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当Blogは恋愛小説家はまうず美恵の小説中心サイトです。
誰かそばに居て欲しい。
でも、誰でもいい訳じゃない。
そんな夜。

寝る前は携帯電話のディスプレイだけが友達で、来る筈のない着信を待ってみる。
シーツの間で、膝を抱えるように横になって、青白い、目に悪そうな光を見つめる。其の光の中で掌の上の文字を見ながら、ふと期待して、結局来なくて、目を瞑る。または、全然違う相手からの着信があって、「お前じゃないよ」と呟く。
だんだんと瞼が重くなって、やがて眠りに落ちて。
携帯電話を握り締めたまま、朝が来たことを知る。

きっと貴方は知ってる。
俺が、大丈夫だけど、大丈夫じゃないこと。
子供じゃない。でも大人でもない気がして。

——バイブレーション。

寝るか寝ないか微妙なところで、携帯電話が頬のそばのシーツを揺らした。其の空気の振動と頬に伝わる振動で、目が覚める。
ディスプレイを確認して、嬉しくなる。ああ、やっと来た。テレパシーみたいだ。
「もしもし……」
けれど、まだ少しだけ微睡んでいるから、わざと眠そうな声を出してだるいふりをする。全然興味が無かったみたいに。
「もしもし?あ、寝てた?」
電話口の声は、呑気に俺に語りかけて来る。久しぶりの、少しだけ低くて籠った声。洞窟の奥底に居る俺に、入口から誰かが叫んでるみたいな。そうやって響く声。
「うん。寝ようとしてた」
此れは本当。
「悪いな」
「うん」
わざとどうでもいいふりをしてみて、反応を窺う。
「今日は?打合せ?」
「うん、打合せとか、そんな感じのが色々」
「疲れた?」
「う……ん、ちょっと、ね」
此れは本音。

——いつもいつも「笑って」と言われるから笑う。「期待役割」を果たすために笑う。キャラクターのために笑う。かといって寂しい訳じゃない。不安で泣きたくなることなんてない。一般成人男性が「一人じゃ何も出来なくて不安」なんて思わないみたいに、俺だって思ったりはしない。子供じゃないんだから。

間があって、遠くで鳥の声が聞こえた。夜に鳴く鳥の声を意識したのは、久しぶりだった。

「ミヌ」
「ん?」
「大丈夫?無理してない?何か、ちょっと離れてるだけだけど、連絡無いから、心配してた」
焦る。
「——え」
「無理なんかしてないよ?」
「そう?」
「してない。心配し過ぎだ。保護者みたい」
「保護者じゃないだろ」
「分かってるよ、リーダー」

「違うよ、お前の彼氏だから言うんだ」

あ。
やばい。
頬が熱くなるのが分かる。鼻の奥がつんとして、ああ、此れ自分泣くんだろうなって何となく分かる。
電話機を耳に押し当てて、一言の声も聞き漏らさないようにしている自分が居る。

大丈夫だって思い込んでた。でも本当は、つらい、と思ってた。でも誰にも言えなかった。誰にも頼れなかった。一緒に来ていた事務所のプロモーション担当にも、通訳にも、周りのスタッフにも、此れから一緒に仕事をする二人にも、何も言えなかった。だから取り敢えず笑った。皆が「そうすること」を期待するから笑った。
笑う度に心が空っぽになっていった。

"彼氏だから"

「ヒョン……」
愛しい相手のことを、呼ぶ。
愛しい、愛しい、と、心臓が叫ぶ。
「何か、ヒョンの其の阿呆みたいな発言聞くと、元気になるよ」
「何だよ其れ褒めてる?けなしてる?」
「褒めてる。ありがとう」
照れ隠しにそう言っていないと、電話を切った時にまた一人になって、寂しくなってしまうかもしれない。変な空気を作り出して、余計に寂しくなったら、虚しい気がした。
「ありがとうって……完結するなよ。其れじゃあ俺が此処に居る意味が無いだろう」
"此処"?
「?」
恐る恐る、シーツをめくってみる。真っ暗なホテルの部屋には勿論、何処にも人影はない。カーテンの隙間から本当に少しだけ夜の光が縦と横に一筋ずつ差し込んではいたけれど、誰も、居ない。

