ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
クロスベル編(ここから先、零・碧の軌跡ネタバレ)
第五十六話 クロスベル市センキョ騒動! (1) ~身代金は300億ミラ!?~
<クロスベル自治州 鉱山町マインツ>

クロスベルの街の北西に位置する鉱山町マインツは、大陸でも有数の七耀石の産地である。
国内の需要を満たすだけで無く、外国に輸出するほどの採掘量を誇るこの町が武装集団に占拠される事件が起きた。
その武装集団とはルバーチェ商会の黒服の男達だ。
今までルバーチェ商会は、このような直接的な武力行使をする事は無かった。
遊撃士や警察、警備隊に隙を与えてしまうようなものだからだ。
ルバーチェ商会の構成員が暴挙に出てしまったのは、マルコーニ会長やガルシアが部下を統制出来なくなった事を示している。

「まったく、俺や会長まで巻き込むとはな。早まった事をしやがって」

マインツ占拠作戦を実行したと聞き、マルコーニ会長と共にやって来たガルシアは、部下である黒服の男達に向かってため息をつきながらそう言った。
しかし黒服の男達は悪びれた様子も無く、強気な態度を取っていた。
そんな様子を見たガルシアは、少し脅すような口調で黒服の男達に問い詰める。
どうやって警察や警備隊の包囲を脱出できるのかと。
ガルシアの話を聞いた黒服の男達は真っ青な顔になって、ガルシアとマルコーニ会長に助けてくれと泣きついた。
何とも自分勝手な話だが、もうガルシア達も無関係で通るはずもない。

「仕方無い、俺達も覚悟を決めるしかなさそうですぜ」

ガルシアの言葉にマルコーニ会長がうなずいて了承すると、黒服の男達は歓声を上げた。
まずガルシアは人質にしたマインツの町の人々を集め、鉱山の中へ押し込むように指示する。
これならば事件が発覚して警察や警備隊、遊撃士達が来ても人質の様子を建物の窓から調べられなくなる。
名案だと黒服の男達からガルシアに賞賛の声が浴びせられた。

「うん、お前は……?」

黒服の男達によって移動させられる人質の顔を眺めていたガルシアは、何かに気が付いたように金髪の男性を呼び止めた。
そしてその金髪の男性の顔をじっと見つめたガルシアは大きな声で笑い出す。

「まさか帝国の皇子がこんな所に居るとはな」

ガルシアの言葉を聞いた黒服の男達がざわめいた。
しかしオリビエは笑顔を浮かべて否定する。

「皇子だって? 僕は漂泊の演奏家さ」
「貴様の目的は分かっている、七耀石(セプチウム)だろう」

とぼけようとするオリビエに、マルコーニ会長はそう言い放った。
七耀石は株式や国債などと違い換金相場が安定していて、大量のミラ通貨よりも持ち運びもしやすく、武装勢力と武器商人との取引に良く使われている。
特に大きな七耀石は手に入れようとする者達の間で血で血を洗う様な争いが起きるので、ブラッドセプチウムとも呼ばれている。

「だけど僕の狙いは君達と180度違って、セプチウムを戦争の道具に使用させないために動いているのさ」
「何を気取っている、どうせお前もセプチウムに目が眩んだのだろう」

オリビエがそう言うと、マルコーニ会長は鼻で笑った。

「真の宝とは、宝石などでは無く愛と平和さ、すなわちラブアンドピース」

キラリと効果音が出て来そうな輝きを放つオリビエだったが、その場に居た黒服の男達もあきれてため息をついた。

「まあいい、帝国の皇子を人質に取れたのは好機だな」
「これで俺達も逃げのびる事が出来るかもしれませんぜ、運が回って来たな」

そしてマルコーニ会長とガルシアはオリビエを無視して、今後についての話し合いを続けるのだった。



<クロスベルの街 遊撃士協会>

マインツの町がルバーチェ商会により占拠された事が逃げて来た商人によって知らされると、クロスベルの街は混乱に包まれた。
民間人の命が危険にさらされてしまう事態に、遊撃士の派遣が決定される。
アリオスがマインツに行くと言う話を聞いたエステルとヨシュア、アネラス達は同行を申し出る。

