この鼻蔵人、「をかしきことかな、我がしたることを、人々騒ぎ合ひたり、をこのことかな」と、心中にをかしく思へども、「すかしふせむ」とて、空知らずして過ぎ行くほどに、その月になりぬ。
３ おほかた、大和・河内・和泉・摂津の国のものまで、聞き伝へて集ひ合ひたり。恵印、「いかにかくは集まる、何かあらむ（。）やうのあるにこそ、あやしきことかな」と思へども、さりげなくて過ぎ行くほどに、すでにその日になりぬれば、道もさりあへず、ひしめき集まる。
４ そのときになりて、この恵印思ふやう、ただごとにもあらじ、我がしたることなれども、やうのあるにこそと思ひければ、このこと、さもあらむずらむ、行きて見むと思ひて、頭（かしら）包みて行く。おほかた、近う寄りつくべきにもあらず。興福寺の南大門の壇の上にのぼり立ちて、今や龍ののぼるかのぼるかと待ちたれども、何ののぼらむぞ。日も入りぬ。
５ 暗々（くらぐら）になりて、さりとては、かくてあるべきならねば、帰りけり。（以下省略）
【解釈】
原文にそってイメージ化してみる。歴史関係の解説では、しばしば孫引きがみられ、出典が明示されていないことがある。これを検証できずに困ることが多い。「いつの間にか定説」になってしまい、誤ったイメージが形成されてしまう。以下は、解釈であることを念頭において読んでほしい。
登場するのは、蔵人（くらうど）得業恵印（とくごふゑいん）という僧。「こと長し」という理由で「鼻蔵人」と呼ばれた。
※「こと長し」の「こと」は「言・事・異・殊」のどの意味か。
さて、事の起こりは、この恵印が「その月のその日、この池より、龍のぼらむずるなり。」といふ札を立てたことによる。
※「のぼらむずるなり。」＝「むずる」は「むず」（推量）の連体形（サ変の応用）
動機はわからない。「なんであんな事したの？」と後になって人は言うけれど、当人にもわからない。しいていえば、自己の存在確認の感情とでも言おうか。
※「その月のその日」＝３段落に「その日になりぬれば」とあるから、もちろん日付は入っている。
※札を立てた、と書いてある。ふだ＝「札・簡・簿」。宇治拾遺物語は鎌倉初期の成立と考えられている。
■木簡が語る日本の古代（東野治之著 1983年5月20日発行）の「10 往来に立てられた告知札」の章に「逃げた馬の捜索願」の「立札」に関する記述がある。
＞昭和四十四年、平城宮の東方、いま国道二四号バイパスの通っているところで、バイパス予定地の発掘が行なわれた。平城京の町割りでいうと、東三坊大路の北端と、それを北へ延長した地点である。この大路に沿って作られた溝から、昔捨てられた木簡が、いくつか出土した。第八章でとりあげた難波津の歌の断片もその一つであるが、他に少し変わった木簡が見つかっている。
平安時代前期の立札である。あとで紹介するように、文面に「告知」という言葉が出てくるので、告知札と呼び慣らわされている。全部で四点あり、一点は頭部だけの断片だが、他の三点はみな一メートル前後もある、大きな板を使い、下の方は、両側から削って先を尖らせてある。地面に突きさして立てたのだろう。また立てたまま文面が読めるように、表だけ文字が書いてある。
（中略）
《馬の捜索願》
（中略）
（1） 往還の諸人に告知す、走り失（う）す黒鹿毛の牡馬一匹。
験あり。片目は白。
額少しく白し。
件の馬、今月六日、申の時を以て、山階寺（やましなでら）の南の花薗の、池の辺にして走り失（う）するなり。若（も）し、見捉うる者あらば、山階寺中室（なかむろ）の南端より第三の房に告げ来たる可し。
九月八日
※ブログ注----------------------------------------------------
■「PDF 古代からのタイムカプセル」（検索可）にこの木簡の写真も載っている。
（原文）
告知 往還諸人 走失黒鹿毛牡馬一匹〈在験片目白／額少白〉件馬以今
月六日申時山階寺南花薗池辺而走失也 若有見捉者可告来山階寺中室自
南端第三房之 九月八日
-------------------------------------------------------------
これは、逃げてしまった馬の捜索願である。馬の持ち主は、山階寺、つまり興福寺の僧侶だったらしい。告知札のいうところによれば、逃げた馬には、片目が白く、額のところも、少し白いという「験」（しるし）（特徴）がある。九月六日の夕方、興福寺の南にあった花薗の池のあたりから、いなくなった。もし見かけて捕えた人があったら、興福寺の中室と呼ばれる僧房へ告げてきてほしい。自分の居所は、南の端から数えて、三番目だ、というのである。九月八日とあるだけで、年は書いてないが、他の告知札や一緒に出てきた木簡に、天長五（八二八）年や天長七（八三〇）年のものがあるので、だいたい同じころと見てよい。因みに、ここに出てくる、興福寺の南の花薗にあった池というのは、有名な猿沢の池である。
《東三坊大路》
告知は、「往還の諸人」、つまり、この道を往き来する通行人一般に対してなされている。平城京の東三坊大路や、それを北へ延長した道が、平安時代に入っても、奈良と京都を結ぶ幹線道路になっていたことは、これらの告知札の発見を機会に、改めて注目をひいた。
（中略）
平安時代に、春日神社への参詣に使われたのも、この東三坊大路を延長した道である。その場合は、大和平野へ入ると、旧平城京の一条大路へ入り、これを東へとって奈良の市街へ進んだ。通行人のことは、また後でふれることになるが、告知札の立てられたのが、なかなか人通りの多い場所だったことは確かだろう。（以上、同書より引用）
往来の者は、老いも若きも、さるべき人々（相当の身分のもの）までも「ゆかしきことかな（見たいものだ）」とささめきあった。
※「ささめき合ふ」＝恵印が「人々騒ぎ合ひたり」と受けている。
■クロスイッチ（電通クロスメディア開発プロジェクトチーム 2008年8月28日発行＝以下、電通）によれば、現代の人々は「情報バリア」を張ってしまい、その理由に次の3つがあるという。
�‐霾麥未�急増している
�⊂暖饉圓�能動的に情報を入手するようになっている
��商品が差別化しにくくなっている（以上、同書より）
「欲しい情報は、自分で探して手に入れる」（同書）ことが当たり前になり、「一方的に発信される情報をそのまま受け取らなくなってきている。」（同書）というのだ。
ところが、奈良・平安の頃、公的な情報伝達は、告知用の札など（口頭による補足説明を含む）で行われていたらしい。それが「ゆかしきことかな（見たいものだ）」という反応につながる。
恵印は「をこのことかな（ばかばかしい）」とは思ったが、「すかしふせむ」（騙しとおしてやろう）と「空知らずして」（そしらぬふりをして）いた。
もっとも、「すかしふせむ」というのは「ほうっておけ」くらいの感じなのか。
ところが、騒ぎはどんどん大きくなっていく。
その月になって、（その日ではなく）
「おほかた（およそ）、大和・河内・和泉・摂津の国のものまで、聞き伝へて集ひ合ひたり。」
という事態になる。今で言えば、大阪、兵庫まで含むから、泊りがけなのだろう。もっとも、木簡の資料によると、人々の往来は、調などの運搬や領地の耕作などのために、多かったらしい。
恵印は集まった人の多さに驚き、発想が逆転する。
「いかにかくは集まる、何かあらむ（。）やうのあるにこそ（結び省略）、あやしきことかな。」
（何かわけでもあるのだろうか）
しかし「空知らずして」と同じく、ここでもまた「さりげなくて」（そしらぬふりをして）いた。
さて、いよいよその当日、人々は「道もさりあへず（いっぱいになるほど）、ひしめき集まる。」
※「さりあへず」＝「避り敢へず」。避けられない。
この様子を芥川龍之介の作品『龍』では次のように描写している。
＞石段の上に立って眺めますと、見渡す限り西も東も一面の人の海で、それがまた末はほのぼのと霞をかけた二条の大路のはてのはてまで、ありとあらゆる烏帽子の波をざわめかせて居るのでございます。と思うとそのところどころには、青糸毛《あおいとげ》だの、赤糸毛《あかいとげ》だの、あるいはまた栴檀庇《せんだんびさし》だのの数寄を凝らした牛車が、のっしりとあたりの人波を抑えて、屋形に打った金銀の金具を折からうららかな春の日ざしに、眩ゆくきらめかせて居りました。そのほか、日傘をかざすもの、平張を空に張り渡すもの、あるいはまた仰々しく桟敷を路に連ねるもの――まるで目の下の池のまわりは時ならない加茂の祭でも渡りそうな景色でございます。（同書 青空文庫より引用）
ちなみに烏帽子については「全訳古語例会辞典（小学館）」に次のようにある。
＞元服後の成年男子がつける。もとは冠の下に着用する頭巾。平安中期以降、上・中流階級は、礼服用の冠に対して平服に用い、下級・庶民階級は外出用に用いた。
《要点》
もとは薄絹を袋状にし、漆を薄くひいた程度の柔らかいものだったが、後には、漆で塗り固めた紙製のものが主となった。立（たて）烏帽子・風折（かざおり）烏帽子・侍（さむらい）烏帽子など、身分・位階などにより、形や塗りが異なり種類が多い。人前に着用しないで出るのは無礼で、外出時に限らず在宅の時も普通かぶっていた。（同辞典）
この様子を見て、恵印は人々の心理に同化してしまう。「このこと、さもあらむずらむ、行きて見む」と思ひて、頭（かしら）包みて行く。
（札に書いてあることが本当に起こるかもしれない、見に行こう。）
しかし、恵印はやましい気持ちがあったのか、「頭包みて行く。」
※らむ＝恵印の推量（助動詞）
その結末は――。
「今や龍ののぼるかのぼるか」と待ちたれども、何ののぼらむぞ。日も入りぬ。
どうして昇ることがあろうか。（「何ののぼらむぞ。」）龍が昇るわけがない。それでも人は集まった。その現実の方が衝撃的だった。
【その２】 クロスメディアと「魔法の塔」
宇治拾遺物語の場合、人々は自然発生的に反応した。（芥川龍之介の作品『龍』の設定は異なる。）
現代のイベントは全く別物である。明確に人を操作する意思が見えるし（それを感じさせないように工夫を凝らし）、操作することで利益を得ている。さらに言えば、操作することに陶酔している印象すら受ける。
もっとも、「電通の倫理綱領」（検索可）には、その「企業理念」として、
＞《2．社会的資産「知的資産の創造」》
地球社会の知的資産をより豊かに創造し蓄積するところに、電通の使命がある。
すぐれたコミュニケーションは人間を活き活きさせ、創造的な仕事は価値ある文化を生み出す、それが私たちの喜びである。（同サイト）
とあるから、当然なのだろう。価値ある文化なのだ。
この「クロスイッチ」（前掲書）には様々な企画が広告業界の賞を軒並み受賞したとも書いてある。
■クロスイッチ（電通）には、「情報バリア」の中にいる消費者にメッセージを届ける方法が次のように書いてある。
＞広告コミュニケーションでは、クリエーティブ力によって「情報バリア」を打ち破るという方法も依然として有効である。この方法の効果が発揮されるのは、明確な差別化ポイント（USP（＊1）：ユニーク・セリング・プロポジション）を持つ商品においてである。これに強力なクリエーティブが噛み合ったとき、特に圧倒的な力が発揮される。
その一方で、消費者自らの意志で「バリア」から出てきてもらおうという発想のキャンペーンが、新しい選択肢として、近年注目されるようになってきている。すなわち、消費者にとって気になる、あるいはかかわりを持ちたくなる情報を示すことで、「バリア」から「誘い出す」アプローチである。
（一段省略）
太古の昔より、人々を力で動かそうとするのではなく、興味・関心を抱かせて自主的に行動させることの重要性が説かれてきた。逆にいうと、わたしたちがその大切さを忘れがちだからこそ、繰り返しこのような教訓が説かれてきたともいえるだろう。
そこで、「興味を抱かせ」、「誘い出す」アプローチでコミュニケーション設計を行ない、斬新なキャンペーンを展開、大成功を収めた最近の事例として、集英社「ジャンプスクエア」創刊キャンペーンを紹介しておこう。
＊1 「当該商品にしかない長所を生かした、販売上の提案」のこと。消費者のニーズと合致し、競合他社にない独特の提案を見つけることが、広告づくりの基本であるという考え方にもとづく。（同書 以下省略）
そしてさまざまなキャンペーン技法の成功例が列挙してある。だが、人間に「興味を抱かせ」、人間を「誘い出す」とは、どういうことなのだろう。
■「これからの「正義」の話をしよう」（マイケル・サンデル著 鬼澤忍訳）の「第5章 重要なのは動機――イマヌエル・カント」《人格と物》には、カントの言う「他律的な決定」についての説明がある。
＞あることをするのは別の目的のためであり、その目的を実行するのはまた違う目的のためといったように延々と続いていく。他律的に行動するというのは、誰かが定めた目的のために行動することだ。そのとき、われわれは目的を定める者ではなく、目的を達成するための道具にすぎない。
この対極にあるのがカントの自律の概念だ。自分が定めた法則に従って自律的に行動するとき、われわれはその行動のために、その行動自体を究極の目的として行動している。われわれはもはや、誰かが定めた目的を達成するための道具ではない。自律的に行動する能力こそ、人間に特別な尊厳を与えているものだ。この能力が人格と物を隔てているのである。
カントにとって、人間の尊厳を尊重するのは、人格そのものを究極目的として扱うことだ。だからこそ功利主義のように、全体の福祉のために人間を利用するのは誤りなのである。（同書、以下省略）
正義の話は結構なのだが、ここまで厳格に言われると、「そりゃ無理だ」と言いたくなる。理由付けとは、早い話が「何かのためにすること」だからだ。カントには申し訳ないが、自分にはこの程度の理解しかできない。しかし、物事を考察する上での一つの視点にはなる。他律的とは「誰かが定めた目的のために行動することだ。」（同書）というのは、まさにその通りだ。
だが、本当の問題は「クロスイッチ」（電通）に書かれていないことなのではないか。
つまり、口コミの役割だ。もしこれを自然発生性に任せていたら、イベントの企画は成り立たない。インターネットや携帯や口コミなど、特にインターネットや携帯は匿名性と情報量（拡散性）、コスト面でうってつけのメディアだ。人をアルバイトとして雇う必要もない。さらに他のメディアといろいろな仕掛けをクロスさせることができる。
■「クロスイッチ」（電通）では、2001年の公開以来、興行収入や観客動員数が落ちてきている「ハリー・ポッター」自体への関心を再活性化するキャンペーン「魔法の塔プロジェクト」を取り上げている。
＞具体的には、「ハリー・ポッター」の本質価値である「魔法をかけるワクワク感」を多くの人に体験してもらい、楽しさを実感してもらおうというものだった。そこで、日本でのプレミア（試写会）の日に、六本木ヒルズに集まった人みんなで�猖睨，鮠Г┐覘瓩函�光でできた高さ600メートル、直径14メートルの巨大な「魔法の塔」が建つというイベントがその体感の場となった。
このイベントへの誘引と、話題を喚起するために「謎の告知」が行なわれた。
「魔法予告。6月28日、夜7時30分、六本木ヒルズ。※」
「6月28日の夜は、ケータイかけずに魔法をかけよう。」
具体的に何が起きるとは一切書かれていない。ただ、6月28日に、六本木で魔法をかけると何かが起こるという主旨の予告が、都内の駅・電車など交通広告を中心として行なわれ、口コミが急速に広がっていった。
さらに、イベント当日の朝。新聞朝刊15段で、「今日は街へ出て、魔法をかけよう。」という告知が行なわれ、さらなる期待感が醸成された。（同書 以下「＞」に続く）
※ブログ注――「魔法予告。６月２８日、夜７時３０分、六本木ヒルズ。／６月２８日 夜７時３０分は、ハリーの魔法のお手伝い。／六本木ヒルズの方向に゛エクスペクト・パトローナム！゛と唱えてください。その時、何かが！」
「六本木ヒルズから龍が昇天する！」というのなら、見に行く価値がある。報道陣も大挙して押し寄せるはずだ。だが「何かが起こるという主旨の予告」だけで人を集めるのは、かなり難しい。ポイントは「魔法をかける」ということなのだろう。
さて、言った以上は、魔法をかける呪文が一斉に行われ、その結果として何かが起こらなければならない。
＞当日、会場には1500人もの人が押し寄せ、来日していた主役俳優と共に魔法を唱えると、29台ものサーチライトが一斉に光り、巨大な塔が夜空に向かって輝いた。この様子は、翌日の新聞記事やテレビ番組で大きく取り上げられた。（同書）
こういうことをうまくやらせるのもかなり高度の技量の一つだとは思う。誘導する人、それに率先して呼応する人も必要だ。だが、上記引用にある結びの場面のほうがはるかに興味深い。一企業のキャンペーンを新聞記事やテレビ番組が大きく取り上げたというのだ。まさに「魔法」だ。
なお、「読売出版広告賞：読売新聞の広告賞」（検索可）に「受賞作品・審査講評・過去の受賞作品」が載っている。また、「魔法予告。6月28日、夜7時30分、六本木ヒルズ」で交通広告を、「今日は街へ出て、魔法をかけよう」で「巨大な塔」の写真を、確認できる。
【その３】 インターネットから情報収集
インターネットは絶えず監視されている。そう思っていた方がよい。情報を発信するには、それなりの心構えが必要になってくる。情報を受容する時も同じだ。特に最近の情報には、手の込んだものが多い。もっとも、発信か受容かの区別さえなくなっている。知らぬ間に受容する行為が情報発信となっている。
以前、■「情報操作のトリック」（川上和久著）から宣伝分析研究所による政治宣伝の「七つの原則」を引用させてもらった。再掲すると、
＞� 々況眤仂櫃凌擁�・組織・制度などに、憎悪や恐怖の感情に訴えるレッテルを貼る「ネーム・コーリング」
�◆仝⇔呂陵�益や目的の正当化のための、「華麗なことばによる普遍化」
�� 権威や威光により、権力の目的や方法を正当化する「転換」
�ぁ‖嵯鼻Ω�威を与えられている人物を用いた「証言利用」
�ァ‖臀阿汎韻故�場にあることを示して安心や共感を引き出す「平凡化」
�Α‥垤腓領匹い海箸�らを強調し、不都合なことがらを矮小化したり隠したりする「いかさま」
�АヽГ�やったり信じていることを強調し、大衆の同調性向に訴える「バンドワゴン」（同書）
これはもちろん政治宣伝の場合なのだが、カメレオン現象に通ずるものがある。
インターネット上にも誘導情報が溢れかえっている。不完全な情報は、その不完全さを補う方向に人を誘導するし、ネガティブな方法（〜するな！）は、逆に肯定する方向に人を誘導する。
だいぶ前にテレビで見たのだが、ルイ１６世の頃、ジャガイモを国に広めるために、貴族の食べ物であるから食べていけないかのように思い込ませたという。これなど、禁止と価値付けの両方を含んでいる。
批判というのも、同調してもらうために書くのが普通だが、書き様によっては、批判に反発させることさえ可能だ。
正確な情報を得るためには、少なくとも「裏付けを取る」こと、ネット上で言うなら、情報源を確認することくらいは必要だろう。同一の内容を各新聞社の記事で読み比べること、関連する内容を時系列に並べ替えてみること、単純な作業のようだがその過程で何か本当の姿（関連性）が見えてくることもある。
次の記事が記憶に新しい。
■エネ庁が原発記事監視 ４年で１億３０００万円（東京新聞 2011年7月23日）（内容の検索可）
経済産業省資源エネルギー庁が原発に関するメディア情報を監視してきたことが、本紙の調べで分かった。本年度発注分を含めると、外部委託費の総額は四年間に約一億三千万円に上る。昨年度までは、いずれも電力会社役員らが理事を務める財団法人が受注していた。
同庁の資料などによると、昨年度までの三年間は「電源立地推進調整等事業（即応型情報提供事業）」として、新聞や雑誌の記事を監視する事業を年約一千万〜約二千四百万円で外部委託していた。
委託先は、東京電力の勝俣恒久会長が非常勤の理事を務める「日本科学技術振興財団」や、経産省原子力安全・保安院のＯＢや元原子力安全委員会委員長らが役員になっている「エネルギー総合工学研究所」といった財団法人ばかりだった。
事業は、一部に同庁ホームページ（ＨＰ）にあるＱ＆Ａコーナーの更新が含まれているが、主には「不正確または不適切な報道を行ったメディアに訂正情報を送る」こと。ただ同庁によると、メディアに訂正を求めたことは一度もない。
Ｑ＆Ａのページは現在、福島第一原発の事故を受けて「苦情が多く寄せられたため」（担当者）閉鎖されている。
本年度は震災に伴う第一次補正予算に「ネット上の不正確情報の監視」として八千三百万円を計上。
十五日には委託先を決める入札が行われ、広告代理店が落札した。
福島第一原発の事故で原発への不安が大きくなり、ネット上で情報が乱れ飛んだことを受け、従来の新聞記事の監視を縮小し、一般市民がツイッターやブログなどを通じて発信する情報の監視に重点を置く。
監視により「不正確または不適切な情報」が見つかった場合は、原子力の専門家などのアドバイスをもとに、同庁ＨＰに、その情報を打ち消すような内容を掲載するとしている。
《資源エネルギー庁原子力立地・核燃料サイクル産業課の話》
原子力について正確に報道されていない場合もある。報道内容を把握し、適切な広報のあり方を検討するため続けている。（同記事全文）
■エネ庁が原発報道監視 税金使い「不適切情報」収集 全国紙・立地県地方紙・ネットも（2011年7月14日 赤旗）（検索可）
によれば、
＞政府が新聞やインターネットを監視し、原子力発電に関する言論を収集していたことが分かりました。経済産業省の外局である資源エネルギー庁が「不適切・不正確な情報への対応」を口実にメディアを監視していたのです。
この事業は、原子力施設立地推進調整事業のうちの「即応型情報提供事業」です。資源エネルギー庁の調達情報によると、２００８年度は社会経済生産性本部が２３９４万円、０９年度は科学技術振興財団が１３１２万円、１０年度は財団法人エネルギー総合工学研究所が９７６万円で受注しています。
（３〜９段落省略）
１０年度に同事業を受注した財団法人エネルギー総合工学研究所は、理事長が東京電力元副社長の白土良一氏で、副理事長は元通商産業省環境立地局長の並木徹氏。理事には、木村滋電気事業連合会副会長（東京電力取締役）や阪口正敏中部電力副社長など電力業界幹部や、市川祐三日本鉄鋼連盟専務理事（元経済産業省大臣官房審議官）、松井英生石油連盟専務理事（元経済産業省商務流通審議官）といった名前が並びます。（同記事）
■資源エネ庁 巨額血税でメディア・ネット検閲（日刊ゲンダイ2011年7月25日掲載）（内容の検索可）
にも同じ内容の記事が載っていた。
次の記事によると、契約額はさらに増大している。共通番号制もそうだが、国民が管理の対象になっている。
■エネ庁の原発情報監視 本年度７０００万円で契約（東京新聞 2011年7月28日 朝刊）（内容の検索可）
経済産業省資源エネルギー庁が多額の税金を使い、原発に関するメディア情報を監視してきた問題で、一般市民が発するツイッターなどネット情報を監視する本年度の事業は、広告代理店「アサツーディ・ケイ」（ＡＤＫ、東京都中央区）が約七千万円で落札・契約したことが二十七日、同庁への取材で分かった。
同庁によると、入札には複数の団体が参加し、事業の提案内容と入札価格を総合的に評価してＡＤＫが落札した。事業の期間は来年三月末まで。
この問題をめぐっては、同庁が昨年度までの三年間で、計約四千七百万円をかけ、新聞や雑誌などの原発記事をチェックする事業を、原発と関わりの深い公益法人などに発注してきたことも判明。
海江田万里経産相は「予算があるからといって使い切る必要はない」と細野哲弘同庁長官に指示し、事業の見直しの可能性も示唆した。二十七日現在、同庁の担当課は「大臣談話は見ているが、入札が済んでいる事業であり、事業の終了時に適切な支出だったかしっかり見ていく」と、見直す考えはないとしている。
ＡＤＫの担当者は、「福島第一原発事故の風評被害防止になる事業だと判断した。事業内容については委託された立場なので、同庁の出した事業を進めるだけ」と話している。（同記事全文）
なお、ADKについては次のような記事もあった。
ADKと電通が、現在の競争関係を継続したまま、「デジタル・ビジネス領域全般における次世代型ビジネスモデルの開発に関する研究を行うなど、更なる協業を推進する」（同記事）という。
■アサツー ディ・ケイ、電通デジタル・ホールディングスと電通ネット系メディアレップ「ADKデジタル・コミュニケーションズ」設立で契約締結（検索可）
ところで、電通にはブログや掲示板の書き込み内容を定量的・定性的に把握するための口コミ分析システムがあるという。
■「クロスイッチ」（電通）によれば、
＞件数のみでなく、システムに搭載する辞書機能により、書き込まれた内容が自動的にポジティブ・ネガティブのどちらの傾向にあるのかも把握できる。そして、検索したキーワードと共に語られている単語を関連語ランキングとして表示することもできる。また、実際に書き込まれた抜粋文が表示されることにより、定性的な分析も可能である。サービスは、ASP方式（＊9）で分析システムを提供している他、オプションでレポートサービスを行なっている。
また、2007年4月にリクルートと電通で立ち上げたブログウオッチャー社でも、同様にASP方式での分析システム提供と専門リサーチャーによる口コミ分析サービス「SHOOTI BUZZレポート」を行なっている。図5−20（※省略）は、PC関連企業の口コミ分析事例として、約5億記事のブログ・Q＆Aサイトなどから該当企業に関連する口コミのみをピックアップし、書き込み内容が好意的・中立的・否定的の3段階での意味の解析と、男女ごとの属性でプロットしたものである。男性は「CM」「技術」「売り場」「イベント」「性能」といった内容を書き込んでいる一方、女性は「利用」「使い勝手」といった利用シーンに関連するワードを書き込んでいるといった分析ができる。（同書）
＊9 アプリケーション・サービス・プロバイダー方式の略。アプリケーションをインターネット上のサーバに置いておくため、IDとパスワードがあれば、ユーザーは自由にインターネット経由でアクセスできる。（同書の注）
2011年07月13日
「質問」の見えない世論調査とイベント化する次の首相候補
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目次
【その１】 社説のような世論調査
【その２】 日本世論調査協会倫理綱領実践規程
【その３】 イベント仕立ての世論調査
【その４】 東電役員報酬返上のパーセント議論――追記
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【その１】 社説のような世論調査
――「社説のような」の意味するところは、各新聞社や通信社が行っている世論調査の「質問」をみれば、その新聞社が主張することがおおよそわかるということだ。社説や解説記事がストレートに表現していることを補完するといってもよい。新聞を読むときには、一般的にはまず「解説記事」に目を通して、興味のある「質問」の数値を確認して終わりだろう。「質問」に至っては読み飛ばすだけの人が多いはずだ。記憶に残るのは「回答」の数値（％）でしかない。
たとえば、読売新聞の社説ではこうなる。見出しだけでどういう主張か、わかる。
■原発再稼働混乱 首相は電力「危機」を直視せよ（2011年7月8日・読売社説）（検索可）
電力危機だから原発を再稼働せよ、というのだ。かりにも一千万部近い発行部数を誇る新聞社ならば、原発の安全性に確固たる根拠があるという前提での主張に違いない。聞きたいのは電力危機ではない。安全性の根拠だ。
■玄海原発 再開へ首相自ら説得にあたれ（2011年7月6日 読売新聞社説）（検索可）には、
「政府の指示で、九州電力は地震や津波による電源喪失など、過酷事故への安全対策を実施した。その上で、海江田経済産業相が原発の運転再開に『国が責任を持つ』と確約し、突破口が開けた。
（４段落省略）
玄海原発の再開を実現させて、「次」につなげることが重要である。他の原発でも、地元の自治体から同意を得るための追い風となるだろう。」（以下省略 同社説）
と書いている。つまり、なし崩し的にやってしまえというのだ。何か事故があっても「国が責任を持つ」から、新聞社としての責任はないとでもいうのか。同じ新聞でも東京新聞の社説は再稼動に批判的だ。
■【社説】原発テスト 再稼働の思惑が透ける（東京新聞 2011年7月12日）（検索可）
「現行の定期検査で安全は確認されており、あとはどれだけ“ゆとり”があるかを、簡単に確かめる。本格評価は先送りするとも取れる考え方だ。」（同社説）
と指摘している。
さて、読売新聞の世論調査ではどういう「質問」になっているか。
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■読売新聞（2011年7月1〜3日）「内閣・政党支持と関連問題 2011年7月電話全国世論調査」の一部。（全文検索可）
Ｑ 日本の電力の３割近くは原子力発電でまかなっていました。今後、国内の原子力発電所をどうすべきだと思いますか。次の４つの中から、１つだけ選んで下さい。
答 1. 増やすべきだ 2
2. 現状を維持すべきだ 29
3. 減らすべきだ 46
4. すべてなくすべきだ 19
5. その他 0
6. 答えない 4
Ｑ 現在、定期検査で運転を停止している原子力発電所について、政府は、安全対策がとれた原発の運転再開を求めています。原発の運転再開に、賛成ですか、反対ですか。
答 1. 賛成 42
2. 反対 48
3. 答えない 10
Ｑ 今回の災害復興の財源とするため、増税を行うことに、賛成ですか、反対ですか。
答 1. 賛成 53
2. 反対 41
3. 答えない 6
ＳＱ【前問の答えが(1)の人だけ】
災害復興のために増税を行う場合、消費税、所得税、法人税の３つのうち、どれを中心に引き上げるのがよいと思いますか。１つだけ選んで下さい。
答 1. 消費税 59
2. 所得税 18
3. 法人税 19
4. その他 0
5. 答えない 4
======================================================
――これらの「質問」で理由や根拠となっている前半部分は不必要だ。毎日新聞でも同様だ。奇妙に前半の質問部分が類似しているものがある。
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■毎日新聞世論調査 ◇全国世論調査の質問と回答◇（2011年7月4日）の一部。（検索可）
（注）数字は％、小数点以下を四捨五入。０は０．５％未満、−は回答なし。無回答は省略。カッコ内の数字は前回６月４、５日の調査結果。
（筆者注：数値は ［全体（前回） 男性 女性の順］）
◆震災前、日本の電力の約３割が原子力発電によって賄われていました。原子力発電に頼っている日本のエネルギー政策をどう思いますか。
・やむを得ない ３０ ３９ ２３
・原発は減らすべきだ ４５ ４１ ４８
・原発は全て廃止すべきだ １７ １４ １９
◆日本の原子力発電所のうち、定期検査で運転を停止している原発の運転を再開することに賛成ですか。
・賛成 ３７ ５１ ２７
・反対 ５１ ４１ ５８
◆風力や太陽光など自然エネルギーの利用を増やすことで、電気料金が値上がりすることを容認できますか。
・できる ６０ ６０ ６１
・できない ３１ ３５ ２８
◆震災被災地復興の財源確保のため増税することに賛成ですか。
・賛成 ５３ ５７ ５０
・反対 ３８ ３８ ３８
======================================================
――ところで、共同通信の世論調査に載っているはずの「質問と回答」（「世論調査の結果と方法」）が検索できなくなってしまった。インターネット上では、検索不能＝存在しない、と考えざるを得ない。やむなく前回の世論調査（2011年6月4日 東京新聞）と同様に、今回も東京新聞の「世論調査の詳報」で質問内容を確認した。
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■共同通信世論調査−東京新聞（2011年6月30日）
【世論調査の詳報】
▽調査の方法＝全国の有権者を対象に28、29両日、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけるRDD（ランダム・デジット・ダイヤリング）法で実施した。実際に有権者がいる世帯にかかったのは1441件、うち1010人から回答を得た。東日本大震災の被災地のうち、岩手、宮城、福島の3県で被害の大きかった一部地域は調査対象から除いた。
▽調査結果（数字は％、カッコ内は前回2、3両日調査）
――「注」
問1〜問4は、内閣および政党支持率関連の質問。
問5〜問7は人事関連の質問。
問8〜問9は退陣に関する質問。
問12は衆院解散・総選挙について。
【以下引用】
問10 政府の東日本大震災「復興構想会議」は、復興財源を確保するため所得税、法人税、消費税の「基幹税」を中心とする臨時増税を提言しました。あなたは臨時増税に賛成ですか、反対ですか。
・賛成 10.3
・どちらかといえば賛成 37.3
・どちらかといえば反対 25.8
・反対 23.6
・分からない・無回答 3.0
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――次の世論調査の解説記事は、見出しが「『大連立賛成』44％に」となっている。
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■共同通信世論調査（2011年6月4日 東京新聞）
「小沢氏派評価せず」89％
世論調査 首相進退は拮抗
共同通信社が二、三両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、内閣不信任決議案に賛成する意向を表明するなど菅直人首相や民主党執行部と対立してきた小沢一郎元代表支持派議員の行動を「評価しない」とする回答が89・4％に達し、圧倒的な多数を占めた。
「大連立賛成」44％に
（中略）
▽調査の方法＝全国の有権者を対象に二日夕から三日にかけて、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけるRDD（ランダム・デジット・ダイヤリング）法で実施した。実際に有権者がいる世帯にかかったのは千四百三十五件、うち千八人から回答を得た。内閣不信任決議案否決を受けた二日夜の菅直人首相の記者会見をまたいで調査した。
東日本大震災の被災地のうち、岩手、宮城、福島の三県で被害の大きかった一部地域は調査対象から除いた。
【世論調査の詳報】――問６と問８以外は省略。
（数字は％、カッコ内は前回5月14、15両日調査）
問6 あなたは民主党と自民党の大連立政権になることに賛成ですか、それとも反対ですか。
・大連立に賛成 44.5
・大連立に反対 45.7
・分からない・無回答 9.8
問8 社会保障と税の一体改革を検討している政府の「集中検討会議」は、社会保障を支える安定的な財源を確保するため、消費税率を2015年度までに10％へ段階的に引き上げる案をまとめました。あなたは現在の消費税率5％を段階的に10％に引き上げることに賛成ですか、反対ですか。
・賛成 9.9
・どちらかといえば賛成 33.4
・どちらかといえば反対 28.7
・反対 26.7
・分からない・無回答 1.3
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――その一方で、■朝日新聞世論調査―質問と回答〈4月16、17日実施〉（asahi.com 2011年4月18日）（検索可）にある質問は、その後の政府閣僚の動きや九電の対応をみると核心を衝いている。
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【世論調査――質問と回答】（asahi.com 2011年4月18日）
◆福島第一原発以外の原子力発電所でも、大きな事故が起きる不安を、どの程度感じますか。（択一）
・大いに感じる ５０
・ある程度感じる ３８
・あまり感じない １０
・まったく感じない １
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――企業側でも原発リスクということを深刻に考え始めたのではないか。「もしもまた原発が……」ということだ。安定供給どころの話ではない。そのせいか、各経済週刊誌を読むと、エネルギー政策の方向転換を訴える記事が急増しているし、一部の新聞社でも同様の主張がみられる。
『日経ビジネス』（2009年10月5日号）では、すでに「新エネルギーの世紀」という見出しで、「2030年に使用されるエネルギーの設備容量の内訳」が載っている。（風力＝７％、太陽光＝３％、バイオマスと廃棄物＝２％、原子力＝６％）（参考：IEA : World Energy Outlook 2008 日本語版）（（検索可）
さらに注目したいのは、立論のもとになるデータ（※）が経済産業省などの政府発表から離れつつあることだ。出発点が政府の資料ならば結論はわかりきっている。財務省の消費税国際比較データ（日本＝５％）と同じだ。
※原子力＝5.3に対して水力＝11.9、太陽光＝49（円／KW時）（経済産業省出所によるコスト比較のグラフ）
（例：電気事業連合会：電源別発電コストの比較）
http://www.fepc.or.jp/faq/1189748_1457.html
――次のような記事も載るようになった。
■エネルギー政策の「脱原発」志向 経済界も例外ではない！？（毎日新聞 2011年7月6日 東京夕刊）（検索可）
「原発の発電コストは、使用済み核燃料の処理費用などを含めれば決して安くないし、福島のような事故リスクもある。国の保護がない民間ベースなら融資する銀行は一つもないでしょう。メーンバンクは会社に強い影響力を持つ。電力会社のメーンバンクも、日本のあり方を考えた行動をしてもらえれば」（吉原毅・城南信用金庫理事長）（同記事）
■東電の悪夢、問われる原発の合理性 吹き飛んだ２兆7000億円弱（日経 2011年4月12日 安西巧産業部編集委員）（検索可）
という記事を読んだ方もいると思うが、『日本経済新聞』は、すでに1996年1月26日の記事で原子力の発電コストが他に比べて安くはないと指摘しているという。
■『これから起こる原発事故』（別冊宝島 2000年1月15日発行）のかこみ記事＝「原子力でつくられる電気は決して安くない」（粥川準二記者）
はたして原子力発電は、火力発電や水力発電などに比べて、経済的な発電手段なのだろうか？
『日本経済新聞』一九九六年一月二十六日付は、「かつて割安といわれた原子力の発電コストは一ドル＝一二四円の為替水準で一キロワット時約九円。LNGと同水準で、石油、石炭とも一円の差しかない」と指摘した。LNGとは、液化天然ガスのことである。この為替レートは、資源エネルギー庁が年四回発行している『原子力発電関係資料』の平成十一年三月版でも採用されており、同じ数字を確認できる（表� 畩蔑�）。同紙記事は次のように続ける。「円高メリットが相対的に大きいLNG、石炭などは一〇〇円前後の為替水準では原子力より確実にコスト安といえる」。一ドル＝一二四円の円安時代の為替レートで計算された数字がこうだとしたら、一ドル＝一〇三円（12月1日現在）では、どうだろうか？
つけ加えておけば、この数字には送電コストは含まれていない。原発は危険だから遠隔地に建設しなければならないならば、送電線の建設費など送電コストも原発のコストに含まれるべきだろう。（冒頭より引用 以下省略）
――さらに事故の処理にかかる費用を加えれば、コストは気の遠くなるような額になるだろう。読売新聞が躍起になって主張する本当のところは、税金を使って国の保証で原発を再開せよということか。それなら話はすっきりしてわかりやすい。何があっても絶対に儲かるからだ。「国の保護がない民間ベース」（吉原毅・城南信用金庫理事長）で再開しろというのではないのだ。
【その２】 日本世論調査協会倫理綱領実践規程
――インターネットは自立したメディアである。したがって、結果としての数値だけ載せるのはおかしい。全情報を掲載するか掲載しないかのどちらかだ。
世論調査協会という組織がある。すでにネット上でこの問題を指摘している方もいるのでそちらも見てほしいのだが、その「日本世論調査協会倫理綱領実践規程」の「４」には、次のように書いてある。
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4. 調査の報告書には、次の事項を明記しなければならない。
イ）調査の目的
ロ）調査の依頼者と実施者の名称
ハ）母集団の概要
ニ）サンプリング・デザイン
ホ）標本数
ヘ）調査の実施時期
ト）データの収集方法
チ）回収率
リ）質問票
（世論調査協会HPより）（検索可）
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――また、【団体会員名簿】（平成21年4月現在）には、各新聞社、テレビ局、さらに共同通信社や電通、博報堂ＤＹ、ビデオリサ−チが載っており、役員名には、朝日、日本放送協会放送文化研究所、社団法人日本新聞協会、読売、毎日や個人会員にまじって、共同通信や日経リサーチも名を連ねている。
共同通信は、2010年の前半には「世論調査の結果と方法」を見やすいところに掲載していた。アクセスする人が多ければ自然と検索可能になるかもしれない。
【その３】 イベント仕立ての世論調査
――数社の新聞にイベント仕立ての世論調査がある。しかし、意中の人でもあれば、その人の数値くらいは見るかもしれないが、とても全員の数値を見る気はしないだろう。数値自体が無意味だ。それでも繰り返す。特に読売新聞は執拗だ。その意図は不明（推測は可能）だ。
以下は、参考として載せておく。（うんざりした方は読み飛ばしてください。）
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■産経・ＦＮＮ合同世論調査「質問と回答」（産経新聞 2011年5月30日）（検索可）
【問】今、日本の首相にふさわしいのは
枝野幸男 １０．０（８．０）
岡田克也 ４．２（４．８）
小沢一郎 ８．４（９．２）
海江田万里 １．１（０．６）
菅直人 ５．６（４．４）
玄葉光一郎 ０．６（０．７）
仙谷由人 ０．６（０．５）
野田佳彦 ０．７（‐）
前原誠司 ７．６（４．６）
蓮舫 ２．１（２．１）
亀井静香 １．０（１．５）
その他の与党議員 １．０（２．２）
石破茂 ６．３（７．１）
石原伸晃 ２．６（３．５）
谷垣禎一 １．９（２．９）
渡辺喜美 ３．１（２．７）
舛添要一 ２．６（５．０）
その他の野党議員 ４．５（４．６）
ふさわしい人はいない ３０．２（３０．６）
他 ５．９（５．０）
■日本経済新聞世論調査 質問と回答（2011年2月27日）
Ｑ10．今後、日本の政治に影響力を発揮してほしいと思う政治家はだれですか。次の中から１人だけお答え下さい。（敬称略）
菅直人 5 (6)
枝野幸男 4 (−)
岡田克也 8 (9)
小沢一郎 4 (4)
野田佳彦 1 (−)
前原誠司 11 (15)
谷垣禎一 4 (2)
石破茂 7 (8)
石原伸晃 9 (8)
渡辺喜美 10 (8)
舛添要一 8 (12)
その他 6 (7)
いえない・わからない 22 (19)
■共同通信世論調査（2011年6月4日 東京新聞）
問5 あなたは次の首相にふさわしいのは誰だと思いますか。（敬称略、五十音順）
石原伸晃 9.9
石破茂 13.3
枝野幸男 10.7
岡田克也 10.3
小沢一郎 4.1
玄葉光一郎 1.5
仙谷由人 0.9
谷垣禎一 7.6
野田佳彦 1.7
前原誠司 11.3
その他の人 4.1
分からない・無回答 24.6
■共同通信世論調査−東京新聞（2011年6月30日）
問11 菅首相の次の首相には、新しく選ばれる民主党代表が就任する見通しです。あなたは次の民主党代表に誰がふさわしいと思いますか。（敬称略、五十音順）
枝野幸男 19.2
岡田克也 11.9
小沢鋭仁 2.3
鹿野道彦 1.4
玄葉光一郎 1.0
仙谷由人 2.5
樽床伸二 0.6
野田佳彦 5.3
原口一博 6.7
前原誠司 20.8
馬淵澄夫 0.7
その他の人 1.7
分からない・無回答 25.9
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――読み通す気力が起こっただろうか。いずれの場合でも４分の１ほどの人が「いえない・わからない・無回答」になっている。回答拒否だ。それにもかかわらず新聞社側が行うのにはそれなりの理由があってのことだ、と思いたい。
■電通（田原総一朗著）（昭和59年1月20日発行）によると、
1979年3月20日、電通スタッフが首相官邸で提出した企画書に次のような記述があるという。
「この広報企画は日本国の顔である大平首相のパーソナリティーを、あらゆる階層のアメリカ国民に親しみをもって理解してもらうことを第一目的とし、第二にはこれにかかわるニュースが日本で報道されることを通じ、日本国民の好意と支持を得る効果を狙ってのことであります」（同書）
――その企画内容は次の通りだという。
�‖臺深鸛蠅離灰蹈鵐咼�大学での記念講演会
�◆屮織ぅ燹彁錣離�バー・ストーリーへの登場
�Ａ簡謄優奪肇錙璽�テレビ人気番組に出演
�ぢ臺深鸛蠅鮗臧个箸垢襯�ャサリン・グラハム女史主催のパーティー
�ゼ鸛蠎膾鼎糧媚漸颪任瞭�本人によるバロック演奏
�ζ�系宇宙飛行士との激励会見
�Д曠錺ぅ肇魯Ε垢任領簑�庫をめぐる両夫人の対話
�┘�ーター大統領令嬢との交歓
��ジェリー・ルイスの身障児センター訪問
�灰妊�ズニーランド遊覧
��米国・プロ野球での始球式
��アーリントン国立墓地への墓参
だが、
「結局、電通が企画した大平首相のアメリカでの�爛ぅ戰鵐鉢瓩如△錣困�に陽の目をみたのは、大平首相が、『タイム』誌ならぬ『ニューズウイーク』誌の表紙に登場したことぐらいだった。ただし極東版だけである。」（同書）
一見して、たわいもない企画のように見える。関係者の間でも、新聞や雑誌の紙面を買ったり、テレビの番組で首相のPRをしたりすることが不評だったという。
だが、企画する側には確固たる自信があるようだ。自民党総裁選についての企画は、「三十億円あれば、イメージづくりして、だれでも総裁にすることができるというもの」（元総理府参事官、現広告会社幹部）（同書）だったという。
一つ一つはたわいもない企画でも、どう演じられ、どう報道されるかで、まったく違う効果が生まれる。テレビで評判になったCMなども、ちょっと距離をおいてみると、まことにたわいない。その、対極にあるのが、風評被害に関して政府関係者がおこなう「食べるパフォーマンス」だろう。
話がわき道にそれるが、1979年10月の合成洗剤追放阻止キャンペーンに関する記述が同書にあったので触れておく。そのとき、日本石鹸洗剤工業会は、「もしも洗剤が使えなくなったら…」という意見広告を全国紙5紙と中日・聖教の7紙の新聞に掲載したという（日本石鹸洗剤工業会のHP）。どこかで見たようなコピーだ。
話を元に戻す。
前回のブログ記事で触れた、『デジタルサイネージ戦略』（中村伊知哉・石戸奈々子著2010年4月26日発行）に次のような記述があった。【実地検証を行いながら、よりよい環境を模索する】（イオンアイビス株式会社）の章に、
「通常、レジ周辺には紙のPOPが氾濫しています。これをタイムリーに更新するにはメンテナンスコストがかかるし、紙の無駄にもなる。また、現状の運用は閉店後か開店前に張り替えを行っているため、情報は1日1度しか替えられないことになります。一方、サイネージの場合、レジ待ち中に確実にヒットさせるために、5分に一度の露出になるように編成して、1ロール5分のうち広告195秒（15秒×13枠）、情報105秒（15秒×7枠）の割合となっています。レジでの出口調査では、サイネージを見た人が36・2％、そのうち商品を買ってみたいと思った人が81・5％にも上りました。さらに、商品の中でも、サイネージの効果が出やすいものとそうではないものがあることが、この調査で分かりました。お菓子など嗜好性の高い商品では効果が得られやすく、サイネージ設置後、売り上げが5倍に増えた商品もあります。」（同書）
とあった。細かい設定をした効果のほどはわからないが、状況によっては印象付けの機能がうまれるはずだ。
読売新聞世論調査に「次の首相としてふさわしい……」が登場したのはいつごろだろうか。
ありがたいことに、読売のサイトには過去の世論調査のデータが載っている。
以下、二回の世論調査の関連する質問部分だけあげてみた。当時は「質問と回答」と解説が混在していた。
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■読売新聞（1979年12月15日）世論調査 「自民抗争劇」に厳しい目
問5 あなたは、現在の日本の総理大臣として、だれが最も望ましいと思いますか。実際に今すぐなれるかどうかは別にして、次にあげる人たちの中から1人だけあげて下さい。
答え
飛鳥田一雄 7.2 田 英夫 2.1
安倍晋太郎 0.7 中川 一郎 1.8
大平 正芳 8.7 中曽根康弘 10.4
河野 洋平 2.0 福田赳夫 6.2
河本 敏夫 1.4 三木 武夫 3.9
佐々木良作 1.4 宮沢 喜一 2.6
竹入 義勝 2.9 宮本 顕治 1.1
竹下 登 0.7 その他 1.8
田中 角栄 5.8 答えない 39.3
【５ 人気】
トップ中曽根、2位大平氏／自民支持層では順位逆転
首相指名選挙の結果、大平首相が再選されたが、本社世論調査で明らかなように、国民の間には、大平退陣を望む声がかなり強かった。そこで同調査は、「現在の日本の総理大臣として、だれが最も望ましいか」を尋ねた。
それによると、トップは、自民党・元幹事長の中曽根康弘氏で10・4％。リストに挙げた十六人の各党指導者らに「支持」が分かれたうえ、無回答が39・3％と、十人のうち四人にものぼったので、それぞれの「支持率」は低い。
二位は大平首相で8・7％、三位は飛鳥田一雄・社会党委員長で7・2％。
先の総選挙後、八〇年代には、連合政権の発足が必至という見方が強まっているが、その場合も核となるのは現在の自民党か、その�猜�裂細胞�瓩箸い�考え方が識者の間でも多い。恐らくこうしたことが影響しているのだろうが、政権党の実力者中曽根氏と現首相で首相像にプラスイメージのある大平首相が上位一、二位を占める結果が出た。
中曽根、大平氏について自民党支持者の回答を見ると、大平氏16・1％、中曽根氏14・8％と二人の順位は逆転する。中曽根氏の方が大平氏より国民的人気はあるが、自民党支持を表明する人たちには同党員が多いという前提で今回の調査結果から推測すると、自民党員だけが投票権を持つ来年暮れの総裁予備選では、今のところ大平首相（総裁）が優位に立っているということになる。
野党第一党の党首・飛鳥田氏が三位に食い込んだのは、社会党支持者が33・1％という高率で首相として望ましいとしたことが響いた。祉会党支持者が「万年野党」にあきたらず、社会党を政権の座につけたいと願望していることの表れとも受け取れよう。
第四位は福田前首相で6・2％。首相当時も内閣支持率は低迷を続けたが、自民党の政権抗争劇で、大平退陣を迫る反主流の代表にかつがれて首相指名選挙に臨んだ後も、個人的人気は今一つわかないようだ。
第五位は田中元首相で5・8％。ロッキード裁判の被告の身でありながら、自民党支持者の間の人気は根強く、8・7％にのぼる。社会党支持者（4・6％）、公明（2・3％）、共産（2・5％）、民社（6・3％）と、野党支持者の間に田中元首相を首相の最適任者とする見方がわずかながらとはいえあることは、どう解釈したらいいのか。興味深い。（新自ク、社民連はゼロ）。
第六位以下は、三木元首相3・9％、竹入公明党委員長2・9％、宮沢元外相2・6％、田社民連代表2・1％、河野前新自ク代表2・0％、中川元農相1・8％、河本前自民党政調会長1・4％、佐々木民社党委員長1・4％、宮本共産党委員長1・1％、安倍自民党政調会長0・7％、竹下蔵相0・7％の順。
【調査の方法】
この調査は、去る8日付朝刊紙面に掲載した内閣・政党支持率の調査と同時に実施したもので、全国の有権者から層化多段無作為抽出法で選んだ三千人（二百五十地点）を対象に、12月1、2の両日、調査員が個別に面接して行った。転居・旅行・病気などで面接できなかった人を除く二千二百二十五人から回答を得た（回収率74％）。
回答者の内訳は、男48％、女52％▽20代18％、30代26％、40代23％、50代18％、60代11％、70歳以上4％▽大都市（東京23区と政令指定都市）17％、中都市（有権者10万人以上の市）29％、小都市（有権者10万人未満の市）28％、町村26％。
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■読売新聞世論調査（1980年7月26日）
【自民総裁レース】
★自民党が衆参両院共に過半数を占めたので、次の首相は自民党から選ばれることになります。あなたは、どの人が最も望ましいと思いますか。次の中から１人だけあげて下さい。
・安倍晋太郎 1.4 ・中曽根康弘 12.9
・江崎 真澄 0.4 ・灘尾 弘吉 0.4
・海部 俊樹 1.2 ・福田 赳夫 2.6
・河本 敏夫 7.2 ・前尾繁三郎 0.3
・小坂徳三郎 0.5 ・三木 武夫 1.5
・鈴木 善幸 24.7 ・宮沢 喜一 6.1
・竹下 登 1.0 ・その他 2.0
・中川 一郎 1.3 ・答えない 36.5
【ニューリーダーいまだ非力】
ダブル選挙後、最大の焦点となった後継レース。中曽根康弘、河本敏夫、宮沢喜一の三氏の争い、とみられていた中、鈴木善幸氏が浮上、あれよあれよという間に自民党総裁、首相の座を射留めてしまったわけだが、国民は、だれが首相になればよいと考えていたか――。
今回の調査は、すでに、「鈴木後継」が本決まりとなっていた今月十二、十三日に行われただけに、鈴木氏が約四分の一の支持を集めて第一位。当初の「エッ？鈴木さんが？」という唐突感も日に日に積み重ねられる既成事実を前に、急速に薄れていく実態が、浮き彫りにされた格好だ。
今回の調査結果を、昨年十二月、読売新聞社が行った「望ましい首相候補」についての世論調査結果と見比べると、この半年間の流れが明確になる。
一つは、中曽根、河本、宮沢三氏の力関係。十二月調査には、野党各党首らも選択肢（し）に入っていたため、単純な数字の比較はできないが、同調査時点では、中曾根10％、宮沢2％、河本1％の順であったことを考えると、今回の調査に至るまでの河本氏の健闘ぶりは明らか。
また十二月調査では、福田6％、三木3％と、いずれも宮沢、河本両氏を上回っていた二人の首相経験者のちょう落ぶりも、目を引く。「三角大福時代」の終幕を印象づけている。
ただ、これに続くべき�爛縫紂璽蝓璽澄辞畚�氏の非力ぶりも、また確かで、世代交代いまだ通し、といったところか。
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――これらの調査は三〇年ほど前に行われた。「答えない」という答えが４割に近い。現代の世論調査は電話が主体だが、三〇年前は調査員による個別面接方式だった。回収率約70％で、はるかに多い。自分も調査員をやった経験があるが、協力的な人が多かった。メディアに対する信頼度が比較にならないほど高かったようだ。
ただし、現在でもこういうイベント的な感じの記事は多い。
■次の首相本命不在のレース 枝野、前原、野田、自民なら石破（J-CASTニュース2011年6月3日）（検索可）
■政策通、発言慎重で「面倒見良い」 「ポスト菅」野田財務相の素顔（J-CASTニュース2011年6月10日）（検索可）
――それに対して、「週刊ポスト」が上杉隆氏による枝野氏に対する批判記事を載せている。上杉氏は、結びの段落で「印象操作の一つ」という指摘をしている。
■上杉隆氏 ウソと情報隠蔽で国民騙した枝野長官の責任は重い（週刊ポスト2011年6月24日号）（検索可）
（前略）
本人に悪意はなく単に能力の問題なのだろうが、3か月間にわたってウソと情報隠蔽で国民を騙してきた枝野氏の、結果責任は重い。だからこそ私は、即時辞任を求めているわけだが、これが既存メディアの手にかかると次期首相候補になってしまう。
記者クラブは、「これは自分たちの意見でなく、世論調査の結果、国民の声だ」というかもしれないが、読売の電話による世論調査では、「次の首相には、誰が最もふさわしいと思いますか。次に読みあげる11人の中から、1人だけ選んで下さい」との設問の後に、「1、枝野幸男」と彼の名前が筆頭に来ている（ちなみに2が岡田克也幹事長）。世論調査においては、一番初めの選択肢が選ばれやすくなる傾向があり、これも印象操作の一つなのだ。他の既存メディアにしても、彼への批判はほとんど見られない。（上杉氏による記事の結びの部分）
【その４】 東電役員報酬返上のパーセント議論――追記
前回ブログ記事で「収入は報酬だけとは限らない。役員報酬も実態がわからないようにできている。」と書いたが、やはり、という記事があった。社外取締役や社外監査役を兼任、ということらしい。こういうのを一般の新聞がなぜ調査して報道しないのか。
■東電役員報酬返上というが兼職で報酬１千万円超も 関連会社役員に１４人（2011年6月28日 しんぶん赤旗）（検索可）
目次
【その１】 社説のような世論調査
【その２】 日本世論調査協会倫理綱領実践規程
【その３】 イベント仕立ての世論調査
【その４】 東電役員報酬返上のパーセント議論――追記
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【その１】 社説のような世論調査
――「社説のような」の意味するところは、各新聞社や通信社が行っている世論調査の「質問」をみれば、その新聞社が主張することがおおよそわかるということだ。社説や解説記事がストレートに表現していることを補完するといってもよい。新聞を読むときには、一般的にはまず「解説記事」に目を通して、興味のある「質問」の数値を確認して終わりだろう。「質問」に至っては読み飛ばすだけの人が多いはずだ。記憶に残るのは「回答」の数値（％）でしかない。
たとえば、読売新聞の社説ではこうなる。見出しだけでどういう主張か、わかる。
■原発再稼働混乱 首相は電力「危機」を直視せよ（2011年7月8日・読売社説）（検索可）
電力危機だから原発を再稼働せよ、というのだ。かりにも一千万部近い発行部数を誇る新聞社ならば、原発の安全性に確固たる根拠があるという前提での主張に違いない。聞きたいのは電力危機ではない。安全性の根拠だ。
■玄海原発 再開へ首相自ら説得にあたれ（2011年7月6日 読売新聞社説）（検索可）には、
「政府の指示で、九州電力は地震や津波による電源喪失など、過酷事故への安全対策を実施した。その上で、海江田経済産業相が原発の運転再開に『国が責任を持つ』と確約し、突破口が開けた。
（４段落省略）
玄海原発の再開を実現させて、「次」につなげることが重要である。他の原発でも、地元の自治体から同意を得るための追い風となるだろう。」（以下省略 同社説）
と書いている。つまり、なし崩し的にやってしまえというのだ。何か事故があっても「国が責任を持つ」から、新聞社としての責任はないとでもいうのか。同じ新聞でも東京新聞の社説は再稼動に批判的だ。
■【社説】原発テスト 再稼働の思惑が透ける（東京新聞 2011年7月12日）（検索可）
「現行の定期検査で安全は確認されており、あとはどれだけ“ゆとり”があるかを、簡単に確かめる。本格評価は先送りするとも取れる考え方だ。」（同社説）
と指摘している。
さて、読売新聞の世論調査ではどういう「質問」になっているか。
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■読売新聞（2011年7月1〜3日）「内閣・政党支持と関連問題 2011年7月電話全国世論調査」の一部。（全文検索可）
Ｑ 日本の電力の３割近くは原子力発電でまかなっていました。今後、国内の原子力発電所をどうすべきだと思いますか。次の４つの中から、１つだけ選んで下さい。
答 1. 増やすべきだ 2
2. 現状を維持すべきだ 29
3. 減らすべきだ 46
4. すべてなくすべきだ 19
5. その他 0
6. 答えない 4
Ｑ 現在、定期検査で運転を停止している原子力発電所について、政府は、安全対策がとれた原発の運転再開を求めています。原発の運転再開に、賛成ですか、反対ですか。
答 1. 賛成 42
2. 反対 48
3. 答えない 10
Ｑ 今回の災害復興の財源とするため、増税を行うことに、賛成ですか、反対ですか。
答 1. 賛成 53
2. 反対 41
3. 答えない 6
ＳＱ【前問の答えが(1)の人だけ】
災害復興のために増税を行う場合、消費税、所得税、法人税の３つのうち、どれを中心に引き上げるのがよいと思いますか。１つだけ選んで下さい。
答 1. 消費税 59
2. 所得税 18
3. 法人税 19
4. その他 0
5. 答えない 4
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――これらの「質問」で理由や根拠となっている前半部分は不必要だ。毎日新聞でも同様だ。奇妙に前半の質問部分が類似しているものがある。
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■毎日新聞世論調査 ◇全国世論調査の質問と回答◇（2011年7月4日）の一部。（検索可）
（注）数字は％、小数点以下を四捨五入。０は０．５％未満、−は回答なし。無回答は省略。カッコ内の数字は前回６月４、５日の調査結果。
（筆者注：数値は ［全体（前回） 男性 女性の順］）
◆震災前、日本の電力の約３割が原子力発電によって賄われていました。原子力発電に頼っている日本のエネルギー政策をどう思いますか。
・やむを得ない ３０ ３９ ２３
・原発は減らすべきだ ４５ ４１ ４８
・原発は全て廃止すべきだ １７ １４ １９
◆日本の原子力発電所のうち、定期検査で運転を停止している原発の運転を再開することに賛成ですか。
・賛成 ３７ ５１ ２７
・反対 ５１ ４１ ５８
◆風力や太陽光など自然エネルギーの利用を増やすことで、電気料金が値上がりすることを容認できますか。
・できる ６０ ６０ ６１
・できない ３１ ３５ ２８
◆震災被災地復興の財源確保のため増税することに賛成ですか。
・賛成 ５３ ５７ ５０
・反対 ３８ ３８ ３８
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――ところで、共同通信の世論調査に載っているはずの「質問と回答」（「世論調査の結果と方法」）が検索できなくなってしまった。インターネット上では、検索不能＝存在しない、と考えざるを得ない。やむなく前回の世論調査（2011年6月4日 東京新聞）と同様に、今回も東京新聞の「世論調査の詳報」で質問内容を確認した。
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■共同通信世論調査−東京新聞（2011年6月30日）
【世論調査の詳報】
▽調査の方法＝全国の有権者を対象に28、29両日、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけるRDD（ランダム・デジット・ダイヤリング）法で実施した。実際に有権者がいる世帯にかかったのは1441件、うち1010人から回答を得た。東日本大震災の被災地のうち、岩手、宮城、福島の3県で被害の大きかった一部地域は調査対象から除いた。
▽調査結果（数字は％、カッコ内は前回2、3両日調査）
――「注」
問1〜問4は、内閣および政党支持率関連の質問。
問5〜問7は人事関連の質問。
問8〜問9は退陣に関する質問。
問12は衆院解散・総選挙について。
【以下引用】
問10 政府の東日本大震災「復興構想会議」は、復興財源を確保するため所得税、法人税、消費税の「基幹税」を中心とする臨時増税を提言しました。あなたは臨時増税に賛成ですか、反対ですか。
・賛成 10.3
・どちらかといえば賛成 37.3
・どちらかといえば反対 25.8
・反対 23.6
・分からない・無回答 3.0
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――次の世論調査の解説記事は、見出しが「『大連立賛成』44％に」となっている。
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■共同通信世論調査（2011年6月4日 東京新聞）
「小沢氏派評価せず」89％
世論調査 首相進退は拮抗
共同通信社が二、三両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、内閣不信任決議案に賛成する意向を表明するなど菅直人首相や民主党執行部と対立してきた小沢一郎元代表支持派議員の行動を「評価しない」とする回答が89・4％に達し、圧倒的な多数を占めた。
「大連立賛成」44％に
（中略）
▽調査の方法＝全国の有権者を対象に二日夕から三日にかけて、コンピューターで無作為に発生させた番号に電話をかけるRDD（ランダム・デジット・ダイヤリング）法で実施した。実際に有権者がいる世帯にかかったのは千四百三十五件、うち千八人から回答を得た。内閣不信任決議案否決を受けた二日夜の菅直人首相の記者会見をまたいで調査した。
東日本大震災の被災地のうち、岩手、宮城、福島の三県で被害の大きかった一部地域は調査対象から除いた。
【世論調査の詳報】――問６と問８以外は省略。
（数字は％、カッコ内は前回5月14、15両日調査）
問6 あなたは民主党と自民党の大連立政権になることに賛成ですか、それとも反対ですか。
・大連立に賛成 44.5
・大連立に反対 45.7
・分からない・無回答 9.8
問8 社会保障と税の一体改革を検討している政府の「集中検討会議」は、社会保障を支える安定的な財源を確保するため、消費税率を2015年度までに10％へ段階的に引き上げる案をまとめました。あなたは現在の消費税率5％を段階的に10％に引き上げることに賛成ですか、反対ですか。
・賛成 9.9
・どちらかといえば賛成 33.4
・どちらかといえば反対 28.7
・反対 26.7
・分からない・無回答 1.3
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――その一方で、■朝日新聞世論調査―質問と回答〈4月16、17日実施〉（asahi.com 2011年4月18日）（検索可）にある質問は、その後の政府閣僚の動きや九電の対応をみると核心を衝いている。
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【世論調査――質問と回答】（asahi.com 2011年4月18日）
◆福島第一原発以外の原子力発電所でも、大きな事故が起きる不安を、どの程度感じますか。（択一）
・大いに感じる ５０
・ある程度感じる ３８
・あまり感じない １０
・まったく感じない １
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――企業側でも原発リスクということを深刻に考え始めたのではないか。「もしもまた原発が……」ということだ。安定供給どころの話ではない。そのせいか、各経済週刊誌を読むと、エネルギー政策の方向転換を訴える記事が急増しているし、一部の新聞社でも同様の主張がみられる。
『日経ビジネス』（2009年10月5日号）では、すでに「新エネルギーの世紀」という見出しで、「2030年に使用されるエネルギーの設備容量の内訳」が載っている。（風力＝７％、太陽光＝３％、バイオマスと廃棄物＝２％、原子力＝６％）（参考：IEA : World Energy Outlook 2008 日本語版）（（検索可）
さらに注目したいのは、立論のもとになるデータ（※）が経済産業省などの政府発表から離れつつあることだ。出発点が政府の資料ならば結論はわかりきっている。財務省の消費税国際比較データ（日本＝５％）と同じだ。
※原子力＝5.3に対して水力＝11.9、太陽光＝49（円／KW時）（経済産業省出所によるコスト比較のグラフ）
（例：電気事業連合会：電源別発電コストの比較）
http://www.fepc.or.jp/faq/1189748_1457.html
――次のような記事も載るようになった。
■エネルギー政策の「脱原発」志向 経済界も例外ではない！？（毎日新聞 2011年7月6日 東京夕刊）（検索可）
「原発の発電コストは、使用済み核燃料の処理費用などを含めれば決して安くないし、福島のような事故リスクもある。国の保護がない民間ベースなら融資する銀行は一つもないでしょう。メーンバンクは会社に強い影響力を持つ。電力会社のメーンバンクも、日本のあり方を考えた行動をしてもらえれば」（吉原毅・城南信用金庫理事長）（同記事）
■東電の悪夢、問われる原発の合理性 吹き飛んだ２兆7000億円弱（日経 2011年4月12日 安西巧産業部編集委員）（検索可）
という記事を読んだ方もいると思うが、『日本経済新聞』は、すでに1996年1月26日の記事で原子力の発電コストが他に比べて安くはないと指摘しているという。
■『これから起こる原発事故』（別冊宝島 2000年1月15日発行）のかこみ記事＝「原子力でつくられる電気は決して安くない」（粥川準二記者）
はたして原子力発電は、火力発電や水力発電などに比べて、経済的な発電手段なのだろうか？
『日本経済新聞』一九九六年一月二十六日付は、「かつて割安といわれた原子力の発電コストは一ドル＝一二四円の為替水準で一キロワット時約九円。LNGと同水準で、石油、石炭とも一円の差しかない」と指摘した。LNGとは、液化天然ガスのことである。この為替レートは、資源エネルギー庁が年四回発行している『原子力発電関係資料』の平成十一年三月版でも採用されており、同じ数字を確認できる（表� 畩蔑�）。同紙記事は次のように続ける。「円高メリットが相対的に大きいLNG、石炭などは一〇〇円前後の為替水準では原子力より確実にコスト安といえる」。一ドル＝一二四円の円安時代の為替レートで計算された数字がこうだとしたら、一ドル＝一〇三円（12月1日現在）では、どうだろうか？
つけ加えておけば、この数字には送電コストは含まれていない。原発は危険だから遠隔地に建設しなければならないならば、送電線の建設費など送電コストも原発のコストに含まれるべきだろう。（冒頭より引用 以下省略）
――さらに事故の処理にかかる費用を加えれば、コストは気の遠くなるような額になるだろう。読売新聞が躍起になって主張する本当のところは、税金を使って国の保証で原発を再開せよということか。それなら話はすっきりしてわかりやすい。何があっても絶対に儲かるからだ。「国の保護がない民間ベース」（吉原毅・城南信用金庫理事長）で再開しろというのではないのだ。
【その２】 日本世論調査協会倫理綱領実践規程
――インターネットは自立したメディアである。したがって、結果としての数値だけ載せるのはおかしい。全情報を掲載するか掲載しないかのどちらかだ。
世論調査協会という組織がある。すでにネット上でこの問題を指摘している方もいるのでそちらも見てほしいのだが、その「日本世論調査協会倫理綱領実践規程」の「４」には、次のように書いてある。
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4. 調査の報告書には、次の事項を明記しなければならない。
イ）調査の目的
ロ）調査の依頼者と実施者の名称
ハ）母集団の概要
ニ）サンプリング・デザイン
ホ）標本数
ヘ）調査の実施時期
ト）データの収集方法
チ）回収率
リ）質問票
（世論調査協会HPより）（検索可）
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――また、【団体会員名簿】（平成21年4月現在）には、各新聞社、テレビ局、さらに共同通信社や電通、博報堂ＤＹ、ビデオリサ−チが載っており、役員名には、朝日、日本放送協会放送文化研究所、社団法人日本新聞協会、読売、毎日や個人会員にまじって、共同通信や日経リサーチも名を連ねている。
共同通信は、2010年の前半には「世論調査の結果と方法」を見やすいところに掲載していた。アクセスする人が多ければ自然と検索可能になるかもしれない。
【その３】 イベント仕立ての世論調査
――数社の新聞にイベント仕立ての世論調査がある。しかし、意中の人でもあれば、その人の数値くらいは見るかもしれないが、とても全員の数値を見る気はしないだろう。数値自体が無意味だ。それでも繰り返す。特に読売新聞は執拗だ。その意図は不明（推測は可能）だ。
以下は、参考として載せておく。（うんざりした方は読み飛ばしてください。）
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■産経・ＦＮＮ合同世論調査「質問と回答」（産経新聞 2011年5月30日）（検索可）
【問】今、日本の首相にふさわしいのは
枝野幸男 １０．０（８．０）
岡田克也 ４．２（４．８）
小沢一郎 ８．４（９．２）
海江田万里 １．１（０．６）
菅直人 ５．６（４．４）
玄葉光一郎 ０．６（０．７）
仙谷由人 ０．６（０．５）
野田佳彦 ０．７（‐）
前原誠司 ７．６（４．６）
蓮舫 ２．１（２．１）
亀井静香 １．０（１．５）
その他の与党議員 １．０（２．２）
石破茂 ６．３（７．１）
石原伸晃 ２．６（３．５）
谷垣禎一 １．９（２．９）
渡辺喜美 ３．１（２．７）
舛添要一 ２．６（５．０）
その他の野党議員 ４．５（４．６）
ふさわしい人はいない ３０．２（３０．６）
他 ５．９（５．０）
■日本経済新聞世論調査 質問と回答（2011年2月27日）
Ｑ10．今後、日本の政治に影響力を発揮してほしいと思う政治家はだれですか。次の中から１人だけお答え下さい。（敬称略）
菅直人 5 (6)
枝野幸男 4 (−)
岡田克也 8 (9)
小沢一郎 4 (4)
野田佳彦 1 (−)
前原誠司 11 (15)
谷垣禎一 4 (2)
石破茂 7 (8)
石原伸晃 9 (8)
渡辺喜美 10 (8)
舛添要一 8 (12)
その他 6 (7)
いえない・わからない 22 (19)
■共同通信世論調査（2011年6月4日 東京新聞）
問5 あなたは次の首相にふさわしいのは誰だと思いますか。（敬称略、五十音順）
石原伸晃 9.9
石破茂 13.3
枝野幸男 10.7
岡田克也 10.3
小沢一郎 4.1
玄葉光一郎 1.5
仙谷由人 0.9
谷垣禎一 7.6
野田佳彦 1.7
前原誠司 11.3
その他の人 4.1
分からない・無回答 24.6
■共同通信世論調査−東京新聞（2011年6月30日）
問11 菅首相の次の首相には、新しく選ばれる民主党代表が就任する見通しです。あなたは次の民主党代表に誰がふさわしいと思いますか。（敬称略、五十音順）
枝野幸男 19.2
岡田克也 11.9
小沢鋭仁 2.3
鹿野道彦 1.4
玄葉光一郎 1.0
仙谷由人 2.5
樽床伸二 0.6
野田佳彦 5.3
原口一博 6.7
前原誠司 20.8
馬淵澄夫 0.7
その他の人 1.7
分からない・無回答 25.9
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――読み通す気力が起こっただろうか。いずれの場合でも４分の１ほどの人が「いえない・わからない・無回答」になっている。回答拒否だ。それにもかかわらず新聞社側が行うのにはそれなりの理由があってのことだ、と思いたい。
■電通（田原総一朗著）（昭和59年1月20日発行）によると、
1979年3月20日、電通スタッフが首相官邸で提出した企画書に次のような記述があるという。
「この広報企画は日本国の顔である大平首相のパーソナリティーを、あらゆる階層のアメリカ国民に親しみをもって理解してもらうことを第一目的とし、第二にはこれにかかわるニュースが日本で報道されることを通じ、日本国民の好意と支持を得る効果を狙ってのことであります」（同書）
――その企画内容は次の通りだという。
�‖臺深鸛蠅離灰蹈鵐咼�大学での記念講演会
�◆屮織ぅ燹彁錣離�バー・ストーリーへの登場
�Ａ簡謄優奪肇錙璽�テレビ人気番組に出演
�ぢ臺深鸛蠅鮗臧个箸垢襯�ャサリン・グラハム女史主催のパーティー
�ゼ鸛蠎膾鼎糧媚漸颪任瞭�本人によるバロック演奏
�ζ�系宇宙飛行士との激励会見
�Д曠錺ぅ肇魯Ε垢任領簑�庫をめぐる両夫人の対話
�┘�ーター大統領令嬢との交歓
��ジェリー・ルイスの身障児センター訪問
�灰妊�ズニーランド遊覧
��米国・プロ野球での始球式
��アーリントン国立墓地への墓参
だが、
「結局、電通が企画した大平首相のアメリカでの�爛ぅ戰鵐鉢瓩如△錣困�に陽の目をみたのは、大平首相が、『タイム』誌ならぬ『ニューズウイーク』誌の表紙に登場したことぐらいだった。ただし極東版だけである。」（同書）
一見して、たわいもない企画のように見える。関係者の間でも、新聞や雑誌の紙面を買ったり、テレビの番組で首相のPRをしたりすることが不評だったという。
だが、企画する側には確固たる自信があるようだ。自民党総裁選についての企画は、「三十億円あれば、イメージづくりして、だれでも総裁にすることができるというもの」（元総理府参事官、現広告会社幹部）（同書）だったという。
一つ一つはたわいもない企画でも、どう演じられ、どう報道されるかで、まったく違う効果が生まれる。テレビで評判になったCMなども、ちょっと距離をおいてみると、まことにたわいない。その、対極にあるのが、風評被害に関して政府関係者がおこなう「食べるパフォーマンス」だろう。
話がわき道にそれるが、1979年10月の合成洗剤追放阻止キャンペーンに関する記述が同書にあったので触れておく。そのとき、日本石鹸洗剤工業会は、「もしも洗剤が使えなくなったら…」という意見広告を全国紙5紙と中日・聖教の7紙の新聞に掲載したという（日本石鹸洗剤工業会のHP）。どこかで見たようなコピーだ。
話を元に戻す。
前回のブログ記事で触れた、『デジタルサイネージ戦略』（中村伊知哉・石戸奈々子著2010年4月26日発行）に次のような記述があった。【実地検証を行いながら、よりよい環境を模索する】（イオンアイビス株式会社）の章に、
「通常、レジ周辺には紙のPOPが氾濫しています。これをタイムリーに更新するにはメンテナンスコストがかかるし、紙の無駄にもなる。また、現状の運用は閉店後か開店前に張り替えを行っているため、情報は1日1度しか替えられないことになります。一方、サイネージの場合、レジ待ち中に確実にヒットさせるために、5分に一度の露出になるように編成して、1ロール5分のうち広告195秒（15秒×13枠）、情報105秒（15秒×7枠）の割合となっています。レジでの出口調査では、サイネージを見た人が36・2％、そのうち商品を買ってみたいと思った人が81・5％にも上りました。さらに、商品の中でも、サイネージの効果が出やすいものとそうではないものがあることが、この調査で分かりました。お菓子など嗜好性の高い商品では効果が得られやすく、サイネージ設置後、売り上げが5倍に増えた商品もあります。」（同書）
とあった。細かい設定をした効果のほどはわからないが、状況によっては印象付けの機能がうまれるはずだ。
読売新聞世論調査に「次の首相としてふさわしい……」が登場したのはいつごろだろうか。
ありがたいことに、読売のサイトには過去の世論調査のデータが載っている。