「会いに来たよ」

携帯電話から聞こえた声に、驚く。

==================

エレベーターのボタンを連打する。
下りのランプが付いていた1号機の扉が開いた瞬間に乗り込もうとして、下りて来たカップルとぶつかりそうになって謝る。急いで誰も居なくなった其れに乗り込んで、またドアを閉めるボタンを連打する。
階の表示が一つ、また一つと数字が少なくなって行くのを見つめる。
早く、
早く。
ロビー階に止まると、ドアが開くとともに駆け出した。
ロビーを見渡すと、観葉植物の影に、深夜なのに建物の中で帽子を深々と被ったひとを見付けた。

ああ——

抱き締められると、きっと付けて時間がたったであろう香水の、肌のような滑らかな匂いがした。此の服を何枚か隔てた下の肌の匂いを思い出して、胸が高鳴った。

「ヒョン…何で……。馬鹿だよ……」
「何でだろうな。居ないなあって思ったら会いたくなっちゃって、無理矢理抜け出して来た。リーダー失格だな」
力強い指で、頭を撫でられる。背中に彼の腕があって、少しだけ身長差の在る彼の胸に、頬を擦り寄せてみた。頬に香水の香りが付いて、一緒に寝て起きた時に体に移った香りを思い出してまた顔が熱くなる。
「明日には帰らなきゃいけないし、お前も仕事あるだろ。本当にちょっとしか会えないけど、たまらなくなって顔見に来た」
顔を押し付けるようにして、言われると、ああ此の人俺のこと好きなんだろうなと思う。ロビーでこんなことをして、完全にバカップルだと思う。此の国の人は、同性ならばそんなことをしないのだと、誰かに教わったし、韓国の男が皆が皆手を繋いだり抱き合ったりもしないということも知っている。
ただ、周りが見えなくて——
俺も馬鹿なんだろう、と思う。

「顔見に来ただけ?」
「——いいや」
キスをされた。

==================

其処からはあまり覚えていなくて、ばたばたとまた来た道を今度は二人で帰り、忙しなく部屋の鍵を開けて、もつれ込むようにベッドに二人で倒れ込んだ。
何度も好きだと言われ、好きだと言って、寂しさや弱さや不安を埋めるように、彼の匂いを求めた。
"明日は?"
そんなこと、聞かれたって、明日のことなんてどうだっていいと言うしか無い。

そばに居て欲しい。
誰でもいい訳じゃない。
貴方がいい。
貴方じゃなきゃ駄目なんだ、やっぱり。
そんな夜。

ヒョンに抱き締められる。
肌と肌を重ね合わせて、其れでも足りなくて、皮膚や粘膜のもっと下、体のもっと奥まで一つになってしまいたいと思う。

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少しだけ開いたカーテンの隙間から、満月の光が差し込んでいる。
月明かりに照らされて、
手と手を合わせて
額と額を合わせて
神様への誓いと祈りを捧げてみる。
僕は神様なんて信じないけれど、貴方を信じるから貴方の神様も信じてみる。
握り閉めた手の中に自由と孤独があって、温もりが在るだろうか。

「何考えてるの?ミヌ」

貴方が言う。僕は、優しいキスを受け入れる。
独特の響きを持った声。
其の声が、好き。

此の部屋の外が、冷たい風が吹いて冬が終わりかけているのに春がずっと遠くても、もう生きる時間を無駄にしたくないと思う。此の瞬間、一瞬一瞬を大事に、明日のことなんか考えずに生きたい。今手にして、体で感じる熱が全てで良い。行き急ぐみたいに刹那的に生きて、大事にしたいんだ。