「あたし達もマインツの町へ行かせてください!」
「ルバーチェ商会に関する事件に関わった者として、人任せにしたくありません」
「お願いします!」
「今さら何を言っている、お前達も『特務支援係』の一員として来てもらうぞ」

アリオスが平然とそう答えると、エステル達の表情が明るくなった。
そしてクロスベル支部所属の遊撃士であるヴェンツェル達が街に残り、裏通りにあるルバーチェ商会の立ち入り調査や日常的な遊撃士の仕事を引き受けてくれる事になった。

「クロスベルのマクダエル市長さんからも、マインツの町の人々の救出要請が遊撃士協会宛てに届いているわ。街に残る私達も、あなた達をサポートするから頑張っていらっしゃい」
「はい、ありがとうございます!」

ミシェル達に力強く答えたエステル達は、気合の入った表情でアリオスと共にクロスベルの遊撃士協会を出発した。

「エステルさん!」

エステル達が街の北口から出た所で、教会の方から走って来たクローゼに呼び止められた。
しばらく前に、アリシア王母生誕祭でオリビエとの婚約を発表したクローゼは帝国を訪問しているはずだった。
それなのにどうしてクロスベルに居るのか。
クローゼは外では言えない大事な話があると、エステル達を教会へと招こうとする。

「すまないが、俺達は急いでいる。マインツの町が占拠された事は君も聞いているだろう?」

だがアリオスは首を横に振ってエステル達を止めた。

「私はその事に関して、重大なお話があるんです」
「何だって?」

真剣な表情で訴えるクローゼの言葉を聞いたヨシュアは驚きの声を上げた。
クローゼの話を聞くため、エステル達は少しだけ教会へと立ち寄った。
聖堂の中へ入ると、街の子供達が集まって、教室で授業を受けているのが分かった。
今日は日曜日でも無いのにと違和感を覚えたエステル達が不思議そうな顔をしていると、街が危険な状態になったので、事件が解決するまで子供達を教会の方で預かる事にしたそうだとクローゼが説明した。
奥の司教の部屋から出て来た、レンより少し幼いくらいの少女がクローゼに気が付いて声を掛ける。

「クローゼお姉ちゃん!」
「キーアさん、外へ出てはいけませんよ」
「うん、悪い人達が居て危ないんでしょう?」

クローゼに注意されたキーアはそう答えると、エステル達と一緒に居たアリオスに気が付いて嬉しそうな笑顔になる。

「あっ、シズクのお父さんだ!」

アリオスとキーアは面識があるらしく、今はリベール王国に避難しているシズクからも手紙が来ている様だった。
表向きは旅行と説明しているため、細かい事情を話すわけにはいかなかったが、またシズクはクロスベルに戻って来ると約束すると、キーアは元気一杯になって教室へと入って行った。

「かわいい女の子ですねえ」

キーアが去った後、アネラスはそうつぶやいた。

「あたし達も頑張ってキーアちゃんとの約束を果たさないとね」
「そうだね」

エステルの言葉に、ヨシュアはうなずいた。
ルバーチェ商会を倒しても、すぐにシズク達がクロスベルに戻れるわけではない。
クロスベルが本当に安全にならないと帰れないのだ。
司教の部屋へ入ったクローゼはエステル達に事情を話し始める。
オリビエとの婚約発表があった生誕祭が終わった後、クローゼはユリア達と共に帝都を訪れていた。
城に留まって皇子としての職務をこなすオリビエの姿を見て、オリビエの放浪癖に頭を悩ませていた皇帝や重臣達もクローゼに感謝したぐらいだった。
しかしオリビエの性格を良く知るミュラーやクローゼは心から安心する事は出来なかった。
その予感は的中し、オリビエは退屈な帝都を抜け出そうと、軍の小型飛行艇を強奪する。
オリビエの動きを予想していたクローゼは、飛び立つ直前の飛行艇に乗り込み、どうしてこのような事をしたのか理由を尋ねた。
するとオリビエは、クロスベルで頑張っているエステル達の手助けをしたいとクローゼに話す。
マインツの町の鉱山では大粒で良質な七耀石の原石が発掘される事があり、ブラッドセプチウムと呼ばれるほど争いの種になりそうな物も存在した。
情報筋によれば、つい先日も大きな七耀石がマインツの町の鉱山で発掘されたのだと言う。
話を聞いたオリビエは、その七耀石を悪しき者達に利用させないために自らマインツの町へ行く決意をしたとクローゼに語った。