以下、二回の世論調査の関連する質問部分だけあげてみた。当時は「質問と回答」と解説が混在していた。
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■読売新聞（1979年12月15日）世論調査 「自民抗争劇」に厳しい目
問5 あなたは、現在の日本の総理大臣として、だれが最も望ましいと思いますか。実際に今すぐなれるかどうかは別にして、次にあげる人たちの中から1人だけあげて下さい。
答え
飛鳥田一雄 7.2 田 英夫 2.1
安倍晋太郎 0.7 中川 一郎 1.8
大平 正芳 8.7 中曽根康弘 10.4
河野 洋平 2.0 福田赳夫 6.2
河本 敏夫 1.4 三木 武夫 3.9
佐々木良作 1.4 宮沢 喜一 2.6
竹入 義勝 2.9 宮本 顕治 1.1
竹下 登 0.7 その他 1.8
田中 角栄 5.8 答えない 39.3
【５ 人気】
トップ中曽根、2位大平氏／自民支持層では順位逆転
首相指名選挙の結果、大平首相が再選されたが、本社世論調査で明らかなように、国民の間には、大平退陣を望む声がかなり強かった。そこで同調査は、「現在の日本の総理大臣として、だれが最も望ましいか」を尋ねた。
それによると、トップは、自民党・元幹事長の中曽根康弘氏で10・4％。リストに挙げた十六人の各党指導者らに「支持」が分かれたうえ、無回答が39・3％と、十人のうち四人にものぼったので、それぞれの「支持率」は低い。
二位は大平首相で8・7％、三位は飛鳥田一雄・社会党委員長で7・2％。
先の総選挙後、八〇年代には、連合政権の発足が必至という見方が強まっているが、その場合も核となるのは現在の自民党か、その�猜�裂細胞�瓩箸い�考え方が識者の間でも多い。恐らくこうしたことが影響しているのだろうが、政権党の実力者中曽根氏と現首相で首相像にプラスイメージのある大平首相が上位一、二位を占める結果が出た。
中曽根、大平氏について自民党支持者の回答を見ると、大平氏16・1％、中曽根氏14・8％と二人の順位は逆転する。中曽根氏の方が大平氏より国民的人気はあるが、自民党支持を表明する人たちには同党員が多いという前提で今回の調査結果から推測すると、自民党員だけが投票権を持つ来年暮れの総裁予備選では、今のところ大平首相（総裁）が優位に立っているということになる。
野党第一党の党首・飛鳥田氏が三位に食い込んだのは、社会党支持者が33・1％という高率で首相として望ましいとしたことが響いた。祉会党支持者が「万年野党」にあきたらず、社会党を政権の座につけたいと願望していることの表れとも受け取れよう。
第四位は福田前首相で6・2％。首相当時も内閣支持率は低迷を続けたが、自民党の政権抗争劇で、大平退陣を迫る反主流の代表にかつがれて首相指名選挙に臨んだ後も、個人的人気は今一つわかないようだ。
第五位は田中元首相で5・8％。ロッキード裁判の被告の身でありながら、自民党支持者の間の人気は根強く、8・7％にのぼる。社会党支持者（4・6％）、公明（2・3％）、共産（2・5％）、民社（6・3％）と、野党支持者の間に田中元首相を首相の最適任者とする見方がわずかながらとはいえあることは、どう解釈したらいいのか。興味深い。（新自ク、社民連はゼロ）。
第六位以下は、三木元首相3・9％、竹入公明党委員長2・9％、宮沢元外相2・6％、田社民連代表2・1％、河野前新自ク代表2・0％、中川元農相1・8％、河本前自民党政調会長1・4％、佐々木民社党委員長1・4％、宮本共産党委員長1・1％、安倍自民党政調会長0・7％、竹下蔵相0・7％の順。
【調査の方法】
この調査は、去る8日付朝刊紙面に掲載した内閣・政党支持率の調査と同時に実施したもので、全国の有権者から層化多段無作為抽出法で選んだ三千人（二百五十地点）を対象に、12月1、2の両日、調査員が個別に面接して行った。転居・旅行・病気などで面接できなかった人を除く二千二百二十五人から回答を得た（回収率74％）。
回答者の内訳は、男48％、女52％▽20代18％、30代26％、40代23％、50代18％、60代11％、70歳以上4％▽大都市（東京23区と政令指定都市）17％、中都市（有権者10万人以上の市）29％、小都市（有権者10万人未満の市）28％、町村26％。
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■読売新聞世論調査（1980年7月26日）
【自民総裁レース】
★自民党が衆参両院共に過半数を占めたので、次の首相は自民党から選ばれることになります。あなたは、どの人が最も望ましいと思いますか。次の中から１人だけあげて下さい。
・安倍晋太郎 1.4 ・中曽根康弘 12.9
・江崎 真澄 0.4 ・灘尾 弘吉 0.4
・海部 俊樹 1.2 ・福田 赳夫 2.6
・河本 敏夫 7.2 ・前尾繁三郎 0.3
・小坂徳三郎 0.5 ・三木 武夫 1.5
・鈴木 善幸 24.7 ・宮沢 喜一 6.1
・竹下 登 1.0 ・その他 2.0
・中川 一郎 1.3 ・答えない 36.5
【ニューリーダーいまだ非力】
ダブル選挙後、最大の焦点となった後継レース。中曽根康弘、河本敏夫、宮沢喜一の三氏の争い、とみられていた中、鈴木善幸氏が浮上、あれよあれよという間に自民党総裁、首相の座を射留めてしまったわけだが、国民は、だれが首相になればよいと考えていたか――。
今回の調査は、すでに、「鈴木後継」が本決まりとなっていた今月十二、十三日に行われただけに、鈴木氏が約四分の一の支持を集めて第一位。当初の「エッ？鈴木さんが？」という唐突感も日に日に積み重ねられる既成事実を前に、急速に薄れていく実態が、浮き彫りにされた格好だ。
今回の調査結果を、昨年十二月、読売新聞社が行った「望ましい首相候補」についての世論調査結果と見比べると、この半年間の流れが明確になる。
一つは、中曽根、河本、宮沢三氏の力関係。十二月調査には、野党各党首らも選択肢（し）に入っていたため、単純な数字の比較はできないが、同調査時点では、中曾根10％、宮沢2％、河本1％の順であったことを考えると、今回の調査に至るまでの河本氏の健闘ぶりは明らか。
また十二月調査では、福田6％、三木3％と、いずれも宮沢、河本両氏を上回っていた二人の首相経験者のちょう落ぶりも、目を引く。「三角大福時代」の終幕を印象づけている。
ただ、これに続くべき�爛縫紂璽蝓璽澄辞畚�氏の非力ぶりも、また確かで、世代交代いまだ通し、といったところか。
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――これらの調査は三〇年ほど前に行われた。「答えない」という答えが４割に近い。現代の世論調査は電話が主体だが、三〇年前は調査員による個別面接方式だった。回収率約70％で、はるかに多い。自分も調査員をやった経験があるが、協力的な人が多かった。メディアに対する信頼度が比較にならないほど高かったようだ。
ただし、現在でもこういうイベント的な感じの記事は多い。
■次の首相本命不在のレース 枝野、前原、野田、自民なら石破（J-CASTニュース2011年6月3日）（検索可）
■政策通、発言慎重で「面倒見良い」 「ポスト菅」野田財務相の素顔（J-CASTニュース2011年6月10日）（検索可）
――それに対して、「週刊ポスト」が上杉隆氏による枝野氏に対する批判記事を載せている。上杉氏は、結びの段落で「印象操作の一つ」という指摘をしている。
■上杉隆氏 ウソと情報隠蔽で国民騙した枝野長官の責任は重い（週刊ポスト2011年6月24日号）（検索可）
（前略）
本人に悪意はなく単に能力の問題なのだろうが、3か月間にわたってウソと情報隠蔽で国民を騙してきた枝野氏の、結果責任は重い。だからこそ私は、即時辞任を求めているわけだが、これが既存メディアの手にかかると次期首相候補になってしまう。
記者クラブは、「これは自分たちの意見でなく、世論調査の結果、国民の声だ」というかもしれないが、読売の電話による世論調査では、「次の首相には、誰が最もふさわしいと思いますか。次に読みあげる11人の中から、1人だけ選んで下さい」との設問の後に、「1、枝野幸男」と彼の名前が筆頭に来ている（ちなみに2が岡田克也幹事長）。世論調査においては、一番初めの選択肢が選ばれやすくなる傾向があり、これも印象操作の一つなのだ。他の既存メディアにしても、彼への批判はほとんど見られない。（上杉氏による記事の結びの部分）
【その４】 東電役員報酬返上のパーセント議論――追記
前回ブログ記事で「収入は報酬だけとは限らない。役員報酬も実態がわからないようにできている。」と書いたが、やはり、という記事があった。社外取締役や社外監査役を兼任、ということらしい。こういうのを一般の新聞がなぜ調査して報道しないのか。
■東電役員報酬返上というが兼職で報酬１千万円超も 関連会社役員に１４人（2011年6月28日 しんぶん赤旗）（検索可）
2011年06月05日
電力の使われ方――実態不明のままのパーセンテージ議論
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目次
【その１】 デジタルサイネージという媒体
【その２】 本当の消費電力は何ワット？
【その３】 仲間内しかわからない実態
【その４】 平城京の広告・看板と、江戸時代の引き札
【その５】 実態のわからないパーセント議論
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【その１】 デジタルサイネージという媒体
――東京へは、もう久しく足を踏み入れていない。
『デジタルサイネージ戦略』（中村伊知哉・石戸奈々子著 2010年4月26日発行）には、JR東日本・秋葉原駅の電気街口やJR駅構内の柱列の写真が載っている。柱の壁面にはことごとくデジタルサイネージ（電子看板）が光っている。
上記の本によると、2007年7月に「デジタルサイネージコンソーシアム」が設立されたという。これまた覚えにくい名称だ。わざわざ紹介することもないのだが、大手広告代理店が参加しているというので、どういうものか触れてみる。
「広告会社、ディスプレイメーカー、コンテンツ制作会社、通信会社など大小170社が参画し」「世界一のデジタルサイネージ大国」を目指す。目標は、2015年には1兆円規模の産業にするという。「2015年までに、すべての鉄道車両、駅、空港、商業施設、商店街、郵便局／ポスト、公衆電話をネットワークでつなぎ、サイネージ化する。」というのだ。
具体的には、「広告や情報の提供にとどまらず、壁、地面、噴水などをサイネージ化することで街をメディア化する。都市景観や風景を向上させたり、アートとして地域の価値を上げたりすることにも活用される。」（以上、引用はすべて同書より）ということらしい。
だが、液晶・プラズマという現段階での技術力による環境への負荷や、公共性をもつ空間に設置されるという点を考えると疑問符だらけだ。もちろん広告以外の用途を否定するものではないが。
こういう空間をどう思うかは生活する人の判断による。自分の場合は、自然そのものの方がはるかに心が落ち着く。風景とは何か、とういうことだ。
同書には、企業によるサイネージ評価も載っている。
■【グローバルな展開も視野に、サイネージのトータルサービスを目指す】 ピーディーシー株式会社
（前略）
「現行のサイネージ機器の一番の課題はモニターの重さだと考えています。薄型になっているとはいえ、ポスター程度の重量で簡単に壁に張れるようになってほしい。また、日本では設置コスト（人件費）のほうが機器代よりも高くなることも多く、設置コストをかけないデジタルサイネージが必要になってきます。電源も今の電気供給でなく、ソーラーパネルなどで自立的に供給できるようになると、設置できるロケーションは広がるでしょう。」（以下省略）
■【広告主も媒体を。自社メディアに重点を置いた戦略】 本田技研工業株式会社
（前略）
「お客様が求めている情報を必要なときに適切に渡す仕組みを整えるということです。サイネージはお客様が求めていない情報も含めて渡そうとする印象を受けますが、ホンダはその対極を目指しています。求められなければ渡さない。押しつければ逃げられます。購買につなげる一番の方法は、「何もしない」こと。消費者が自分の意思で動き、自分の意思で情報を集め、サービスを受けるときこそ、最も購買率が上がるのです。」（以下省略）
――本田技研の理念は、自分の情報受容に対する考えに近い。
成功例も載っている。「トレインチャンネル」というのは電車内にある画面のことだという。
■【試行錯誤を繰り返しながら成長する巨大マーケット】 株式会社ジェイアール東日本企画（jeki）
トレインチャンネルは、2002年の山手線への導入を皮切りに、現在では中央線と京浜東北線を合わせて合計1万6000個を数え、週にして延べ約5000万人が目にするメディアへと成長しました（写真28＝省略）。提供する情報を時間やエリアごとに区別したいというクライアントニーズは常にあり、サイネージはそのソリューションの一つでした。
（一段省略）
「デジタルポスターは、これまでに5駅に44面設置しています。現在、横浜駅と新橋駅での施工も進んでおり、3月には150面程度に増える予定です。デジタルポスターと既存の紙のポスターを比較すると、デジタルポスターのほうが「きれい」と回答した人が8割を超えています。また、「洗練されている」「目立つ」「印象に残る」と回答した人も6割を超えます。」（以下省略）
――デジタルポスターの場合には「画面切り替え時にチャイム音を鳴らしたり」（同書）することも考えているそうだ。まさか車内でやるとは思わないが、公共性の観念が薄い日本では、どこかが始めたら一斉に追随しそうだ。一応は、
「テレビであればチャンネルを替えたり、電源を切ったりという選択肢がありますが、電車の中では見ないわけにはいかない。公共スペースで配信するコンテンツのトーン、そしてマナーをテレビとは違う観点で考える必要があります。」（同書）
と書いてはあった。「鉄道広告の審査基準」というのがあるそうで、「公共スペースのマナー」と言いながら、公共スペースを私的（広告）に利用するのはかまわないらしい。
広告の場合に「洗練されている」とか「目立つ」とか「印象に残る」とかを目指すなら、テレビと同じ方向に進むしかない。サブリミナルという「技法」もあったし、フラッシュも何度となく繰り返されている。要は刺激的かつ印象的であればいい。
また、デジタルサイネージ自体が、現段階ではものめずらしさを訴えているだけで、他のメディアに依存している。テレビや新聞の報道がないと訴求力に欠ける。ものめずらしさだけならすぐに飽きられてしまうだろう。
前回のブログで次世代自販機（POS機能付きの大型タッチパネル画面を搭載した自販機）に触れておいたが、さらに調べてみたら2011年2月末時点で44 台設置されているという。
■36年ぶりの自販機革命（広岡延隆著）（日経ビジネス2011年1月3日号）
（前略）
「2010年末時点での次世代自販機の設置台数は品川駅と東京駅、渋谷駅、池袋駅で11台。今年3月までに計100台を東京近郊で展開し、2012年3月までに500台規模に増やす。そうなればさらに精緻なデータ収集が可能になる。」（同記事 以下省略）
■夢の飲料自販機 エキナカ本格展開へ（JR 東日本ウォータービジネス）pdf（検索可）
――この「夢の飲料自販機……」の記事を読むと、「高輝度の大型タッチパネルディスプレイ（サイズ：47 インチ、輝度：1,200cd）」に加えてWiMax（ワイマックス）を使ってコンテンツを配信しているとある。まるで電気を食いながら増殖していく怪物のようだ。これは2010年8月10日の記事である。
そうはいうものの電力使用量を確認せずに感覚だけで議論を進めると、思わぬ方向に結論が導かれることがある。一番確かなのは電力のメーターで確認すること。自販機業界などもいろいろ電力使用量の数値を出しているのだが、実際にマチナカにある駐車場のメーターなどを通りすがりに見ると、数値に納得がいかないものもある。目にしたのは３台つながっているもので他に電源を引く線は見えない。それでも一目でメーターが回転しているとわかった。
感覚の問題に戻るが、次の記事なども注意を要する。
■節電してもいい施設「動く歩道」６５％ ４００世帯調査（asahi.com 2011年6月1日）（検索可）
家のエアコンはいつもの半分で我慢するけれど、電車や商業施設の冷房を止めるのはやめて――。大手時計メーカーの「シチズンホールディングス」（東京）が首都圏と近畿圏に住む既婚の計４００世帯を対象にした「節電と生活時間」に関する意識調査で、こんな結果が浮かび上がった。
有効な節電対策でトップだったのは「エアコンの設定温度を上げる」（４４．３％）で、「ＬＥＤ照明への切り替え」（３６．５％）、「サマータイム制の導入」（３４．０％）より多かった。約８割が家でのエアコンの使用時間を短くすると回答。平均で一日６時間使っていたのを３時間ほど縮める、との結果になった。
街中で節電してもいい施設を聞いたところ、「動く歩道」（６４．８％）、「ネオンや店舗の広告灯」（６０．５％）を挙げる人が多かった。逆に「電車の空調」「商業施設の空調」はともに２．８％と少なかった。（同記事全文）
――さて、今回の地震の後、電力の使われ方はどうなったか。
■【緊急】サイネージ節電のご協力依頼（2011年3月12日 デジタルサイネージコンソーシアム）
には、「東京電力からの節電要望をふまえ、理事会で急遽検討の上デジタルサイネージコンソーシアムはサイネージ広告媒体協議会様と共同で災害情報を提供していないデジタルサイネージは使用を控えるよう、広くアピールをしていくことと致しました。」と載っている。
■東北地方太平洋沖地震に伴う自動販売機の一部休業および節電対策について（JR東日本ウォーター 2011年03月14日）
には、「東北地方太平洋沖地震および東京電力による計画停電に伴い、弊社の自動販売機では一部営業を休止させていただいております。」と載っていた。
しかし、そうはいっても次のような記事を見ると、ある程度の広がりはあるようだ。新聞をみると、デジタルサイネージ関連の記事が目に付くようになってきた。次の二つの記事は写真も載っている。
■東急とイッツコム、「二子玉川ライズ」にてデジタルサイネージの本格運用を開始（RBB TODAY 2011年5月20日）（検索可）
東京急行電鉄、東急不動産、およびイッツ・コミュニケーションズ（イッツコム）の3社は20日、複数の街区で構成される「二子玉川ライズ」にてデジタルサイネージの運用を開始することを発表した。21日より本格稼働を開始する。
（中略）
デジタルサイネージは、16面マルチディスプレイ（168型相当）1台、タッチパネル式ディスプレイ（60型/52型）14台で構成されたものとなる。
「二子玉川ライズ」では、従来よりデジタルサイネージを設置、3月に二子玉川ライズ・ショッピングセンターが開業するなどしていたが、東日本大震災以降の電力不足を考慮し、本格的な運用を開始せず、「震災義援金の募集告知」「福島県応援イベントのご案内」など、限定的な放映のみを行っていた。今回、稼働台数の削減（タッチパネル式ディスプレイ7台停止）、ディスプレイの調光を最大ボリュームから約35％低減し、消費電力を約30％削減するなど、節電施策を継続しつつ、当初より予定していた運用を開始するとのこと。（同記事）
■シャープがJR大阪駅にデジタルサイネージ納入 - 大型ディスプレイ計98台（マイコミジャーナル2011年5月9日）（検索可）
シャープは5月9日、リニューアルされたJR大阪駅に広告表示用途として大型液晶ディスプレイを計98台納入したことを発表した。
同社がJR大阪駅に納入したのは、壁面タイプとされる約206V型相当のマルチディスプレイシステム(縦置き型の液晶ディスプレイ12台で構成)と、大型液晶ディスプレイ48台で構成される壁面上部横長タイプ。これらは「大阪マルチビジョン48」と呼ばれる。
これらに加え、JR大阪駅3階南北連絡橋の柱上部に16台の液晶ディスプレイなどが設置されており、液晶ディスプレイの納入台数は計98台になるという。（同記事全文）
■成長しない市場では戦わない──シャープ、液晶パネルはモバイルと大型に集中（ITmedia 2011年6月3日）（検索可）
（前略）
50インチ以上の大型パネルにも注力。堺工場（大阪府堺市）が対応する第10世代ガラス基板から60インチパネルが8枚とれる効率性を武器に、大型テレビのほかデジタルサイネージ、電子黒板などの新市場を開拓していく。」（同記事 以下省略）
――シャープ関連の記事を読むと、デジタルサイネージ市場が拡大していくという認識だとわかる。あるいは、この市場にかけるしかないのか。
企業の電力使用はとどまるところを知らない。利潤、それも私的利潤という基準しかない。だが、自販機であれだけ問題になったのだから、［自販機＋画面］と聞けば、東京には目をむいて怒り出しそうな人がいる。東京だけでどのくらいの電力を消費しているのか。停電を三〜四度経験した身としては、これも知りたいことの一つだ。
【関連資料】
■屋外自販機、終日消灯を本格化 進む節電、コールドのみに切り替えも（SankeiBiz 2011年3月21日）（検索可）
■夏場の電力供給不足への対策（自販機業界）peakcut.pdf （検索可）
【その２】 本当の消費電力は何ワット？
――家電製品の具体的な電力使用量を書いた記事がなかなか見当たらない。次の記事には、120W、140W、170Wと書いてはあるが、こういう書き方は珍しいほうだ。測定した条件もわからない。
■LEDバックライトで消費電力45％削減、「エコ・ストア」対応うたうデジタル・サイネージ（2010年6月3日）（検索可）
日本サムスンは，LEDバックライトを搭載して，最大45％の低消費電力化を実現した液晶ディスプレイによるデジタル・サイネージ（電子看板）を発表した。画面サイズは40型，46型，55型の3種類。画素数はいずれも1920×1080のフルHDである。各製品の消費電力は，40型が同社従来製品比33％減の120W，46型が同42％減の140W。55型の消費電力は170Wで，これは52型の同社従来製品に対して45％減少となった。
このようなLEDバックライト液晶パネルによるデジタル・サイネージは，「環境配慮型店舗，エコ・ストアに最適」と，同社 DMC事業部 DMA Team Team長の宮田隆氏はアピールした。今回の製品に搭載したLEDバックライトはいずれもエッジライト型である。LED素子を並べた「LEDライトバー」と呼ぶ部品を，液晶ディスプレイの二つの長辺に2本ずつ，合計4本搭載する。LEDの使用個数は，40型で224個，46型で256個，55型で306個である。（同記事より全文）
――次の記事も、かなり詳しい数値が乗せてあるのだが、「備考」には「＊各機器の消費電力は、複数メーカーの最新製品について、カタログの公称値を考慮し、独自に決定した数値です。」とある。「あくまでも『比較の目安』」とも注がある。やはり実測値が知りたい。
■プラズマ・液晶テレビ 消費電力はおいくら（allabout 2004年6月27日）（検索可）
※参考
■液晶テレビは本当に省エネなのか（和田由貴記者）(allabout 2008年7月31日) （検索可）
――結局は、次のような検証記事を頼るしかない。もちろん再検証が必要なのだが。
■【省エネ＆激安 液晶テレビ分解】消費電力を実測してみた（2009年5月20日 日経エレクトロニクス）（検索可）
■液晶・プラズマテレビ グリーン家電 真っ赤なウソ 消費電力・電気代 表示の２倍（赤旗 2009年6月12日）（検索可）
【その３】 仲間内しかわからない実態
――広告から話がそれるが、原発関連にも実態のわからないのものが多い。原発で「今のままの生活」を続けたいと思う人は世界中にいる。米倉経団連会長の原発擁護発言などはその典型だ。
『週刊ダイヤモンド（2011年4月16日）電力喪失』より二つの記事を引用する。なお、一つ目の記事に関しては『民意偽装（第６回）漫透する原発政策』（斉藤貴男著）（「世界」2010年2月号）に詳しい。
■『週刊ダイヤモンド（2011年4月16日）電力喪失』−Column
2003年4月15日、東京電力が持つ17の原子力発電機（原子炉）が全停止へと追い込まれた。
事の発端は、2000年に米GEの子会社に勤務した原子力技術者が、東電福島第1原発と第2原発、柏崎刈羽原発において「検査記録の数値が改ざんされている」という趣旨の内部告発文書を、経済産業省原子力安全・保安院に送ったことにある。
だが、保安院と監督官庁の経産省は2年間も放置したうえに、保安院は告発者から事情を聴取しないまま、氏名などの資料を丸ごと東電に渡してしまった。調査は、告発された東電に任せ、報告を受けた保安院は「告発の内容とは一致しなかった」として、終幕しようとしたのだ。
02年9月、過去のたび重なる東電の検査データの捏造、トラブルの隠蔽などに業を煮やした佐藤栄佐久福島県知事（当時）が、東電と監督官庁の経産省に対して激しい批判を展開したことで、東電の社長、会長、元社長、副社長、相談役の5人が辞任する前代未聞の不祥事となった。
厳しい世論に加え、データの捏造、改ざんの表面化によって、正しいデータを計測するための再検査が必要になり、そこに偶然、定期検査の時期が重なったこともあって、翌03年4月に全原発が停止してしまった。
真夏の需要期を目前にして、平沼赳夫経済産業大臣（当時）は、首都大停電の可能性に言及したほど、政府の危機感は高まった。だが、後任の勝俣恒久社長（現会長）が、「計画停電をする予定はない」と明言し、そのとおりになった。（以下省略）
■『週刊ダイヤモンド（2011年4月16日）電力喪失』より
《10年延長が認められた40歳の福島原発》
（前略）
2月7日に、原子力安全・保安院は、3月に運転40年を迎える福島第1原発1号機に10年間の延長認可を与えたばかりだった。ここはきわめて重要である。経産省がどのような基準で認可を与えたのか、その認可は適正だったのか、厳正に調査されてしかるべきだ。また、高経年化と原発の安全性に因果関係があるのか否かも詳しく検証され、今後の原子力政策の進退を左右することになろう。（以下省略）
――福島第一原発事故を調査した国際原子力機関（IAEA）の報告書の素案が日本政府に提出されたというが、東京新聞と新潟日報の社説はなかなか辛辣だ。新聞にもこういう社説が載るようになった。
■【社説】ＩＡＥＡ報告 原子力村の体質を批判（東京新聞 2011年6月2日）（検索可）
（前略）
注目されるのは、原子力安全を担当する部署について「規制当局は独立性が保たれ、役割をはっきりさせるべきだ」と記した点だ。日本の原子力行政にみられる責任所在のあいまいさを指摘した。
原子力安全・保安院が経済産業省の外局であることからも明らかなように、原子力発電を推進する組織と、安全を監視する組織がはっきり独立していない。これに東京電力など電力各社と原発推進派の政治家、学者らが加わって専門家集団を形成し“原子力村”とも呼ばれる。
福島第一原発事故の対応、原因究明の遅れについては、所轄官庁も含む専門家集団の秘密主義、なれ合い体質によるところが大きいというのが、国内だけでなく海外でも支配的な見方だ。
（中略）
ＩＡＥＡの目標は「原子力の平和利用の促進」であり、ドイツなど欧州でみられる「脱原発」の動きとは相いれない。日本政府が掲げるエネルギー政策の見直しを後押しする機関ではないと、付言しておきたい。（社説より）
■社説 ＩＡＥＡ報告案 組織の「限界」が露呈した（新潟日報 2011年6月2日）（検索可）
（前略）
ＩＡＥＡは、核の軍事利用が拡散しないよう監視する「核の番人」が本来の役目である。国際的な査察活動で知られている。
ところが、原発事故を独自に調査監督したり、指示命令したりする法的権限は持っていない。
天野之弥事務局長は、福島原発事故後に開かれた緊急理事会で「原発の安全に対する責任は各国が負う。われわれは『原子力安全の番人』ではない」と語っているのだ。
これは天野氏の個人的見解ではない。ＩＡＥＡの一貫した姿勢である。
今回の来日調査も、日本政府や東電からの聞き取りが主だった。故に日本政府への大甘な評価が出てきても驚くに値しない。ＩＡＥＡという組織の限界を露呈したにすぎない。
忘れてならないのは、ＩＡＥＡのもう一つの大きな役割が「原子力の平和利用の推進」であるという点だ。
言ってみれば、ＩＡＥＡも世界における「原子力ムラ」の住人である。評価をうのみにはできまい。（社説より）
【関連資料】
■ＩＡＥＡ機能強化で合意 Ｇ８、原発安全性確保で一致（asahi.com 2011年5月27日）（検索可）
■「原子力村」の司令塔的専門家集団 旗を振らない安全委（毎日新聞 2011年5月23日 東京夕刊）（検索可）
【その４】 平城京の広告・看板と、江戸時代の引き札
――話を広告に戻す。
引き札という広告が江戸時代にあった。これは光村の中２教科書『江戸の人々と浮世絵』（高橋克彦著）に載っていたからお馴染みの人も多いはずだ。手動カラー印刷という技術がうんだ宣伝方法だ。
「引き札とは、今でいう宣伝ちらしである。版画は大量生産が可能なために、大きな商店は早くから宣伝媒体として浮世絵を利用していた。」（同書）
また、
「ある呉服問屋が大蔵ざらえという名目で、江戸市中に五万枚もの引き札をばらまいたという記録がある。」（同書）
とも書いてある。
――もう一つ例を挙げる。
奈良時代、平城京の市では仕出し弁当が売られていたという。売っていたのは長屋王の系列店。宣伝の方法は、おそらく看板と口頭による呼び込みだろう。『日本霊異記』に、盗品を口頭で売りつける者の描写がある。
■『平城京に暮らす』（馬場基著 2010年2月1日発行）
《長屋王商店》
長屋王家木簡には、日ごとに「店物」とその数量・単価、それに総額を記した帳簿がある。これらの木簡は、長屋王が「店」で品物を販売した、販売伝票だったと考えられている（舘野和己「長屋王家の交易活動」『奈良古代史論集 三』真陽社、一九九七年）。
「店物」すなわち商品の品目は飯と酒。飯は「笥（け）」ごとに値段がついており、一笥一文。酒は一升単位で値段が設定されており、一升一文。たとえば、十一月四日には飯九九笥・酒五斗が売れて、一四九文の売り上げである。長屋王家は「酒司（しゅし）」というセクションがあり、自前で酒を醸造していたし、米も消費しきれないほど確保できていたのであろう。米のまま保管すれば、土地も有り余る田舎ならばいざ知らず、花の都では保管のコストもばかにならない。ならば売ってしまえばよい。米のまま売りさばくより、酒や飯に加工してから販売した方が儲けがでる。（以下省略）
《市の賑わい》
市司の市場価格調査も決して十分ではなかったらしい。東西市の価格差を調査した報告書もある。また、造東大寺司写経所でも、「市庄」（いちのしょう）を通じて独自に東西市の価格を調べあげ、調達している。
この市庄というのは、造東大寺司が市周辺に確保した物流・交易拠点であろう。専属スタッフも配属されていた。布勢足人もそうしたうちの一人で、西市庄からの書類にサインしているほか、出勤報告の書類も残っている。それによると、天平勝宝（てんぴょうしょうほう）六年（七五四）二月の彼の出勤日数は二七日であった。（同書 以下省略 書類の引用元も省略）
――■「水洗トイレは古代にもあった」（黒崎直著 2009年12月10日発行）によると、「平城宮内からは、『此所不得小便（ここで小便するな）』と書かれた木札状の木簡が発見されている。」という。長さ20センチ、幅5センチほどというが、写真で見ると上下の部分が欠けているように見える。同じく平城京内から土師器の広口甕の破片が発掘されていて、その頚部に「小便」の墨書があり、復元すると口径三〇センチあまりになるという。作業現場に設置された小便容器だったのか、と著者は推定している。するとこの木簡は、現代でいうと「愛犬の……」といったところか。他にも種々の標識が出土しているというから、すでに看板広告のようなものがあったのかもしれない。（「此所不得小便」で検索可）
【その５】 実態のわからないパーセント議論
――パーセンテージを使って議論されると、何がどうなるのかさっぱりわからない。官僚的技法の一つか。
■役員報酬半減、大変厳しい数字…東電の清水社長（読売新聞 2011年4月28日）（検索可）
東京電力の清水正孝社長は２８日午後、常務以上の役員報酬を５０％カットすることについて、「５０％カットは、大変厳しい数字と考えている」と東電本店で報道陣に語った。
海江田経産相は同日午前の記者会見で役員報酬カットなどについて「まだ足りない。今の世論、国民感情も考えて欲しい」と述べていた。清水社長は一段のカットについて「現時点では未定」と明言を避けた。
東電は今月２５日、福島第一原子力発電所事故の損害賠償費用を捻出するため、常務以上の役員の年間報酬を５０％、執行役員は４０％、管理職は年収の２５％、一般社員は２０％を、それぞれカットする人件費抑制策を発表していた。（同記事）
――これはすでにお馴染みの記事だと思うが、「５０％カットは、大変厳しい数字と考えている」などといわれると、生活ができなくなるのかと思ってしまう。低所得生活を続けていると想像力にまで格差が生じてしまう。
そうしたら、海江田万里経済産業相が１４日、東京電力首脳の年収が７２００万円にのぼることを“暴露”したという。暴露なのか口が滑ったのか不明だが、東電首脳は報酬開示を拒否していたという。
■東電幹部の年収7200万円 海江田さん暴露（日刊スポーツ 2011年5月15日）（検索可）
（前略）
東電首脳の報酬については、これまでも「高すぎる」の指摘がなされてきた。０７年以降、役員賞与カットや役員報酬２０％減を続けているが、それでも０９年度の有価証券報告書によると、取締役の報酬総額は約７億円で、平均では約３７００万円。昨年の株主総会では、役員報酬の個別開示を求められたが、清水社長は「個別開示の考えはない」と拒否していた。（同記事 以下省略）
――『週刊エコノミスト』（2010年7月20日号）（役員報酬）に載っていた「徹底検証『役員報酬』の実態」（友田信男氏 東京商工リサーチ情報本部副本部長）――「1人当たりの役員報酬額ランキング」（50位）「高額報酬ランキング」（100位）を見てみた。
2010年度のものだが「東証1部に株式上場している企業（3月期決算）を対象に、6月30日までに有価証券報告書に記載された役員報酬1億円以上の氏名、金額などの個別情報を集計した。役員報酬には基本報酬のほか、賞与、ストックオプションなどを含む。」（同記事）というものだが、確かに電力関連の名前は見当たらなかった。もっとも、収入は報酬だけとは限らない。役員報酬も実態がわからないようにできている。
※参考
■１０年度東証１部 １億円プレーヤーは総勢２７１人（日刊ゲンダイ2011年5月31日）（検索可）
――国家公務員給与の場合も同じく実態がわからない。ただ次の記事は２０１４年３月末までの措置だという。
■国家公務員給与７・８％削減へ 関連法案を閣議決定（2011年6月3日 共同通信）（検索可）
――菅政権が家庭向けに節電対策メニューをつくったという。（■「エアコンやめ扇風機、５０％節電 政府、家庭用メニュー」（asahi.com 2011年5月9日）（検索可）
載っていた図を読みやすいように整理してみた。
=====================================
【家庭の節電対策】
（節電効果は、在宅世帯の日中の平均的消費電力に対し、その項目を実行した場合の削減率。資源エネルギー庁の資料から） メニュー・節電効果（％）
-------------------------------------------------------------------
★エアコン
設定温厚を28℃を目安に2℃上げる＝＝11％
扇風機を使い、エアコンを使わない＝＝50％
「すだれ」「よしず」などで日差し緩和＝＝10％
★冷蔵庫
設定を「強」から「中」に。扉を開ける時間と保存食品を最小限に＝＝2％
★照明
日中は消灯。夜間も最小限に＝＝5％
★テレビ
必要なとき以外は消す＝＝2％
省エネモードに設定。画面の輝度を下げる＝＝2％
★温水洗浄便座
コンセントからプラグを扱く・便座保温・温水を「オフ」に＝＝いずれかで1％未満
★炊飯器
早朝にタイマー機能で1日分をまとめて炊飯＝＝2％
★（家電全般）待機電力
リモコンの電源ではなく主電源を切る。長時間使わない機器はプラグを抜く＝＝2％
=====================================
――パーセンテージでああしろ、こうしろと言われても、そもそも出発点となる使用量が家庭ごとに異なる。すでに切り詰めた生活を続けている家庭にはできるわけがない。自分の場合は、エアコンもないし冬の暖房もない。テレビも見ない。
ここに挙げてある電気を食うものは、エコだったんじゃないですか？ 最初から扇風機や小画面テレビにしておけばよかったのに。何KW節電なのか、具体的に数値を示してほしいものだ。
目次
【その１】 デジタルサイネージという媒体
【その２】 本当の消費電力は何ワット？
【その３】 仲間内しかわからない実態
【その４】 平城京の広告・看板と、江戸時代の引き札
【その５】 実態のわからないパーセント議論
========================================
【その１】 デジタルサイネージという媒体
――東京へは、もう久しく足を踏み入れていない。
『デジタルサイネージ戦略』（中村伊知哉・石戸奈々子著 2010年4月26日発行）には、JR東日本・秋葉原駅の電気街口やJR駅構内の柱列の写真が載っている。柱の壁面にはことごとくデジタルサイネージ（電子看板）が光っている。
上記の本によると、2007年7月に「デジタルサイネージコンソーシアム」が設立されたという。これまた覚えにくい名称だ。わざわざ紹介することもないのだが、大手広告代理店が参加しているというので、どういうものか触れてみる。
「広告会社、ディスプレイメーカー、コンテンツ制作会社、通信会社など大小170社が参画し」「世界一のデジタルサイネージ大国」を目指す。目標は、2015年には1兆円規模の産業にするという。「2015年までに、すべての鉄道車両、駅、空港、商業施設、商店街、郵便局／ポスト、公衆電話をネットワークでつなぎ、サイネージ化する。」というのだ。
具体的には、「広告や情報の提供にとどまらず、壁、地面、噴水などをサイネージ化することで街をメディア化する。都市景観や風景を向上させたり、アートとして地域の価値を上げたりすることにも活用される。」（以上、引用はすべて同書より）ということらしい。
だが、液晶・プラズマという現段階での技術力による環境への負荷や、公共性をもつ空間に設置されるという点を考えると疑問符だらけだ。もちろん広告以外の用途を否定するものではないが。
こういう空間をどう思うかは生活する人の判断による。自分の場合は、自然そのものの方がはるかに心が落ち着く。風景とは何か、とういうことだ。
同書には、企業によるサイネージ評価も載っている。
■【グローバルな展開も視野に、サイネージのトータルサービスを目指す】 ピーディーシー株式会社
（前略）
「現行のサイネージ機器の一番の課題はモニターの重さだと考えています。薄型になっているとはいえ、ポスター程度の重量で簡単に壁に張れるようになってほしい。また、日本では設置コスト（人件費）のほうが機器代よりも高くなることも多く、設置コストをかけないデジタルサイネージが必要になってきます。電源も今の電気供給でなく、ソーラーパネルなどで自立的に供給できるようになると、設置できるロケーションは広がるでしょう。」（以下省略）
■【広告主も媒体を。自社メディアに重点を置いた戦略】 本田技研工業株式会社
（前略）
「お客様が求めている情報を必要なときに適切に渡す仕組みを整えるということです。サイネージはお客様が求めていない情報も含めて渡そうとする印象を受けますが、ホンダはその対極を目指しています。求められなければ渡さない。押しつければ逃げられます。購買につなげる一番の方法は、「何もしない」こと。消費者が自分の意思で動き、自分の意思で情報を集め、サービスを受けるときこそ、最も購買率が上がるのです。」（以下省略）
――本田技研の理念は、自分の情報受容に対する考えに近い。
成功例も載っている。「トレインチャンネル」というのは電車内にある画面のことだという。
■【試行錯誤を繰り返しながら成長する巨大マーケット】 株式会社ジェイアール東日本企画（jeki）
トレインチャンネルは、2002年の山手線への導入を皮切りに、現在では中央線と京浜東北線を合わせて合計1万6000個を数え、週にして延べ約5000万人が目にするメディアへと成長しました（写真28＝省略）。提供する情報を時間やエリアごとに区別したいというクライアントニーズは常にあり、サイネージはそのソリューションの一つでした。
（一段省略）
「デジタルポスターは、これまでに5駅に44面設置しています。現在、横浜駅と新橋駅での施工も進んでおり、3月には150面程度に増える予定です。デジタルポスターと既存の紙のポスターを比較すると、デジタルポスターのほうが「きれい」と回答した人が8割を超えています。また、「洗練されている」「目立つ」「印象に残る」と回答した人も6割を超えます。」（以下省略）
――デジタルポスターの場合には「画面切り替え時にチャイム音を鳴らしたり」（同書）することも考えているそうだ。まさか車内でやるとは思わないが、公共性の観念が薄い日本では、どこかが始めたら一斉に追随しそうだ。一応は、
「テレビであればチャンネルを替えたり、電源を切ったりという選択肢がありますが、電車の中では見ないわけにはいかない。公共スペースで配信するコンテンツのトーン、そしてマナーをテレビとは違う観点で考える必要があります。」（同書）
と書いてはあった。「鉄道広告の審査基準」というのがあるそうで、「公共スペースのマナー」と言いながら、公共スペースを私的（広告）に利用するのはかまわないらしい。
広告の場合に「洗練されている」とか「目立つ」とか「印象に残る」とかを目指すなら、テレビと同じ方向に進むしかない。サブリミナルという「技法」もあったし、フラッシュも何度となく繰り返されている。要は刺激的かつ印象的であればいい。
また、デジタルサイネージ自体が、現段階ではものめずらしさを訴えているだけで、他のメディアに依存している。テレビや新聞の報道がないと訴求力に欠ける。ものめずらしさだけならすぐに飽きられてしまうだろう。
前回のブログで次世代自販機（POS機能付きの大型タッチパネル画面を搭載した自販機）に触れておいたが、さらに調べてみたら2011年2月末時点で44 台設置されているという。
■36年ぶりの自販機革命（広岡延隆著）（日経ビジネス2011年1月3日号）
（前略）
「2010年末時点での次世代自販機の設置台数は品川駅と東京駅、渋谷駅、池袋駅で11台。今年3月までに計100台を東京近郊で展開し、2012年3月までに500台規模に増やす。そうなればさらに精緻なデータ収集が可能になる。」（同記事 以下省略）
■夢の飲料自販機 エキナカ本格展開へ（JR 東日本ウォータービジネス）pdf（検索可）
――この「夢の飲料自販機……」の記事を読むと、「高輝度の大型タッチパネルディスプレイ（サイズ：47 インチ、輝度：1,200cd）」に加えてWiMax（ワイマックス）を使ってコンテンツを配信しているとある。まるで電気を食いながら増殖していく怪物のようだ。これは2010年8月10日の記事である。
そうはいうものの電力使用量を確認せずに感覚だけで議論を進めると、思わぬ方向に結論が導かれることがある。一番確かなのは電力のメーターで確認すること。自販機業界などもいろいろ電力使用量の数値を出しているのだが、実際にマチナカにある駐車場のメーターなどを通りすがりに見ると、数値に納得がいかないものもある。目にしたのは３台つながっているもので他に電源を引く線は見えない。それでも一目でメーターが回転しているとわかった。
感覚の問題に戻るが、次の記事なども注意を要する。
■節電してもいい施設「動く歩道」６５％ ４００世帯調査（asahi.com 2011年6月1日）（検索可）
家のエアコンはいつもの半分で我慢するけれど、電車や商業施設の冷房を止めるのはやめて――。大手時計メーカーの「シチズンホールディングス」（東京）が首都圏と近畿圏に住む既婚の計４００世帯を対象にした「節電と生活時間」に関する意識調査で、こんな結果が浮かび上がった。
有効な節電対策でトップだったのは「エアコンの設定温度を上げる」（４４．３％）で、「ＬＥＤ照明への切り替え」（３６．５％）、「サマータイム制の導入」（３４．０％）より多かった。約８割が家でのエアコンの使用時間を短くすると回答。平均で一日６時間使っていたのを３時間ほど縮める、との結果になった。
街中で節電してもいい施設を聞いたところ、「動く歩道」（６４．８％）、「ネオンや店舗の広告灯」（６０．５％）を挙げる人が多かった。逆に「電車の空調」「商業施設の空調」はともに２．８％と少なかった。（同記事全文）
――さて、今回の地震の後、電力の使われ方はどうなったか。
■【緊急】サイネージ節電のご協力依頼（2011年3月12日 デジタルサイネージコンソーシアム）
には、「東京電力からの節電要望をふまえ、理事会で急遽検討の上デジタルサイネージコンソーシアムはサイネージ広告媒体協議会様と共同で災害情報を提供していないデジタルサイネージは使用を控えるよう、広くアピールをしていくことと致しました。」と載っている。
■東北地方太平洋沖地震に伴う自動販売機の一部休業および節電対策について（JR東日本ウォーター 2011年03月14日）
には、「東北地方太平洋沖地震および東京電力による計画停電に伴い、弊社の自動販売機では一部営業を休止させていただいております。」と載っていた。
しかし、そうはいっても次のような記事を見ると、ある程度の広がりはあるようだ。新聞をみると、デジタルサイネージ関連の記事が目に付くようになってきた。次の二つの記事は写真も載っている。
■東急とイッツコム、「二子玉川ライズ」にてデジタルサイネージの本格運用を開始（RBB TODAY 2011年5月20日）（検索可）
東京急行電鉄、東急不動産、およびイッツ・コミュニケーションズ（イッツコム）の3社は20日、複数の街区で構成される「二子玉川ライズ」にてデジタルサイネージの運用を開始することを発表した。21日より本格稼働を開始する。
（中略）
デジタルサイネージは、16面マルチディスプレイ（168型相当）1台、タッチパネル式ディスプレイ（60型/52型）14台で構成されたものとなる。
「二子玉川ライズ」では、従来よりデジタルサイネージを設置、3月に二子玉川ライズ・ショッピングセンターが開業するなどしていたが、東日本大震災以降の電力不足を考慮し、本格的な運用を開始せず、「震災義援金の募集告知」「福島県応援イベントのご案内」など、限定的な放映のみを行っていた。今回、稼働台数の削減（タッチパネル式ディスプレイ7台停止）、ディスプレイの調光を最大ボリュームから約35％低減し、消費電力を約30％削減するなど、節電施策を継続しつつ、当初より予定していた運用を開始するとのこと。（同記事）
■シャープがJR大阪駅にデジタルサイネージ納入 - 大型ディスプレイ計98台（マイコミジャーナル2011年5月9日）（検索可）
シャープは5月9日、リニューアルされたJR大阪駅に広告表示用途として大型液晶ディスプレイを計98台納入したことを発表した。
同社がJR大阪駅に納入したのは、壁面タイプとされる約206V型相当のマルチディスプレイシステム(縦置き型の液晶ディスプレイ12台で構成)と、大型液晶ディスプレイ48台で構成される壁面上部横長タイプ。これらは「大阪マルチビジョン48」と呼ばれる。
これらに加え、JR大阪駅3階南北連絡橋の柱上部に16台の液晶ディスプレイなどが設置されており、液晶ディスプレイの納入台数は計98台になるという。（同記事全文）
■成長しない市場では戦わない──シャープ、液晶パネルはモバイルと大型に集中（ITmedia 2011年6月3日）（検索可）
（前略）
50インチ以上の大型パネルにも注力。堺工場（大阪府堺市）が対応する第10世代ガラス基板から60インチパネルが8枚とれる効率性を武器に、大型テレビのほかデジタルサイネージ、電子黒板などの新市場を開拓していく。」（同記事 以下省略）
――シャープ関連の記事を読むと、デジタルサイネージ市場が拡大していくという認識だとわかる。あるいは、この市場にかけるしかないのか。
企業の電力使用はとどまるところを知らない。利潤、それも私的利潤という基準しかない。だが、自販機であれだけ問題になったのだから、［自販機＋画面］と聞けば、東京には目をむいて怒り出しそうな人がいる。東京だけでどのくらいの電力を消費しているのか。停電を三〜四度経験した身としては、これも知りたいことの一つだ。
【関連資料】
■屋外自販機、終日消灯を本格化 進む節電、コールドのみに切り替えも（SankeiBiz 2011年3月21日）（検索可）
■夏場の電力供給不足への対策（自販機業界）peakcut.pdf （検索可）
【その２】 本当の消費電力は何ワット？
――家電製品の具体的な電力使用量を書いた記事がなかなか見当たらない。次の記事には、120W、140W、170Wと書いてはあるが、こういう書き方は珍しいほうだ。測定した条件もわからない。
■LEDバックライトで消費電力45％削減、「エコ・ストア」対応うたうデジタル・サイネージ（2010年6月3日）（検索可）
日本サムスンは，LEDバックライトを搭載して，最大45％の低消費電力化を実現した液晶ディスプレイによるデジタル・サイネージ（電子看板）を発表した。画面サイズは40型，46型，55型の3種類。画素数はいずれも1920×1080のフルHDである。各製品の消費電力は，40型が同社従来製品比33％減の120W，46型が同42％減の140W。55型の消費電力は170Wで，これは52型の同社従来製品に対して45％減少となった。
このようなLEDバックライト液晶パネルによるデジタル・サイネージは，「環境配慮型店舗，エコ・ストアに最適」と，同社 DMC事業部 DMA Team Team長の宮田隆氏はアピールした。今回の製品に搭載したLEDバックライトはいずれもエッジライト型である。LED素子を並べた「LEDライトバー」と呼ぶ部品を，液晶ディスプレイの二つの長辺に2本ずつ，合計4本搭載する。LEDの使用個数は，40型で224個，46型で256個，55型で306個である。（同記事より全文）
――次の記事も、かなり詳しい数値が乗せてあるのだが、「備考」には「＊各機器の消費電力は、複数メーカーの最新製品について、カタログの公称値を考慮し、独自に決定した数値です。」とある。「あくまでも『比較の目安』」とも注がある。やはり実測値が知りたい。
■プラズマ・液晶テレビ 消費電力はおいくら（allabout 2004年6月27日）（検索可）
※参考
■液晶テレビは本当に省エネなのか（和田由貴記者）(allabout 2008年7月31日) （検索可）
――結局は、次のような検証記事を頼るしかない。もちろん再検証が必要なのだが。
■【省エネ＆激安 液晶テレビ分解】消費電力を実測してみた（2009年5月20日 日経エレクトロニクス）（検索可）
■液晶・プラズマテレビ グリーン家電 真っ赤なウソ 消費電力・電気代 表示の２倍（赤旗 2009年6月12日）（検索可）
【その３】 仲間内しかわからない実態
――広告から話がそれるが、原発関連にも実態のわからないのものが多い。原発で「今のままの生活」を続けたいと思う人は世界中にいる。米倉経団連会長の原発擁護発言などはその典型だ。
『週刊ダイヤモンド（2011年4月16日）電力喪失』より二つの記事を引用する。なお、一つ目の記事に関しては『民意偽装（第６回）漫透する原発政策』（斉藤貴男著）（「世界」2010年2月号）に詳しい。
■『週刊ダイヤモンド（2011年4月16日）電力喪失』−Column
2003年4月15日、東京電力が持つ17の原子力発電機（原子炉）が全停止へと追い込まれた。
事の発端は、2000年に米GEの子会社に勤務した原子力技術者が、東電福島第1原発と第2原発、柏崎刈羽原発において「検査記録の数値が改ざんされている」という趣旨の内部告発文書を、経済産業省原子力安全・保安院に送ったことにある。
だが、保安院と監督官庁の経産省は2年間も放置したうえに、保安院は告発者から事情を聴取しないまま、氏名などの資料を丸ごと東電に渡してしまった。調査は、告発された東電に任せ、報告を受けた保安院は「告発の内容とは一致しなかった」として、終幕しようとしたのだ。
02年9月、過去のたび重なる東電の検査データの捏造、トラブルの隠蔽などに業を煮やした佐藤栄佐久福島県知事（当時）が、東電と監督官庁の経産省に対して激しい批判を展開したことで、東電の社長、会長、元社長、副社長、相談役の5人が辞任する前代未聞の不祥事となった。
厳しい世論に加え、データの捏造、改ざんの表面化によって、正しいデータを計測するための再検査が必要になり、そこに偶然、定期検査の時期が重なったこともあって、翌03年4月に全原発が停止してしまった。
真夏の需要期を目前にして、平沼赳夫経済産業大臣（当時）は、首都大停電の可能性に言及したほど、政府の危機感は高まった。だが、後任の勝俣恒久社長（現会長）が、「計画停電をする予定はない」と明言し、そのとおりになった。（以下省略）
■『週刊ダイヤモンド（2011年4月16日）電力喪失』より
《10年延長が認められた40歳の福島原発》
（前略）
2月7日に、原子力安全・保安院は、3月に運転40年を迎える福島第1原発1号機に10年間の延長認可を与えたばかりだった。ここはきわめて重要である。経産省がどのような基準で認可を与えたのか、その認可は適正だったのか、厳正に調査されてしかるべきだ。また、高経年化と原発の安全性に因果関係があるのか否かも詳しく検証され、今後の原子力政策の進退を左右することになろう。（以下省略）
――福島第一原発事故を調査した国際原子力機関（IAEA）の報告書の素案が日本政府に提出されたというが、東京新聞と新潟日報の社説はなかなか辛辣だ。新聞にもこういう社説が載るようになった。
■【社説】ＩＡＥＡ報告 原子力村の体質を批判（東京新聞 2011年6月2日）（検索可）
（前略）
注目されるのは、原子力安全を担当する部署について「規制当局は独立性が保たれ、役割をはっきりさせるべきだ」と記した点だ。日本の原子力行政にみられる責任所在のあいまいさを指摘した。
原子力安全・保安院が経済産業省の外局であることからも明らかなように、原子力発電を推進する組織と、安全を監視する組織がはっきり独立していない。これに東京電力など電力各社と原発推進派の政治家、学者らが加わって専門家集団を形成し“原子力村”とも呼ばれる。
福島第一原発事故の対応、原因究明の遅れについては、所轄官庁も含む専門家集団の秘密主義、なれ合い体質によるところが大きいというのが、国内だけでなく海外でも支配的な見方だ。
（中略）
ＩＡＥＡの目標は「原子力の平和利用の促進」であり、ドイツなど欧州でみられる「脱原発」の動きとは相いれない。日本政府が掲げるエネルギー政策の見直しを後押しする機関ではないと、付言しておきたい。（社説より）
■社説 ＩＡＥＡ報告案 組織の「限界」が露呈した（新潟日報 2011年6月2日）（検索可）
（前略）
ＩＡＥＡは、核の軍事利用が拡散しないよう監視する「核の番人」が本来の役目である。国際的な査察活動で知られている。
ところが、原発事故を独自に調査監督したり、指示命令したりする法的権限は持っていない。
天野之弥事務局長は、福島原発事故後に開かれた緊急理事会で「原発の安全に対する責任は各国が負う。われわれは『原子力安全の番人』ではない」と語っているのだ。
これは天野氏の個人的見解ではない。ＩＡＥＡの一貫した姿勢である。
今回の来日調査も、日本政府や東電からの聞き取りが主だった。故に日本政府への大甘な評価が出てきても驚くに値しない。ＩＡＥＡという組織の限界を露呈したにすぎない。
忘れてならないのは、ＩＡＥＡのもう一つの大きな役割が「原子力の平和利用の推進」であるという点だ。
言ってみれば、ＩＡＥＡも世界における「原子力ムラ」の住人である。評価をうのみにはできまい。（社説より）
【関連資料】
■ＩＡＥＡ機能強化で合意 Ｇ８、原発安全性確保で一致（asahi.com 2011年5月27日）（検索可）
■「原子力村」の司令塔的専門家集団 旗を振らない安全委（毎日新聞 2011年5月23日 東京夕刊）（検索可）
【その４】 平城京の広告・看板と、江戸時代の引き札
――話を広告に戻す。
引き札という広告が江戸時代にあった。これは光村の中２教科書『江戸の人々と浮世絵』（高橋克彦著）に載っていたからお馴染みの人も多いはずだ。手動カラー印刷という技術がうんだ宣伝方法だ。
「引き札とは、今でいう宣伝ちらしである。版画は大量生産が可能なために、大きな商店は早くから宣伝媒体として浮世絵を利用していた。」（同書）
また、
「ある呉服問屋が大蔵ざらえという名目で、江戸市中に五万枚もの引き札をばらまいたという記録がある。」（同書）
とも書いてある。
――もう一つ例を挙げる。
奈良時代、平城京の市では仕出し弁当が売られていたという。売っていたのは長屋王の系列店。宣伝の方法は、おそらく看板と口頭による呼び込みだろう。『日本霊異記』に、盗品を口頭で売りつける者の描写がある。
■『平城京に暮らす』（馬場基著 2010年2月1日発行）
《長屋王商店》
長屋王家木簡には、日ごとに「店物」とその数量・単価、それに総額を記した帳簿がある。これらの木簡は、長屋王が「店」で品物を販売した、販売伝票だったと考えられている（舘野和己「長屋王家の交易活動」『奈良古代史論集 三』真陽社、一九九七年）。
「店物」すなわち商品の品目は飯と酒。飯は「笥（け）」ごとに値段がついており、一笥一文。酒は一升単位で値段が設定されており、一升一文。たとえば、十一月四日には飯九九笥・酒五斗が売れて、一四九文の売り上げである。長屋王家は「酒司（しゅし）」というセクションがあり、自前で酒を醸造していたし、米も消費しきれないほど確保できていたのであろう。米のまま保管すれば、土地も有り余る田舎ならばいざ知らず、花の都では保管のコストもばかにならない。ならば売ってしまえばよい。米のまま売りさばくより、酒や飯に加工してから販売した方が儲けがでる。（以下省略）
《市の賑わい》
市司の市場価格調査も決して十分ではなかったらしい。東西市の価格差を調査した報告書もある。また、造東大寺司写経所でも、「市庄」（いちのしょう）を通じて独自に東西市の価格を調べあげ、調達している。
この市庄というのは、造東大寺司が市周辺に確保した物流・交易拠点であろう。専属スタッフも配属されていた。布勢足人もそうしたうちの一人で、西市庄からの書類にサインしているほか、出勤報告の書類も残っている。それによると、天平勝宝（てんぴょうしょうほう）六年（七五四）二月の彼の出勤日数は二七日であった。（同書 以下省略 書類の引用元も省略）
――■「水洗トイレは古代にもあった」（黒崎直著 2009年12月10日発行）によると、「平城宮内からは、『此所不得小便（ここで小便するな）』と書かれた木札状の木簡が発見されている。」という。長さ20センチ、幅5センチほどというが、写真で見ると上下の部分が欠けているように見える。同じく平城京内から土師器の広口甕の破片が発掘されていて、その頚部に「小便」の墨書があり、復元すると口径三〇センチあまりになるという。作業現場に設置された小便容器だったのか、と著者は推定している。するとこの木簡は、現代でいうと「愛犬の……」といったところか。他にも種々の標識が出土しているというから、すでに看板広告のようなものがあったのかもしれない。（「此所不得小便」で検索可）
【その５】 実態のわからないパーセント議論
――パーセンテージを使って議論されると、何がどうなるのかさっぱりわからない。官僚的技法の一つか。
■役員報酬半減、大変厳しい数字…東電の清水社長（読売新聞 2011年4月28日）（検索可）
東京電力の清水正孝社長は２８日午後、常務以上の役員報酬を５０％カットすることについて、「５０％カットは、大変厳しい数字と考えている」と東電本店で報道陣に語った。
海江田経産相は同日午前の記者会見で役員報酬カットなどについて「まだ足りない。今の世論、国民感情も考えて欲しい」と述べていた。清水社長は一段のカットについて「現時点では未定」と明言を避けた。
東電は今月２５日、福島第一原子力発電所事故の損害賠償費用を捻出するため、常務以上の役員の年間報酬を５０％、執行役員は４０％、管理職は年収の２５％、一般社員は２０％を、それぞれカットする人件費抑制策を発表していた。（同記事）
――これはすでにお馴染みの記事だと思うが、「５０％カットは、大変厳しい数字と考えている」などといわれると、生活ができなくなるのかと思ってしまう。低所得生活を続けていると想像力にまで格差が生じてしまう。
そうしたら、海江田万里経済産業相が１４日、東京電力首脳の年収が７２００万円にのぼることを“暴露”したという。暴露なのか口が滑ったのか不明だが、東電首脳は報酬開示を拒否していたという。
■東電幹部の年収7200万円 海江田さん暴露（日刊スポーツ 2011年5月15日）（検索可）
（前略）
東電首脳の報酬については、これまでも「高すぎる」の指摘がなされてきた。０７年以降、役員賞与カットや役員報酬２０％減を続けているが、それでも０９年度の有価証券報告書によると、取締役の報酬総額は約７億円で、平均では約３７００万円。昨年の株主総会では、役員報酬の個別開示を求められたが、清水社長は「個別開示の考えはない」と拒否していた。（同記事 以下省略）
――『週刊エコノミスト』（2010年7月20日号）（役員報酬）に載っていた「徹底検証『役員報酬』の実態」（友田信男氏 東京商工リサーチ情報本部副本部長）――「1人当たりの役員報酬額ランキング」（50位）「高額報酬ランキング」（100位）を見てみた。
2010年度のものだが「東証1部に株式上場している企業（3月期決算）を対象に、6月30日までに有価証券報告書に記載された役員報酬1億円以上の氏名、金額などの個別情報を集計した。役員報酬には基本報酬のほか、賞与、ストックオプションなどを含む。」（同記事）というものだが、確かに電力関連の名前は見当たらなかった。もっとも、収入は報酬だけとは限らない。役員報酬も実態がわからないようにできている。
※参考
■１０年度東証１部 １億円プレーヤーは総勢２７１人（日刊ゲンダイ2011年5月31日）（検索可）
――国家公務員給与の場合も同じく実態がわからない。ただ次の記事は２０１４年３月末までの措置だという。
■国家公務員給与７・８％削減へ 関連法案を閣議決定（2011年6月3日 共同通信）（検索可）
――菅政権が家庭向けに節電対策メニューをつくったという。（■「エアコンやめ扇風機、５０％節電 政府、家庭用メニュー」（asahi.com 2011年5月9日）（検索可）
載っていた図を読みやすいように整理してみた。
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【家庭の節電対策】
（節電効果は、在宅世帯の日中の平均的消費電力に対し、その項目を実行した場合の削減率。資源エネルギー庁の資料から） メニュー・節電効果（％）
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★エアコン
設定温厚を28℃を目安に2℃上げる＝＝11％
扇風機を使い、エアコンを使わない＝＝50％
「すだれ」「よしず」などで日差し緩和＝＝10％
★冷蔵庫
設定を「強」から「中」に。扉を開ける時間と保存食品を最小限に＝＝2％
★照明
日中は消灯。夜間も最小限に＝＝5％
★テレビ
必要なとき以外は消す＝＝2％
省エネモードに設定。画面の輝度を下げる＝＝2％
★温水洗浄便座
コンセントからプラグを扱く・便座保温・温水を「オフ」に＝＝いずれかで1％未満
★炊飯器
早朝にタイマー機能で1日分をまとめて炊飯＝＝2％
★（家電全般）待機電力
リモコンの電源ではなく主電源を切る。長時間使わない機器はプラグを抜く＝＝2％
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――パーセンテージでああしろ、こうしろと言われても、そもそも出発点となる使用量が家庭ごとに異なる。すでに切り詰めた生活を続けている家庭にはできるわけがない。自分の場合は、エアコンもないし冬の暖房もない。テレビも見ない。
ここに挙げてある電気を食うものは、エコだったんじゃないですか？ 最初から扇風機や小画面テレビにしておけばよかったのに。何KW節電なのか、具体的に数値を示してほしいものだ。
2011年04月27日
現代版「朝三暮四」（列子）の論理と電力問題
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目次
【その１】 現代版「朝三暮四」（列子−黄帝）
【その２】 単純な論理ほど受け入れやすいということ
【その３】 原発擁護派の単純明快な論理
【その４】 まだ続く安全の論理
【その５】 NUMO（ニューモ）「原子力発電環境整備機構」とは？
【その６】 吹き飛んだ原発の経済合理性
【その７】 オールオアナッシングで語られる論理
【その８】 「今のままの生活を続けたいなら……」
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【その１】 現代版「朝三暮四」（列子−黄帝）
宋有狙公者。愛狙、養之成群。能解狙之意。狙亦得公之心。損其家口、充狙之欲。俄而匱焉。将限其食。恐衆狙之不馴於己也。先誑之曰、与若［チョ］、朝三而暮四、足平。衆狙皆起而怒。俄而曰、与若［チョ］、朝四而暮三、足平。衆狙皆伏而喜。
物之以能鄙相籠、皆猶此也。聖人以智籠群愚、亦猶狙公之以智籠衆狙也。名実不虧、使其喜怒哉。
宋に狙公（そこう）という者あり、狙（さる）を愛し、これを養いて群を成す。よく狙の意を解す。狙もまた公の心を得たり。その家口を損（へ）らして（or損じて）、狙の欲を充たせり。俄（にわか）にして匱（とぼ）し。まさにその食を限らんとす。衆狙のおのれに馴れざらんことを恐る。まずこれを誑（たぶら）かして曰く、「なんじに［チョ］を与えんに、朝に三にして暮は四にす、足らんか」。衆狙みな起（た）ちて怒れり。俄にして曰く、「なんじに［チョ］を与えんに、朝に四にして暮は三にせば、足らんか」。衆狙みな伏して喜べり。
物の能鄙（のうひ）をもってあい籠（ろう）するは、みななおかくのごとし。聖人智をもって群愚を籠する、またなお狙公の智をもって衆狙を籠するがごとし。名実虧（か）けず、それをして喜怒せしむるかな。
――便宜上、二段に分けたが、前半だけで意は尽くされている。高校一年の教科書でも前半だけ掲載してあるものが多い。訳は「［三省堂辞書サイト］【今週のことわざ】朝三暮四」などを参照してほしい。
なお［チョ］（くさかんむり＋予）とあるのは餌（木の実などの一種）のことだが、食糧としておく。
現代に置き換えると問題はどうなるか。論理に着目するために、骨格だけを抜き出してみる。
にわかに食糧が匱（乏）しくなった。狙公は、食糧を節約しようとしたが、どうしていいかわからない。そこで、食糧の納入業者に一任した。業者は、グループ分けして順番に食糧をカットすることにする。第一のグループは朝は４つ、昼は０などと。ところが、カットされないところがあった。
衆狙みな起ちて怒れり。
そこで狙公は、今度は節食運動をしようと提案した。みんな一日に朝３つ、暮れ３つずつだ。
ところが、ある者が名指しで非難された。食い占めている奴がいるじゃないかと。
衆狙みな起ちて怒れり。
名指しで非難された者曰く、「我々は夜間に食いだめができるのだ。昼間は節食している！」
「全員が食いだめしているのか？」
……
――なおも議論は続くのだが、感想を言えば、節約するのとムダを省くのとは違う。すでに種々の理由から限界までムダを省いている者がいるのも確かである。一律に節約するというのは出発点からしておかしい。
ついでながら、ピカピカ光るものが多く電力を浪費しているというわけではない。「運動」などと言われると、つい光るものだけに目が向きそうだ。
【その２】 単純な論理ほど受け入れやすいということ
――「朝三暮四」のような単純な理屈に騙されるはずがない、と思うかもしれないが、単純なものほど思い込みが働きやすい。言われた相手が勝手に補って都合よく解釈してくれるのだ。あとは単純な事実を手を変え品を変え関連情報でフォローしていけばよい。
情報を握る者は、思想形成において圧倒的に優位に立つ。
｢ドイツ・イデオロギー｣(マルクス／エンゲルス 古在由重訳)には「物質的生産の手段を左右する階級は、それと同時に精神的生産の手段を左右する。」と指摘してある。さらに言えば、思考そのものをも左右できるということになる。
都合のいい事実だけに基づいた情報発信をすることによって、情報の発信者が受け手の思考を限定できるということを意味する。思考に枠をはめる（発信者側の土俵で論理が展開される）といってもよい。
その意味で、次の記事などは実に興味深い。
■原発「危険」でも「必要」 島根大新入生意識調査（asahi.com 2011年4月24日）
東日本大震災を受け、島根大法文学部の上園昌武教授（環境経済論）が新入生を対象に実施した原子力発電の意識調査の結果がまとまった。原発は「危険」と考えながら、エネルギー源として「必要」と考えていることがわかり、政府や電力会社への不信感の高まりも浮き彫りとなった。
調査は今月８日、「環境問題通論Ａ」の講義を受講した３３０人にした。質問は１２項目で、学生が端末で回答するとデータ化できるシステムでまとめた。
□島根原発「不安」７２％
原発の安全性を尋ねると、「危険」（７７％）が「安全」（２３％）を大きく上回った。福島第一原発事故後の原発への考え方の変化では、「否定的になった」（５７％）と「否定的のまま」（１２％）が、「肯定的になった」（７％）「肯定的のまま」（２４％）を上回った。
出身地別では、関東・東北・北海道・外国の出身者は「否定的」とする割合が他地域より高かった。島根原発への「不安」は７２％あった。
一方、エネルギー源としての原発の必要性を問うと、「必要」（８６％）。原発の今後については「推進」（３１％）や「現状維持」（３７％）が、「少しずつ廃止」（２４％）や「全面的に廃止」（７％）を上回った。
□新聞「信頼」は７１％
原発事故後の政府への信頼については、「信頼できない」「あまり信頼できない」で８割を超え、電力会社への不信感も６割近くに。またメディアに登場する専門家は「信頼」（６１％）、「不信」（３９％）。ＮＨＫをはじめとするテレビは「信頼」（５３％）と「不信」（４７％）が拮抗（きっこう）し、新聞は「信頼」（７１％）が「不信」（２９％）を上回った。
「原発事故や放射性廃棄物問題などは３０年後の科学技術の進歩で解決できると思うか」と尋ねると、「解決」（５６％）、「解決しない」（４４％）となった。（藤井満）
◇
〈上園昌武教授の話〉 原発を「危険」と認識しても脱原発を考えない背景は、政府や電力会社による「安全神話」の一方的な宣伝や、日本政府が脱原発へ将来像を描けていないことがある。技術対策と経済活動の見直しによるエネルギー消費量の抑制と、再生可能エネルギーへのシフトに取り組むことで、脱原発を実現することは技術的に可能だ。学校教育や大学教育で、原発が抱える諸問題を真正面から取り上げ、エネルギー教育の内容を抜本的に変更することが求められている。（同記事より全文）
――『CIA秘録』（ティム・ワイナー著）という本がある。この本を読むと、組織というものがいかに自分たちにとって不利な情報を隠蔽し、都合のいい情報だけを、しかも都合のいいように改竄して発信するものか、よくわかる。対政府という国家の機関同士においてもそうだというのだ。
今回の原発事故に関して、東電に情報を出させると政府が発表した。自前の情報収集機関をもたずに危機管理ができるはずがない。案の定、情報は迷走し不信感が増幅されていく。
【その３】 原発擁護派の単純明快な論理
・原子力はCO2を出さないクリーンなエネルギーだ。
・原子力は安全だ。
・原子力は経済的だ。
・今のままの生活を続けるには原子力が必要だ。
――言わんとするところは実に単純明快だ。だがよく練られた論理だ。
一番目はCO2を出さないこととクリーンを結びつけた論理だが、もうこれは通用しないだろう。特に汚染水の放出はひどい。日本に原子力を管理する能力がないことを世界中に示した。
■汚染水放出は「国際犯罪」 チェルノブイリ関係者らが批判（産経ニュース 2011年4月11日）（検索可）
――もう一つ付け加えておく。「被曝限度とされてきた国際基準」に関する論理だ。
■「直ちに…」「ずっと食べ続けなければ…」に専門家疑問（SAPIO 2011年5月4日・11日号）――（NEWSポストセブン2011年4月26日）（検索可）
「直ちに人体に影響を及ぼす数値ではない」
「ずっと食べ続けなければ大丈夫」
福島第一原発事故による汚染が深刻化する中、「学者」や「専門家」がテレビに登場し、こう繰り返している。ウラン濃縮の専門家で環境問題にも詳しい武田邦彦・中部大学教授は「これまで被曝限度とされてきた国際基準がなし崩しにされている」と、その言説を批判する。
＊ ＊ ＊
一般人に対する法律上の放射線の年間被曝限度は1ミリシーベルト（1000マイクロシーベルト）であり、この数値が国際基準になっている。
ところが今回の事故で放射性物質が広範囲に飛散し、年間に換算して1ミリシーベルトを超える地点が出てくると、学者や専門家はメディアを通じて一斉にこう言い出した。
「飛行機で東京とニューヨーク間を往復すれば200マイクロシーベルト被曝する」
「自然界からは規制値を上回る1.4ミリシーベルトの放射線を浴びている」
規制値である1ミリシーベルトは、そうした自然界や医療などでの被曝を考慮に入れた上で決められたものなのに、「自然界や医療被曝でも放射線を浴びているのだから、原発からの被曝量が1ミリシーベルトを超えても大した問題ではない」かのような論理にすり替えられてしまったのだ。（同記事より 以下省略）
【その４】 まだ続く「安全」の論理
――誰が言い始めたのか、原発が安全だという議論をいまだに展開する人がいる。日本の原子力事故では死んだ人の数が２人しかいないから他より安全だというのだ。
ものごとの危険度を死んだ人の数だけを基準として比較するのも問題なのだが、日常の生活空間で起こった災害とそうでないものとを比較しても無意味だ。日常の生活空間で水素爆発などが起こったら被害は甚大になる。
※「世界 2011年 1月号＜目次＞」（検索可）の「原発頼みは一炊の夢か──福島県双葉町が陥った財政難」（葉上太郎記者）PDF（1.5MB）参照
【その５】 NUMO（ニューモ）「原子力発電環境整備機構」
――NUMOがどういうことをやっているのか、次の記事に詳しい。
■「民意偽装」（第６回）漫透する原発政策（斉藤貴男著）（世界2010年2月号）の「原発政策に寄り添う人脈」の章から引用。
改めて指摘するまでもなく、PR戦略の具体的なメニューの数々は、NUMO自身の発案ではない。一般公開入札で落札した大手広告代理店によって打ち出されたものばかりだ。
（第二段落省略）
読売新聞社とNUMOとは人的な関係も深い。電気事業連合会会長や日本原子力産業協会会長らが並ぶNUMOの評議員メンバーには、読売の元常務・編集局長の河野光雄（内外情報研究会会長）、科学部の記者だった東嶋和子（とうじまわこ）（サイエンス・ジャーナリスト）の両氏が名を連ねていた。
シンポジウムの翌二五日には、その『読売新聞』と全国の地方紙・ブロック紙にNUMOの全面広告が載った。国際ジャーナリストで明治大学国際日本学部長も務める蟹瀬誠一氏と、NUMOの山路亨理事長との対談が組まれていた。
〈もう、目をそらす訳にはいかない現実があります。〉
大見出しを受けて、蟹瀬氏が口火を切る。
〈「環境問題と相まって、原子力発電が注目されていますね。」
「地球温暖化対策、エネルギー確保という視点で、アメリカ、イギリス、フィンランドは原子力発電所の新増設に向って動き出し、スウェーデンは脱原子力発電政策を転換しました。日本においても太陽光発電などの新エネルギーの開発を進めていますが、発電時にCO2を出さず、燃料をリサイクルできる原子力発電の必要性は増しています。」〉
と山路理事長。NUMOが読者に最も訴えかけたい主張は、しかし彼よりも、むしろ蟹瀬氏に代弁されているように映った。
〈「人は、知らないものに対して不安を抱きます。電気の廃棄物や地層処分についても同じなんです。資源の少ない日本で今のような生活を保ち、さらによくしていきたいと思うなら、そのためのエネルギーをどうやって確保するのか、そう考えると現実が見えてきます。……」〉（同書より引用 以下省略）
――読売新聞には原子力関連の広告も多い。社説もそれに呼応している。
■フクシマの波紋 原発政策で比重増す安全論議（社説 2011年4月24日 読売新聞）
（前半省略）
脱原発を決めたドイツでは、電気料金の高騰による産業競争力の低下や家計の負担増を懸念する声が早くも上がっている。
代替エネルギーの開発や送電設備に多額の投資が必要と試算されているからだ。脱原発の道のりは紆余(うよ)曲折が避けられまい。
事故後も、原発政策を変えない国は厳然としてある。
オバマ米大統領は先月３０日の講演で、２０３５年までに電力の８割を温室効果ガスを排出しない資源で生み出す方針を表明し、「原発はその大きな柱」と語った。
原発推進の理由に、原油などエネルギー資源の海外依存度を減らす必要性も強調している。
フランスは既存原発の安全性を再確認する必要性は認めたが、推進方針に変化はない。
ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興５か国（ＢＲＩＣｓ）の首脳も今月１４日、「原発増設は不可避」との認識を示した。高度経済成長を支える電力の需要増に対応する必要があるからだろう。
原発は、運転中は温室効果ガスを出さないことから、再評価されつつあった。その動きがフクシマを契機に後退すれば、温暖化対策に大きな影響が及ぶだろう。
原発の再生には、国際的な安全基準作りが急務である。そのうえで、中長期的な観点から総合的にエネルギー政策を議論する冷静さが求められている。（同記事）
――メディアや学者、タレントの責任はどうなのか。もちろん同列に論じることはできないが、広告やキャンペーンとして成立する過程でどういう力が働いたのか、どういう意図があったのか、検証する必要はある。残念ながらすべて闇の中なのだ。一個人が同一の土俵で議論を展開するのなら、もちろんそれは自由だし歓迎されるべきだろう。だが、広告やキャンペーンとなると意味合いがまったく異なってくる。反対意見や批判が封じられてしまうからだ。情報量やその質が他を圧倒している。インターネットが登場したとはいえ、まだ情報伝達手段の一部に過ぎない。
【その６】 吹き飛んだ原発の経済合理性
――日経に次の記事が出た。日経の特徴がよく出ている。できれば全文を読んでほしい。
■東電の悪夢、問われる原発の合理性 吹き飛んだ２兆7000億円弱（日経 2011年4月12日 安西巧産業部編集委員）（検索可）
（前半省略）
これまで原発は安全性に難点はあるものの、燃料コストが安く、経済合理性に優れているとされてきた。だが、今回の事故とその後広範な周辺地域に及んだ数万人規模（半径20キロ圏内だけで約８万人）の住民避難、農産物、海産物への被害、そして「最大10兆〜11兆円」（外資系証券会社の試算）ともいわれる補償額を考慮すると、「原発の経済合理性」は説得力を持たなくなる。仮に原子力損害賠償法の下で政府が負担を肩代わりするとしても、その原資は税金であり、「社会のコスト」として果たして国民が受け入れるかどうか疑問符がつく。
