健康情報シリーズ Health Advisory Series 

 今回から健康情報シリーズをお送りします。

 インターネットでいま話題の『大麻(マリファナ)』を見てみると、ほとんどが『無害』説に立った情報であり、適切と思われる情報に到達することはなかなか大変です。このような不透明な時代に対応し、バランスのとれた情報を塾内に提供することを意図しています。

 多くの方にご一読いただき、参考にして頂ければ幸いです。

(保健管理センター所長 齊藤 郁夫)

大麻の健康障害

(2009.4.16)

 2008年中の大麻取締法違反による検挙者数が、過去最多となり10年前の2.5倍に達しました。特に10~20歳代の若年者の増加が目立ち、全体の63%を占めました。大学生も全国で89人が検挙され、残念ながら塾生も逮捕、起訴、有罪判決を受けました。

 「大麻は安全である」といった誤った情報が氾濫している実情が、若年者を中心に大麻の乱用が増加している背景にあります。

【現代の大麻は昔とは違います!】

 大麻を使用した際にさまざまな精神症状を起こす主成分は、delta-9-tetrahydrocannabinol(THC)という物質です。大麻に含まれるTHCの量は、1970年代では平均1%未満でしたが、その後の品種や栽培条件の改良によって、2002年には平均6%以上に達することが報告されています1)。また、近年乱用が増加している種子から室内栽培された大麻では、THC含有率がさらに上昇し平均10%以上、高いものでは20%に達しています2)。「大麻はたばこや酒より害が少ない」あるいは「大麻は常用しても習慣性や中毒症状はない」といった意見は、一部調査の都合のよい結果や古い調査結果を根拠としている場合が多いようです。大麻の健康障害を考える際には、大麻の年代変化を考慮する必要があり、古い調査結果をそのまま現代の大麻に当てはめることはできません。

【大麻は健康障害を引き起こします!】

1.大麻の急性作用

 大麻を吸引すると約2時間続く中枢神経症状が出現し、認知、学習、記憶などに障害がみられます3)。さらに、その後数時間は行動の障害が継続し、問題行動や自動車の無謀運転による交通事故などにつながります1)。また、急性の中毒性精神病を起こす場合があり、被害妄想、誇大妄想、幻聴などの統合失調症に似た症状が出現し、入院治療を必要とします2)
 循環器系への影響も大きく、心拍数増加を引き起こし、心臓疾患のある人では心不全発症の危険性があります。また、血圧が低下し、立ちくらみや失神をおこすことが知られています2)

2.大麻の健康障害

 大麻長期使用者では、精神的依存や、大麻の使用を止めた後も疲労などのストレスや飲酒などをきっかけに以前に大麻を使用した時と同様の幻聴、幻視などの症状(フラッシュバック)がみられることが、古くから知られています2)。1992年~1994年にアメリカで行われた調査では、大麻使用経験者の10%、毎日使用している人の1/3~1/2に薬物依存状態を認めました3)。さらに、最近の大麻はTHC含有量が増加していることから、もっと多くの大麻使用者が精神的依存に陥っていることが危惧されます。

 また、近年の研究成績では、大麻の長期使用者の一部に慢性中毒性の不安、抑うつ状態、自殺願望などの精神病状態や4)、物事に無関心になり学業、仕事、その他の目標思考活動に興味を示さなくなる無動機症候群が出現することが報告されています5) 。また古くから、大麻と統合失調症の関連について報告がありますが、近年では大麻が統合失調症の発症を促進するとの報告が増えつつあります6, 7, 8)

 さらに、大麻の長期使用者では、慢性気管支炎などの呼吸器障害の罹患率が高くなります9)。また、大麻たばこ1本あたりのタール、一酸化炭素、発がん物質の含有量は、普通たばこの4~5倍多いことから、肺がん、舌がん、喉頭がんの発症率が高くなることが憂慮されています2, 9)

 また、妊娠中に大麻を使用した母から生まれた子どもでは、出生時体重、身長、頭囲が小さく、時に顔貌異常や知能障害がみられます2, 10)。さらに、子どもの出生後の白血病や筋肉の悪性腫瘍の発症率が高くなることが、複数の調査結果で報告されています10)

【参考文献】

1) Office of national drug control policy: Marijuana myths & facts. 2004
2) Iversen LL: The science of marijuana. Oxford University Press, New York, 2000
3) Hall W, Solowij N: Long-term cannabis use and mental health. Br J Psychiatr 171: 107-108, 1997
4) Brook JS, et al: Longitudinal study of co-occurring psychiatric disorders and substance use. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry 37(3): 322-330, 1998
5) O'Brien CP: Drug addiction and drug abuse. Goodman & Gilman's the pharmacological basis of therapeutics. 11th ed. Mcgraw-Hill, New York, p 622-623 , 2006
6) Miettunen J, et al: Association of cannabis use with prodromal symptoms of psychosis in adolescence. Br J Psychiatry 192: 470-471, 2008
7) Konings M, et al: Early exposure to cannabis and risk for psychosis in young adolescents in Trinidad. Acta Psychiatr Scand 118: 209-213, 2008
8) Henquet C, et al: Prospective cohort study of cannabis use, predisposition for psychosis and psychotic symptoms in young people. Addiction 100: 874-875, 2005
9) A Smoking Gun: The impact of cannabis smoking on respiratory health. The British Lung Foundation, 2002
10) World Health Organization: Cannabis- management of substance abuse. 2008

(慶應義塾大学保健管理センター 德村 光昭)