「だから僕は平和のために、皇子に相応しい行動をしているのさ」
「本当にそれだけですか、何か私に隠している事はありませんか?」
「そ、そんなはず無いじゃないか」

クローゼが問い詰めると、オリビエは冷汗を浮かべながら引きつった笑顔で答えた。
何かあると感じたクローゼは、このままオリビエについて行くと宣言する。
戸惑ったオリビエだったが、クローゼの意志が固いと悟ると、降参してクローゼをクロスベルに連れて行く事を了承した。
しかしクローゼはリベール王国の皇女、目立ってしまう事は避けたいとオリビエは教会でしばらく待っているように告げた。
そしてマインツの町の占拠事件が起きてしまったのである。

「もしかして、オリビエさんはマインツの町の方々と一緒に人質にされているかもしれません」
「あんですって!?」

クローゼの言葉を聞いたエステルは驚きの声を上げた。

「オリビエさんの正体が占拠犯達に知られたら大変な事になりますね」
「ああ、勢い付いて良からぬ企みをするだろうな」

ヨシュアの意見にアリオスも同意した。

「お願いです、オリビエさんを助けて下さい」
「もちろん、言われるまでも無いわ!」

心配そうな顔をして頭を下げるクローゼに、エステルは力強く答えた。

「本当は私もエステルさん達と行動を共にしたいのですが……」
「うん、クローゼは生誕祭で顔が知られてしまっているかもしれないわね」

無念そうな顔で話すクローゼへ、エステルは同情するような表情で声を掛けた。
エステル達はクローゼの分まで努力すると約束して教会を立ち去り、マインツの町へ通じる山道に戻る。
するとエステル達の前に警備隊の導力車が止まり、運転席からノエル曹長が出て来てエステル達に向かって敬礼をする。

「お迎えに上がりました!」

ノエル曹長の話によると、マインツの町の近くに居るセルゲイ達がアリオスの力を早く借りたいと車で迎えを寄こしたらしい。
エステル達が車に乗り込むと、ノエル曹長は車を急発進させ、猛スピードで山道を駆け上がる。
山道を歩いている警官や警備隊が叫び声を上げて避けて行く様は痛快な物だったが、車に乗り慣れていないエステル達は目が回ってそれどころでは無かった。



<鉱山町マインツ付近 トレーラー型現場指揮車両内>

ノエル曹長の超特急便によってエステル達はすぐに山の上にあるマインツの町の近くへと到着した。
車から降りたエステル達の目に、マインツの町を遠巻きにする警官隊や警備隊の姿が見えた。

「繰り返し犯人に告ぐ、お前達はもう包囲されている、無駄な抵抗は止めろ!」

警官が拡声器で何度も投降を呼びかけているようだが、占拠犯であるルバーチェ商会の構成員から反応は無いようだった。

「こちらの指揮車でセルゲイさんがお待ちです」

エステル達は、ノエル曹長にトレーラーの荷台と同じ位の広さのある、クロスベル警察の現場指揮車の中へと案内された。
車内には電話型の導力通信機が置かれたデスク、データベースの入った電子計算機(コンピュータ)、話し合いをするための小規模な応接セットなどがある。

「お前達、間に合ってくれて助かったぜ」

車内に入って来たエステル達の姿を見て、クロスベル警察のセルゲイは少し安心した様子でため息をついた。
そしてセルゲイはアリオスにマインツの町を占拠している犯人達との交渉役を任せたいと頼む。