「何だろう?神様ありがとうって考えてるよ」
「俺が生まれたから?」
「ヒョンを生んでくれたから」
頬に触れてみる。温かい、人肌の温度を感じた。

生まれた日じゃなくて生んでくれた日。
貴方という存在を創り出してくれた。そして、僕を数年先に創り出して、巡り逢わせてくれた。
彼の肌の感触を確かめながら、其の体の輪郭をなぞる。此の体に触れられるようになったのだって、気の遠くなる程の確率の話だと思う。そう思ったら、単純に、宇宙の仕組みのようなものに感謝したくなるんだ。其れを人は神と呼ぶのかもしれない。

正面から、首筋に口付けられると、彼の首筋の血管が脈打っているのが見えた。身じろぎをして、でも止めないし止めさせない。
「ヒョン……好きだよ」
「凄い素直じゃん」
「いつも素直だよ」
腕を回して、抱き締めて抱き締められる。シーツの海から、窓の満月を見つめる。カーテンの布地で星の存在は曖昧になっている。星達は眠るために夜空に吸い込まれたのかもしれない。
僕らは海の底に沈んで行く。ジュニョンヒョンに引き摺られるように沈められて、溺れているようで、本当は僕が引き摺り込んでヒョンを溺れさせているのかもしれない。

「俺も……好きだよ」
そう囁かれながら、また、優しいキスをされる。深いのが欲しくて、服の下から差し込んだ手で広い背中をさする。だらしなく口を開けて、彼の舌が侵入してくるのを待っている。
ざらっとした感覚があって、少しだけ激しく上がる呼吸に脳髄から痺れて行く。
甘い言葉を囁き合いながら、服を脱がし合う。

神様も、永遠も、何もかも信じなかった。
誰も信じなかった。
約束を怖がった。
始めから何も手に入れなければ何も失うものも無いと思って、諦めていた。

だけど此処には貴方が居る。
好きだと言って、強く抱いてくれる腕がある。

「ヒョン……」
「うん、何?」
「誕生日おめでとう。本当に感謝してる」

呼ぶ声が、僕を此処に引き寄せて、こうして一緒に居る。
此の生活があとどれくらい続くかなんて知らない。誰も保証なんかしてくれない。
約束はやっぱり欲しくない。
嘘になるくらいなら、取り消されるなら、約束なんてなくていい。
流れて行く月日の中で、此の日々が美しい傷痕になって残るのなら其れもいい。
ただ、貴方が僕と生きた証拠を、此の体にずっと残して欲しいと思う。

唇を重ねる。
「愛してる」
お互い囁きあって、体を重ねる。
引っ掻くように背中に伸びた爪を立てると、彼が僕の腕を掴んで腕に指の跡が痣のように残った。
繋がって、体を揺らされて、駆け引き無しで喘ぐ。
荒くなった彼の声を聴きながら、うわごとのように好きだと繰り返す。

永遠なんて何処にもない。
そう思ってたけど。
今は、探したい。
永遠を。

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離れ離れで眠る夜に、電話が鳴った。
夜の宿舎に、5人だけ。
起きているのは、自分だけ。

こんな時間に誰だろうと思うのと同時に、受話器を取る前に相手の顔が分かる感覚。
真冬の夜の空気に晒されて、冷えきった受話器に指先を伸ばす。
「——もしもし」
「ヒョン」
そう呼び掛けられて、名乗られれば一気に体温が蘇る気がした。
「ミヌ。お疲れ様。仕事はどう?」
ジュニョンは今自分の顔はきっとだらしのなく頬を緩ませているんだろうな、と思いながら、つとめて優しい声で話し掛けた。
「寂しい」
「寂しい?」
「ヒョンに逢いたい」
電話の声が、掠れて聞こえた。胸の奥に波風が立つような気がした。
「あと一日すれば逢えるさ」
「やだ。今すぐ逢いたい。ねえ、俺疲れちゃった……」
繊細な彼のことだ。周囲の環境の変化にすぐに適応出来る器用さは持ち合わせていなくて、放っておくとすぐにバランスを崩す。其れが無いようにいつもは自分が見張ってケアをしている自負もあった。何より、そうしてやりたかった。
でも今は出来ない。
違う空の下で、違う空気を吸っているから。
「ミヌ……」
「何で俺たちだけなの?何で全員居ないの?ばらばらはやだよ……」
相当ストレスが溜まっているのかも知れない、と思う。此処まで憂鬱さを全面に出して来るミヌも久しぶりに見た。シワンに甘え切れず、ヒチョルとヒョンシクに弱みを見せられずに居るミヌのこと。分からないわけでも、心配でない訳でもない。

"大人達に、僕らは動かされている"
事実も分かっている。現実も知っている。でも其れを今のミヌに伝えてどうなる?

