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検証・憲法施行65年 「米国製」 謎多い制定過程(2−2)

産経新聞 5月3日(木)7時55分配信

 ■「元首」はなぜ「象徴」となったのか

 昭和32年10月16日の憲法調査会総会に、幣原内閣の法制局第一、第二部長として憲法制定にかかわった佐藤達夫氏が呼ばれ、後の首相、中曽根康弘氏は「マッカーサーがホイットニー民政局長に与えた指令では、天皇は“元首”となっているのにマ草案で“象徴”になった事情はどうか」と質問した。

 佐藤氏は「元首が象徴になった事情はナゾである」と答えた。

 中曽根氏の質問にある「指令」は「天皇は国家元首の地位にある」というマッカーサー・ノート(三原則)の第一原則を指す。

 英文で「Emperor is at the head of the state」とある。

 民政局で「天皇」の章を担当したリチャード・プール氏(海軍少尉)は後に、憲法学者の西修氏のインタビューに「(マッカーサー・ノートには)『天皇は国家元首である(Emperor is the head of the state)』とは書かれていなかった。天皇の品位を汚そうなどということは全く念頭になかった」と語っている。

 では、「象徴(symbol)」という言葉は、どうして生まれたのか。

 プール氏とともに「天皇」の章を担当したジョージ・ネルソン氏(陸軍中尉)は西氏に対し、英国の憲法学者、ウォルター・バジェットの『英国憲法』(1867年)の一節から取ったと説明した。

 その本には、「イギリスに女王がいなければ、現在のイギリス政府は崩壊し、消滅してしまうであろう。…国王は不偏不党である。国王が一見して実際の業務から距離を保っていることが、自らを憎悪と汚辱から遠ざけ、その神秘性を保持し、…象徴を必要とする人々にとって目に見える統合の象徴であることを可能にするゆえんなのである」と書かれている。

 憲法草案を審議する21年6月の衆院本会議で、「象徴」は明治憲法の「元首」に戻すべきではないかとの質問も出された。

 これに対し、金森徳次郎国務相は「従来の理念を抹消し、新たな言葉を創造するという観点から、『象徴』という言葉が理想的であると考えた。『元首』は旧世紀的なもののように思える」と答弁した。

 今でこそ、「象徴」という言葉は定着したように見えるが、当時の国民は相当な違和感を持った。

                   ◇

 ■「芦田修正」めぐる曲折

 マッカーサー草案で8条にあった戦争放棄条項は、日本側とGHQの折衝を経て3月6日に発表された「帝国憲法改正草案要綱」では9条に移された。その後も、口語体に変えた「帝国憲法改正草案」などが発表されたが、戦争放棄は9条が定位置になる。

 その9条に関する日本側での本格的な議論が行われたのは、芦田均氏を委員長とする衆院憲法改正小委員会(通称・芦田小委員会)の場である。正式名称は「衆議院帝国憲法改正案委員小委員会」で、7月25日から8月20日まで計13回、非公開で行われた。

 芦田小委員会が始まった段階で、9条はこうなっていた。

 国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。(第1項)

 陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権は、これを認めない。(第2項)

 7月29日、芦田氏は9条の2項の冒頭に「前項の目的を達するため」との文言を追加することを提案した。

 「芦田修正」といわれる。その後、この修正案はケーディス次長の承認を得られ、現行憲法の規定になった。

 芦田氏は後に昭和32年12月の憲法調査会総会で「私は一つの含蓄をもってこの修正を提案したのであります」「原案では無条件に戦力を保有しないとあったものが、一定の条件の下に武力を持たないということになります。日本は無条件に武力を捨てるのではないということは明白であります」と発言し、自衛のための「戦力」を持てるとする自衛隊合憲論の有力な根拠になった。

 昭和54年3月、東京新聞が“スクープ”した「芦田日記」の21年7月のところにも、「自衛権の行使は別であると解釈する余地を残したい、との配慮からでたものである」と書かれていたと報道された。しかし、7年後の昭和61年、岩波書店から刊行された芦田日記には、そのような記述がなく、自衛権保持の余地を残したとする核心部分の記述は記者の加筆と判明した。

 芦田修正を根拠にした自衛隊合憲論は支えを失ったかに見えたが、西修氏はこの加筆報道騒動に先立ち、米マッカーサー記念館で、芦田修正をめぐる重要な極東委員会関係文書を見つけた。

 極東委員会は米ワシントンに設置された旧ソ連など連合国11カ国の代表から成る日本占領政策に関する最高意思決定機関である。

 西氏が発見した文書には、極東委員会が「芦田修正により、自衛のための戦力保持が可能になった」と判断し、その歯止めとして、大臣が軍人でないことを求める「文民条項」の挿入を日本側に迫った経緯が記されていた。