「強行突入をしたら多数の犠牲者が出る。だから、力を借りたくてお前を呼んだ」
「……ピエール副局長も来ているのか」
「ああ、だが今回は奴らに手出しはさせない」

難色を示したアリオスに対して、セルゲイは真剣な表情で説得をした。
しばらく話し合った末、アリオスが交渉役を引き受けると、セルゲイはホッとした様子で胸をなで下ろした。

「アリオスさんが交渉役だなんて、凄いわね」
「剣の腕だけじゃなくて、頭の方も良いんですね」
「遊撃士は民間人の命の安全が最優先だから、犠牲者を出さないように武力によらないで解決するのも大切な事だと思うよ」

感心した様子のエステルとアネラスがそうつぶやくと、ヨシュアは他人事ではないと注意した。

「その通りだ、ミシュラムでガルシアを相手に無事に帰れるとは良くやったな」

アリオスに褒められて、ヨシュアは少し照れたような表情になる。

「いえ、僕は自分の思った事をそのまま話しただけです。それよりもアリオスさんはどこで交渉術を学ばれたんですか?」
「アリオスが刑事だった頃、俺がレマン自治州の遊撃士協会本部に留学させたんだ」
「へえ、本部ですか」

ヨシュアの質問にセルゲイが答えると、アネラスは驚きが半分混じった顔でため息をついた。

「俺が指揮官、ダドリーがプロファイラー、ガイが狙撃手、アリオスが犯人との交渉役の非公式チームは『クロスベル警察捜査零課』と呼ばれ、いくつもの事件を解決して来たのさ」
「それ以上話すのは止めてくれ」

そこまでセルゲイが話すと、アリオスは辛そうな表情で止めた。
過去に何か嫌な事件でもあったのだろうかとエステル達は思った。
話が終わり、セルゲイはエステル達に今回の作戦の説明を始める。
アリオスが占拠犯達と交渉し、出来るだけ多くの人質を解放させる。
そして犠牲者が出るリスクが低くなった所で強行突入、またはそのまま話し合いを続けて犯人達に投降を促す。
方針が決まった所でエステル達は行動を開始した。
事件には正解など存在しない、ベストを尽くすのみだ。



<鉱山町マインツ 入口付近>

マインツの町の門の前では、相変わらず警官が拡声器で犯人に向かって投降を呼びかけ続けていた。
町を占拠してる黒服の男達は全く応じる気配が無く、銃を構えて警戒している。
そこに引きつった笑顔を浮かべたアネラスが現れ、両手を挙げながら町の入口で見張りをしている黒服の男達に向かってゆっくりと歩いて近づく。
アネラスに気が付いた警官が声を荒げて制止するが、その場に居たエステルに取り押さえられた。
黒服の男達の方もアネラスに銃を向け、それ以上近づいたら撃つと警告をする。

「私は交渉用のエニグマを届けに来ました」

アネラスは首を振った後、右手に持っていたエニグマを地面に置いて後ずさりしながら離れて行った。
遠くにアネラスが移動するのを見届けた後、見張りの黒服の男がエニグマを拾い上げ、町の中へと姿を消した。
そしてしばらくして、アリオスのエニグマ宛てに着信が入る。