「ミヌ」
「……怒らないで」
我侭を言って少し弱気になったらしい、ミヌのしおれた声が聞こえた。
「怒らないよ。ミヌが頑張ってるの知ってる。だからあと一日だけ我慢して」
「やだ」
堂々巡りだな、と思う。
「我慢したら、いっぱい甘やかしてあげるから」
「今晩逢いたいのに。今すぐ抱き締めて欲しいのに!」
激情を含んだ台詞を聞いて、ジュニョンは体温が上昇する気がした。受話器を握りしめる手に力がこもった。
——そんなの、俺だって同じだよ。
「ミヌ。落ち着いてよ……」
「寂しいよ……大丈夫だって思っても、寂しくて、全然大丈夫じゃない」
本心からの言葉。溜め込んだ気持ちを180km/hの豪速球で投げつけられた。
其れを打ち返して、天へ届けて、遠い空の下に落とす方法を考える。

「じゃあさ……」
「何?」
「キスしてあげるから、今日は眠ろう?」

目を閉じて。
と言う。
沈黙を確認して。

ちゅ

と電話口に口づけの音を響かせる。

我ながら気障だと思ったけれど、ジュニョンは相手の反応を伺った。

「——ヒョン……」
ミヌの声のトーンが変わったのが分かる。此れは、甘える声だ。
ジュニョンも自分の体の変化に気付いてしまう。
「続きは……?」

——!

「え、ちょっと待ってお前何処に居るの?」
「部屋」
「誰か居るだろ?」
しかもどう考えても、ホテルの部屋の電話から電話しているだろう?
「ヒチョル…」
「ダメダメダメ!しかも俺そんなのやったこと無い。今日は寝なさい」
「あはは、冗談だよ」
カラッとした笑い声に、若干振り回された気がしてジュニョンはちくりと落ち込んだ。
けれど、少しだけいつものミヌに戻った気がして安心した。
「ジュニョンヒョン、ありがと。今日は大人しく寝るよ」
そう言って一方的に会話は切られた。

==================

部屋の扉が開くのを待っている。

バタン
「ただいま!」
開いたと同時に顔を上げると、駆け出して来たミヌがぎゅうっと飛びついて抱きついて来た。
「逢いたかった……!」
ミヌがジュニョンの肩に顔を押し付けて、涙声に言った。
其の頭を撫でる。
「おかえりなさい。お疲れ」
「ごめんなさい……もう離れたりしないから」
其れは無理な話だろうと思いながらも、ジュニョンは、そうだね、と髪を撫で続けた。

==================

「二人だけで過ごしたい」
ミヌが甘えて来たので、たった一日だけ与えられたオフはホテルを予約した。
アーリーチェックインで朝から部屋が使えるように手配は済ませてあった。

「また此処……」
其の空間に脚を踏み入れると、ミヌの頬がほんの少しだけ色づいたのに気付く。
此処に来る間のタクシーでも散々ポーカーフェースを気取っていたのに、部屋の番号と内装で気付いた瞬間、目が泳いだ。
「嫌?」
横で落ち着き無く周囲を見回すミヌの肩を引き寄せた。
「嫌じゃない、けど……」
恥ずかしい。
ミヌがはにかんで笑う。舌を向くと、髪の毛の隙間からピアスが見えた。



笑顔が弾けたとき、ジュニョンはミヌを引き寄せ、其のピアスに貪り付いた。

ピアスを歯で引っ張ると、急に訪れた痛みにミヌが顔をしかめた。
「痛……」
耳朶を引きちぎられる気がして、抵抗するようにジュニョンの胸を押し返す手に構わず、ジュニョンは尚も体を近付けた。
「このピアス見たことない……プレゼント?」
左耳の穴に舌を入れながら、ジュニョンは低い声で呟く。
うん、とミヌは首を前後に振った。
「似合わないから外した方が良いよ」
そう言って今度は首筋に舌を這わせ、ミヌの体をベッドに押し倒した。