なにより、電力会社の経営者が事業上のみならず心理的な"原発リスク"に耐えられなくなる可能性が高い。東電の経営陣は事故発生後の１カ月間、暴落する株価を見ながら株主代表訴訟の悪夢が脳裏をかすめたに違いない。事故のエスカレートによって、もはや資金的にも心理的にも民間企業の経営者が負えるリスクの限度をはるかに超えているように見える。
事故さえ起こさなければ、原発にはまだ合理性が……という議論があるかもしれない。しかし、この10年間を見る限り、その合理性は大きく揺らいでいる。原発１基あたりの建設費は4000億〜5000億円で初期投資は火力発電所の1.5倍。これを40年以上長期運転をすればコスト競争力は高いとされてきた。ところが、原発建設には地元対策として巨額の支援事業（例えば、東電が福島県楢葉町・広野町に130億円を投じて建設したスポーツ施設「Ｊヴィレッジ」）など見えないコストがあるほか、加えて事故・トラブルが余りにも多すぎる。
東電に限ってみても、2002年に原発点検時のデータ改ざんが発覚、翌03年には同社の原発全17基が停止を余儀なくされ、その過程で当時の南直哉社長はじめ荒木浩会長、那須翔相談役、平岩外四相談役の歴代社長経験者４人がそろって辞任を余儀なくされている。
さらに07年の中越沖地震では柏崎刈羽原発１〜７号機が全基停止。火災などの被害を受け、08年３月期と09年３月期に合計2500億円の特別損失を計上した。中越沖地震の後遺症は尾を引き、連結純損益も08年３月期は1501億円、09年３月期は845億円のともに赤字。07年３月期に３兆335億円あった株主資本は09年3月期に２兆3786億円と6500億円も目減りした。
これほどやっかいな原発を電力会社の経営者は「国策事業」として背負い続けていくのか。株主は大事故を起こせば株価が暴落するリスクに耐えられるのか。そして危険を覚悟で事故処理に立ち向かう従業員を今後も確保できるのか――。電力会社のステークホルダーだけでなく、国民全体の電力事業への価値観が見直されるべき時期に来ている。（同記事より後半部分）
【その７】 オールオアナッシングで語られる論理
――「仮想生活実験ドキュメント もしも」というテレビ番組（フジテレビ系列）があったという。展開される論理は、「もしも電気がなかったら」なのだ。番組提供はNUMO（原子力発電環境整備機構）。「『電気の廃棄物』問題を考えるキャンペーン」（検索可）だという。
■もしも電気がなくなったら、あなたはどうしますか？
現代人にとって欠かせない「電気」。
日本人一人あたりの電気使用量は年々増え続け、世界第３位にまで！ テレビを点けたまま携帯メールに夢中になったり・・・誰もいない部屋の明かりを点けっぱなしにしたり・・・「電気」は無限にあるものだと思っていませんか？
そこで、一日に使用できる電気量が除々に制限される実験を行い、電気のありがたさを知っていただきます。
実験部屋で共同生活を開始！電気の使用量がどんどん減っていった時二人の生活はいったいどうなるのか！？
（2009年10月18日放送 http://www.fujitv.co.jp/msm/special/special.html）
――【その５】に引用した「民意偽装」（斉藤貴男著）でこの番組にふれているのだが、番組内容が書いてない。文面から推察すると、「電気のありがたさ」を知るのは結構なのだが、電気がない生活への恐怖がその内容らしい。
誰も電気が必要ないとは言っていない。誰だって電気がなくなれば困るに決まっている。基本的な生活を営むのに必要な電力を確保して欲しいだけのことだ。この電力量とはいったいどれほどのものなのか。
【その８】 「今のままの生活を続けたいなら」という論理
――原発事故後に大々的に展開されて始めたのが電力不足の議論だ。「今のままの生活」という論理に通じる。夏場にエアコンが使えなくなる等々。「今のままの生活」のためには電力が必要で、そのためには原発が必要だという論理である。もうこの論理しかないのだろう。だが考えてみると、すでに「今のままの生活」はできなくなっている。たとえば、水が飲めなくなりつつある。水がなければ人間は生活できない。
ニュースを見ていたら、最大供給電力の数値がどんどん増加した。以下の記事にまとめてある。
■なんだよ 電力いくらでもあるじゃないか（日刊ゲンダイ 2011年4月16日）（検索可）
「打ち出の小槌」じゃないが、発表のたびに、東京電力の最大供給電力の数値が上積みされている。
１５日、東電は７月末の電力供給見通しを５２００万キロワットへ上方修正した。これは"大朗報"だ。「やればできるじゃないか」である。
福島原発事故からこれまで、東電の発表などによると、供給能力は３１００万キロワット（３月１２日）、３７５０万キロワット（２３日）、３８００万キロワット（２９日）、３９００万キロワット（４月４日）、３９５０万キロワット（６日）と、順調に上昇してきた。１５日のピーク時の供給量は４０００万キロワットだった。
そして今回、大震災で被災した火力発電所の復旧や定期検査で止まっていた設備の再稼働に加え、千葉県内のガスタービン機器の新設、夜間にくみ上げた水で日中に発電する揚水発電の活用が可能になったことなどにより、５２００万キロワットの確保が現実になったと公表したのである。
「東電の想定する夏の最大電力需要は５５００万キロワット。この調子だと、大企業などが節電すれば、一般家庭は計画停電なしで夏を乗り切れそうです」（経済ジャーナリスト・山本伸氏）
もともと国際エネルギー機関（ＩＥＡ）は、「日本は、原子力発電不足分を補う石油火力発電の余剰がある」との見解を示していた。そのニュースは、ロイター電で世界に報じられていた。福島原発抜きでも、やれないことはないのだ。東電としては、「原発不要論」が実証されるのは嫌だろうが、ここは国民生活第一で考えるしかない。（同記事全文）
――電力供給量の問題で興味深い記事があった。検証に値する。
■「揚水発電」をカウントすれば原発なしでも夏の電力間に合う（週刊ポスト2011年4月29日号）
菅直人・首相は震災発生から1か月と1日後の記者会見（4月12日）で、こう力を込めた。
「原子力事故が起きて以来、政府の責任者である私が知ったことで、都合が悪いから隠すようにといったことは一切ありません」――震災以降、批判を恐れて滅多に会見しようとしなかった「国を操る人」の言葉は、真っ赤な嘘だった。
本誌『週刊ポスト』はそのことを示す1枚の極秘資料を入手した。しかし、それが示す事実は国民には公開されていない。
資料には、『東京電力の設備出力及び地震による復旧・定期検査等からの立ち上がりの動向』と表題が記されている。東京電力のすべての原子力、火力発電所や水力発電の出力、被災状況、7月末までにどの発電所の何号機が復旧するかの見通しが一覧表にまとめられたものだ。資源エネルギー庁が官邸や政務三役、与党幹部などへの電力制限の説明資料として作成したもので、右肩に「厳秘」と入っている。
資料からは、大地震前後の東電の発電能力の変化が一目でわかる。震災前には5200万kWの供給力があったが、地震と津波で原発3か所をはじめ、7か所の火力発電所が全基停止し、3月14日時点では供給力は3100万kWに下がった。首都圏で計画停電が実施され、電車の大幅減便で通勤難民があふれたあの時である。
電力需要がピークを迎える7月末に向けて、定期点検のために休止していた東扇島や姉崎などの火力発電所はすでに運転を再開し、震災の被害により停止していた鹿島や常陸那珂の火力発電所も復旧して立ち上がる見通しだが、それでも供給力は4650万kWにとどまると記されている。
記録的猛暑だった昨年の電力消費量のピークは7月23日の5999万kW。東電の需給見通しによると、今年のピーク時電力はそれより低い「5500万kW程度」と予測されるものの、供給力が850万kWも不足する計算になる。政府や東電が「このままでは真夏の大停電が起こる」と喧伝するのは、この数字を根拠にしている。
ところが、資料を詳細に分析すると、7月の供給力には盛り込まれていない"隠された電力"がある。「揚水発電」の出力が計算されていないのだ。
「揚水発電」は、夜間の余剰電力を利用して下貯水池から上貯水池にポンプで水を汲み上げ、日中の電力消費の多い時間帯に水力発電をする仕組み。発電時間は上貯水池の水が空になるまでの数時間だが、首都圏の夏の最大電力は午後2時を中心とした5〜6時間である。揚水発電の役割は、まさにピーク時の電力を補うための非常用電源といえる。今のような停電危機にこそ有効に活用すべき設備なのである。
東電は日航機墜落事故現場で知られる御巣鷹山の地下500mをくり抜いた世界最大の揚水発電「神流川発電所」（現在は1号機47万kWが完成）をはじめ、多くの大型揚水発電所を持ち、資料によると出力は全部で1050万kWに上る。東電は「揚水発電を発電量に織り込めるかどうかは精査中です」（広報部）というが、エネ庁がこの揚水発電を使わないことにしているのは不可解すぎる。
ちなみに、通常、揚水発電は原発の夜間電力を使って水を汲み上げていると説明されているため、原発の多くが停止してしまえば使えないと誤解されている面があるが、それは違う。電気事業連合会も「原発でなくても、夜間の余剰電力があれば揚水は稼働できます」（広報部）と認めている。
そこで、東電の7月末の4650万kWに加え、揚水発電の1050万kWをフル稼働させると計算すると、7月末に使える東電の供給力は5700万kWになる。これならばピーク需要を賄うことが可能なのだ。
他にも、7月末までの稼働予定に入っていない鹿島共同火力発電所1号機（17.5万kW）、常磐共同火力発電所9号機（30万kW）などの復旧が進んでおり、供給力がもっと増える可能性も出てきている。
また、長期停止中の横須賀火力発電所も、8基中4基は稼働させる予定だが、残りの4基も早期に再開できるという指摘がある。
5500万kWというピーク時電力も毎日続くわけではない。1年のうち数日であり、東電の夏場の平日の平均最大電力は4800万kW（需給見通し）とされている。揚水発電を合わせた供給力なら900万kWも余裕がある。
資源エネルギー庁電気・ガス事業部の電力基盤整備課の担当者は、資料の存在を認めたうえで、「このデータは開示しているものではない。どこで入手したのか」と逆質問してきた。
（質問）揚水発電を供給すれば、ピーク時の需要もまかなえるのではないか。
「使用を考えていないわけではない。が、揚水の出力1050万kWというのは最大値で、貯水池の水量の変化などによって、ピーク時に最大出力が使えるかは状況によって変わる。電力が足りない日が1日もあってはいけないと対応しているので、確実な電力だけしか供給力に計算していない」
官僚答弁の典型だ。だが、資料にはさらに目を疑う数字もある。東電の総供給能力は7800万kW。そのうち原子力は1820万kWだ。つまり、原発をすべて停止しても最大5980万kWの供給力があることになる。
現在、東電の原発は柏崎刈羽の1号機と5〜7号機が稼働（出力は4基で491.2万kW）しているが、停止中の火力が復旧すれば、柏崎刈羽の全炉を停止しても、「停電」はしないですむことを示すデータだ。（同記事より全文 注：「――」を（質問）に変えてある）
※関連記事
■雑誌の「夏の電力充分」報道で政府の電力供給見通し方向転換（週刊ポスト2011年5月6日・13日号）（検索可）
■東電・エネ庁の電力供給量過少申告は「原発利権」温存のため（週刊ポスト2011年5月6日・13日）（検索可）
――交通手段の確保や基本的な生活手段を確保するのは政府の責任だ。その意味では地震直後、政府は有効な対策はうてなかった。
■蓮舫氏、都議会・民主の自販機節電「権力で要請…国民はどう考える」疑問視（産経ニュース 2011年4月15日）（検索可）によると、蓮舫節電啓発担当相は１５日午前の記者会見で、
「経済活動に影響が出るものを権力で要請するのは国民がどう考えるか」
という疑問を呈したと言う。
これは
「経済活動に影響が出るものを権力で要請するのは企業がどう考えるか」
または、
「国民生活に影響が出るものを権力で要請するのは国民がどう考えるか」
でないとわかりにくい。前者の意味なら当該企業は反対するだろうし、後者の意味なら、自分にとってマイナスの影響は皆無だ。
目次
【その１】 現代版「朝三暮四」（列子−黄帝）
【その２】 単純な論理ほど受け入れやすいということ
【その３】 原発擁護派の単純明快な論理
【その４】 まだ続く安全の論理
【その５】 NUMO（ニューモ）「原子力発電環境整備機構」とは？
【その６】 吹き飛んだ原発の経済合理性
【その７】 オールオアナッシングで語られる論理
【その８】 「今のままの生活を続けたいなら……」
=========================================
【その１】 現代版「朝三暮四」（列子−黄帝）
宋有狙公者。愛狙、養之成群。能解狙之意。狙亦得公之心。損其家口、充狙之欲。俄而匱焉。将限其食。恐衆狙之不馴於己也。先誑之曰、与若［チョ］、朝三而暮四、足平。衆狙皆起而怒。俄而曰、与若［チョ］、朝四而暮三、足平。衆狙皆伏而喜。
物之以能鄙相籠、皆猶此也。聖人以智籠群愚、亦猶狙公之以智籠衆狙也。名実不虧、使其喜怒哉。
宋に狙公（そこう）という者あり、狙（さる）を愛し、これを養いて群を成す。よく狙の意を解す。狙もまた公の心を得たり。その家口を損（へ）らして（or損じて）、狙の欲を充たせり。俄（にわか）にして匱（とぼ）し。まさにその食を限らんとす。衆狙のおのれに馴れざらんことを恐る。まずこれを誑（たぶら）かして曰く、「なんじに［チョ］を与えんに、朝に三にして暮は四にす、足らんか」。衆狙みな起（た）ちて怒れり。俄にして曰く、「なんじに［チョ］を与えんに、朝に四にして暮は三にせば、足らんか」。衆狙みな伏して喜べり。
物の能鄙（のうひ）をもってあい籠（ろう）するは、みななおかくのごとし。聖人智をもって群愚を籠する、またなお狙公の智をもって衆狙を籠するがごとし。名実虧（か）けず、それをして喜怒せしむるかな。
――便宜上、二段に分けたが、前半だけで意は尽くされている。高校一年の教科書でも前半だけ掲載してあるものが多い。訳は「［三省堂辞書サイト］【今週のことわざ】朝三暮四」などを参照してほしい。
なお［チョ］（くさかんむり＋予）とあるのは餌（木の実などの一種）のことだが、食糧としておく。
現代に置き換えると問題はどうなるか。論理に着目するために、骨格だけを抜き出してみる。
にわかに食糧が匱（乏）しくなった。狙公は、食糧を節約しようとしたが、どうしていいかわからない。そこで、食糧の納入業者に一任した。業者は、グループ分けして順番に食糧をカットすることにする。第一のグループは朝は４つ、昼は０などと。ところが、カットされないところがあった。
衆狙みな起ちて怒れり。
そこで狙公は、今度は節食運動をしようと提案した。みんな一日に朝３つ、暮れ３つずつだ。
ところが、ある者が名指しで非難された。食い占めている奴がいるじゃないかと。
衆狙みな起ちて怒れり。
名指しで非難された者曰く、「我々は夜間に食いだめができるのだ。昼間は節食している！」
「全員が食いだめしているのか？」
……
――なおも議論は続くのだが、感想を言えば、節約するのとムダを省くのとは違う。すでに種々の理由から限界までムダを省いている者がいるのも確かである。一律に節約するというのは出発点からしておかしい。
ついでながら、ピカピカ光るものが多く電力を浪費しているというわけではない。「運動」などと言われると、つい光るものだけに目が向きそうだ。
【その２】 単純な論理ほど受け入れやすいということ
――「朝三暮四」のような単純な理屈に騙されるはずがない、と思うかもしれないが、単純なものほど思い込みが働きやすい。言われた相手が勝手に補って都合よく解釈してくれるのだ。あとは単純な事実を手を変え品を変え関連情報でフォローしていけばよい。
情報を握る者は、思想形成において圧倒的に優位に立つ。
｢ドイツ・イデオロギー｣(マルクス／エンゲルス 古在由重訳)には「物質的生産の手段を左右する階級は、それと同時に精神的生産の手段を左右する。」と指摘してある。さらに言えば、思考そのものをも左右できるということになる。
都合のいい事実だけに基づいた情報発信をすることによって、情報の発信者が受け手の思考を限定できるということを意味する。思考に枠をはめる（発信者側の土俵で論理が展開される）といってもよい。
その意味で、次の記事などは実に興味深い。
■原発「危険」でも「必要」 島根大新入生意識調査（asahi.com 2011年4月24日）
東日本大震災を受け、島根大法文学部の上園昌武教授（環境経済論）が新入生を対象に実施した原子力発電の意識調査の結果がまとまった。原発は「危険」と考えながら、エネルギー源として「必要」と考えていることがわかり、政府や電力会社への不信感の高まりも浮き彫りとなった。
調査は今月８日、「環境問題通論Ａ」の講義を受講した３３０人にした。質問は１２項目で、学生が端末で回答するとデータ化できるシステムでまとめた。
□島根原発「不安」７２％
原発の安全性を尋ねると、「危険」（７７％）が「安全」（２３％）を大きく上回った。福島第一原発事故後の原発への考え方の変化では、「否定的になった」（５７％）と「否定的のまま」（１２％）が、「肯定的になった」（７％）「肯定的のまま」（２４％）を上回った。
出身地別では、関東・東北・北海道・外国の出身者は「否定的」とする割合が他地域より高かった。島根原発への「不安」は７２％あった。
一方、エネルギー源としての原発の必要性を問うと、「必要」（８６％）。原発の今後については「推進」（３１％）や「現状維持」（３７％）が、「少しずつ廃止」（２４％）や「全面的に廃止」（７％）を上回った。
□新聞「信頼」は７１％
原発事故後の政府への信頼については、「信頼できない」「あまり信頼できない」で８割を超え、電力会社への不信感も６割近くに。またメディアに登場する専門家は「信頼」（６１％）、「不信」（３９％）。ＮＨＫをはじめとするテレビは「信頼」（５３％）と「不信」（４７％）が拮抗（きっこう）し、新聞は「信頼」（７１％）が「不信」（２９％）を上回った。
「原発事故や放射性廃棄物問題などは３０年後の科学技術の進歩で解決できると思うか」と尋ねると、「解決」（５６％）、「解決しない」（４４％）となった。（藤井満）
◇
〈上園昌武教授の話〉 原発を「危険」と認識しても脱原発を考えない背景は、政府や電力会社による「安全神話」の一方的な宣伝や、日本政府が脱原発へ将来像を描けていないことがある。技術対策と経済活動の見直しによるエネルギー消費量の抑制と、再生可能エネルギーへのシフトに取り組むことで、脱原発を実現することは技術的に可能だ。学校教育や大学教育で、原発が抱える諸問題を真正面から取り上げ、エネルギー教育の内容を抜本的に変更することが求められている。（同記事より全文）
――『CIA秘録』（ティム・ワイナー著）という本がある。この本を読むと、組織というものがいかに自分たちにとって不利な情報を隠蔽し、都合のいい情報だけを、しかも都合のいいように改竄して発信するものか、よくわかる。対政府という国家の機関同士においてもそうだというのだ。
今回の原発事故に関して、東電に情報を出させると政府が発表した。自前の情報収集機関をもたずに危機管理ができるはずがない。案の定、情報は迷走し不信感が増幅されていく。
【その３】 原発擁護派の単純明快な論理
・原子力はCO2を出さないクリーンなエネルギーだ。
・原子力は安全だ。
・原子力は経済的だ。
・今のままの生活を続けるには原子力が必要だ。
――言わんとするところは実に単純明快だ。だがよく練られた論理だ。
一番目はCO2を出さないこととクリーンを結びつけた論理だが、もうこれは通用しないだろう。特に汚染水の放出はひどい。日本に原子力を管理する能力がないことを世界中に示した。
■汚染水放出は「国際犯罪」 チェルノブイリ関係者らが批判（産経ニュース 2011年4月11日）（検索可）
――もう一つ付け加えておく。「被曝限度とされてきた国際基準」に関する論理だ。
■「直ちに…」「ずっと食べ続けなければ…」に専門家疑問（SAPIO 2011年5月4日・11日号）――（NEWSポストセブン2011年4月26日）（検索可）
「直ちに人体に影響を及ぼす数値ではない」
「ずっと食べ続けなければ大丈夫」
福島第一原発事故による汚染が深刻化する中、「学者」や「専門家」がテレビに登場し、こう繰り返している。ウラン濃縮の専門家で環境問題にも詳しい武田邦彦・中部大学教授は「これまで被曝限度とされてきた国際基準がなし崩しにされている」と、その言説を批判する。
＊ ＊ ＊
一般人に対する法律上の放射線の年間被曝限度は1ミリシーベルト（1000マイクロシーベルト）であり、この数値が国際基準になっている。
ところが今回の事故で放射性物質が広範囲に飛散し、年間に換算して1ミリシーベルトを超える地点が出てくると、学者や専門家はメディアを通じて一斉にこう言い出した。
「飛行機で東京とニューヨーク間を往復すれば200マイクロシーベルト被曝する」
「自然界からは規制値を上回る1.4ミリシーベルトの放射線を浴びている」
規制値である1ミリシーベルトは、そうした自然界や医療などでの被曝を考慮に入れた上で決められたものなのに、「自然界や医療被曝でも放射線を浴びているのだから、原発からの被曝量が1ミリシーベルトを超えても大した問題ではない」かのような論理にすり替えられてしまったのだ。（同記事より 以下省略）
【その４】 まだ続く「安全」の論理
――誰が言い始めたのか、原発が安全だという議論をいまだに展開する人がいる。日本の原子力事故では死んだ人の数が２人しかいないから他より安全だというのだ。
ものごとの危険度を死んだ人の数だけを基準として比較するのも問題なのだが、日常の生活空間で起こった災害とそうでないものとを比較しても無意味だ。日常の生活空間で水素爆発などが起こったら被害は甚大になる。
※「世界 2011年 1月号＜目次＞」（検索可）の「原発頼みは一炊の夢か──福島県双葉町が陥った財政難」（葉上太郎記者）PDF（1.5MB）参照
【その５】 NUMO（ニューモ）「原子力発電環境整備機構」
――NUMOがどういうことをやっているのか、次の記事に詳しい。
■「民意偽装」（第６回）漫透する原発政策（斉藤貴男著）（世界2010年2月号）の「原発政策に寄り添う人脈」の章から引用。
改めて指摘するまでもなく、PR戦略の具体的なメニューの数々は、NUMO自身の発案ではない。一般公開入札で落札した大手広告代理店によって打ち出されたものばかりだ。
（第二段落省略）
読売新聞社とNUMOとは人的な関係も深い。電気事業連合会会長や日本原子力産業協会会長らが並ぶNUMOの評議員メンバーには、読売の元常務・編集局長の河野光雄（内外情報研究会会長）、科学部の記者だった東嶋和子（とうじまわこ）（サイエンス・ジャーナリスト）の両氏が名を連ねていた。
シンポジウムの翌二五日には、その『読売新聞』と全国の地方紙・ブロック紙にNUMOの全面広告が載った。国際ジャーナリストで明治大学国際日本学部長も務める蟹瀬誠一氏と、NUMOの山路亨理事長との対談が組まれていた。
〈もう、目をそらす訳にはいかない現実があります。〉
大見出しを受けて、蟹瀬氏が口火を切る。
〈「環境問題と相まって、原子力発電が注目されていますね。」
「地球温暖化対策、エネルギー確保という視点で、アメリカ、イギリス、フィンランドは原子力発電所の新増設に向って動き出し、スウェーデンは脱原子力発電政策を転換しました。日本においても太陽光発電などの新エネルギーの開発を進めていますが、発電時にCO2を出さず、燃料をリサイクルできる原子力発電の必要性は増しています。」〉
と山路理事長。NUMOが読者に最も訴えかけたい主張は、しかし彼よりも、むしろ蟹瀬氏に代弁されているように映った。
〈「人は、知らないものに対して不安を抱きます。電気の廃棄物や地層処分についても同じなんです。資源の少ない日本で今のような生活を保ち、さらによくしていきたいと思うなら、そのためのエネルギーをどうやって確保するのか、そう考えると現実が見えてきます。……」〉（同書より引用 以下省略）
――読売新聞には原子力関連の広告も多い。社説もそれに呼応している。
■フクシマの波紋 原発政策で比重増す安全論議（社説 2011年4月24日 読売新聞）
（前半省略）
脱原発を決めたドイツでは、電気料金の高騰による産業競争力の低下や家計の負担増を懸念する声が早くも上がっている。
代替エネルギーの開発や送電設備に多額の投資が必要と試算されているからだ。脱原発の道のりは紆余(うよ)曲折が避けられまい。
事故後も、原発政策を変えない国は厳然としてある。
オバマ米大統領は先月３０日の講演で、２０３５年までに電力の８割を温室効果ガスを排出しない資源で生み出す方針を表明し、「原発はその大きな柱」と語った。
原発推進の理由に、原油などエネルギー資源の海外依存度を減らす必要性も強調している。
フランスは既存原発の安全性を再確認する必要性は認めたが、推進方針に変化はない。
ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興５か国（ＢＲＩＣｓ）の首脳も今月１４日、「原発増設は不可避」との認識を示した。高度経済成長を支える電力の需要増に対応する必要があるからだろう。
原発は、運転中は温室効果ガスを出さないことから、再評価されつつあった。その動きがフクシマを契機に後退すれば、温暖化対策に大きな影響が及ぶだろう。
原発の再生には、国際的な安全基準作りが急務である。そのうえで、中長期的な観点から総合的にエネルギー政策を議論する冷静さが求められている。（同記事）
――メディアや学者、タレントの責任はどうなのか。もちろん同列に論じることはできないが、広告やキャンペーンとして成立する過程でどういう力が働いたのか、どういう意図があったのか、検証する必要はある。残念ながらすべて闇の中なのだ。一個人が同一の土俵で議論を展開するのなら、もちろんそれは自由だし歓迎されるべきだろう。だが、広告やキャンペーンとなると意味合いがまったく異なってくる。反対意見や批判が封じられてしまうからだ。情報量やその質が他を圧倒している。インターネットが登場したとはいえ、まだ情報伝達手段の一部に過ぎない。
【その６】 吹き飛んだ原発の経済合理性
――日経に次の記事が出た。日経の特徴がよく出ている。できれば全文を読んでほしい。
■東電の悪夢、問われる原発の合理性 吹き飛んだ２兆7000億円弱（日経 2011年4月12日 安西巧産業部編集委員）（検索可）
（前半省略）
これまで原発は安全性に難点はあるものの、燃料コストが安く、経済合理性に優れているとされてきた。だが、今回の事故とその後広範な周辺地域に及んだ数万人規模（半径20キロ圏内だけで約８万人）の住民避難、農産物、海産物への被害、そして「最大10兆〜11兆円」（外資系証券会社の試算）ともいわれる補償額を考慮すると、「原発の経済合理性」は説得力を持たなくなる。仮に原子力損害賠償法の下で政府が負担を肩代わりするとしても、その原資は税金であり、「社会のコスト」として果たして国民が受け入れるかどうか疑問符がつく。
なにより、電力会社の経営者が事業上のみならず心理的な"原発リスク"に耐えられなくなる可能性が高い。東電の経営陣は事故発生後の１カ月間、暴落する株価を見ながら株主代表訴訟の悪夢が脳裏をかすめたに違いない。事故のエスカレートによって、もはや資金的にも心理的にも民間企業の経営者が負えるリスクの限度をはるかに超えているように見える。
事故さえ起こさなければ、原発にはまだ合理性が……という議論があるかもしれない。しかし、この10年間を見る限り、その合理性は大きく揺らいでいる。原発１基あたりの建設費は4000億〜5000億円で初期投資は火力発電所の1.5倍。これを40年以上長期運転をすればコスト競争力は高いとされてきた。ところが、原発建設には地元対策として巨額の支援事業（例えば、東電が福島県楢葉町・広野町に130億円を投じて建設したスポーツ施設「Ｊヴィレッジ」）など見えないコストがあるほか、加えて事故・トラブルが余りにも多すぎる。
東電に限ってみても、2002年に原発点検時のデータ改ざんが発覚、翌03年には同社の原発全17基が停止を余儀なくされ、その過程で当時の南直哉社長はじめ荒木浩会長、那須翔相談役、平岩外四相談役の歴代社長経験者４人がそろって辞任を余儀なくされている。
さらに07年の中越沖地震では柏崎刈羽原発１〜７号機が全基停止。火災などの被害を受け、08年３月期と09年３月期に合計2500億円の特別損失を計上した。中越沖地震の後遺症は尾を引き、連結純損益も08年３月期は1501億円、09年３月期は845億円のともに赤字。07年３月期に３兆335億円あった株主資本は09年3月期に２兆3786億円と6500億円も目減りした。
これほどやっかいな原発を電力会社の経営者は「国策事業」として背負い続けていくのか。株主は大事故を起こせば株価が暴落するリスクに耐えられるのか。そして危険を覚悟で事故処理に立ち向かう従業員を今後も確保できるのか――。電力会社のステークホルダーだけでなく、国民全体の電力事業への価値観が見直されるべき時期に来ている。（同記事より後半部分）
【その７】 オールオアナッシングで語られる論理
――「仮想生活実験ドキュメント もしも」というテレビ番組（フジテレビ系列）があったという。展開される論理は、「もしも電気がなかったら」なのだ。番組提供はNUMO（原子力発電環境整備機構）。「『電気の廃棄物』問題を考えるキャンペーン」（検索可）だという。
■もしも電気がなくなったら、あなたはどうしますか？
現代人にとって欠かせない「電気」。
日本人一人あたりの電気使用量は年々増え続け、世界第３位にまで！ テレビを点けたまま携帯メールに夢中になったり・・・誰もいない部屋の明かりを点けっぱなしにしたり・・・「電気」は無限にあるものだと思っていませんか？
そこで、一日に使用できる電気量が除々に制限される実験を行い、電気のありがたさを知っていただきます。
実験部屋で共同生活を開始！電気の使用量がどんどん減っていった時二人の生活はいったいどうなるのか！？
（2009年10月18日放送 http://www.fujitv.co.jp/msm/special/special.html）
――【その５】に引用した「民意偽装」（斉藤貴男著）でこの番組にふれているのだが、番組内容が書いてない。文面から推察すると、「電気のありがたさ」を知るのは結構なのだが、電気がない生活への恐怖がその内容らしい。
誰も電気が必要ないとは言っていない。誰だって電気がなくなれば困るに決まっている。基本的な生活を営むのに必要な電力を確保して欲しいだけのことだ。この電力量とはいったいどれほどのものなのか。
【その８】 「今のままの生活を続けたいなら」という論理
――原発事故後に大々的に展開されて始めたのが電力不足の議論だ。「今のままの生活」という論理に通じる。夏場にエアコンが使えなくなる等々。「今のままの生活」のためには電力が必要で、そのためには原発が必要だという論理である。もうこの論理しかないのだろう。だが考えてみると、すでに「今のままの生活」はできなくなっている。たとえば、水が飲めなくなりつつある。水がなければ人間は生活できない。
ニュースを見ていたら、最大供給電力の数値がどんどん増加した。以下の記事にまとめてある。
■なんだよ 電力いくらでもあるじゃないか（日刊ゲンダイ 2011年4月16日）（検索可）
「打ち出の小槌」じゃないが、発表のたびに、東京電力の最大供給電力の数値が上積みされている。
１５日、東電は７月末の電力供給見通しを５２００万キロワットへ上方修正した。これは"大朗報"だ。「やればできるじゃないか」である。
福島原発事故からこれまで、東電の発表などによると、供給能力は３１００万キロワット（３月１２日）、３７５０万キロワット（２３日）、３８００万キロワット（２９日）、３９００万キロワット（４月４日）、３９５０万キロワット（６日）と、順調に上昇してきた。１５日のピーク時の供給量は４０００万キロワットだった。
そして今回、大震災で被災した火力発電所の復旧や定期検査で止まっていた設備の再稼働に加え、千葉県内のガスタービン機器の新設、夜間にくみ上げた水で日中に発電する揚水発電の活用が可能になったことなどにより、５２００万キロワットの確保が現実になったと公表したのである。
「東電の想定する夏の最大電力需要は５５００万キロワット。この調子だと、大企業などが節電すれば、一般家庭は計画停電なしで夏を乗り切れそうです」（経済ジャーナリスト・山本伸氏）
もともと国際エネルギー機関（ＩＥＡ）は、「日本は、原子力発電不足分を補う石油火力発電の余剰がある」との見解を示していた。そのニュースは、ロイター電で世界に報じられていた。福島原発抜きでも、やれないことはないのだ。東電としては、「原発不要論」が実証されるのは嫌だろうが、ここは国民生活第一で考えるしかない。（同記事全文）
――電力供給量の問題で興味深い記事があった。検証に値する。
■「揚水発電」をカウントすれば原発なしでも夏の電力間に合う（週刊ポスト2011年4月29日号）
菅直人・首相は震災発生から1か月と1日後の記者会見（4月12日）で、こう力を込めた。
「原子力事故が起きて以来、政府の責任者である私が知ったことで、都合が悪いから隠すようにといったことは一切ありません」――震災以降、批判を恐れて滅多に会見しようとしなかった「国を操る人」の言葉は、真っ赤な嘘だった。
本誌『週刊ポスト』はそのことを示す1枚の極秘資料を入手した。しかし、それが示す事実は国民には公開されていない。
資料には、『東京電力の設備出力及び地震による復旧・定期検査等からの立ち上がりの動向』と表題が記されている。東京電力のすべての原子力、火力発電所や水力発電の出力、被災状況、7月末までにどの発電所の何号機が復旧するかの見通しが一覧表にまとめられたものだ。資源エネルギー庁が官邸や政務三役、与党幹部などへの電力制限の説明資料として作成したもので、右肩に「厳秘」と入っている。
資料からは、大地震前後の東電の発電能力の変化が一目でわかる。震災前には5200万kWの供給力があったが、地震と津波で原発3か所をはじめ、7か所の火力発電所が全基停止し、3月14日時点では供給力は3100万kWに下がった。首都圏で計画停電が実施され、電車の大幅減便で通勤難民があふれたあの時である。
電力需要がピークを迎える7月末に向けて、定期点検のために休止していた東扇島や姉崎などの火力発電所はすでに運転を再開し、震災の被害により停止していた鹿島や常陸那珂の火力発電所も復旧して立ち上がる見通しだが、それでも供給力は4650万kWにとどまると記されている。
記録的猛暑だった昨年の電力消費量のピークは7月23日の5999万kW。東電の需給見通しによると、今年のピーク時電力はそれより低い「5500万kW程度」と予測されるものの、供給力が850万kWも不足する計算になる。政府や東電が「このままでは真夏の大停電が起こる」と喧伝するのは、この数字を根拠にしている。
ところが、資料を詳細に分析すると、7月の供給力には盛り込まれていない"隠された電力"がある。「揚水発電」の出力が計算されていないのだ。
「揚水発電」は、夜間の余剰電力を利用して下貯水池から上貯水池にポンプで水を汲み上げ、日中の電力消費の多い時間帯に水力発電をする仕組み。発電時間は上貯水池の水が空になるまでの数時間だが、首都圏の夏の最大電力は午後2時を中心とした5〜6時間である。揚水発電の役割は、まさにピーク時の電力を補うための非常用電源といえる。今のような停電危機にこそ有効に活用すべき設備なのである。
東電は日航機墜落事故現場で知られる御巣鷹山の地下500mをくり抜いた世界最大の揚水発電「神流川発電所」（現在は1号機47万kWが完成）をはじめ、多くの大型揚水発電所を持ち、資料によると出力は全部で1050万kWに上る。東電は「揚水発電を発電量に織り込めるかどうかは精査中です」（広報部）というが、エネ庁がこの揚水発電を使わないことにしているのは不可解すぎる。
ちなみに、通常、揚水発電は原発の夜間電力を使って水を汲み上げていると説明されているため、原発の多くが停止してしまえば使えないと誤解されている面があるが、それは違う。電気事業連合会も「原発でなくても、夜間の余剰電力があれば揚水は稼働できます」（広報部）と認めている。
そこで、東電の7月末の4650万kWに加え、揚水発電の1050万kWをフル稼働させると計算すると、7月末に使える東電の供給力は5700万kWになる。これならばピーク需要を賄うことが可能なのだ。
他にも、7月末までの稼働予定に入っていない鹿島共同火力発電所1号機（17.5万kW）、常磐共同火力発電所9号機（30万kW）などの復旧が進んでおり、供給力がもっと増える可能性も出てきている。
また、長期停止中の横須賀火力発電所も、8基中4基は稼働させる予定だが、残りの4基も早期に再開できるという指摘がある。
5500万kWというピーク時電力も毎日続くわけではない。1年のうち数日であり、東電の夏場の平日の平均最大電力は4800万kW（需給見通し）とされている。揚水発電を合わせた供給力なら900万kWも余裕がある。
資源エネルギー庁電気・ガス事業部の電力基盤整備課の担当者は、資料の存在を認めたうえで、「このデータは開示しているものではない。どこで入手したのか」と逆質問してきた。
（質問）揚水発電を供給すれば、ピーク時の需要もまかなえるのではないか。
「使用を考えていないわけではない。が、揚水の出力1050万kWというのは最大値で、貯水池の水量の変化などによって、ピーク時に最大出力が使えるかは状況によって変わる。電力が足りない日が1日もあってはいけないと対応しているので、確実な電力だけしか供給力に計算していない」
官僚答弁の典型だ。だが、資料にはさらに目を疑う数字もある。東電の総供給能力は7800万kW。そのうち原子力は1820万kWだ。つまり、原発をすべて停止しても最大5980万kWの供給力があることになる。
現在、東電の原発は柏崎刈羽の1号機と5〜7号機が稼働（出力は4基で491.2万kW）しているが、停止中の火力が復旧すれば、柏崎刈羽の全炉を停止しても、「停電」はしないですむことを示すデータだ。（同記事より全文 注：「――」を（質問）に変えてある）
※関連記事
■雑誌の「夏の電力充分」報道で政府の電力供給見通し方向転換（週刊ポスト2011年5月6日・13日号）（検索可）
■東電・エネ庁の電力供給量過少申告は「原発利権」温存のため（週刊ポスト2011年5月6日・13日）（検索可）
――交通手段の確保や基本的な生活手段を確保するのは政府の責任だ。その意味では地震直後、政府は有効な対策はうてなかった。
■蓮舫氏、都議会・民主の自販機節電「権力で要請…国民はどう考える」疑問視（産経ニュース 2011年4月15日）（検索可）によると、蓮舫節電啓発担当相は１５日午前の記者会見で、
「経済活動に影響が出るものを権力で要請するのは国民がどう考えるか」
という疑問を呈したと言う。
これは
「経済活動に影響が出るものを権力で要請するのは企業がどう考えるか」
または、
「国民生活に影響が出るものを権力で要請するのは国民がどう考えるか」
でないとわかりにくい。前者の意味なら当該企業は反対するだろうし、後者の意味なら、自分にとってマイナスの影響は皆無だ。
2011年01月31日
「財政再建や社会保障制度のために」なぜ消費税なのか――【第三部】 消費税増税派総掛かり
目次
【その１】 消費税増税派総掛かり
【その２】 消費税世論調査の質問と回答
【その３】 類は友を呼ぶ――与謝野馨氏の起用問題
【その４】 敗軍の将は兵と歴史ばかり語る
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【その１】 消費税増税派総掛かり
参院選に大敗し地方選にも相次いで敗れ意気消沈していた菅首相は、周囲からなだめすかされ、おだてられて、再び消費税増派の再結集を図りつつある。メディアは参院選直後からその方向だったが、ここへきて菅首相は、財界・連合・財務省・アメリカなどと緊密な連携をとり始めた。
以下の記事を参照されたい。なお、記事本文がなくとも意味が判断できるものは、見出しだけ示した。掲載できなかった記事については（検索可）としてある。また、引用部と区別するために地の文は「――」で始めてある。
■税制と社会保障に政治生命 首相、テレビ出演し強調（東京新聞 2011年1月6日）
■菅政権、消費税引き上げ幅提示へ ６月取りまとめ目指す（asahi.com 2011年1月19日）
――まずは閣僚編。これはどこの党の論議なのか。消費税を上げる前に国民に信を問う、という公約が果たしてまもられるのか。
■消費税、閣僚発言相次ぐ（東京新聞 2011年1月19日 朝刊）
菅再改造内閣の最大の課題である「税と社会保障の一体改革」で、焦点となる消費税を含む税制抜本改革について十八日、閣僚から二〇一一年度中に法整備を行うべきだとの発言が相次いだ。消費税引き上げを判断したら衆院を解散すべきだとの声も上がり、消費税をめぐる論議が熱を帯びてきた。
「法律にのっとった至当な発言だ」。与謝野馨経済財政担当相は十八日の会見でこう力説した。藤井裕久官房副長官が十七日、消費税を含む税制抜本改革に向けた法整備を、一一年度中に行うべきだとの考えを示したことに足並みをそろえたものだ。
自公政権下の〇九年三月に成立した改正所得税法の付則は、消費税を含む税制抜本改革について「一一年度までに必要な法制上の措置を講ずる」と明記。野田佳彦財務相も「一二年三月までに結論を得ることになっている。その中での対応になると思う」と同調した。
これに関連して、前原誠司外相は「実際に（消費税を）上げる判断を政府・与党でした時には、国民に信を問うのが昨年七月の参院選のわれわれの公約だった」と語り、衆院の解散・総選挙に打って出るべきだと主張した。
海江田万里経済産業相も「成案を得て（衆院を）解散をして、その後に上げるのが筋ではないか」としつつ、「景気回復、デフレ脱却のタイミングを見ながら」と早期の引き上げには慎重な姿勢だ。
国民新党から入閣する自見庄三郎金融担当相は「論議すること自体を禁止するものではないが、増税に賛成の立場ではない」と語り、現在の任期中の引き上げは民主党との連立合意に反するとした。（同記事より全文）
――法人税減税については、財界や連合は不満を述べながらも評価しているようだ。
■経団連会長：法人税減税５％「首相の決断に敬意」（毎日新聞 2010年12月14日）
■連合会長 法人税減税分「雇用・投資に」（2010年12月16日 読売新聞）
連合の古賀伸明会長は１５日、読売新聞のインタビューに応じ、法人税の実効税率５％引き下げの決定について、「企業は国際競争力をつけなければならない。（減税分は）国内の雇用や投資に回してもらうことを期待している」と述べ、国民生活の活性化につなげるよう求めた。
減税が企業の内部留保などに回らずに国内雇用に回っているかを確認するには、「労働界と産業界が互いにチェックすればいい」と述べ、政労使合意を結ぶのは現実的には難しいとの認識を示した。一方、税財政と社会保障制度の抜本改革については、「改革の構図を早く国民に示し、消費税増税が必要なら、思い切ってその方向に進めるべきだ」と主張した。（同記事より全文）
――さらに、次のような記事が出た。
■「消費増税受け入れねば」連合会長が年頭所感（asahi.com 2011年1月1日）
連合の古賀伸明会長は２０１１年の年頭所感として、「福祉をきちんとするためには我々も負担をしていく。消費増税は受け入れていかなければならない」と述べ、政府が進める社会保障と税制の一体改革で、消費税の引き上げは避けられないとの考えを示した。（同記事第１段落より）
――次のようなおまけも付いている。
■法人税の実効税率「さらに引き下げ必要」 海江田経産相（asahi.com 2011年1月18日）
一方、シンガポール政府関係者との会談を振り返り、「日本が引き下げたと言ってはみたものの、向こうは１７％で少し気恥ずかしい思いになった。米国も下げるようだし、きちっと日本の企業が競争に残っていくための後押しも必要だ」と語った。海外の実効税率はＧ２０の国々では、韓国が約２４％、中国が２５％、英国は２８％、ドイツは約２９％と低い。（同記事第３段落より）
――「気恥ずかしい思い」をしたとなると、いったいどこまで下げるつもりなのだろう。消費税率でも同じ思いをしているのだろうか。
■経産相「消費税率引き上げ、段階的に」 経団連幹部と意見交換（日経QUICK 2011年1月20日）
海江田万里経済産業相は20日、日本経団連幹部との懇談会で、消費税率の引き上げについて「経済への影響を考慮すると、ある程度段階的になる」との考えを示した。
法人税率引き下げを巡っては、経団連側が『今回は最初のステップだ』と指摘。海江田氏は同意したうえで「財政の事情が厳しく、まずは雇用と国内投資への協力をお願いしたい」と伝えた。
懇談会終了後、海江田氏が記者団に明らかにした。
懇談会の冒頭あいさつでは、経団連の米倉弘昌会長が「平成の開国に向けて、環太平洋経済連携協定（ＴＰＰ）への参加や規制改革などに全力で取り組んでほしい。経済界としても政策が大きな成果が生み出せるよう最大限協力する」と表明。
経産相は「農業に対して新たな成長の方策を示すことが大切で、今後も全国農業協同組合中央会（全中）との意見交換など努力をお願いしたい」と経団連側に求めた。（同記事より全文）
――次は官僚編。
■政治主導、反省・行き過ぎ… 菅首相「脱・脱官僚宣言」（asahi.com 2011年1月21日）
菅直人首相は２１日午前、内閣改造を受け各省事務次官らを首相官邸に集めて訓示し、民主党が掲げる政治主導について「現実の政治運営の中で反省なり、行き過ぎなり、不十分なり、いろいろな問題があった」「いい形の協力関係をお願いしたい」と述べた。
事務次官会議の廃止や政務三役中心の政策決定といった政権運営のスタイルは変更しないものの、政策決定などで官僚を排除するのでなく、協力や協調を求める「脱・脱官僚」宣言と言える。
首相は訓示で「（官僚と）政治家との関係は試行錯誤があった。政治家も、『自分たちだけで大丈夫』では物事が進まないことを理解してきている」と発言。首相の言葉に、うなずく次官もいた。
菅政権は鳩山前政権に比べて官僚と共存する姿勢を強めており、昨年末には仙谷由人前官房長官が、政務三役会議に次官や官房長が同席するよう求めている。（同記事より全文）
――仕上げは対米協調路線の徹底。
■菅首相：東京都内で外交方針演説 日米基軸最優先に（毎日新聞 2011年1月20日）
菅直人首相は２０日、東京都内のホテルで外交方針について演説した。沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題でギクシャクした日米関係を踏まえ、「『日米基軸』の再出発」を最優先に掲げる一方、民主党が目指し、首相も昨年６月の所信表明演説で触れた「東アジア共同体構想」への言及がなくなり、対米協調路線を鮮明にさせた。また、「平成の開国」と位置付ける環太平洋パートナーシップ協定（ＴＰＰ）への参加に意欲を示した。
「歴史の分水嶺（ぶんすいれい）に立つ日本外交」と題する演説で、「日米基軸」の再出発に加え、▽アジア外交の新展開▽経済外交の推進▽地球規模の課題への取り組み▽安全保障環境への的確な対応−−の５本柱を政策目標に挙げた。
日米同盟を「政権交代にかかわらず、維持・強化されるべき日本外交の基軸」と定義。経済、人材交流の深化も進め、今春の首相訪米の際、「オバマ大統領と２１世紀の日米同盟のビジョンを示す」と表明した。
普天間飛行場移設問題では「県民を深く傷つけ、改めておわびする」とし、沖縄県内の米軍基地縮小が進まないことに「慚愧（ざんき）の念にたえない」と述べた。一方、北朝鮮の核開発などを挙げ米軍基地の必要性も指摘した。
中国については「透明性を欠く国防力強化や海洋活動活発化に懸念を抱く」とし、昨年の中国漁船衝突事件は「昨年起きた事件も極めて残念な出来事」と表現。経済面では「国の命運をかけて『平成の開国』を進める」と意気込み、ＴＰＰや２国間の経済連携協定（ＥＰＡ）交渉など、貿易自由化推進の決意を改めて強調した。
会合には各国の駐日大使や経営者ら約６００人（主催者発表）が出席した。（吉永康朗記者 同記事より全文）
■日米同盟の新戦略目標で初協議 審議官級（東京新聞 2011年1月28日）
■海江田経産相をルース米大使が訪問 ＴＰＰ積極姿勢歓迎（asahi.com 2011年1月27日）
海江田氏は２５日朝も、米通商代表部（ＵＳＴＲ）のカーク代表からの電話会談にも応じ、ＴＰＰなどについて触れた。経産相がＴＰＰ参加に慎重だった大畠章宏氏から、積極派の海江田氏に転じたことで、米政府からの接触は今後も頻度を増しそうだ。（同記事第３段落より）
――米通商代表部（ＵＳＴＲ）が出てくると、どういう交渉をしたのか気になってしかたがない。アメリカの利益代表そのものだからだ。
「週刊ダイヤモンド」（2010年7月24日号）に「破壊王 孫正義のソフトバンク」という記事が載っている。
「じつは04年当時、ソフトバンクは、非常に興味深い動きもしていた。当時から、携帯電話事業への新規参入を計画していた孫社長は、USTR（米国通商代表部）へ日本政府に対して圧力をかけるよう依頼していたのだ。
要するに、USTRの力で日本の競争環境を整備し、新規参入者が�狹吐鉢瓩鬚發蕕い笋垢�してほしいというお願いである。」（同記事「米国から日本に圧力 孫社長の大胆不敵さ」より）
※参考――asset_upload_file488_6999.pdf（検索可）
――次の記事も検証を要する。この記事はネット上で検索可能なので、そちらで確認して欲しいのだが、眼目は次の「公電の意味」の部分だ。
■米が望んだ菅首相？ 鳩山−小沢に不信感（東京新聞 2011年1月20日）（鈴木伸幸、小国智宏記者）
昨年二月三日、ソウルでキャンベル米国務次官補（東アジア・太平洋担当）は韓国青瓦台（大統領府）の金星煥（キムソンファン）外交安保首席秘書官（現外交通商相）と面会した。その会談内容について要約し、在韓米大使館から本国へ送られた公電に、こんな記載がある。
「両者（キャンベル、金）は、民主党と自民党は『全く異なる』という認識で一致。北朝鮮との交渉で民主党が米韓と協調する重要性も確認した。また、金氏が北朝鮮が『複数のチャンネル』で民主党と接触していることは明らかと説明。キャンベル氏は、岡田克也外相と菅直人財務相と直接、話し合うことの重要性を指摘した」
この公電の意味を読み解くポイントは、米国が交渉の相手として当時の鳩山由紀夫首相ではなく、岡田、菅両氏を名指ししたことにある。
（中略）
ソウルでの会談から二カ月後には、米紙ワシントン・ポストのコラムで鳩山氏が「ルーピー（現実離れした人）」と呼ばれ、笑いものにされる。
同じ頃、民主党の渡部恒三元衆院副議長は講演で「普天間問題を解決できずに鳩山君が責任を取ったら、おそらく菅直人君が（首相に）なるでしょう」と発言した。（同記事より）
――2010年4月14日から始まった一連のルーピー報道に関しては「世論調査報道――RDD方式と固定電話方式」に書いてあるので省略する。
もっとも、日本の新聞がとりあげたワシントン・ポストの主な記事だけでも、次のようなものがある。日時に注目してほしい。
■「米との決裂は危険」と警告＝鳩山氏は経験不足−Ｗ・ポスト紙社説（時事ドットコム2009年9月2日）（検索可）
■米高官「最も厄介なのは中国ではなく日本」 米紙報道（asahi.com 2009年10月23日）
■民主党国際局長を「奇怪」と米紙コキ下ろす（スポニチ 2010年3月9日）
（注：「８日付の米紙ワシントン・ポストは社説で、民主党国際局長の藤田幸久参議院議員が同紙に対し、米中枢同時テロの陰謀説を示唆する発言をしたとして『奇怪だ』などと同氏を酷評。鳩山由紀夫首相が『藤田氏のような向こう見ずで、事実をねじ曲げるような人物』を容認するのか否かで、日米関係にも悪影響が出かねないと警告した。」（同記事）というもの）
■「日本にオロオロするな」米紙、政府に忍耐促す (読売新聞 2010年7月29日)
【ワシントン＝小川聡】２８日付の米ワシントン・ポスト紙は「統治能力のない日本？」と題する社説を掲載し、米政府に「日本におろおろするな」と辛抱強い対応を促した。
社説は、日本の政局について、「菅首相は参院選で過半数を失い、９月には民主党代表選を迎える。菅が負ければ、日本はこの５年間で６回目の首相交代となる」と不安定な状況を紹介。しかし、「日本の抱える問題は、日本の政治には大きすぎるのではとの悲観論は理解できるが、その指摘は間違いか、少なくとも時期尚早だ」と指摘した。
「昨年苦しめられた沖縄の米軍再編は、また先送りされそうだ」としながらも、米政府当局者に「中国の台頭の陰で、極めて重要な日米同盟を守ることこそが課題だ」と忍耐を求めた。（同記事全文）
※参考：Japan, America's top Asian ally, seems adrift. But it's not time to panic Wednesday, July 28, 2010（Washingtonpost）（検索可）
■「菅首相生き延びた」…米各紙一斉に伝える（2010年9月15日 読売新聞）
【ワシントン＝小川聡】民主党代表選で菅首相が再選されたことについて、米各紙は１４日、「菅首相が、党の黒幕である小沢一郎氏の挑戦から生き延びた」（ニューヨーク・タイムズ電子版）などと一斉に伝えた。
同紙は、沖縄の普天間飛行場移設問題で、小沢氏が米国と改めて交渉し直す意向を示していた点に触れ、「代表選の結果は、ワシントンと東京の最近の困難な関係を落ち着かせる」との見方を示した。
ワシントン・ポストも「小沢氏と異なり、菅首相は問題の沖縄の海兵隊基地移転に関する現在の日米合意を順守する姿勢で、オバマ政権を安心させた」と伝えた。
一方、ウォール・ストリート・ジャーナルは、菅首相が普天間移設をめぐる日米合意遂行を表明しているものの、「基地撤去を求める沖縄の世論の高まり」のため、移設実施は容易ではないと指摘。「小沢氏と支援者たちは、内閣や党で主要ポストを与えられない限り、離党するかもしれない。そうなれば、菅首相の国会運営はさらに困難になる」と冷静な見方を示した。（同記事全文）
――渡部恒三元衆院副議長の講演は、
■民主・渡部氏「普天間解決できないなら政権交代」（ANNnewsCH 2010年4月8日）
で確認できる。ただ、どの程度の確信に基づくものかはわからない。
しかし全体の流れとしては、鳩山・小沢排除で、岡田克也外相（当時）と菅直人財務相（当時）に進んだことは間違いない。
――さて、メディアはどうか。新聞報道は微妙にスタンスを変えつつある。次の記事などは操菅路線の典型だろう。
小沢問題の解決が菅内閣の評価を高めると言い、与謝野氏の経済財政相起用には実績を示すことで疑問や批判に応えろという。そして、首相には今度逃げたらおしまいだと叱咤激励する。
■支持率持ち直し 菅内閣は政策実現に全力を（1月16日付・読売社説 2011年1月16日）
政策実現のための新たな布陣にひとまず期待するということだろう。
内閣再改造直後に実施した読売新聞の緊急世論調査で菅内閣の支持率が３４％になった。先月、内閣支持率は２５％にまで落ち込んだが、再改造でやや持ち直した。
小幅ながらも、閣僚の顔ぶれが変わり、首相の言う「最強の態勢」に期するところが、内閣支持率を押し上げたと言える。
世論調査では、社会保障制度維持のための消費税率引き上げ、アジア太平洋諸国と貿易を自由化する環太平洋経済連携協定（ＴＰＰ）への参加について前向きに答えた人がいずれも約６割を占めた。
多くの国民が望んでいることを踏まえ、首相は、懸案解決に断固とした姿勢で臨むべきだ。
小沢一郎・元民主党代表の「政治とカネ」の問題についても同様である。８１％が、小沢氏は国会で説明すべきだと考えている。
小沢氏が強制起訴された場合、菅首相は議員辞職や離党を促す意向を示したが、こうした首相の方針を７２％の人が支持した。小沢氏の問題の解決が、菅内閣の評価を高めることにつながろう。
一方、今回の改造で最も注目された、与謝野馨・元官房長官の経済財政相起用については「評価しない」が、ほぼ半数を占めた。
与謝野氏は自民党、たちあがれ日本で、激しく民主党政権を批判してきた。それだけに国民の間には、「入閣は理解できない」という思いが広がっているのだろう。民主党だけでなく、自民党など野党側にも反発が強まっている。
こうした疑問や批判に対して、与謝野氏は、実績を示すことで応えなければならない。それが、菅内閣の行方を左右することになるに違いない。
菅内閣は、再改造によってとりあえず"危険水域"を脱した格好だ。ただ、昨年９月の内閣改造直後の世論調査では支持率が６６％に跳ね上がったことと比べると、国民の見方は依然冷ややかだ。
象徴的なのが、政策面で実績を上げられると思うかという問いに対し、７０％が「そうは思わない」と答えていることである。
菅首相は「有言実行」、「一に雇用、二に雇用、三に雇用」などスローガンは掲げるが、実行力が伴わなかった。消費税率引き上げやＴＰＰについても、党内で反対論が強まると及び腰になった。
首相が再び逃げを打つような態度に出れば国民に見放される。そのことを胸に刻み、国政のかじ取りに当たってもらいたい。（社説全文）
――ところが、産経はややニュアンスが異なる。保守本流を目指すのか。次の二つの記事にそれがよく表れている。
■【改造内閣】「イラ菅」爆発 「すり替えるな」と逆ギレ（産経ニュース 2011年1月14日）
菅直人首相が内閣改造に伴う１４日夕の記者会見で、記者が衆院解散・総選挙への考えを問いただしたのに対し、何も答えないまま、逆ギレする一幕があった。
会見で記者が、与謝野馨経済財政担当相ら財政再建派の起用を「消費税率引き上げの布陣だ」と、誰もがそう思うことを指摘したところ、なぜか首相は「決め付けて、すり替えて質問するのはフェアではない」と怒り出し、「イラ菅」ぶりを発揮した。
自身の消費税増税発言で参院選大敗を招いた経緯もあるだけに、首相は神経質になったようだ。
さらに記者は、無駄削減を掲げた民主党の衆院選マニフェスト（政権公約）と将来の消費税増税との整合性をただし、衆院解散・総選挙で信を問わないかをただした。
首相はこの質問に全く答えず、記者が回答を求めたところ、司会役の千代幹也内閣広報官がさえぎって、会見は次の質問に移った。
当該部分の首相会見の詳報は次の通り。（同記事より 以下の部分は検索可）
■社会保障と消費税 責任もってたたき台示せ（産経ニュース 主張 2011年1月16日）
【その２】 消費税世論調査の質問と回答
――「世論調査の詳報」（共同通信）をさがすのに苦労した。ネット上で見つからない。やむなく新聞を探し、やっと東京新聞（共同2011年1月16日 実施日＝14日夕から15日）で確認できた。（数字は％、カッコ内は前回、昨年12 月25、26両日調査）（ネット上では検索可）
共同通信の世論調査には一貫性がない。質問事項なしの数値だけというのも困る。この数値のみに依存して論評する「評論家」が多いからだ。
《共同通信の「世論調査の詳報」》
■問9 菅首相は社会保障制度改革と消費税率引き上げを含めた税制改革について6月に一定の結論を取りまとめる方針です。あなたは消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。
・賛成 16.6
・どちらかといえば賛成 37.7
・どちらかといえば反対 24.6
・反対 18.7
・分からない・無回答 2.4
――多くの人がそうだと思うが、税制の改革自体に反対しているのではない。なぜ消費税なのかということなのだ。その点でこの質問は巧妙だ。参考までに日経の「質問と回答」をあげておく。比較してほしい。
■本社緊急世論調査 質問と回答（日経電子版 2011年1月16日）（カッコ内は前回調査。）
Ｑ６．菅首相は消費税の引き上げを含めた税制の抜本改革に向けて超党派で議論し、6月までに方向性を出す意向を示しています。あなたは消費税率の引き上げに賛成ですか、反対ですか。
・賛成だ 46 (45)
・反対だ 41 (44)
・どちらともいえない 9 (7)
・いえない・わからない 4 (4)
――次は読売新聞のスタイルと共同世論調査との比較。同じ共同でも質問がかなり違う。読売新聞の調査の特徴は数値が変化しないことだ。
■緊急電話全国世論調査（読売新聞）（調査日：2011年1月14〜15日）
Ｑ 財政再建や、社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。
答 1.必要だ 61 2.そうは思わない 35 3.答えない 4
■世論調査の結果と方法（2010年8月9日 共同通信）
問７ あなたは財政再建や社会保障のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。（数字は％、カッコ内は前回７月１２、１３両日調査）
・賛成 ２２・６（１９・１）
・どちらかといえば賛成 ３４・５（３３・４）
・どちらかといえば反対 １８・３（２３・７）
・反対 ２３・０（２１・０）
・分からない・無回答 １・６（２・８）
【その３】 類は友を呼ぶ――与謝野馨氏の起用問題
――大連立こそ成功していないが、与謝野馨氏を経財相として取り込んだ。自民党からは非難がごうごうと湧き上がり、その一方で評価する勢力も現れた。
この問題は、周囲からいくら寛容な主張が表れようとも、論理上は整合性を持ち得ない。郵政造反組の復党問題で安倍元首相がやってきたこととかわりがない。自民党がいくら誓約書に違背すると叫んでも過去に郵政造反組みの復党という事実がある。どちらも選挙制度をないがしろにすることにかわりはない。
■「反党行為したら政治家辞める」 与謝野氏の誓約書 自民副総裁が公表（東京新聞 2011年1月20日）
――渡部恒三氏は、政治家にとって節操も大事だと批判した。だが結局は評価する。
■渡部氏、与謝野氏批判を封印 「卑しい」一転「応援」（asahi.com 2011年1月18日）
■元衆院副議長・渡部恒三 言葉の重み 自覚促したい（産経ニュース 2011年1月27日）
――米国の主要メディアも財界（経済同友会の桜井正光代表幹事）もメディアもこぞって評価する。逆に自民党の方に批判の矛先が向きそうだ。
■与謝野氏起用、米国は「自由貿易重視」と評価（2011年1月14日 読売新聞）
■与謝野氏起用「政策実現への選択肢」と財界評価（2011年1月15日 読売新聞）
■社会保障改革 与謝野氏軸に政府案を急げ（読売社説）（2011年1月20日 読売新聞）
■社説：自民党 与野党協議を拒むな（毎日新聞 2011年1月24日）
――こうなると、もう自民党は倒閣へ突き進むしかないだろう。与野党協議などに加わったら国民から批判されてしまう。それに今なら選挙に勝てるかもしれない。
■与謝野氏の入閣により自民党は倒閣へ突き進み、中小政党は解散総選挙阻止に走る（上久保誠人氏）（diamond online 2011年1月26日）
――だが次の記事のような視点からの批判もある。
■与謝野入閣で「官僚主導」「増税路線」がはっきりした菅直人内閣（現代ビジネス2011年1月14日 長谷川幸洋氏）（検索可）
――さらに、WSJ日本版では「またぞろ日本の指導者が、旧来の考えを持つ旧来の政治家を起用する内閣改造を実施した。」という批判が載った。
■【社説】日本の内閣改造は旧態依然─消費税増税は過った考え（WSJ日本版 2011年1月19日）（検索可）
――すべてを捨て消費税増税実現のために菅首相のもとへ走るのに抵抗を感じなかったのだろう。与謝野氏は、「首相と私の考えが百八十度違うわけではない。ずっとやってきた仕事の延長線上ということでやる」（次の記事より）と入閣について説明したという。菅首相自身がすべてを捨てているからだ。まさしく類は友を呼ぶ。
■「党派の利害超え議論を」与謝野氏、社会保障改革で（産経ニュース 2011年1月20日）
【その４】 敗軍の将は兵と歴史ばかり語る
■菅首相「評価は歴史が決める、不退転の決意で」（2010年8月4日 読売新聞）
首相は「総理大臣という席についた政治家の評価は、歴史が決めるものだ。歴史に恥じない行動を取りたい」と述べ、政権運営への決意を強調。「財政運営の健全化のために不退転の決意で臨んでいく」と述べ、財政再建に重点的に取り組む考えを改めて示した。（同記事第２段落より）
■菅氏「権力を掌握する」 首相と小沢氏、新年会で火花（asahi.com 2011年1月3日）
出席者によると、首相はあいさつで「今年は自分らしさをしっかり出したい」と宣言。さらに「臨時国会は守りに徹したが通常国会はそうはさせない。やりたいことをやるために権力を掌握する」と意気込みを見せた。（同記事第３段落より）
■菅首相党大会あいさつ詳報（産経新聞 2011年1月13日）
これまで先送りされてきた大きな課題に取り組むことができるのかが問われている。経済、社会保障の財源、そして地域主権の問題、国民が参加した外交のあり方、これらのことについてわが党の責任である、従来政権を持っていた自民の責任であるということを超え、われわれ世代の責任、今政治に携わっている私たちの責任という認識で党派を超えた議論が必要だということも言うまでもありません。もし、野党の皆さんが積極的に参加しないならば、私はそのこと自体が歴史に対する反逆行為であります。そのように言っても決して言いすぎでない。逆に言えば、そうではないことを期待をして参りたい。（同記事の一部）
――こうして記事全体を通してみると、菅首相の言う歴史なるものの姿が見えてくる。小沢グループを排除し旧い勢力を取り込んで日米同盟の再構築をやろうとでもいうのか。普天間問題が象徴的だ。次にくるのは世論の沖縄化か。
菅首相は小沢問題を権力問題とみているようだ。単に支持率アップのために小沢排除をしたいのではないらしい。小沢氏排除は菅首相にとって既定路線なのではないか。小沢氏とは明らかに路線が違う。この既定路線の方が菅首相のいう「歴史」であり、当人が歴史の流れの中にいると自負する根拠なのではないか。
だが、権力闘争であることを否定する見解もある。
■小沢氏の「政倫審出席拒否」で民主党が見放される（田原総一朗氏）（週刊朝日2010年12月31日号）でも、朝日新聞世論調査（2010年12月14日）の数値を挙げ、次のように書いている。
なお、この世論調査で菅内閣の支持率は21％に落ち、不支持率が60％にも達している。
私は、この支持率低下には、小沢問題をあいまいにし続けている民主党への不満の高まりが、相当部分あると捉えている。
何よりわからないのは、小沢元代表が土地取引の疑惑について国会で説明することを、なぜこれほどまでかたくなに拒むのかということだ。
小沢元代表は、当然ながら自分が全くのシロであると自信を持っているはずだ。それならば、堂々と国会で身の潔白を証明してみせればよいのではないか。拒めば、逆に国民の疑いが高まるだけではないか。
それに、ここへきて、小沢元代表を支持する議員たちの動きが尋常ならぬ様相を見せている。まるで権力闘争のように見えてしまう。来年度予算編成が切迫しているときに、このような権力闘争など行っている余裕はないはずだ。
さらに理解できないのは、代表まで務めた超ベテランの小沢氏が、自分の言動が民主党に大いに迷惑をかけていることを、一体どのように捉えているのかということだ。小沢元代表が政倫審への出席を拒み、民主党がもたついているようだと、党ごと国民から見放されることになるのではないか。（同記事より）
――人間は感情の動物である。まず感性があって理屈などは後付けだ。小沢問題に関しては新聞記者でも客観的な記事を書けないということらしい。
■「海外メディアも首をかしげる『小沢嫌い原理主義』という病」（瀬下美和記者）（週刊金曜日2010年9月17日号）によると、
四〇代の社会部記者がいう。
「とにかく、（記者は）みんな小沢が嫌い。すべてはこれに尽きてしまう」
各紙政治部と小沢一郎の確執は自民党幹事長時代（一九八九年八月〜一九九一年四月）にまで遡る。
「小沢は『朝日』の記者に容赦がない。当時から『日経新聞』の田勢康弘（たせやすひろ）など二、三人の記者を除いて小沢には誰も食い込めず、『朝日』は抜かれっぱなしだった。その時の恨みがずっと尾を引いている。安全保障や外交政策ひとつとっても第七艦隊さえあればいいとまで言い切る政治家なんて小沢しかいないのだから、官僚に取り込まれてブレブレの菅よりマシだと思うが、いまの政治部や経済部にはそんな声はない」（同記事の一部）
――こういう記事もある。
■表の政治 小沢氏は徹せよ（星浩 朝日新聞編集委員）（朝日新聞2010年8月27日）
「鳩山氏の広大な別荘で、地ビールを片手に『気合だ』と叫ぶ小沢氏支持の議員たち。景気低迷と猛暑にあえぐ多くの国民には『能天気』と映ったに違いない。与党にいるうちに『政権交代の初心』が摩耗してしまったのだろう」（同記事の一部）
――『政権交代の初心』とはマニフェストのことか。それなら確かに、「与党にいるうちに『政権交代の初心』が摩耗」してしまっている。
【その１】 消費税増税派総掛かり
【その２】 消費税世論調査の質問と回答
【その３】 類は友を呼ぶ――与謝野馨氏の起用問題
【その４】 敗軍の将は兵と歴史ばかり語る
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【その１】 消費税増税派総掛かり
参院選に大敗し地方選にも相次いで敗れ意気消沈していた菅首相は、周囲からなだめすかされ、おだてられて、再び消費税増派の再結集を図りつつある。メディアは参院選直後からその方向だったが、ここへきて菅首相は、財界・連合・財務省・アメリカなどと緊密な連携をとり始めた。
以下の記事を参照されたい。なお、記事本文がなくとも意味が判断できるものは、見出しだけ示した。掲載できなかった記事については（検索可）としてある。また、引用部と区別するために地の文は「――」で始めてある。
■税制と社会保障に政治生命 首相、テレビ出演し強調（東京新聞 2011年1月6日）
■菅政権、消費税引き上げ幅提示へ ６月取りまとめ目指す（asahi.com 2011年1月19日）
――まずは閣僚編。これはどこの党の論議なのか。消費税を上げる前に国民に信を問う、という公約が果たしてまもられるのか。
■消費税、閣僚発言相次ぐ（東京新聞 2011年1月19日 朝刊）
菅再改造内閣の最大の課題である「税と社会保障の一体改革」で、焦点となる消費税を含む税制抜本改革について十八日、閣僚から二〇一一年度中に法整備を行うべきだとの発言が相次いだ。消費税引き上げを判断したら衆院を解散すべきだとの声も上がり、消費税をめぐる論議が熱を帯びてきた。
「法律にのっとった至当な発言だ」。与謝野馨経済財政担当相は十八日の会見でこう力説した。藤井裕久官房副長官が十七日、消費税を含む税制抜本改革に向けた法整備を、一一年度中に行うべきだとの考えを示したことに足並みをそろえたものだ。
自公政権下の〇九年三月に成立した改正所得税法の付則は、消費税を含む税制抜本改革について「一一年度までに必要な法制上の措置を講ずる」と明記。野田佳彦財務相も「一二年三月までに結論を得ることになっている。その中での対応になると思う」と同調した。
これに関連して、前原誠司外相は「実際に（消費税を）上げる判断を政府・与党でした時には、国民に信を問うのが昨年七月の参院選のわれわれの公約だった」と語り、衆院の解散・総選挙に打って出るべきだと主張した。
海江田万里経済産業相も「成案を得て（衆院を）解散をして、その後に上げるのが筋ではないか」としつつ、「景気回復、デフレ脱却のタイミングを見ながら」と早期の引き上げには慎重な姿勢だ。
国民新党から入閣する自見庄三郎金融担当相は「論議すること自体を禁止するものではないが、増税に賛成の立場ではない」と語り、現在の任期中の引き上げは民主党との連立合意に反するとした。（同記事より全文）
――法人税減税については、財界や連合は不満を述べながらも評価しているようだ。
■経団連会長：法人税減税５％「首相の決断に敬意」（毎日新聞 2010年12月14日）
■連合会長 法人税減税分「雇用・投資に」（2010年12月16日 読売新聞）
連合の古賀伸明会長は１５日、読売新聞のインタビューに応じ、法人税の実効税率５％引き下げの決定について、「企業は国際競争力をつけなければならない。（減税分は）国内の雇用や投資に回してもらうことを期待している」と述べ、国民生活の活性化につなげるよう求めた。
減税が企業の内部留保などに回らずに国内雇用に回っているかを確認するには、「労働界と産業界が互いにチェックすればいい」と述べ、政労使合意を結ぶのは現実的には難しいとの認識を示した。一方、税財政と社会保障制度の抜本改革については、「改革の構図を早く国民に示し、消費税増税が必要なら、思い切ってその方向に進めるべきだ」と主張した。（同記事より全文）
――さらに、次のような記事が出た。
■「消費増税受け入れねば」連合会長が年頭所感（asahi.com 2011年1月1日）
連合の古賀伸明会長は２０１１年の年頭所感として、「福祉をきちんとするためには我々も負担をしていく。消費増税は受け入れていかなければならない」と述べ、政府が進める社会保障と税制の一体改革で、消費税の引き上げは避けられないとの考えを示した。（同記事第１段落より）
――次のようなおまけも付いている。
■法人税の実効税率「さらに引き下げ必要」 海江田経産相（asahi.com 2011年1月18日）
一方、シンガポール政府関係者との会談を振り返り、「日本が引き下げたと言ってはみたものの、向こうは１７％で少し気恥ずかしい思いになった。米国も下げるようだし、きちっと日本の企業が競争に残っていくための後押しも必要だ」と語った。海外の実効税率はＧ２０の国々では、韓国が約２４％、中国が２５％、英国は２８％、ドイツは約２９％と低い。（同記事第３段落より）
――「気恥ずかしい思い」をしたとなると、いったいどこまで下げるつもりなのだろう。消費税率でも同じ思いをしているのだろうか。
■経産相「消費税率引き上げ、段階的に」 経団連幹部と意見交換（日経QUICK 2011年1月20日）
海江田万里経済産業相は20日、日本経団連幹部との懇談会で、消費税率の引き上げについて「経済への影響を考慮すると、ある程度段階的になる」との考えを示した。
法人税率引き下げを巡っては、経団連側が『今回は最初のステップだ』と指摘。海江田氏は同意したうえで「財政の事情が厳しく、まずは雇用と国内投資への協力をお願いしたい」と伝えた。
懇談会終了後、海江田氏が記者団に明らかにした。
懇談会の冒頭あいさつでは、経団連の米倉弘昌会長が「平成の開国に向けて、環太平洋経済連携協定（ＴＰＰ）への参加や規制改革などに全力で取り組んでほしい。経済界としても政策が大きな成果が生み出せるよう最大限協力する」と表明。
経産相は「農業に対して新たな成長の方策を示すことが大切で、今後も全国農業協同組合中央会（全中）との意見交換など努力をお願いしたい」と経団連側に求めた。（同記事より全文）
――次は官僚編。
■政治主導、反省・行き過ぎ… 菅首相「脱・脱官僚宣言」（asahi.com 2011年1月21日）
菅直人首相は２１日午前、内閣改造を受け各省事務次官らを首相官邸に集めて訓示し、民主党が掲げる政治主導について「現実の政治運営の中で反省なり、行き過ぎなり、不十分なり、いろいろな問題があった」「いい形の協力関係をお願いしたい」と述べた。
事務次官会議の廃止や政務三役中心の政策決定といった政権運営のスタイルは変更しないものの、政策決定などで官僚を排除するのでなく、協力や協調を求める「脱・脱官僚」宣言と言える。
首相は訓示で「（官僚と）政治家との関係は試行錯誤があった。政治家も、『自分たちだけで大丈夫』では物事が進まないことを理解してきている」と発言。首相の言葉に、うなずく次官もいた。
菅政権は鳩山前政権に比べて官僚と共存する姿勢を強めており、昨年末には仙谷由人前官房長官が、政務三役会議に次官や官房長が同席するよう求めている。（同記事より全文）
――仕上げは対米協調路線の徹底。
■菅首相：東京都内で外交方針演説 日米基軸最優先に（毎日新聞 2011年1月20日）
菅直人首相は２０日、東京都内のホテルで外交方針について演説した。沖縄県の米軍普天間飛行場移設問題でギクシャクした日米関係を踏まえ、「『日米基軸』の再出発」を最優先に掲げる一方、民主党が目指し、首相も昨年６月の所信表明演説で触れた「東アジア共同体構想」への言及がなくなり、対米協調路線を鮮明にさせた。また、「平成の開国」と位置付ける環太平洋パートナーシップ協定（ＴＰＰ）への参加に意欲を示した。
「歴史の分水嶺（ぶんすいれい）に立つ日本外交」と題する演説で、「日米基軸」の再出発に加え、▽アジア外交の新展開▽経済外交の推進▽地球規模の課題への取り組み▽安全保障環境への的確な対応−−の５本柱を政策目標に挙げた。
日米同盟を「政権交代にかかわらず、維持・強化されるべき日本外交の基軸」と定義。経済、人材交流の深化も進め、今春の首相訪米の際、「オバマ大統領と２１世紀の日米同盟のビジョンを示す」と表明した。
普天間飛行場移設問題では「県民を深く傷つけ、改めておわびする」とし、沖縄県内の米軍基地縮小が進まないことに「慚愧（ざんき）の念にたえない」と述べた。一方、北朝鮮の核開発などを挙げ米軍基地の必要性も指摘した。
中国については「透明性を欠く国防力強化や海洋活動活発化に懸念を抱く」とし、昨年の中国漁船衝突事件は「昨年起きた事件も極めて残念な出来事」と表現。経済面では「国の命運をかけて『平成の開国』を進める」と意気込み、ＴＰＰや２国間の経済連携協定（ＥＰＡ）交渉など、貿易自由化推進の決意を改めて強調した。
会合には各国の駐日大使や経営者ら約６００人（主催者発表）が出席した。（吉永康朗記者 同記事より全文）
■日米同盟の新戦略目標で初協議 審議官級（東京新聞 2011年1月28日）
■海江田経産相をルース米大使が訪問 ＴＰＰ積極姿勢歓迎（asahi.com 2011年1月27日）
海江田氏は２５日朝も、米通商代表部（ＵＳＴＲ）のカーク代表からの電話会談にも応じ、ＴＰＰなどについて触れた。経産相がＴＰＰ参加に慎重だった大畠章宏氏から、積極派の海江田氏に転じたことで、米政府からの接触は今後も頻度を増しそうだ。（同記事第３段落より）
――米通商代表部（ＵＳＴＲ）が出てくると、どういう交渉をしたのか気になってしかたがない。アメリカの利益代表そのものだからだ。
「週刊ダイヤモンド」（2010年7月24日号）に「破壊王 孫正義のソフトバンク」という記事が載っている。
「じつは04年当時、ソフトバンクは、非常に興味深い動きもしていた。当時から、携帯電話事業への新規参入を計画していた孫社長は、USTR（米国通商代表部）へ日本政府に対して圧力をかけるよう依頼していたのだ。
要するに、USTRの力で日本の競争環境を整備し、新規参入者が�狹吐鉢瓩鬚發蕕い笋垢�してほしいというお願いである。」（同記事「米国から日本に圧力 孫社長の大胆不敵さ」より）
※参考――asset_upload_file488_6999.pdf（検索可）
――次の記事も検証を要する。この記事はネット上で検索可能なので、そちらで確認して欲しいのだが、眼目は次の「公電の意味」の部分だ。
■米が望んだ菅首相？ 鳩山−小沢に不信感（東京新聞 2011年1月20日）（鈴木伸幸、小国智宏記者）
昨年二月三日、ソウルでキャンベル米国務次官補（東アジア・太平洋担当）は韓国青瓦台（大統領府）の金星煥（キムソンファン）外交安保首席秘書官（現外交通商相）と面会した。その会談内容について要約し、在韓米大使館から本国へ送られた公電に、こんな記載がある。
「両者（キャンベル、金）は、民主党と自民党は『全く異なる』という認識で一致。北朝鮮との交渉で民主党が米韓と協調する重要性も確認した。また、金氏が北朝鮮が『複数のチャンネル』で民主党と接触していることは明らかと説明。キャンベル氏は、岡田克也外相と菅直人財務相と直接、話し合うことの重要性を指摘した」