「もしかして、犯人から?」

エステルの質問にアリオスは黙ってうなずいた。

「音声出力をスピーカーにして、録音を開始します!」

指揮車の中で待機していたノエル軍曹が導力通信機を操作すると、エニグマの音声が車内に満ちた。

「俺達と交渉するってのは、どこのどいつだ?」

スピーカーから聞こえて来たガルシアの声に、エステル達は驚いた。

「ガルシア、お前の相手は俺だ」
「アリオスか、こいつは面白い。今度は刑事だけでなく、遊撃士を辞める羽目にならなけれなければ良いけどな」

ガルシアの大笑いする声が車内に響き渡った。
しかし、アリオスは冷静な調子でガルシアに語り掛ける。

「お前も再びこのような短絡的で馬鹿げた行動に出るとはな」
「うるせえ、俺達も望んでこんな形になったわけじゃねえ」

アリオスが皮肉を込めてそう言うと、ガルシアは少し怒った口調で言い返した。

「無駄話はこれぐらいにして、要求を聞こうか」

人質事件は時間が掛かるほど状況は悪くなって行く。
それを心得ていたアリオスは、私情を捨てて本題に入る事にした。

「要求は俺達が逃げるための飛行艇、それと300億ミラだ」
「300億ミラだと!?」

途方もないガルシアの要求を聞いて、セルゲイは驚きの声を上げた。

「……笑えない冗談だな」
「俺は本気だぜ、何せ人質に帝国の皇子様がいるんだからな」

ガルシアが自信たっぷりに告げると、指揮車の中に居たエステル達に動揺が走った。
だがアリオスは落ち着いた口調でガルシアに尋ねる。

「それは本当の事か?」
「何だよ、ウソだって言うのか」
「帝国の皇子がこんな所に居る事自体、信じ難い話だからな」
「どうしたら信じる?」
「人質と直接会って話をさせろ」
「ダメだ、声を聞かせてやるから、それで納得しろ」
「声だけでは無理だ、話にならないな」

アリオスはキッパリと告げると、エニグマの通信を切った。

「良いんですか、こっちから切っちゃって」
「相手の譲歩を引き出すには、時には強気になる事も必要だ」

不安そうにアネラスが尋ねると、アリオスは平然とそう答えた。

「まあ、交渉が成立しないと困るのはやつらの方も同じさ。向こうから掛かって来る」

セルゲイも確信したように断言した。
すると2人の言う通り、再びガルシアの方からアリオスのエニグマに着信があった。

「よし、お前らがこっちの方へ確認に来い。但し、武器を持たずに独りでだ」
「それはマルコーニ会長の指示か?」
「余計な口を叩くな。こっちに来るやつは、俺がミシュラムで会った3人の遊撃士のガキ共の内の誰かにするんだ」
「それって、あたし達の事!?」

ガルシアの言葉を聞いたエステルは、驚きの声を上げた。

「おそらくワナだろうな。きっと向かえばやつらの人質にされる」
「しかし、やつの要求を飲まなければ交渉は進まない」

セルゲイの意見にうなずいたアリオスは、そう言ってエステル達の顔を見つめた。
エステル達は困った表情でお互いの顔を合わせる。

「はい、じゃあ私が行きます!」

真っ先に手を上げて名乗り出たのはアネラスだった。

「人質になるかもしれないのなら、僕が行った方が」
「ううん、女の子が行った方が相手も油断すると思うよ」
「そうだな」

あわてて申し出たヨシュアに、アネラスは首を横に振って答えると、セルゲイも同意した。

「ちょっと、女の子はアネラスさんの他に、ここに居るんですけど」

するとエステルが頬を膨れさせてヨシュア達に指摘した。

「君の性格は人質に向いていない」
「あんですって!?」

奥で黙々とコンピュータに向かい合っていたダドリーが口を挟むと、エステルは大声で言い返した。

「エステル、そう言う所がまずいんじゃないかな」
「大きな声を出されたりすると、犯人達を刺激してしまう恐れもあるしな」

ヨシュアがエステルをいさめると、セルゲイも同意してつぶやいた。

「今回の事件はガルシア達にとっては突発的な物だ、だから表面上は落ち着いているように振る舞っていても、内心は焦っているはずだ」
「だが、そこに付け入る隙があるな」

ダドリーの言葉に、アリオスは真剣な表情でうなずいた。

「もしアネラスさんが人質になっても、あたし達が絶対助けるから!」
「うん、私、エステルちゃん達を信じてるよ」

アネラスは一点の曇りも無い晴れやかな笑顔でエステルに答えると、まるでピクニックに行くかのような足取りで、ルバーチェ商会の黒服の男達が待ち受ける虎口に向かうのだった。



