杭州緑城・岡田監督の早期解任はあり得ない (2/2)
日本人指揮官を迎えたクラブの狙い
■若手にチャンスを与えながら結果も追求
「ようやく自分たちの目指すサッカーができてきて、そのことでは手応えを感じています。選手たちは持てる力を出し切りましたが、勝たせられなかったのは残念です」
4月7日、ホームで行われた上海申花戦の会見で、岡田監督は悔しさをにじませながらこのように語っている。結果は1−1の引き分け。確かに「勝てる試合」ではあったが、それ以上に「自分たちの目指すサッカー」ができてきたことについては、十分に評価されてよい内容であった。
試合は、序盤はアウエーの申花に押される展開が続いた。そして開始9分でアネルカに先制ゴールを許してしまう。申花は中国でも名門として知られ、今季も元フランス代表のアネルカをはじめ大型補強を敢行してタイトル奪還に燃えている。緑城との戦力差は、かなりの開きがあるように思われていた。しかし失点からわずか1分後、元川崎のレナチーニョが同点ゴールを決めると、緑城は次第にゲームの主導権を握っていく。
後半、攻撃の姿勢をさらに明確にした緑城は、何度となくチャンスを演出。スリーラインをコンパクトにし、ボールを奪われてもすぐに奪い返して、断続的に攻撃を仕掛ける。これこそが指揮官が言うところの「自分たちの目指すサッカー」であった。対する申花は、自陣ゴール前にしっかりブロックを作り、さらにはアネルカまでも守備に回って、懸命に相手の攻撃をはじき返す。
次第にゲームがこう着する中、岡田監督のベンチワークはやや意外なものに感じられた。最初の交代は後半33分、2枚目と3枚目のカードを切ったのは、終了間際の43分であった。この意図について質問された指揮官は「2人ともまだ若く(トップリーグでプレーした)経験がなかったので、あまり時間を与えられなかった」と説明している。確かに、主力選手数人がけがや出場停止となっていたため、経験の浅い選手を使わざるを得なかったという台所事情もあったのだろう。しかし一方で、重要な場面でも若手を積極的に使っていこうとする意図もあったようだ。
若手を使いながら、結果も追求していく。岡田監督の悔しさいっぱいの表情には、それらが両立できなかったことへの自責の念が多分に含まれていた。この試合で勝ち点1をプラスした緑城は、13位から11位に順位を上げている。
■「こいつらを輝かせてやりたいという思いでいっぱいですよ」
最後に、当の岡田監督の言葉も紹介しておこう。インタビューは試合から2日後の4月9日に行われ、11日に地元紙の『体壇周報』に掲載された。そこからの「転載」という形で引用することにしたい。まずは今季の目標について。岡田監督は「残留」ではなく、あくまでも「優勝を目指す」としている。
「やっぱりやるからには、優勝というものを目指して、できる限りのことをやっていかないと。僕が来た時、ここの皆さんは『(優勝なんて)無理ですよ、残留できればいいですよ』とか言うんですよね。でも、そういう(無理だという)思い込みをまず排除しないと、絶対に上に行ける可能性はない。もっと高い志を持とうと。まずそこからスタートしないと、何も始まらない」
とはいえ、ただ勝ち点を積み重ねれば良いという話では、もちろんない。若く才能のある選手を育てていくという重要なミッションがあるからだ。
「みんなで守って、前に速い外国人を置いてカウンターする方が、まだ勝ち点を稼げると思う。でもそうしたら、若い選手が伸びてきた時に、使いようがなくなってしまう。彼らがいなかったら、そこそこの成績を残して日本に帰りますよ。でも、このチームにはそういう(若い選手に)ポテンシャルがあるのでね。今、大事なことは、目指しているサッカーを突きつめていくということ。最初は苦しいと思いますよ。選手も、自分たちがやったことないようなことを要求されているわけですから。でも、だんだんみんな開き直ってきて、リスクを冒せるようになってきましたね」
幸い、フロントは全面的に支援してくれるし、選手からの信頼も厚く、サポーターの期待も依然として高い。「監督はたたかれてナンボ」と考える岡田監督にとって、異国でのチャレンジはもちろん大変な面もあるが、十分にやりがいを感じている様子だ。
「確かに、環境とか収入にしても、日本の方がいいわけ。ただ僕の場合、何か新しいチャレンジがしたいというのがまずありました。そうしたら、選手、フロント、スタッフが日本人である僕に対して、何とかしようとサポートしてくれている。僕は今、自分がどうのこうのではなく、この人たちを喜ばせてあげたいという気持ちだし、選手がかわいくて仕方ないですよ(笑)。こいつらを輝かせてやりたいという思いでいっぱいですよね」
そのためにも、理想は高く掲げつつも、今季はしっかりと残留を果たしたいところ。スーパーリーグでは、下位2チームが自動降格となるため、最下位脱出が目下の目標となる。岡田武史の新天地での挑戦は、まだ始まったばかりだ。
<了>
・中国側から見た「日中覇者対決」 (2012/4/19)
・中国側から見た「日中首都対決」 (2012/4/6)
・スポーツナビ・サッカーFacebookページ (2012/5/2)
宇都宮徹壱
1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)。近著『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。自身のWEBサイト『徹壱の部屋』(http://supporter2.jp/utsunomiya/)でもコラム&写真を掲載中。また、有料メールマガジン「徹マガ」(http://tetsumaga.sub.jp/tetsumaga_official/)も配信中
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