 このことは平成8年1月に解禁された旧貴族院帝国憲法改正案特別委員小委員会の秘密議事録でも裏付けられた。

 これが現行憲法66条2項の「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」との規定だ。

 しかし、日本政府は芦田修正説による自衛隊合憲論でなく、自衛隊は「戦力」に至らない必要最小限度の「実力組織」であるとする苦しい解釈をしている。

                   ◇

 ■検閲で封印された「出生の秘密」

 西修氏は米メリーランド大図書館で、憲法の記述に関するGHQの検閲の実態を調べた。そこで明らかになったのは、憲法が「米国製」であるという言論をGHQが徹底的に封じ込めた事実だ。

 西氏の研究によると、例えば、松本委員会のメンバーで九州大学教授の河村又介氏が昭和21年11月に刊行しようとした「新憲法の制定に就(つい)て」は発禁処分(SUPPRESS)にされ、特に問題とされた次の部分に削除を意味する線が引かれていた。

 「敗戦国日本の現状と致(いた)しまして何一つとして占領軍の即ち連合諸国の諒解なくして出来ないこと、皆さんの御承知の通りであります。国家の根本法たる憲法と雖(いえど)もその例外であり得る訳ではありません」

 「私は実際には改正はなかなかむづかしいであらうと思ひます。何故かと言ふと仮令(たとい)占領軍が撤退した後と雖も連合諸国が鵜の目鷹の目で日本の政治経済文化其の他凡(あら)ゆる方面を見張りをしてそれが連合国の思想や利害に反しないやうに監視を続けるだらうと思ひます」

 また、東大教授で後に最高裁長官になる●田喜三郎氏が「日本管理法令研究」誌の第1巻9号(21年12月1日)に書いた「新憲法と平和立国」と題する論文は次のような記述が削除を命じられた。

 「かならずしも連合国によつてその管理の基本原則をおしつけられたと見るべきではない。この基本原則は新しい日本として本来の行き方を示すのであつて、連合国の管理がなくても、日本は自発的にかような基本原則を自己の政策として採用すべきはずのものであつた」

 検閲は共産党系の著書にも及んだ。

 プロレタリア文学作家、中野重治氏が「展望」昭和22年1月号に書いた論文の次の部分に線が引かれていた。

 「あれ(憲法案)が議会に出た朝、それとも前の日だつたか、あの下書きは日本人が書いたものだと連合軍総司令部が発表して新聞に出た。日本の憲法を日本人がつくるその下書きは日本人が書いたのだと外国人からわざわざことわつて発表してもらはねばならぬほど何と恥さらしの自国政府を日本国民が黙認してることだらう」

 GHQに好意的な●田喜三郎氏の論文まで検閲を受けたことは、GHQが憲法の“出生の秘密”を知られまいと神経質になっていた事実を物語っている。

 共産党は現在、「護憲」を唱えているが、当時は新憲法に強く反対した。

 21年6月の衆院本会議で、共産党の野坂参三氏は「戦争には、不正な戦争と正しい戦争がある。不正な戦争とは日本の支配者が行ったような戦争で、この侵略戦争に対して戦う戦争は自衛戦争である。憲法には、侵略戦争の放棄と明記すべきではないか」と質問した。

 これに対し、吉田茂首相は「多くの戦争は正当防衛を名目にして行われてきた。いかなる名目でも戦争を行わない方がよい」と答えた。

 当時は、共産党が自衛戦争を容認し、吉田内閣は自衛戦争を含めたすべての戦争を否定していた。

●=横の旧字体

                   ◇

 【GHQ民政局での憲法起草作業分担表】(ハッシー文書より)

 ≪運営委員会≫

 チャールズ・ケーディス陸軍大佐、アルフレッド・ハッシー海軍中佐、マイロ・ラウレル陸軍中佐、ルース・エラマン

 ≪立法に関する委員会≫

 フランク・ヘイズ陸軍中佐、ガイ・スウォーブ海軍中佐、オズボン・ホージ陸軍中佐、ガートルド・ノーマン

 ≪行政に関する委員会≫

 サイラス・ピーク、ジェイコブ・ミラー

 ≪司法に関する委員会≫

 マイロ・ラウレル陸軍中佐、アルフレッド・ハッシー海軍中佐、マーガレット・ストーン

 ≪市民権に関する委員会≫

 ピーター・ルースト陸軍中佐、ハリー・ワイルズ

 ≪地方行政に関する委員会≫

 セシル・ティルトン陸軍少佐、ロイ・マルコム海軍少佐

 ≪財政に関する委員会≫

 フランク・リゾー陸軍大尉

 ≪天皇・条約及び授権に関する委員会≫

 リチャード・プール海軍少尉、ジョージ・ネルソン陸軍中尉

最終更新:5月3日(木)7時55分

産経新聞

 

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