大人の男二人が倒れる物音が響いた。
ベッドのスプリングが軋む音がして、二人の体が衝撃で少し跳ねる。

顔を近付けて見つめ合って、やっと二人は唇を重ねた。

数日ぶりの、キス。
生の唇と唇がやっと触れ合う。

「カーテン……」
開きっぱなしだ、とミヌがベッドに横たわったまま顔だけを窓に向けて、言った。
太陽光が差し込んで、白い光の中に埃の粒子が見える。
「大丈夫だよ」
何が、とミヌが抵抗するけれど、ジュニョンは他の方向を見るな、と顎を捉えて唇を奪う。
「昼間から……」
「ミヌが言ったんだ。二人だけで過ごしたいって」

服を脱がし合った。
部屋の中でもまだ厚着をしていた身体が昼の光に照らされて、真っ白な空間の中で抱き合う。
「ヒョンの匂い、久しぶり」
胸に顔を埋めて呟くミヌが可愛くて、ジュニョンは衝動をますます抑えられなくなった。

彼が逢いたいと言って来たとき、どれだけ自分も逢いたかったかを伝える。
唇で。指先で。全身のパーツ全てで。

背中の窪みに腕を這わせてなぞると、ミヌが身をよじった。
「俺も久しぶり。ミヌの匂い」
「好きだよ」
ジュニョンの背中に腕が回される。赤子が親を求めるような、無防備に伸ばされた腕が愛おしくて、ジュニョンは微笑んだ。
何度目かのキスを終えて、ジュニョンは手をミヌの下半身に伸ばした。
無闇に欲しがるのではなく、正しく求め合う。
穢れた行為ではなくて、純粋な儀式だと言い聞かせる。

「いい?」
ジュニョンが尋ねると、ミヌは顔をぐしゃぐしゃにしてひたすら頷いた。
じゃあちょっと待って、とベッドを下りようとすると、ミヌに腕を引っ張られた。
「いい……」
「や、着けよう?大変なことになるから」
「いいの」
ベッドに横たわり、ジュニョンとは逆方向を向いて、ミヌが言った。腕を掴む右手は少し震えている。
「でも……」
「欲しい」

"ヒョンも、そっちの方が気持ち良いでしょう?俺、着ける間が嫌いなんだ"

相手の体は心配だけれど。
甘えたがりになってしまったミヌに応えるんだと言い聞かせて、ジュニョンはベッドに向き直って、とうとう体を貪った。

投げ出された両脚を持ち上げて、腕で支える。
ミヌが見つめてくるのが反則っぽい。指をくわえているのは余計に反則だと思う。
——分かってて煽ってるんじゃないのか。
挿れた瞬間、ミヌは仰け反り、短く悲鳴をあげた。

「ヒョン……ヒョン!」
歯止めが利かなくなって腰を打ち付けていると、其の急な攻めにミヌが息を途絶えさせながら、手を伸ばした。
迷わず手を絡めると、ふとミヌのしているリングに気付く。
左手の、薬指。あの日贈ったリング。

ジュニョンは絡めたもう一方の手を見た。
自分の左手の薬指にも同じリングがある。

大事にしたい相手だからこそ、本気だからこそ、偽りの無い気持ちを伝えたかった。

ミヌに強く指を握られ、涙目で見つめられる。
「や……やだ、おかしくなりそ……」
快感を伝える唇から零れる言葉が甘過ぎて、眩暈を感じる。
「おかしくなって、いいよ……」
「やだ…恥ずかしい」
真っ白な部屋で体を繋げ合って、何もかもが太陽光の下で暴かれている。
甘えて来るミヌが可愛いくて、いじめたくもなるし、其れ以上に愛したいと思う。
吐き気がするほど甘い時間を過ごして、甘やかして自分だけのものにしたい。ジュニョンの中には仄暗い純粋な気持ちがあった。