この公電の意味を読み解くポイントは、米国が交渉の相手として当時の鳩山由紀夫首相ではなく、岡田、菅両氏を名指ししたことにある。
（中略）
ソウルでの会談から二カ月後には、米紙ワシントン・ポストのコラムで鳩山氏が「ルーピー（現実離れした人）」と呼ばれ、笑いものにされる。
同じ頃、民主党の渡部恒三元衆院副議長は講演で「普天間問題を解決できずに鳩山君が責任を取ったら、おそらく菅直人君が（首相に）なるでしょう」と発言した。（同記事より）
――2010年4月14日から始まった一連のルーピー報道に関しては「世論調査報道――RDD方式と固定電話方式」に書いてあるので省略する。
もっとも、日本の新聞がとりあげたワシントン・ポストの主な記事だけでも、次のようなものがある。日時に注目してほしい。
■「米との決裂は危険」と警告＝鳩山氏は経験不足−Ｗ・ポスト紙社説（時事ドットコム2009年9月2日）（検索可）
■米高官「最も厄介なのは中国ではなく日本」 米紙報道（asahi.com 2009年10月23日）
■民主党国際局長を「奇怪」と米紙コキ下ろす（スポニチ 2010年3月9日）
（注：「８日付の米紙ワシントン・ポストは社説で、民主党国際局長の藤田幸久参議院議員が同紙に対し、米中枢同時テロの陰謀説を示唆する発言をしたとして『奇怪だ』などと同氏を酷評。鳩山由紀夫首相が『藤田氏のような向こう見ずで、事実をねじ曲げるような人物』を容認するのか否かで、日米関係にも悪影響が出かねないと警告した。」（同記事）というもの）
■「日本にオロオロするな」米紙、政府に忍耐促す (読売新聞 2010年7月29日)
【ワシントン＝小川聡】２８日付の米ワシントン・ポスト紙は「統治能力のない日本？」と題する社説を掲載し、米政府に「日本におろおろするな」と辛抱強い対応を促した。
社説は、日本の政局について、「菅首相は参院選で過半数を失い、９月には民主党代表選を迎える。菅が負ければ、日本はこの５年間で６回目の首相交代となる」と不安定な状況を紹介。しかし、「日本の抱える問題は、日本の政治には大きすぎるのではとの悲観論は理解できるが、その指摘は間違いか、少なくとも時期尚早だ」と指摘した。
「昨年苦しめられた沖縄の米軍再編は、また先送りされそうだ」としながらも、米政府当局者に「中国の台頭の陰で、極めて重要な日米同盟を守ることこそが課題だ」と忍耐を求めた。（同記事全文）
※参考：Japan, America's top Asian ally, seems adrift. But it's not time to panic Wednesday, July 28, 2010（Washingtonpost）（検索可）
■「菅首相生き延びた」…米各紙一斉に伝える（2010年9月15日 読売新聞）
【ワシントン＝小川聡】民主党代表選で菅首相が再選されたことについて、米各紙は１４日、「菅首相が、党の黒幕である小沢一郎氏の挑戦から生き延びた」（ニューヨーク・タイムズ電子版）などと一斉に伝えた。
同紙は、沖縄の普天間飛行場移設問題で、小沢氏が米国と改めて交渉し直す意向を示していた点に触れ、「代表選の結果は、ワシントンと東京の最近の困難な関係を落ち着かせる」との見方を示した。
ワシントン・ポストも「小沢氏と異なり、菅首相は問題の沖縄の海兵隊基地移転に関する現在の日米合意を順守する姿勢で、オバマ政権を安心させた」と伝えた。
一方、ウォール・ストリート・ジャーナルは、菅首相が普天間移設をめぐる日米合意遂行を表明しているものの、「基地撤去を求める沖縄の世論の高まり」のため、移設実施は容易ではないと指摘。「小沢氏と支援者たちは、内閣や党で主要ポストを与えられない限り、離党するかもしれない。そうなれば、菅首相の国会運営はさらに困難になる」と冷静な見方を示した。（同記事全文）
――渡部恒三元衆院副議長の講演は、
■民主・渡部氏「普天間解決できないなら政権交代」（ANNnewsCH 2010年4月8日）
で確認できる。ただ、どの程度の確信に基づくものかはわからない。
しかし全体の流れとしては、鳩山・小沢排除で、岡田克也外相（当時）と菅直人財務相（当時）に進んだことは間違いない。
――さて、メディアはどうか。新聞報道は微妙にスタンスを変えつつある。次の記事などは操菅路線の典型だろう。
小沢問題の解決が菅内閣の評価を高めると言い、与謝野氏の経済財政相起用には実績を示すことで疑問や批判に応えろという。そして、首相には今度逃げたらおしまいだと叱咤激励する。
■支持率持ち直し 菅内閣は政策実現に全力を（1月16日付・読売社説 2011年1月16日）
政策実現のための新たな布陣にひとまず期待するということだろう。
内閣再改造直後に実施した読売新聞の緊急世論調査で菅内閣の支持率が３４％になった。先月、内閣支持率は２５％にまで落ち込んだが、再改造でやや持ち直した。
小幅ながらも、閣僚の顔ぶれが変わり、首相の言う「最強の態勢」に期するところが、内閣支持率を押し上げたと言える。
世論調査では、社会保障制度維持のための消費税率引き上げ、アジア太平洋諸国と貿易を自由化する環太平洋経済連携協定（ＴＰＰ）への参加について前向きに答えた人がいずれも約６割を占めた。
多くの国民が望んでいることを踏まえ、首相は、懸案解決に断固とした姿勢で臨むべきだ。
小沢一郎・元民主党代表の「政治とカネ」の問題についても同様である。８１％が、小沢氏は国会で説明すべきだと考えている。
小沢氏が強制起訴された場合、菅首相は議員辞職や離党を促す意向を示したが、こうした首相の方針を７２％の人が支持した。小沢氏の問題の解決が、菅内閣の評価を高めることにつながろう。
一方、今回の改造で最も注目された、与謝野馨・元官房長官の経済財政相起用については「評価しない」が、ほぼ半数を占めた。
与謝野氏は自民党、たちあがれ日本で、激しく民主党政権を批判してきた。それだけに国民の間には、「入閣は理解できない」という思いが広がっているのだろう。民主党だけでなく、自民党など野党側にも反発が強まっている。
こうした疑問や批判に対して、与謝野氏は、実績を示すことで応えなければならない。それが、菅内閣の行方を左右することになるに違いない。
菅内閣は、再改造によってとりあえず"危険水域"を脱した格好だ。ただ、昨年９月の内閣改造直後の世論調査では支持率が６６％に跳ね上がったことと比べると、国民の見方は依然冷ややかだ。
象徴的なのが、政策面で実績を上げられると思うかという問いに対し、７０％が「そうは思わない」と答えていることである。
菅首相は「有言実行」、「一に雇用、二に雇用、三に雇用」などスローガンは掲げるが、実行力が伴わなかった。消費税率引き上げやＴＰＰについても、党内で反対論が強まると及び腰になった。
首相が再び逃げを打つような態度に出れば国民に見放される。そのことを胸に刻み、国政のかじ取りに当たってもらいたい。（社説全文）
――ところが、産経はややニュアンスが異なる。保守本流を目指すのか。次の二つの記事にそれがよく表れている。
■【改造内閣】「イラ菅」爆発 「すり替えるな」と逆ギレ（産経ニュース 2011年1月14日）
菅直人首相が内閣改造に伴う１４日夕の記者会見で、記者が衆院解散・総選挙への考えを問いただしたのに対し、何も答えないまま、逆ギレする一幕があった。
会見で記者が、与謝野馨経済財政担当相ら財政再建派の起用を「消費税率引き上げの布陣だ」と、誰もがそう思うことを指摘したところ、なぜか首相は「決め付けて、すり替えて質問するのはフェアではない」と怒り出し、「イラ菅」ぶりを発揮した。
自身の消費税増税発言で参院選大敗を招いた経緯もあるだけに、首相は神経質になったようだ。
さらに記者は、無駄削減を掲げた民主党の衆院選マニフェスト（政権公約）と将来の消費税増税との整合性をただし、衆院解散・総選挙で信を問わないかをただした。
首相はこの質問に全く答えず、記者が回答を求めたところ、司会役の千代幹也内閣広報官がさえぎって、会見は次の質問に移った。
当該部分の首相会見の詳報は次の通り。（同記事より 以下の部分は検索可）
■社会保障と消費税 責任もってたたき台示せ（産経ニュース 主張 2011年1月16日）
【その２】 消費税世論調査の質問と回答
――「世論調査の詳報」（共同通信）をさがすのに苦労した。ネット上で見つからない。やむなく新聞を探し、やっと東京新聞（共同2011年1月16日 実施日＝14日夕から15日）で確認できた。（数字は％、カッコ内は前回、昨年12 月25、26両日調査）（ネット上では検索可）
共同通信の世論調査には一貫性がない。質問事項なしの数値だけというのも困る。この数値のみに依存して論評する「評論家」が多いからだ。
《共同通信の「世論調査の詳報」》
■問9 菅首相は社会保障制度改革と消費税率引き上げを含めた税制改革について6月に一定の結論を取りまとめる方針です。あなたは消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。
・賛成 16.6
・どちらかといえば賛成 37.7
・どちらかといえば反対 24.6
・反対 18.7
・分からない・無回答 2.4
――多くの人がそうだと思うが、税制の改革自体に反対しているのではない。なぜ消費税なのかということなのだ。その点でこの質問は巧妙だ。参考までに日経の「質問と回答」をあげておく。比較してほしい。
■本社緊急世論調査 質問と回答（日経電子版 2011年1月16日）（カッコ内は前回調査。）
Ｑ６．菅首相は消費税の引き上げを含めた税制の抜本改革に向けて超党派で議論し、6月までに方向性を出す意向を示しています。あなたは消費税率の引き上げに賛成ですか、反対ですか。
・賛成だ 46 (45)
・反対だ 41 (44)
・どちらともいえない 9 (7)
・いえない・わからない 4 (4)
――次は読売新聞のスタイルと共同世論調査との比較。同じ共同でも質問がかなり違う。読売新聞の調査の特徴は数値が変化しないことだ。
■緊急電話全国世論調査（読売新聞）（調査日：2011年1月14〜15日）
Ｑ 財政再建や、社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。
答 1.必要だ 61 2.そうは思わない 35 3.答えない 4
■世論調査の結果と方法（2010年8月9日 共同通信）
問７ あなたは財政再建や社会保障のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。（数字は％、カッコ内は前回７月１２、１３両日調査）
・賛成 ２２・６（１９・１）
・どちらかといえば賛成 ３４・５（３３・４）
・どちらかといえば反対 １８・３（２３・７）
・反対 ２３・０（２１・０）
・分からない・無回答 １・６（２・８）
【その３】 類は友を呼ぶ――与謝野馨氏の起用問題
――大連立こそ成功していないが、与謝野馨氏を経財相として取り込んだ。自民党からは非難がごうごうと湧き上がり、その一方で評価する勢力も現れた。
この問題は、周囲からいくら寛容な主張が表れようとも、論理上は整合性を持ち得ない。郵政造反組の復党問題で安倍元首相がやってきたこととかわりがない。自民党がいくら誓約書に違背すると叫んでも過去に郵政造反組みの復党という事実がある。どちらも選挙制度をないがしろにすることにかわりはない。
■「反党行為したら政治家辞める」 与謝野氏の誓約書 自民副総裁が公表（東京新聞 2011年1月20日）
――渡部恒三氏は、政治家にとって節操も大事だと批判した。だが結局は評価する。
■渡部氏、与謝野氏批判を封印 「卑しい」一転「応援」（asahi.com 2011年1月18日）
■元衆院副議長・渡部恒三 言葉の重み 自覚促したい（産経ニュース 2011年1月27日）
――米国の主要メディアも財界（経済同友会の桜井正光代表幹事）もメディアもこぞって評価する。逆に自民党の方に批判の矛先が向きそうだ。
■与謝野氏起用、米国は「自由貿易重視」と評価（2011年1月14日 読売新聞）
■与謝野氏起用「政策実現への選択肢」と財界評価（2011年1月15日 読売新聞）
■社会保障改革 与謝野氏軸に政府案を急げ（読売社説）（2011年1月20日 読売新聞）
■社説：自民党 与野党協議を拒むな（毎日新聞 2011年1月24日）
――こうなると、もう自民党は倒閣へ突き進むしかないだろう。与野党協議などに加わったら国民から批判されてしまう。それに今なら選挙に勝てるかもしれない。
■与謝野氏の入閣により自民党は倒閣へ突き進み、中小政党は解散総選挙阻止に走る（上久保誠人氏）（diamond online 2011年1月26日）
――だが次の記事のような視点からの批判もある。
■与謝野入閣で「官僚主導」「増税路線」がはっきりした菅直人内閣（現代ビジネス2011年1月14日 長谷川幸洋氏）（検索可）
――さらに、WSJ日本版では「またぞろ日本の指導者が、旧来の考えを持つ旧来の政治家を起用する内閣改造を実施した。」という批判が載った。
■【社説】日本の内閣改造は旧態依然─消費税増税は過った考え（WSJ日本版 2011年1月19日）（検索可）
――すべてを捨て消費税増税実現のために菅首相のもとへ走るのに抵抗を感じなかったのだろう。与謝野氏は、「首相と私の考えが百八十度違うわけではない。ずっとやってきた仕事の延長線上ということでやる」（次の記事より）と入閣について説明したという。菅首相自身がすべてを捨てているからだ。まさしく類は友を呼ぶ。
■「党派の利害超え議論を」与謝野氏、社会保障改革で（産経ニュース 2011年1月20日）
【その４】 敗軍の将は兵と歴史ばかり語る
■菅首相「評価は歴史が決める、不退転の決意で」（2010年8月4日 読売新聞）
首相は「総理大臣という席についた政治家の評価は、歴史が決めるものだ。歴史に恥じない行動を取りたい」と述べ、政権運営への決意を強調。「財政運営の健全化のために不退転の決意で臨んでいく」と述べ、財政再建に重点的に取り組む考えを改めて示した。（同記事第２段落より）
■菅氏「権力を掌握する」 首相と小沢氏、新年会で火花（asahi.com 2011年1月3日）
出席者によると、首相はあいさつで「今年は自分らしさをしっかり出したい」と宣言。さらに「臨時国会は守りに徹したが通常国会はそうはさせない。やりたいことをやるために権力を掌握する」と意気込みを見せた。（同記事第３段落より）
■菅首相党大会あいさつ詳報（産経新聞 2011年1月13日）
これまで先送りされてきた大きな課題に取り組むことができるのかが問われている。経済、社会保障の財源、そして地域主権の問題、国民が参加した外交のあり方、これらのことについてわが党の責任である、従来政権を持っていた自民の責任であるということを超え、われわれ世代の責任、今政治に携わっている私たちの責任という認識で党派を超えた議論が必要だということも言うまでもありません。もし、野党の皆さんが積極的に参加しないならば、私はそのこと自体が歴史に対する反逆行為であります。そのように言っても決して言いすぎでない。逆に言えば、そうではないことを期待をして参りたい。（同記事の一部）
――こうして記事全体を通してみると、菅首相の言う歴史なるものの姿が見えてくる。小沢グループを排除し旧い勢力を取り込んで日米同盟の再構築をやろうとでもいうのか。普天間問題が象徴的だ。次にくるのは世論の沖縄化か。
菅首相は小沢問題を権力問題とみているようだ。単に支持率アップのために小沢排除をしたいのではないらしい。小沢氏排除は菅首相にとって既定路線なのではないか。小沢氏とは明らかに路線が違う。この既定路線の方が菅首相のいう「歴史」であり、当人が歴史の流れの中にいると自負する根拠なのではないか。
だが、権力闘争であることを否定する見解もある。
■小沢氏の「政倫審出席拒否」で民主党が見放される（田原総一朗氏）（週刊朝日2010年12月31日号）でも、朝日新聞世論調査（2010年12月14日）の数値を挙げ、次のように書いている。
なお、この世論調査で菅内閣の支持率は21％に落ち、不支持率が60％にも達している。
私は、この支持率低下には、小沢問題をあいまいにし続けている民主党への不満の高まりが、相当部分あると捉えている。
何よりわからないのは、小沢元代表が土地取引の疑惑について国会で説明することを、なぜこれほどまでかたくなに拒むのかということだ。
小沢元代表は、当然ながら自分が全くのシロであると自信を持っているはずだ。それならば、堂々と国会で身の潔白を証明してみせればよいのではないか。拒めば、逆に国民の疑いが高まるだけではないか。
それに、ここへきて、小沢元代表を支持する議員たちの動きが尋常ならぬ様相を見せている。まるで権力闘争のように見えてしまう。来年度予算編成が切迫しているときに、このような権力闘争など行っている余裕はないはずだ。
さらに理解できないのは、代表まで務めた超ベテランの小沢氏が、自分の言動が民主党に大いに迷惑をかけていることを、一体どのように捉えているのかということだ。小沢元代表が政倫審への出席を拒み、民主党がもたついているようだと、党ごと国民から見放されることになるのではないか。（同記事より）
――人間は感情の動物である。まず感性があって理屈などは後付けだ。小沢問題に関しては新聞記者でも客観的な記事を書けないということらしい。
■「海外メディアも首をかしげる『小沢嫌い原理主義』という病」（瀬下美和記者）（週刊金曜日2010年9月17日号）によると、
四〇代の社会部記者がいう。
「とにかく、（記者は）みんな小沢が嫌い。すべてはこれに尽きてしまう」
各紙政治部と小沢一郎の確執は自民党幹事長時代（一九八九年八月〜一九九一年四月）にまで遡る。
「小沢は『朝日』の記者に容赦がない。当時から『日経新聞』の田勢康弘（たせやすひろ）など二、三人の記者を除いて小沢には誰も食い込めず、『朝日』は抜かれっぱなしだった。その時の恨みがずっと尾を引いている。安全保障や外交政策ひとつとっても第七艦隊さえあればいいとまで言い切る政治家なんて小沢しかいないのだから、官僚に取り込まれてブレブレの菅よりマシだと思うが、いまの政治部や経済部にはそんな声はない」（同記事の一部）
――こういう記事もある。
■表の政治 小沢氏は徹せよ（星浩 朝日新聞編集委員）（朝日新聞2010年8月27日）
「鳩山氏の広大な別荘で、地ビールを片手に『気合だ』と叫ぶ小沢氏支持の議員たち。景気低迷と猛暑にあえぐ多くの国民には『能天気』と映ったに違いない。与党にいるうちに『政権交代の初心』が摩耗してしまったのだろう」（同記事の一部）
――『政権交代の初心』とはマニフェストのことか。それなら確かに、「与党にいるうちに『政権交代の初心』が摩耗」してしまっている。
2010年12月24日
「大連立」をとなえるジャーナリスト――自民復権あわよくば……
【その１】 大連立による自己の復権
政治が動かなくなると、栄えた昔をしのぶ人々が必ず「大連立」の旗をひっさげて現れる。「政治が動かない」というのは、現状を動かされては困るという人が多数を占めたからで、大連立にもっていこうというのは、結局は自公の復権をはかることでしかない。大連立を唱える人々の名をよく見れば、過去の自公政権で輝いていた人が中心だ。夢よ、もう一度、というわけか。
【その２】 「期間限定の大連立」とは？
■「大連立 期間限定し国難に対処せよ」（田原総一朗著）（朝日新聞2010年12月15日）（新聞記事より引用――同内容は検索可）に次のような主張が載っていた。
（前半２段落省略）
予算について違いがないのは、各党とも選挙に負けることを恐れ、国民に言うべきことを言えないからだ。年明けには通常国会が始まるが、このままでは空疎な国会が繰り返される。
そんな愚を繰り返さないためにも、この国の喫緊の課題に取り組むためにも、私は民主、自民、公明3党による期間限定の大連立を提案したい。
3党が政策協定を結び、国民への公約とする。首相は菅直人民主党代表、副首相は谷垣禎一自民党総裁。大連立政権は日本が直面する財政や経済の問題に道筋をつけた後に、解散・総選挙で国民に信を問うべきだ。（聞き手・杉井昭仁記者 同朝日の記事）
なぜ大連立かといえば、日本の財政が「3年後には破綻確実なのだ。」というのだ。また景気対策のためでもあるという。
「1990年に世界一だった日本の国際競争力は27位に、1人当たりGDPは3位から23位に落ちた。」から「党派を超えた政治主導の下、政・民・官の『オールジャパン』で取り組まないと、国際競争で生き残れない。」（共に同記事より）という。
GDPの順位が登場し、「だから……」とくる。こういう議論は、この過去のブログ内だけでも溢れかえっている。
そういえば、「オール・ジャパンで費用を負担しあえる消費税以外には安定財源の候補は見当たらない。」（「税制改革の渦中にあって」石弘光著）という論理もあった。
■「日本政治の『タブー』」（田原総一朗著）の「飽き飽きされた自民党」という見出しのところには、
この選挙で民主党が勝利したのは、「民主党がいいと思って国民は投票したわけではない」と、わたしは思っている。民主党が勝てた理由の一つは、国民が自民党に飽き飽きしていたことだ。宮澤喜一内閣以降の自民党内閣は「ごまかし」でしかなかった。
歳入が減るのに対して歳出は増える一方で、歳入を増やす政策を優先すべきことは誰にでもわかる。歳入を増やすには景気をよくするか消費税を引き上げるしかない。景気が簡単に回復しない以上、消費税を引き上げるしかないのだが、その度胸が自民党政権にはなかった。消費税を引き上げて世論の反発を呼べば選挙を勝てないからだ。それで国の借金ばかりが増え、それにともなって福祉まで低下してきてしまった。そうした世の中にしてしまった自民党政権に、国民は飽き飽きしてしまったのだ。
さらに、自民党政権には「カネの問題」がつきまとっている。利権とカネは自民党の象徴のようなイメージを国民の誰もが持ち続けてきた。それを好む国民がいたとしても、ごくごく少数派でしかない。自民党の金権体質に国民の誰もがうんざりしていたのだ。（同書）
と主張している。
さらに、■「国民は民主党に愛想が尽きている」（田原総一朗著）（nikkei BPnet 2010年11月18日）（検索可）では、「民主党には『政党管理能力』もない」という見出しのところで、
国民はもう民主党政権に愛想尽かしをしている。これが内閣支持率の急落につながっているのではないか。このままいけば下がる一方だろう。
自民党政権では、支持率が30％を割れば首相が交代して国民の批判をかわした。首相交代ができない場合は、国民の支持を失っているのだから衆議院の解散である。だが、民主党はどうか。首相交代の準備もできていないし、交代しなければならないという認識もない。衆議院の解散なんて考えてもいない。
いったい民主党はどうなっているか。ビデオ映像や機密情報の管理能力どころか、「政党管理能力」すらない。国民はそう思い始めている。
10月24日に投開票が行われた衆議院北海道5区補欠選挙で自民党前職の町村信孝氏が当選した。また11月14日の福岡市長選では、自民党と公明党が支援する元民放アナウンサー、高島宗一郎氏が大差をつけて当選した。特に福岡市長選は尖閣諸島問題をめぐる政府の対応への不満が勝因になったとされる。
おそらく野党は今後、民主党に衆議院の解散を迫るだろう。民主党はその要求に持ちこたえられるか。持ちこたえられるとすれば、どういう方法をとるのか。ところが、それがさっぱり見えてこない。民主党には、大変なことが起きているという認識もないのである。（同記事）
と主張している。
国民に飽き飽きされた政党と国民に愛想を尽かされた政党が大連立して危機を乗り切るんだそうだ。
【その３】 時の政権にどっぷりとつかった提言報道
こういう発想が湧き出てくる所以を、田原総一朗氏は次のように説明している。
■「日本政治の『タブー』」（田原総一朗著 2010年７月30日発行）の「第五章 変貌を続ける世界と日本」
（前半省略）
このように『サンプロ』の軌跡をたどると読者もお気づきだと思うが、わたしの政治に、そして権力に対する姿勢は明らかに変わってきている。
少なくとも高度成長からバブルになり、それがはじけて出口のない不況に陥るまでは、わたしはジャーナリズムとは権力を監視し、ひたすら批判を加えるべきだと考えていた。
逆に言えば、権力を過大評価していたといえる。もちろん、戦争、そして無残な激戦を知っているわたしは、権力の危険さというものを十分知っている。権力は暴走することを知っている。その思いは現在も変わらない。
だが、バブルがはじけて政治が混迷し、宮澤喜一、橋本龍太郎の両首相が事実上失脚し、『サンプロ』が何度も国会を混乱させる中で、権力側が、金融危機、そして構造不況に対しても確たる政策を持っていないことがわかってきた。
権力は叩けば叩くほど新しい発想、政策が出て来るものだと考えていたのだが、新しい発想、政策をつくり出す力量、能力が欠如していることがわかって来た。政界で『サンプロ』に出ると政治生命を失う、政治が混乱するという声が強かった。わたしは、もちろん、そのことをいささかも反省しておらず、怖い番組はわたしが意図したことである。だが、ただ批判するだけでは飽き足らず、批判する以上は、代案を考える必要がある。単に批判ばかりしているのは、無責任だと考えるようになった。必要ならば、こちらの意見もどんどん言うべきだと思うようになった。そのために、意見を訊きたいと言われれば首相にも閣僚にも会うようになった。ただし、前述したように当然ながら、一定の距離は保ち、私利私欲はまったくなく、政治家に何も頼まず、何も頼まれないようにしている。もちろん、批判すべきは容赦なく批判し、一対一で会っても、テレビでやりとりするのと、やりとりの仕方も内容もまったく変わらない。そして『サンプロ』のスタッフには首相や閣僚に会った内容をすべて話してきた。（同書）
政権との関わり方については、「日本政治の正体」（田原総一朗著2009年8月30日発行）でも書いていたが、「日本政治の『タブー』」（田原総一朗著）でも、その印象がよほど強烈だったようで、同じ場面が描かれている。
2001年4月24日に行われた自民党総裁選を前、自民党の中川秀直氏から日本経済新聞社の政治記者であった田勢康弘氏とともに、東京・赤坂の小料理屋に呼ばれ相談を受けた話だ。
「今度の総裁選に小泉純一郎は立候補すべきか、どうか」（同記事）意見を訊きたいという話だ。ところが、両著書の描き方のニュアンスが微妙に異なっている。
「日本政治の正体」では、
「本当に出たほうがいいだろうか。本気になって改革すれば、応援してくれるか」
「本気でやるなら、小泉を応援する」
「わかりました。じゃあ、それを小泉本人の前で言ってほしい」と言って、中川秀直は部屋を出ていった。1階の別の部屋で待つ小泉を呼びにいき、少し話したらしい。しばらくして階段を上がってくる音が聞こえた。「やあ、どうも！」と、いつもの明るい調子で登場し、席に着いた小泉純一郎に、私は言った。
「今度の総裁選には出るべきだ。本気でやるね？」
「本気でやる！」
（「日本政治の正体」より引用）
一方、「日本政治の『タブー』」では、
「本気で平成研と戦い、構造改革をやるのなら、小泉の出馬に賛成してくれるか」
中川が真剣な表情で訊き返した。
「平成研と戦うというのは、自民党と戦うことだが、それをやるのなら賛成だ」
わたしは言い、田勢はわたし以上に強い口調で言った。すると中川は、
「わかった。いやあ、それを小泉本人の前で言ってほしい」
と言って部屋を出て行った。
しばらくして階段を上がって来る足音がして、
「やあ、どうも！」
といういつもの明るい声とともに一人の人物が、中川と一緒に部屋に入って来た。小泉純一郎だった。
中川に食事に誘われた時は、小泉と会うことになるとは考えてもいなかったが、成り行きでこういう事態になってしまった。なかば困ったなという気持ちであった。
（「日本政治の『タブー』」より引用）
なぜ二人は中川氏に相談されたのか。「応援」と「賛成」とどちらなのか。
読売新聞の渡邊恒雄氏は自らの権力の源泉を知っている。だからこそ、「読売一千万部」を死守せよと叫ぶ。
「世の中を自分の思う方向に持っていこうと思っても力がなきゃできないんだ。俺には幸か不幸か一千万部ある。一千万部の力で総理を動かせる。小渕総理とは毎週のように電話で話すし、小沢一郎ともやってる。政党勢力だって。自自連立だって思うままだし、所得税や法人税の引き下げだって、読売新聞が一年前に書いた通りになる。こんなうれしいことはないわね。これで不満足だなんて言ったらバチが当たるわ」（「渡邊恒雄 メディアと権力」（魚住昭著） 「第十三章 野望」より引用）
一方、田原氏も権力の源泉があった。メディアを仕切っていたという力である。それが時の総理大臣を辞任に追い込んだと豪語させる。そして、安倍政権にたいしては次のような番組を組んだと書いている。これは「応援」なのか、「賛成」なのか。
選挙直後となる〇七年八月五日放送の『サンプロ』は、「衝撃の大惨敗どうする安倍政権」というテーマでやった。出演してもらったのは安倍の出身派閥である町村派の会長である町村信孝と自民党参院政審会長の舛添要一である。参議院選挙で惨敗した安倍を支えていかなければならない二人だった。
続く八月一二日の『サンプロ』では、安倍と同じ派閥出身の森喜朗元首相を迎えて安倍続投内閣について語ってもらった。選挙で惨敗したものの安倍は続投する予定だったのだ。八月一九日の『サンプロ』でも、安倍陣営である自民党幹事長の中川秀直を迎えた。続く八月二六日放送の『サンプロ』は、自民党からは船田元と山本一太に出演してもらった。安倍改造内閣の課題について議論したのだが、もちろん最大野党である民主党からも議論に加わってもらうため前原誠司と長島昭久を招いた。
安倍改造内閣が成立したのは、〇七年八月二七日のことだった。直後の九月二日放送では、内閣官房長官に就任した与謝野馨に登場してもらっている。内閣の要である官房長官が発足一週間後にはテレビ出演して政権の方針を語ったのだ。
次の週の九月九日放送には、厚生労働大臣に就任した舛添要一に来てもらった。安倍が参院選で敗北を喫したのは、例の「宙に浮いた年金記録」の問題が大きかった。それに取り組むのが厚生労働大臣に与えられた大課題であり、国民的人気の高い舛添要一を安倍は据えたのだ。
しかし九月一二日になって、突然、安倍は退陣を表明する。衆議院で安倍の所信表明に対する代表質問が行われる初日で、本会議開会の直前になって安倍は出席を拒み、午後二時に記者会見を開いて辞意を表明したのだ。（「日本政治の『タブー』」田原総一朗著）
応援虚しく安倍総理大臣は辞任した。そして「サンプロ」は終了する。「『サンプロ』を終わりにしたテレビ朝日側の理由を、いまだにわたしは知らない。」（日本政治の『タブー』）と田原総一朗氏は書いている。
しかし、もちろん「政治家に何も頼まず、何も頼まれない」田原氏は健在である。
■「自民・石原幹事長『民主は内紛花盛り』と皮肉」（産経ニュース 2010年12月10日 ）（検索可）によれば、10日に開かれた自民党の党改革委員会の会合でのこと、
講師に招かれたジャーナリストの田原総一朗氏が「菅直人首相も谷垣禎一自民党総裁も危機感が全くない。自民党ならどうするかを示さなくてはいけない」と注文を付けた。（同記事）
という。
【その４】 提言報道の潮流
■「新聞の強みは『提言報道』」（新s あらたにす2008年10月21日）（検索可）という記事を、作家で元日本経済新聞論説主幹の水木楊氏が書いている。
（前略）
以前、朝日、読売、日経がそれぞれ年金制度について提案記事を掲げたときにも述べたことですが、新聞社がこのように自社の組織網を使って具体的な提案をすることは、大変結構なことではないかと考えます。
ただ政策を批判するだけでは、官僚や政治家は少しも怖くはない。また外野が騒いでいる、くらいのことでしょう。あるいは、特定企業や機関が提案する場合は、その陰に自分達の利益を誘導しているのではないかという疑いもかけられましょう。
では、テレビはどうか。NHKはNHKで予算を国会に認めてもらわなければならず、思いきったことは言い難い。民放はスポンサーの顔色を見なければならないし、提案を独自にまとめるほどの専門知識を蓄えてもいないのではないか。このような提案記事は、新聞社でしかできないことだと考えます。
（中略）
専門記者を育てる――それがいま新聞社に求められている最も大切なことのひとつです。テレビのワイド番組に出てくる、ド素人の、もっともそうな"熊さん八っさん"論議など聞きたくもない。そう思いませんか。
専門記者こそが、きちんとしたバックグランドをもって、さまざまな不正や問題点をきちんと正すことができます。権力者を震えあがらせるような専門記者になってほしい。
ただし、専門家とは異なり、誰にでも分かるようにやさしく記事を書くこと、専門バカにならないよう、取材先に取り込まれ同じ問題意識しか持てないようにならないよう、ジャーナリストらしい公正感覚を保持すること――これが良い専門記者の条件であることも、付け加えておきましょう。（同記事）
新聞に対する感覚のズレは大きい。批判よりも専門的な提言だという。それが権力者を震えあがらせるという。新聞が提案する場合は利益誘導しているのではないというのだ。もちろん、そうは思わない。こうしてみていくと、似通った意見が一つの流れになって主張されはじめている。
政治が動かなくなると、栄えた昔をしのぶ人々が必ず「大連立」の旗をひっさげて現れる。「政治が動かない」というのは、現状を動かされては困るという人が多数を占めたからで、大連立にもっていこうというのは、結局は自公の復権をはかることでしかない。大連立を唱える人々の名をよく見れば、過去の自公政権で輝いていた人が中心だ。夢よ、もう一度、というわけか。
【その２】 「期間限定の大連立」とは？
■「大連立 期間限定し国難に対処せよ」（田原総一朗著）（朝日新聞2010年12月15日）（新聞記事より引用――同内容は検索可）に次のような主張が載っていた。
（前半２段落省略）
予算について違いがないのは、各党とも選挙に負けることを恐れ、国民に言うべきことを言えないからだ。年明けには通常国会が始まるが、このままでは空疎な国会が繰り返される。
そんな愚を繰り返さないためにも、この国の喫緊の課題に取り組むためにも、私は民主、自民、公明3党による期間限定の大連立を提案したい。
3党が政策協定を結び、国民への公約とする。首相は菅直人民主党代表、副首相は谷垣禎一自民党総裁。大連立政権は日本が直面する財政や経済の問題に道筋をつけた後に、解散・総選挙で国民に信を問うべきだ。（聞き手・杉井昭仁記者 同朝日の記事）
なぜ大連立かといえば、日本の財政が「3年後には破綻確実なのだ。」というのだ。また景気対策のためでもあるという。
「1990年に世界一だった日本の国際競争力は27位に、1人当たりGDPは3位から23位に落ちた。」から「党派を超えた政治主導の下、政・民・官の『オールジャパン』で取り組まないと、国際競争で生き残れない。」（共に同記事より）という。
GDPの順位が登場し、「だから……」とくる。こういう議論は、この過去のブログ内だけでも溢れかえっている。
そういえば、「オール・ジャパンで費用を負担しあえる消費税以外には安定財源の候補は見当たらない。」（「税制改革の渦中にあって」石弘光著）という論理もあった。
■「日本政治の『タブー』」（田原総一朗著）の「飽き飽きされた自民党」という見出しのところには、
この選挙で民主党が勝利したのは、「民主党がいいと思って国民は投票したわけではない」と、わたしは思っている。民主党が勝てた理由の一つは、国民が自民党に飽き飽きしていたことだ。宮澤喜一内閣以降の自民党内閣は「ごまかし」でしかなかった。
歳入が減るのに対して歳出は増える一方で、歳入を増やす政策を優先すべきことは誰にでもわかる。歳入を増やすには景気をよくするか消費税を引き上げるしかない。景気が簡単に回復しない以上、消費税を引き上げるしかないのだが、その度胸が自民党政権にはなかった。消費税を引き上げて世論の反発を呼べば選挙を勝てないからだ。それで国の借金ばかりが増え、それにともなって福祉まで低下してきてしまった。そうした世の中にしてしまった自民党政権に、国民は飽き飽きしてしまったのだ。
さらに、自民党政権には「カネの問題」がつきまとっている。利権とカネは自民党の象徴のようなイメージを国民の誰もが持ち続けてきた。それを好む国民がいたとしても、ごくごく少数派でしかない。自民党の金権体質に国民の誰もがうんざりしていたのだ。（同書）
と主張している。
さらに、■「国民は民主党に愛想が尽きている」（田原総一朗著）（nikkei BPnet 2010年11月18日）（検索可）では、「民主党には『政党管理能力』もない」という見出しのところで、
国民はもう民主党政権に愛想尽かしをしている。これが内閣支持率の急落につながっているのではないか。このままいけば下がる一方だろう。
自民党政権では、支持率が30％を割れば首相が交代して国民の批判をかわした。首相交代ができない場合は、国民の支持を失っているのだから衆議院の解散である。だが、民主党はどうか。首相交代の準備もできていないし、交代しなければならないという認識もない。衆議院の解散なんて考えてもいない。
いったい民主党はどうなっているか。ビデオ映像や機密情報の管理能力どころか、「政党管理能力」すらない。国民はそう思い始めている。
10月24日に投開票が行われた衆議院北海道5区補欠選挙で自民党前職の町村信孝氏が当選した。また11月14日の福岡市長選では、自民党と公明党が支援する元民放アナウンサー、高島宗一郎氏が大差をつけて当選した。特に福岡市長選は尖閣諸島問題をめぐる政府の対応への不満が勝因になったとされる。
おそらく野党は今後、民主党に衆議院の解散を迫るだろう。民主党はその要求に持ちこたえられるか。持ちこたえられるとすれば、どういう方法をとるのか。ところが、それがさっぱり見えてこない。民主党には、大変なことが起きているという認識もないのである。（同記事）
と主張している。
国民に飽き飽きされた政党と国民に愛想を尽かされた政党が大連立して危機を乗り切るんだそうだ。
【その３】 時の政権にどっぷりとつかった提言報道
こういう発想が湧き出てくる所以を、田原総一朗氏は次のように説明している。
■「日本政治の『タブー』」（田原総一朗著 2010年７月30日発行）の「第五章 変貌を続ける世界と日本」
（前半省略）
このように『サンプロ』の軌跡をたどると読者もお気づきだと思うが、わたしの政治に、そして権力に対する姿勢は明らかに変わってきている。
少なくとも高度成長からバブルになり、それがはじけて出口のない不況に陥るまでは、わたしはジャーナリズムとは権力を監視し、ひたすら批判を加えるべきだと考えていた。
逆に言えば、権力を過大評価していたといえる。もちろん、戦争、そして無残な激戦を知っているわたしは、権力の危険さというものを十分知っている。権力は暴走することを知っている。その思いは現在も変わらない。
だが、バブルがはじけて政治が混迷し、宮澤喜一、橋本龍太郎の両首相が事実上失脚し、『サンプロ』が何度も国会を混乱させる中で、権力側が、金融危機、そして構造不況に対しても確たる政策を持っていないことがわかってきた。
権力は叩けば叩くほど新しい発想、政策が出て来るものだと考えていたのだが、新しい発想、政策をつくり出す力量、能力が欠如していることがわかって来た。政界で『サンプロ』に出ると政治生命を失う、政治が混乱するという声が強かった。わたしは、もちろん、そのことをいささかも反省しておらず、怖い番組はわたしが意図したことである。だが、ただ批判するだけでは飽き足らず、批判する以上は、代案を考える必要がある。単に批判ばかりしているのは、無責任だと考えるようになった。必要ならば、こちらの意見もどんどん言うべきだと思うようになった。そのために、意見を訊きたいと言われれば首相にも閣僚にも会うようになった。ただし、前述したように当然ながら、一定の距離は保ち、私利私欲はまったくなく、政治家に何も頼まず、何も頼まれないようにしている。もちろん、批判すべきは容赦なく批判し、一対一で会っても、テレビでやりとりするのと、やりとりの仕方も内容もまったく変わらない。そして『サンプロ』のスタッフには首相や閣僚に会った内容をすべて話してきた。（同書）
政権との関わり方については、「日本政治の正体」（田原総一朗著2009年8月30日発行）でも書いていたが、「日本政治の『タブー』」（田原総一朗著）でも、その印象がよほど強烈だったようで、同じ場面が描かれている。
2001年4月24日に行われた自民党総裁選を前、自民党の中川秀直氏から日本経済新聞社の政治記者であった田勢康弘氏とともに、東京・赤坂の小料理屋に呼ばれ相談を受けた話だ。
「今度の総裁選に小泉純一郎は立候補すべきか、どうか」（同記事）意見を訊きたいという話だ。ところが、両著書の描き方のニュアンスが微妙に異なっている。
「日本政治の正体」では、
「本当に出たほうがいいだろうか。本気になって改革すれば、応援してくれるか」
「本気でやるなら、小泉を応援する」
「わかりました。じゃあ、それを小泉本人の前で言ってほしい」と言って、中川秀直は部屋を出ていった。1階の別の部屋で待つ小泉を呼びにいき、少し話したらしい。しばらくして階段を上がってくる音が聞こえた。「やあ、どうも！」と、いつもの明るい調子で登場し、席に着いた小泉純一郎に、私は言った。
「今度の総裁選には出るべきだ。本気でやるね？」
「本気でやる！」
（「日本政治の正体」より引用）
一方、「日本政治の『タブー』」では、
「本気で平成研と戦い、構造改革をやるのなら、小泉の出馬に賛成してくれるか」
中川が真剣な表情で訊き返した。
「平成研と戦うというのは、自民党と戦うことだが、それをやるのなら賛成だ」
わたしは言い、田勢はわたし以上に強い口調で言った。すると中川は、
「わかった。いやあ、それを小泉本人の前で言ってほしい」
と言って部屋を出て行った。
しばらくして階段を上がって来る足音がして、
「やあ、どうも！」
といういつもの明るい声とともに一人の人物が、中川と一緒に部屋に入って来た。小泉純一郎だった。
中川に食事に誘われた時は、小泉と会うことになるとは考えてもいなかったが、成り行きでこういう事態になってしまった。なかば困ったなという気持ちであった。
（「日本政治の『タブー』」より引用）
なぜ二人は中川氏に相談されたのか。「応援」と「賛成」とどちらなのか。
読売新聞の渡邊恒雄氏は自らの権力の源泉を知っている。だからこそ、「読売一千万部」を死守せよと叫ぶ。
「世の中を自分の思う方向に持っていこうと思っても力がなきゃできないんだ。俺には幸か不幸か一千万部ある。一千万部の力で総理を動かせる。小渕総理とは毎週のように電話で話すし、小沢一郎ともやってる。政党勢力だって。自自連立だって思うままだし、所得税や法人税の引き下げだって、読売新聞が一年前に書いた通りになる。こんなうれしいことはないわね。これで不満足だなんて言ったらバチが当たるわ」（「渡邊恒雄 メディアと権力」（魚住昭著） 「第十三章 野望」より引用）
一方、田原氏も権力の源泉があった。メディアを仕切っていたという力である。それが時の総理大臣を辞任に追い込んだと豪語させる。そして、安倍政権にたいしては次のような番組を組んだと書いている。これは「応援」なのか、「賛成」なのか。
選挙直後となる〇七年八月五日放送の『サンプロ』は、「衝撃の大惨敗どうする安倍政権」というテーマでやった。出演してもらったのは安倍の出身派閥である町村派の会長である町村信孝と自民党参院政審会長の舛添要一である。参議院選挙で惨敗した安倍を支えていかなければならない二人だった。
続く八月一二日の『サンプロ』では、安倍と同じ派閥出身の森喜朗元首相を迎えて安倍続投内閣について語ってもらった。選挙で惨敗したものの安倍は続投する予定だったのだ。八月一九日の『サンプロ』でも、安倍陣営である自民党幹事長の中川秀直を迎えた。続く八月二六日放送の『サンプロ』は、自民党からは船田元と山本一太に出演してもらった。安倍改造内閣の課題について議論したのだが、もちろん最大野党である民主党からも議論に加わってもらうため前原誠司と長島昭久を招いた。
安倍改造内閣が成立したのは、〇七年八月二七日のことだった。直後の九月二日放送では、内閣官房長官に就任した与謝野馨に登場してもらっている。内閣の要である官房長官が発足一週間後にはテレビ出演して政権の方針を語ったのだ。
次の週の九月九日放送には、厚生労働大臣に就任した舛添要一に来てもらった。安倍が参院選で敗北を喫したのは、例の「宙に浮いた年金記録」の問題が大きかった。それに取り組むのが厚生労働大臣に与えられた大課題であり、国民的人気の高い舛添要一を安倍は据えたのだ。
しかし九月一二日になって、突然、安倍は退陣を表明する。衆議院で安倍の所信表明に対する代表質問が行われる初日で、本会議開会の直前になって安倍は出席を拒み、午後二時に記者会見を開いて辞意を表明したのだ。（「日本政治の『タブー』」田原総一朗著）
応援虚しく安倍総理大臣は辞任した。そして「サンプロ」は終了する。「『サンプロ』を終わりにしたテレビ朝日側の理由を、いまだにわたしは知らない。」（日本政治の『タブー』）と田原総一朗氏は書いている。
しかし、もちろん「政治家に何も頼まず、何も頼まれない」田原氏は健在である。
■「自民・石原幹事長『民主は内紛花盛り』と皮肉」（産経ニュース 2010年12月10日 ）（検索可）によれば、10日に開かれた自民党の党改革委員会の会合でのこと、
講師に招かれたジャーナリストの田原総一朗氏が「菅直人首相も谷垣禎一自民党総裁も危機感が全くない。自民党ならどうするかを示さなくてはいけない」と注文を付けた。（同記事）
という。
【その４】 提言報道の潮流
■「新聞の強みは『提言報道』」（新s あらたにす2008年10月21日）（検索可）という記事を、作家で元日本経済新聞論説主幹の水木楊氏が書いている。
（前略）
以前、朝日、読売、日経がそれぞれ年金制度について提案記事を掲げたときにも述べたことですが、新聞社がこのように自社の組織網を使って具体的な提案をすることは、大変結構なことではないかと考えます。
ただ政策を批判するだけでは、官僚や政治家は少しも怖くはない。また外野が騒いでいる、くらいのことでしょう。あるいは、特定企業や機関が提案する場合は、その陰に自分達の利益を誘導しているのではないかという疑いもかけられましょう。
では、テレビはどうか。NHKはNHKで予算を国会に認めてもらわなければならず、思いきったことは言い難い。民放はスポンサーの顔色を見なければならないし、提案を独自にまとめるほどの専門知識を蓄えてもいないのではないか。このような提案記事は、新聞社でしかできないことだと考えます。
（中略）
専門記者を育てる――それがいま新聞社に求められている最も大切なことのひとつです。テレビのワイド番組に出てくる、ド素人の、もっともそうな"熊さん八っさん"論議など聞きたくもない。そう思いませんか。
専門記者こそが、きちんとしたバックグランドをもって、さまざまな不正や問題点をきちんと正すことができます。権力者を震えあがらせるような専門記者になってほしい。
ただし、専門家とは異なり、誰にでも分かるようにやさしく記事を書くこと、専門バカにならないよう、取材先に取り込まれ同じ問題意識しか持てないようにならないよう、ジャーナリストらしい公正感覚を保持すること――これが良い専門記者の条件であることも、付け加えておきましょう。（同記事）
新聞に対する感覚のズレは大きい。批判よりも専門的な提言だという。それが権力者を震えあがらせるという。新聞が提案する場合は利益誘導しているのではないというのだ。もちろん、そうは思わない。こうしてみていくと、似通った意見が一つの流れになって主張されはじめている。
2010年09月15日
「財政再建や社会保障制度のために」なぜ消費税なのか。【第二部】――税制・社会保険料（税）編
2010年9月14日、民主党代表選が終わり、今後メディアによる消費税増税の動きがますます強まると思われる。その意味では、以下は長すぎて読むのも大変だが資料としては使えるかもしれない。
なお、引用箇所を確定するため、くどくなるがそれぞれに引用元を（ ）で示した。インターネット記事で閲覧可能のものは（検索可）としてある。
１ 自公政権の税調と民主政権の税調
「週刊エコノミスト」（2010年8月10日号）に世論調査に依拠した記事が載っていた。
■「さらば『消費税反対』の人気取り政治」（石弘光著）
「たしかに最近、消費税引き上げへの国民の理解は、世論調査では高まってきている。とりわけ、『社会保障給付の財源に充当するなら仕方がない』という意見が、多くの世論調査で５０％を上回っていた。」（同記事）
こう言って、民主と自民の政策協定を求めている。
この人は、数年前にテレビで見たことがあるはずだ。2000年9月から2006年9月まで政府税制調査会の会長だった。
また「産経ニュース」（2010年2月7日）の■【書評】『消費税の政治経済学』（石弘光著）では次のように評していた。
政府税調で長年、税と歩んだ著者による、政治に翻弄（ほんろう）された消費税の歴史と、理解を訴える信念の書。消費税導入、税率上げを一貫して訴えた著者には、与野党ともふがいない。苦言の裏には、国民が財政事情を理解すれば、消費税は必ず受け入れられるとの信頼がある。
将来の示唆にも富む。食料品への軽減税率適用では、軽減税率のリストが１メートルにもなる海外の実態を挙げ「線引きが曖昧（あいまい）な恣意（しい）的な制度」と指摘する。
国民には「眼力を持て」と迫る。財源のないバラマキを歓迎し、日本の社会保障は維持できるのか。医療や介護を自助努力でする覚悟がないなら、消費税のトラウマから脱却せよ、と。（同記事）
詳しくみてみると、■「税制改革の渦中にあって」（石弘光著 2008年1月25日発行）の「はじめに」で次のように述べている。
本書では、増税が絶対に必要だと一方的に主張しているわけでない。むしろ、政府から公共サービスの受益を要求するなら、それに応じ必要な費用をわれわれ国民は負担せねばならないと訴えているのだ。これからの日本経済あるいは国民生活との関連で税制のあるべき姿を考えると、いたずらに増税阻止を主張するだけでは得策でないと思う。それより財政赤字累積の重圧の中で少子高齢社会を迎え、国民の安心と安全を確保するためにセーフティーネットたる社会保障制度を持続可能な形にせねばならない。そのためには、国民皆が「広く」「公平に」税負担するのが最善の政策選択であると考えている。
（中略）
現在、このように増税の前提条件だとされる「徹底した歳出削減」がまだ不十分だという主張が、いまや増税拒否の片棒を担いでいる嫌いもある。将来どこまで歳出削減をすればよいのか、具体的にかつ数量的に決定するべき時期であるといえよう。後で述べるが、政府内部の無駄を省くだけでは今後必要な財政需要は到底賄えない。となると支出の無駄の排除は今後とも精力的に進めるとしても、並行して将来を見越し増税の方向を真剣に開始するべき時期にあると思う。また儲かっている会社や一部の高所得の富裕層にもっと負担させれば、一般国民の負担を避けられるという声もある。しかしわれわれが当面しているこれからの巨額な財政需要は、このような手段のみでは到底まかないきれるものではない。国民皆で負担を分かち合う仕組みを導入するしか、他に選択肢はないといえよう。（同書「はじめに」より）
そして末尾に「資料に関し財務省主税局の方々」にご尽力いただいたと書いてある。これだけでもこの人の論理的立脚点は理解できるだろう。第一部に載せた■「税制抜本改革 ひるまず消費税論議を進めよ」（2010年7月14日付・読売社説）と比較するともっとわかりやすい。
だが「はじめに」で引用した末尾部分は法人税率・所得税最高税率・消費税に対する明確な方向性を示している。「増税が絶対に必要だと一方的に主張しているわけでない」が「他に選択肢はない」と言っている。
一方、同じ「週刊エコノミスト」（2010年8月10日号）に現在の政府税制調査会・神野直彦委員長の見解が載っている。（■「産業構造の転換進める『強い社会保障』」神野直彦著）
「上げ潮的減税」については次のように批判している。
「富裕層と企業を中心に減税して、経済を活性化させるというものだ。努力すれば報われる社会にして経済成長を実現する。その果実として、税収も増えて、財政再建もできる、という考え方だ。社会保障は小さくなるが、豊かな者がより豊かになれば、そのおこぼれがトリクルダウン（したたり落ちる）して格差も是正されるという論法だった。」（同じく「週刊エコノミスト」記事）
「減税の結果、日本の税制は所得の再分配機能が著しく小さくなり、社会保障の機能が低下して格差や貧困があふれ出た。税収の調達力も低下し、財政再建どころか破綻の危機に瀕している。もう１つ重要な点は、企業負担が軽減されたため、利潤が少なくても企業の存続が可能になり、産業構造の転換を遅らせてしまったことだ。」（同じく「週刊エコノミスト」記事）
そして「日本の将来にふさわしい税制」として次のような方向を打ち出している、
「所得税と消費税を基幹税とし、それを補完する税として、資産課税、法人課税など、さらに２１世紀の新しい税制として環境関連税を検討するべきだと思う。」（同じく「週刊エコノミスト」記事）
なお、西日本新聞もほぼ同じ内容のインタビュー記事を載せている。
■税制の抜本改革 必要 消費税、所得税柱に 「上げ潮」が格差を拡大（西日本新聞2010年7月9日）（検索可）
自公から民主へと政権が交代したが、石弘光氏の見解と神野直彦氏の見解はどのように異なるのか？
２ 「議論の中間的な整理」（22zen2kai3.pdf）（専門家委員会委員長 神野直彦 平成22年6月22日）（検索可）
この「議論の中間的な整理」は重複が多くて読みにくい。「週刊ダイヤモンド」（2010年7月10日号）にこの内容が表としてまとめてあるので載せておく。（なお、文末に句点を付けた。）
■「消費税と所得税はクルマの両輪」（神野直彦著）（「週刊ダイヤモンド」2010年7月10日）
どうなる？ 税制論議のポイント
菅内閣のスタンスと政府税制調査会専門家委員会の議論
===================================
焦点� ‐暖饑念�き上げ
-----------------------------------
菅内閣 ▼税率10％を参考に超党派の検討開始を公約。
専門家委員会 ▼社会保障を通じた再分配機能を支える安定的財源の確保は急務。個人所得課税、法人課税、消費課税、資産課税など税制全般にわたる抜本改革を行う必要がある。
===================================
焦点�◆ゝ嫂弊�の緩和策（再分配政策）
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菅内閣 ▼生活必需品の税率を軽減する複数税率や給付付き税額控除（税金還付）を検討。
専門家委員会▼社会保障制度と合わせ、税制の再分配機能の回復を図る。軽減税率は非常に複雑な制度になる恐れ、給付付き税額控除は執行コストなども考慮すべきとの議論。
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焦点�� 地方消費税
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菅内閣 ▼地域主権戦略大綱で地方が自由に使える財源拡充、地方消費税などの充実を明記。
専門家委員会 ▼国と地方の税財源の配分のあり方を見直し、地方が自由に使える財源を拡充する必要がある。「議論の中間的な整理」に同日閣議決定の地域主権戦略大綱と同じ文言が盛り込まれる。
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焦点�ぁ―蠧誓任虜嚢眄芭┛�き上げ
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菅内閣 ▼最高税率（現40％）引き上げで累進性強化を検討。
専門家委員会 ▼累進性のある所得税に一定の役割を担わせ、クルマの両輪とする。所得税は各種控除を見直し、課税ペースを拡大すべき。ただし、最高税率引き上げには、増収幅が小さいうえに租税回避の動きも予想されると消極論も。
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焦点�ァ）／誉任琉�き下げ
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菅内閣 ▼実効税率の主要国並み引き下げを「新成長戦略」に明記。
専門家委員会 ▼現状の税率40.7％の引き下げは、課税ペースの拡大（租税特別措置の見直し）と合わせて実施すべき。ただし、これが株主のみに利益をもたらすのではなく、雇用確保などの側面に目を向けるべきとの声も。
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以下、この「週刊ダイヤモンド」の記事から（１）「所得税と証券優遇税制」・（２）「消費税」・（３）「消費税率を一気に引き上げるべきか」について補足引用しておく。
さらに【石弘光見解】と【関連記事】も併記する。
（１） 所得税と証券優遇税制
・「所得税の各種控除を廃止して課税ベースを広げる、金融所得に適用されている軽減税率10％から20％に戻す、などあらゆる税のベースを広げていきます。消費税だけでなく、すべての所得・資産・消費の各税制を見直します。」（神野直彦氏 同記事）
・「（所得税の）最高税率だけを上げても、それだけでは増収効果はあまり期待できません。最高税率引き上げは象徴的なものでしかありません。それより下の区分から税率を上げていくことになるでしょう。どこから上げていくかは菅首相が判断すると言っています。また、資産所得の課税ベースを広げることで実質的に累進性を高めるのです。」（神野直彦氏 同記事）
■「税制改革の渦中にあって」（石弘光著 2008年1月25日発行）
所得税の納税者の分布を見れば分かるように、二〇〇五年度で給与収入二〇〇〇万円以上の納税者は約二〇万人で全体の僅か〇・五％に過ぎない。野党がしばしば主張するように仮に最高税率を五〇％に引き上げても、一五〇〇億円程度の税収増にしかならない。
（中略）
したがって特定のグループ層でなく、国民全員が力を合わせ負担すべきである。このために「広く」「公平に」税負担をするような税制改革をどう構築するかが、これからの大きな課題となる。この目的のために最も重要な租税が、消費税であろう。目下、消費税率の引き上げに世間の関心が集まっているが、所得税と適切に組み合わせ必要な財源を確保するのが望ましい。（同書）
「最高税率を五〇％に引き上げても、一五〇〇億円程度の税収増にしかならない。」（同書）というが、石弘光氏はどういう計算をしたのだろうか。
平成11年分から平成18年分まで――税率37％ 控除額249万円
｛2005年度――給与収入2000万円以上の納税者は約20万人｝
「給与収入2000万円以上」をすべて2000万円として概算してみる。
【概算】
国税庁HP No.2260 所得税の税率［平成22年4月1日現在法令等］の計算式にならって数値を入れ換えて計算すると、
【37％（税率）の場合】
・2000万円（所得額）×37％（税率）−249万（控除額）＝491万（一人当たりの税額）
491万円×20万人＝9820億
【50％（税率）の場合】
・2000万円（所得額）×50％（税率）−249万（控除額）＝751万（一人当たりの税額）
751万円×20万人＝1兆5020億円
その差額は｛1兆5020億円−9820億＝5200億円｝となる。
【65％（税率）の場合】
ただし、消費税導入直前の税率65％、2000万円超の納税者は27万7073人（以下の「別の試算」の数値）で計算すると、
・2000万円（所得額）×65％（税率）−249万（控除額）＝1051万（一人当たりの税額）
1051万×27万7073人＝291203723円……約２兆9千億円
税率37％で27万7073人としても（計算式省略）約1兆3600億で、
その差額は｛約２兆9千億円−約1兆3600億＝約1兆5400億円｝となる。
素人の計算だからあてにできないが、どうもおかしい。税に詳しい方は計算してみてほしい。
もう一つ、別の試算がある。
■「日本税制の総点検」（北野弘久・谷山治雄編著 2008年10月発行）によると、
最高税率の引き下げにより高額所得者がどれだけ減税になっているのかを試算した図表9−3（注＝最高税率引き下げ等による所得階級別減税額試算……省略）は、実数を把握するために確定申告が義務づけられている所得階層である所得税課税所得二〇〇〇万円超の統計を基に試算したものです。所得税の最高税率は七五％のときと比べ半分以下の三七％まで引き下げられていますが、試算は消費税導入直前の税率六五％との比較で行いました。二〇〇五（平成一七）年分で課税所得二〇〇〇万円超の納税者は二七万七〇七三人（所得税申告者の〇・〇三％）、その人たちへの減税額は二兆一三三〇億円に達します。この減税額は小泉政権における増税額一兆六八六〇円（定率減税を除く）を大きく超える不公平な税制改革です。どの所得階級がどれだけ減税になっているかをみると、課税所得五〇〇〇万円以上では一人当たりこの年だけで約二三三七万円、三〇〇〇万円超では四九九万円、二〇〇〇万円超では二四三万円の減税（平均額）となっています。（同書）
この記述によると、65％→37％の引き下げで、（注：現在は37％でなく40％）
｛二〇〇五（平成一七）年度――二〇〇〇万円超の納税者は二七万七〇七三人｝
――減税額＝二兆一三三〇億円
になっているという。二〇〇〇万円超の納税者の増加分を加えると、概算の結果はこちらの数値に近い。
■「税制改革の渦中にあって」（石弘光著）には次のように書いてある。少々長いが興味深い指摘もあるので引用する。
かかる観点から、今後所得税の最高税率五〇％（所得税と住民税の合計）の引き上げが、税制改革の一つの焦点となるだろう。しかしこれで是正される所得格差は、金持ちの税負担を重くするという一種の心理効果はあるが、最高税率の適用を受ける納税者数が一〇数万人とごく限られていることから、多くを望めないであろう。本当の高所得層は、ここに課税されるような形で所得を残していない。
税制を格差是正に活用するという狙いからは、もっと有効な手段が二つある。第一が、利子・配当・株式譲渡益などの金融所得の税負担を強化することである。というのは、この種の所得は高所得層に集中して発生しているからである。それにもかかわらず、現在、配当・株式譲渡益は、僅か一〇％の分離課税ですんでいる。表5−6（注＝「１人当り配当所得および株式譲渡所得（2005年）」……省略）で観察されるように、真の高所得層はこの種の金融所得で圧倒的に多額に保有しているわけだから、その税負担軽減は社会的な不公平そのものであるといってよい。
一人当たり配当所得で見ると二〇〇万円以下の所得階級では一〇万五三〇〇円にすぎないのに、五〇〇〇万円超では一九〇〇万円にものぼる。平均一四二万円の約一三倍である。一人当たりの株式譲渡所得の状況は、もっと格差が広がっている。最低の二〇〇万円以下の所得階層で一一四万円であるのに対し、最高の五〇〇〇万円超では一億四〇〇〇万円をこえる。平均の八四四万円と比較しても、最高所得階級は約一七倍もの株式譲渡所得を保有していることになる。この株式譲渡所得がいかに高所得層に集中しているかは、五〇〇〇万円超にはわずか全体の三・九％しか人員がいないのに、所得金額では実に合計の六五・二％もこの階層に集中していることからもわかるであろう。このように、この種の金融所得は超不公平に分布しており、格差社会の元凶ともいうべきものである。
にもかかわらず、株式市場の活性化のために導入された配当・株式譲渡益の優遇措置のもとで、目下僅か一〇％の分離課税のみで済むことになっている。明らかに不公平税制の典型であろう。この優遇税制は、株式市場への配慮から二〇〇七年度税制改正で、前述のように当初より一年延期が決定されており二〇〇八〜九年に順次期限切れになる仕組みになっている。もちろん再延長など認めるのでなく、期限後にすみやかに他の金融所得に対して適用される税率と同様に、少なくとも旧水準の二〇％税率に戻すべきである。そして将来、二元的所得税を本格化させる過程で、更にこの比例税率を高め少しでも労働所得に対する累進税率、とりわけ最高税率五〇％との乖離を縮小させるべきであろう。
そしてもう一つは、所得税ではないが相続税などの資産課税の強化を通じる資産再分配である。相続税の場合、死亡件数一〇〇のうち、納税義務の発生するのは、僅かに四・二件である。基礎控除を引き下げ、せめてこの倍くらいを納税者の割合にする必要がある。（同書）
――高所得層には所得税のかかるような所得がないということらしい。確かに所得税の給与所得以外ではいろいろな控除がある。たとえば給与所得なら40％の税率だが譲渡所得にすると半分以下ですむらしい。
いったい高額所得者はどういう形で報酬を得ているのか。「週刊エコノミスト」（2010年7月20日号）に「徹底検証『役員報酬』の実態」（友田信男著）が載っている。「東証1部に株式上場している企業（3月期決算）を対象に、6月30日までに有価証券報告書に記載された役員報酬1億円以上の氏名、金額などの個別情報を集計した。」（同記事）ものだという。「有価証券報告書」を縮めて「有報」というらしい。
報酬等を種類別にみると、「基本報酬」の1億円以上は97人。基本報酬の最高額は日産のゴーン社長の8億9100万円で、次いで北島大日本印刷社長の7億5800万円、三津原日本調剤社長の3億6000万円と続く。「退職慰労金（引当金繰入額を含む）」が1億円以上だったのは8人で、最高額は石井勝高砂熱化学工業社長の2億8100万円だった。また、「業績連動報酬」を受け取っていたのは25人で、最高は1億円（2人）。「ストックオプション」は105人が受け取っていたが、1億円以上は4人に過ぎなかった。（週刊エコノミスト記事）
もちろん所得は役員報酬だけではない。租税特別措置法には種々の控除が規定してあるが、第29条の２には「特定の取締役等が受ける新株予約権等の行使による株式の取得に係る経済的利益の非課税等」というのがある。
役員報酬の中に含まれているストックオプションなどはかなり複雑なようだ。法律上は新株予約権と呼ばれるという。税制上はどう扱われるのか。だがこうなると専門的知識のある人にお願いしたい。
【関連記事】
■証券優遇税制の延長を要望 来年度税制改正で金融庁（産経ニュース 2010年8月30日）（検索可）
金融庁は３０日、来年末に期限を迎える証券優遇税制の延長を柱とする２０１１年度の税制改正要望を財務省に提出した。円高進行などに伴う株安が続いており、優遇税制の存続が市場を支えると判断した。
証券優遇税制は、上場株式の配当と譲渡益にかかる税率を２０％から１０％に下げる措置。個人金融資産を貯蓄から投資へ移行させ、株価を下支えする目的で導入されていた。延長年数は今後、詰める。
金融商品への投資から得られる利益や損失を通算して、課税負担を軽減する損益通算の範囲も拡大を求めた。現在は上場株式や株式投信の譲渡所得と配当所得に限られているが、金融庁は現状ではリスク資産の損失に十分な配慮ができていないとして、債券、公社債投信、預金などへの拡大を目指す。
同時にイスラム教に則した方式で発行する「イスラム債」の配当を、ほかの主要国と同様に非課税にするよう求めた。日本企業がイスラムマネーを見込んでイスラム債を発行しても、現在の制度では配当に課税されるため。非課税扱いとして、資金を日本に呼び込みやすくする狙いがある。
■証券優遇税制の見直しはまだ決まってない＝菅財務相（JST 2010年2月18日）（検索可）
――日本国債が暴落し国家が破綻するほどの危機的な財政状況なはずなのに……。なお、この証券優遇税制でどのくらい減税されているのか。はっきりとした数値は不明だが（たしか国会でも質問がされたことがある）、自分の記憶では数千億だったと思う。■座談会 消費税増税反対のたたかいをどう構築するか（『前衛』2008年2月号）（検索可）では、「年間1兆円の規模」と指摘している。
なお課税最低限についての議論もある。だが実態を把握するのが難しく、さらに検討を要する。
（２）消費税（給付付き税額控除、軽減税率の適用などについて）
「昨年12月に税制改革大綱が閣議決定されています。給付付き税額控除、還付付き税額控除については導入の方向が示される一方、複数税率は取らない方針が示されています。私は個人的には消費税の逆進性を緩和するというのであれば累進性を持つ所得税などと組み合わせて税制全体で対応すればよいと考えています。個別税目で対応する必要はありません。また、軽減税率を適用するとなると、どの品目に適用するかで争いが起きるうえに仕組みが複雑になってしまいます。軽減税率にはインボイスが必要ですが、導入に1年ぐらいかかります。給付付き税額控除、還付付き税額控除も実施に当たっては番号制度導入など事務的な負担が大きくなります。」（神野直彦氏 「週刊ダイヤモンド」記事）
石弘光氏は消費税について次のように述べている。
「将来に必要な財源は、すべての国民が負担を『広く』『公平に』分かち合うしか他に調達する選択肢はない。社会保障サービスは、広く国民に及ぶもので社会の特定の層の人々のためのものではない。かかる観点から言えば、オール・ジャパンで費用を負担しあえる消費税以外には安定財源の候補は見当たらない。」（「税制改革の渦中にあって」石弘光著）
――社会保障給付としての財源は、毎年安定的にしかも多額に調達できるものであることが必要で、法人税や利子・配当・株式譲渡益などへの所得税、資産課税などはだめだという。
全部いいんじゃないかと思うんだけれど、なぜか消費税なのだ。安定性を第一義におくという発想は独特のものだ。取りやすいところからとるということだ。だが官僚に安定的に財源を保障したらどうなるかはグリンピアをみれば一目瞭然だ。不足すれば税率を上げるし、余ればわけのわからない使い方をされるだけだろう。「この種の金融所得は超不公平に分布しており、格差社会の元凶ともいうべきものである。」（石弘光氏 前述）と言っておきながら、「安定性」の前に「公平性」は吹き飛んでしまう。
軽減税率についても、それほど変わらない。同じく石弘光氏の「税制改革の渦中にあって」から引用する。
食料品等に対して軽減税率を適用する際の問題点は、その範囲をどこに決めるかである。そもそも「食料品」自体の定義からして、固有の困難な問題が介在する。たとえば、ファースト・フードのハンバーグはテイクアウトのみが食料品であり、店内で食べると食料品ではなくなる（レストランのフランス料理と同じ）。また当然のごとく、軽減税率の適用を希望する類似の財・サービスが殺到する。先のイギリスの例で見られるようにその適用品目は一般に増え、政治的介入を招き不明朗な現象がしばしば生じがちとなる。
軽減税率を採用している北欧の国々を調査した私の経験から言うと、そこでの税務担当者は異口同音に税務行政が煩雑になり課税の公平・中立・簡素と抵触するから、極力導入しない方がいいと忠告してくれた。このような意向を受け、政府税調は「平成一七年度の税制改正に関する答申」（二〇〇四年一一月）で、次のように述べている。
「将来、消費税率の水準が欧州諸国並みである二桁税率になった場合には、食料品等に対する軽減税率の採用の是非が検討課題となる。しかしながら、消費税の税率構造のあり方については、制度の簡素化、経済活動に対する中立性の確保、事業者の事務負担、税務執行コストといった観点からは極力単一税率が望ましい。……また、将来、仕入税額控除の際に税額を明記した請求書等の保存を求める「インボイス方式」の採用が検討課題となる。これらについては、今後の消費税率の水準に関する議論も踏まえ、高い税率水準の下で複数税率を採用している欧州諸国の実態も参考にしつつ、引き続き検討を深めていくべきである」（八頁）。
この見解が、目下日本において軽減税率の採用に関し代表的な見解であると思う。消費税率が一〇数％になった段階で、検討するべき問題であろう。さて軽減税率が導入されると、現行の帳簿方式を改め前段階の仕入れを明確にするために取引の各段階にあたり、インボイスの義務づけが必要となる。つまり税務執行の実効性の観点から、インボイスの使用が不可避となろう。この結果、日本の消費税が国際的なレベルに劣っている一つの点が、解消されることになる。（同書）
「週刊ダイヤモンド」（2010年7月10日号）でも「難しい軽減税率の線引き 利害調整で難航必至」という見出しをつけて書いている。
ただ問題も少なくない。何を軽減税率の対象にするかが非常に微妙なのだ。各国ともその線引きに苦心してきた。
導入ずみの国の事例を調べてみると、この商品がどうして軽減税率の対象なのかと首を傾げたくなるケースが山ほど出てくる。
たとえば、フランスでは原則として、「贅沢品か否か」で標準税率か軽減税率かの線引きがなされる。贅沢品に分類されるチョコレートには、19・6％の標準税率が適用されるが、板チョコに限っては、安価で庶民的であるとの理由から軽減税率が適用されているのだ。
さらにフォアグラ、トリュフ、キャビアの世界3大珍味では、キャビアだけに標準税率が適用され、国内業者が多いフォアグラとトリュフについては、軽減税率が適用されている。国内産業の保護の観点からこうした措置が取られているのだが、こうなると各業界の利権が大きく絡んでくる。
その場で食べるか否かが運命の分かれ目となる場合もある。
フランスでは、ハンバーガーのテークアウトは5・5％の軽減税率、店内で食べると19・6％の標準税率が適用される。カナダでは、ドーナツは5個以下ならば、店内で食べると見なされ標準税率となるが、6個以上ならテークアウトと見なされゼロ税率が適用されるといった具合だ。
英国では、名物のフィッシュ＆チップスなど温かいテークアウト商品は17・5％の標準税率だ。「温かい」の定義は「気温より高く温められているか」であり、スーパーの惣菜などはゼロ税率となる。
商品によって税率が異なると、小売り店の対応が煩雑になるなど、事業者の負担が増す。
また、ある食品にだけ軽減税率を適用すれば、競合相手からの反発を招きかねない。実際、英国ではフィッシュ＆チップス業者が、惣菜にゼロ税率が適用されていることを非難しているという。
中央大学の森信茂樹教授は「日本が複数税率を導入すれば、あらゆる業界から軽減税率の対象にしろという要望が来て、利害調整に膨大な時間を要する」と危惧する。
複数税率は、高額所得者にもそのメリットが及ぶため、再分配政策としての効果は乏しいともいわれる。税率を軽減することで大幅な税収減につながる根本的なデメリットも忘れてはならない。
――たとえば、ハンバーガーを半分かじってテイクアウトしたらどうなるのかという税法上解決困難な問題が生じるというのだ。だから食料品の非課税などやるはずがない。消費税の目的は低所得層から「広く公平に」安定して税金をとることにあるのだから。
軽減税率に関してはこういう類の議論ばかりが公開されている。すると、行き着く先は次のようなことか。
政府は表向き、対策として複数税率と給付付き税額控除を併記で挙げているが、実際には�犁詆嬋佞�税額控除ありき�瓩膿覆鵑任い襪箸い辰討茲ぁ�
背景には、まず軽減税率の�犖続Ν瓩鮖愿Δ垢覦娶�が強まっていることがある。軽減品目の合理的な選定が難しく、欧州では訴訟も頻発している。たとえば、チョコレートの中におもちゃが入ったイースターエッグは食品か否か。笑い話のようだが、業者にとっては死活問題である（ちなみに判決は、「チョコを割らなければおもちゃを取り出せないので、食品」だったという）。事務コストも、納税・徴税の両者で多大だ。（同じく「週刊ダイヤモンド」記事）
ところが「給付付き税額控除」については次のように指摘している。
この仕組み（注＝給付付き税額控除）は、所得に応じて控除するか手当を支給するか決めるため、世帯ごとの所得を正確に把握しなければならない。そのため国民一人ひとりに番号を与える「社会保障と税の共通番号制度」が欠かせない。未整備の日本では制度設計上のハードルが高い。
導入ずみの欧米各国でも課題は残る。英国では過大給付や制度の複雑さが指摘され、米国では不正受給が大問題となっている。
導入に当たっては、基礎控除や配偶者控除など各種控除の見直しに加え、既存の社会保障給付など所得再分配策と一体で制度設計されるのが本来の姿だ。（同じく「週刊ダイヤモンド」記事）
では、アメリカはなぜ消費税を導入しなかったのか？
大型間接税についてレーガン税制改革案は、検討の結果導入すべきではないとしました。その理由の要旨は次のようなものです（塩崎潤訳『公平、簡素及び経済成長のための税制改革』一九八六年・今日社、参照）。
�‖膩心崟楡任狼嫂弊�が強く低所得者層には負担だけが増える結果となり、不公平税制であること。
�∈眄�が膨張し、政府が肥大化し、いわゆる大きな政府を招くこと。
�Ｊ�価上昇を招きインフレが亢進し、景気が後退すること。
�だ婆蛙Π�を二万人増員しなればならず（ママ）、そのうち三〇〇〇人は滞納整理に当てなければならないこと。
�ゥ▲瓮螢�のほとんどの州に小売売上税があり、それと二重徴収することは困難であること。
（「日本税制の総点検」（北野弘久・谷山治雄編著）
（３）（消費税率を一気に引き上げるべきか）
「私は一気に引き上げるというのは経済効果のうえで好ましくないと考えています。毎年少しずつ引き上げるというのがいいでしょう。そのほうが経済的インパクトは抑えられるうえに負担感が小さくなります。現在の社会保険料引き上げがまさにそうです。また、引き上げ前に買っておこうという駆け込み需要が長く続きます。広く薄く他の税も引き上げるなかで消費税率10％が必要であれば10％にすればよいという考え方です。」（神野直彦氏 同記事）
――どういう意図なのか不明だが、ここでやっと「社会保険料引き上げ」に触れている。「議論の中間的な整理」では、関連する意見も載っていた。一つは法人税率に関する議論でもう一つは、社会保険料の負担に関してだった。
○ 他方、企業の公的負担は法人所得課税に止まるものではなく、社会保険料の事業主負担も含めた企業負担全体の水準で見れば、我が国の企業の公的負担は、欧米の先進諸外国と比較して高いとは言えないとの意見があった。（「議論の中間的な整理」）
○ 所得再分配のあり方は、他税目や社会保険料の負担とともに、歳出（社会保障給付などの公共サービス）まで含めて影響を考えることが基本。（「議論の中間的な整理」）
これに対し石弘光氏は、社会保障負担については「国際的に見てそれほど遜色ない」と言っている。
この際、次の二点に留意する必要がある。第一に、社会保障負担より租税負担で必要な国民負担率を引き上げるべきであろう。というのは先進諸国の中で日本の社会保障負担率はアメリカ、イギリスより高く国際的に見てそれほど遜色ないのに、租税負担率は二五・一％と、アメリカの二三・一％と並んで低い。六カ国の中で、日本の水準は最低のグループに属する。これは、スウェーデンの四九・九％と比較すると格差が歴然としている。第二に、租税負担率を引き上げるとして、どの税でやるかである。その最有力な候補が、個人所得課税の増強と消費税率引き上げという二点であろう。直間比率の是正が話題になるのに、日本の個人所得課税の対国民所得比率は、後述するようにわずかに七・六％と一〇％台の他の国々と比べ圧倒的に低水準である。また所得税の増税とどちらを優先させるべきか調整を図る必要もあるが、日本の消費課税は七・一％で二桁の欧州諸国より圧倒的に低い。
いずれにしろ、「中福祉中負担」を目標に、無駄な公共サービスの削減を極力図りながら税負担率の引き上げを、これから時間をかけて図る他に選択肢はあるまい。（「税制改革の渦中にあって」）
――「財政再建や社会保障制度のために」というわりには、社会保険料の負担・給付の実態が明らかにされないのだ。「財政再建や社会保障制度のために」消費税というが、すでに社会保険料という形で負担している。社会保険料は税でないという認識なのだろうか。支払わなければペナルティーが科せられる。また租税の法理が適用されるべきだという意味でも税だろう。