<クロスベルの街 市長執務室>


ガルシアの元へ向かったアネラスがオリビエと話し、紛れもない本人と確認されると、案の定ガルシアはアネラスを人質にした後、改めて逃走用の小型飛行艇とオリビエを含むマインツの人々の身代金300億ミラを要求した。
これはアリオス達だけの力で応じられるものではない。
報告を受けたマクダエル市長は事の重大さを想像して疲れた顔で深いため息をついた。
まずクロスベル警備隊は、宗主国である帝国と共和国により、飛行艇の所有を禁じられている。
占拠犯の要望に応えるには帝国軍か共和国軍のどちらかから借りなければならない。
さらに人質の身代金として要求されている300億ミラは、市の予算にも匹敵する金額だ。
マインツの町の人々の命はもちろん大事だが、帝国の皇子が害されたとなれば、深刻な外交問題に発展する。
マクダエル市長は帝国派のハルトマン議長と、共和国派のキャンベル議員を招いて緊急の話し合いをしたが、上手くまとまらずに時間だけが過ぎて行った。

「市長、IBCのディーター総裁が来られました」

秘書のアーネストが告げると、執務室に居合わせたハルトマン議長とキャンベル議員は、部外者を追い返せとアーネストに言った。
しかしマクダエル市長は2人を制止して、ディーター総裁を中へ招き入れる様にアーネストに命じた。

「占拠犯人からの要求を聞いて、力になれないかと思いまして、駆け付けた次第です」
「貴様のような民間人の出る幕では無い、引っ込んでいろ!」
「無用なのは、貴方達でしょう」
「何だと!?」

ハルトマン議長の発言に、ディーター総裁がそう答えると、キャンベル議員も怒って腰を浮かせた。

「そうでしょう、貴方達は犯人からの要求に対して、何の解決策も示す事が出来ていない」
「どうして君にそれが分かる?」

キャンベル議員に尋ねられたディーター総裁は、不敵な笑みを浮かべて答える。

「市長の追いつめられた表情を拝見すれば分かりますよ。貴方達は虎の威を借る狐だ、帝国や共和国の命令が無いと何もできない」

ディーター総裁は皮肉たっぷりに言った後、自分には占拠犯からの要求に応えられる用意があると明言した。
犯人の逃走用にはヘリコプターを提供し、300億ミラも、クロスベルにある本社IBCビルの地下金庫にあるとディーター総裁が自信たっぷりに話すと、侮辱されたハルトマン議長とキャンベル議員は顔を真っ赤にして執務室を出て行った。

「ディーター君、何も彼らを挑発する事は無いだろう」
「手を取り合って仲良く……ですか、穏健派の貴方らしい。ですが、今はそんな体裁にこだわっている場合ではないでしょう」
「そうだったな」

ディーター総裁を注意したマクダエル市長は、少し悲しそうな表情でつぶやいた。
マクダエル市長の了承をとれたディーター総裁は、ヘリコプターと現金300億ミラをクロスベルの町から山の上のマインツに送り届けるための大輸送作戦を実行した。
300億ミラは、1億ミラ入りのジェラルミンケース300個で用意したためヘリコプターに積む事は出来ず、警備隊の車両で運ぶ事になったのだ。
どうしてガルシアがそのような指示をしたのか不明だったが、ただ従うしか無かった。

「ランディ君、報酬はこの中から支払うよ」
「輸送のドサクサに紛れて……ですね」

輸送作戦で騒がしい現場で、ディーター総裁はこっそりとランディに声を掛けた。
そしてランディは積み上げられたジェラルミンケースを警備隊の車両に運ぶ振りをして、物陰に隠れていたシャーリィに渡す。

「わあ、さすが1億ミラは重いよね、ランディ兄!」
「バカ、大声を出すな」

ランディはそう言ってシャーリィに注意した。

「あはは、ごめん」

シャーリィは笑顔でそう言うと、1億ミラ入りのジェラルミンケースを抱えながら軽々と姿を消した。

「さあてと、それじゃあ俺もミレイユに怒られる前に合流するか」

明るい口調でそうつぶやいたランディは、さりげなくマインツの町に向かう警備隊達の中へ紛れ込むのだった。
拍手を送る
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
※感想を書く場合はログインしてください。
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。