消費税の議論というと「広く」「公平に」が必ず出てくるが、国民健康保税（料）については、「広く」「公平に」とはほど遠い。
「週刊ダイヤモンド」（2010年7月10日号）には「税負担の大誤解」として次のように書いてある。
じつは、消費税増税が忌み嫌われているあいだに、庶民にとって消費税よりも逆進性の高い�犲村租�な税�瓩良蘆瓦�増してきている。年金、医療、介護などの社会保険料負担だ。社会保険料は負担と給付がリンクしておらず、納める国民の側からすれば税と実質的に変わりはない。
下のグラフ（＝省略）は、標準世帯の負担を試算したものだ。年収700万円世帯を例にとれば、社会保険料を年間計98・7万円、所得税・住民税19・8万円、消費税を20万円支払う。社会保険料の負担はきわめて大きく、また逆進的だ。高所得者に軽く、低所得者に重い。
厚生年金保険料負担は標準報酬月額62万円以上になると頭打ち。自営業者・アルバイトなどの国民年金保険料は年収300万円の人も3000万円の人も皆、月額1万4660円だ。しかも、社会保険料はこのところ一貫して引き上げられている。（「週刊ダイヤモンド」2010年7月10日号）
※国民年金保険料……平成22年度＝月額1万5100円（平成21年度は月額1万4660円）
※下のグラフ……「低所得世帯に重い社会保険料負担」・「社会保険料負担はこの10年間でさらに重く」
※標準世帯……「夫婦２人（40歳以上、妻は専業主婦）、子ども２人（１人は16歳未満の子、１人は16歳以上23歳未満の子）
さらに、国民健康保険税（料）の地域間格差については以下の記事がある。
■国保保険料：市区町村で２倍超の格差 毎日新聞調査（毎日新聞 2008年12月22日）
自営業者や非正規労働者が加入する国民健康保険（国保）の保険料に、市区町村によって最大２倍超の地域格差があることが、毎日新聞の全国調査で分かった。自治体ごとに決める保険料を全国規模で比較した公式データはなく、格差が初めて具体的に裏付けられた。保険料が所得の４分の１に達する自治体もあり、医療保険改革をめぐる議論に影響しそうだ。【竹島一登、平野光芳】
厚生労働省の調べで「無保険の子」がいた８１６自治体を対象に調査し、５８５市区町村から回答があった（回答率７１．７％）。「世帯所得２００万円で、４０歳代夫婦と未成年の子２人の４人家族」というモデルで、０８年度の年間保険料を聞いた。
最高額は、大阪府寝屋川市の５０万３９００円。青森県風間浦村、大分県別府市、沖縄県宮古島市と続き、上位４０市町村が４０万円を超えた。寝屋川市は「収納率の見通しを低く設定せざるを得ないため、保険料を高額に設定せざるを得ない」（保険事業室）と説明している。
寝屋川市は所得、世帯、家族一人当たりの各基本料から保険料を算出。自治体によっては、保険料算出に住民税や固定資産税額を反映させるケースもあるが、寝屋川市と同じ算出方法を採る自治体の最低額は、東京・多摩市の２１万９８００円。寝屋川市とは２．２９倍の開きがある。
全国平均は３２万８９８０円。全体の４５％の自治体が今年度に値上げを行い、平均額も０７年度比１万２０５１円増加した。
今年度決算から、自治体財政健全化法で「連結実質赤字比率」が適用され、新たに国保特別会計の赤字も財政状況の判断に加えられる。保険料引き上げで赤字解消を図った自治体が多かったとみられ、上位２０自治体中、和歌山と泉大津（大阪府）の２市は、０７年度決算がイエローカードにあたる「早期健全化基準」を超えていた。
◇保険料が高額になれば、滞納増える
▽芝田英昭・立命館大教授（社会保障論）の話 住む地域によって倍以上の差があることは、法の下の平等から考えても無視できない問題だ。保険料が高額になるほど滞納が増え、保険給付を差し止められて病院にかかれない人が増えてしまう。国は国保を根本から見直すべきだ。
――そして「◇０８年度国保保険料が高額だった２０自治体」のリスト（５０万３９００円〜４２万３９００円）が載っている。「全国平均は３２万８９８０円」といっても、滞納者が増えればさらに高額になっていく。実際問題として、国保や国民年金を払うのが一番しんどい。
【関連資料】
■年金保険料：秋にも強制徴収へ 国税庁に権限を委任（毎日新聞 2010年8月24日）（検索可）
■「南幌町町税等の滞納に対する行政サービス等の制限措置に関する条例について」など。
■納付率、初の60％割れ 09年度の国民年金保険料 （47NEWS 2010年8月5日）（検索可）
■免除含む実質納付率４３％ ０９年度の国民年金保険料（共同通信 2010年8月9日）（検索可）
■貧困線近辺の所得層の国民健康保険料負担（日本総合研究所）jri_100108（検索可）
■国民健康保険実態調査報告 平成20年度(e-stat)（厚生労働省）.pdf（検索可）
■＜国民健康保険＞軽減後の収入ごとの保険料試算公表 厚労相（毎日新聞 2010年3月7日）（検索可）
■特例対象被保険者等に係る国民健康保険税の課税の特例（地方税法 第七百三条の五の二）（検索可）
ここまで書いてきたが、社会保険料については資料が膨大なので、次にまわすことにする。
なお、引用箇所を確定するため、くどくなるがそれぞれに引用元を（ ）で示した。インターネット記事で閲覧可能のものは（検索可）としてある。
１ 自公政権の税調と民主政権の税調
「週刊エコノミスト」（2010年8月10日号）に世論調査に依拠した記事が載っていた。
■「さらば『消費税反対』の人気取り政治」（石弘光著）
「たしかに最近、消費税引き上げへの国民の理解は、世論調査では高まってきている。とりわけ、『社会保障給付の財源に充当するなら仕方がない』という意見が、多くの世論調査で５０％を上回っていた。」（同記事）
こう言って、民主と自民の政策協定を求めている。
この人は、数年前にテレビで見たことがあるはずだ。2000年9月から2006年9月まで政府税制調査会の会長だった。
また「産経ニュース」（2010年2月7日）の■【書評】『消費税の政治経済学』（石弘光著）では次のように評していた。
政府税調で長年、税と歩んだ著者による、政治に翻弄（ほんろう）された消費税の歴史と、理解を訴える信念の書。消費税導入、税率上げを一貫して訴えた著者には、与野党ともふがいない。苦言の裏には、国民が財政事情を理解すれば、消費税は必ず受け入れられるとの信頼がある。
将来の示唆にも富む。食料品への軽減税率適用では、軽減税率のリストが１メートルにもなる海外の実態を挙げ「線引きが曖昧（あいまい）な恣意（しい）的な制度」と指摘する。
国民には「眼力を持て」と迫る。財源のないバラマキを歓迎し、日本の社会保障は維持できるのか。医療や介護を自助努力でする覚悟がないなら、消費税のトラウマから脱却せよ、と。（同記事）
詳しくみてみると、■「税制改革の渦中にあって」（石弘光著 2008年1月25日発行）の「はじめに」で次のように述べている。
本書では、増税が絶対に必要だと一方的に主張しているわけでない。むしろ、政府から公共サービスの受益を要求するなら、それに応じ必要な費用をわれわれ国民は負担せねばならないと訴えているのだ。これからの日本経済あるいは国民生活との関連で税制のあるべき姿を考えると、いたずらに増税阻止を主張するだけでは得策でないと思う。それより財政赤字累積の重圧の中で少子高齢社会を迎え、国民の安心と安全を確保するためにセーフティーネットたる社会保障制度を持続可能な形にせねばならない。そのためには、国民皆が「広く」「公平に」税負担するのが最善の政策選択であると考えている。
（中略）
現在、このように増税の前提条件だとされる「徹底した歳出削減」がまだ不十分だという主張が、いまや増税拒否の片棒を担いでいる嫌いもある。将来どこまで歳出削減をすればよいのか、具体的にかつ数量的に決定するべき時期であるといえよう。後で述べるが、政府内部の無駄を省くだけでは今後必要な財政需要は到底賄えない。となると支出の無駄の排除は今後とも精力的に進めるとしても、並行して将来を見越し増税の方向を真剣に開始するべき時期にあると思う。また儲かっている会社や一部の高所得の富裕層にもっと負担させれば、一般国民の負担を避けられるという声もある。しかしわれわれが当面しているこれからの巨額な財政需要は、このような手段のみでは到底まかないきれるものではない。国民皆で負担を分かち合う仕組みを導入するしか、他に選択肢はないといえよう。（同書「はじめに」より）
そして末尾に「資料に関し財務省主税局の方々」にご尽力いただいたと書いてある。これだけでもこの人の論理的立脚点は理解できるだろう。第一部に載せた■「税制抜本改革 ひるまず消費税論議を進めよ」（2010年7月14日付・読売社説）と比較するともっとわかりやすい。
だが「はじめに」で引用した末尾部分は法人税率・所得税最高税率・消費税に対する明確な方向性を示している。「増税が絶対に必要だと一方的に主張しているわけでない」が「他に選択肢はない」と言っている。
一方、同じ「週刊エコノミスト」（2010年8月10日号）に現在の政府税制調査会・神野直彦委員長の見解が載っている。（■「産業構造の転換進める『強い社会保障』」神野直彦著）
「上げ潮的減税」については次のように批判している。
「富裕層と企業を中心に減税して、経済を活性化させるというものだ。努力すれば報われる社会にして経済成長を実現する。その果実として、税収も増えて、財政再建もできる、という考え方だ。社会保障は小さくなるが、豊かな者がより豊かになれば、そのおこぼれがトリクルダウン（したたり落ちる）して格差も是正されるという論法だった。」（同じく「週刊エコノミスト」記事）
「減税の結果、日本の税制は所得の再分配機能が著しく小さくなり、社会保障の機能が低下して格差や貧困があふれ出た。税収の調達力も低下し、財政再建どころか破綻の危機に瀕している。もう１つ重要な点は、企業負担が軽減されたため、利潤が少なくても企業の存続が可能になり、産業構造の転換を遅らせてしまったことだ。」（同じく「週刊エコノミスト」記事）
そして「日本の将来にふさわしい税制」として次のような方向を打ち出している、
「所得税と消費税を基幹税とし、それを補完する税として、資産課税、法人課税など、さらに２１世紀の新しい税制として環境関連税を検討するべきだと思う。」（同じく「週刊エコノミスト」記事）
なお、西日本新聞もほぼ同じ内容のインタビュー記事を載せている。
■税制の抜本改革 必要 消費税、所得税柱に 「上げ潮」が格差を拡大（西日本新聞2010年7月9日）（検索可）
自公から民主へと政権が交代したが、石弘光氏の見解と神野直彦氏の見解はどのように異なるのか？
２ 「議論の中間的な整理」（22zen2kai3.pdf）（専門家委員会委員長 神野直彦 平成22年6月22日）（検索可）
この「議論の中間的な整理」は重複が多くて読みにくい。「週刊ダイヤモンド」（2010年7月10日号）にこの内容が表としてまとめてあるので載せておく。（なお、文末に句点を付けた。）
■「消費税と所得税はクルマの両輪」（神野直彦著）（「週刊ダイヤモンド」2010年7月10日）
どうなる？ 税制論議のポイント
菅内閣のスタンスと政府税制調査会専門家委員会の議論
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焦点� ‐暖饑念�き上げ
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菅内閣 ▼税率10％を参考に超党派の検討開始を公約。
専門家委員会 ▼社会保障を通じた再分配機能を支える安定的財源の確保は急務。個人所得課税、法人課税、消費課税、資産課税など税制全般にわたる抜本改革を行う必要がある。
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焦点�◆ゝ嫂弊�の緩和策（再分配政策）
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菅内閣 ▼生活必需品の税率を軽減する複数税率や給付付き税額控除（税金還付）を検討。
専門家委員会▼社会保障制度と合わせ、税制の再分配機能の回復を図る。軽減税率は非常に複雑な制度になる恐れ、給付付き税額控除は執行コストなども考慮すべきとの議論。
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焦点�� 地方消費税
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菅内閣 ▼地域主権戦略大綱で地方が自由に使える財源拡充、地方消費税などの充実を明記。
専門家委員会 ▼国と地方の税財源の配分のあり方を見直し、地方が自由に使える財源を拡充する必要がある。「議論の中間的な整理」に同日閣議決定の地域主権戦略大綱と同じ文言が盛り込まれる。
===================================
焦点�ぁ―蠧誓任虜嚢眄芭┛�き上げ
-----------------------------------
菅内閣 ▼最高税率（現40％）引き上げで累進性強化を検討。
専門家委員会 ▼累進性のある所得税に一定の役割を担わせ、クルマの両輪とする。所得税は各種控除を見直し、課税ペースを拡大すべき。ただし、最高税率引き上げには、増収幅が小さいうえに租税回避の動きも予想されると消極論も。
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焦点�ァ）／誉任琉�き下げ
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菅内閣 ▼実効税率の主要国並み引き下げを「新成長戦略」に明記。
専門家委員会 ▼現状の税率40.7％の引き下げは、課税ペースの拡大（租税特別措置の見直し）と合わせて実施すべき。ただし、これが株主のみに利益をもたらすのではなく、雇用確保などの側面に目を向けるべきとの声も。
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以下、この「週刊ダイヤモンド」の記事から（１）「所得税と証券優遇税制」・（２）「消費税」・（３）「消費税率を一気に引き上げるべきか」について補足引用しておく。
さらに【石弘光見解】と【関連記事】も併記する。
（１） 所得税と証券優遇税制
・「所得税の各種控除を廃止して課税ベースを広げる、金融所得に適用されている軽減税率10％から20％に戻す、などあらゆる税のベースを広げていきます。消費税だけでなく、すべての所得・資産・消費の各税制を見直します。」（神野直彦氏 同記事）
・「（所得税の）最高税率だけを上げても、それだけでは増収効果はあまり期待できません。最高税率引き上げは象徴的なものでしかありません。それより下の区分から税率を上げていくことになるでしょう。どこから上げていくかは菅首相が判断すると言っています。また、資産所得の課税ベースを広げることで実質的に累進性を高めるのです。」（神野直彦氏 同記事）
■「税制改革の渦中にあって」（石弘光著 2008年1月25日発行）
所得税の納税者の分布を見れば分かるように、二〇〇五年度で給与収入二〇〇〇万円以上の納税者は約二〇万人で全体の僅か〇・五％に過ぎない。野党がしばしば主張するように仮に最高税率を五〇％に引き上げても、一五〇〇億円程度の税収増にしかならない。
（中略）
したがって特定のグループ層でなく、国民全員が力を合わせ負担すべきである。このために「広く」「公平に」税負担をするような税制改革をどう構築するかが、これからの大きな課題となる。この目的のために最も重要な租税が、消費税であろう。目下、消費税率の引き上げに世間の関心が集まっているが、所得税と適切に組み合わせ必要な財源を確保するのが望ましい。（同書）
「最高税率を五〇％に引き上げても、一五〇〇億円程度の税収増にしかならない。」（同書）というが、石弘光氏はどういう計算をしたのだろうか。
平成11年分から平成18年分まで――税率37％ 控除額249万円
｛2005年度――給与収入2000万円以上の納税者は約20万人｝
「給与収入2000万円以上」をすべて2000万円として概算してみる。
【概算】
国税庁HP No.2260 所得税の税率［平成22年4月1日現在法令等］の計算式にならって数値を入れ換えて計算すると、
【37％（税率）の場合】
・2000万円（所得額）×37％（税率）−249万（控除額）＝491万（一人当たりの税額）
491万円×20万人＝9820億
【50％（税率）の場合】
・2000万円（所得額）×50％（税率）−249万（控除額）＝751万（一人当たりの税額）
751万円×20万人＝1兆5020億円
その差額は｛1兆5020億円−9820億＝5200億円｝となる。
【65％（税率）の場合】
ただし、消費税導入直前の税率65％、2000万円超の納税者は27万7073人（以下の「別の試算」の数値）で計算すると、
・2000万円（所得額）×65％（税率）−249万（控除額）＝1051万（一人当たりの税額）
1051万×27万7073人＝291203723円……約２兆9千億円
税率37％で27万7073人としても（計算式省略）約1兆3600億で、
その差額は｛約２兆9千億円−約1兆3600億＝約1兆5400億円｝となる。
素人の計算だからあてにできないが、どうもおかしい。税に詳しい方は計算してみてほしい。
もう一つ、別の試算がある。
■「日本税制の総点検」（北野弘久・谷山治雄編著 2008年10月発行）によると、
最高税率の引き下げにより高額所得者がどれだけ減税になっているのかを試算した図表9−3（注＝最高税率引き下げ等による所得階級別減税額試算……省略）は、実数を把握するために確定申告が義務づけられている所得階層である所得税課税所得二〇〇〇万円超の統計を基に試算したものです。所得税の最高税率は七五％のときと比べ半分以下の三七％まで引き下げられていますが、試算は消費税導入直前の税率六五％との比較で行いました。二〇〇五（平成一七）年分で課税所得二〇〇〇万円超の納税者は二七万七〇七三人（所得税申告者の〇・〇三％）、その人たちへの減税額は二兆一三三〇億円に達します。この減税額は小泉政権における増税額一兆六八六〇円（定率減税を除く）を大きく超える不公平な税制改革です。どの所得階級がどれだけ減税になっているかをみると、課税所得五〇〇〇万円以上では一人当たりこの年だけで約二三三七万円、三〇〇〇万円超では四九九万円、二〇〇〇万円超では二四三万円の減税（平均額）となっています。（同書）
この記述によると、65％→37％の引き下げで、（注：現在は37％でなく40％）
｛二〇〇五（平成一七）年度――二〇〇〇万円超の納税者は二七万七〇七三人｝
――減税額＝二兆一三三〇億円
になっているという。二〇〇〇万円超の納税者の増加分を加えると、概算の結果はこちらの数値に近い。
■「税制改革の渦中にあって」（石弘光著）には次のように書いてある。少々長いが興味深い指摘もあるので引用する。
かかる観点から、今後所得税の最高税率五〇％（所得税と住民税の合計）の引き上げが、税制改革の一つの焦点となるだろう。しかしこれで是正される所得格差は、金持ちの税負担を重くするという一種の心理効果はあるが、最高税率の適用を受ける納税者数が一〇数万人とごく限られていることから、多くを望めないであろう。本当の高所得層は、ここに課税されるような形で所得を残していない。
税制を格差是正に活用するという狙いからは、もっと有効な手段が二つある。第一が、利子・配当・株式譲渡益などの金融所得の税負担を強化することである。というのは、この種の所得は高所得層に集中して発生しているからである。それにもかかわらず、現在、配当・株式譲渡益は、僅か一〇％の分離課税ですんでいる。表5−6（注＝「１人当り配当所得および株式譲渡所得（2005年）」……省略）で観察されるように、真の高所得層はこの種の金融所得で圧倒的に多額に保有しているわけだから、その税負担軽減は社会的な不公平そのものであるといってよい。
一人当たり配当所得で見ると二〇〇万円以下の所得階級では一〇万五三〇〇円にすぎないのに、五〇〇〇万円超では一九〇〇万円にものぼる。平均一四二万円の約一三倍である。一人当たりの株式譲渡所得の状況は、もっと格差が広がっている。最低の二〇〇万円以下の所得階層で一一四万円であるのに対し、最高の五〇〇〇万円超では一億四〇〇〇万円をこえる。平均の八四四万円と比較しても、最高所得階級は約一七倍もの株式譲渡所得を保有していることになる。この株式譲渡所得がいかに高所得層に集中しているかは、五〇〇〇万円超にはわずか全体の三・九％しか人員がいないのに、所得金額では実に合計の六五・二％もこの階層に集中していることからもわかるであろう。このように、この種の金融所得は超不公平に分布しており、格差社会の元凶ともいうべきものである。
にもかかわらず、株式市場の活性化のために導入された配当・株式譲渡益の優遇措置のもとで、目下僅か一〇％の分離課税のみで済むことになっている。明らかに不公平税制の典型であろう。この優遇税制は、株式市場への配慮から二〇〇七年度税制改正で、前述のように当初より一年延期が決定されており二〇〇八〜九年に順次期限切れになる仕組みになっている。もちろん再延長など認めるのでなく、期限後にすみやかに他の金融所得に対して適用される税率と同様に、少なくとも旧水準の二〇％税率に戻すべきである。そして将来、二元的所得税を本格化させる過程で、更にこの比例税率を高め少しでも労働所得に対する累進税率、とりわけ最高税率五〇％との乖離を縮小させるべきであろう。
そしてもう一つは、所得税ではないが相続税などの資産課税の強化を通じる資産再分配である。相続税の場合、死亡件数一〇〇のうち、納税義務の発生するのは、僅かに四・二件である。基礎控除を引き下げ、せめてこの倍くらいを納税者の割合にする必要がある。（同書）
――高所得層には所得税のかかるような所得がないということらしい。確かに所得税の給与所得以外ではいろいろな控除がある。たとえば給与所得なら40％の税率だが譲渡所得にすると半分以下ですむらしい。
いったい高額所得者はどういう形で報酬を得ているのか。「週刊エコノミスト」（2010年7月20日号）に「徹底検証『役員報酬』の実態」（友田信男著）が載っている。「東証1部に株式上場している企業（3月期決算）を対象に、6月30日までに有価証券報告書に記載された役員報酬1億円以上の氏名、金額などの個別情報を集計した。」（同記事）ものだという。「有価証券報告書」を縮めて「有報」というらしい。
報酬等を種類別にみると、「基本報酬」の1億円以上は97人。基本報酬の最高額は日産のゴーン社長の8億9100万円で、次いで北島大日本印刷社長の7億5800万円、三津原日本調剤社長の3億6000万円と続く。「退職慰労金（引当金繰入額を含む）」が1億円以上だったのは8人で、最高額は石井勝高砂熱化学工業社長の2億8100万円だった。また、「業績連動報酬」を受け取っていたのは25人で、最高は1億円（2人）。「ストックオプション」は105人が受け取っていたが、1億円以上は4人に過ぎなかった。（週刊エコノミスト記事）
もちろん所得は役員報酬だけではない。租税特別措置法には種々の控除が規定してあるが、第29条の２には「特定の取締役等が受ける新株予約権等の行使による株式の取得に係る経済的利益の非課税等」というのがある。
役員報酬の中に含まれているストックオプションなどはかなり複雑なようだ。法律上は新株予約権と呼ばれるという。税制上はどう扱われるのか。だがこうなると専門的知識のある人にお願いしたい。
【関連記事】
■証券優遇税制の延長を要望 来年度税制改正で金融庁（産経ニュース 2010年8月30日）（検索可）
金融庁は３０日、来年末に期限を迎える証券優遇税制の延長を柱とする２０１１年度の税制改正要望を財務省に提出した。円高進行などに伴う株安が続いており、優遇税制の存続が市場を支えると判断した。
証券優遇税制は、上場株式の配当と譲渡益にかかる税率を２０％から１０％に下げる措置。個人金融資産を貯蓄から投資へ移行させ、株価を下支えする目的で導入されていた。延長年数は今後、詰める。
金融商品への投資から得られる利益や損失を通算して、課税負担を軽減する損益通算の範囲も拡大を求めた。現在は上場株式や株式投信の譲渡所得と配当所得に限られているが、金融庁は現状ではリスク資産の損失に十分な配慮ができていないとして、債券、公社債投信、預金などへの拡大を目指す。
同時にイスラム教に則した方式で発行する「イスラム債」の配当を、ほかの主要国と同様に非課税にするよう求めた。日本企業がイスラムマネーを見込んでイスラム債を発行しても、現在の制度では配当に課税されるため。非課税扱いとして、資金を日本に呼び込みやすくする狙いがある。
■証券優遇税制の見直しはまだ決まってない＝菅財務相（JST 2010年2月18日）（検索可）
――日本国債が暴落し国家が破綻するほどの危機的な財政状況なはずなのに……。なお、この証券優遇税制でどのくらい減税されているのか。はっきりとした数値は不明だが（たしか国会でも質問がされたことがある）、自分の記憶では数千億だったと思う。■座談会 消費税増税反対のたたかいをどう構築するか（『前衛』2008年2月号）（検索可）では、「年間1兆円の規模」と指摘している。
なお課税最低限についての議論もある。だが実態を把握するのが難しく、さらに検討を要する。
（２）消費税（給付付き税額控除、軽減税率の適用などについて）
「昨年12月に税制改革大綱が閣議決定されています。給付付き税額控除、還付付き税額控除については導入の方向が示される一方、複数税率は取らない方針が示されています。私は個人的には消費税の逆進性を緩和するというのであれば累進性を持つ所得税などと組み合わせて税制全体で対応すればよいと考えています。個別税目で対応する必要はありません。また、軽減税率を適用するとなると、どの品目に適用するかで争いが起きるうえに仕組みが複雑になってしまいます。軽減税率にはインボイスが必要ですが、導入に1年ぐらいかかります。給付付き税額控除、還付付き税額控除も実施に当たっては番号制度導入など事務的な負担が大きくなります。」（神野直彦氏 「週刊ダイヤモンド」記事）
石弘光氏は消費税について次のように述べている。
「将来に必要な財源は、すべての国民が負担を『広く』『公平に』分かち合うしか他に調達する選択肢はない。社会保障サービスは、広く国民に及ぶもので社会の特定の層の人々のためのものではない。かかる観点から言えば、オール・ジャパンで費用を負担しあえる消費税以外には安定財源の候補は見当たらない。」（「税制改革の渦中にあって」石弘光著）
――社会保障給付としての財源は、毎年安定的にしかも多額に調達できるものであることが必要で、法人税や利子・配当・株式譲渡益などへの所得税、資産課税などはだめだという。
全部いいんじゃないかと思うんだけれど、なぜか消費税なのだ。安定性を第一義におくという発想は独特のものだ。取りやすいところからとるということだ。だが官僚に安定的に財源を保障したらどうなるかはグリンピアをみれば一目瞭然だ。不足すれば税率を上げるし、余ればわけのわからない使い方をされるだけだろう。「この種の金融所得は超不公平に分布しており、格差社会の元凶ともいうべきものである。」（石弘光氏 前述）と言っておきながら、「安定性」の前に「公平性」は吹き飛んでしまう。
軽減税率についても、それほど変わらない。同じく石弘光氏の「税制改革の渦中にあって」から引用する。
食料品等に対して軽減税率を適用する際の問題点は、その範囲をどこに決めるかである。そもそも「食料品」自体の定義からして、固有の困難な問題が介在する。たとえば、ファースト・フードのハンバーグはテイクアウトのみが食料品であり、店内で食べると食料品ではなくなる（レストランのフランス料理と同じ）。また当然のごとく、軽減税率の適用を希望する類似の財・サービスが殺到する。先のイギリスの例で見られるようにその適用品目は一般に増え、政治的介入を招き不明朗な現象がしばしば生じがちとなる。
軽減税率を採用している北欧の国々を調査した私の経験から言うと、そこでの税務担当者は異口同音に税務行政が煩雑になり課税の公平・中立・簡素と抵触するから、極力導入しない方がいいと忠告してくれた。このような意向を受け、政府税調は「平成一七年度の税制改正に関する答申」（二〇〇四年一一月）で、次のように述べている。
「将来、消費税率の水準が欧州諸国並みである二桁税率になった場合には、食料品等に対する軽減税率の採用の是非が検討課題となる。しかしながら、消費税の税率構造のあり方については、制度の簡素化、経済活動に対する中立性の確保、事業者の事務負担、税務執行コストといった観点からは極力単一税率が望ましい。……また、将来、仕入税額控除の際に税額を明記した請求書等の保存を求める「インボイス方式」の採用が検討課題となる。これらについては、今後の消費税率の水準に関する議論も踏まえ、高い税率水準の下で複数税率を採用している欧州諸国の実態も参考にしつつ、引き続き検討を深めていくべきである」（八頁）。
この見解が、目下日本において軽減税率の採用に関し代表的な見解であると思う。消費税率が一〇数％になった段階で、検討するべき問題であろう。さて軽減税率が導入されると、現行の帳簿方式を改め前段階の仕入れを明確にするために取引の各段階にあたり、インボイスの義務づけが必要となる。つまり税務執行の実効性の観点から、インボイスの使用が不可避となろう。この結果、日本の消費税が国際的なレベルに劣っている一つの点が、解消されることになる。（同書）
「週刊ダイヤモンド」（2010年7月10日号）でも「難しい軽減税率の線引き 利害調整で難航必至」という見出しをつけて書いている。
ただ問題も少なくない。何を軽減税率の対象にするかが非常に微妙なのだ。各国ともその線引きに苦心してきた。
導入ずみの国の事例を調べてみると、この商品がどうして軽減税率の対象なのかと首を傾げたくなるケースが山ほど出てくる。
たとえば、フランスでは原則として、「贅沢品か否か」で標準税率か軽減税率かの線引きがなされる。贅沢品に分類されるチョコレートには、19・6％の標準税率が適用されるが、板チョコに限っては、安価で庶民的であるとの理由から軽減税率が適用されているのだ。
さらにフォアグラ、トリュフ、キャビアの世界3大珍味では、キャビアだけに標準税率が適用され、国内業者が多いフォアグラとトリュフについては、軽減税率が適用されている。国内産業の保護の観点からこうした措置が取られているのだが、こうなると各業界の利権が大きく絡んでくる。
その場で食べるか否かが運命の分かれ目となる場合もある。
フランスでは、ハンバーガーのテークアウトは5・5％の軽減税率、店内で食べると19・6％の標準税率が適用される。カナダでは、ドーナツは5個以下ならば、店内で食べると見なされ標準税率となるが、6個以上ならテークアウトと見なされゼロ税率が適用されるといった具合だ。
英国では、名物のフィッシュ＆チップスなど温かいテークアウト商品は17・5％の標準税率だ。「温かい」の定義は「気温より高く温められているか」であり、スーパーの惣菜などはゼロ税率となる。
商品によって税率が異なると、小売り店の対応が煩雑になるなど、事業者の負担が増す。
また、ある食品にだけ軽減税率を適用すれば、競合相手からの反発を招きかねない。実際、英国ではフィッシュ＆チップス業者が、惣菜にゼロ税率が適用されていることを非難しているという。
中央大学の森信茂樹教授は「日本が複数税率を導入すれば、あらゆる業界から軽減税率の対象にしろという要望が来て、利害調整に膨大な時間を要する」と危惧する。
複数税率は、高額所得者にもそのメリットが及ぶため、再分配政策としての効果は乏しいともいわれる。税率を軽減することで大幅な税収減につながる根本的なデメリットも忘れてはならない。
――たとえば、ハンバーガーを半分かじってテイクアウトしたらどうなるのかという税法上解決困難な問題が生じるというのだ。だから食料品の非課税などやるはずがない。消費税の目的は低所得層から「広く公平に」安定して税金をとることにあるのだから。
軽減税率に関してはこういう類の議論ばかりが公開されている。すると、行き着く先は次のようなことか。
政府は表向き、対策として複数税率と給付付き税額控除を併記で挙げているが、実際には�犁詆嬋佞�税額控除ありき�瓩膿覆鵑任い襪箸い辰討茲ぁ�
背景には、まず軽減税率の�犖続Ν瓩鮖愿Δ垢覦娶�が強まっていることがある。軽減品目の合理的な選定が難しく、欧州では訴訟も頻発している。たとえば、チョコレートの中におもちゃが入ったイースターエッグは食品か否か。笑い話のようだが、業者にとっては死活問題である（ちなみに判決は、「チョコを割らなければおもちゃを取り出せないので、食品」だったという）。事務コストも、納税・徴税の両者で多大だ。（同じく「週刊ダイヤモンド」記事）
ところが「給付付き税額控除」については次のように指摘している。
この仕組み（注＝給付付き税額控除）は、所得に応じて控除するか手当を支給するか決めるため、世帯ごとの所得を正確に把握しなければならない。そのため国民一人ひとりに番号を与える「社会保障と税の共通番号制度」が欠かせない。未整備の日本では制度設計上のハードルが高い。
導入ずみの欧米各国でも課題は残る。英国では過大給付や制度の複雑さが指摘され、米国では不正受給が大問題となっている。
導入に当たっては、基礎控除や配偶者控除など各種控除の見直しに加え、既存の社会保障給付など所得再分配策と一体で制度設計されるのが本来の姿だ。（同じく「週刊ダイヤモンド」記事）
では、アメリカはなぜ消費税を導入しなかったのか？
大型間接税についてレーガン税制改革案は、検討の結果導入すべきではないとしました。その理由の要旨は次のようなものです（塩崎潤訳『公平、簡素及び経済成長のための税制改革』一九八六年・今日社、参照）。
�‖膩心崟楡任狼嫂弊�が強く低所得者層には負担だけが増える結果となり、不公平税制であること。
�∈眄�が膨張し、政府が肥大化し、いわゆる大きな政府を招くこと。
�Ｊ�価上昇を招きインフレが亢進し、景気が後退すること。
�だ婆蛙Π�を二万人増員しなればならず（ママ）、そのうち三〇〇〇人は滞納整理に当てなければならないこと。
�ゥ▲瓮螢�のほとんどの州に小売売上税があり、それと二重徴収することは困難であること。
（「日本税制の総点検」（北野弘久・谷山治雄編著）
（３）（消費税率を一気に引き上げるべきか）
「私は一気に引き上げるというのは経済効果のうえで好ましくないと考えています。毎年少しずつ引き上げるというのがいいでしょう。そのほうが経済的インパクトは抑えられるうえに負担感が小さくなります。現在の社会保険料引き上げがまさにそうです。また、引き上げ前に買っておこうという駆け込み需要が長く続きます。広く薄く他の税も引き上げるなかで消費税率10％が必要であれば10％にすればよいという考え方です。」（神野直彦氏 同記事）
――どういう意図なのか不明だが、ここでやっと「社会保険料引き上げ」に触れている。「議論の中間的な整理」では、関連する意見も載っていた。一つは法人税率に関する議論でもう一つは、社会保険料の負担に関してだった。
○ 他方、企業の公的負担は法人所得課税に止まるものではなく、社会保険料の事業主負担も含めた企業負担全体の水準で見れば、我が国の企業の公的負担は、欧米の先進諸外国と比較して高いとは言えないとの意見があった。（「議論の中間的な整理」）
○ 所得再分配のあり方は、他税目や社会保険料の負担とともに、歳出（社会保障給付などの公共サービス）まで含めて影響を考えることが基本。（「議論の中間的な整理」）
これに対し石弘光氏は、社会保障負担については「国際的に見てそれほど遜色ない」と言っている。
この際、次の二点に留意する必要がある。第一に、社会保障負担より租税負担で必要な国民負担率を引き上げるべきであろう。というのは先進諸国の中で日本の社会保障負担率はアメリカ、イギリスより高く国際的に見てそれほど遜色ないのに、租税負担率は二五・一％と、アメリカの二三・一％と並んで低い。六カ国の中で、日本の水準は最低のグループに属する。これは、スウェーデンの四九・九％と比較すると格差が歴然としている。第二に、租税負担率を引き上げるとして、どの税でやるかである。その最有力な候補が、個人所得課税の増強と消費税率引き上げという二点であろう。直間比率の是正が話題になるのに、日本の個人所得課税の対国民所得比率は、後述するようにわずかに七・六％と一〇％台の他の国々と比べ圧倒的に低水準である。また所得税の増税とどちらを優先させるべきか調整を図る必要もあるが、日本の消費課税は七・一％で二桁の欧州諸国より圧倒的に低い。
いずれにしろ、「中福祉中負担」を目標に、無駄な公共サービスの削減を極力図りながら税負担率の引き上げを、これから時間をかけて図る他に選択肢はあるまい。（「税制改革の渦中にあって」）
――「財政再建や社会保障制度のために」というわりには、社会保険料の負担・給付の実態が明らかにされないのだ。「財政再建や社会保障制度のために」消費税というが、すでに社会保険料という形で負担している。社会保険料は税でないという認識なのだろうか。支払わなければペナルティーが科せられる。また租税の法理が適用されるべきだという意味でも税だろう。
消費税の議論というと「広く」「公平に」が必ず出てくるが、国民健康保税（料）については、「広く」「公平に」とはほど遠い。
「週刊ダイヤモンド」（2010年7月10日号）には「税負担の大誤解」として次のように書いてある。
じつは、消費税増税が忌み嫌われているあいだに、庶民にとって消費税よりも逆進性の高い�犲村租�な税�瓩良蘆瓦�増してきている。年金、医療、介護などの社会保険料負担だ。社会保険料は負担と給付がリンクしておらず、納める国民の側からすれば税と実質的に変わりはない。
下のグラフ（＝省略）は、標準世帯の負担を試算したものだ。年収700万円世帯を例にとれば、社会保険料を年間計98・7万円、所得税・住民税19・8万円、消費税を20万円支払う。社会保険料の負担はきわめて大きく、また逆進的だ。高所得者に軽く、低所得者に重い。
厚生年金保険料負担は標準報酬月額62万円以上になると頭打ち。自営業者・アルバイトなどの国民年金保険料は年収300万円の人も3000万円の人も皆、月額1万4660円だ。しかも、社会保険料はこのところ一貫して引き上げられている。（「週刊ダイヤモンド」2010年7月10日号）
※国民年金保険料……平成22年度＝月額1万5100円（平成21年度は月額1万4660円）
※下のグラフ……「低所得世帯に重い社会保険料負担」・「社会保険料負担はこの10年間でさらに重く」
※標準世帯……「夫婦２人（40歳以上、妻は専業主婦）、子ども２人（１人は16歳未満の子、１人は16歳以上23歳未満の子）
さらに、国民健康保険税（料）の地域間格差については以下の記事がある。
■国保保険料：市区町村で２倍超の格差 毎日新聞調査（毎日新聞 2008年12月22日）
自営業者や非正規労働者が加入する国民健康保険（国保）の保険料に、市区町村によって最大２倍超の地域格差があることが、毎日新聞の全国調査で分かった。自治体ごとに決める保険料を全国規模で比較した公式データはなく、格差が初めて具体的に裏付けられた。保険料が所得の４分の１に達する自治体もあり、医療保険改革をめぐる議論に影響しそうだ。【竹島一登、平野光芳】
厚生労働省の調べで「無保険の子」がいた８１６自治体を対象に調査し、５８５市区町村から回答があった（回答率７１．７％）。「世帯所得２００万円で、４０歳代夫婦と未成年の子２人の４人家族」というモデルで、０８年度の年間保険料を聞いた。
最高額は、大阪府寝屋川市の５０万３９００円。青森県風間浦村、大分県別府市、沖縄県宮古島市と続き、上位４０市町村が４０万円を超えた。寝屋川市は「収納率の見通しを低く設定せざるを得ないため、保険料を高額に設定せざるを得ない」（保険事業室）と説明している。
寝屋川市は所得、世帯、家族一人当たりの各基本料から保険料を算出。自治体によっては、保険料算出に住民税や固定資産税額を反映させるケースもあるが、寝屋川市と同じ算出方法を採る自治体の最低額は、東京・多摩市の２１万９８００円。寝屋川市とは２．２９倍の開きがある。
全国平均は３２万８９８０円。全体の４５％の自治体が今年度に値上げを行い、平均額も０７年度比１万２０５１円増加した。
今年度決算から、自治体財政健全化法で「連結実質赤字比率」が適用され、新たに国保特別会計の赤字も財政状況の判断に加えられる。保険料引き上げで赤字解消を図った自治体が多かったとみられ、上位２０自治体中、和歌山と泉大津（大阪府）の２市は、０７年度決算がイエローカードにあたる「早期健全化基準」を超えていた。
◇保険料が高額になれば、滞納増える
▽芝田英昭・立命館大教授（社会保障論）の話 住む地域によって倍以上の差があることは、法の下の平等から考えても無視できない問題だ。保険料が高額になるほど滞納が増え、保険給付を差し止められて病院にかかれない人が増えてしまう。国は国保を根本から見直すべきだ。
――そして「◇０８年度国保保険料が高額だった２０自治体」のリスト（５０万３９００円〜４２万３９００円）が載っている。「全国平均は３２万８９８０円」といっても、滞納者が増えればさらに高額になっていく。実際問題として、国保や国民年金を払うのが一番しんどい。
【関連資料】
■年金保険料：秋にも強制徴収へ 国税庁に権限を委任（毎日新聞 2010年8月24日）（検索可）
■「南幌町町税等の滞納に対する行政サービス等の制限措置に関する条例について」など。
■納付率、初の60％割れ 09年度の国民年金保険料 （47NEWS 2010年8月5日）（検索可）
■免除含む実質納付率４３％ ０９年度の国民年金保険料（共同通信 2010年8月9日）（検索可）
■貧困線近辺の所得層の国民健康保険料負担（日本総合研究所）jri_100108（検索可）
■国民健康保険実態調査報告 平成20年度(e-stat)（厚生労働省）.pdf（検索可）
■＜国民健康保険＞軽減後の収入ごとの保険料試算公表 厚労相（毎日新聞 2010年3月7日）（検索可）
■特例対象被保険者等に係る国民健康保険税の課税の特例（地方税法 第七百三条の五の二）（検索可）
ここまで書いてきたが、社会保険料については資料が膨大なので、次にまわすことにする。
2010年08月15日
「財政再建や社会保障制度のために」なぜ消費税なのか。【第一部】――世論調査編
【はじめに】
相変わらずの「世論調査」と税制について資料を集めていたら膨大な量になってしまった。編集しようとしたが難しい。これだけ「財政再建や社会保障制度のために」と言うわりに税の実態を新聞は報道しない。むしろ雑誌のほうが積極的だ。そこで【第二部】――税制・社会保険税（料）編としてまとめることにした。資料としては使えると思う。これまでの各政府税調の見解がまとまりしだい掲載の予定です。
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【第一部】――世論調査編
目次
１ 懲りずに繰り返される消費税世論調査
２ やっと出た世論調査「反省」記事
３ 消費税総掛かり
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１ 懲りずに繰り返される消費税世論調査
読売新聞は世論調査を繰り返す。「参院選結果」2010年7月緊急電話全国世論調査（調査日：2010年7月12〜13日）のことだ。以下、主なところを引用する。
■内閣支持急落３８％、不支持５２％…読売調査（読売新聞 2010年7月13日）
民主が議席を大きく減らした理由を聞いたところ、「菅首相の消費税発言への批判」３７％がトップで、「民主党の公約への不満」３１％、「民主党政権の実績への不満」２０％などが続いた。自民の議席増の理由では、「民主党政権への批判」が７１％を占めた。みんなの党の躍進については、「民主党と自民党への不満」４５％が最も多かった。
民主の小沢一郎・前幹事長が消費税率引き上げなどで、党執行部批判を続けたことを「問題だ」と思う人は６４％に上った。
（一段省略）
菅内閣に優先的に取り組んでほしい課題は、「景気や雇用」３２％、「年金など社会保障」２６％、「消費税など財政再建」１５％などの順。財政再建や社会保障制度を維持するために、消費税率引き上げが「必要だ」と思う人は６４％（前回６５％）、「そうは思わない」は３２％（同３０％）だった。（読売記事）
なるほど、取って付けたように同じ質問項目がまた載っていた。
Ｑ 財政再建や、社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。
答 1.必要だ 64 2.そうは思わない 32 3.答えない 4
日付は前後するが、読売新聞 電話全国世論調査（2010年8月6〜8日実施）では次のような結果だった。この時の見出しは、■「首相続投賛成５７％、支持上昇４４％…」（読売新聞 2010年8月9日）となっている。だが同じ質問が繰り返されている。何か経済上の大問題があったのなら調査する意味もあるだろう。
答 1.必要だ 63 2.そうは思わない 32 3.答えない 5
なお、比較しやすいように、前回のブログの該当個所を再録しておく。（「第２回」調査はない）
・「参院選 第４回継続全国世論調査」（調査日：2010年7月2〜4日）
答 1.必要だ 65 2.そうは思わない 30 3.答えない 5
・「参院選」第３回継続全国世論調査（調査日：2010年6月25〜27日）
答 1.必要だ 64 2.そうは思わない 33 3.答えない 3
・「参院選」第１回継続全国世論調査（調査日：2010年6月12〜13日）
答 1.必要だ 66 2.そうは思わない 29 3.答えない 5
すでに多くの人が指摘しているように、共同通信も読売の世論調査にならった。その■「世論調査の質問と回答」（共同通信2010年7月13日）。
問１０ あなたは財政再建や社会保障のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。（※数字は％、カッコ内は前回６月８、９両日調査）
・賛成 １９・１（１９・６）
・どちらかといえば賛成 ３３・４（３８・１）
・どちらかといえば反対 ２３・７（１９・３）
・反対 ２１・０（２１・７）
・分からない・無回答 ２・８（１・３）
また、「東京新聞」（2010年8月10日 朝刊）には、■「内閣支持微増３８％ 消費税上げ賛成４ポイント増」という見出しで共同通信の世論調査結果が載っていた。
問７ あなたは財政再建や社会保障のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。（数字は％、カッコ内は前回７月１２、１３両日調査）
・賛成 ２２・６（１９・１）
・どちらかといえば賛成 ３４・５（３３・４）
・どちらかといえば反対 １８・３（２３・７）
・反対 ２３・０（２１・０）
・分からない・無回答 １・６（２・８）
ところが、■「世論調査の結果と方法」（共同通信 2010年6月9日）では、質問が異なっている。（数値は2010年7月13日の調査結果（上述の問１０）にそのまま（ ）付きで載せている。）
問８ あなたは財政再建のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。
・賛成 １９・６
・どちらかといえば賛成 ３８・１
・どちらかといえば反対 １９・３
・反対 ２１・７
・分からない・無回答 １・３
不思議なことに、共同通信の世論調査は「支持政党なし」が極端に少なく、民主・自民支持が多い。世論調査を全部調べたわけではないが、普通は３割程度ある「支持政党なし」が「2010年6月9日」の調査あたりから急激に減っている。ここから共同通信の世論調査が消費税にシフトしていく。
ところで朝日新聞では次のような質問になっている。
■世論調査―質問と回答〈７月１２、１３日実施〉（朝日新聞 2010年7月13日）
（数字は％。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。丸カッコ内の数字は３、４日の前回調査の結果）
◆消費税の引き上げに賛成ですか。反対ですか。
・賛成 ３５（３９）
・反対 ５４（４８）
◆今回の選挙で投票先を決めるとき、菅首相の消費税をめぐる発言や対応を重視しましたか。重視しませんでしたか。
・重視した ３２
・重視しない ５７
◆消費税引き上げの議論は進めた方がよいと思いますか。進めない方がよいと思いますか。
・進めた方がよい ６３
・進めない方がよい ２９
調査員が電話をかける「朝日ＲＤＤ」方式でおこなったと書いてあるのだが、電話でなく書面形式で質問事項をみて考えたらこういう数値が出るのだろうか。何か意図がありそうで矛盾した質問なのだが、さすがに一番目の項目に「財政再建」だの「社会保障」だのの限定はついていない。
２ やっと出た世論調査「反省」記事
初めに言っておくが、新聞に反省はない。どんなに批判されようと同じ事を延々と繰り返す。
試しに新聞が他の新聞記事を批判してみたらいい。『es』（エス）という心理実験映画もあったが、いつのまにか心底真面目な批判にとって変わるかもしれない。そうすれば読者も増えるだろうに。だが、「あらたにす」のサイトの構成を見ただけで他社批判など無理だなと思ってしまう。
■消費税引き上げ発言は民主党大敗に影響したのか（歌田明弘著 あらたにす 2010年7月28日）
○調査により異なる反応
７月７日の本欄で水木楊氏も書かれていたように、消費税率の引き上げについて、朝日新聞の調査は反応が異なっている。
７月12、13日に実施された朝日新聞の調査でも、水木氏が予想していたとおり、消費税引き上げ反対の人が増えて54パーセントと過半数に達し、読売の調査結果とかなり違う。賛成の人は35パーセントしかいない。
こうした違いが出るのは質問内容のせいだと思われる。
読売の問いが「財政再建や、社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか」だったのに対し、朝日は、「消費税の引き上げに賛成ですか。反対ですか」だけだ。
「財政再建や、社会保障制度を維持するため」と断わりがつくかどうかで、反応が大きく異なっている。
共同通信の調査でも、「あなたは財政再建や社会保障のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか」という問いに、「賛成」と「どちらかといえば賛成」をあわせた回答は52.5％と、読売ほどではないが、やはり消費税引き上げ賛成派が多い（この調査の報道では、「財政再建や社会保障のため」という前文を省いているものもあるが、判断を左右しているこの部分を削ってしまったのでは、調査を正確に伝えたことにはならない）。
朝日の調査でも、消費税引き上げの議論については「進めた方がよい」が63パーセントで、消費税アップに頭から反対というわけではなかった。
こうしたことからわかるのは、この問題がやはりとても微妙で、持ち出し方によって反応が大きく変わるということだ。（同記事）
たしかに興味ある分析も載っているのだが、調査自体が正確なのかについては言及していない。せいぜい「この問題がやはりとても微妙」と解釈するくらいだ。
■記者の目：世論調査批判＝七井辰男（世論調査室）（毎日新聞 2010年7月27日 東京朝刊）
にも「反省」が載っていた。
◇電話調査の制約
（一部省略）
電話なので、長い質問や、説明を要する難しい設問は避ける。聞かれる側は短時間に回答を迫られるため、明確な見解を持たない人は、わずかな情報を頼りに「即答」することになる。早く回答して電話を切りたい人は、新聞やテレビの報じる優勢な見解に飛びつきがちかもしれない。回答の大半は、建設的な「輿論」と即答「世論＜せろん＞」の混在とみていい。（以下省略）（同記事）
「電話調査の制約」といいながら「世論調査」という。「制約された世論調査」とは何か。書くこと多くして反省のないのをジャーナリズムという――以前読んだ本にこんなフレーズがあった。（この新聞記事は全文を参照しないと意味が把握しにくいかもしれない。）
３ 消費税総掛かり
第１章で触れたことだが、共同通信の質問が読売と同じようになっている。これはやる気だぞと思った。民主・自民・財界・財務省・メディアの総掛かりだ。おまけにIMFまで登場してきた。考えてみれば、今なら民主がだめでも自民党、どっちに転んでも損はない。
読売はその社説で、参院選に大敗してひるんだ民主党を叱咤激励している。まるで鬱積した感情を吐露したようだ。そして、その論拠として世論調査が使われている。曰く、「消費税率の引き上げが必要と答えた人は６割以上に上っている。」（読売社説）と。
つまり、「有権者が問題にしたのは、消費税率引き上げそのものではなく、一貫性を欠いた首相の言動だ。」（読売社説）と。以下、長文だが読売の提言がみてとれるので社説を全文引用する。
■税制抜本改革 ひるまず消費税論議を進めよ（2010年7月14日付・読売社説）
参院選で民主党が敗北し、消費税率引き上げを含む税制改革論議が後退する懸念が出ている。
民主党の枝野幹事長は「必ずしも当初想定していた期限にこだわらない」と語り、菅首相が目指していた２０１０年度内の具体案のとりまとめに固執しない意向を示した。
しかし、税収が新規国債発行額を下回る異常な財政事情や、将来不安が高まる社会保障制度の現状を直視すれば、消費税論議を先送りする余裕はないはずだ。
菅内閣は、税収増につながる日本経済の再生を急ぎ、消費税、法人税、所得税など税制全般の改革にも取り組まねばならない。
首相は選挙の敗北にひるまず、消費税についての党内調整を本格化させると同時に、野党に対し、引き続き超党派の協議を呼びかける必要がある。
野党側も、これに応じ、制度設計に踏み込んだ議論を進めるべきである。
◆消費税が敗因ではない
首相は１３日の閣議で、参院選での与党の過半数割れについて「唐突な感じを与えてしまった」と述べ、消費税問題が敗因につながったとの認識を示した。
だが、「消費税率１０％」を参院選公約に明記した自民党は議席を伸ばした。
読売新聞が参院選後に実施した世論調査では、消費税率の引き上げが必要と答えた人は６割以上に上っている。消費税率アップの必要性についての意識は、今回の選挙の前後で全く変化がない。
有権者が問題にしたのは、消費税率引き上げそのものではなく、一貫性を欠いた首相の言動だ。
首相は、なぜ消費税率を上げるのか、増税分を何に使うのか、といった根本的な問題に明確な方針を示すことができなかった。
増税批判で苦境に立たされると「次の総選挙まで１円たりとも上げない」と発言を修正するなど、最後まで軸が定まっていない印象も与えた。
◆民主は党内合意急げ
国民の信頼を取り戻すために民主党が取り組むべきは、消費税率引き上げに関する党としての考え方を早急にまとめ、丁寧に国民に説明することである。
今後の議論では、低所得者対策などが一つの論点となる。
消費税額を還付する案が浮上しているが、所得に応じて対象者をどう線引きするか、対象者の所得をどこまで正確に把握できるかといった問題がある。
生活必需品などの税率を低く設定する軽減税率の導入も選択肢だ。欧州の軽減税率は新聞や書籍、食料品などに適用されており、検討に値しよう。
消費税率を引き上げる目的については、少子高齢化の進展で増大する年金、医療、介護などの社会保障費を賄うことが主眼であることを明確にすべきだ。
政権交代後、民主党は無駄減らしで財源を捻出（ねんしゅつ）するとしていたが、１０年度予算編成で、歳出削減の効果はわずかだった。
一方、税収確保の点では、所得税や法人税が景気動向に大きく左右される以上、安定した財源となるのは国民が広く負担を分かち合う消費税しかない。
消費税増税で社会保障制度を立て直せば、将来不安の解消で消費を刺激する効果も出てこよう。
◆法人税引き下げを
税制改革論議では、財政や社会保障を安定させて安心社会を実現し、日本経済の活力を維持する視点が不可欠だ。
日本の法人税の実効税率は４０％超で、経済協力開発機構（ＯＥＣＤ）加盟３０か国の平均２６％と比べてかなり高い。企業の国際競争力を強化するためには、法人税率の引き下げが急務だ。
その減収を補う措置として、役割を終えた政策減税を整理するなど、１１年度税制改正に向け議論を急ぐべきである。
参院選で首相は、高所得層を中心に負担を重くする所得税の累進性の強化を示唆した。
だが、所得税の最高税率（４０％）は国際的に高水準で、適用される納税者は少なく、増収効果はあまりない。むしろ、消費税の税率アップが大衆増税になるとの批判をかわすのが狙いだろう。
所得税の最高税率の引き上げは国民の働く意欲をそぎ、経済社会の活性化に逆行する。様々な所得控除の見直しが先である。（2010年7月14日 読売新聞社説）
ここまで露骨ではないが、他の新聞も同様の論調だ。
■参院選：消費増税６割が賛成 毎日新聞・当選者アンケート（毎日JP 2010年7月12日）
この記事は、毎日新聞が参院選で当選が確定した１２１人のうちの全候補者アンケートに応じた１１３人の回答を集計したものだという。
■ＩＭＦ、消費税段階引き上げ要請 最大１５％を例示（東京新聞 2010年7月15日）
■「日本は消費税上げを」ＩＭＦ提言１４〜２２％（2010年7月15日 読売新聞）
ＩＭＦは消費税率の目安として「２０１１年度から段階的に消費税率を引き上げ、財政再建を始めるべき」と提言しているという。
ところで、自分はＩＭＦなるものを見たことがない。当たり前の話だが。たまたま読んだ「週刊エコノミスト」（2010年6月29日号）に「長期金利 上昇どころか低位安定のナゾ」（徳岡喜一著）という記事が載っていた。肩書きは「国際通貨基金 アジア太平洋局エコノミスト」。これはＩＭＦに日本人もいるという話だ。
■【正論】早稲田大学教授・川本裕子 消費増税反対が「民意」ではない （産経ニュース 2010年7月29日）
という記事もあった。
なぜ消費税を１０％までに引き上げる必要性を公約に掲げた自民党が大きく議席を伸ばしたのか。大躍進したみんなの党も注意深く公約を読めば、消費税増税の前にやることがあるといっているのであって消費税引き上げに絶対反対ではない。消費税増税に原則的な反対論を唱えた共産党、社民党はいずれも議席を減らした。これを「国民は消費税増税を否定した」と総括するのはあまりにも乱暴だろう。（同記事）
この著者は消費税増税に反対する人はすべて共産党か社民党に投票するとでも思っているのだろうか。それならすでに共産と社民の連立政権ができている。また、自民党の比例減にもふれていない。
東京新聞が社説では次のように主張していたが、これはメディアではすでに少数派でしかない。
■【社説】消費税増税 改革の実績が不可欠だ（東京新聞 2010年7月14日）
（前半省略）
永田町には「菅直人首相が党内論議も不十分なまま独走して、引き上げ路線に走ったから負けた」といった解説が流れている。日本経団連の米倉弘昌会長は「消費税を掲げたから負けたとは思っていない」と語っている。
たしかに菅首相の引き上げ発言が唐突だったのは間違いないが、そうした見方は核心を突いていない。本当の敗因は政権がやるべきことをやらずに、いきなり国民の負担で財政赤字のつけを解消しようとした点にある。
政権が国民に本格増税を求めるなら、まず政府の中に潜んでいる無駄遣いや非効率を徹底的になくす努力が不可欠だ。そこで十分な実績も挙げないまま増税路線に走ったから、国民は政権に「ノー」を突きつけたのである。
財政赤字が大変なのは、だれもが知っている。だが、数字のつじつま合わせで増税の必要性を訴えるのは財務省の理屈だ。今回の経過は菅首相から日本経団連に至るまで、まるで財務省に……（以下省略）
社説としてよくここまで書いたと思う。「小鳩外し」が成功したら「操菅」ということらしい。
【第一部】――世論調査編 おわり
相変わらずの「世論調査」と税制について資料を集めていたら膨大な量になってしまった。編集しようとしたが難しい。これだけ「財政再建や社会保障制度のために」と言うわりに税の実態を新聞は報道しない。むしろ雑誌のほうが積極的だ。そこで【第二部】――税制・社会保険税（料）編としてまとめることにした。資料としては使えると思う。これまでの各政府税調の見解がまとまりしだい掲載の予定です。
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【第一部】――世論調査編
目次
１ 懲りずに繰り返される消費税世論調査
２ やっと出た世論調査「反省」記事
３ 消費税総掛かり
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１ 懲りずに繰り返される消費税世論調査
読売新聞は世論調査を繰り返す。「参院選結果」2010年7月緊急電話全国世論調査（調査日：2010年7月12〜13日）のことだ。以下、主なところを引用する。
■内閣支持急落３８％、不支持５２％…読売調査（読売新聞 2010年7月13日）
民主が議席を大きく減らした理由を聞いたところ、「菅首相の消費税発言への批判」３７％がトップで、「民主党の公約への不満」３１％、「民主党政権の実績への不満」２０％などが続いた。自民の議席増の理由では、「民主党政権への批判」が７１％を占めた。みんなの党の躍進については、「民主党と自民党への不満」４５％が最も多かった。
民主の小沢一郎・前幹事長が消費税率引き上げなどで、党執行部批判を続けたことを「問題だ」と思う人は６４％に上った。
（一段省略）
菅内閣に優先的に取り組んでほしい課題は、「景気や雇用」３２％、「年金など社会保障」２６％、「消費税など財政再建」１５％などの順。財政再建や社会保障制度を維持するために、消費税率引き上げが「必要だ」と思う人は６４％（前回６５％）、「そうは思わない」は３２％（同３０％）だった。（読売記事）
なるほど、取って付けたように同じ質問項目がまた載っていた。
Ｑ 財政再建や、社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。
答 1.必要だ 64 2.そうは思わない 32 3.答えない 4
日付は前後するが、読売新聞 電話全国世論調査（2010年8月6〜8日実施）では次のような結果だった。この時の見出しは、■「首相続投賛成５７％、支持上昇４４％…」（読売新聞 2010年8月9日）となっている。だが同じ質問が繰り返されている。何か経済上の大問題があったのなら調査する意味もあるだろう。
答 1.必要だ 63 2.そうは思わない 32 3.答えない 5
なお、比較しやすいように、前回のブログの該当個所を再録しておく。（「第２回」調査はない）
・「参院選 第４回継続全国世論調査」（調査日：2010年7月2〜4日）
答 1.必要だ 65 2.そうは思わない 30 3.答えない 5
・「参院選」第３回継続全国世論調査（調査日：2010年6月25〜27日）
答 1.必要だ 64 2.そうは思わない 33 3.答えない 3
・「参院選」第１回継続全国世論調査（調査日：2010年6月12〜13日）
答 1.必要だ 66 2.そうは思わない 29 3.答えない 5
すでに多くの人が指摘しているように、共同通信も読売の世論調査にならった。その■「世論調査の質問と回答」（共同通信2010年7月13日）。
問１０ あなたは財政再建や社会保障のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。（※数字は％、カッコ内は前回６月８、９両日調査）
・賛成 １９・１（１９・６）
・どちらかといえば賛成 ３３・４（３８・１）
・どちらかといえば反対 ２３・７（１９・３）
・反対 ２１・０（２１・７）
・分からない・無回答 ２・８（１・３）
また、「東京新聞」（2010年8月10日 朝刊）には、■「内閣支持微増３８％ 消費税上げ賛成４ポイント増」という見出しで共同通信の世論調査結果が載っていた。
問７ あなたは財政再建や社会保障のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。（数字は％、カッコ内は前回７月１２、１３両日調査）
・賛成 ２２・６（１９・１）
・どちらかといえば賛成 ３４・５（３３・４）
・どちらかといえば反対 １８・３（２３・７）
・反対 ２３・０（２１・０）
・分からない・無回答 １・６（２・８）
ところが、■「世論調査の結果と方法」（共同通信 2010年6月9日）では、質問が異なっている。（数値は2010年7月13日の調査結果（上述の問１０）にそのまま（ ）付きで載せている。）
問８ あなたは財政再建のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか。
・賛成 １９・６
・どちらかといえば賛成 ３８・１
・どちらかといえば反対 １９・３
・反対 ２１・７
・分からない・無回答 １・３
不思議なことに、共同通信の世論調査は「支持政党なし」が極端に少なく、民主・自民支持が多い。世論調査を全部調べたわけではないが、普通は３割程度ある「支持政党なし」が「2010年6月9日」の調査あたりから急激に減っている。ここから共同通信の世論調査が消費税にシフトしていく。
ところで朝日新聞では次のような質問になっている。
■世論調査―質問と回答〈７月１２、１３日実施〉（朝日新聞 2010年7月13日）
（数字は％。小数点以下は四捨五入。質問文と回答は一部省略。丸カッコ内の数字は３、４日の前回調査の結果）
◆消費税の引き上げに賛成ですか。反対ですか。
・賛成 ３５（３９）
・反対 ５４（４８）
◆今回の選挙で投票先を決めるとき、菅首相の消費税をめぐる発言や対応を重視しましたか。重視しませんでしたか。
・重視した ３２
・重視しない ５７
◆消費税引き上げの議論は進めた方がよいと思いますか。進めない方がよいと思いますか。
・進めた方がよい ６３
・進めない方がよい ２９
調査員が電話をかける「朝日ＲＤＤ」方式でおこなったと書いてあるのだが、電話でなく書面形式で質問事項をみて考えたらこういう数値が出るのだろうか。何か意図がありそうで矛盾した質問なのだが、さすがに一番目の項目に「財政再建」だの「社会保障」だのの限定はついていない。
２ やっと出た世論調査「反省」記事
初めに言っておくが、新聞に反省はない。どんなに批判されようと同じ事を延々と繰り返す。
試しに新聞が他の新聞記事を批判してみたらいい。『es』（エス）という心理実験映画もあったが、いつのまにか心底真面目な批判にとって変わるかもしれない。そうすれば読者も増えるだろうに。だが、「あらたにす」のサイトの構成を見ただけで他社批判など無理だなと思ってしまう。
■消費税引き上げ発言は民主党大敗に影響したのか（歌田明弘著 あらたにす 2010年7月28日）
○調査により異なる反応
７月７日の本欄で水木楊氏も書かれていたように、消費税率の引き上げについて、朝日新聞の調査は反応が異なっている。
７月12、13日に実施された朝日新聞の調査でも、水木氏が予想していたとおり、消費税引き上げ反対の人が増えて54パーセントと過半数に達し、読売の調査結果とかなり違う。賛成の人は35パーセントしかいない。
こうした違いが出るのは質問内容のせいだと思われる。
読売の問いが「財政再建や、社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか」だったのに対し、朝日は、「消費税の引き上げに賛成ですか。反対ですか」だけだ。
「財政再建や、社会保障制度を維持するため」と断わりがつくかどうかで、反応が大きく異なっている。
共同通信の調査でも、「あなたは財政再建や社会保障のため消費税率を引き上げることに賛成ですか、それとも反対ですか」という問いに、「賛成」と「どちらかといえば賛成」をあわせた回答は52.5％と、読売ほどではないが、やはり消費税引き上げ賛成派が多い（この調査の報道では、「財政再建や社会保障のため」という前文を省いているものもあるが、判断を左右しているこの部分を削ってしまったのでは、調査を正確に伝えたことにはならない）。
朝日の調査でも、消費税引き上げの議論については「進めた方がよい」が63パーセントで、消費税アップに頭から反対というわけではなかった。
こうしたことからわかるのは、この問題がやはりとても微妙で、持ち出し方によって反応が大きく変わるということだ。（同記事）
たしかに興味ある分析も載っているのだが、調査自体が正確なのかについては言及していない。せいぜい「この問題がやはりとても微妙」と解釈するくらいだ。
■記者の目：世論調査批判＝七井辰男（世論調査室）（毎日新聞 2010年7月27日 東京朝刊）
にも「反省」が載っていた。
◇電話調査の制約
（一部省略）
電話なので、長い質問や、説明を要する難しい設問は避ける。聞かれる側は短時間に回答を迫られるため、明確な見解を持たない人は、わずかな情報を頼りに「即答」することになる。早く回答して電話を切りたい人は、新聞やテレビの報じる優勢な見解に飛びつきがちかもしれない。回答の大半は、建設的な「輿論」と即答「世論＜せろん＞」の混在とみていい。（以下省略）（同記事）
「電話調査の制約」といいながら「世論調査」という。「制約された世論調査」とは何か。書くこと多くして反省のないのをジャーナリズムという――以前読んだ本にこんなフレーズがあった。（この新聞記事は全文を参照しないと意味が把握しにくいかもしれない。）
３ 消費税総掛かり
第１章で触れたことだが、共同通信の質問が読売と同じようになっている。これはやる気だぞと思った。民主・自民・財界・財務省・メディアの総掛かりだ。おまけにIMFまで登場してきた。考えてみれば、今なら民主がだめでも自民党、どっちに転んでも損はない。
読売はその社説で、参院選に大敗してひるんだ民主党を叱咤激励している。まるで鬱積した感情を吐露したようだ。そして、その論拠として世論調査が使われている。曰く、「消費税率の引き上げが必要と答えた人は６割以上に上っている。」（読売社説）と。
つまり、「有権者が問題にしたのは、消費税率引き上げそのものではなく、一貫性を欠いた首相の言動だ。」（読売社説）と。以下、長文だが読売の提言がみてとれるので社説を全文引用する。
■税制抜本改革 ひるまず消費税論議を進めよ（2010年7月14日付・読売社説）
参院選で民主党が敗北し、消費税率引き上げを含む税制改革論議が後退する懸念が出ている。
民主党の枝野幹事長は「必ずしも当初想定していた期限にこだわらない」と語り、菅首相が目指していた２０１０年度内の具体案のとりまとめに固執しない意向を示した。
しかし、税収が新規国債発行額を下回る異常な財政事情や、将来不安が高まる社会保障制度の現状を直視すれば、消費税論議を先送りする余裕はないはずだ。
菅内閣は、税収増につながる日本経済の再生を急ぎ、消費税、法人税、所得税など税制全般の改革にも取り組まねばならない。
首相は選挙の敗北にひるまず、消費税についての党内調整を本格化させると同時に、野党に対し、引き続き超党派の協議を呼びかける必要がある。
野党側も、これに応じ、制度設計に踏み込んだ議論を進めるべきである。
◆消費税が敗因ではない
首相は１３日の閣議で、参院選での与党の過半数割れについて「唐突な感じを与えてしまった」と述べ、消費税問題が敗因につながったとの認識を示した。
だが、「消費税率１０％」を参院選公約に明記した自民党は議席を伸ばした。
読売新聞が参院選後に実施した世論調査では、消費税率の引き上げが必要と答えた人は６割以上に上っている。消費税率アップの必要性についての意識は、今回の選挙の前後で全く変化がない。
有権者が問題にしたのは、消費税率引き上げそのものではなく、一貫性を欠いた首相の言動だ。
首相は、なぜ消費税率を上げるのか、増税分を何に使うのか、といった根本的な問題に明確な方針を示すことができなかった。
増税批判で苦境に立たされると「次の総選挙まで１円たりとも上げない」と発言を修正するなど、最後まで軸が定まっていない印象も与えた。
◆民主は党内合意急げ
国民の信頼を取り戻すために民主党が取り組むべきは、消費税率引き上げに関する党としての考え方を早急にまとめ、丁寧に国民に説明することである。
今後の議論では、低所得者対策などが一つの論点となる。
消費税額を還付する案が浮上しているが、所得に応じて対象者をどう線引きするか、対象者の所得をどこまで正確に把握できるかといった問題がある。
生活必需品などの税率を低く設定する軽減税率の導入も選択肢だ。欧州の軽減税率は新聞や書籍、食料品などに適用されており、検討に値しよう。
消費税率を引き上げる目的については、少子高齢化の進展で増大する年金、医療、介護などの社会保障費を賄うことが主眼であることを明確にすべきだ。
政権交代後、民主党は無駄減らしで財源を捻出（ねんしゅつ）するとしていたが、１０年度予算編成で、歳出削減の効果はわずかだった。
一方、税収確保の点では、所得税や法人税が景気動向に大きく左右される以上、安定した財源となるのは国民が広く負担を分かち合う消費税しかない。
消費税増税で社会保障制度を立て直せば、将来不安の解消で消費を刺激する効果も出てこよう。
◆法人税引き下げを
税制改革論議では、財政や社会保障を安定させて安心社会を実現し、日本経済の活力を維持する視点が不可欠だ。
日本の法人税の実効税率は４０％超で、経済協力開発機構（ＯＥＣＤ）加盟３０か国の平均２６％と比べてかなり高い。企業の国際競争力を強化するためには、法人税率の引き下げが急務だ。
その減収を補う措置として、役割を終えた政策減税を整理するなど、１１年度税制改正に向け議論を急ぐべきである。
参院選で首相は、高所得層を中心に負担を重くする所得税の累進性の強化を示唆した。
だが、所得税の最高税率（４０％）は国際的に高水準で、適用される納税者は少なく、増収効果はあまりない。むしろ、消費税の税率アップが大衆増税になるとの批判をかわすのが狙いだろう。
所得税の最高税率の引き上げは国民の働く意欲をそぎ、経済社会の活性化に逆行する。様々な所得控除の見直しが先である。（2010年7月14日 読売新聞社説）
ここまで露骨ではないが、他の新聞も同様の論調だ。
■参院選：消費増税６割が賛成 毎日新聞・当選者アンケート（毎日JP 2010年7月12日）
この記事は、毎日新聞が参院選で当選が確定した１２１人のうちの全候補者アンケートに応じた１１３人の回答を集計したものだという。
■ＩＭＦ、消費税段階引き上げ要請 最大１５％を例示（東京新聞 2010年7月15日）
■「日本は消費税上げを」ＩＭＦ提言１４〜２２％（2010年7月15日 読売新聞）
ＩＭＦは消費税率の目安として「２０１１年度から段階的に消費税率を引き上げ、財政再建を始めるべき」と提言しているという。
ところで、自分はＩＭＦなるものを見たことがない。当たり前の話だが。たまたま読んだ「週刊エコノミスト」（2010年6月29日号）に「長期金利 上昇どころか低位安定のナゾ」（徳岡喜一著）という記事が載っていた。肩書きは「国際通貨基金 アジア太平洋局エコノミスト」。これはＩＭＦに日本人もいるという話だ。
■【正論】早稲田大学教授・川本裕子 消費増税反対が「民意」ではない （産経ニュース 2010年7月29日）
という記事もあった。
なぜ消費税を１０％までに引き上げる必要性を公約に掲げた自民党が大きく議席を伸ばしたのか。大躍進したみんなの党も注意深く公約を読めば、消費税増税の前にやることがあるといっているのであって消費税引き上げに絶対反対ではない。消費税増税に原則的な反対論を唱えた共産党、社民党はいずれも議席を減らした。これを「国民は消費税増税を否定した」と総括するのはあまりにも乱暴だろう。（同記事）
この著者は消費税増税に反対する人はすべて共産党か社民党に投票するとでも思っているのだろうか。それならすでに共産と社民の連立政権ができている。また、自民党の比例減にもふれていない。
東京新聞が社説では次のように主張していたが、これはメディアではすでに少数派でしかない。
■【社説】消費税増税 改革の実績が不可欠だ（東京新聞 2010年7月14日）
（前半省略）
永田町には「菅直人首相が党内論議も不十分なまま独走して、引き上げ路線に走ったから負けた」といった解説が流れている。日本経団連の米倉弘昌会長は「消費税を掲げたから負けたとは思っていない」と語っている。
たしかに菅首相の引き上げ発言が唐突だったのは間違いないが、そうした見方は核心を突いていない。本当の敗因は政権がやるべきことをやらずに、いきなり国民の負担で財政赤字のつけを解消しようとした点にある。
政権が国民に本格増税を求めるなら、まず政府の中に潜んでいる無駄遣いや非効率を徹底的になくす努力が不可欠だ。そこで十分な実績も挙げないまま増税路線に走ったから、国民は政権に「ノー」を突きつけたのである。
財政赤字が大変なのは、だれもが知っている。だが、数字のつじつま合わせで増税の必要性を訴えるのは財務省の理屈だ。今回の経過は菅首相から日本経団連に至るまで、まるで財務省に……（以下省略）
社説としてよくここまで書いたと思う。「小鳩外し」が成功したら「操菅」ということらしい。
【第一部】――世論調査編 おわり
2010年07月10日
世論調査――回答拒否の意味
目次
１ 世論調査回答拒否の思想
２ 世論調査の使われ方
２の１ 新聞協会調査
２の２ 日本人とテレビ 2010 （NHK放送文化研究所）
２の３ 読売世論調査（参院選継続全国世論調査）
２の４ 税金に関しての蛇足
２の５ 地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査の結果（平成２２年５月２７日）
=========================
１ 世論調査回答拒否の思想
「崩壊自民の裏のウラ」（田原総一朗著）に「安倍内閣支持率が下がる理由」（2007年2月9日付）という章がある。
朝日新聞の世論調査（電話）によると、政権発足直後の2006年10月に63％だった安倍内閣の支持率は、12月が47％、07年1月が39％で、じりじりと下がり続けている。読売新聞の数字はいつも朝日新聞より10ポイント前後高いから、両者の中間を取るのが正解。そして、低下傾向はどちらも変わらない。
（中略）
調査結果に差が出るのは当然だとしても、差があまりにも大きい。朝日の読者は「安倍内閣は深刻な危機にある」と思うだろうが、読売の読者は、50％をわずかに切っただけで「安定の範囲内」と思うはずだ。
両紙のベテラン記者に大きな差について問うたところ、明快な答えが返ってきた。
朝日の場合、「安倍内閣について支持か不支持かお聞きしたい」と問うと、朝日新聞と聞いただけで�牘η畢瓩量�5％の層が電話を切ってしまうという。同じように、読売と聞いただけで、�犧固畢瓩量�5％の層が答えるのを拒否するというのだ。
朝日の調査に応じない約5％の層は「安倍内閣支持者」、読売の調査に応じない約5％の層は「安倍内閣不支持者」である。両紙の調査結果に約10ポイントもの差が生じるのは、むしろ当然だということになる。
そういえば安倍内閣発足の直後、06年10月時点の調査では、朝日の支持率63％に対して、読売は70％だった。当初から一貫して、読売の調査結果は朝日を10ポイントほど上回っている。あらためて両紙の記者の説明に納得した。
（以下省略）
この説明では、回答拒否層を右派・左派と分け思想上の問題としてとらえているが、テレビや新聞と回答拒否層とのトラブルはそれだけではない。朝日＝左派、読売＝右派という分類のしかたも大雑把すぎる。新聞、テレビと聞いただけで電話を切る人もいるだろう。
異なる調査の数値を比較しても無意味だと思うが、ここで興味深いのは、調査主体名を聞いただけで回答を拒否する層がそれぞれ約５％と数値で示されていることだ。誤差があるとしても無視できない割合であることは間違いない。
06年10月の時点でもこれだけの回答拒否層がいたとすれば、当節は新聞・テレビの調査に対する回答拒否がもっと増えているだろう。インターネットの普及によって世論調査結果がどのように使われているか、明瞭だからだ。
２ 世論調査の使われ方
世論調査の使い方を決定するのはもちろん調査主体の側である。期待権の問題があったが、取材結果がどう使われるかわからない。回答者は調査主体とその目的を吟味する必要がある。そこで、いくつかの調査と記事を見てみる。（記事見出しには見やすいように■が付けてある。）
２の１ 新聞協会調査
■「新聞読む」９１．３％、週平均５．２日 新聞協会調査（asahi.com 2010年6月8日）
日本新聞協会（http://www.pressnet.or.jp/adarc）は７日、「２００９年全国メディア接触・評価調査」の結果を発表した。
調査は０９年１０〜１１月、全国６千人に聞き、有効回答率は６１．４％だった。このうち、９１．３％が「新聞を読む」と答え、１週間の平均接触日数は５．２日だった。いずれも０７年の前回調査から大きな変化はなかった。
新聞は「地域や地元の事がよく分かる」は５２．６％、「情報源として欠かせない」は５０．２％だった。同協会は「新聞離れが指摘されるなか、新聞が以前と変わらず、日常生活に欠かせないメディアであることが確認された」と話す。（asahi同記事）
この記事に対してはもちろん批判がネット上でされている。
■「新聞離れ」ウソだった？ 「読む91％」に違和感の声も（J- CAST 2010年6月8日）
新聞を読んでいる人は91.3％――そんな調査結果の報道に対し、「そんなにたくさんいるのかな」との素朴な疑問の声も挙がっている。読者の「新聞離れ」が指摘されているが、それは虚像で実は新聞は「安泰」なのだろうか。
2010年6月8日の全国紙朝刊各紙に、日本新聞協会が7日に発表した「全国メディア接触・評価調査」の記事が載った。見出し（東京最終版）を見ると、「『新聞読んでいる』91.3％ 協会調査」（読売）、「『新聞を読む』91.3％」（朝日）などと報じている。（J- CAST同記事）
当然のことながら、「ネット普及で新聞とってない家庭も多いはず」（J- CAST同記事）という疑問も載せているし、「日常生活に欠かせない基幹メディア」（J- CAST同記事）のところでは次のように書いてある。
また、NHKが5年に1度行う「国民生活時間調査」（2005年）では、新聞を読む「行為者」（15分以上）は、平日で44％、日曜で43％だった。以前の調査との比較（平日）の分析では、「この10年間で男30〜50代での落ち込みが大きいことがわかる」「10年前にすでに行為者率が低かった男20代が、30代になっても読者が増えなかった」「10年前の男30・40代（05年の男40・50代）で、この10年で新聞を読まなくなった人が大幅に増えたことが読み取れる」などと指摘している。
質問項目が違うので単純比較はできないが、同NHK調査など「新聞離れ」を示す調査の印象が残っているため、今回の協会調査の「91.3％が新聞を読んでいる」に違和感を持った人もいたようだ。
読売、朝日、日経新聞の共同サイト「新sあらたにす」で「新聞案内人」も務める評論家の歌田明弘さんは「細かい内実を問題にしないと『91％が読んでいる』は意味がない」と指摘する。調査結果では、朝刊（平日）の1日あたりの「接触時間」は平均24.8分で、20分未満は47.4％と半数近くなる。
「10分未満も22.3％もおり、テレビの番組欄や天気予報だけ見た、という人も中には含まれているかもしれない。だとしたら『新聞を読んだ』という程のことだろうか」
また、元毎日新聞外信部長でジャーナリストの河内孝さんは、新聞協会が公表している部数で09年は08年より約100万部減ったことや、「1 世帯あたり部数」が08年に「1」を割り込んだ数字の方が重要だ、と話す。「新聞への信頼感の高さに力点を置くなら分かるが、『91％が新聞読んでる』の報道が並んだのは違和感がある」とも付け加えた。
新聞協会では、「伝統的な調査手法の結果、新聞は安定して高い接触を誇り、日常生活に欠かせない基幹メディアであることが改めて確認された」「過去4回（01年〜）との時系列比較でも、安定的に推移していた」としている。（J- CAST同記事）
「2009 年全国メディア接触・評価調査」（今回が５回目）を細かく見てみた。
全国の15 歳以上69 歳以下の男女に対し、住民基本台帳からの層化2 段無作為抽出により「訪問留め置き法」で実施し、標本サイズ（6,000）のうち有効回収数（率）は3,683（61.4％）となっている。
どうしても自分と同じ居住環境の人がどのくらい回答しているかが気になってしまう。自分だったらこんなことまで答えたくない。回答を見てもそのとおりだった。
【現在のすまい】から抜き出すと、
・賃貸ワンルーム・マンションアパート（１ＤＫ、１Ｋ） 2.3％
・間借り・下宿 0.2％
・その他の賃貸 1.1％
・無回答 0.2％
つまり回答者のほとんどが持家一戸建て（76.3％）というわけだった。
２の２ 日本人とテレビ 2010 （NHK放送文化研究所）
次の調査もおもしろい。「NHK調べ」で「『NHKは必要』85％」というのが意味ありげだ。
■「NHKは必要」85％ 不祥事の05年から回復 NHK調べ（J-CAST 2010年6月17日）
NHK放送文化研究所は2010年6月16日、テレビの視聴行動についての調査結果「日本人とテレビ 2010」を発表した。NHKと民放の必要性について聞いた項目では、NHKを「ぜひ必要だと思う」または「まあ必要だと思う」と回答した人の割合は 85％にのぼり、製作費着服などの不祥事が相次いだ05年調査に比べて6ポイント上昇した。一方、民放について「必要だと思う」と回答した人の割合は 86％だった。（J-CAST同記事）
この調査（「日本人とテレビ 2010」）は住民基本台帳をもとにして行われている。
そして、４「メディア環境」（＝家庭内でのメディア所有機器）の項目には「ワンセグ」という選択肢はない。
また、８「欠かせないメディア」の項目には、「○ 男女年層別にみると、男16〜29歳では、『インターネット』（注：「メールは除く」とある）が『テレビ』と同じ35％で最も欠かせないメディアになっている。」とある。
ならば、テレビのない世帯があってもおかしくないはずだ。もっとも、ワンセグもテレビに含まれるという解釈らしいのだが。このへんの事情は、携帯を所持していない身ではよくわからない。
そういえば、 ■「『テレビがないと困る』半数 １６〜２４歳調査」（asahi.com 2009年10月13日）（松田史朗記者）という記事もあった。
「ＮＨＫと民放でつくる放送倫理・番組向上機構（ＢＰＯ）の青少年委員会は、１６〜２４歳の若者とテレビに関する調査の結果を９日に発表した。アンケートに『テレビがないと困る』と答えた人は４９．５％にとどまった。「大切だと思うメディア」では、テレビは携帯電話、パソコンに次いで３位だった。」（以下省略）（asahi同記事）
２の３ 読売世論調査（参院選継続全国世論調査）
読売新聞は社説で消費税の引き上げを主張している。
■消費税公約 引き上げを国民に堂々訴えよ（読売社説 2010年6月20日）
だから、世論調査記事もその流れにそったものとなる。
■消費税引き上げ「必要」６６％…読売世論調査（2010年6月14日 読売新聞）
読売新聞社が１２〜１３日に実施した参院選第１回継続全国世論調査で、財政再建や社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思う人は６６％で、「そうは思わない」２９％を大きく上回った。（以下省略）
ところが、朝日に限らずおおかたの新聞でそうなのだが、
■内閣支持下落５０％、消費税発言響く 朝日新聞世論調査（asahi.com 2010年6月20日）
となっている。「消費増税に反対の人たちの離反を招いている」（asahi同記事）ということらしい。
もともと、法人税減税とセットにした消費税増税は財界の要望である。
■消費税議論「方向性明言を」 経団連会長、首相に注文（asahi.com 2010年6月9日）
これは財政健全化のためだという。注文どおりに事が進みつつあった。しかしその実態は、
■「消費税上げで還付、対象範囲が焦点の一つに」（2010年7月3日 読売新聞）
「厚生労働省の国民生活基礎調査（２００９年）によると、年収４００万円未満の世帯は全体のほぼ半数の４６・６％に上る。」（読売同記事）
というものであり、
■消費税１０％で年１６万５千円の負担増 民間研究所試算（asahi.com 2010年5月17日）
「４人家族の平均世帯で年間１６万５千円程度の負担増になる、との試算をまとめた。消費税として支払う総額は年間３４万６千円に達する見通し」（asahi同記事）
ということになるらしい。
おもしろいことに産経はさらに詳しく年収別負担の表を載せている。
■消費税増税でどうなる モデル世帯で１６・５万円の負担増（産経ニュース 2010年5月13日）
ところで、「■消費税引き上げ「必要」６６％…読売世論調査（2010年6月14日 読売新聞）」という見出しについてなのだが、この継続世論調査を見てみると、
Ｑ 財政再建や、社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。
という問いが継続されている。（第２回だけ問いの形式が異なっている）
これは、「財政再建や、社会保障制度を維持するために、増税が必要だ」という一般論についての質問と同じで、財政再建や社会保障制度に詳しい人なら別だが、また、「増税＝消費税」という議論が解消されれば別だが、それぞれの回答の数値にそれほど変化が出るはずはない。そこで確認してみた。
・「参院選 第４回継続全国世論調査」（調査日：2010年7月2〜4日）
答 1.必要だ 65 2.そうは思わない 30 3.答えない 5
・「参院選」第３回継続全国世論調査（調査日：2010年6月25〜27日）
答 1.必要だ 64 2.そうは思わない 33 3.答えない 3
・「参院選」第１回継続全国世論調査（調査日：2010年6月12〜13日）
答 1.必要だ 66 2.そうは思わない 29 3.答えない 5
当初の無駄をなくすが増税にすり替わっていたということになる。
そこでもう一つ、ためしに設問Ｑを「消費税率」ではなく「法人税率」や「所得税・住民税（最高税率）」に関するものにかえて、
・「国際競争力を強化するために、法人税率の引き下げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。」
としたら、どう答えるだろう。「必要だ」に、かなりの数値が出ると思う。
ところが、
■「選択の手引：’１０参院選 成長戦略 法人減税の大合唱 応分負担、視点欠ける」（毎日新聞 2010年7月3日 東京朝刊）では、
「ただ、実効税率と実際の税負担との間には大きな開きがある。研究開発費の一部を控除する「試験研究費税額控除」や、国境をまたいで活動する企業が他国に支払った税額を控除する「外国税額控除」などの減税制度があるためだ。
税理士の菅隆徳氏（第一経理グループ）が０７年３月期の税率を調べたところ、実際の税率はトヨタ３０・５％、ホンダ３２・１％、三菱商事２０・１％、三井物産１１・４％だった。自動車メーカーは試験研究費が控除され、商社では外国税額控除が実際の税率を軽くしていた。
企業が法人税と同時に負担する社員の社会保険料を加えると、企業負担の姿はさらに変わる。財務省がまとめた企業の利益に対する法人税と社会保険料の負担の国際比較（０６年３月）では、自動車製造業で日本は３０・４％。英国の２０・７％より高いが、フランス４１・６％、ドイツ３６・９％を大きく下回った。社会保障の手厚い欧州の一部と比べれば、まだまだ『身軽』という日本企業の財務構造も浮かび上がる。」（毎日同記事）
という指摘が表れた。東京新聞でも同様の指摘がある。
■「租特見直し焦点に 法人税率引き下げで注目」（東京新聞 2010年7月8日 朝刊）（白石亘記者）
法人税率の引き下げをめぐり、租税特別措置（租特）の見直しがクローズアップされている。約４０％の法人税率は先進国で最高水準だが、租特で税が軽減されている企業も多いためだ。また税と社会保険料を合計した負担割合で見ると、先進国で最高とは言えず、企業の負担全般をめぐる幅広い議論が欠かせない。
「課税ベースが今、かなり狭くなっているので、それをちゃんと広げた上で、やりましょうということ」。菅直人首相は六日のテレビ番組で、法人税引き下げの条件として租特の見直しを強調した。
租特は、特定の政策目的のため増減税を行う特例措置。減税が多く、国の補助金と同じ効果があり、米国では「租税支出」の扱いだ。租特により軽減税率を適用したり、税額を控除すれば、実質的な法人税率は低くなる。
大企業が多く利用するのが、試験研究費の８〜１０％に当たる額を法人税から税額控除できる「研究開発税制」だ。税の軽減効果は法人税率ベースで二〇〇九年三月期に、ある医薬品メーカーで１３ポイント、別の輸送用機器メーカーは９ポイントに達した。
租特は法人税に関係する項目だけで八十七あり、減収額は一〇年度に六千五百億円と見込まれる。昨年の税制改正でも租特の見直しが行われたが、対象の八十二件中、廃止は十二件にとどまった。租特は特定業界の既得権化しやすく、見直しに抵抗が強いことが背景にある。
菅首相は六日、一一年度にも法人税を引き下げる可能性に言及したが、仮に５％の引き下げなら、最低でも一兆円の財源が必要。年末にかけて税制改正で租特にどこまで切り込めるかがカギとなる。
企業の公的負担を考える際には、税だけでなく、社会保険料も見逃せない要素だ。法人税収と社会保険料の事業主負担を合計し、国民所得に占める割合（〇七年）を比べると、日本が１２・９％なのに対し、スウェーデンは１８・２％、フランスは１８・８％に達する。企業の実質的な負担を考慮し、どの水準なら適正なのか、議論する必要がありそうだ。（東京同記事）
最後に仮定の設問をもう一つやってみる。
・「財政再建や、社会保障制度を維持するために所得税・住民税（最高税率）の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。」
と質問したら、どういう答えが多くなるだろうか。「財政再建や、社会保障制度を維持するために」という正当性をもった概念に続ければ、「やむをえない」と考える人が多くなるはずだ。
ちなみに、所得税・住民税の最高税率の変遷を知っている人は少ないという。なぜか。
「学者のウソ」（掛谷英紀著）（2007年2月26日発行）に次のように書いてあった。
「しかし、問題はその後のマスコミ報道である。1999年、直接税の最高税率が引き下げになったことを知っている読者はどのくらいおいでだろうか。それまで、所得税50％・住民税15％で合わせて65％であった直接税の最高税率が、所得税37％・住民税13％と、合わせて50％にまで大幅に引き下げられた。大学で学生に質問してみた限りでは、このことを知っているのは20〜30人に1人といった程度である。それも無理はない。マスコミはほとんどこれを報じなかったのである。」（同書）
※所得税
平成21年4月1日現在 1,800万円超＝税率40％ 控除額＝2,796,000円
平成11年分から平成18年分まで 1,800万円超＝税率37％ 控除額＝2,490,000円
※住民税
700万円超〜 都道府県民税＝3％（控除額 70,000円）＋市区町村民税＝10％（控除額 240,000円） 合計＝13％
平成19年6月分から 一律に都道府県民税４％、市区町村民税６％の合計10％。
（国税庁HPによる）
２の４ 税金に関しての蛇足
■「１億円経営者」２８０人に 上位は外国人や創業者（竹中和正、本田靖明、内山修 各記者 asahi.com 2010 年7月1日）
「国内上場企業で１億円以上の役員報酬を受け取った経営者」（asahi同記事）なのだが、この中には業種でいうと電機の３４人も含まれている。
こういう収入格差を東京新聞が指摘している。
■「税金で『支援』の陰で… １億円超え役員 続々」（東京新聞 2010年7月1日）（秦淳哉、鈴木伸幸記者）
（まえがき省略）
最も世間をあきれさせたのが新生銀行（東京都千代田区）だろう。外国人役員四人の報酬が一億円を上回り、合計四億八千八百万円に達した。
同行は、今年三月期連結決算で純損益が約千四百億円の赤字を計上。国から計四千百六十六億円の公的資金を受け、「税金」で救済された同行が今年三月までに返済したのは千六百六十六億円。資本増強分の残り二千五百億円は返済のめどさえ立っていない。
外国人役員の高額報酬をどうみるか。同行の広報担当者は「報酬額はルールに従って適切に開示した。なお、四人の役員は六月二十三日付で退任した」と語るが、国への巨額返済を残したまま高額報酬を払った是非には言及しなかった。
新生銀行を監督する金融庁は「公的資金注入行の役員報酬平均値などは報告を受けている。しかし、個別の役員報酬は各銀行の判断であり、金融庁の了解を必要としない」という。
（一段省略）
一方、国が自動車や電機など主力製造業を優遇したエコポイント制度とエコカー補助金、同減税。両製造業のトップは驚くほどの報酬だ。ソニー（東京都港区）のハワード・ストリンガー会長兼社長は八億千四百五十万円。日産自動車（横浜市）のカルロス・ゴーン社長も八億九千万円。
エコポイント制度は、一定の省エネ性能を満たしたエアコン、冷蔵庫、地上デジタル放送対応テレビを購入すれば、ポイントに応じて商品券などと交換できる。予算総額は約五千二百六十七億円。今年五月末時点で個人だけで約千五百二十六万件の申請があった。
エコカー補助金も、補助金総額は約六千三百億円。国が定めた燃費や排ガス基準を満たした自動車を対象に、普通車で最大二十五万円を補助する。六月二十三日時点で、約二百八十六万台分の交付が決まっている。
（中略）
「エコポイント制度などで、家電や自動車業界は税金をもらってバーゲンをしているようなもの」と指摘するのはジャーナリストの堤和馬氏。「役員が経営手腕を発揮して利益を出したのならともかく全くそうではない。まずその認識が必要だ。高額報酬をごく当たり前にもらう神経が分からない」と首をかしげる。（東京新聞 2010年7月1日）
あの竹中平蔵さんはかねて法人税４０％は高すぎると主張していた。ならば毎日新聞が指摘した「実際の税負担」も東京新聞の「租税特別措置（租特）の見直し」も学者として調査したうえでの主張だと思う。知らないで主張したとなれば学者としては疑問符がつく。
お仲間の高橋洋一さんは、「さらば財務省！」（高橋洋一著 2008年3月18日発行）のなかで、
「私のなかにある竹中像は、宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』に出てくる妖怪・『カオナシ』である。カオナシは周りにあるものをすべて吸い込む。竹中さんも類希（たぐいまれ）なる吸収力の持ち主だ。
彼の最大の強みは、この吸収力と理解力で、人から役立つ話や理論を聞けば、すべて取り込み、しかも、たちまち消化して自分の言葉にして喋る。
（中略）
竹中さんを評して、学者政治家だ、机上の理論で政治をしてもらっては困るという批判があったが、私はむしろ、逆の見方をしている。もともと政治家としての資質が備わっていた人がたまたま学者をやっていたに過ぎないと理解している。」（同書）
と褒めている。
また、所得税に関しては、「政権交代バブル」（竹中平蔵著2009年11月11日発行）の中で、
「所得税の課税最低限も、日本では非常に高く、給与所得者の約4分の1は所得税を払っていない状況です。しかし、税金は本来、みんなで負担する『人頭税』的なかたちが望ましいと私は考えています。」（同書）
と言い、
「竹中平蔵、中国で日本経済を語る」（竹中平蔵著 2008年発行）の中では、「『お金持ちから多く取る税制』は国をダメにする」という章で次のように書いている。
「実は日本のサラリーマンの四分の一は、一円も所得税を払っていません。
税金が高いと文句を言っているのは、社会保険料と所得税を混同しているからにすぎません。日本の税制では『所得が低い人は所得税を払わなくてよい』となっているのです。」（同書）
「後の書の注」：「人頭税＝国民一人につき一定額の税金を課す税制度。所得のない人にも課されるため逆進性がきわめて高い。一方、他の税金を全廃し、税収を社会保障に手厚く還元するという考え方もある。」
こうみてくると、税金に関してモラルもへったくれもない。となれば、徹頭徹尾自分に有利な税制を支持するのが筋となる。
２の５ 「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査の結果」（平成２２年５月２７日）
珍しく地デジの批判記事が出た。
■「地デジ催促へ黒帯作戦」（鈴木伸幸、篠ケ瀬祐司記者）（東京新聞 2010年7月3日）
「アナログ放送の完全地デジ移行まで約一年。NHKと民放各局は五日から、ほぼすべてのアナログ放送の番組を画面の上下に黒い帯が入る「レターボックス」化し、アナログ停波の告知文を流す。
（中略）
（ジャーナリストの）坂本氏は「来年七月の『地デジへの完全移行』まではいままで通りにアナログ放送するのが筋。なりふり構わずに地デジ対応をせき立てるのは、このままでは数百万規模の世帯でテレビを見られなくなる恐れが強く、当局が危機感を感じているからだ」と指摘する。
総務省は五月末、「地デジテレビ対応受信機の世帯普及率は83・3％で、当初の普及目標を2・2％上回った」と発表した。しかし、この数字は調査方法をみると、うのみにはできない。
「男女十五歳以上八十歳未満の個人対象」の郵送調査なのだが、返送する作業に未購入者は非協力的になる傾向が強い。しかも、高齢者世帯はこの種の調査では未回答となりがちで、数値が偏る危険性が高いからだ。
さらに、地デジの難視聴地域での暫定対策としてBS経由の放送が予定されているが、この方式ではBSには携わっていないローカル局の放送は見られなくなるという難問が残されている。
前出の坂本氏はこう繰り返す。「地デジ移行を強行すれば、�狠魯妊呼駝鵜瓩糧�生に加え、NHKには受信料収入、民放には広告収入の大幅減となる。少なくとも、アナログ放送の停止は二〜三年は先送りすべきだ」（東京同記事）
だが、「この数字は調査方法をみると、うのみにはできない。」（東京同記事）と言っても、おかしいと思うか、そんなものかと感ずるか、いずれにしても調査し発表した側が情報を保持しているのだ。せいぜいこの調査結果に適合しない記事を挙げるくらいしかできない。
■地上波離れ？ 衛星など『その他』視聴率上昇（東京新聞 2010年6月10日 朝刊）（近藤晶記者）
テレビの視聴率調査で、地上波のＮＨＫと民放キー局以外を見た「その他の局」の視聴率が上昇している。中高年層からは「地上波には大人が見たいと思える番組が少ない」という嘆きも聞くが、視聴者の「地上波離れ」が数字として表れ始めたのか？
「視聴率の『その他』の区分が、ここ二、三年、じりじりと（ＢＳやＣＳなどの）視聴可能世帯の増加に伴って上がってきている。地上波のソフト力低下が原因だとすると問題なので、検証していきたい」
テレビ朝日の早河洋社長は先月下旬の定例会見で、「気になったこと」として「その他」視聴の拡大に警戒感を示した。
ビデオリサーチの視聴率調査では、ＢＳ、ＣＳ、ケーブルテレビ、県域ＵＨＦ局、放送大学を「その他の局」という項目で合算して集計している。つまり、地上波のＮＨＫと民放キー局五局以外を合わせた視聴率だ。
先の会見で挙げられたのは、五月十七〜二十三日の「その他」視聴率週平均。ゴールデンタイム（Ｇ帯＝午後７時〜同１０時）が７・４％、プライムタイム（Ｐ帯＝同７時〜同１１時）が７・１％、全日（午前６時〜深夜０時）が４・３％だった。「その週は過去最高で、五年前と比べると約一・五倍。『その他』視聴率が上昇しているのは間違いない」（放送関係者）という。
背景には、来年七月の完全デジタル化に伴い、地デジ、ＢＳ、一一〇度ＣＳのすべてが見られるデジタルテレビや録画機など三波共用機の普及がある。ＢＳデジタル放送受信機の普及台数は約七千四百八十六万台（ＮＨＫ推定値、５月末現在）。民放キー局系ＢＳ五局の調査では、今年二月時点の世帯普及率は約５２％と半数を超えている。衛星テレビ広告協議会によると、ＣＳ加入者も昨年度末、千八十五万件、普及率は２１・８％に達した。
「一つの要因は、地上波でプロ野球中継が少なくなり、ＢＳやＣＳで放送するようになったこと」とテレ朝の早河社長。日本テレビの細川知正（のりただ）社長も「おそらくかなり多くの方が、野球のナイター中継をＢＳで見ているのではないか。『その他』視聴はＢＳの普及が大きいと思う」と指摘する。
プロ野球は、ＣＳのスカパー！が全試合を中継。ＢＳでも昨年から大幅に放送が増えた。日テレの舛方勝宏専務は「巨人戦中継の視聴率で、『その他』が地上波を上回るときもあり、半分以上はＢＳ視聴の影響があるのではないか。逆に言うと、プロ野球はＢＳという、ある意味のブランドが定着したように感じている」と話す。実際、今年四月の巨人戦中継は、地上波の平均世帯視聴率が９・７％（１４試合）で、昨年同月の１２・２％（１０試合）を大きく下回っている。
民放キー局系ＢＳ局は二〇〇〇年の開局以来、長らく赤字に苦しんできたが、〇七年度決算で全局が単年度黒字化し、番組の幅も広がってきた。「ＢＳが見やすくなり、そこに有力なコンテンツがつき始めた。相当競争力を持つメディアとして定着し始めているのでは」とテレビ東京の島田昌幸社長。
今年四月の「ＢＳパワー調査」では、Ｇ帯、Ｐ帯、ＢＳプライム帯（午後７時〜深夜０時）、全日のすべての時間帯で、調査開始以来過去最高の接触率を記録した。ＢＳ朝日の上田直人編成制作部長は「各局の番組強化が底上げになり、それがプロ野球の開幕時期と重なった。プロ野球はＢＳでは他のコンテンツに比べ、反応がよく出るが、地上波の視聴率を侵食しているとは限らない」とみる。
多チャンネルのＣＳも接触率が右肩上がりで伸びている。フジテレビの豊田皓社長は「視聴者の多様化が進んでいるのではないか。例えば、ＣＳの時代劇専門チャンネルは経営状態もよく、支持を受けている」と分析。「経営が要求しているものと、視聴者が要求しているものがズレてはいけないが、スポンサー筋はやはり購買力のあるターゲットに向けた番組がほしい。（地上波、ＢＳ、ＣＳの）三波体制でやっているので、いろいろな場面で視聴者に応えていきたい」としている。（※視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区）（東京同記事）
■地デジチューナー無料配布、締め切り延長 総務省（asahi.com 2010 年7月1日）
総務省は３０日、生活保護を受けている世帯などを対象に、地上波デジタル放送用の簡易チューナーを無料配布する事業の締め切り日をこれまでの７月２日から１２月２８日に延長すると発表した。全国２７０万世帯が対象とみられるが、まだ８５万世帯しか申請していないという。
今使っているアナログ放送用のテレビでも、地デジが見られるようにチューナーやアンテナを設置する。工事費用も含めて無料。地デジの完全移行は来年７月２４日。残り１年余りだが、地デジ対応にしていない世帯も少なくないとみて、期限を延長する。（asahi同記事）
こういう記事をみると、地デジ（地上波）どころではないという人もいるらしい。
「３−１ 地上デジタルテレビ放送対応受信機の世帯普及率−概要」をみると、今回の調査（平成22年３月調査）では、地上デジタル放送対応受信機の世帯普及率（チューナー内蔵テレビ、チューナー内蔵録画機、外付けチューナー、チューナー内蔵パソコン、ケーブルテレビ用セットトップボックスのいずれかを保有している世帯の割合）が、
・調査結果（2010年3月）＝83.8％〔4,190万世帯相当〕
・普及実績（2010年3月）＝7,374万台（2010年3月末、社団法人電子情報技術産業協会、社団法人日本ケーブルラボ調べ。）
となっている。
その中で、「地上アナログテレビ放送停波までの対応予定がないとの回答者」が（全体の０.６％）しかない。対応予定がない理由としては、
・これを機会にテレビは見ない
・インターネットがあれば十分
・携帯電話(ワンセグ)などで見られれば十分
・その他
・無回答
が挙げられている。こんなに少ないものなのか、というのが実感だ。だが、この層（０.６％）が回答拒否層に近いだろう。
日本民間放送連盟会長の広瀬道貞氏は、タイム（番組広告）からのスポンサー離れが進んでいるにもかかわらず、一人当たりのテレビの視聴時間が減っていないこと、視聴率が微減であることを根拠にして「テレビの価値は落ちていない」（「テレビの価値は落ちていない」週刊東洋経済2010年2月20日号）と結論づけている。
だが、氏家齊一郎氏は、「構造として広告量は減る」（週刊東洋経済2010年2月20日号）と書いている。
民放が映像メディアをすべて支配しているとでもいうのか。地上波はすでに映像メディアの一部でしかない。
地上波にしてみればザッピングの恐怖だろう。リモコンには対等にボタンが割り振られているらしい。ネット上の番組表ではすでに地上波・BS・CSが対等に表示されているが、ザッピングにおいてももはや地上波は特別視されない。純粋に番組内容の勝負だ。これまで税金などで優遇され、せっかく整備した地上波なのに。
１ 世論調査回答拒否の思想
２ 世論調査の使われ方
２の１ 新聞協会調査
２の２ 日本人とテレビ 2010 （NHK放送文化研究所）
２の３ 読売世論調査（参院選継続全国世論調査）
２の４ 税金に関しての蛇足
２の５ 地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査の結果（平成２２年５月２７日）
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１ 世論調査回答拒否の思想
「崩壊自民の裏のウラ」（田原総一朗著）に「安倍内閣支持率が下がる理由」（2007年2月9日付）という章がある。
朝日新聞の世論調査（電話）によると、政権発足直後の2006年10月に63％だった安倍内閣の支持率は、12月が47％、07年1月が39％で、じりじりと下がり続けている。読売新聞の数字はいつも朝日新聞より10ポイント前後高いから、両者の中間を取るのが正解。そして、低下傾向はどちらも変わらない。
（中略）
調査結果に差が出るのは当然だとしても、差があまりにも大きい。朝日の読者は「安倍内閣は深刻な危機にある」と思うだろうが、読売の読者は、50％をわずかに切っただけで「安定の範囲内」と思うはずだ。
両紙のベテラン記者に大きな差について問うたところ、明快な答えが返ってきた。
朝日の場合、「安倍内閣について支持か不支持かお聞きしたい」と問うと、朝日新聞と聞いただけで�牘η畢瓩量�5％の層が電話を切ってしまうという。同じように、読売と聞いただけで、�犧固畢瓩量�5％の層が答えるのを拒否するというのだ。
朝日の調査に応じない約5％の層は「安倍内閣支持者」、読売の調査に応じない約5％の層は「安倍内閣不支持者」である。両紙の調査結果に約10ポイントもの差が生じるのは、むしろ当然だということになる。
そういえば安倍内閣発足の直後、06年10月時点の調査では、朝日の支持率63％に対して、読売は70％だった。当初から一貫して、読売の調査結果は朝日を10ポイントほど上回っている。あらためて両紙の記者の説明に納得した。
（以下省略）
この説明では、回答拒否層を右派・左派と分け思想上の問題としてとらえているが、テレビや新聞と回答拒否層とのトラブルはそれだけではない。朝日＝左派、読売＝右派という分類のしかたも大雑把すぎる。新聞、テレビと聞いただけで電話を切る人もいるだろう。
異なる調査の数値を比較しても無意味だと思うが、ここで興味深いのは、調査主体名を聞いただけで回答を拒否する層がそれぞれ約５％と数値で示されていることだ。誤差があるとしても無視できない割合であることは間違いない。
06年10月の時点でもこれだけの回答拒否層がいたとすれば、当節は新聞・テレビの調査に対する回答拒否がもっと増えているだろう。インターネットの普及によって世論調査結果がどのように使われているか、明瞭だからだ。
２ 世論調査の使われ方
世論調査の使い方を決定するのはもちろん調査主体の側である。期待権の問題があったが、取材結果がどう使われるかわからない。回答者は調査主体とその目的を吟味する必要がある。そこで、いくつかの調査と記事を見てみる。（記事見出しには見やすいように■が付けてある。）
２の１ 新聞協会調査
■「新聞読む」９１．３％、週平均５．２日 新聞協会調査（asahi.com 2010年6月8日）
日本新聞協会（http://www.pressnet.or.jp/adarc）は７日、「２００９年全国メディア接触・評価調査」の結果を発表した。
調査は０９年１０〜１１月、全国６千人に聞き、有効回答率は６１．４％だった。このうち、９１．３％が「新聞を読む」と答え、１週間の平均接触日数は５．２日だった。いずれも０７年の前回調査から大きな変化はなかった。
新聞は「地域や地元の事がよく分かる」は５２．６％、「情報源として欠かせない」は５０．２％だった。同協会は「新聞離れが指摘されるなか、新聞が以前と変わらず、日常生活に欠かせないメディアであることが確認された」と話す。（asahi同記事）
この記事に対してはもちろん批判がネット上でされている。
■「新聞離れ」ウソだった？ 「読む91％」に違和感の声も（J- CAST 2010年6月8日）
新聞を読んでいる人は91.3％――そんな調査結果の報道に対し、「そんなにたくさんいるのかな」との素朴な疑問の声も挙がっている。読者の「新聞離れ」が指摘されているが、それは虚像で実は新聞は「安泰」なのだろうか。
2010年6月8日の全国紙朝刊各紙に、日本新聞協会が7日に発表した「全国メディア接触・評価調査」の記事が載った。見出し（東京最終版）を見ると、「『新聞読んでいる』91.3％ 協会調査」（読売）、「『新聞を読む』91.3％」（朝日）などと報じている。（J- CAST同記事）
当然のことながら、「ネット普及で新聞とってない家庭も多いはず」（J- CAST同記事）という疑問も載せているし、「日常生活に欠かせない基幹メディア」（J- CAST同記事）のところでは次のように書いてある。
また、NHKが5年に1度行う「国民生活時間調査」（2005年）では、新聞を読む「行為者」（15分以上）は、平日で44％、日曜で43％だった。以前の調査との比較（平日）の分析では、「この10年間で男30〜50代での落ち込みが大きいことがわかる」「10年前にすでに行為者率が低かった男20代が、30代になっても読者が増えなかった」「10年前の男30・40代（05年の男40・50代）で、この10年で新聞を読まなくなった人が大幅に増えたことが読み取れる」などと指摘している。
質問項目が違うので単純比較はできないが、同NHK調査など「新聞離れ」を示す調査の印象が残っているため、今回の協会調査の「91.3％が新聞を読んでいる」に違和感を持った人もいたようだ。
読売、朝日、日経新聞の共同サイト「新sあらたにす」で「新聞案内人」も務める評論家の歌田明弘さんは「細かい内実を問題にしないと『91％が読んでいる』は意味がない」と指摘する。調査結果では、朝刊（平日）の1日あたりの「接触時間」は平均24.8分で、20分未満は47.4％と半数近くなる。
「10分未満も22.3％もおり、テレビの番組欄や天気予報だけ見た、という人も中には含まれているかもしれない。だとしたら『新聞を読んだ』という程のことだろうか」
また、元毎日新聞外信部長でジャーナリストの河内孝さんは、新聞協会が公表している部数で09年は08年より約100万部減ったことや、「1 世帯あたり部数」が08年に「1」を割り込んだ数字の方が重要だ、と話す。「新聞への信頼感の高さに力点を置くなら分かるが、『91％が新聞読んでる』の報道が並んだのは違和感がある」とも付け加えた。
新聞協会では、「伝統的な調査手法の結果、新聞は安定して高い接触を誇り、日常生活に欠かせない基幹メディアであることが改めて確認された」「過去4回（01年〜）との時系列比較でも、安定的に推移していた」としている。（J- CAST同記事）
「2009 年全国メディア接触・評価調査」（今回が５回目）を細かく見てみた。
全国の15 歳以上69 歳以下の男女に対し、住民基本台帳からの層化2 段無作為抽出により「訪問留め置き法」で実施し、標本サイズ（6,000）のうち有効回収数（率）は3,683（61.4％）となっている。
どうしても自分と同じ居住環境の人がどのくらい回答しているかが気になってしまう。自分だったらこんなことまで答えたくない。回答を見てもそのとおりだった。
【現在のすまい】から抜き出すと、
・賃貸ワンルーム・マンションアパート（１ＤＫ、１Ｋ） 2.3％
・間借り・下宿 0.2％
・その他の賃貸 1.1％
・無回答 0.2％
つまり回答者のほとんどが持家一戸建て（76.3％）というわけだった。
２の２ 日本人とテレビ 2010 （NHK放送文化研究所）
次の調査もおもしろい。「NHK調べ」で「『NHKは必要』85％」というのが意味ありげだ。
■「NHKは必要」85％ 不祥事の05年から回復 NHK調べ（J-CAST 2010年6月17日）
NHK放送文化研究所は2010年6月16日、テレビの視聴行動についての調査結果「日本人とテレビ 2010」を発表した。NHKと民放の必要性について聞いた項目では、NHKを「ぜひ必要だと思う」または「まあ必要だと思う」と回答した人の割合は 85％にのぼり、製作費着服などの不祥事が相次いだ05年調査に比べて6ポイント上昇した。一方、民放について「必要だと思う」と回答した人の割合は 86％だった。（J-CAST同記事）
この調査（「日本人とテレビ 2010」）は住民基本台帳をもとにして行われている。
そして、４「メディア環境」（＝家庭内でのメディア所有機器）の項目には「ワンセグ」という選択肢はない。
また、８「欠かせないメディア」の項目には、「○ 男女年層別にみると、男16〜29歳では、『インターネット』（注：「メールは除く」とある）が『テレビ』と同じ35％で最も欠かせないメディアになっている。」とある。
ならば、テレビのない世帯があってもおかしくないはずだ。もっとも、ワンセグもテレビに含まれるという解釈らしいのだが。このへんの事情は、携帯を所持していない身ではよくわからない。
そういえば、 ■「『テレビがないと困る』半数 １６〜２４歳調査」（asahi.com 2009年10月13日）（松田史朗記者）という記事もあった。
「ＮＨＫと民放でつくる放送倫理・番組向上機構（ＢＰＯ）の青少年委員会は、１６〜２４歳の若者とテレビに関する調査の結果を９日に発表した。アンケートに『テレビがないと困る』と答えた人は４９．５％にとどまった。「大切だと思うメディア」では、テレビは携帯電話、パソコンに次いで３位だった。」（以下省略）（asahi同記事）
２の３ 読売世論調査（参院選継続全国世論調査）
読売新聞は社説で消費税の引き上げを主張している。
■消費税公約 引き上げを国民に堂々訴えよ（読売社説 2010年6月20日）
だから、世論調査記事もその流れにそったものとなる。
■消費税引き上げ「必要」６６％…読売世論調査（2010年6月14日 読売新聞）
読売新聞社が１２〜１３日に実施した参院選第１回継続全国世論調査で、財政再建や社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思う人は６６％で、「そうは思わない」２９％を大きく上回った。（以下省略）
ところが、朝日に限らずおおかたの新聞でそうなのだが、
■内閣支持下落５０％、消費税発言響く 朝日新聞世論調査（asahi.com 2010年6月20日）
となっている。「消費増税に反対の人たちの離反を招いている」（asahi同記事）ということらしい。
もともと、法人税減税とセットにした消費税増税は財界の要望である。
■消費税議論「方向性明言を」 経団連会長、首相に注文（asahi.com 2010年6月9日）
これは財政健全化のためだという。注文どおりに事が進みつつあった。しかしその実態は、
■「消費税上げで還付、対象範囲が焦点の一つに」（2010年7月3日 読売新聞）
「厚生労働省の国民生活基礎調査（２００９年）によると、年収４００万円未満の世帯は全体のほぼ半数の４６・６％に上る。」（読売同記事）
というものであり、
■消費税１０％で年１６万５千円の負担増 民間研究所試算（asahi.com 2010年5月17日）
「４人家族の平均世帯で年間１６万５千円程度の負担増になる、との試算をまとめた。消費税として支払う総額は年間３４万６千円に達する見通し」（asahi同記事）
ということになるらしい。
おもしろいことに産経はさらに詳しく年収別負担の表を載せている。
■消費税増税でどうなる モデル世帯で１６・５万円の負担増（産経ニュース 2010年5月13日）
ところで、「■消費税引き上げ「必要」６６％…読売世論調査（2010年6月14日 読売新聞）」という見出しについてなのだが、この継続世論調査を見てみると、
Ｑ 財政再建や、社会保障制度を維持するために、消費税率の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。
という問いが継続されている。（第２回だけ問いの形式が異なっている）
これは、「財政再建や、社会保障制度を維持するために、増税が必要だ」という一般論についての質問と同じで、財政再建や社会保障制度に詳しい人なら別だが、また、「増税＝消費税」という議論が解消されれば別だが、それぞれの回答の数値にそれほど変化が出るはずはない。そこで確認してみた。
・「参院選 第４回継続全国世論調査」（調査日：2010年7月2〜4日）
答 1.必要だ 65 2.そうは思わない 30 3.答えない 5
・「参院選」第３回継続全国世論調査（調査日：2010年6月25〜27日）
答 1.必要だ 64 2.そうは思わない 33 3.答えない 3
・「参院選」第１回継続全国世論調査（調査日：2010年6月12〜13日）
答 1.必要だ 66 2.そうは思わない 29 3.答えない 5
当初の無駄をなくすが増税にすり替わっていたということになる。
そこでもう一つ、ためしに設問Ｑを「消費税率」ではなく「法人税率」や「所得税・住民税（最高税率）」に関するものにかえて、
・「国際競争力を強化するために、法人税率の引き下げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。」
としたら、どう答えるだろう。「必要だ」に、かなりの数値が出ると思う。
ところが、
■「選択の手引：’１０参院選 成長戦略 法人減税の大合唱 応分負担、視点欠ける」（毎日新聞 2010年7月3日 東京朝刊）では、
「ただ、実効税率と実際の税負担との間には大きな開きがある。研究開発費の一部を控除する「試験研究費税額控除」や、国境をまたいで活動する企業が他国に支払った税額を控除する「外国税額控除」などの減税制度があるためだ。
税理士の菅隆徳氏（第一経理グループ）が０７年３月期の税率を調べたところ、実際の税率はトヨタ３０・５％、ホンダ３２・１％、三菱商事２０・１％、三井物産１１・４％だった。自動車メーカーは試験研究費が控除され、商社では外国税額控除が実際の税率を軽くしていた。
企業が法人税と同時に負担する社員の社会保険料を加えると、企業負担の姿はさらに変わる。財務省がまとめた企業の利益に対する法人税と社会保険料の負担の国際比較（０６年３月）では、自動車製造業で日本は３０・４％。英国の２０・７％より高いが、フランス４１・６％、ドイツ３６・９％を大きく下回った。社会保障の手厚い欧州の一部と比べれば、まだまだ『身軽』という日本企業の財務構造も浮かび上がる。」（毎日同記事）
という指摘が表れた。東京新聞でも同様の指摘がある。
■「租特見直し焦点に 法人税率引き下げで注目」（東京新聞 2010年7月8日 朝刊）（白石亘記者）
法人税率の引き下げをめぐり、租税特別措置（租特）の見直しがクローズアップされている。約４０％の法人税率は先進国で最高水準だが、租特で税が軽減されている企業も多いためだ。また税と社会保険料を合計した負担割合で見ると、先進国で最高とは言えず、企業の負担全般をめぐる幅広い議論が欠かせない。
「課税ベースが今、かなり狭くなっているので、それをちゃんと広げた上で、やりましょうということ」。菅直人首相は六日のテレビ番組で、法人税引き下げの条件として租特の見直しを強調した。
租特は、特定の政策目的のため増減税を行う特例措置。減税が多く、国の補助金と同じ効果があり、米国では「租税支出」の扱いだ。租特により軽減税率を適用したり、税額を控除すれば、実質的な法人税率は低くなる。
大企業が多く利用するのが、試験研究費の８〜１０％に当たる額を法人税から税額控除できる「研究開発税制」だ。税の軽減効果は法人税率ベースで二〇〇九年三月期に、ある医薬品メーカーで１３ポイント、別の輸送用機器メーカーは９ポイントに達した。
租特は法人税に関係する項目だけで八十七あり、減収額は一〇年度に六千五百億円と見込まれる。昨年の税制改正でも租特の見直しが行われたが、対象の八十二件中、廃止は十二件にとどまった。租特は特定業界の既得権化しやすく、見直しに抵抗が強いことが背景にある。
菅首相は六日、一一年度にも法人税を引き下げる可能性に言及したが、仮に５％の引き下げなら、最低でも一兆円の財源が必要。年末にかけて税制改正で租特にどこまで切り込めるかがカギとなる。
企業の公的負担を考える際には、税だけでなく、社会保険料も見逃せない要素だ。法人税収と社会保険料の事業主負担を合計し、国民所得に占める割合（〇七年）を比べると、日本が１２・９％なのに対し、スウェーデンは１８・２％、フランスは１８・８％に達する。企業の実質的な負担を考慮し、どの水準なら適正なのか、議論する必要がありそうだ。（東京同記事）
最後に仮定の設問をもう一つやってみる。
・「財政再建や、社会保障制度を維持するために所得税・住民税（最高税率）の引き上げが必要だと思いますか、そうは思いませんか。」
と質問したら、どういう答えが多くなるだろうか。「財政再建や、社会保障制度を維持するために」という正当性をもった概念に続ければ、「やむをえない」と考える人が多くなるはずだ。
ちなみに、所得税・住民税の最高税率の変遷を知っている人は少ないという。なぜか。
「学者のウソ」（掛谷英紀著）（2007年2月26日発行）に次のように書いてあった。
「しかし、問題はその後のマスコミ報道である。1999年、直接税の最高税率が引き下げになったことを知っている読者はどのくらいおいでだろうか。それまで、所得税50％・住民税15％で合わせて65％であった直接税の最高税率が、所得税37％・住民税13％と、合わせて50％にまで大幅に引き下げられた。大学で学生に質問してみた限りでは、このことを知っているのは20〜30人に1人といった程度である。それも無理はない。マスコミはほとんどこれを報じなかったのである。」（同書）
※所得税
平成21年4月1日現在 1,800万円超＝税率40％ 控除額＝2,796,000円
平成11年分から平成18年分まで 1,800万円超＝税率37％ 控除額＝2,490,000円
※住民税
700万円超〜 都道府県民税＝3％（控除額 70,000円）＋市区町村民税＝10％（控除額 240,000円） 合計＝13％
平成19年6月分から 一律に都道府県民税４％、市区町村民税６％の合計10％。
（国税庁HPによる）
２の４ 税金に関しての蛇足
■「１億円経営者」２８０人に 上位は外国人や創業者（竹中和正、本田靖明、内山修 各記者 asahi.com 2010 年7月1日）
「国内上場企業で１億円以上の役員報酬を受け取った経営者」（asahi同記事）なのだが、この中には業種でいうと電機の３４人も含まれている。
こういう収入格差を東京新聞が指摘している。
■「税金で『支援』の陰で… １億円超え役員 続々」（東京新聞 2010年7月1日）（秦淳哉、鈴木伸幸記者）
（まえがき省略）
最も世間をあきれさせたのが新生銀行（東京都千代田区）だろう。外国人役員四人の報酬が一億円を上回り、合計四億八千八百万円に達した。
同行は、今年三月期連結決算で純損益が約千四百億円の赤字を計上。国から計四千百六十六億円の公的資金を受け、「税金」で救済された同行が今年三月までに返済したのは千六百六十六億円。資本増強分の残り二千五百億円は返済のめどさえ立っていない。
外国人役員の高額報酬をどうみるか。同行の広報担当者は「報酬額はルールに従って適切に開示した。なお、四人の役員は六月二十三日付で退任した」と語るが、国への巨額返済を残したまま高額報酬を払った是非には言及しなかった。
新生銀行を監督する金融庁は「公的資金注入行の役員報酬平均値などは報告を受けている。しかし、個別の役員報酬は各銀行の判断であり、金融庁の了解を必要としない」という。
（一段省略）
一方、国が自動車や電機など主力製造業を優遇したエコポイント制度とエコカー補助金、同減税。両製造業のトップは驚くほどの報酬だ。ソニー（東京都港区）のハワード・ストリンガー会長兼社長は八億千四百五十万円。日産自動車（横浜市）のカルロス・ゴーン社長も八億九千万円。
エコポイント制度は、一定の省エネ性能を満たしたエアコン、冷蔵庫、地上デジタル放送対応テレビを購入すれば、ポイントに応じて商品券などと交換できる。予算総額は約五千二百六十七億円。今年五月末時点で個人だけで約千五百二十六万件の申請があった。
エコカー補助金も、補助金総額は約六千三百億円。国が定めた燃費や排ガス基準を満たした自動車を対象に、普通車で最大二十五万円を補助する。六月二十三日時点で、約二百八十六万台分の交付が決まっている。
（中略）
「エコポイント制度などで、家電や自動車業界は税金をもらってバーゲンをしているようなもの」と指摘するのはジャーナリストの堤和馬氏。「役員が経営手腕を発揮して利益を出したのならともかく全くそうではない。まずその認識が必要だ。高額報酬をごく当たり前にもらう神経が分からない」と首をかしげる。（東京新聞 2010年7月1日）
あの竹中平蔵さんはかねて法人税４０％は高すぎると主張していた。ならば毎日新聞が指摘した「実際の税負担」も東京新聞の「租税特別措置（租特）の見直し」も学者として調査したうえでの主張だと思う。知らないで主張したとなれば学者としては疑問符がつく。
お仲間の高橋洋一さんは、「さらば財務省！」（高橋洋一著 2008年3月18日発行）のなかで、
「私のなかにある竹中像は、宮崎駿監督のアニメ映画『千と千尋の神隠し』に出てくる妖怪・『カオナシ』である。カオナシは周りにあるものをすべて吸い込む。竹中さんも類希（たぐいまれ）なる吸収力の持ち主だ。
彼の最大の強みは、この吸収力と理解力で、人から役立つ話や理論を聞けば、すべて取り込み、しかも、たちまち消化して自分の言葉にして喋る。
（中略）
竹中さんを評して、学者政治家だ、机上の理論で政治をしてもらっては困るという批判があったが、私はむしろ、逆の見方をしている。もともと政治家としての資質が備わっていた人がたまたま学者をやっていたに過ぎないと理解している。」（同書）
と褒めている。
また、所得税に関しては、「政権交代バブル」（竹中平蔵著2009年11月11日発行）の中で、
「所得税の課税最低限も、日本では非常に高く、給与所得者の約4分の1は所得税を払っていない状況です。しかし、税金は本来、みんなで負担する『人頭税』的なかたちが望ましいと私は考えています。」（同書）
と言い、
「竹中平蔵、中国で日本経済を語る」（竹中平蔵著 2008年発行）の中では、「『お金持ちから多く取る税制』は国をダメにする」という章で次のように書いている。
「実は日本のサラリーマンの四分の一は、一円も所得税を払っていません。
税金が高いと文句を言っているのは、社会保険料と所得税を混同しているからにすぎません。日本の税制では『所得が低い人は所得税を払わなくてよい』となっているのです。」（同書）
「後の書の注」：「人頭税＝国民一人につき一定額の税金を課す税制度。所得のない人にも課されるため逆進性がきわめて高い。一方、他の税金を全廃し、税収を社会保障に手厚く還元するという考え方もある。」
こうみてくると、税金に関してモラルもへったくれもない。となれば、徹頭徹尾自分に有利な税制を支持するのが筋となる。
２の５ 「地上デジタルテレビ放送に関する浸透度調査の結果」（平成２２年５月２７日）
珍しく地デジの批判記事が出た。
■「地デジ催促へ黒帯作戦」（鈴木伸幸、篠ケ瀬祐司記者）（東京新聞 2010年7月3日）
「アナログ放送の完全地デジ移行まで約一年。NHKと民放各局は五日から、ほぼすべてのアナログ放送の番組を画面の上下に黒い帯が入る「レターボックス」化し、アナログ停波の告知文を流す。
（中略）
（ジャーナリストの）坂本氏は「来年七月の『地デジへの完全移行』まではいままで通りにアナログ放送するのが筋。なりふり構わずに地デジ対応をせき立てるのは、このままでは数百万規模の世帯でテレビを見られなくなる恐れが強く、当局が危機感を感じているからだ」と指摘する。
総務省は五月末、「地デジテレビ対応受信機の世帯普及率は83・3％で、当初の普及目標を2・2％上回った」と発表した。しかし、この数字は調査方法をみると、うのみにはできない。
「男女十五歳以上八十歳未満の個人対象」の郵送調査なのだが、返送する作業に未購入者は非協力的になる傾向が強い。しかも、高齢者世帯はこの種の調査では未回答となりがちで、数値が偏る危険性が高いからだ。
さらに、地デジの難視聴地域での暫定対策としてBS経由の放送が予定されているが、この方式ではBSには携わっていないローカル局の放送は見られなくなるという難問が残されている。
前出の坂本氏はこう繰り返す。「地デジ移行を強行すれば、�狠魯妊呼駝鵜瓩糧�生に加え、NHKには受信料収入、民放には広告収入の大幅減となる。少なくとも、アナログ放送の停止は二〜三年は先送りすべきだ」（東京同記事）
だが、「この数字は調査方法をみると、うのみにはできない。」（東京同記事）と言っても、おかしいと思うか、そんなものかと感ずるか、いずれにしても調査し発表した側が情報を保持しているのだ。せいぜいこの調査結果に適合しない記事を挙げるくらいしかできない。
■地上波離れ？ 衛星など『その他』視聴率上昇（東京新聞 2010年6月10日 朝刊）（近藤晶記者）
テレビの視聴率調査で、地上波のＮＨＫと民放キー局以外を見た「その他の局」の視聴率が上昇している。中高年層からは「地上波には大人が見たいと思える番組が少ない」という嘆きも聞くが、視聴者の「地上波離れ」が数字として表れ始めたのか？
「視聴率の『その他』の区分が、ここ二、三年、じりじりと（ＢＳやＣＳなどの）視聴可能世帯の増加に伴って上がってきている。地上波のソフト力低下が原因だとすると問題なので、検証していきたい」
テレビ朝日の早河洋社長は先月下旬の定例会見で、「気になったこと」として「その他」視聴の拡大に警戒感を示した。
ビデオリサーチの視聴率調査では、ＢＳ、ＣＳ、ケーブルテレビ、県域ＵＨＦ局、放送大学を「その他の局」という項目で合算して集計している。つまり、地上波のＮＨＫと民放キー局五局以外を合わせた視聴率だ。
先の会見で挙げられたのは、五月十七〜二十三日の「その他」視聴率週平均。ゴールデンタイム（Ｇ帯＝午後７時〜同１０時）が７・４％、プライムタイム（Ｐ帯＝同７時〜同１１時）が７・１％、全日（午前６時〜深夜０時）が４・３％だった。「その週は過去最高で、五年前と比べると約一・五倍。『その他』視聴率が上昇しているのは間違いない」（放送関係者）という。
背景には、来年七月の完全デジタル化に伴い、地デジ、ＢＳ、一一〇度ＣＳのすべてが見られるデジタルテレビや録画機など三波共用機の普及がある。ＢＳデジタル放送受信機の普及台数は約七千四百八十六万台（ＮＨＫ推定値、５月末現在）。民放キー局系ＢＳ五局の調査では、今年二月時点の世帯普及率は約５２％と半数を超えている。衛星テレビ広告協議会によると、ＣＳ加入者も昨年度末、千八十五万件、普及率は２１・８％に達した。
「一つの要因は、地上波でプロ野球中継が少なくなり、ＢＳやＣＳで放送するようになったこと」とテレ朝の早河社長。日本テレビの細川知正（のりただ）社長も「おそらくかなり多くの方が、野球のナイター中継をＢＳで見ているのではないか。『その他』視聴はＢＳの普及が大きいと思う」と指摘する。
プロ野球は、ＣＳのスカパー！が全試合を中継。ＢＳでも昨年から大幅に放送が増えた。日テレの舛方勝宏専務は「巨人戦中継の視聴率で、『その他』が地上波を上回るときもあり、半分以上はＢＳ視聴の影響があるのではないか。逆に言うと、プロ野球はＢＳという、ある意味のブランドが定着したように感じている」と話す。実際、今年四月の巨人戦中継は、地上波の平均世帯視聴率が９・７％（１４試合）で、昨年同月の１２・２％（１０試合）を大きく下回っている。
民放キー局系ＢＳ局は二〇〇〇年の開局以来、長らく赤字に苦しんできたが、〇七年度決算で全局が単年度黒字化し、番組の幅も広がってきた。「ＢＳが見やすくなり、そこに有力なコンテンツがつき始めた。相当競争力を持つメディアとして定着し始めているのでは」とテレビ東京の島田昌幸社長。
今年四月の「ＢＳパワー調査」では、Ｇ帯、Ｐ帯、ＢＳプライム帯（午後７時〜深夜０時）、全日のすべての時間帯で、調査開始以来過去最高の接触率を記録した。ＢＳ朝日の上田直人編成制作部長は「各局の番組強化が底上げになり、それがプロ野球の開幕時期と重なった。プロ野球はＢＳでは他のコンテンツに比べ、反応がよく出るが、地上波の視聴率を侵食しているとは限らない」とみる。
多チャンネルのＣＳも接触率が右肩上がりで伸びている。フジテレビの豊田皓社長は「視聴者の多様化が進んでいるのではないか。例えば、ＣＳの時代劇専門チャンネルは経営状態もよく、支持を受けている」と分析。「経営が要求しているものと、視聴者が要求しているものがズレてはいけないが、スポンサー筋はやはり購買力のあるターゲットに向けた番組がほしい。（地上波、ＢＳ、ＣＳの）三波体制でやっているので、いろいろな場面で視聴者に応えていきたい」としている。（※視聴率はビデオリサーチ調べ、関東地区）（東京同記事）
■地デジチューナー無料配布、締め切り延長 総務省（asahi.com 2010 年7月1日）
総務省は３０日、生活保護を受けている世帯などを対象に、地上波デジタル放送用の簡易チューナーを無料配布する事業の締め切り日をこれまでの７月２日から１２月２８日に延長すると発表した。全国２７０万世帯が対象とみられるが、まだ８５万世帯しか申請していないという。
今使っているアナログ放送用のテレビでも、地デジが見られるようにチューナーやアンテナを設置する。工事費用も含めて無料。地デジの完全移行は来年７月２４日。残り１年余りだが、地デジ対応にしていない世帯も少なくないとみて、期限を延長する。（asahi同記事）
こういう記事をみると、地デジ（地上波）どころではないという人もいるらしい。
「３−１ 地上デジタルテレビ放送対応受信機の世帯普及率−概要」をみると、今回の調査（平成22年３月調査）では、地上デジタル放送対応受信機の世帯普及率（チューナー内蔵テレビ、チューナー内蔵録画機、外付けチューナー、チューナー内蔵パソコン、ケーブルテレビ用セットトップボックスのいずれかを保有している世帯の割合）が、
・調査結果（2010年3月）＝83.8％〔4,190万世帯相当〕
・普及実績（2010年3月）＝7,374万台（2010年3月末、社団法人電子情報技術産業協会、社団法人日本ケーブルラボ調べ。）
となっている。
その中で、「地上アナログテレビ放送停波までの対応予定がないとの回答者」が（全体の０.６％）しかない。対応予定がない理由としては、
・これを機会にテレビは見ない
・インターネットがあれば十分
・携帯電話(ワンセグ)などで見られれば十分
・その他
・無回答
が挙げられている。こんなに少ないものなのか、というのが実感だ。だが、この層（０.６％）が回答拒否層に近いだろう。
日本民間放送連盟会長の広瀬道貞氏は、タイム（番組広告）からのスポンサー離れが進んでいるにもかかわらず、一人当たりのテレビの視聴時間が減っていないこと、視聴率が微減であることを根拠にして「テレビの価値は落ちていない」（「テレビの価値は落ちていない」週刊東洋経済2010年2月20日号）と結論づけている。
だが、氏家齊一郎氏は、「構造として広告量は減る」（週刊東洋経済2010年2月20日号）と書いている。
民放が映像メディアをすべて支配しているとでもいうのか。地上波はすでに映像メディアの一部でしかない。
地上波にしてみればザッピングの恐怖だろう。リモコンには対等にボタンが割り振られているらしい。ネット上の番組表ではすでに地上波・BS・CSが対等に表示されているが、ザッピングにおいてももはや地上波は特別視されない。純粋に番組内容の勝負だ。これまで税金などで優遇され、せっかく整備した地上波なのに。
2010年06月08日
権力の至近距離にいるジャーナリスト（追記）―官房機密費編
１ 機密費を返したジャーナリスト
小渕政権当時の官房長官だった野中広務氏が、機密費を受け取らなかった人物としてジャーナリストの田原総一朗氏の名前を挙げている。田原総一朗氏の説明によると、
「野中さんの事務所から『いいお茶が採れたから渡したい』と連絡があり、全日空ホテル（当時、東京）で女性から受け取った。帰ってから見ると、茶と一緒に封筒入りの現金があった。丁寧な手紙を添え、野中事務所に返しに行った」（「官房機密費メディア操作」 野中氏発言の波紋 東京新聞2010年5月18日）
ということらしい。
「日本政治の正体」（田原総一朗著 2009年8月30日発行）でも、「政治家からのカネの断り方」に関してすでに書いているので新聞記事の説明はものたりなかった。その後も、これだけ官房機密費が問題になっているのだから当人が積極的に発言するだろうと思っていたが、どうもジャーナリストとして追求する気はないようだ。
新聞記事の件と「日本政治の正体」に載っている件が同一かどうか、どうでもいいのだが、「日本政治の正体」では「ときの首相に仲介を頼んだが……」という章で述べている。
「いいお茶が取れたので……」（同書）で始まり、あるホテルの喫茶ルームで「料亭の女将らしき着物姿の女性」（同書）から帯封をした100万円10束の入った紙袋を渡されたという。
問題なのは、金の返却の過程で親しかったの政治家や首相が登場することだ。そして、
「一度でも政治家からカネを受け取ったら、あっという間に噂が広まってしまう。というのは、私も誰某は政治家の誰から受け取ったという話をいくつも聞いているからだ。無用な衝突を避けるためにその場では受け取っても、必ず返却するというやり方を続けてきたからこそ、私はいまでも現役を続けていられるのだと思っている。」（同書）
と書いていることだ。政治家から金を受け取っても平然として「言論活動で立派な評論をしている」（前掲「東京新聞」）人々の存在が今回の野中発言で明らかになったわけだが、そういうことに対してジャーナリストとしての問題意識がないらしい。本音を追求することをモットーとしているなら、政治家であれ評論家であれ発言の真意などすぐに見抜けるはずだ。当人が受け取らなかったと言って済むという問題ではない。
２ 問題意識のあり方
その一方で、「崩壊自民の裏のウラ」（田原総一朗著）ではタウンミーティングで行われた世論誘導を問題視している。
「そもそもタウンミーティングは、小泉内閣時代に始まった。多くの自民党議員や官僚たちが懸命に阻止しようとしていた構造改革の必要性を、国民に直接訴えて理解を求めるためのものだった。
ところが、今回は法案を所管する文部科学省の官僚が動いて、教育基本法に賛成の趣旨、理由を書いたメモを自分の意見として発表させた。……言うまでもなく、これは国民をだましているわけで、明らかにタウンミーティングの趣旨を裏切る�犧承重�行為�瓩任△襦�」（06・12・1）（同書）
「メディアを揺るがす“大贈収賄事件”官房機密費を懐に入れたマスコミ人たちの常識（上杉隆著）（ダイヤモンドオンライン 2010年5月21日）に次のような記事がある。
三宅氏は「週刊ポスト」の筆者の取材記事に対してはこう答えている。
「（代理講演を）引き受けることにしたら秘書が100万円を持ってきた。藤波のポケットマネーだと思って受け取りました。領収証も書いていない」（同記事）
講演料というのも曖昧な金の流れの一つだ。大根一本を買うのに誰も100万円は払わない。それなのに自分が受け取るとなると、迷うことなく100万円の出所がポケットマネーだろうという知的判断が出来るのだ。
だが、取材に基づいた講演ならともかく、評論家というのはどこへいってもそれほど目新しい話をするわけではない。その評論家の著作を数冊読んでみると、情報源までわかる時がある。
３ 講演料と国税庁
「徴税権力――国税庁の研究」（落合博実著）（2006年12月発行）という本がある。書名がかたすぎて見過ごしてしまいがちだが資料としても実に興味深い。国税庁に関して取材した本だが、芸能人、政治家、メディア、政党まで実名で登場する。メディアにとっても人々に読まれたくない本だろう。
その中に「▼批判すると税務署が？」という章がある。
「新聞社の記者は給料から所得税を源泉徴収されており、納税面で国税局や税務署を恐れる必要はない。しかし、収入を自分で確定申告しなければならないフリーの記者が財務省や国税庁の気に入らない記事を書くと、話は生臭くなる。」（同書）
という出だしなのだが、その中に参議院議員だった青木茂氏のことが載っている。青木氏とは不公平税制の是正や大型間接税導入反対を主張した人だ。短いインタビュー記事なのだが、青木氏の答えは、
「よく覚えていますよ。当時、僕の自宅に来た数人の記者から同じことを聞かれました。『青木さん、脱税しているんですか？』とね。講演料の計上漏れがあって数十万円の修正申告をしたことはあるけれど、脱税とは大いに心外です」（同書）
講演料といえども金の出入りは一切合切調べられるらしい。
４ 公金腐敗と会計検査院
この著者は「徴税権力――国税庁の研究」の「おわりに」で次のように指摘している。
国税庁は徴税を、会計検査院は税金の使途監視に責務を負っている。つまり、国税は税金の「入り」を担い、会計検査院は税金の「出」を担う。
（中略）
内閣から独立した憲法上の機関として、国や法律で定められた機関の会計を検査し、会計経理が正しく行われるように監督する職責を果たしています」と検査院のホームページ冒頭にある。いかにも誇らしげだが、会計検査院が組織的な不正経理に率先して切り込んだことは一度もなかった。一例だけあげれば、二〇〇一年に表面化した外務省の裏金作りでは新聞が事実を指摘し外務省が内部調査に乗り出してから、トボトボといった感じで後追いしただけだった。
憲法で会計検査院の設置を定めているのは、他官庁に遠慮なしの検査が出来るようにするためだ。にもかかわらず、このていたらくである。
会計検査院には国税当局のような強制調査権がない。実効ある検査のためには必要不可欠な武器だと思うのだが、「必要ない」というのが検査院の一貫した考えだ。「官と官の信頼がある」と口にした検査院長もいた。要するに「官と官」の馴れ合いである。
官公庁の公金腐敗を野放図にさせた責任の多くは会計検査院にある、と指摘しておきたい。（同書）
小渕政権当時の官房長官だった野中広務氏が、機密費を受け取らなかった人物としてジャーナリストの田原総一朗氏の名前を挙げている。田原総一朗氏の説明によると、
「野中さんの事務所から『いいお茶が採れたから渡したい』と連絡があり、全日空ホテル（当時、東京）で女性から受け取った。帰ってから見ると、茶と一緒に封筒入りの現金があった。丁寧な手紙を添え、野中事務所に返しに行った」（「官房機密費メディア操作」 野中氏発言の波紋 東京新聞2010年5月18日）
ということらしい。
「日本政治の正体」（田原総一朗著 2009年8月30日発行）でも、「政治家からのカネの断り方」に関してすでに書いているので新聞記事の説明はものたりなかった。その後も、これだけ官房機密費が問題になっているのだから当人が積極的に発言するだろうと思っていたが、どうもジャーナリストとして追求する気はないようだ。
新聞記事の件と「日本政治の正体」に載っている件が同一かどうか、どうでもいいのだが、「日本政治の正体」では「ときの首相に仲介を頼んだが……」という章で述べている。
「いいお茶が取れたので……」（同書）で始まり、あるホテルの喫茶ルームで「料亭の女将らしき着物姿の女性」（同書）から帯封をした100万円10束の入った紙袋を渡されたという。
問題なのは、金の返却の過程で親しかったの政治家や首相が登場することだ。そして、
「一度でも政治家からカネを受け取ったら、あっという間に噂が広まってしまう。というのは、私も誰某は政治家の誰から受け取ったという話をいくつも聞いているからだ。無用な衝突を避けるためにその場では受け取っても、必ず返却するというやり方を続けてきたからこそ、私はいまでも現役を続けていられるのだと思っている。」（同書）
と書いていることだ。政治家から金を受け取っても平然として「言論活動で立派な評論をしている」（前掲「東京新聞」）人々の存在が今回の野中発言で明らかになったわけだが、そういうことに対してジャーナリストとしての問題意識がないらしい。本音を追求することをモットーとしているなら、政治家であれ評論家であれ発言の真意などすぐに見抜けるはずだ。当人が受け取らなかったと言って済むという問題ではない。
２ 問題意識のあり方
その一方で、「崩壊自民の裏のウラ」（田原総一朗著）ではタウンミーティングで行われた世論誘導を問題視している。
「そもそもタウンミーティングは、小泉内閣時代に始まった。多くの自民党議員や官僚たちが懸命に阻止しようとしていた構造改革の必要性を、国民に直接訴えて理解を求めるためのものだった。
ところが、今回は法案を所管する文部科学省の官僚が動いて、教育基本法に賛成の趣旨、理由を書いたメモを自分の意見として発表させた。……言うまでもなく、これは国民をだましているわけで、明らかにタウンミーティングの趣旨を裏切る�犧承重�行為�瓩任△襦�」（06・12・1）（同書）
「メディアを揺るがす“大贈収賄事件”官房機密費を懐に入れたマスコミ人たちの常識（上杉隆著）（ダイヤモンドオンライン 2010年5月21日）に次のような記事がある。
三宅氏は「週刊ポスト」の筆者の取材記事に対してはこう答えている。
「（代理講演を）引き受けることにしたら秘書が100万円を持ってきた。藤波のポケットマネーだと思って受け取りました。領収証も書いていない」（同記事）
講演料というのも曖昧な金の流れの一つだ。大根一本を買うのに誰も100万円は払わない。それなのに自分が受け取るとなると、迷うことなく100万円の出所がポケットマネーだろうという知的判断が出来るのだ。
だが、取材に基づいた講演ならともかく、評論家というのはどこへいってもそれほど目新しい話をするわけではない。その評論家の著作を数冊読んでみると、情報源までわかる時がある。
３ 講演料と国税庁
「徴税権力――国税庁の研究」（落合博実著）（2006年12月発行）という本がある。書名がかたすぎて見過ごしてしまいがちだが資料としても実に興味深い。国税庁に関して取材した本だが、芸能人、政治家、メディア、政党まで実名で登場する。メディアにとっても人々に読まれたくない本だろう。
その中に「▼批判すると税務署が？」という章がある。
「新聞社の記者は給料から所得税を源泉徴収されており、納税面で国税局や税務署を恐れる必要はない。しかし、収入を自分で確定申告しなければならないフリーの記者が財務省や国税庁の気に入らない記事を書くと、話は生臭くなる。」（同書）
という出だしなのだが、その中に参議院議員だった青木茂氏のことが載っている。青木氏とは不公平税制の是正や大型間接税導入反対を主張した人だ。短いインタビュー記事なのだが、青木氏の答えは、
「よく覚えていますよ。当時、僕の自宅に来た数人の記者から同じことを聞かれました。『青木さん、脱税しているんですか？』とね。講演料の計上漏れがあって数十万円の修正申告をしたことはあるけれど、脱税とは大いに心外です」（同書）
講演料といえども金の出入りは一切合切調べられるらしい。
４ 公金腐敗と会計検査院
この著者は「徴税権力――国税庁の研究」の「おわりに」で次のように指摘している。
国税庁は徴税を、会計検査院は税金の使途監視に責務を負っている。つまり、国税は税金の「入り」を担い、会計検査院は税金の「出」を担う。
（中略）
内閣から独立した憲法上の機関として、国や法律で定められた機関の会計を検査し、会計経理が正しく行われるように監督する職責を果たしています」と検査院のホームページ冒頭にある。いかにも誇らしげだが、会計検査院が組織的な不正経理に率先して切り込んだことは一度もなかった。一例だけあげれば、二〇〇一年に表面化した外務省の裏金作りでは新聞が事実を指摘し外務省が内部調査に乗り出してから、トボトボといった感じで後追いしただけだった。
憲法で会計検査院の設置を定めているのは、他官庁に遠慮なしの検査が出来るようにするためだ。にもかかわらず、このていたらくである。
会計検査院には国税当局のような強制調査権がない。実効ある検査のためには必要不可欠な武器だと思うのだが、「必要ない」というのが検査院の一貫した考えだ。「官と官の信頼がある」と口にした検査院長もいた。要するに「官と官」の馴れ合いである。
官公庁の公金腐敗を野放図にさせた責任の多くは会計検査院にある、と指摘しておきたい。（同書）
2010年05月15日
世論調査報道――RDD方式と固定電話方式
目次
１ 世論調査報道
２ 一連の「ルーピー」報道
３ 世論調査報道
３の１ 固定電話とIP電話と携帯電話など
３の２ 電話をかける
３の３ 家庭用と事業用との判別が難しいこと
３の４ RDD方式の信頼性
３の５ 固定電話調査を読むうえでの留意点
３の６ メディアが選挙情勢調査に大騒ぎする理由
３の７ 出口調査と開票速報
＊２は報道資料をまとめただけです。
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１ 世論調査報道
世論調査報道とは、世論調査のために報道しその世論調査の結果によって報道していくという意味だ。ここ十数年、RDDという簡便な世論調査の手法が導入され、テレビはもちろんのこと全国紙などもこういう報道姿勢が顕著になっている。
RDD方式が簡便だというのは、費用も手間もかからないし、まして調査では重要な設問自体が電話という通信媒体に制約される形で、簡易化・イメージ化されているからだ。そして、こういう世論調査と呼応するかのように報道姿勢も簡易化・イメージ化されている。
２ 一連の「ルーピー」報道
「loopy」で注目されたワシントンポストのコラム記事は、「民主党国際局長を『奇怪』と米紙コキ下ろす」（2010年03月09日付 スポニチ）という記事を想起させる。その焼き直しなので、わざわざ記事に取り上げるほどのことはないと思うのだが、各新聞社は一斉に食いつき、反響は大きかった。話題の人物の知名度が高かったこともあるし、それまでの報道でloopyを受け入れる下地がすでに出来上がっていた。それにloopyという言葉の語感が、意味が理解できなくても、あるイメージを思い起こさせる。
だが、批判は当然だと思うが、新聞記者なら自分で取材し自分の言葉で具体的に批判してほしい。紹介記事では議論が深化しない。
報道の意図を明確にするために一連の記事をまとめてみた。掲載日時は分刻みでせわしないものもあるが……。（注：引用記事の部分を区別するために、記事「見出し」に■をつけ、地の文は行頭の「――」で示してある。）
■「哀れでますますいかれた鳩山首相」…米紙酷評（2010年4月15日11時12分 読売新聞）
【ワシントン＝小川聡】１４日付の米ワシントン・ポスト紙は人気コラムの中で、１３日に終わった核安全サミットに出席した３６人の各国首脳たちがオバマ米大統領との近さを競い合ったとしたうえで、「このショーの最大の敗北者は断然、哀れでますますいかれた日本の鳩山由紀夫首相だった」と鳩山首相を酷評した。
コラムは看板記者のアル・カーメン氏の執筆で、「首相はオバマ大統領との公式会談を望んだとされるが、夕食会の席での非公式な会談が慰めとして与えられただけだった」と解説。
米政府のこうした対応の理由について、「日米を分断している沖縄の米軍普天間飛行場問題を通じ、鳩山首相はオバマ政権の高官たちに、信頼できないという印象を植え付けた」と指摘した。さらに、「ますますいかれた」との表現は、「オバマ政権高官たちの評価」だとした。
一方で、「オバマ大統領と９０分にわたって会談した胡錦濤・中国国家主席は、勝者リストのトップに位置した」と指摘し、大統領が胡主席に握手をしながらお辞儀する写真を掲載した。
――参考までにこの「コラム」の該当個所を挙げておく。
■Among leaders at summit, Hu's first
By Al Kamen Wednesday, April 14, 2010(The Washingtonpost)
By far the biggest loser of the extravaganza was the hapless and (in the opinion of some Obama administration officials) increasingly loopy Japanese Prime Minister Yukio Hatoyama. He reportedly requested but got no bilat. The only consolation prize was that he got an "unofficial" meeting during Monday night's working dinner. Maybe somewhere between the main course and dessert?
A rich man's son, Hatoyama has impressed Obama administration officials with his unreliability on a major issue dividing Japan and the United States: the future of a Marine Corps air station in Okinawa. Hatoyama promised Obama twice that he'd solve the issue. According to a long-standing agreement with Japan, the Futenma air base is supposed to be moved to an isolated part of Okinawa. (It now sits in the middle of a city of more than 80,000.)
But Hatoyama's party, the Democratic Party of Japan, said it wanted to reexamine the agreement and to propose a different plan. It is supposed to do that by May. So far, nothing has come in over the transom. Uh, Yukio, you're supposed to be an ally, remember? Saved you countless billions with that expensive U.S. nuclear umbrella? Still buy Toyotas and such?
――これを産経が見逃すはずがない。日経や東京新聞も次のように報道した。
■「鳩山首相が最大の敗者」 核サミット巡り米紙酷評（2010/4/15 11:07 日本経済新聞 電子版）
【ワシントン＝大石格】「最大の敗者は鳩山由紀夫首相」「不運で愚かさを増している」――。14日付の米紙ワシントン・ポストは核安全保障サミットに出席した世界の首脳を品評するコラムを掲載し、鳩山首相の立ち回りを酷評した。勝者に位置付けられたのは中国の胡錦濤国家主席、ウクライナのヤヌコビッチ大統領ら。特に胡氏については人民元問題でオバマ大統領と渡り合ったことを指摘して「勝者リストのトップの座は明らかだ」と持ち上げた。
評価基準は主にオバマ氏がどれだけ相手にしたか。胡氏との会談に最長の90分間を費やしたのと対照的に鳩山氏とは正式な会談をしなかったことを指摘。「恐らく夕食会のメーン料理とデザートの間に、慰めとして非公式会談をしてもらった」と笑いものにした。
■鳩山首相が「最大の敗者」「不運で愚か」とワシントン・ポスト紙が酷評(産経ニュース 2010.4.15 01:07）
【ワシントン＝佐々木類】米紙ワシントン・ポストは１４日付で、核安全保障サミットで最大の敗者は日本の鳩山由紀夫首相だと報じた。最大の勝者は約１時間半にわたり首脳会談を行った中国の胡錦濤国家主席とした。鳩山首相について同紙は、「不運で愚かな日本の首相」と紹介。「鳩山首相はオバマ大統領に２度にわたり、米軍普天間飛行場問題で解決を約束したが、まったくあてにならない」とし、「鳩山さん、あなたは同盟国の首相ではなかったか。核の傘をお忘れか。その上で、まだトヨタを買えというのか。鳩山首相を相手にしたのは、胡主席だけだ」と皮肉った。
■核安保サミットで米紙酷評 『鳩山首相は最大の敗者』（東京新聞 2010年4月15日 夕刊）
【ワシントン＝岩田仲弘】十四日付の米紙ワシントン・ポストはコラム欄で、オバマ米大統領が主宰し、世界四十七カ国の首脳らが参加した核安全保障サミットの期間中、大統領と夕食会で約十分間の非公式会談しかできなかった鳩山由紀夫首相を「豪華ショー（サミット）の最大の敗者」と酷評した。
同コラムは、「鳩山首相は報じられているところでは、会談を申し入れていたがかなわず、せめての慰めが夕食会での"非公式"会談だった」と指摘。
首相を「金持ちの息子」と形容し、難航する米軍普天間飛行場の移設問題をめぐり「米政府高官に頼りなさを植え付けた。大統領に二度も問題解決を約束したが、今のところ何も提示されていない」と批判した。
オバマ政権内に「首相は変人ぶりに磨きをかけた」という意見があることを挙げつつ「ああユキオ、日本は同盟国だろ？ 米国の核の傘の下で、その途方もない資産をためてきたのか？ まだ高級車でも買うつもりか？」と痛烈に皮肉った。
――これらの記事を受けた「ぶら下がり取材」の詳細から該当個所を挙げておく。なお、この記事に限って「――」はインタビューの質問を表す。
■【鳩山ぶら下がり】「私は愚か」発言 「米紙の揶揄、そのままいただいた」（産経ニュース 2010.4.21）
【愚かな総理発言】
――きょうの党首討論で、私は愚かな総理かもしれませんとおっしゃった。愚直に、という言葉もあったが、国民からすると普天間問題が混乱して不満、不安が募っている。この状態で愚かな総理という真意は
「はい。この意味はですね、ワシントン・ポストがそのように揶揄をされたと。それをそのままいただいたわけであります。すなわち、愚直にですね、やはり沖縄の県民のみなさん方のご負担というものを何としても、少しでも和らげたいという思いがあった。それから本当の意味で、あの、（沖縄県名護市の）辺野古に決めたときに何も動かなくなってしまうことで、日米安保が守られるのかと。そのことの心配もあったと。むしろ愚直に、愚かかもしれないけども、その思いを守りたいと。沖縄県民のみなさんのために尽くしたいという思いから出てきた言葉であります。私はしかし、その愚直さを今こそ生かさなきゃならないときであると。簡単に考えればですね、ある意味で昨年の１２月に決着を図ろうと思えば、それは楽だったかもしれない。どんなに負担が個人としては楽だったかもしれない。しかし、そのことで本当によいのかと。私は日米安保のためにも、むしろ愚かで愚直であるかもしれないけれども、県民のみなさんのことを思い、そして真の意味での日米安保のことを考えたときにはむしろ、この判断が将来正しかったということを言っていただけるときが来るんじゃないかと愚直にそのように考えています」
――このインタビュー記事をうけて次の記事が載った。この記者は「愚か」と「愚直」とを問題にしている。鳩山首相が「『愚か』と『愚直』を都合のいいようにすり替える」というのだ。まさしくイメージ上の争いになってきている。
■【政論】首相は「愚直」なのか、「愚か」なのか (産経ニュース 2010.4.23 阿比留瑠比記者）
……「愚か」と「愚直」を混同するのはおかしい。複数の辞書を総合すると、前者は文字通り「考えが足りないさま」「ばかげているさま」で英語の「ｌｏｏｐｙ」に通じる。一方、後者は「正直いちずなこと。ばか正直」などとあり、不器用なまでの真っ正直さを表す言葉なのだ。
「愚か」と「愚直」を都合のいいようにすり替えるとは、正直な態度とはいえない。とても愚直を自任する資格はないはずだ。
――ところが、28日になって当のコラムニストが「loopy」の真意を釈明した。だが、釈明しているようで、かえってloopyを増幅しているように受け取れる。また、「日刊ゲンダイ」でも「loopy」の真意を説明する記事が載った。
■鳩山首相は「現実から変に遊離した人」 米紙コラムニスト（産経ニュース 2010.4.28）
【ワシントン＝佐々木類】米紙ワシントン・ポストは２８日付（電子版）で、さきの核安全保障サミットで、鳩山由紀夫首相を「最大の敗者」と皮肉ったコラムニスト、アル・ケイマン氏が、首相を「ルーピー（ｌｏｏｐｙ）」とした真意は、「愚か」や「いかれた」ではなく「現実から変に遊離した人」が真意だとするコラムを掲載した。
ケイマン氏は、今回のコラムで、島根大学の教授が日本のメディアがルーピーの意味を「愚かな」と「いかれた」の２通りに解釈していると指摘し、真意はどちらなのだと問い合わせてきたことを紹介。ルーピーの意味について「組織の意思決定について十分な情報を得ているという意味での『輪の中に入っている』状態とは正反対の意味」だと釈明した。
日本の複数の英和辞書によると、ルーピーについて「（頭の）いかれた」「愚かな」という訳が紹介されている。
ケイマン氏はルーピーという言葉はインターネット上で、１枚２９４０円のＴシャツとなって売れていることも紹介。浮気の釈明会見後に、妻に「（会見のパフォーマンスは）どうだった？」と聞いたサウスカロライナ州知事を「ルーピー」の例に挙げた。
■「いかれた鳩山首相」は"誤訳"だった（日刊ゲンダイ2010年5月1日）
米紙ワシントン・ポストのコラムニストが〈いかれた鳩山首相〉とこき下ろした問題で、同紙は２８日付で続報コラムを掲載した。「言いたかったのは『現実離れ』という意味だ」と"説明"、日本の新聞はあたかも同紙が釈明、謝ったように伝えていたが、真実はまったく違う。
そもそも今回の混乱は、コラムにあった「ｌｏｏｐｙ（ルーピー）」という英単語を、日本のメディアが「いかれた」「愚か」と"誤訳"したことにあるのだ。
確かに英和辞典には、「ｌｏｏｐｙ」の意味として「（頭の）いかれた」「愚かな」という記述はある。しかし、在米２３年のジャーナリスト・佐々木香奈氏はこう言う。
「辞書だけを頼りに、記事の全体像や現地の様子を無視して英単語を訳すと間違えるといういい例です。このコラムの『ｌｏｏｐｙ』は、『つかみどころのない』『訳の分からない』という意味で、小バカにしているところはありますが、悪意はありません。言語学の修士課程にいる友人にも確認しましたが、『現実離れしていて物事のとらえ方がずれていて、焦点が定まっていない、変なヤツ』というのが正解です」
（中略）
〈いかれた鳩山首相〉と最初に訳したのは読売新聞だった。悪意丸出しの"誤訳"である。
参考（かなりの長文です）
■'Loopy' takes Japan by storm By Al Kamen Wednesday, April 28, 2010
――こうして関連記事をまとめていてもうんざりしてくる。読み飛ばすのが一番良いのだが、記事の発信側も紹介した側もこういうことを一生懸命報道するんだという例証にはなる。記者がこんなことをやっていて平気なのかと心配にもなる。
ちょうど「米ワシントン・ポスト、ニューズウィークの売却検討」（asahi.com 2010 年5月6日）という記事が載っていた。
極めつけは次の記事だ。
■【あめりかノート】鳩山政権への「真の軽蔑」 古森義久記者（産経ニュース 2010.5.4）
オバマ政権の高官たちが鳩山由紀夫首相をｌｏｏｐｙだとみなしているという米側の報道が話題を呼んだ。この英語の意味が「愚か」にせよ、「現実遊離」にせよ、実感は遠まわしながらよく伝わってくる。だが私が最近、聞いた、もっと直截な言葉はｃｏｎｔｅｍｐｔ（軽蔑（けいべつ））である。
オバマ政権の対日政策担当官たちと頻繁に接触している前米国政府高官が教えてくれた。
「ホワイトハウスや国務省で日米安保関係にかかわる当局者たちは鳩山首相、あるいは鳩山政権に対し、いまや真の軽蔑を感じているといえます。日本側にはそのことを決して認めないでしょうが」
この人物は「真の」という部分をｇｅｎｕｉｎｅという形容詞でとくに強調するのだった。オバマ政権の鳩山観はこんなところまで下落しているわけだ。
（以下省略）
――かくして鳩山首相のイメージは「軽蔑」にまで至ってしまった。
最後にもう一つ、産経の報道姿勢を確認しておく。
■「鳩山首相の信頼はボロボロ」 いまや"日本非難"の時代と米紙（産経ニュース 2010.4.23）
【ワシントン＝佐々木類】米紙ウォールストリート・ジャーナルのアジア版（電子版）は２２日付で、現在の日米関係について「ジャパン・ディッシング（日本非難）」と題する記事を掲載した。
記事を書いたのは、米大手シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所」のオースリン日本部長。この中で、日米関係について「かつてはジャパン・バッシング（日本たたき）、ジャパン・パッシング（日本素通り）という時期があったが、今やジャパン・ディッシングともいうべき新しい時代に入った」としている。
その理由として、「鳩山由紀夫首相の信頼はボロボロになり、米政府高官たちは日本人を内心でますます見放すようになってきている」からだと指摘。その上で、「米国との親密な関係がなければ、日本は（アジアにおいて）今以上に孤立することになるだろう。それは世界第２位の経済大国にとって健全な状態とはいえない」としている。
記事はまた、「だれも日米同盟が崩壊するとは予測していないが、鳩山首相が現状を変えることができなければ、両国関係は明らかに棚上げされるだろう」と強調。「ワシントンとの話し合いができる状態になるか、鳩山首相が辞任しない限り、ジャパン・ディッシングは、アジアにおける数十年にわたる安定と繁栄を一変させる脅威となる」と結論付けている。
――この記事に関してネット上で触れている方がいたので確かめてみた。「ウォールストリート・ジャーナル」には次のように書いてある。これもアメリカ中心の記事なのだが、「ジャパン・ディッシング」の訳の引用は正確にお願いしたい。
■【オピニオン】冷え込む米日関係−ジャパン・バッシングならぬ「ジャパン・ディッシング」（マイケル・オースリン）
「そして今、日本政府と米国政府は新たな時代に突入した。わたしは、この時代を「ジャパン・ディッシング（日本切り捨て）」と名付けたい。鳩山新政権は、自らの主要パートナーに対してさまざまな失策を犯し、一貫した政策を示すこともできず、オバマ政権から非難を買い、ますます無視されつつある。」（ウォールストリート・ジャーナル 2010年4月22日）
３ 世論調査報道
何か事が起こると、緊急世論調査が一斉に行われる。何も起こらなくても世論調査が行われる。
「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」（吉田貴文著）（以下、「同書」と記す）によると、朝日新聞が2007年に行った世論調査（選挙情勢調査を除く）について次のようにのべている。
最も多いのが電話調査＝朝日RDD＝の25回。内訳は原則、月ごとに実施する定例調査（サンプル数2000）が8回。何かが起きたとき、緊急に行う緊急調査（同1000）が6回。1週間おきの世論の変動を追った連続調査（同1000）が11回だった。07年には参院選があり、その前後に連続調査をしたため、定例調査の回数が減っている。（同書）
その他に面接調査が1回、郵送調査も1回、若者を対象に、連続インターネット調査も12回実施したという。
「調査方法が違えば、得られる結果も異なる。」（同書）といい、その調査方法として
「�…敢紺�が対象者の自宅に出向いて直接会って調査をする面接調査、
��調査員が質問票を対象者宅に届け、数日後に回収に出向く留め置き調査、
�Ｂ仂歇圓謀渡辰鬚�けて調査をする電話調査、
�ぜ遡簓爾鯊仂歇圓僕港�し、回答を書き込んで送り返してもらう郵送調査、
�ゥぅ鵐拭璽優奪箸鮖箸辰銅遡笋垢襯ぅ鵐拭璽優奪板敢此�
など」（同書）
を挙げている。
だが、「RDD＝電話世論調査」という捉え方は錯覚が生じる。「電話すべて」という錯覚と「世論を示す」という錯覚が複合している。そして、報道する側もほとんどがRDD方式を「電話世論調査」と称している。
＊「日経電話世論調査 調査の方法」には「標本の抽出枠」として「全国の固定電話加入世帯」と明記してある。
それに、新聞・テレビ各社それぞれのRDD（毎日はRDS）に微妙な違いがあり、未公表の部分にはもっと違いがあるはずだ。調べていくとわからないことが続出する。そこで、比較的に情報が得やすい朝日RDDに限定して話を進める。
参考資料――以下、引用はこの中から行う。
※朝日関連
・「朝日RDD」方式とは asahi.com（朝日新聞社）：世論調査 - ニュース特集
・世論調査のRDD方式って？-マイタウン兵庫（川田惇史記者）（asahi.com 2009年05月23日）
・「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」（吉田貴文著 2008年11月20日発行）
――この本は「調査する側」からの問題点が指摘してあり参考になる。著者略歴：「1998年以降、主に世論調査センターで調査の企画・実施・分析に従事する。」
※日経関連
・「電話（RDD）調査の課題」（pdf） （佐藤寧 株式会社日経リサーチ 世論調査室）
・日経リサーチ 日経電話世論調査 調査の方法
３の１ 固定電話とIP電話と携帯電話など
まず、「ＲＤＤ方式の世論調査の対象者に選ばれるには、携帯電話やＩＰ電話でなく、固定電話が条件になる。コンピューターで無作為に並べた電話番号に電話をかけるのだから、携帯電話でも調査ができそうだが、番号から所在地を特定できないので地域が偏らないように対象者の番号を作成することが難しいという。」（「世論調査のRDD方式って？」）ということを確認しておく。
見出しに「など」と付けたのは、電話機能を持つ端末がこの他にもあるからだが、見かけではなく通信方法が問題となっている。固定電話などというと、ネジで電話が留めてあるイメージをもってしまうが、見た目はＩＰ電話とかわらない。
３の２ 電話をかける
「朝日新聞が世論調査のオペレーター業務を委託している調査会社の東京都内にあるコールセンターを、調査日に訪ねた。広いオフィスに数十台のパソコンが並び、ヘッドセットをつけた１３人のオペレーターが一斉に電話をかけていた。この日は、北海道や九州のコールセンターからも電話をかけているという。オフィスのホワイトボードに、各地の調査の達成目標が書き出されていた。」（「世論調査のRDD方式って？」）
調査日には業務委託された調査会社のコールセンター、数カ所から電話をかけるようだ。当然の事ながら調査会社は回答数を増やしたいと思うはずだ。その時、相手の拒否回答に対する「『切り返しトーク』が調査への理解をいただき、回答率を上げるポイント」（同記事）だと書いてある。
「『朝日RDD』方式とは」には「◆よくある質問」が列挙してある。調査時に聞かれたということなのだろうか。（引用は以下の「Q〜A」）
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Ｑ 電話番号はどうやって調べたのか
Ａ 電話帳などのリストで電話番号を調べてかけているわけではありません。番号をコンピューターで無作為に作成して電話をかけています。そのため、電話帳に番号を載せていないお宅にも電話がかかります。
Ｑ 個人情報を持っているのか
Ａ コンピューターで無作為に作った電話番号をもとに電話をかけているため、住所や氏名など個人を特定する情報は一切持っておりません。また、調査に使用した電話番号を、世論調査以外の目的に使用することは一切ありません。
Ｑ 朝日新聞を購読していないのに電話がかかってきた
Ａ 世論調査の対象者は購読紙といっさい関係なく、有権者のみなさまに幅広い皆様に（ママ）お願いしております。新聞の勧誘とも関係ありません。
Ｑ 持っている固定電話の本数をなぜ聞くのか
Ａ 固定電話を２本持っている場合、そのお宅に電話がかかる確率は、電話が１本のお宅の２倍になります。こうした確率の違いを電話番号の数に応じて統計的に補正するためにうかがいます。
Ｑ 有権者の人数をなぜ聞くのか
Ａ 最初に電話に出た人だけに調査をお願いすると、性別や年齢などに偏りが出て正確な調査になりません。一緒に住んでいる有権者の中から無作為に選ばせていただくためにうかがいます。
Ｑ なぜ何度も電話するのか
Ａ 朝日新聞社では、調査の対象となった方が留守の場合、時間を変えて最大で６回電話をかけて調査へのご協力をお願いしています。不在だからとやめてしまうと、「その時間に在宅していた人」からの回答に偏ってしまい、正確な「有権者の縮図」をとらえることができません。
また、「興味がないから答えたくない」などと断られても、再度お願いの電話をする場合もあります。これは１度の電話では調査の趣旨を十分ご理解いただけないことがあるためです。より多くの方から回答をいただくことで正確な調査になります。ご理解ください。
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自分も二度、選挙世論調査（面接方式）の調査員をやったことがあるがトラブルはなかった。最近は個人情報に敏感になっている人が多いという。だから、朝日新聞をとっていない人は「なんで朝日が？」とは思うだろう。全員が拒否反応を示すわけでもないだろうが、「所要時間は１人７〜８分だ。」（「世論調査のRDD方式って？」）というのはスムーズに運んだ場合だろう。
「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」には「電話調査へのクレーム」が次のように書かれている。
「そうしたなか、それでも回答率を上げようと、調査に力を入れると、今度は苦情、クレームの問題にぶちあたる。
朝日新聞のRDDでは、コンピューターで発生させた番号に電話をかけ、家庭につながれば調査への協力を頼むが、電話に出た人をそのまま調査対象にするのではなく、まず、その家に20歳以上の有権者が何人いるかを尋ねたうえで、乱数表を使って調査する人を決めるという手順を踏んでいる。選ばれた対象者が在宅していなければ、帰宅時間を聞いて再びかけ直す。対象者の調査が終わるまで、最大で『6回』、電話をかけるのを原則としている。
『忙しいから』と回答を渋る人を説得し、『6回』まで粘って、調査をお願いする。対象者が『電話に出やすい人』『調査に協力的な人』に偏ってしまっては、正しい世論とはいえない。そうならないための工夫なのだが、その『しつこさ』にキレて、強烈な抗議を突きつける人も少なくない。なかには、なかなかハードな抗議もあり、対応に苦慮することも多い。」（同書）
３の３ 家庭用と事業用との判別が難しいこと
「『朝日RDD』方式とは」によると、
「世論調査の対象となるのは、一般世帯に居住する有権者です。もし、電話が法人など一般世帯以外につながった場合は対象外として処理します。」（同記事）
とあっさりと書いてある。ところが、「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」には次のように書いてある。
「定例調査で採用しているRDDは、回答率の定義が面接調査とは異なるので話が少しややこしい。RDDの場合の回答率とは、コンピューターで発生させた番号のうち有権者のいる家庭用番号にかかったものを全体とした、有効回答の比率である。朝日新聞の場合、この回答率は、だいたい5〜6割で推移している。
しかし実をいうと、この回答率にはやや不透明な部分がある。家庭用とも事業用とも判別できない電話番号が相当数あり、それは母数から除いているからである。仮にそうした判別不能の電話番号のうち、半分が家庭用だとすれば、回答率は4割台まで下がってしまうかもしれない。」（同書）
３の４ RDD方式の信頼性
「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」の著者は、「なぜ世論調査は大切なのか」と基本的立場を説明している。
「世論調査に欠陥がないわけではない。しかし、民主主義の基本である世論を把握するために、いまのところ世論調査以上に適当なツールがないというのも、また事実なのである。世論調査がなければ、政治を考えるための材料、それも極めて大きな材料が失われるといっていい。」（同書）
だが同時に次の事実も指摘している。
「メディアは世論調査をして、『いま、世論はこんなふうに見ている』と報じる。しかし、その調査が正しく世論をとらえているのか、検証する術（すべ）はない。世論の実態を目にすることは、誰にもできないからだ。」（同書）
したがって、世論調査で導き出された数値は、メディアがその主張を容易に意味づける手段ともなり得る。極論だが、メディア自身が一定方向の情報を流し、その効果を世論調査で確定していくということも可能だ。すべてのメディアが共同すれば、メディアの期待通りの結果が容易に得られるだろう。メディアはその道のプロであることをお忘れなく。
――「世論を把握する方法としては、世論調査しかない」
――「だから、報道機関が世論調査をおこなう。」（結論）
という論理（この結論自体も検証が必要なのだが）を認めたとしても、結論にいたるまでにはクリアしなければならない条件がいくつもある。
たとえば、「不完全な世論調査はおこなわないほうがよい」という判断はどうだろうか。これだけを挙げれば、賛成する人は多いだろう。
この本の著者も「世論調査にどこまで信をおくべきか」という核心を検討しているが、結局は、RDDという方式を用いれば固定電話のサンプルでこれこれの数値が得られる、ということしかいえないのではないか。
世論調査とは、少数意見を圧迫したり無視したりするのに都合のよいシステムなのだ。そして困ったことに、メディア自身がこれを始める。世論調査の結果に敏感に反応しているのは当のメディアだろう。
３の５ 固定電話調査を読むうえでの留意点
（１） 「支持政党なし」と「無党派層」は新聞社によって定義が異なるという。
朝日新聞では政党支持の質問で「支持政党がない」（2000年6月までは「好きな政党がない」）と答えた人と「その他・答えない」を合わせた人を無党派層としている。（同書）
読売新聞や毎日新聞は「支持政党なし」という人だけを無党派層に分類している。また日経新聞は、政党支持質問で政党を挙げなかった人を対象に好きな政党を尋ね、そこでも政党名を答えなかった「好意政党なし」を無党派層としている。（同書）
（２） 「支持政党は聞き方で変化する」（同書）とも書いてある。（「聞き方」＝「質問の仕方」）
また、支持の概念も政党によって異なるという。
自民支持層で見てみると、「党員になってもよい」は22％（「すでになっている」を含む）、「寄付してもよい」は11％（「すでにしている」を含む）、「参加してもよい」は29％（「すでにしている」を含む）、「必ず投票する」は55％。「党員」、「寄付」、「参加」の低さもさることながら、「投票する」が半数強しかいなかったのは驚きだった。（同書）
（３） RDD法による定例調査の誤差幅は5％程度になるという。
だから、統計では当然のことだが、
「朝日新聞は内閣支持率が○％から△％に上がったときも、（△−○）ポイント上がったとは書かない。それは、○％にも△％にも誤差があり、簡単に引き算できるものではないという考えからだ。」（同書）
３の６ メディアが選挙情勢調査に大騒ぎする理由
「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」によると、選挙情勢調査の目標サンプル数は400人×300小選挙区＝12万人だという。（通常の2000人目標の世論調査の60倍）
こういう調査を行う表向きの理由――有権者に選挙に関する情報を提供すること――のほかに、調査をする側にとってより重要な理由があるという。選挙情勢調査は実際の選挙結果と比較し検証されるからだ、というのだ。議席予測が当たっていれば通常の世論調査も正しいと見なしてよい、というのだが、この推論は正しいのか。
「『推計』こそ調査の秘中の秘」という章で説明してあるのだが、この章全文を引用するには長すぎるし、かといって要約もままならなかった。継ぎ接ぎの引用は避けているのだが、やむを得ず要点部分を抜き出すことにした。
「ふだんの世論調査は調査で得られた数字そのものを分析する。」（同書）のにたいし、「選挙情勢調査では、調査で得られた数字そのものは報道されない。調査時点（たとえば投票日の1週間前）の結果をもとに投票日の得票を予想するから、その間の変化を予想して加工が施される。いわゆる『推計』をするのである。」（同書）という。
この「推計」は「カン」によるのではなく科学的な予測であり、推計得票率を求める方法の一つとして「３次曲線」の活用があるというのだ。「３次曲線」とは、過去の選挙を分析して得られた、選挙における得票率と事前の調査支持率との関係だという。（グラフは省略）
ただし、「どのように『推計』するかは、それこそ各メディアの『秘中の秘』であり、推計担当者はこの日のために日々、研鑽を積んでいる。選挙予想が当たるか当たらないかは、ひとえに『推計』がうまくいくかどうかにかかっている。」（同書）とも書いている。
そして次のように結んでいる。
「ここで忘れてはならないのは、もとになる調査の生の数字が実態をとらえていなければ、いくら精緻な『推計』をしても当落は正しく占えないということだ。そこで、選挙情勢をピタリと当てられる機関であれば、世論調査の品質もまた保証されるという理屈が立つのである。」（同書）
はたしてこの推論は妥当か？
科学的な予測でもあたらないことがあるらしい。科学的というなら、それぞれの数値と推計方法を公表してもらいたい。検証もできないものが科学であるはずがない。
３の７ 出口調査と開票速報
出口調査の場合、選挙の投票者が母集団となるのだが、朝日新聞の場合、衆院選では全300選挙区すべてで実施し、総サンプル数が54万に及ぶという。
この著者は出口調査についても問題点を指摘している。列挙すると、
・政党によって回答が実際より少なめに出たり、多めに出たりする傾向がある。
・追い風を受けている候補者や政党に回答が集まりがち。
・投票終了前に出口調査の結果が候補者の陣営に伝わることがあった。
などだという。
こうして当日、選挙開票速報報道が始まり、各社が予想の正確さと速さを競いあう。予想が当たると誰かが褒めてくれるのだろうか。当確予想が外れて怒られたという話はよく聞くが。
だが、予想などどうでもいい。得票数の集積という事実の推移の方がはるかに興味深い。あえていうなら、NHKの報道パターンだ。他の番組同様、ここでも民放各社は勝手な思い込みがある。
１ 世論調査報道
２ 一連の「ルーピー」報道
３ 世論調査報道
３の１ 固定電話とIP電話と携帯電話など
３の２ 電話をかける
３の３ 家庭用と事業用との判別が難しいこと
３の４ RDD方式の信頼性
３の５ 固定電話調査を読むうえでの留意点
３の６ メディアが選挙情勢調査に大騒ぎする理由
３の７ 出口調査と開票速報
＊２は報道資料をまとめただけです。
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１ 世論調査報道
世論調査報道とは、世論調査のために報道しその世論調査の結果によって報道していくという意味だ。ここ十数年、RDDという簡便な世論調査の手法が導入され、テレビはもちろんのこと全国紙などもこういう報道姿勢が顕著になっている。
RDD方式が簡便だというのは、費用も手間もかからないし、まして調査では重要な設問自体が電話という通信媒体に制約される形で、簡易化・イメージ化されているからだ。そして、こういう世論調査と呼応するかのように報道姿勢も簡易化・イメージ化されている。
２ 一連の「ルーピー」報道
「loopy」で注目されたワシントンポストのコラム記事は、「民主党国際局長を『奇怪』と米紙コキ下ろす」（2010年03月09日付 スポニチ）という記事を想起させる。その焼き直しなので、わざわざ記事に取り上げるほどのことはないと思うのだが、各新聞社は一斉に食いつき、反響は大きかった。話題の人物の知名度が高かったこともあるし、それまでの報道でloopyを受け入れる下地がすでに出来上がっていた。それにloopyという言葉の語感が、意味が理解できなくても、あるイメージを思い起こさせる。
だが、批判は当然だと思うが、新聞記者なら自分で取材し自分の言葉で具体的に批判してほしい。紹介記事では議論が深化しない。
報道の意図を明確にするために一連の記事をまとめてみた。掲載日時は分刻みでせわしないものもあるが……。（注：引用記事の部分を区別するために、記事「見出し」に■をつけ、地の文は行頭の「――」で示してある。）
■「哀れでますますいかれた鳩山首相」…米紙酷評（2010年4月15日11時12分 読売新聞）
【ワシントン＝小川聡】１４日付の米ワシントン・ポスト紙は人気コラムの中で、１３日に終わった核安全サミットに出席した３６人の各国首脳たちがオバマ米大統領との近さを競い合ったとしたうえで、「このショーの最大の敗北者は断然、哀れでますますいかれた日本の鳩山由紀夫首相だった」と鳩山首相を酷評した。
コラムは看板記者のアル・カーメン氏の執筆で、「首相はオバマ大統領との公式会談を望んだとされるが、夕食会の席での非公式な会談が慰めとして与えられただけだった」と解説。
米政府のこうした対応の理由について、「日米を分断している沖縄の米軍普天間飛行場問題を通じ、鳩山首相はオバマ政権の高官たちに、信頼できないという印象を植え付けた」と指摘した。さらに、「ますますいかれた」との表現は、「オバマ政権高官たちの評価」だとした。
一方で、「オバマ大統領と９０分にわたって会談した胡錦濤・中国国家主席は、勝者リストのトップに位置した」と指摘し、大統領が胡主席に握手をしながらお辞儀する写真を掲載した。
――参考までにこの「コラム」の該当個所を挙げておく。
■Among leaders at summit, Hu's first
By Al Kamen Wednesday, April 14, 2010(The Washingtonpost)
By far the biggest loser of the extravaganza was the hapless and (in the opinion of some Obama administration officials) increasingly loopy Japanese Prime Minister Yukio Hatoyama. He reportedly requested but got no bilat. The only consolation prize was that he got an "unofficial" meeting during Monday night's working dinner. Maybe somewhere between the main course and dessert?
A rich man's son, Hatoyama has impressed Obama administration officials with his unreliability on a major issue dividing Japan and the United States: the future of a Marine Corps air station in Okinawa. Hatoyama promised Obama twice that he'd solve the issue. According to a long-standing agreement with Japan, the Futenma air base is supposed to be moved to an isolated part of Okinawa. (It now sits in the middle of a city of more than 80,000.)
But Hatoyama's party, the Democratic Party of Japan, said it wanted to reexamine the agreement and to propose a different plan. It is supposed to do that by May. So far, nothing has come in over the transom. Uh, Yukio, you're supposed to be an ally, remember? Saved you countless billions with that expensive U.S. nuclear umbrella? Still buy Toyotas and such?
――これを産経が見逃すはずがない。日経や東京新聞も次のように報道した。
■「鳩山首相が最大の敗者」 核サミット巡り米紙酷評（2010/4/15 11:07 日本経済新聞 電子版）
【ワシントン＝大石格】「最大の敗者は鳩山由紀夫首相」「不運で愚かさを増している」――。14日付の米紙ワシントン・ポストは核安全保障サミットに出席した世界の首脳を品評するコラムを掲載し、鳩山首相の立ち回りを酷評した。勝者に位置付けられたのは中国の胡錦濤国家主席、ウクライナのヤヌコビッチ大統領ら。特に胡氏については人民元問題でオバマ大統領と渡り合ったことを指摘して「勝者リストのトップの座は明らかだ」と持ち上げた。
評価基準は主にオバマ氏がどれだけ相手にしたか。胡氏との会談に最長の90分間を費やしたのと対照的に鳩山氏とは正式な会談をしなかったことを指摘。「恐らく夕食会のメーン料理とデザートの間に、慰めとして非公式会談をしてもらった」と笑いものにした。
■鳩山首相が「最大の敗者」「不運で愚か」とワシントン・ポスト紙が酷評(産経ニュース 2010.4.15 01:07）
【ワシントン＝佐々木類】米紙ワシントン・ポストは１４日付で、核安全保障サミットで最大の敗者は日本の鳩山由紀夫首相だと報じた。最大の勝者は約１時間半にわたり首脳会談を行った中国の胡錦濤国家主席とした。鳩山首相について同紙は、「不運で愚かな日本の首相」と紹介。「鳩山首相はオバマ大統領に２度にわたり、米軍普天間飛行場問題で解決を約束したが、まったくあてにならない」とし、「鳩山さん、あなたは同盟国の首相ではなかったか。核の傘をお忘れか。その上で、まだトヨタを買えというのか。鳩山首相を相手にしたのは、胡主席だけだ」と皮肉った。
■核安保サミットで米紙酷評 『鳩山首相は最大の敗者』（東京新聞 2010年4月15日 夕刊）
【ワシントン＝岩田仲弘】十四日付の米紙ワシントン・ポストはコラム欄で、オバマ米大統領が主宰し、世界四十七カ国の首脳らが参加した核安全保障サミットの期間中、大統領と夕食会で約十分間の非公式会談しかできなかった鳩山由紀夫首相を「豪華ショー（サミット）の最大の敗者」と酷評した。
同コラムは、「鳩山首相は報じられているところでは、会談を申し入れていたがかなわず、せめての慰めが夕食会での"非公式"会談だった」と指摘。
首相を「金持ちの息子」と形容し、難航する米軍普天間飛行場の移設問題をめぐり「米政府高官に頼りなさを植え付けた。大統領に二度も問題解決を約束したが、今のところ何も提示されていない」と批判した。
オバマ政権内に「首相は変人ぶりに磨きをかけた」という意見があることを挙げつつ「ああユキオ、日本は同盟国だろ？ 米国の核の傘の下で、その途方もない資産をためてきたのか？ まだ高級車でも買うつもりか？」と痛烈に皮肉った。
――これらの記事を受けた「ぶら下がり取材」の詳細から該当個所を挙げておく。なお、この記事に限って「――」はインタビューの質問を表す。
■【鳩山ぶら下がり】「私は愚か」発言 「米紙の揶揄、そのままいただいた」（産経ニュース 2010.4.21）
【愚かな総理発言】
――きょうの党首討論で、私は愚かな総理かもしれませんとおっしゃった。愚直に、という言葉もあったが、国民からすると普天間問題が混乱して不満、不安が募っている。この状態で愚かな総理という真意は
「はい。この意味はですね、ワシントン・ポストがそのように揶揄をされたと。それをそのままいただいたわけであります。すなわち、愚直にですね、やはり沖縄の県民のみなさん方のご負担というものを何としても、少しでも和らげたいという思いがあった。それから本当の意味で、あの、（沖縄県名護市の）辺野古に決めたときに何も動かなくなってしまうことで、日米安保が守られるのかと。そのことの心配もあったと。むしろ愚直に、愚かかもしれないけども、その思いを守りたいと。沖縄県民のみなさんのために尽くしたいという思いから出てきた言葉であります。私はしかし、その愚直さを今こそ生かさなきゃならないときであると。簡単に考えればですね、ある意味で昨年の１２月に決着を図ろうと思えば、それは楽だったかもしれない。どんなに負担が個人としては楽だったかもしれない。しかし、そのことで本当によいのかと。私は日米安保のためにも、むしろ愚かで愚直であるかもしれないけれども、県民のみなさんのことを思い、そして真の意味での日米安保のことを考えたときにはむしろ、この判断が将来正しかったということを言っていただけるときが来るんじゃないかと愚直にそのように考えています」
――このインタビュー記事をうけて次の記事が載った。この記者は「愚か」と「愚直」とを問題にしている。鳩山首相が「『愚か』と『愚直』を都合のいいようにすり替える」というのだ。まさしくイメージ上の争いになってきている。
■【政論】首相は「愚直」なのか、「愚か」なのか (産経ニュース 2010.4.23 阿比留瑠比記者）
……「愚か」と「愚直」を混同するのはおかしい。複数の辞書を総合すると、前者は文字通り「考えが足りないさま」「ばかげているさま」で英語の「ｌｏｏｐｙ」に通じる。一方、後者は「正直いちずなこと。ばか正直」などとあり、不器用なまでの真っ正直さを表す言葉なのだ。
「愚か」と「愚直」を都合のいいようにすり替えるとは、正直な態度とはいえない。とても愚直を自任する資格はないはずだ。
――ところが、28日になって当のコラムニストが「loopy」の真意を釈明した。だが、釈明しているようで、かえってloopyを増幅しているように受け取れる。また、「日刊ゲンダイ」でも「loopy」の真意を説明する記事が載った。
■鳩山首相は「現実から変に遊離した人」 米紙コラムニスト（産経ニュース 2010.4.28）
【ワシントン＝佐々木類】米紙ワシントン・ポストは２８日付（電子版）で、さきの核安全保障サミットで、鳩山由紀夫首相を「最大の敗者」と皮肉ったコラムニスト、アル・ケイマン氏が、首相を「ルーピー（ｌｏｏｐｙ）」とした真意は、「愚か」や「いかれた」ではなく「現実から変に遊離した人」が真意だとするコラムを掲載した。
ケイマン氏は、今回のコラムで、島根大学の教授が日本のメディアがルーピーの意味を「愚かな」と「いかれた」の２通りに解釈していると指摘し、真意はどちらなのだと問い合わせてきたことを紹介。ルーピーの意味について「組織の意思決定について十分な情報を得ているという意味での『輪の中に入っている』状態とは正反対の意味」だと釈明した。
日本の複数の英和辞書によると、ルーピーについて「（頭の）いかれた」「愚かな」という訳が紹介されている。
ケイマン氏はルーピーという言葉はインターネット上で、１枚２９４０円のＴシャツとなって売れていることも紹介。浮気の釈明会見後に、妻に「（会見のパフォーマンスは）どうだった？」と聞いたサウスカロライナ州知事を「ルーピー」の例に挙げた。
■「いかれた鳩山首相」は"誤訳"だった（日刊ゲンダイ2010年5月1日）
米紙ワシントン・ポストのコラムニストが〈いかれた鳩山首相〉とこき下ろした問題で、同紙は２８日付で続報コラムを掲載した。「言いたかったのは『現実離れ』という意味だ」と"説明"、日本の新聞はあたかも同紙が釈明、謝ったように伝えていたが、真実はまったく違う。
そもそも今回の混乱は、コラムにあった「ｌｏｏｐｙ（ルーピー）」という英単語を、日本のメディアが「いかれた」「愚か」と"誤訳"したことにあるのだ。
確かに英和辞典には、「ｌｏｏｐｙ」の意味として「（頭の）いかれた」「愚かな」という記述はある。しかし、在米２３年のジャーナリスト・佐々木香奈氏はこう言う。
「辞書だけを頼りに、記事の全体像や現地の様子を無視して英単語を訳すと間違えるといういい例です。このコラムの『ｌｏｏｐｙ』は、『つかみどころのない』『訳の分からない』という意味で、小バカにしているところはありますが、悪意はありません。言語学の修士課程にいる友人にも確認しましたが、『現実離れしていて物事のとらえ方がずれていて、焦点が定まっていない、変なヤツ』というのが正解です」
（中略）
〈いかれた鳩山首相〉と最初に訳したのは読売新聞だった。悪意丸出しの"誤訳"である。
参考（かなりの長文です）
■'Loopy' takes Japan by storm By Al Kamen Wednesday, April 28, 2010
――こうして関連記事をまとめていてもうんざりしてくる。読み飛ばすのが一番良いのだが、記事の発信側も紹介した側もこういうことを一生懸命報道するんだという例証にはなる。記者がこんなことをやっていて平気なのかと心配にもなる。
ちょうど「米ワシントン・ポスト、ニューズウィークの売却検討」（asahi.com 2010 年5月6日）という記事が載っていた。
極めつけは次の記事だ。
■【あめりかノート】鳩山政権への「真の軽蔑」 古森義久記者（産経ニュース 2010.5.4）
オバマ政権の高官たちが鳩山由紀夫首相をｌｏｏｐｙだとみなしているという米側の報道が話題を呼んだ。この英語の意味が「愚か」にせよ、「現実遊離」にせよ、実感は遠まわしながらよく伝わってくる。だが私が最近、聞いた、もっと直截な言葉はｃｏｎｔｅｍｐｔ（軽蔑（けいべつ））である。
オバマ政権の対日政策担当官たちと頻繁に接触している前米国政府高官が教えてくれた。
「ホワイトハウスや国務省で日米安保関係にかかわる当局者たちは鳩山首相、あるいは鳩山政権に対し、いまや真の軽蔑を感じているといえます。日本側にはそのことを決して認めないでしょうが」
この人物は「真の」という部分をｇｅｎｕｉｎｅという形容詞でとくに強調するのだった。オバマ政権の鳩山観はこんなところまで下落しているわけだ。
（以下省略）
――かくして鳩山首相のイメージは「軽蔑」にまで至ってしまった。
最後にもう一つ、産経の報道姿勢を確認しておく。
■「鳩山首相の信頼はボロボロ」 いまや"日本非難"の時代と米紙（産経ニュース 2010.4.23）
【ワシントン＝佐々木類】米紙ウォールストリート・ジャーナルのアジア版（電子版）は２２日付で、現在の日米関係について「ジャパン・ディッシング（日本非難）」と題する記事を掲載した。
記事を書いたのは、米大手シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所」のオースリン日本部長。この中で、日米関係について「かつてはジャパン・バッシング（日本たたき）、ジャパン・パッシング（日本素通り）という時期があったが、今やジャパン・ディッシングともいうべき新しい時代に入った」としている。
その理由として、「鳩山由紀夫首相の信頼はボロボロになり、米政府高官たちは日本人を内心でますます見放すようになってきている」からだと指摘。その上で、「米国との親密な関係がなければ、日本は（アジアにおいて）今以上に孤立することになるだろう。それは世界第２位の経済大国にとって健全な状態とはいえない」としている。
記事はまた、「だれも日米同盟が崩壊するとは予測していないが、鳩山首相が現状を変えることができなければ、両国関係は明らかに棚上げされるだろう」と強調。「ワシントンとの話し合いができる状態になるか、鳩山首相が辞任しない限り、ジャパン・ディッシングは、アジアにおける数十年にわたる安定と繁栄を一変させる脅威となる」と結論付けている。
――この記事に関してネット上で触れている方がいたので確かめてみた。「ウォールストリート・ジャーナル」には次のように書いてある。これもアメリカ中心の記事なのだが、「ジャパン・ディッシング」の訳の引用は正確にお願いしたい。
■【オピニオン】冷え込む米日関係−ジャパン・バッシングならぬ「ジャパン・ディッシング」（マイケル・オースリン）
「そして今、日本政府と米国政府は新たな時代に突入した。わたしは、この時代を「ジャパン・ディッシング（日本切り捨て）」と名付けたい。鳩山新政権は、自らの主要パートナーに対してさまざまな失策を犯し、一貫した政策を示すこともできず、オバマ政権から非難を買い、ますます無視されつつある。」（ウォールストリート・ジャーナル 2010年4月22日）
３ 世論調査報道
何か事が起こると、緊急世論調査が一斉に行われる。何も起こらなくても世論調査が行われる。
「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」（吉田貴文著）（以下、「同書」と記す）によると、朝日新聞が2007年に行った世論調査（選挙情勢調査を除く）について次のようにのべている。
最も多いのが電話調査＝朝日RDD＝の25回。内訳は原則、月ごとに実施する定例調査（サンプル数2000）が8回。何かが起きたとき、緊急に行う緊急調査（同1000）が6回。1週間おきの世論の変動を追った連続調査（同1000）が11回だった。07年には参院選があり、その前後に連続調査をしたため、定例調査の回数が減っている。（同書）
その他に面接調査が1回、郵送調査も1回、若者を対象に、連続インターネット調査も12回実施したという。
「調査方法が違えば、得られる結果も異なる。」（同書）といい、その調査方法として
「�…敢紺�が対象者の自宅に出向いて直接会って調査をする面接調査、
��調査員が質問票を対象者宅に届け、数日後に回収に出向く留め置き調査、
�Ｂ仂歇圓謀渡辰鬚�けて調査をする電話調査、
�ぜ遡簓爾鯊仂歇圓僕港�し、回答を書き込んで送り返してもらう郵送調査、
�ゥぅ鵐拭璽優奪箸鮖箸辰銅遡笋垢襯ぅ鵐拭璽優奪板敢此�
など」（同書）
を挙げている。
だが、「RDD＝電話世論調査」という捉え方は錯覚が生じる。「電話すべて」という錯覚と「世論を示す」という錯覚が複合している。そして、報道する側もほとんどがRDD方式を「電話世論調査」と称している。
＊「日経電話世論調査 調査の方法」には「標本の抽出枠」として「全国の固定電話加入世帯」と明記してある。
それに、新聞・テレビ各社それぞれのRDD（毎日はRDS）に微妙な違いがあり、未公表の部分にはもっと違いがあるはずだ。調べていくとわからないことが続出する。そこで、比較的に情報が得やすい朝日RDDに限定して話を進める。
参考資料――以下、引用はこの中から行う。
※朝日関連
・「朝日RDD」方式とは asahi.com（朝日新聞社）：世論調査 - ニュース特集
・世論調査のRDD方式って？-マイタウン兵庫（川田惇史記者）（asahi.com 2009年05月23日）
・「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」（吉田貴文著 2008年11月20日発行）
――この本は「調査する側」からの問題点が指摘してあり参考になる。著者略歴：「1998年以降、主に世論調査センターで調査の企画・実施・分析に従事する。」
※日経関連
・「電話（RDD）調査の課題」（pdf） （佐藤寧 株式会社日経リサーチ 世論調査室）
・日経リサーチ 日経電話世論調査 調査の方法
３の１ 固定電話とIP電話と携帯電話など
まず、「ＲＤＤ方式の世論調査の対象者に選ばれるには、携帯電話やＩＰ電話でなく、固定電話が条件になる。コンピューターで無作為に並べた電話番号に電話をかけるのだから、携帯電話でも調査ができそうだが、番号から所在地を特定できないので地域が偏らないように対象者の番号を作成することが難しいという。」（「世論調査のRDD方式って？」）ということを確認しておく。
見出しに「など」と付けたのは、電話機能を持つ端末がこの他にもあるからだが、見かけではなく通信方法が問題となっている。固定電話などというと、ネジで電話が留めてあるイメージをもってしまうが、見た目はＩＰ電話とかわらない。
３の２ 電話をかける
「朝日新聞が世論調査のオペレーター業務を委託している調査会社の東京都内にあるコールセンターを、調査日に訪ねた。広いオフィスに数十台のパソコンが並び、ヘッドセットをつけた１３人のオペレーターが一斉に電話をかけていた。この日は、北海道や九州のコールセンターからも電話をかけているという。オフィスのホワイトボードに、各地の調査の達成目標が書き出されていた。」（「世論調査のRDD方式って？」）
調査日には業務委託された調査会社のコールセンター、数カ所から電話をかけるようだ。当然の事ながら調査会社は回答数を増やしたいと思うはずだ。その時、相手の拒否回答に対する「『切り返しトーク』が調査への理解をいただき、回答率を上げるポイント」（同記事）だと書いてある。
「『朝日RDD』方式とは」には「◆よくある質問」が列挙してある。調査時に聞かれたということなのだろうか。（引用は以下の「Q〜A」）
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Ｑ 電話番号はどうやって調べたのか
Ａ 電話帳などのリストで電話番号を調べてかけているわけではありません。番号をコンピューターで無作為に作成して電話をかけています。そのため、電話帳に番号を載せていないお宅にも電話がかかります。
Ｑ 個人情報を持っているのか
Ａ コンピューターで無作為に作った電話番号をもとに電話をかけているため、住所や氏名など個人を特定する情報は一切持っておりません。また、調査に使用した電話番号を、世論調査以外の目的に使用することは一切ありません。
Ｑ 朝日新聞を購読していないのに電話がかかってきた
Ａ 世論調査の対象者は購読紙といっさい関係なく、有権者のみなさまに幅広い皆様に（ママ）お願いしております。新聞の勧誘とも関係ありません。
Ｑ 持っている固定電話の本数をなぜ聞くのか
Ａ 固定電話を２本持っている場合、そのお宅に電話がかかる確率は、電話が１本のお宅の２倍になります。こうした確率の違いを電話番号の数に応じて統計的に補正するためにうかがいます。
Ｑ 有権者の人数をなぜ聞くのか
Ａ 最初に電話に出た人だけに調査をお願いすると、性別や年齢などに偏りが出て正確な調査になりません。一緒に住んでいる有権者の中から無作為に選ばせていただくためにうかがいます。
Ｑ なぜ何度も電話するのか
Ａ 朝日新聞社では、調査の対象となった方が留守の場合、時間を変えて最大で６回電話をかけて調査へのご協力をお願いしています。不在だからとやめてしまうと、「その時間に在宅していた人」からの回答に偏ってしまい、正確な「有権者の縮図」をとらえることができません。
また、「興味がないから答えたくない」などと断られても、再度お願いの電話をする場合もあります。これは１度の電話では調査の趣旨を十分ご理解いただけないことがあるためです。より多くの方から回答をいただくことで正確な調査になります。ご理解ください。
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自分も二度、選挙世論調査（面接方式）の調査員をやったことがあるがトラブルはなかった。最近は個人情報に敏感になっている人が多いという。だから、朝日新聞をとっていない人は「なんで朝日が？」とは思うだろう。全員が拒否反応を示すわけでもないだろうが、「所要時間は１人７〜８分だ。」（「世論調査のRDD方式って？」）というのはスムーズに運んだ場合だろう。
「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」には「電話調査へのクレーム」が次のように書かれている。
「そうしたなか、それでも回答率を上げようと、調査に力を入れると、今度は苦情、クレームの問題にぶちあたる。
朝日新聞のRDDでは、コンピューターで発生させた番号に電話をかけ、家庭につながれば調査への協力を頼むが、電話に出た人をそのまま調査対象にするのではなく、まず、その家に20歳以上の有権者が何人いるかを尋ねたうえで、乱数表を使って調査する人を決めるという手順を踏んでいる。選ばれた対象者が在宅していなければ、帰宅時間を聞いて再びかけ直す。対象者の調査が終わるまで、最大で『6回』、電話をかけるのを原則としている。
『忙しいから』と回答を渋る人を説得し、『6回』まで粘って、調査をお願いする。対象者が『電話に出やすい人』『調査に協力的な人』に偏ってしまっては、正しい世論とはいえない。そうならないための工夫なのだが、その『しつこさ』にキレて、強烈な抗議を突きつける人も少なくない。なかには、なかなかハードな抗議もあり、対応に苦慮することも多い。」（同書）
３の３ 家庭用と事業用との判別が難しいこと
「『朝日RDD』方式とは」によると、
「世論調査の対象となるのは、一般世帯に居住する有権者です。もし、電話が法人など一般世帯以外につながった場合は対象外として処理します。」（同記事）
とあっさりと書いてある。ところが、「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」には次のように書いてある。
「定例調査で採用しているRDDは、回答率の定義が面接調査とは異なるので話が少しややこしい。RDDの場合の回答率とは、コンピューターで発生させた番号のうち有権者のいる家庭用番号にかかったものを全体とした、有効回答の比率である。朝日新聞の場合、この回答率は、だいたい5〜6割で推移している。
しかし実をいうと、この回答率にはやや不透明な部分がある。家庭用とも事業用とも判別できない電話番号が相当数あり、それは母数から除いているからである。仮にそうした判別不能の電話番号のうち、半分が家庭用だとすれば、回答率は4割台まで下がってしまうかもしれない。」（同書）
３の４ RDD方式の信頼性
「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」の著者は、「なぜ世論調査は大切なのか」と基本的立場を説明している。
「世論調査に欠陥がないわけではない。しかし、民主主義の基本である世論を把握するために、いまのところ世論調査以上に適当なツールがないというのも、また事実なのである。世論調査がなければ、政治を考えるための材料、それも極めて大きな材料が失われるといっていい。」（同書）
だが同時に次の事実も指摘している。
「メディアは世論調査をして、『いま、世論はこんなふうに見ている』と報じる。しかし、その調査が正しく世論をとらえているのか、検証する術（すべ）はない。世論の実態を目にすることは、誰にもできないからだ。」（同書）
したがって、世論調査で導き出された数値は、メディアがその主張を容易に意味づける手段ともなり得る。極論だが、メディア自身が一定方向の情報を流し、その効果を世論調査で確定していくということも可能だ。すべてのメディアが共同すれば、メディアの期待通りの結果が容易に得られるだろう。メディアはその道のプロであることをお忘れなく。
――「世論を把握する方法としては、世論調査しかない」
――「だから、報道機関が世論調査をおこなう。」（結論）
という論理（この結論自体も検証が必要なのだが）を認めたとしても、結論にいたるまでにはクリアしなければならない条件がいくつもある。
たとえば、「不完全な世論調査はおこなわないほうがよい」という判断はどうだろうか。これだけを挙げれば、賛成する人は多いだろう。
この本の著者も「世論調査にどこまで信をおくべきか」という核心を検討しているが、結局は、RDDという方式を用いれば固定電話のサンプルでこれこれの数値が得られる、ということしかいえないのではないか。
世論調査とは、少数意見を圧迫したり無視したりするのに都合のよいシステムなのだ。そして困ったことに、メディア自身がこれを始める。世論調査の結果に敏感に反応しているのは当のメディアだろう。
３の５ 固定電話調査を読むうえでの留意点
（１） 「支持政党なし」と「無党派層」は新聞社によって定義が異なるという。
朝日新聞では政党支持の質問で「支持政党がない」（2000年6月までは「好きな政党がない」）と答えた人と「その他・答えない」を合わせた人を無党派層としている。（同書）
読売新聞や毎日新聞は「支持政党なし」という人だけを無党派層に分類している。また日経新聞は、政党支持質問で政党を挙げなかった人を対象に好きな政党を尋ね、そこでも政党名を答えなかった「好意政党なし」を無党派層としている。（同書）
（２） 「支持政党は聞き方で変化する」（同書）とも書いてある。（「聞き方」＝「質問の仕方」）
また、支持の概念も政党によって異なるという。
自民支持層で見てみると、「党員になってもよい」は22％（「すでになっている」を含む）、「寄付してもよい」は11％（「すでにしている」を含む）、「参加してもよい」は29％（「すでにしている」を含む）、「必ず投票する」は55％。「党員」、「寄付」、「参加」の低さもさることながら、「投票する」が半数強しかいなかったのは驚きだった。（同書）
（３） RDD法による定例調査の誤差幅は5％程度になるという。
だから、統計では当然のことだが、
「朝日新聞は内閣支持率が○％から△％に上がったときも、（△−○）ポイント上がったとは書かない。それは、○％にも△％にも誤差があり、簡単に引き算できるものではないという考えからだ。」（同書）
３の６ メディアが選挙情勢調査に大騒ぎする理由
「世論調査と政治 数字はどこまで信用できるのか」によると、選挙情勢調査の目標サンプル数は400人×300小選挙区＝12万人だという。（通常の2000人目標の世論調査の60倍）
こういう調査を行う表向きの理由――有権者に選挙に関する情報を提供すること――のほかに、調査をする側にとってより重要な理由があるという。選挙情勢調査は実際の選挙結果と比較し検証されるからだ、というのだ。議席予測が当たっていれば通常の世論調査も正しいと見なしてよい、というのだが、この推論は正しいのか。
「『推計』こそ調査の秘中の秘」という章で説明してあるのだが、この章全文を引用するには長すぎるし、かといって要約もままならなかった。継ぎ接ぎの引用は避けているのだが、やむを得ず要点部分を抜き出すことにした。
「ふだんの世論調査は調査で得られた数字そのものを分析する。」（同書）のにたいし、「選挙情勢調査では、調査で得られた数字そのものは報道されない。調査時点（たとえば投票日の1週間前）の結果をもとに投票日の得票を予想するから、その間の変化を予想して加工が施される。いわゆる『推計』をするのである。」（同書）という。
この「推計」は「カン」によるのではなく科学的な予測であり、推計得票率を求める方法の一つとして「３次曲線」の活用があるというのだ。「３次曲線」とは、過去の選挙を分析して得られた、選挙における得票率と事前の調査支持率との関係だという。（グラフは省略）
ただし、「どのように『推計』するかは、それこそ各メディアの『秘中の秘』であり、推計担当者はこの日のために日々、研鑽を積んでいる。選挙予想が当たるか当たらないかは、ひとえに『推計』がうまくいくかどうかにかかっている。」（同書）とも書いている。
そして次のように結んでいる。
「ここで忘れてはならないのは、もとになる調査の生の数字が実態をとらえていなければ、いくら精緻な『推計』をしても当落は正しく占えないということだ。そこで、選挙情勢をピタリと当てられる機関であれば、世論調査の品質もまた保証されるという理屈が立つのである。」（同書）
はたしてこの推論は妥当か？
科学的な予測でもあたらないことがあるらしい。科学的というなら、それぞれの数値と推計方法を公表してもらいたい。検証もできないものが科学であるはずがない。
３の７ 出口調査と開票速報
出口調査の場合、選挙の投票者が母集団となるのだが、朝日新聞の場合、衆院選では全300選挙区すべてで実施し、総サンプル数が54万に及ぶという。
この著者は出口調査についても問題点を指摘している。列挙すると、
・政党によって回答が実際より少なめに出たり、多めに出たりする傾向がある。
・追い風を受けている候補者や政党に回答が集まりがち。
・投票終了前に出口調査の結果が候補者の陣営に伝わることがあった。
などだという。
こうして当日、選挙開票速報報道が始まり、各社が予想の正確さと速さを競いあう。予想が当たると誰かが褒めてくれるのだろうか。当確予想が外れて怒られたという話はよく聞くが。
だが、予想などどうでもいい。得票数の集積という事実の推移の方がはるかに興味深い。あえていうなら、NHKの報道パターンだ。他の番組同様、ここでも民放各社は勝手な思い込みがある。
2010年04月05日
権力の至近距離にいるジャーナリスト
１ 政治家とジャーナリストの距離
「御手洗冨士夫『強いニッポン』」（御手洗冨士夫著 2006年発行）の小泉元首相を賞讃したところに次のような記述がある。
「それまでの有力政治家というのは、政治家仲間の実態を把握することばかりに熱心で、永田町という『村』を支配し、いかに自分の権力を高めるかということに腐心していた。」（「御手洗冨士夫『強いニッポン』」）
新聞記者や評論家と政治家はお互いに情報をやりとりする関係なのだろう。場合によっては意見も求められ、時の首相に助言や指南までする記者も現れる。これなどは記者が調査したと言うが、藪をつついて蛇を出すことにもなりかねない。既存特権メディアの旧弊だ。決して蛇は出てこない。（「指南書問題について関連記事一覧」――「明日の記者会見についての私見」参照）。
こういうジャーナリストにとっては取材活動が政治家の言行を追う方向へと向かうことになる。「総理大臣とメディア」（石澤靖治著 2002年9月発行）の「第四章 政治記者と政治家」には次のように書いてある。
二〇〇一年に発行された『産経新聞政治部秘史』は、産経新聞の歴代の政治部長や政治記者らによって書かれた、政治記者と首相などの関係が述べられている数少ない資料の一つだ。この本の中で「政治記者が、歴代総理や懇意な有力政治家に電話をかけたり手紙を書いたりするのは、それほど珍しいことではない」と書かれている部分があり、記者たちが単なる政治記者・派閥記者ではなく、歴代の首相たちの政策アドバイザー的、あるいはフィクサー的なことを行ったことが具体的に述べられている。（「総理大臣とメディア」）
同じくこの章から――。
金指は「政治とは情報であり、その意味で政治記者は政治のプレーヤーである」と考えているが、その理由を次のような視点から説明する。
「政治記者は政治の決定にかかわるわけだが、政治家の中でも政治的決定にかかわるのは、わずか数人であり、他の政治家は新聞を読んでその決定を知るにすぎない。そこが政治ジャーナリズムの最も重要な部分の一つであり（数少ない政治の決定者の中に記者がいるという点が）、社会部記者との違いだ。そのために、記者自身が政治的決定のために情報を伝えるメッセンジャー役をやってしまうこともある。……」（「総理大臣とメディア」）
＊金指正雄（かなざし・まさお）＝元日本経済新聞論説副主幹学習院大学法学部特別客員教授。
２ 田原総一朗氏のインタビュー記事、「政治とテレビ どう変わった」（「朝日新聞」2010年3月28日）
司会に熟達した人のインタビューというから的確に質問に答えているのかと思ったら違っていた。（以下「インタビュー記事」。――は田原氏に対する質問をさす。）
──「ゲストに反論したり、かき回したり、司会者というより支配者だ」という批判もありました。
「私は、自分が司会者だという認識はありません。もちろん、久米宏さんや古館伊知郎さんのようなキャスターではない。私は一貫してディレクター（番組の演出家）だと思っています。ディレクターがたまたまテレビに出ている」
──だから、たとえ番組の途中でも、どんどん変更したわけですか。
「そうです。政治家は『田原は人の話をさえぎる』と言いますが、それは政治家が論点をはぐらかすからです。よく、『そんなことは聞いてません』と番組内で言いますが、自分がディレクターだと思っているからです。視聴者の代わりに言っているわけです。」（「インタビュー記事」より）
「田原総一朗の闘うテレビ論」の「キャスターとは何か」のところでは次のように述べていた。
「わたし自身のことをいえば、わたしは自分をキャスターと考えたことはない。『朝まで生テレビ』（テレビ朝日系）にしても『サンデープロジェクト』（同）にしても、司会者だと思われることが多いが、司会者は別にいる。一人のジャーナリストとして参加しているつもりだ。だから、自分の意見をどんどん言うし、それゆえの批判も多いが、これからもフリーハンドでいたい。だから、番組の顔であるキャスターにはなりたくないのである。」（「田原総一朗の闘うテレビ論」田原総一朗著 1997年発行）
役割が「自分の意見をどんどん言う」「ジャーナリスト」から「ディレクター（番組の演出家）」へと変わってきた。だから、政治家が論点をはぐらかす時に『そんなことは聞いてません』と言うらしい。
インタビューでは次のような質問もぶつけられている。
――スタジオでの田原さんは、テレビカメラを従えた仕切り役です。ゲストから見れば一種の権力者では。
「そんなことはないです。そんなことはない。カメラは私にも向いています。政治家は権力を持っているんです。私は何も持っていません」
――政治家に近すぎる、常に権力の至近距離にいる、とも言われました。
「離れたところで遠ぼえはしたくないんです。だから総理大臣にも大臣にも幹事長にも会わないといけないと思っている。番組に出てもらい、目の前でどーんと質問したい。これはどうなんだ、と」
「サンプロに大物政治家が毎週のように出て来てよくしゃべる。あれは裏で通じているからだろう、田原は体制側だ、と言われました。とんでもない」
――じかに聞くということと、権力に近いということは別ですが。
「私はもともと反体制の人間でした。権力、自民党と言ってもいい、を過大評価していました。批判すれば批判するほど、いいアイデアが出てくるんだと思っていた。たたけばいいと。バブルがはじけてそのとき、ああ、実は権力の方は何も持っていないんだとわかりました」
「で、批判するには、やっぱりこっち側はそれなりの対案を考えなきゃいけない、と考えるようになった。だから批判するときに対案をもっている人たちを呼ぶ。その辺から権力に近づいたと言われた。時流に乗っていると見ている人はいるでしょう。私は、変わるのは当然だと思っています。人間が変わらないのはおかしい。化石じゃないんだから」（「インタビュー記事」）
「そんなことは聞いてません」とも言いたくなる。本当のところはどうなのか。
「日本政治の正体」（田原総一朗著 2009年8月30日発行）の「小泉純一郎に『本気でやるね？』」の章で次のように書いている。
「田原さん。話がある」
自由民主党の中川秀直から電話が入った。2001年4月。退陣表明した森喜朗の次を決める自民党総裁選が近づいていた。東京・赤坂の小料理屋で夕方から会うことになった。日本経済新聞の政治記者、田勢康弘も呼ばれていた。
小料理屋の2階座敷で、中川は話を切り出した。小泉純一郎は今度の総裁選に立候補すべきかどうか、というのだ。「自分は何とか出したいと思っている。でも、小泉本人は、まだ出馬を迷っている」と中川は言い、意見を求めた。
小泉は過去2回、総裁選に出馬していた。最初は橋本龍太郎が当選した1995年で、狙いは橋本の無投票当選の阻止。つまりは泡沫候補の扱いだった。次は小渕恵三が当選した98年で、結果は小渕、梶山静六に次ぐ3位。早い話がビリであった。三度目の正直となればよいが、下馬評では橋本の返り咲き気配が濃厚である。
私は、いま自民党に、いや、日本の政治に必要なことは、構造改革であり財政再建であると考えていた。そこで「出馬すべきだ。小泉純一郎が本当に自民党の改革をやるのであれば、私は応援する」と言った。田勢康弘も同じようなことを言った。
「本当に出たほうがいいだろうか。本気になって改革すれば、応援してくれるか」
「本気でやるなら、小泉を応援する」
「わかりました。じゃあ、それを小泉本人の前で言ってほしい」と言って、中川秀直は部屋を出ていった。1階の別の部屋で待つ小泉を呼びにいき、少し話したらしい。しばらくして階段を上がってくる音が聞こえた。「やあ、どうも！」と、いつもの明るい調子で登場し、席に着いた小泉純一郎に、私は言った。
「今度の総裁選には出るべきだ。本気でやるね？」
「本気でやる！」
田中角栄以来これまでの総理大臣は、すべて田中派または経世会（もとはといえば田中派の�倏秒翡畢瓠砲離瓮鵐弌爾�、あるいは経世会が推した人物か、このいずれかである。非自民の細川護煕内閣ですら、作ったのは経世会出身の小沢一郎だ。首相を辞める森喜朗も、経世会の小渕恵三が倒れた後、青木幹雄、野中広務ら経世会ボスたちの承認を得て引き継いだ。小泉が今回戦うのも、経世会の橋本龍太郎である。私は念を押した。
「小泉さん、あなたは経世会と戦うね？」
「断固、戦う」
「じゃあ、あなたを応援するよ」
自民党は経世会の意のまま政治を動かしてきたが、私は経世会主導が続くのはよくないと思っていた。一言でいえば経世会は金権政治だ。力が強すぎて、経世会以外の自民党派閥は、経世会の顔色をうかがい、その意向を推し量ることに汲々としている。これでは、日本がやるべきこと、日本で改革すべきことを、何一つ言い出せない。
その経世会と断固戦うと、小泉は宣言した。初めて経世会に真っ向勝負を挑もうとする政治家だった。これが成功すれば、つまり自民党をぶっ壊すことになる。
ならば応援しようと応じたものの、実はこのとき私は、小泉の勝算は薄いと見ていた。三度目のドン・キホーテになるかもしれない。そうなったとしても、ここまで言う男なら応援のし甲斐があると感じていた。
その後しばらく小泉と、官僚支配、不良債権処理、構造改革などについて話した記憶がある。「いまは官僚の言うがまま、事なかれ主義の政治だ。官僚との馴れ合い政治にどっぷりつかって、政治家が腹をくくってない」と小泉は力説した。不良債権や借金をこんなに抱えているのに、これにメスを入れるのだという首相は、これまで一人も出ていない。改革が必要だ、死に物狂いでやってくれ、と私は言った。
本当のところどうだったかは、わからない。しかし、後になって中川秀直が私に語るには、小泉純一郎はこのとき、三度目の総裁選への挑戦を決断したという。（「日本政治の正体」田原総一朗著）
なるほどというか、「ズバリ！先読み日本経済」（竹中平蔵・田原総一朗共著）（2008年10月21日発行）の「日本のマスコミ・識者はなぜ竹中批判の大合唱だったのか？」のところでは、過去のこととはいえ、政権にあった人から番組に謝意が表された。
田原 今から言うのはおかしいけれど、どのマスコミも竹中・木村が不良債権処理で日本を滅ぼすと書いたなかで、竹中さんを支持したのは、ぼくぐらいだった。
竹中 おっしゃる通りです。当時、田原さんが、「マスコミや評論家は、最初は金融をしっかりやれ、不良債権を解決しろと言った。しかし、いざ始まると竹中叩きをやった。そして、金融再生プログラム（竹中プラン）が発表されると骨抜きと言った。節操がなさすぎるね」と言ってくれた言葉を覚えています。味方してくれたのは田原さんと『サンデー・プロジェクト』だった。（「ズバリ！先読み日本経済」）
ちなみに「郵政民営化の理屈」とは後から捻り出したものだとも述べている。「日本政治の正体」（田原総一朗著）の「理解できなかった郵政民営化論」のところだ。理解できなくても応援するのに問題ではなかったようだ。
竹中が郵政民営化の理屈をイロハのイから作るのに苦労しているころ、私は「納得できれば賛成する。だから、なぜやるかという論理を聞かせてほしい」と頼み、自民党の石原伸晃と二人で１時間ほど、竹中平蔵からレクチャーを受けたことがある。説明が終わって私が石原伸晃に「どう。わかった？」と聞くと、石原は「まったく理解できない」と困った顔をした。私もまったく理解できなかった。
郵政民営化の企画立案は、このときから始まった。すべてが竹中平蔵だった。竹中が作った理屈とは、いわゆる「郵政民営化の竹中5原則」、�ヽ萓�化の原則（「官から民へ」で経済を活性化）、�∪姐臉�の原則（構造改革全体と整合性を図る）、�Ｍ�便性の原則（国民の利便性に配慮）、�せ餮山萢僂慮饗А瞥浩�公社のネットワークなどを活用）�ジ柩冉枸犬慮饗А文柩僂暴淑�配慮）の五つである。（「日本政治の正体」田原総一朗著）
「ズバリ！先読み日本経済」の「郵政民営化を小泉首相は丸投げしたのではないのか？」のところでも次のようにも言っている。
田原 ……この原則を見ると、小泉さんが郵政民営化が必要だと主張していた理由ではなく、まさに竹中さんが一から作ったという印象を強く受ける。こう言うと、竹中さんは困っちゃうかもしれないけど。これは、やっぱり小泉さんが竹中さんに、郵政民営化を丸投げした。しかも、小泉さんに誤解があったので、丸投げを受けた竹中さんは「ここは違いますよ」というように説明した。すると、小泉さんは頭にきてしまい、何もできないから、竹中さんがゼロから郵政民営化の理屈を作った。これが真相だったんじゃないですか？ そうでしょう？（「ズバリ！先読み日本経済」）
「竹中が作った理屈」があるのなら、「もとからあった理屈」というのもあるわけで、だからこそ郵貯にあやしげな人がたかり始めたのだ。
他のジャーナリストについても触れようと思ったが、すでに［Categories］の「報道」に載っているので省略する。
３ 政治家の言行を記述するスタイル
「日本政治の決算−角栄VS.小泉」（早野透著）の「ブッシュが小泉に贈ったプレゼント」のところに、次のような記述がある。
二〇〇一年九月十一日夜、私たち古手の記者数人は福田康夫官房長官と中華料理のテーブルを囲んで懇談していた。小泉政権発足五ヵ月、靖国参拝のこと、田中真紀子外相のこと、中小企業の活力のこと……。そのとき福田氏の携帯電話が鳴った。
「え、ニューヨークの貿易センタービルに飛行機が突っ込んだ？」
まさか、ほんとか、事故なのか、もっと恐ろしいことか。「いやあ、先週から日本国内の米軍施設へのテロ情報がありましてねえ」。福田氏は首相官邸に取って返した。私も国会記者会館に戻ると、テレビがあの飛行機突入の映像を繰り返し報じていた。恐ろしいことが起こった。
……（「日本政治の決算−角栄VS.小泉」）
このブログの「権力と対峙するジャーナリスト―続『同じ釜の飯を食う人々』」（2008年04月26日）と、ある意味でつながりが確認できたわけだ。３月１２日に都内の高級フランス料理店で行われた報道関係者との会食のことだ。
政治家の言行を記録するというスタイルを否定するものではない。「信長公記」などは、その記述が歴史的に検証されている。この本も歴史的に検証されうる記述があれば評価されてもよい。
この本の「あとがき」には次のように書いてある。
「本書は、おもに私自身が見聞したものを中心に、当時の取材ノートをひっくり返して書きつづったものである。一人の政治記者だからおのずと見聞には限界があり、その点では偏ったものである。しかし、私には朝日新聞政治部の同僚記者のたゆまぬ取材活動が背景にあって、そこに全体像の探求を支えてもらっている。……」（「日本政治の決算−角栄VS.小泉」「あとがき」）
こういうスタイルで記述してある政治関係の本が多い。たしかに政治家の資質の一面はわかる。だが、政治家を突き動かしている元の力にまで触れた記述は少ない。たとえ政治家の言行に世論調査の結果を加味したとしても世の中の動きはわからない。極端に言えば世論調査とは好きか嫌いかのイメージ調査でしかないからだ。
「自民崩壊の300日」（読売新聞政治部編）は、東京本社政治部長の村岡彰敏氏が「あとがき」（2009年8月）を書いている。
なぜ自民党は自壊作用を速めたのか。果たして民主党は安定した政権党たり得るのか。本書はこの2テーマを通奏低音としながら、08年の麻生政権誕生前後から09年の衆院解散・総選挙まで、激動の与野党攻防の舞台裏を検証したものである。
自民党が衰退した最大の理由は、冷戦後の新たな政治理念を描けなかったことだろう。米ソ対立と経済成長の時代にあっては、日本は自由主義陣営の一員として米国の核の傘に入り、国内の経済活動と利益分配に専念していればよかった。後援会組織と業界団体に支えられた議員、派閥連合体という自民党の構造は、民意をよく吸収し「官」も巻き込んだ利害調整に適していた。……（同書「あとがき」）
自民党衰退の理由を、政治理念を描けなかった政治家に求めているが、これだけで自民党が自壊を進めたわけでもない。自民党にもともと統一した政治理念などなかった。政権与党というのは、小選挙区制度や政党助成金などで有利だったはずなのに。すると次は民主党の番か。現在の民主党政権は過渡的政権だと思っている。
「御手洗冨士夫『強いニッポン』」（御手洗冨士夫著 2006年発行）の小泉元首相を賞讃したところに次のような記述がある。
「それまでの有力政治家というのは、政治家仲間の実態を把握することばかりに熱心で、永田町という『村』を支配し、いかに自分の権力を高めるかということに腐心していた。」（「御手洗冨士夫『強いニッポン』」）
新聞記者や評論家と政治家はお互いに情報をやりとりする関係なのだろう。場合によっては意見も求められ、時の首相に助言や指南までする記者も現れる。これなどは記者が調査したと言うが、藪をつついて蛇を出すことにもなりかねない。既存特権メディアの旧弊だ。決して蛇は出てこない。（「指南書問題について関連記事一覧」――「明日の記者会見についての私見」参照）。
こういうジャーナリストにとっては取材活動が政治家の言行を追う方向へと向かうことになる。「総理大臣とメディア」（石澤靖治著 2002年9月発行）の「第四章 政治記者と政治家」には次のように書いてある。
二〇〇一年に発行された『産経新聞政治部秘史』は、産経新聞の歴代の政治部長や政治記者らによって書かれた、政治記者と首相などの関係が述べられている数少ない資料の一つだ。この本の中で「政治記者が、歴代総理や懇意な有力政治家に電話をかけたり手紙を書いたりするのは、それほど珍しいことではない」と書かれている部分があり、記者たちが単なる政治記者・派閥記者ではなく、歴代の首相たちの政策アドバイザー的、あるいはフィクサー的なことを行ったことが具体的に述べられている。（「総理大臣とメディア」）
同じくこの章から――。
金指は「政治とは情報であり、その意味で政治記者は政治のプレーヤーである」と考えているが、その理由を次のような視点から説明する。
「政治記者は政治の決定にかかわるわけだが、政治家の中でも政治的決定にかかわるのは、わずか数人であり、他の政治家は新聞を読んでその決定を知るにすぎない。そこが政治ジャーナリズムの最も重要な部分の一つであり（数少ない政治の決定者の中に記者がいるという点が）、社会部記者との違いだ。そのために、記者自身が政治的決定のために情報を伝えるメッセンジャー役をやってしまうこともある。……」（「総理大臣とメディア」）
＊金指正雄（かなざし・まさお）＝元日本経済新聞論説副主幹学習院大学法学部特別客員教授。
２ 田原総一朗氏のインタビュー記事、「政治とテレビ どう変わった」（「朝日新聞」2010年3月28日）
司会に熟達した人のインタビューというから的確に質問に答えているのかと思ったら違っていた。（以下「インタビュー記事」。――は田原氏に対する質問をさす。）
──「ゲストに反論したり、かき回したり、司会者というより支配者だ」という批判もありました。
「私は、自分が司会者だという認識はありません。もちろん、久米宏さんや古館伊知郎さんのようなキャスターではない。私は一貫してディレクター（番組の演出家）だと思っています。ディレクターがたまたまテレビに出ている」
──だから、たとえ番組の途中でも、どんどん変更したわけですか。
「そうです。政治家は『田原は人の話をさえぎる』と言いますが、それは政治家が論点をはぐらかすからです。よく、『そんなことは聞いてません』と番組内で言いますが、自分がディレクターだと思っているからです。視聴者の代わりに言っているわけです。」（「インタビュー記事」より）
「田原総一朗の闘うテレビ論」の「キャスターとは何か」のところでは次のように述べていた。
「わたし自身のことをいえば、わたしは自分をキャスターと考えたことはない。『朝まで生テレビ』（テレビ朝日系）にしても『サンデープロジェクト』（同）にしても、司会者だと思われることが多いが、司会者は別にいる。一人のジャーナリストとして参加しているつもりだ。だから、自分の意見をどんどん言うし、それゆえの批判も多いが、これからもフリーハンドでいたい。だから、番組の顔であるキャスターにはなりたくないのである。」（「田原総一朗の闘うテレビ論」田原総一朗著 1997年発行）
役割が「自分の意見をどんどん言う」「ジャーナリスト」から「ディレクター（番組の演出家）」へと変わってきた。だから、政治家が論点をはぐらかす時に『そんなことは聞いてません』と言うらしい。
インタビューでは次のような質問もぶつけられている。
――スタジオでの田原さんは、テレビカメラを従えた仕切り役です。ゲストから見れば一種の権力者では。
「そんなことはないです。そんなことはない。カメラは私にも向いています。政治家は権力を持っているんです。私は何も持っていません」
――政治家に近すぎる、常に権力の至近距離にいる、とも言われました。
「離れたところで遠ぼえはしたくないんです。だから総理大臣にも大臣にも幹事長にも会わないといけないと思っている。番組に出てもらい、目の前でどーんと質問したい。これはどうなんだ、と」
「サンプロに大物政治家が毎週のように出て来てよくしゃべる。あれは裏で通じているからだろう、田原は体制側だ、と言われました。とんでもない」
――じかに聞くということと、権力に近いということは別ですが。
「私はもともと反体制の人間でした。権力、自民党と言ってもいい、を過大評価していました。批判すれば批判するほど、いいアイデアが出てくるんだと思っていた。たたけばいいと。バブルがはじけてそのとき、ああ、実は権力の方は何も持っていないんだとわかりました」
「で、批判するには、やっぱりこっち側はそれなりの対案を考えなきゃいけない、と考えるようになった。だから批判するときに対案をもっている人たちを呼ぶ。その辺から権力に近づいたと言われた。時流に乗っていると見ている人はいるでしょう。私は、変わるのは当然だと思っています。人間が変わらないのはおかしい。化石じゃないんだから」（「インタビュー記事」）
「そんなことは聞いてません」とも言いたくなる。本当のところはどうなのか。
「日本政治の正体」（田原総一朗著 2009年8月30日発行）の「小泉純一郎に『本気でやるね？』」の章で次のように書いている。
「田原さん。話がある」
自由民主党の中川秀直から電話が入った。2001年4月。退陣表明した森喜朗の次を決める自民党総裁選が近づいていた。東京・赤坂の小料理屋で夕方から会うことになった。日本経済新聞の政治記者、田勢康弘も呼ばれていた。
小料理屋の2階座敷で、中川は話を切り出した。小泉純一郎は今度の総裁選に立候補すべきかどうか、というのだ。「自分は何とか出したいと思っている。でも、小泉本人は、まだ出馬を迷っている」と中川は言い、意見を求めた。
小泉は過去2回、総裁選に出馬していた。最初は橋本龍太郎が当選した1995年で、狙いは橋本の無投票当選の阻止。つまりは泡沫候補の扱いだった。次は小渕恵三が当選した98年で、結果は小渕、梶山静六に次ぐ3位。早い話がビリであった。三度目の正直となればよいが、下馬評では橋本の返り咲き気配が濃厚である。
私は、いま自民党に、いや、日本の政治に必要なことは、構造改革であり財政再建であると考えていた。そこで「出馬すべきだ。小泉純一郎が本当に自民党の改革をやるのであれば、私は応援する」と言った。田勢康弘も同じようなことを言った。
「本当に出たほうがいいだろうか。本気になって改革すれば、応援してくれるか」
「本気でやるなら、小泉を応援する」
「わかりました。じゃあ、それを小泉本人の前で言ってほしい」と言って、中川秀直は部屋を出ていった。1階の別の部屋で待つ小泉を呼びにいき、少し話したらしい。しばらくして階段を上がってくる音が聞こえた。「やあ、どうも！」と、いつもの明るい調子で登場し、席に着いた小泉純一郎に、私は言った。
「今度の総裁選には出るべきだ。本気でやるね？」
「本気でやる！」
田中角栄以来これまでの総理大臣は、すべて田中派または経世会（もとはといえば田中派の�倏秒翡畢瓠砲離瓮鵐弌爾�、あるいは経世会が推した人物か、このいずれかである。非自民の細川護煕内閣ですら、作ったのは経世会出身の小沢一郎だ。首相を辞める森喜朗も、経世会の小渕恵三が倒れた後、青木幹雄、野中広務ら経世会ボスたちの承認を得て引き継いだ。小泉が今回戦うのも、経世会の橋本龍太郎である。私は念を押した。
「小泉さん、あなたは経世会と戦うね？」
「断固、戦う」
「じゃあ、あなたを応援するよ」
自民党は経世会の意のまま政治を動かしてきたが、私は経世会主導が続くのはよくないと思っていた。一言でいえば経世会は金権政治だ。力が強すぎて、経世会以外の自民党派閥は、経世会の顔色をうかがい、その意向を推し量ることに汲々としている。これでは、日本がやるべきこと、日本で改革すべきことを、何一つ言い出せない。
その経世会と断固戦うと、小泉は宣言した。初めて経世会に真っ向勝負を挑もうとする政治家だった。これが成功すれば、つまり自民党をぶっ壊すことになる。
ならば応援しようと応じたものの、実はこのとき私は、小泉の勝算は薄いと見ていた。三度目のドン・キホーテになるかもしれない。そうなったとしても、ここまで言う男なら応援のし甲斐があると感じていた。
その後しばらく小泉と、官僚支配、不良債権処理、構造改革などについて話した記憶がある。「いまは官僚の言うがまま、事なかれ主義の政治だ。官僚との馴れ合い政治にどっぷりつかって、政治家が腹をくくってない」と小泉は力説した。不良債権や借金をこんなに抱えているのに、これにメスを入れるのだという首相は、これまで一人も出ていない。改革が必要だ、死に物狂いでやってくれ、と私は言った。
本当のところどうだったかは、わからない。しかし、後になって中川秀直が私に語るには、小泉純一郎はこのとき、三度目の総裁選への挑戦を決断したという。（「日本政治の正体」田原総一朗著）
なるほどというか、「ズバリ！先読み日本経済」（竹中平蔵・田原総一朗共著）（2008年10月21日発行）の「日本のマスコミ・識者はなぜ竹中批判の大合唱だったのか？」のところでは、過去のこととはいえ、政権にあった人から番組に謝意が表された。
田原 今から言うのはおかしいけれど、どのマスコミも竹中・木村が不良債権処理で日本を滅ぼすと書いたなかで、竹中さんを支持したのは、ぼくぐらいだった。
竹中 おっしゃる通りです。当時、田原さんが、「マスコミや評論家は、最初は金融をしっかりやれ、不良債権を解決しろと言った。しかし、いざ始まると竹中叩きをやった。そして、金融再生プログラム（竹中プラン）が発表されると骨抜きと言った。節操がなさすぎるね」と言ってくれた言葉を覚えています。味方してくれたのは田原さんと『サンデー・プロジェクト』だった。（「ズバリ！先読み日本経済」）
ちなみに「郵政民営化の理屈」とは後から捻り出したものだとも述べている。「日本政治の正体」（田原総一朗著）の「理解できなかった郵政民営化論」のところだ。理解できなくても応援するのに問題ではなかったようだ。
竹中が郵政民営化の理屈をイロハのイから作るのに苦労しているころ、私は「納得できれば賛成する。だから、なぜやるかという論理を聞かせてほしい」と頼み、自民党の石原伸晃と二人で１時間ほど、竹中平蔵からレクチャーを受けたことがある。説明が終わって私が石原伸晃に「どう。わかった？」と聞くと、石原は「まったく理解できない」と困った顔をした。私もまったく理解できなかった。
郵政民営化の企画立案は、このときから始まった。すべてが竹中平蔵だった。竹中が作った理屈とは、いわゆる「郵政民営化の竹中5原則」、�ヽ萓�化の原則（「官から民へ」で経済を活性化）、�∪姐臉�の原則（構造改革全体と整合性を図る）、�Ｍ�便性の原則（国民の利便性に配慮）、�せ餮山萢僂慮饗А瞥浩�公社のネットワークなどを活用）�ジ柩冉枸犬慮饗А文柩僂暴淑�配慮）の五つである。（「日本政治の正体」田原総一朗著）
「ズバリ！先読み日本経済」の「郵政民営化を小泉首相は丸投げしたのではないのか？」のところでも次のようにも言っている。
田原 ……この原則を見ると、小泉さんが郵政民営化が必要だと主張していた理由ではなく、まさに竹中さんが一から作ったという印象を強く受ける。こう言うと、竹中さんは困っちゃうかもしれないけど。これは、やっぱり小泉さんが竹中さんに、郵政民営化を丸投げした。しかも、小泉さんに誤解があったので、丸投げを受けた竹中さんは「ここは違いますよ」というように説明した。すると、小泉さんは頭にきてしまい、何もできないから、竹中さんがゼロから郵政民営化の理屈を作った。これが真相だったんじゃないですか？ そうでしょう？（「ズバリ！先読み日本経済」）
「竹中が作った理屈」があるのなら、「もとからあった理屈」というのもあるわけで、だからこそ郵貯にあやしげな人がたかり始めたのだ。
他のジャーナリストについても触れようと思ったが、すでに［Categories］の「報道」に載っているので省略する。
３ 政治家の言行を記述するスタイル
「日本政治の決算−角栄VS.小泉」（早野透著）の「ブッシュが小泉に贈ったプレゼント」のところに、次のような記述がある。
二〇〇一年九月十一日夜、私たち古手の記者数人は福田康夫官房長官と中華料理のテーブルを囲んで懇談していた。小泉政権発足五ヵ月、靖国参拝のこと、田中真紀子外相のこと、中小企業の活力のこと……。そのとき福田氏の携帯電話が鳴った。
「え、ニューヨークの貿易センタービルに飛行機が突っ込んだ？」
まさか、ほんとか、事故なのか、もっと恐ろしいことか。「いやあ、先週から日本国内の米軍施設へのテロ情報がありましてねえ」。福田氏は首相官邸に取って返した。私も国会記者会館に戻ると、テレビがあの飛行機突入の映像を繰り返し報じていた。恐ろしいことが起こった。
……（「日本政治の決算−角栄VS.小泉」）
このブログの「権力と対峙するジャーナリスト―続『同じ釜の飯を食う人々』」（2008年04月26日）と、ある意味でつながりが確認できたわけだ。３月１２日に都内の高級フランス料理店で行われた報道関係者との会食のことだ。
政治家の言行を記録するというスタイルを否定するものではない。「信長公記」などは、その記述が歴史的に検証されている。この本も歴史的に検証されうる記述があれば評価されてもよい。
この本の「あとがき」には次のように書いてある。
「本書は、おもに私自身が見聞したものを中心に、当時の取材ノートをひっくり返して書きつづったものである。一人の政治記者だからおのずと見聞には限界があり、その点では偏ったものである。しかし、私には朝日新聞政治部の同僚記者のたゆまぬ取材活動が背景にあって、そこに全体像の探求を支えてもらっている。……」（「日本政治の決算−角栄VS.小泉」「あとがき」）
こういうスタイルで記述してある政治関係の本が多い。たしかに政治家の資質の一面はわかる。だが、政治家を突き動かしている元の力にまで触れた記述は少ない。たとえ政治家の言行に世論調査の結果を加味したとしても世の中の動きはわからない。極端に言えば世論調査とは好きか嫌いかのイメージ調査でしかないからだ。
「自民崩壊の300日」（読売新聞政治部編）は、東京本社政治部長の村岡彰敏氏が「あとがき」（2009年8月）を書いている。
なぜ自民党は自壊作用を速めたのか。果たして民主党は安定した政権党たり得るのか。本書はこの2テーマを通奏低音としながら、08年の麻生政権誕生前後から09年の衆院解散・総選挙まで、激動の与野党攻防の舞台裏を検証したものである。
自民党が衰退した最大の理由は、冷戦後の新たな政治理念を描けなかったことだろう。米ソ対立と経済成長の時代にあっては、日本は自由主義陣営の一員として米国の核の傘に入り、国内の経済活動と利益分配に専念していればよかった。後援会組織と業界団体に支えられた議員、派閥連合体という自民党の構造は、民意をよく吸収し「官」も巻き込んだ利害調整に適していた。……（同書「あとがき」）
自民党衰退の理由を、政治理念を描けなかった政治家に求めているが、これだけで自民党が自壊を進めたわけでもない。自民党にもともと統一した政治理念などなかった。政権与党というのは、小選挙区制度や政党助成金などで有利だったはずなのに。すると次は民主党の番か。現在の民主党政権は過渡的政権だと思っている。
2010年03月16日
新聞記事の技法――１．省略ヘッドライン ２．広告と記事の融合 ３．情報源秘匿
１の１ 省略の多いヘッドライン
東京新聞の「＜英語の質問箱＞ヘッドラインが読めない」（里中哲彦／翻訳家・河合文化教育研究所研究員）（2009年12月22日）によると、「特有の表現や語法で示される見出し（Headline）」（同記事）が理解できないからだという。（注：このシリ―ズはネット上で検索可能）
列挙してあるヘッドラインの特徴の部分を引用する――。
(1) 過去形または現在完了形であらわすところを現在形で述べる。
2 Quakes Jolt Tohoku
（地震２度にわたり東北を襲う）
(2) 推測可能なbe動詞・動詞・冠詞は省略してしまう。
Search (Is) On For (The) Missing Schoolgirl
（行方不明少女の捜索つづく） ※カッコ内の語が省略されます。
(3) 不定詞（to ）で未来や予定をあらわす。
U.S. President To Visit Tokyo May 2
（米大統領５月２日来日）
(4) 現在分詞（〜ing）で事柄が進行中であることを示す
（確実な未来や予定をあらわすこともある）。
Japanese Cars Selling Well
（日本車、売れ行き好調）
(5) 過去分詞（〜ed）だけで「受動態」をあらわす。
Kin Of Terrorist Victim Award-ed $300M
（テロ犠牲者の遺族に３億ドルの賠償）
こういうのは不要な部分を削除した究極の言語を思わせる。漢文などをやっていると違和感はない。自分の場合、英語なども文字はほとんど見ず、映画なども聴くだけだから、冠詞、複数と単数の違いなどわからなくなる。「ヘッドライン英語」みたいなものだ。
「映画を聴く」というのは、まず日本語で筋を覚えてしまうと、その後はカセットに録音して聴くだけだからだ。たまに、聴き取れても意味の不明な英語などがあると、映像やシナリオを見て確認するだけだ。聴くだけでもストーリーが理解できたような気にはなれる。
一例を挙げると、主人公のいない部屋で署長が「……しか残っていない！」と叫ぶ場面。
「Nothing left but ……. And that cupcake on the wall!」
（引用は「Memorable quotes for The Shawshank Redemption」による。＝「ショーシャンクの空に」）
映像で確認すると「壁の女とな」と字幕がある。なるほど、カップケーキだと納得した。
＜英語の質問箱＞に戻るが、上述(5)の「$300M」の「M」を解釈するのはしんどい。ｍ＝（略）millionなどと確かに辞書には載っているが、「＄……M」とセットでないとわからない。日本語の雑誌記事に多い名詞止めにも苦労するが、英語でも省略体は苦手だ。
(1)については、地震＝earthquakeとしか思い浮かばない。映画では指紋（＝finger print）をprintsと言っていた。(2)も文の構造がわかりにくい。
なぜこういうことを問題にしたかというと、最近、日本の新聞で英語の原文を確認しなければならない記事が増えてきたからだ。
１の２ 日本の新聞がとりあげるアメリカの新聞記事
・「米との決裂は危険」と警告＝鳩山氏は経験不足−Ｗ・ポスト紙社説（時事ドットコム2009年9月2日）
【ワシントン時事】米紙ワシントン・ポストは１日付の社説で、民主党の鳩山由紀夫代表を「経験不足の政治家」とした上で、「日本政府が米国との決裂を模索するのは危険だ」と警告した。ただ、衆院選での民主党圧勝については、民主主義には政治的競争が必要だとして歓迎した。
社説は「自民党は緊密な日米関係を支持してきたが、鳩山代表はアジアにより軸足を置いた外交政策を目指し、米国の市場原理主義を批判している」と指摘した。
さらに、鳩山代表が米軍基地再編見直しを主張していることを念頭に、オバマ政権とこの問題で交渉する余地はあるが、北朝鮮の核の脅威が存在する中、日米両国が関係を悪化させるのは危険だと論評している。（同記事）
――アメリカの新聞が鳩山代表に「警告」する、とはどういうことか。「論評」ならわかるが。
・米高官「最も厄介なのは中国ではなく日本」 米紙報道（アサヒ・コム 2009年10月23日）
【ワシントン＝伊藤宏】米紙ワシントン・ポストは２２日付の１面で、米軍普天間飛行場の移設問題をはじめとする鳩山政権の日米同盟への対応について、米国務省高官が「いま最も厄介なのは中国ではなく日本」と述べたと伝えた。日米関係について米主要紙が１面で報じること自体が少ないだけに、米の懸念の強さが浮き彫りになった。（同記事）
・「米紙 米州機構事務総長は"左派迎合"中南米の民主主義否定」（赤旗 2010年2月15日【メキシコ市＝菅原啓】）
社説は、同氏の再選を支持しないようオバマ政権に要求。同氏の出身国であるチリでさえ、３月１１日に就任予定のピニェラ次期大統領が支持を明らかにしていないと指摘していました。（同記事）
――これは、米州機構（ＯＡＳ）の事務総長選挙に先だって、ワシントン・ポスト紙が２００５年の前回選挙で米国に推された候補を破って選出されたインスルサ現事務総長の姿勢を批判する社説を掲げたことを論じたものだが、さすがアメリカの新聞だ。世界中を「論評」している。
・民主党国際局長を「奇怪」と米紙コキ下ろす（スポニチ 2010年03月09日）
「８日付の米紙ワシントン・ポストは社説で、民主党国際局長の藤田幸久参議院議員が同紙に対し、米中枢同時テロの陰謀説を示唆する発言をしたとして『奇怪だ』などと同氏を酷評。鳩山由紀夫首相が『藤田氏のような向こう見ずで、事実をねじ曲げるような人物』を容認するのか否かで、日米関係にも悪影響が出かねないと警告した。
同紙は藤田氏が、同テロ実行犯の何人かがまだ生きているとしたり、事件を事前に察知した何者かが株式市場で利益を上げたなどと主張していることを紹介。『民主党や鳩山政権に一貫する反米の考え方を反映しているように見える』と指摘した。……」（同記事）
――この記事などは、ワシントン・ポストにとって「民主党や鳩山政権に一貫する反米の考え方」が気に入らないというだけのものだろう。わざわざ紹介する必要もない。
丁寧に、藤田氏も反論を掲載している。
・「ワシントンポスト（3月8日付）の批判的な社説に対しての私のコメント」（2010年3月9日）
「マスコミは、社会の木鐸で、正しい方向に導くのが本質だと言われている。それがいまや、視聴率や販売部数のためにおもしろおかしく書いている。」（「小沢一郎はどのように自民党をぶっ壊したか？」大下英治著）
発表記事や紹介記事でも正確に報道していればかなりなものだと思う。ところが、おもしろおかしく味付けし、果てはねつ造まである。
２．広告と記事の融合
「夢を電通ビルに記入せよ 就活学生から募集」（アサヒ・コム 2010年2月20日1時0分）
という写真付き記事が載っていた。
「電通ビルに１０文字以内で夢を記入せよ」。大手広告会社の電通が「夢」をテーマにメッセージの募集を始めた。対象は新卒採用試験にプレエントリーした学生だ。
高さ２１０メートルの電通東京本社ビルの壁全面を使って、１９日夜、メッセージ募集の告知を映し出した。応募の中から１１作を選び、３月７日夜、ビル全面で表示して発表する。
大学生の就職内定率は低迷中。「夢をかなえるためにあきらめないで」と若手社員が企画した。ただ、コピーは採用されても「採用選考とは一切関係ありません」。（同記事）
広告会社がインターネット上でキャンペーンを繰り広げるのは一向に構わない。インターネットとはそういうものだし、選択権はユーザー側にあるからだ。だが、新聞は違う。いまだ公正中立な情報機関という思い込みがある。なのになぜ朝日が広告会社のイベントを記事という体裁をとって載せたのか。
「採用担当ブログ 電通ビルに10文字以内で夢を記入せよ。」と比較してみても、この記事を読む限りでは、なにも報道としての情報は付加されていない。キャンペーンそのままだ。
この新聞記事を見た直後にGOOGLEで検索してみた。
「"夢を電通ビルに記入せよ 就活学生から募集" の検索結果 約 1,300 件」
広告と記事とでは、読者の受容態度や情報の伝播の仕方が異なる。裁判員制度のタウンミーティングに関して「世界」（2009年12月号）に次のような記事が載ってた。
「民意偽装（第５回）国策PRを担う人々」（斎藤貴男著）
広報効果を最大化するには、金と引き換えに書かれた文章である実態を覆い隠し、論説委員のような肩書きを持つ第一線の記者の手になる本格的な記事であるかのように見せかけた方がよい、というわけだ。読者を欺くような手口を潔しとしない、良心的な地方紙記者も、もちろん存在した。しかし、〈こうした電通・地方紙連合方式には、一部の地方紙から「せめて〈広告局制作〉の表示を出したら」という意見もあったが、電通サイドから「そうしたことをしない条件が（発注者から）つけられているので無理だ」と突っばねられたという〉（前出・月刊『現代』より）。
３．情報源秘匿
これはジャーナリズムに共通の悪弊だ。「関係者」がどこにでもいるように、「情報源」はいくらでもある。都合のいい情報だけを取り上げれば簡単に世論が操作できる。
鳩山政権の「九〇年比二五％の削減を目指す」という温室効果ガス削減の中期目標に対する批判がある。それに対し、「メディア批評（第23回）」神保太郎著（「世界」2009年11月号）では次のように反論している。
「例えば、読売は九月八日付け朝刊の総合面でこの問題を取り上げ、二五％削減だと二〇年時点で実質国内生産（GDP）を三・二％押し下げ、失業者は七七万人増え、家計では可処分所得が低下し、光熱費がふえるなどして、二〇年時点で一世帯当たりの負担増は年間三六万円にのぼるという試算もある、と書いている。同紙の翌九日付けの「二五％のハードルは高すぎる」と題する社説でも「『家計の負担が年三六万円増加』といった麻生内閣の試算もある」と述べている。」
（中略）
日本の報道では、とかく消息筋とか、周辺では、などと情報源をあいまいにして、発言があったのかさえ疑わせるケースが多すぎる。「家計負担が一世帯当たり年間三六万円増える」という記事や論評には極めて重要なリフレインの明確なソースが書かれていない。
（中略）
データの出所はどこか。経済産業省関係の財団法人日本エネルギー経済研究所（IEEJ）だ。〇九年の初めから、国の会議やシンポジュームなどで発表されてきた。一般に知られるようになったのは、総選挙の投票日直前の同年八月二四日に、経済産業省が同省の試算と偽って発表したためだ。
しかし、IEEJの試算には市民団体などから強い批判があった。例えば、NPO法人「気候ネットワーク」は〇九年四月に発表した文書で、（一）こうした試算では、温暖化対策を強化するほど経済が悪化するようにモデルが設計されている、（二）温暖化対策によって生まれる新たな産業や雇用の創出を十分に反映できないモデルだ、（三）コストを家庭・ビル・民間運輸部門に押し付け、日本の排出の七割近くを占める発電・産業部門の削減はほとんど見込まれていない、などと指摘した。この文書は関係記者クラブで発表された。
そこで、なぜほとんどの新聞やテレビは、記者たちが不当だと知っているはずのIEEJの試算を使って、鳩山新政権の環境政策にネガティブ・キャンペーンを繰り広げたのか。……」
読売社説（九日付け）に書いてある「麻生内閣の試算もある」という表現からすると、試算の極端な例という考えで引用したのかも知れない。ならばデータは検証できる形で提示すべきだろう。産経新聞の関連記事は、ネット上で確認できるので省略する。
鳩山内閣の支持率がどんどん下がっている。支持率などは低い方がいい。なまじっか高支持率だと何をやらかすかわからない。第三局という動きも見え始めている。だが求めているのは今までの政治を継承する第三局ではない。自民党による民主党批判は、今まで政権担当してきた自分の論理批判に衝きあたってしまう。批判勢力にはなりえない。
東京新聞の「＜英語の質問箱＞ヘッドラインが読めない」（里中哲彦／翻訳家・河合文化教育研究所研究員）（2009年12月22日）によると、「特有の表現や語法で示される見出し（Headline）」（同記事）が理解できないからだという。（注：このシリ―ズはネット上で検索可能）
列挙してあるヘッドラインの特徴の部分を引用する――。
(1) 過去形または現在完了形であらわすところを現在形で述べる。
2 Quakes Jolt Tohoku
（地震２度にわたり東北を襲う）
(2) 推測可能なbe動詞・動詞・冠詞は省略してしまう。
Search (Is) On For (The) Missing Schoolgirl
（行方不明少女の捜索つづく） ※カッコ内の語が省略されます。
(3) 不定詞（to ）で未来や予定をあらわす。
U.S. President To Visit Tokyo May 2
（米大統領５月２日来日）
(4) 現在分詞（〜ing）で事柄が進行中であることを示す
（確実な未来や予定をあらわすこともある）。
Japanese Cars Selling Well
（日本車、売れ行き好調）
(5) 過去分詞（〜ed）だけで「受動態」をあらわす。
Kin Of Terrorist Victim Award-ed $300M
（テロ犠牲者の遺族に３億ドルの賠償）
こういうのは不要な部分を削除した究極の言語を思わせる。漢文などをやっていると違和感はない。自分の場合、英語なども文字はほとんど見ず、映画なども聴くだけだから、冠詞、複数と単数の違いなどわからなくなる。「ヘッドライン英語」みたいなものだ。
「映画を聴く」というのは、まず日本語で筋を覚えてしまうと、その後はカセットに録音して聴くだけだからだ。たまに、聴き取れても意味の不明な英語などがあると、映像やシナリオを見て確認するだけだ。聴くだけでもストーリーが理解できたような気にはなれる。
一例を挙げると、主人公のいない部屋で署長が「……しか残っていない！」と叫ぶ場面。
「Nothing left but ……. And that cupcake on the wall!」
（引用は「Memorable quotes for The Shawshank Redemption」による。＝「ショーシャンクの空に」）
映像で確認すると「壁の女とな」と字幕がある。なるほど、カップケーキだと納得した。
＜英語の質問箱＞に戻るが、上述(5)の「$300M」の「M」を解釈するのはしんどい。ｍ＝（略）millionなどと確かに辞書には載っているが、「＄……M」とセットでないとわからない。日本語の雑誌記事に多い名詞止めにも苦労するが、英語でも省略体は苦手だ。
(1)については、地震＝earthquakeとしか思い浮かばない。映画では指紋（＝finger print）をprintsと言っていた。(2)も文の構造がわかりにくい。
なぜこういうことを問題にしたかというと、最近、日本の新聞で英語の原文を確認しなければならない記事が増えてきたからだ。
１の２ 日本の新聞がとりあげるアメリカの新聞記事
・「米との決裂は危険」と警告＝鳩山氏は経験不足−Ｗ・ポスト紙社説（時事ドットコム2009年9月2日）
【ワシントン時事】米紙ワシントン・ポストは１日付の社説で、民主党の鳩山由紀夫代表を「経験不足の政治家」とした上で、「日本政府が米国との決裂を模索するのは危険だ」と警告した。ただ、衆院選での民主党圧勝については、民主主義には政治的競争が必要だとして歓迎した。
社説は「自民党は緊密な日米関係を支持してきたが、鳩山代表はアジアにより軸足を置いた外交政策を目指し、米国の市場原理主義を批判している」と指摘した。
さらに、鳩山代表が米軍基地再編見直しを主張していることを念頭に、オバマ政権とこの問題で交渉する余地はあるが、北朝鮮の核の脅威が存在する中、日米両国が関係を悪化させるのは危険だと論評している。（同記事）
――アメリカの新聞が鳩山代表に「警告」する、とはどういうことか。「論評」ならわかるが。
・米高官「最も厄介なのは中国ではなく日本」 米紙報道（アサヒ・コム 2009年10月23日）
【ワシントン＝伊藤宏】米紙ワシントン・ポストは２２日付の１面で、米軍普天間飛行場の移設問題をはじめとする鳩山政権の日米同盟への対応について、米国務省高官が「いま最も厄介なのは中国ではなく日本」と述べたと伝えた。日米関係について米主要紙が１面で報じること自体が少ないだけに、米の懸念の強さが浮き彫りになった。（同記事）
・「米紙 米州機構事務総長は"左派迎合"中南米の民主主義否定」（赤旗 2010年2月15日【メキシコ市＝菅原啓】）
社説は、同氏の再選を支持しないようオバマ政権に要求。同氏の出身国であるチリでさえ、３月１１日に就任予定のピニェラ次期大統領が支持を明らかにしていないと指摘していました。（同記事）
――これは、米州機構（ＯＡＳ）の事務総長選挙に先だって、ワシントン・ポスト紙が２００５年の前回選挙で米国に推された候補を破って選出されたインスルサ現事務総長の姿勢を批判する社説を掲げたことを論じたものだが、さすがアメリカの新聞だ。世界中を「論評」している。
・民主党国際局長を「奇怪」と米紙コキ下ろす（スポニチ 2010年03月09日）
「８日付の米紙ワシントン・ポストは社説で、民主党国際局長の藤田幸久参議院議員が同紙に対し、米中枢同時テロの陰謀説を示唆する発言をしたとして『奇怪だ』などと同氏を酷評。鳩山由紀夫首相が『藤田氏のような向こう見ずで、事実をねじ曲げるような人物』を容認するのか否かで、日米関係にも悪影響が出かねないと警告した。
同紙は藤田氏が、同テロ実行犯の何人かがまだ生きているとしたり、事件を事前に察知した何者かが株式市場で利益を上げたなどと主張していることを紹介。『民主党や鳩山政権に一貫する反米の考え方を反映しているように見える』と指摘した。……」（同記事）
――この記事などは、ワシントン・ポストにとって「民主党や鳩山政権に一貫する反米の考え方」が気に入らないというだけのものだろう。わざわざ紹介する必要もない。
丁寧に、藤田氏も反論を掲載している。
・「ワシントンポスト（3月8日付）の批判的な社説に対しての私のコメント」（2010年3月9日）
「マスコミは、社会の木鐸で、正しい方向に導くのが本質だと言われている。それがいまや、視聴率や販売部数のためにおもしろおかしく書いている。」（「小沢一郎はどのように自民党をぶっ壊したか？」大下英治著）
発表記事や紹介記事でも正確に報道していればかなりなものだと思う。ところが、おもしろおかしく味付けし、果てはねつ造まである。
２．広告と記事の融合
「夢を電通ビルに記入せよ 就活学生から募集」（アサヒ・コム 2010年2月20日1時0分）
という写真付き記事が載っていた。
「電通ビルに１０文字以内で夢を記入せよ」。大手広告会社の電通が「夢」をテーマにメッセージの募集を始めた。対象は新卒採用試験にプレエントリーした学生だ。
高さ２１０メートルの電通東京本社ビルの壁全面を使って、１９日夜、メッセージ募集の告知を映し出した。応募の中から１１作を選び、３月７日夜、ビル全面で表示して発表する。
大学生の就職内定率は低迷中。「夢をかなえるためにあきらめないで」と若手社員が企画した。ただ、コピーは採用されても「採用選考とは一切関係ありません」。（同記事）
広告会社がインターネット上でキャンペーンを繰り広げるのは一向に構わない。インターネットとはそういうものだし、選択権はユーザー側にあるからだ。だが、新聞は違う。いまだ公正中立な情報機関という思い込みがある。なのになぜ朝日が広告会社のイベントを記事という体裁をとって載せたのか。
「採用担当ブログ 電通ビルに10文字以内で夢を記入せよ。」と比較してみても、この記事を読む限りでは、なにも報道としての情報は付加されていない。キャンペーンそのままだ。
この新聞記事を見た直後にGOOGLEで検索してみた。
「"夢を電通ビルに記入せよ 就活学生から募集" の検索結果 約 1,300 件」
広告と記事とでは、読者の受容態度や情報の伝播の仕方が異なる。裁判員制度のタウンミーティングに関して「世界」（2009年12月号）に次のような記事が載ってた。
「民意偽装（第５回）国策PRを担う人々」（斎藤貴男著）
広報効果を最大化するには、金と引き換えに書かれた文章である実態を覆い隠し、論説委員のような肩書きを持つ第一線の記者の手になる本格的な記事であるかのように見せかけた方がよい、というわけだ。読者を欺くような手口を潔しとしない、良心的な地方紙記者も、もちろん存在した。しかし、〈こうした電通・地方紙連合方式には、一部の地方紙から「せめて〈広告局制作〉の表示を出したら」という意見もあったが、電通サイドから「そうしたことをしない条件が（発注者から）つけられているので無理だ」と突っばねられたという〉（前出・月刊『現代』より）。
３．情報源秘匿
これはジャーナリズムに共通の悪弊だ。「関係者」がどこにでもいるように、「情報源」はいくらでもある。都合のいい情報だけを取り上げれば簡単に世論が操作できる。
鳩山政権の「九〇年比二五％の削減を目指す」という温室効果ガス削減の中期目標に対する批判がある。それに対し、「メディア批評（第23回）」神保太郎著（「世界」2009年11月号）では次のように反論している。
「例えば、読売は九月八日付け朝刊の総合面でこの問題を取り上げ、二五％削減だと二〇年時点で実質国内生産（GDP）を三・二％押し下げ、失業者は七七万人増え、家計では可処分所得が低下し、光熱費がふえるなどして、二〇年時点で一世帯当たりの負担増は年間三六万円にのぼるという試算もある、と書いている。同紙の翌九日付けの「二五％のハードルは高すぎる」と題する社説でも「『家計の負担が年三六万円増加』といった麻生内閣の試算もある」と述べている。」
（中略）
日本の報道では、とかく消息筋とか、周辺では、などと情報源をあいまいにして、発言があったのかさえ疑わせるケースが多すぎる。「家計負担が一世帯当たり年間三六万円増える」という記事や論評には極めて重要なリフレインの明確なソースが書かれていない。
（中略）
データの出所はどこか。経済産業省関係の財団法人日本エネルギー経済研究所（IEEJ）だ。〇九年の初めから、国の会議やシンポジュームなどで発表されてきた。一般に知られるようになったのは、総選挙の投票日直前の同年八月二四日に、経済産業省が同省の試算と偽って発表したためだ。
しかし、IEEJの試算には市民団体などから強い批判があった。例えば、NPO法人「気候ネットワーク」は〇九年四月に発表した文書で、（一）こうした試算では、温暖化対策を強化するほど経済が悪化するようにモデルが設計されている、（二）温暖化対策によって生まれる新たな産業や雇用の創出を十分に反映できないモデルだ、（三）コストを家庭・ビル・民間運輸部門に押し付け、日本の排出の七割近くを占める発電・産業部門の削減はほとんど見込まれていない、などと指摘した。この文書は関係記者クラブで発表された。
そこで、なぜほとんどの新聞やテレビは、記者たちが不当だと知っているはずのIEEJの試算を使って、鳩山新政権の環境政策にネガティブ・キャンペーンを繰り広げたのか。……」
読売社説（九日付け）に書いてある「麻生内閣の試算もある」という表現からすると、試算の極端な例という考えで引用したのかも知れない。ならばデータは検証できる形で提示すべきだろう。産経新聞の関連記事は、ネット上で確認できるので省略する。
鳩山内閣の支持率がどんどん下がっている。支持率などは低い方がいい。なまじっか高支持率だと何をやらかすかわからない。第三局という動きも見え始めている。だが求めているのは今までの政治を継承する第三局ではない。自民党による民主党批判は、今まで政権担当してきた自分の論理批判に衝きあたってしまう。批判勢力にはなりえない。
2010年02月14日
人に騙されやすい思い込み――蛍雪之功とワシントンポストのガイドライン記事
１ 人に騙されやすい思い込み
「人はなぜ騙されるのか――非科学を科学する」（安斎育郎著）に、「蛍雪の功」に関するクイズが載っている。
おなじみの「蛍の光 窓の雪／書読む月日 重ねつつ……」にある、中国・春秋時代の晋の車胤（しゃいん）と孫康（そんこう）の出世物語のことだ。
そのクイズとは、
「ある男、車胤が夜遅くまで蛍の薄明かりで勉強していると聞いて、昼間はいったいどんな猛勉強ぶりなのだろうかと思い、ある日の昼下がり車胤を訪ねて行った。いったい、車胤は何をしていたか」（同書 13 常識の虚）
続いて答えとその説明――。
答えは簡単、「蛍をとりに行っていた」というのである。
車胤が夜遅くまで蛍の薄明かりで勉強したなどと聞くと、多くの人間はいたって単純に、昼間はもっと勉強していたに相違ないと決めてかかる。「思い込み」である。ところが、夜必要とする蛍は昼のうちに集めておかなければならない。「そんなことは召使にでもやらせればいいのに」と思うかもしれないが、召使を雇うほどの余裕があったら、とっくに灯油を買っている。だから自分で蛍狩りをしなければならなかったのだ。
しかし、疑問は残る。学習をするのに十分な程度の数の蛍が短時間でとらえられるのならともかく、あまり時間と労力がかかったのでは意味がない。むしろ昼間のうちに勉強し、夜は思策にでも耽った方がずっと為になるだろう。「夜は蛍で猛勉強」→「だから、昼はもっと猛勉強したはず」――これが常識人が陥る「思い込み思考パターン」であり、まさに「常識の虚をつく錯覚美化の芸能」こそ奇術だから、常識人ほど「常識を欺く技」にひっかかりやすいのだ。
いや、この話だって、車胤を揶揄して終わるだけでは芸がないと思えば、もっと発展させることもできる。「実は、車胤は蛍を飼育していたのだ」と考えることもできるし、毎日何十匹もとる必要はないので、勉強で疲れた目や頭を癒すために散歩に出たついでに何匹かの蛍をとり、必要な数だけ補っていたのだ、だから蛍狩りは車胤にとってリフレッシュの行動であり、健康保持にも役立っていたのだと考えることもできる。（同書）
これは「思い込み」の例として引用しようと思ったのだが、調べていくうちに疑問点がいくつか浮かんできた。こうなると当初の文章構成が崩れてしまうのだが、こういうこともあり得ると思って続けて書く。ただ、この本の他の章は参考になるので念のため。
まず原典を確認してみた。「窓の雪」のほうだが原文（『蒙求（もうぎゅう）』は短い。
「孫氏世録曰、康、家貧無油。常映雪読書。少小清介、交遊不雑。後至御史大夫。」
ポイントは、「康、家貧無油。常映雪読書。」（康、家貧しく油なし。つねに雪に映（てら）して書を読む。）の部分で、
「孫康（そんこう）は、家が貧しくして油も買えない。いつも雪あかりで書を読んだ。」
というところ。
「蛍の光」の方も短い。
「晋車胤字武子、南平人。恭勤不倦、博覧多通。家貧不常得油。夏月則練嚢盛数十蛍火、以照書、以夜継日焉。桓温在刑州、辟為従事。以弁識義理探重之。稍遷征西長史、遂顕於朝廷。時武子与呉隠之、以寒素博学、知名于世。又善於賞会。当時毎有盛坐、而武子不在、皆云。無車公不楽。終吏部尚書。」（『晋書』列伝五十三・車胤）
こちらのポイントは、
「家貧不常得油。夏月則練嚢盛數十螢火、以照書、以夜繼日焉。」
［家貧にして常には油を得ず。夏月にはすなわち練嚢（れんのう）に数十の蛍火（けいか）を盛り、以って書を照らし、夜を以って日に継ぐ。］（『晋書』列伝五十三所収。）
の部分で、
「家が貧しかったため、灯火の油を手に入れることがいつもできるわけではなかった。夏には白絹（しろぎぬ）の袋に数十匹の蛍を入れ、その光で本を照らし、昼も夜も勉強した。」
というのだが、「夜を以って日に継ぐ」（昼も夜も勉強した。）（日本語の慣用表現では「夜（よ）を日に継ぐ」）とあるから、昼も勉強していたことには違いない。どうしてもやらなければならない作業（蛍狩り）はあるが、それも昼間の方が捕まえやすいのものかどうか。
「蛍狩り」についても、いろいろ調べてみたが、夏の夕方から夜にかけて行う遊びだという説明が多い。だが、これも日本の習慣についての記述だから、中国の場合にそのまま適用はできない。ただ、蛍を捕まえるのは昼間のほうが適しているのか、昼間はやはり勉強していて、蛍が不足すると夜に捕りに出かけたのではないか、などという疑問は残る。
さらに、「不常得油」（常ニハ油ヲ得ズ）と書いてあるから貧しくても油が手に入る時があったわけだ。「夏月ニハ」とも書いてある。ならば冬はどうしていたのか。
古川柳に「注を読む時蛍はゆすぶられ」というのがある。細かい割注（わりちゅう）を読むときには蛍を揺すぶって明るくした、というのだが、これも思い込みの一つだろう。
※訓読文・全訳――「Sanseido Word-Wise Web ［三省堂辞書サイト］【今週のことわざ】蛍雪の功」などがある。
「蛍の光」でこれほど苦労するとは思わなかった。わからない時には、よく記事で使われるまとめ方が便利だ。
「いずれにしても」思い込みであることには違いない。
２ 肩書きによる思い込み
肩書きというものも思い込みを誘発する。○○大学教授とか元○○とか書いてあると、それだけで記事に信憑性があるように錯覚してしまう。メディアというのは肩書き社会だ。
よくある記事の書き方で思い込みをしやすいのは、個人的な意見でしかないのに公的な組織名が記してある場合だ。これも公式見解と錯覚しやすいのだが、記事ではむしろ意図的に行われていることが多い。
先日も、テレビをザッピングしていて「サンデープロジェクト」（2010年2月7日）をちらっと見たら小沢問題をやっていた。宗像紀夫弁護士が出ていたのだが、司会者が「検察の代表だと思っています……」と紹介していた。
それとは反対に、「関係者によると……」など情報源をまったく書かない記事も多い。読まされる側からいえば、せめて情報源だけは明示して欲しい。そうしないと検証ができない。記事を書くのは記者だけの特権ではない。誰もが使い始めたらえらいことになる。「関係者」はそこらじゅうにいる。
３ ワシントンポストの記者はワシントンポストの記者
「サンデー毎日」（2009年11月8日）に次のような記事があった。
ジャーナリストがソーシャル・ネットワーキング・サービス（SNS）を使う場合に、「表現の自由」がどう扱われるべきか――「一市民として自由に意見を表せるのか、組織人としての規範に縛られてしかるべきか」（「サンデー毎日」の記事）――について触れている。
「新聞記者だってサラリーマン 空気を読んで記事を書く時代」（肥田美佐子記者）の二段落目より引用――。
リベラル派米主要紙『ワシントン・ポスト』はこのほどオンラインに関する「新方針」をまとめ、社内に通達した。それによると「ポストのジャーナリストは常にポストのジャーナリスト」。つまり、無条件に保障される表現の自由などない、というわけだ。
新方針の中身は「報道と私見の区別、事実と客観性の重要さを固持し、政治、人種、性、宗教に関する偏った書き込みで報道関係者としての信頼性を損なわないこと」。一見当然にも思えるが、それが出された背景には、ある主要編集者がツイッターに「戦争などのためにはどんな財政赤字も甘んじて受け入れるのに、医療保険改革では1ドルの赤字増もないよう誓わねばならんとは嘆かわしい」と�爛�バマ改革�瓩魑蠱討垢覿ο妥泙悗糧稟修伴茲譴訶蟾討鬚掘⊆卞發婆簑蟷襪気譴燭海箸砲△襦�
注意を受けたこの編集者は「言論の自由の旗手だというのに、私見の検閲となると奇妙この上ない二重基準をかざす幹部がいる」とツイッター上で反論したが、新方針通達の当日、「友人などに向けたものとはいえ、賢明でなかった。新方針を全面的に支持する」との書き込みを最後にツイッターを退会してしまった。
米国の著名作家、故ノーマン・メイラー氏の言葉「事実といえども描き方は千差万別なのだから、この世に純粋なノンフィクションなどない」を借りれば、どんな媒体の記事も一定の主観に基づいている。マルチメディアの登場が仮にもジャーナリストの口をふさぐことがあるとすれば、皮肉なことだ。（同記事）
「リベラル派米主要紙」というのも皮肉に聞こえるが、結局は「ジャーナリストの口をふさぐ」ことだというのだ。
細かく見ていくと、「このほど」とあり「オンラインに関する『新方針』」とあるだけなので、いつ掲載されたどういう記事だか確認がとれない。日本語訳の部分から推測すると、どうも「WaPo's Social Media Guidelines Paint Staff Into Virtual Corner; Full Text of Guidelines」を指すらしい。
そうだとすると、「ポストのジャーナリストは常にポストのジャーナリスト」の意味するところは、次のようなことらしい。［以下、英文引用は上述のガイドラインによる。なお、「ワシントンポストのソーシャルメディア・ポリシーが引き起こした騒動」（シロクマ日報−2009年9月29日）を参考にさせてもらった。］
When using social networking tools for reporting or for our personal lives, we must remember that Washington Post journalists are always Washington Post journalists.
"social network" に関する言葉が他の部分でも多く用いられているが、記者は公的な存在だということだろう。
どんなコンテンツも署名入り記事と同じに見られるとも書いてある。
Post journalists must recognize that any content associated with them in an online social network is, for practical purposes, the equivalent of what appears beneath their bylines in the newspaper or on our website.
すると、ワシントンポストに所属する記者による見解がなくなり、ワシントンポスト所属の記事だけになるということか。個人の意見に所属組織名を紛らわしく冠するのも困るが、個人が意見を発表することができなくなるのも困る。
また、中立性の問題に関しては、
When using these networks, nothing we do must call into question the impartiality of our news judgment.
と言って中立性の保持に触れているし、「サンデー毎日」の記事による引用（「新方針の中身」）では信頼性を損なう種々の偏った見方を列挙してあったが、その中に国家間の肩入れは含まれていないらしい。
「ワシントン・ポスト紙、自紙の「オバマ傾斜報道」認める」（産経ニュース 2008年11月12日【ワシントン＝古森義久記者】）によると、
「ワシントン・ポスト紙は、民主党のオバマ候補に好意的な報道が一方的に多かったことを自認する分析記事を掲載した。」
というが、国内問題に関しては中立性を大事にするようだ。
「サンデー毎日」の記事後半の引用――主要編集者がツイッターに載せた箇所――は「ガイドライン」にリンクしている以下のページによるらしい。
Post Editor Ends Tweets as New Guidelines Are Issued
As tweets on Twitter, they' re pretty innocuous.
(By Andy Alexander September 25, 2009)
英語は苦手でこちらの記事に載っている詳しい経緯は読みとれないが、登場する人物の役職・関係はWikipedia 「Raju Narisetti」のページを見るとわかる。原文を読むと、新聞もここまできたかという感じを受ける。自分に読みとれた限りでは、かなりすさまじいことが書いてある。
４ アメリカに褒められた日本人
アメリカのおじさんは怒ってばかりいるのかと思ったら褒めている人もいた。褒められたのは誰かというと当時の国務大臣だった竹中さん。褒めたのはゼーリック米通商代表。これは有名な話で、ネット上に詳しく載っている。（たとえば「第１６２回国会 郵政民営化に関する特別委員会 第１２号 平成十七年八月二日」の櫻井充議員による質問など）
アメリカが公正・中立をモットーにしているのなら怒ったり褒めたりしなくてもいいと思うのだが、褒めるにはそれだけの訳があった。
このゼーリックさんという人はただ者ではない。それに、どうして私的な手紙の内容が公になったのか知りたかったので調べたのだが、こうなると「思い込み」ということから外れてしまうので別の機会に触れることにする。
「人はなぜ騙されるのか――非科学を科学する」（安斎育郎著）に、「蛍雪の功」に関するクイズが載っている。
おなじみの「蛍の光 窓の雪／書読む月日 重ねつつ……」にある、中国・春秋時代の晋の車胤（しゃいん）と孫康（そんこう）の出世物語のことだ。
そのクイズとは、
「ある男、車胤が夜遅くまで蛍の薄明かりで勉強していると聞いて、昼間はいったいどんな猛勉強ぶりなのだろうかと思い、ある日の昼下がり車胤を訪ねて行った。いったい、車胤は何をしていたか」（同書 13 常識の虚）
続いて答えとその説明――。
答えは簡単、「蛍をとりに行っていた」というのである。
車胤が夜遅くまで蛍の薄明かりで勉強したなどと聞くと、多くの人間はいたって単純に、昼間はもっと勉強していたに相違ないと決めてかかる。「思い込み」である。ところが、夜必要とする蛍は昼のうちに集めておかなければならない。「そんなことは召使にでもやらせればいいのに」と思うかもしれないが、召使を雇うほどの余裕があったら、とっくに灯油を買っている。だから自分で蛍狩りをしなければならなかったのだ。
しかし、疑問は残る。学習をするのに十分な程度の数の蛍が短時間でとらえられるのならともかく、あまり時間と労力がかかったのでは意味がない。むしろ昼間のうちに勉強し、夜は思策にでも耽った方がずっと為になるだろう。「夜は蛍で猛勉強」→「だから、昼はもっと猛勉強したはず」――これが常識人が陥る「思い込み思考パターン」であり、まさに「常識の虚をつく錯覚美化の芸能」こそ奇術だから、常識人ほど「常識を欺く技」にひっかかりやすいのだ。
いや、この話だって、車胤を揶揄して終わるだけでは芸がないと思えば、もっと発展させることもできる。「実は、車胤は蛍を飼育していたのだ」と考えることもできるし、毎日何十匹もとる必要はないので、勉強で疲れた目や頭を癒すために散歩に出たついでに何匹かの蛍をとり、必要な数だけ補っていたのだ、だから蛍狩りは車胤にとってリフレッシュの行動であり、健康保持にも役立っていたのだと考えることもできる。（同書）
これは「思い込み」の例として引用しようと思ったのだが、調べていくうちに疑問点がいくつか浮かんできた。こうなると当初の文章構成が崩れてしまうのだが、こういうこともあり得ると思って続けて書く。ただ、この本の他の章は参考になるので念のため。
まず原典を確認してみた。「窓の雪」のほうだが原文（『蒙求（もうぎゅう）』は短い。
「孫氏世録曰、康、家貧無油。常映雪読書。少小清介、交遊不雑。後至御史大夫。」
ポイントは、「康、家貧無油。常映雪読書。」（康、家貧しく油なし。つねに雪に映（てら）して書を読む。）の部分で、
「孫康（そんこう）は、家が貧しくして油も買えない。いつも雪あかりで書を読んだ。」
というところ。
「蛍の光」の方も短い。
「晋車胤字武子、南平人。恭勤不倦、博覧多通。家貧不常得油。夏月則練嚢盛数十蛍火、以照書、以夜継日焉。桓温在刑州、辟為従事。以弁識義理探重之。稍遷征西長史、遂顕於朝廷。時武子与呉隠之、以寒素博学、知名于世。又善於賞会。当時毎有盛坐、而武子不在、皆云。無車公不楽。終吏部尚書。」（『晋書』列伝五十三・車胤）
こちらのポイントは、
「家貧不常得油。夏月則練嚢盛數十螢火、以照書、以夜繼日焉。」
［家貧にして常には油を得ず。夏月にはすなわち練嚢（れんのう）に数十の蛍火（けいか）を盛り、以って書を照らし、夜を以って日に継ぐ。］（『晋書』列伝五十三所収。）
の部分で、
「家が貧しかったため、灯火の油を手に入れることがいつもできるわけではなかった。夏には白絹（しろぎぬ）の袋に数十匹の蛍を入れ、その光で本を照らし、昼も夜も勉強した。」
というのだが、「夜を以って日に継ぐ」（昼も夜も勉強した。）（日本語の慣用表現では「夜（よ）を日に継ぐ」）とあるから、昼も勉強していたことには違いない。どうしてもやらなければならない作業（蛍狩り）はあるが、それも昼間の方が捕まえやすいのものかどうか。
「蛍狩り」についても、いろいろ調べてみたが、夏の夕方から夜にかけて行う遊びだという説明が多い。だが、これも日本の習慣についての記述だから、中国の場合にそのまま適用はできない。ただ、蛍を捕まえるのは昼間のほうが適しているのか、昼間はやはり勉強していて、蛍が不足すると夜に捕りに出かけたのではないか、などという疑問は残る。
さらに、「不常得油」（常ニハ油ヲ得ズ）と書いてあるから貧しくても油が手に入る時があったわけだ。「夏月ニハ」とも書いてある。ならば冬はどうしていたのか。
古川柳に「注を読む時蛍はゆすぶられ」というのがある。細かい割注（わりちゅう）を読むときには蛍を揺すぶって明るくした、というのだが、これも思い込みの一つだろう。
※訓読文・全訳――「Sanseido Word-Wise Web ［三省堂辞書サイト］【今週のことわざ】蛍雪の功」などがある。
「蛍の光」でこれほど苦労するとは思わなかった。わからない時には、よく記事で使われるまとめ方が便利だ。
「いずれにしても」思い込みであることには違いない。
２ 肩書きによる思い込み
肩書きというものも思い込みを誘発する。○○大学教授とか元○○とか書いてあると、それだけで記事に信憑性があるように錯覚してしまう。メディアというのは肩書き社会だ。
よくある記事の書き方で思い込みをしやすいのは、個人的な意見でしかないのに公的な組織名が記してある場合だ。これも公式見解と錯覚しやすいのだが、記事ではむしろ意図的に行われていることが多い。
先日も、テレビをザッピングしていて「サンデープロジェクト」（2010年2月7日）をちらっと見たら小沢問題をやっていた。宗像紀夫弁護士が出ていたのだが、司会者が「検察の代表だと思っています……」と紹介していた。
それとは反対に、「関係者によると……」など情報源をまったく書かない記事も多い。読まされる側からいえば、せめて情報源だけは明示して欲しい。そうしないと検証ができない。記事を書くのは記者だけの特権ではない。誰もが使い始めたらえらいことになる。「関係者」はそこらじゅうにいる。
３ ワシントンポストの記者はワシントンポストの記者
「サンデー毎日」（2009年11月8日）に次のような記事があった。
ジャーナリストがソーシャル・ネットワーキング・サービス（SNS）を使う場合に、「表現の自由」がどう扱われるべきか――「一市民として自由に意見を表せるのか、組織人としての規範に縛られてしかるべきか」（「サンデー毎日」の記事）――について触れている。
「新聞記者だってサラリーマン 空気を読んで記事を書く時代」（肥田美佐子記者）の二段落目より引用――。
リベラル派米主要紙『ワシントン・ポスト』はこのほどオンラインに関する「新方針」をまとめ、社内に通達した。それによると「ポストのジャーナリストは常にポストのジャーナリスト」。つまり、無条件に保障される表現の自由などない、というわけだ。
新方針の中身は「報道と私見の区別、事実と客観性の重要さを固持し、政治、人種、性、宗教に関する偏った書き込みで報道関係者としての信頼性を損なわないこと」。一見当然にも思えるが、それが出された背景には、ある主要編集者がツイッターに「戦争などのためにはどんな財政赤字も甘んじて受け入れるのに、医療保険改革では1ドルの赤字増もないよう誓わねばならんとは嘆かわしい」と�爛�バマ改革�瓩魑蠱討垢覿ο妥泙悗糧稟修伴茲譴訶蟾討鬚掘⊆卞發婆簑蟷襪気譴燭海箸砲△襦�
注意を受けたこの編集者は「言論の自由の旗手だというのに、私見の検閲となると奇妙この上ない二重基準をかざす幹部がいる」とツイッター上で反論したが、新方針通達の当日、「友人などに向けたものとはいえ、賢明でなかった。新方針を全面的に支持する」との書き込みを最後にツイッターを退会してしまった。
米国の著名作家、故ノーマン・メイラー氏の言葉「事実といえども描き方は千差万別なのだから、この世に純粋なノンフィクションなどない」を借りれば、どんな媒体の記事も一定の主観に基づいている。マルチメディアの登場が仮にもジャーナリストの口をふさぐことがあるとすれば、皮肉なことだ。（同記事）
「リベラル派米主要紙」というのも皮肉に聞こえるが、結局は「ジャーナリストの口をふさぐ」ことだというのだ。
細かく見ていくと、「このほど」とあり「オンラインに関する『新方針』」とあるだけなので、いつ掲載されたどういう記事だか確認がとれない。日本語訳の部分から推測すると、どうも「WaPo's Social Media Guidelines Paint Staff Into Virtual Corner; Full Text of Guidelines」を指すらしい。
そうだとすると、「ポストのジャーナリストは常にポストのジャーナリスト」の意味するところは、次のようなことらしい。［以下、英文引用は上述のガイドラインによる。なお、「ワシントンポストのソーシャルメディア・ポリシーが引き起こした騒動」（シロクマ日報−2009年9月29日）を参考にさせてもらった。］
When using social networking tools for reporting or for our personal lives, we must remember that Washington Post journalists are always Washington Post journalists.
"social network" に関する言葉が他の部分でも多く用いられているが、記者は公的な存在だということだろう。
どんなコンテンツも署名入り記事と同じに見られるとも書いてある。
Post journalists must recognize that any content associated with them in an online social network is, for practical purposes, the equivalent of what appears beneath their bylines in the newspaper or on our website.
すると、ワシントンポストに所属する記者による見解がなくなり、ワシントンポスト所属の記事だけになるということか。個人の意見に所属組織名を紛らわしく冠するのも困るが、個人が意見を発表することができなくなるのも困る。
また、中立性の問題に関しては、
When using these networks, nothing we do must call into question the impartiality of our news judgment.
と言って中立性の保持に触れているし、「サンデー毎日」の記事による引用（「新方針の中身」）では信頼性を損なう種々の偏った見方を列挙してあったが、その中に国家間の肩入れは含まれていないらしい。
「ワシントン・ポスト紙、自紙の「オバマ傾斜報道」認める」（産経ニュース 2008年11月12日【ワシントン＝古森義久記者】）によると、
「ワシントン・ポスト紙は、民主党のオバマ候補に好意的な報道が一方的に多かったことを自認する分析記事を掲載した。」
というが、国内問題に関しては中立性を大事にするようだ。
「サンデー毎日」の記事後半の引用――主要編集者がツイッターに載せた箇所――は「ガイドライン」にリンクしている以下のページによるらしい。
Post Editor Ends Tweets as New Guidelines Are Issued
As tweets on Twitter, they' re pretty innocuous.
(By Andy Alexander September 25, 2009)
英語は苦手でこちらの記事に載っている詳しい経緯は読みとれないが、登場する人物の役職・関係はWikipedia 「Raju Narisetti」のページを見るとわかる。原文を読むと、新聞もここまできたかという感じを受ける。自分に読みとれた限りでは、かなりすさまじいことが書いてある。
４ アメリカに褒められた日本人
アメリカのおじさんは怒ってばかりいるのかと思ったら褒めている人もいた。褒められたのは誰かというと当時の国務大臣だった竹中さん。褒めたのはゼーリック米通商代表。これは有名な話で、ネット上に詳しく載っている。（たとえば「第１６２回国会 郵政民営化に関する特別委員会 第１２号 平成十七年八月二日」の櫻井充議員による質問など）
アメリカが公正・中立をモットーにしているのなら怒ったり褒めたりしなくてもいいと思うのだが、褒めるにはそれだけの訳があった。
このゼーリックさんという人はただ者ではない。それに、どうして私的な手紙の内容が公になったのか知りたかったので調べたのだが、こうなると「思い込み」ということから外れてしまうので別の機会に触れることにする。
2009年12月15日
ものの有り様を変える批評精神―事業仕分け報道と「ラムネ氏のこと」（坂口安吾著）
１ 事業仕分け報道について
前回の記事で、ものごとは批判されることでその姿が明らかになると書いた。その意味では事業仕分けを公開したのは、政治ショーだとか一方的だとか言われるが評価していい。
さらに資料がついている。かなり凝ったものもあるが、あっさりしたものもある。何か意図があるのだろうが、いったん文章化して公表されてしまえば、それ自体がひとつの議論の素材となる。勝手に否定することなどできない。
一方的だというのはわかるが、テレビや新聞ではそのようなところを報道しているのだから、一般の人にはどうしてもそう見えてしまう。だが、今までのように密室で行われるよりも、ものの有り様（よう）は見えてくる。
だが、こういう報道の仕方もおかしいだろう。仕分けされた側の一方的だというコメントを載せるなら、双方の意見を一つ一つ調査・取材し資料を提示して、どこがおかしいのか報道する必要がある。
「蓮舫参院議員 ノーベル賞学者五輪メダリストに大反論」という記事に次のような指摘がある。
北京五輪フェンシングの銀メダリスト、太田雄貴ら１０人のアスリート、指導者が出席した記者会見（１日）。選手たちは口々に「遠征費を自己負担している現状を理解して欲しい」「切るのは簡単だが、どうしたら強くなるのかという議論を」などと訴えた。ノーベル賞学者が大集結した時もそうだったが、有名人が集まれば絵になる。……」（日刊ゲンダイ2009年12月3日掲載）
こうしていつものことだが、ＴＶや新聞が一斉に報じることで、「事業仕分け」のイメージが形成されてしまう。
取材能力のないメディアにとっては、せめて、事業仕分けが公開で行われていなければ、発表記事やコメント記事が楽に書けただろうに。そのかわりに声明やインタビューが次々と掲載された。メディアの力量も問われた今回の「事業仕分け」だろう。
東京新聞では「こちら特報部」（2009年12月7日・9日）などで「事業仕分け」を取材していたが、残念ながらネット上では一部しか読めない。
個々の事業について判断するのには、ある程度の情報・知識が必要となる。
実際、「外交フォーラム」などの外務省による広報誌買い上げ事業が廃止されると、なぜ「外交政策に対する理解と信頼が低減し、日本外交の重要な手段を失いかねない」（緊急声明：産経新聞12月3日）ことになるのか、わからない。わかるのは一括で買い上げていたという事実だけだ。
この件に関しては、次のような記事が載っていた。
「記者の目：事業仕分け 心配な『官僚たちの質』」（寺田剛記者 毎日新聞 2009年12月3日）では、
……仕分け人が「読者からどれくらい評価されているか」を質問しているのに、同省の担当者は、情報誌がいかに素晴らしいかをとうとうと並べ立てた。読者アンケートで「自費で購入してもいいという人が１割もいました」と説明した時には、会場は失笑に包まれた。しかし、同省の担当者だけは真顔で、なぜ笑われるのか理解していないようだった。……（東京経済部）
と書いている。「コスト意識に乏しい官僚たちは、長く密室の中での予算編成に慣れ、霞が関の外の常識が見えなくなっているのではないだろうか。」（同記事）というのが趣旨だと思うが、知りたいのは事業自体の実態だ。
「事業仕分けで明らかになった『官僚』と『学者』の非常識さ」（田中秀征著）【第14回】（ダイヤモンド・オンライン 2009年12月10日）では、
「年間2億円の外交誌買取」でわかった外務省の薄いコスト意識
外務省は、民間出版社が発行する「外交フォーラム」などの雑誌を、年間約2億円の予算を使って買い取り、それを「有識者」に配布してきた。重要な情報誌なら、必要な人は高くても自分で買うはずだ。なぜそんなことをしてきたのか。そこに「外務省の何らかの権益が潜んでいた」と疑わざるを得ない。
という。知りたいのは「外務省の何らかの権益が潜んでいた」と疑う根拠であり、「外務省の情報誌買い取り廃止について、３人の東大教授が記者会見までして買い取り継続を求めた。」（同記事）という構造的理由だ。
これらの事業仕分けに対して、読売新聞（2009年12月7日）の電話全国世論調査では、問題だと思う点がある人が63％もいたし、それでもなお、「事業仕分けを評価する」が71％もあった。
また、JNN世論調査（2009年12月5〜6日調査）では、「事業仕分けを評価する」が80%もあり、「来年以降も続けるべきだ」が81%もあった。要するに、自分と同様に、もっと詳しく知りたいということなのだろう。「事業仕分け」は知識欲を刺激するが判断欲も刺激する。
２ ラムネ氏の強壮なる批判精神（引用は「ラムネ氏のこと」坂口安吾著−青空文庫版による）
引用箇所は「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に基づいて表記・仮名遣いを改めてある。
以下、「ラムネ氏のこと−上」から引用
小林秀雄と島木健作が小田原へあゆ釣りに来て、三好達治の家であゆをさかなに食事のうち、談たまたまラムネに及んで、ラムネの玉がちょろちょろと吹き上げられてふたになるのを発明したやつが、あれ一つ発明しただけで往生を遂げてしまったとすればおかしなやつだ、と小林が言う。
すると、三好が居ずまいを正して我々を見渡しながら、ラムネの玉を発明した人の名前は分かっているぜ、と言いだした。
ラムネは一般にレモネードのなまりだと言われているが、そうじゃない。ラムネは、ラムネー氏なる人物が発明に及んだからラムネという。これはフランスの辞書にもちゃんと載っている事実なのだ、と自信満々たる断言なのである。早速ありあわせの辞書を調べたが、ラムネー氏は現れない。ラムネの玉にラムネー氏とは話がうますぎるというので三人大笑いしたが、三好達治は憤然として、うちの字引が悪いのだ、『プチ・ラルッス』に載っているのを見たことがあると、決戦を後日に残して、息巻いている。（「ラムネ氏のこと−上」）
ここでは、落語の「まくら」のように、ラムネー氏の絢爛（けんらん）にして強壮な思索が紹介されている。この文章を読んだ高校二年生は、「ウフフ、おもしろい」ともらしたが、この部分のことだろう。
続いて「ラムネ氏のこと−上」の最後の部分――。
全くもって我々の周囲にあるものは、大概、天然自然のままにあるものではないのだ。だれかしら、今あるごとく置いた人、発明した人があったのである。我々は事もなくふぐ料理に酔いしれているが、あれが料理として通用するに至るまでの暗黒時代を想像すれば、そこにも一編の大ドラマがある。幾十百の斯道（しどう）の殉教者が血に血を注（つ）いだ作品なのである。
その人の名は筑紫の浦の太郎兵衛であるかもしれず、玄海灘の頓兵衛であるかもしれぬ。とにかく、この怪物を食べてくれようと心を固め、たちまち十字架にかけられて天国へ急いだ人があるはずだが、その時、子孫を枕頭に集めて、爾来（じらい）この怪物を食ってはならぬと遺言した太郎兵衛もあるかもしれぬが、おい、おれは今ここにこうして死ぬけれども、この肉のうまみだけは子々孫々忘れてはならぬ。おれは不幸にして血をしぼるのを忘れたようだが、おまえたちは忘れず血をしぼって食うがいい。ゆめゆめ勇気をくじいてはならぬ。こう遺言して往生を遂げた頓兵衛がいたに相違ない。こうしてふぐの胃袋について、肝臓について、また臓物の一つ一つについて、おのおのの訓戒を残し、自らは十字架にかかって果てた幾百十の頓兵衝がいたのだ。（「ラムネ氏のこと−上」）
ここで、高校生を念頭に書いているので注をつけておきます。
※斯道＝その人が従事している専門の分野。
※殉教＝もともとの意味は、「自己の信仰する宗教のためにその身命を犠牲にすること。」（広辞苑）
※爾来＝その後。
本題にもどると、ここではものの有り様（よう）について述べているのだが、ほとんど「天然自然のままにあるもの」ではないという。具体的には何か。同じ段落の語句でいうなら、幾多の人間が手を加えてきた「発明」であり「料理」であり「作品」だという。
そして、対処の仕方の代表として太郎兵衛と頓兵衛を挙げている。太郎兵衛は、食ってはならぬと「遺言」し、頓兵衛はふぐのおのおのについて情報を残し、食えと「訓戒」した。
太郎兵衛は自分の遺言を権威づけるために何かを付け加えたかもしれぬし、枕頭にいた子孫はさらに誇張したかもしれない。しかし、ものの有り様は固定してしまう。
一方、ものの有り様は幾百十の頓兵衛がそれぞれ訓戒を残すことによって今の姿になったのだ。こういう見方は歴史観にも通ずる。「歴史と事実」（坂口安吾著）（青空文庫版）の中で、
「我々は史料によって歴史を知る。けれども、史料の記載を外れた部分は全てこれ屋久島の神代杉で、神ならぬ身の知る由もない。
戦国時代の英雄に就ては之を記した史料があるが、大衆は何事を考えていたか、否、英雄達すら史料の外れた場所で何事を考え何事を為していたか、全てこれ屋久島の神代杉で、創作を是とする外に法はない。」
と書いている。
「屋久島の神代杉」というのは、史料に記載されない現実の有り様のことで、歴史においてはこういう部分が圧倒的に多い。「歴史の紙のうえに『俊傑』の墳墓を数えていっても、人々の生きた日常の歴史は見えない。」（「幸福という一語 詩人であること」長田弘著）ということだろう。
（注：「俊傑」＝すぐれた人物）
この対極にあるのが、「私の好きな日本人」の「歴史を変えた本能的合理主義者織田信長」（石原慎太郎著）の歴史観だろう。
「歴史の原理として、世の中が突然大きく変わるというのは、ある極めて過激な人間の登場なくしてあり得ない。人間工学的にいえば、未曾有の発想力を持った人間の登場ということだ。」（同書冒頭）
【中】
この段では「おれのきのこはだいじょうぶだと、自ら太鼓判を押している」きのこ採りの名人が登場する――。
以下、「ラムネ氏のこと−中」から引用――
ところが、現に私たちが泊まっているうちに、この名人が、自分のきのこにあたって、往生を遂げてしまったのである。
それとなく臨終のさまを尋ねてみると、名人は必ずしも後悔してはいなかったという話であった。こういうこともあるかもしれぬということを思い当たった様子で、素直な往生であったという。そうして、この部落では、その翌日にもう人々がきのこを食べていたのであった。
つまり、この村には、ラムネ氏がいなかった。絢爛（けんらん）にして強壮な思索の持ち主がいなかったのだ。名人は、ただいたずらに、静かな往生を遂げてしまった。しかしながら、ラムネ氏は必ずしも常に一人とは限らない。こういう暗黒な長い時代にわたって、何人もの血と血のつながりの中に、ようやく一人のラムネ氏が潜み、そうして、常に潜んでいるのかもしれぬ。ただ、確実に言えることは、私のように恐れて食わぬ者の中には、決してラムネ氏が潜んでいないということだ。（「ラムネ氏のこと−中」）
名人は遺言も訓戒も残さなかった。「ふぐ食う無分別食わぬ無分別」という言葉があるが、翌日からキノコを食べる人はそれなりの理屈をもっている。理屈といっておかしければ思いこみといってもよい。
名人は運が悪かった、と言うかもしれないし、キノコはやっぱりうまい、俺だけは平気だよと言うかも知れない。次の日にまた誰かがキノコにあたってもやはり食い続けるだろう。
一見、進歩も発展もないまま同じ生活を繰り返している。大多数の人はこのタイプである。だが、こういう人々は、食うという一点において強壮な精神をもつ潜在的可能性がある。食ってはならないと為政者が禁止しても、メディアが食べると危ないというキャンペーンを繰り返しても、さらに、賞味期限が切れていても、自分の五感で判断し食うことに徹するに違いない。
【下】
下段では、今から三百何十年前、「愛は直ちに不義であり、……むしろ死によって裏打ちされている」時代について語っている。この時代、安珍を追い求めた清姫も、お組（くみ）に恋した法界坊も、その愛は生きて成就することがなかった。不義はお家の御法度（ごはっと）という成文化されていない法律が支配する時代に、宣教師達はアモール（ラヴ）を「御大切」（大切に思う、の意）とおきかえたのだ。
以下、「ラムネ氏のこと−下」から引用――
私はしかし、昔話をするつもりではないのである。今日もなお、恋といえば、邪悪な欲望、不義と見る考えが、生きてはいないかと考える。昔話として笑って済ませるほど無邪気ではあり得ない。
愛に邪悪しかなかった時代に、人間の文学がなかったのは当然だ。勧善懲悪という公式から人間が現れてくるはずがない。しかし、そういう時代にも、ともかく、人間の立場から不当な公式に反抗を試みた文学者はあったが、それは戯作者（げさくしゃ）という名で呼ばれた。戯作者のすべてがそのような人ではないが、少数の戯作者にそのような人もあった。（「ラムネ氏のこと−下」）
以下、「いわば、戯作者もまた、一人のラムネ氏ではあったのだ。……結果の大小は問題でない。ふぐに徹しラムネに徹する者のみが、とにかく、物のあり方を変えてきた。それだけでよかろう。」（同書）と書いている。
頓兵衛は訓戒を残し、宣教師は「御大切」という言葉を編み出した。人間の欲望を肯定する立場から勧善懲悪という不当な公式に反抗した戯作者は、男女の恋を描くことによって愛の中に不義以外のものを見出し、ものの有り様を変えようとしたというのだ。
３ メディアは太郎兵衛か頓兵衛か
現今のメディアでは頓兵衛は少数派らしい。今回の事業仕分けにメディアは一方的だと大合唱した。どこが問題なのか、読売新聞社がやや詳しく説明している。
「内閣・政党支持と関連問題 電話全国世論調査」（読売新聞 2009年12月7日）をみると次のようになっている。今回の事業仕分けについて、問題があると答えた63％の人に対し、さらに次のように質問している。
【前問の答えが(1)（注：問題がある)の人だけ】
今回の事業仕分けで一番問題だと思う点を、次の４つの中から、１つだけ選んで下さい。
答
1.対象とした事業が適切でない 17
2.仕分けにかける時間が短い 39
3.仕分け人の判断が適切でない 17
4.仕分け人の議論の進め方がよくない 20
5.その他 1
6.答えない 6
自分が聞かれたなら、1〜4はすべて選ぶ。ただし、すべての作業をチェックしたわけでもないから、ひっくるめて「問題がある」と結論づけることのほうが問題だ。資料にしても各方面からのものを提示すれば、議論がもっとわかりやすくなるはずだし、インターネットを使えば可能なはずだ。
４ 追記
新聞の有り様について、次のような記事があったので紹介しておく。
「新聞は必要」９１％…読売世論調査（2009年10月14日 読売新聞）
読売新聞社が１５日からの第６２回新聞週間を前に実施した面接方式の全国世論調査で、情報や知識を得るために新聞は必要だと思う人は９１％に達し、昨年の９０％と同様の高い数値を記録した。
新聞の報道を信頼できると答えた人は８５％（昨年８５％）に上り、国民の多くが新聞を評価していることがわかった。
新聞について「必要とする情報や日常生活に役立つ情報を提供している」と思う人は８８％（同８６％）、「事実やいろいろな立場の意見などを公平に伝えている」は６９％（同６６％）、「国民の人権やプライバシーを侵さないように気を配っている」は７４％（同７０％）だった。いずれも昨年を上回る評価を得た。
「ニュースの背景や問題点を掘り下げて解説する」という点で、大きな役割を果たしていると思うメディアを複数回答で聞くと、「一般の新聞」を挙げた人は６１％（同７６％）で最も多かった。「社会の懸案や課題に対する解決策を提案する」点でも「一般の新聞」は５９％（同６３％）で、他のメディアを上回った。
調査は９月５〜６日に行った。（読売新聞）
信頼されるメディアを目指しているようだが、逆説的に言うと、信頼されていないメディアの方がメディアの有り様としては信頼するに足りる。
新聞は、信頼して読むものではなく批判的に読むべきものであり、その際の批判的精神を鍛えてくれるのは少数意見だ。その意味で、例えば二大政党制など、批判精神を衰退させるものでしかない。
＊表現を変更しました。 2009年12月19日
前回の記事で、ものごとは批判されることでその姿が明らかになると書いた。その意味では事業仕分けを公開したのは、政治ショーだとか一方的だとか言われるが評価していい。
さらに資料がついている。かなり凝ったものもあるが、あっさりしたものもある。何か意図があるのだろうが、いったん文章化して公表されてしまえば、それ自体がひとつの議論の素材となる。勝手に否定することなどできない。
一方的だというのはわかるが、テレビや新聞ではそのようなところを報道しているのだから、一般の人にはどうしてもそう見えてしまう。だが、今までのように密室で行われるよりも、ものの有り様（よう）は見えてくる。
だが、こういう報道の仕方もおかしいだろう。仕分けされた側の一方的だというコメントを載せるなら、双方の意見を一つ一つ調査・取材し資料を提示して、どこがおかしいのか報道する必要がある。
「蓮舫参院議員 ノーベル賞学者五輪メダリストに大反論」という記事に次のような指摘がある。
北京五輪フェンシングの銀メダリスト、太田雄貴ら１０人のアスリート、指導者が出席した記者会見（１日）。選手たちは口々に「遠征費を自己負担している現状を理解して欲しい」「切るのは簡単だが、どうしたら強くなるのかという議論を」などと訴えた。ノーベル賞学者が大集結した時もそうだったが、有名人が集まれば絵になる。……」（日刊ゲンダイ2009年12月3日掲載）
こうしていつものことだが、ＴＶや新聞が一斉に報じることで、「事業仕分け」のイメージが形成されてしまう。
取材能力のないメディアにとっては、せめて、事業仕分けが公開で行われていなければ、発表記事やコメント記事が楽に書けただろうに。そのかわりに声明やインタビューが次々と掲載された。メディアの力量も問われた今回の「事業仕分け」だろう。
東京新聞では「こちら特報部」（2009年12月7日・9日）などで「事業仕分け」を取材していたが、残念ながらネット上では一部しか読めない。
個々の事業について判断するのには、ある程度の情報・知識が必要となる。
実際、「外交フォーラム」などの外務省による広報誌買い上げ事業が廃止されると、なぜ「外交政策に対する理解と信頼が低減し、日本外交の重要な手段を失いかねない」（緊急声明：産経新聞12月3日）ことになるのか、わからない。わかるのは一括で買い上げていたという事実だけだ。
この件に関しては、次のような記事が載っていた。
「記者の目：事業仕分け 心配な『官僚たちの質』」（寺田剛記者 毎日新聞 2009年12月3日）では、
……仕分け人が「読者からどれくらい評価されているか」を質問しているのに、同省の担当者は、情報誌がいかに素晴らしいかをとうとうと並べ立てた。読者アンケートで「自費で購入してもいいという人が１割もいました」と説明した時には、会場は失笑に包まれた。しかし、同省の担当者だけは真顔で、なぜ笑われるのか理解していないようだった。……（東京経済部）
と書いている。「コスト意識に乏しい官僚たちは、長く密室の中での予算編成に慣れ、霞が関の外の常識が見えなくなっているのではないだろうか。」（同記事）というのが趣旨だと思うが、知りたいのは事業自体の実態だ。
「事業仕分けで明らかになった『官僚』と『学者』の非常識さ」（田中秀征著）【第14回】（ダイヤモンド・オンライン 2009年12月10日）では、
「年間2億円の外交誌買取」でわかった外務省の薄いコスト意識
外務省は、民間出版社が発行する「外交フォーラム」などの雑誌を、年間約2億円の予算を使って買い取り、それを「有識者」に配布してきた。重要な情報誌なら、必要な人は高くても自分で買うはずだ。なぜそんなことをしてきたのか。そこに「外務省の何らかの権益が潜んでいた」と疑わざるを得ない。
という。知りたいのは「外務省の何らかの権益が潜んでいた」と疑う根拠であり、「外務省の情報誌買い取り廃止について、３人の東大教授が記者会見までして買い取り継続を求めた。」（同記事）という構造的理由だ。
これらの事業仕分けに対して、読売新聞（2009年12月7日）の電話全国世論調査では、問題だと思う点がある人が63％もいたし、それでもなお、「事業仕分けを評価する」が71％もあった。
また、JNN世論調査（2009年12月5〜6日調査）では、「事業仕分けを評価する」が80%もあり、「来年以降も続けるべきだ」が81%もあった。要するに、自分と同様に、もっと詳しく知りたいということなのだろう。「事業仕分け」は知識欲を刺激するが判断欲も刺激する。
２ ラムネ氏の強壮なる批判精神（引用は「ラムネ氏のこと」坂口安吾著−青空文庫版による）
引用箇所は「青空文庫収録ファイルの取り扱い規準」に基づいて表記・仮名遣いを改めてある。
以下、「ラムネ氏のこと−上」から引用
小林秀雄と島木健作が小田原へあゆ釣りに来て、三好達治の家であゆをさかなに食事のうち、談たまたまラムネに及んで、ラムネの玉がちょろちょろと吹き上げられてふたになるのを発明したやつが、あれ一つ発明しただけで往生を遂げてしまったとすればおかしなやつだ、と小林が言う。
すると、三好が居ずまいを正して我々を見渡しながら、ラムネの玉を発明した人の名前は分かっているぜ、と言いだした。
ラムネは一般にレモネードのなまりだと言われているが、そうじゃない。ラムネは、ラムネー氏なる人物が発明に及んだからラムネという。これはフランスの辞書にもちゃんと載っている事実なのだ、と自信満々たる断言なのである。早速ありあわせの辞書を調べたが、ラムネー氏は現れない。ラムネの玉にラムネー氏とは話がうますぎるというので三人大笑いしたが、三好達治は憤然として、うちの字引が悪いのだ、『プチ・ラルッス』に載っているのを見たことがあると、決戦を後日に残して、息巻いている。（「ラムネ氏のこと−上」）
ここでは、落語の「まくら」のように、ラムネー氏の絢爛（けんらん）にして強壮な思索が紹介されている。この文章を読んだ高校二年生は、「ウフフ、おもしろい」ともらしたが、この部分のことだろう。
続いて「ラムネ氏のこと−上」の最後の部分――。
全くもって我々の周囲にあるものは、大概、天然自然のままにあるものではないのだ。だれかしら、今あるごとく置いた人、発明した人があったのである。我々は事もなくふぐ料理に酔いしれているが、あれが料理として通用するに至るまでの暗黒時代を想像すれば、そこにも一編の大ドラマがある。幾十百の斯道（しどう）の殉教者が血に血を注（つ）いだ作品なのである。
その人の名は筑紫の浦の太郎兵衛であるかもしれず、玄海灘の頓兵衛であるかもしれぬ。とにかく、この怪物を食べてくれようと心を固め、たちまち十字架にかけられて天国へ急いだ人があるはずだが、その時、子孫を枕頭に集めて、爾来（じらい）この怪物を食ってはならぬと遺言した太郎兵衛もあるかもしれぬが、おい、おれは今ここにこうして死ぬけれども、この肉のうまみだけは子々孫々忘れてはならぬ。おれは不幸にして血をしぼるのを忘れたようだが、おまえたちは忘れず血をしぼって食うがいい。ゆめゆめ勇気をくじいてはならぬ。こう遺言して往生を遂げた頓兵衛がいたに相違ない。こうしてふぐの胃袋について、肝臓について、また臓物の一つ一つについて、おのおのの訓戒を残し、自らは十字架にかかって果てた幾百十の頓兵衝がいたのだ。（「ラムネ氏のこと−上」）
ここで、高校生を念頭に書いているので注をつけておきます。
※斯道＝その人が従事している専門の分野。
※殉教＝もともとの意味は、「自己の信仰する宗教のためにその身命を犠牲にすること。」（広辞苑）
※爾来＝その後。
本題にもどると、ここではものの有り様（よう）について述べているのだが、ほとんど「天然自然のままにあるもの」ではないという。具体的には何か。同じ段落の語句でいうなら、幾多の人間が手を加えてきた「発明」であり「料理」であり「作品」だという。
そして、対処の仕方の代表として太郎兵衛と頓兵衛を挙げている。太郎兵衛は、食ってはならぬと「遺言」し、頓兵衛はふぐのおのおのについて情報を残し、食えと「訓戒」した。
太郎兵衛は自分の遺言を権威づけるために何かを付け加えたかもしれぬし、枕頭にいた子孫はさらに誇張したかもしれない。しかし、ものの有り様は固定してしまう。
一方、ものの有り様は幾百十の頓兵衛がそれぞれ訓戒を残すことによって今の姿になったのだ。こういう見方は歴史観にも通ずる。「歴史と事実」（坂口安吾著）（青空文庫版）の中で、
「我々は史料によって歴史を知る。けれども、史料の記載を外れた部分は全てこれ屋久島の神代杉で、神ならぬ身の知る由もない。
戦国時代の英雄に就ては之を記した史料があるが、大衆は何事を考えていたか、否、英雄達すら史料の外れた場所で何事を考え何事を為していたか、全てこれ屋久島の神代杉で、創作を是とする外に法はない。」
と書いている。
「屋久島の神代杉」というのは、史料に記載されない現実の有り様のことで、歴史においてはこういう部分が圧倒的に多い。「歴史の紙のうえに『俊傑』の墳墓を数えていっても、人々の生きた日常の歴史は見えない。」（「幸福という一語 詩人であること」長田弘著）ということだろう。
（注：「俊傑」＝すぐれた人物）
この対極にあるのが、「私の好きな日本人」の「歴史を変えた本能的合理主義者織田信長」（石原慎太郎著）の歴史観だろう。
「歴史の原理として、世の中が突然大きく変わるというのは、ある極めて過激な人間の登場なくしてあり得ない。人間工学的にいえば、未曾有の発想力を持った人間の登場ということだ。」（同書冒頭）
【中】
この段では「おれのきのこはだいじょうぶだと、自ら太鼓判を押している」きのこ採りの名人が登場する――。
以下、「ラムネ氏のこと−中」から引用――
ところが、現に私たちが泊まっているうちに、この名人が、自分のきのこにあたって、往生を遂げてしまったのである。
それとなく臨終のさまを尋ねてみると、名人は必ずしも後悔してはいなかったという話であった。こういうこともあるかもしれぬということを思い当たった様子で、素直な往生であったという。そうして、この部落では、その翌日にもう人々がきのこを食べていたのであった。
つまり、この村には、ラムネ氏がいなかった。絢爛（けんらん）にして強壮な思索の持ち主がいなかったのだ。名人は、ただいたずらに、静かな往生を遂げてしまった。しかしながら、ラムネ氏は必ずしも常に一人とは限らない。こういう暗黒な長い時代にわたって、何人もの血と血のつながりの中に、ようやく一人のラムネ氏が潜み、そうして、常に潜んでいるのかもしれぬ。ただ、確実に言えることは、私のように恐れて食わぬ者の中には、決してラムネ氏が潜んでいないということだ。（「ラムネ氏のこと−中」）
名人は遺言も訓戒も残さなかった。「ふぐ食う無分別食わぬ無分別」という言葉があるが、翌日からキノコを食べる人はそれなりの理屈をもっている。理屈といっておかしければ思いこみといってもよい。
名人は運が悪かった、と言うかもしれないし、キノコはやっぱりうまい、俺だけは平気だよと言うかも知れない。次の日にまた誰かがキノコにあたってもやはり食い続けるだろう。
一見、進歩も発展もないまま同じ生活を繰り返している。大多数の人はこのタイプである。だが、こういう人々は、食うという一点において強壮な精神をもつ潜在的可能性がある。食ってはならないと為政者が禁止しても、メディアが食べると危ないというキャンペーンを繰り返しても、さらに、賞味期限が切れていても、自分の五感で判断し食うことに徹するに違いない。
【下】
下段では、今から三百何十年前、「愛は直ちに不義であり、……むしろ死によって裏打ちされている」時代について語っている。この時代、安珍を追い求めた清姫も、お組（くみ）に恋した法界坊も、その愛は生きて成就することがなかった。不義はお家の御法度（ごはっと）という成文化されていない法律が支配する時代に、宣教師達はアモール（ラヴ）を「御大切」（大切に思う、の意）とおきかえたのだ。
以下、「ラムネ氏のこと−下」から引用――
私はしかし、昔話をするつもりではないのである。今日もなお、恋といえば、邪悪な欲望、不義と見る考えが、生きてはいないかと考える。昔話として笑って済ませるほど無邪気ではあり得ない。
愛に邪悪しかなかった時代に、人間の文学がなかったのは当然だ。勧善懲悪という公式から人間が現れてくるはずがない。しかし、そういう時代にも、ともかく、人間の立場から不当な公式に反抗を試みた文学者はあったが、それは戯作者（げさくしゃ）という名で呼ばれた。戯作者のすべてがそのような人ではないが、少数の戯作者にそのような人もあった。（「ラムネ氏のこと−下」）
以下、「いわば、戯作者もまた、一人のラムネ氏ではあったのだ。……結果の大小は問題でない。ふぐに徹しラムネに徹する者のみが、とにかく、物のあり方を変えてきた。それだけでよかろう。」（同書）と書いている。
頓兵衛は訓戒を残し、宣教師は「御大切」という言葉を編み出した。人間の欲望を肯定する立場から勧善懲悪という不当な公式に反抗した戯作者は、男女の恋を描くことによって愛の中に不義以外のものを見出し、ものの有り様を変えようとしたというのだ。
３ メディアは太郎兵衛か頓兵衛か
現今のメディアでは頓兵衛は少数派らしい。今回の事業仕分けにメディアは一方的だと大合唱した。どこが問題なのか、読売新聞社がやや詳しく説明している。
「内閣・政党支持と関連問題 電話全国世論調査」（読売新聞 2009年12月7日）をみると次のようになっている。今回の事業仕分けについて、問題があると答えた63％の人に対し、さらに次のように質問している。
【前問の答えが(1)（注：問題がある)の人だけ】
今回の事業仕分けで一番問題だと思う点を、次の４つの中から、１つだけ選んで下さい。
答
1.対象とした事業が適切でない 17
2.仕分けにかける時間が短い 39
3.仕分け人の判断が適切でない 17
4.仕分け人の議論の進め方がよくない 20
5.その他 1
6.答えない 6
自分が聞かれたなら、1〜4はすべて選ぶ。ただし、すべての作業をチェックしたわけでもないから、ひっくるめて「問題がある」と結論づけることのほうが問題だ。資料にしても各方面からのものを提示すれば、議論がもっとわかりやすくなるはずだし、インターネットを使えば可能なはずだ。
４ 追記
新聞の有り様について、次のような記事があったので紹介しておく。
「新聞は必要」９１％…読売世論調査（2009年10月14日 読売新聞）
読売新聞社が１５日からの第６２回新聞週間を前に実施した面接方式の全国世論調査で、情報や知識を得るために新聞は必要だと思う人は９１％に達し、昨年の９０％と同様の高い数値を記録した。
新聞の報道を信頼できると答えた人は８５％（昨年８５％）に上り、国民の多くが新聞を評価していることがわかった。
新聞について「必要とする情報や日常生活に役立つ情報を提供している」と思う人は８８％（同８６％）、「事実やいろいろな立場の意見などを公平に伝えている」は６９％（同６６％）、「国民の人権やプライバシーを侵さないように気を配っている」は７４％（同７０％）だった。いずれも昨年を上回る評価を得た。
「ニュースの背景や問題点を掘り下げて解説する」という点で、大きな役割を果たしていると思うメディアを複数回答で聞くと、「一般の新聞」を挙げた人は６１％（同７６％）で最も多かった。「社会の懸案や課題に対する解決策を提案する」点でも「一般の新聞」は５９％（同６３％）で、他のメディアを上回った。
調査は９月５〜６日に行った。（読売新聞）
信頼されるメディアを目指しているようだが、逆説的に言うと、信頼されていないメディアの方がメディアの有り様としては信頼するに足りる。
新聞は、信頼して読むものではなく批判的に読むべきものであり、その際の批判的精神を鍛えてくれるのは少数意見だ。その意味で、例えば二大政党制など、批判精神を衰退させるものでしかない。
＊表現を変更しました。 2009年12月19日