「愛してるよ。絶対離れない」
腰を打ち付けると、ミヌがベッドをのたうち回るように首を振った。
涙目で見上げられて、
「俺も愛してる……絶対、離さないで……」
と繋いだ両手を握り返されれば、ジュニョンの終わりが近くなった。
今にも溢れそうな性器が、ミヌの中で暴れ回る。
「一回……いい?」
「うん……頂戴」
可愛く強請られれば、理性を全部置き去りにした。
ミヌが嬉しいと囁く声を遠くで聞いた。



其の後玄関のドアを二人で開けるときまで、二人はずっと愛し合って抱き合った。

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「マッチ売りの少女だったよ」
と君は言った。

真夜中、冷たいベッドの上で、ミヌの肩を抱き寄せて尋ねる。
「どういう意味?」

さあね……とミヌは腕を回し、胸板に顔を埋めて来る。胸の上に頭を乗せ、布越しの体を押し付けるように。髪を撫でてやると気持ちが良いことを伝えるように頬を胸に擦り付けてくる。
「何か……寒かった。寒い夜をひとりぼっちで彷徨ってる感じ」
「夏でも?」
「感覚的な話だよ」
ミヌの言葉はすぐに途切れてしまう。

「一瞬だけ色んなことを忘れられるから」
だから、溺れた——ミヌは言った。
「でも一瞬だろ?」
「うん」
「終われば、また現実」
「だから……永遠とか、永久とか、そんなものも信じられなくなったんだよね。どんなものも、必ず終わりが来るんだって」
ミヌはよく口癖のように言う。
"——永遠なんて無いよ。"

マッチ売りの少女のことを考える。
マッチの中の光景は、地上の生活の彼方にある、永遠。
けれども、君が見たのは刹那的な空想でしかなく終わりが来るものだったと言う。

「偽物だからさ」
「え?」
「偽物だから、一瞬でしかないんだ」
胸の上に顔を乗せたミヌが、顎を持ち上げて顔を見上げてきた。
其の顔が、本当に無心に近く「きょとん」という形容詞が似合う顔だったので、可愛くなって引き寄せる。

「じゃあ、"此れ"は違う?本物?」

目を細めたミヌが、暗い夜の光の中で問い掛けて来る。真実を知りたがっている。

「本物」

嫌がる顎を捉え、戯れるように鼻にキスをした。反射的に目を瞑って口を閉じた其の顔が更に愛おしくて、唇を離して間近でよく見る。
ミヌは自分が取った反応に照れたように顔をますます背けようとする。

両腕で細い体を抱いて、今度は額にキス。
其れ以上のことを待ちわびるように、お互いがお互いの体を抱く手に、力がこもる。
少し強く、Tシャツの胸の上辺りの生地を引っ張られるのが分かる。

君がマッチ売りの少女なら、抱き締めてあげたい。
天に召される結末を迎える前に、光の闇を遮ってあげたい。
君を守ろう。
君と生きよう。

額のキスの次は、目で合図。
どちらからともなく瞳を閉じて、顔を近付けて、唇を触れ合わせる。
真っ暗の闇の中で手探りで体に触れて、服の上から輪郭をなぞっていく。
薄目を開けて、ミヌの表情を確かめる。

待ち切れないみたいに噛み付いて来るミヌが愛おしくて、体を絡ませてシーツの海の中で行ったり来たりする。
何度も体勢を入れ替えて、落ち着かせた場所で求め合う。

触れ合った部分から、全部感情が垂れ流しになったら良いのに。
どれだけの想いで君を抱いているのか、嫌になるくらい分からせてあげたい。
君が疑うなら、何度でも誓うよ。

君と生きよう。

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甘えたい。口唇と腕と肌に。



ケビンとヒョンシクから「特別だよ」とこっそりプレゼントを貰った。
前回のクァンヒの誕生日のときにネタのような生活必需品をプレゼントしていたコンビだったので、今回もやってくれるなあ、と思った。
ソウル市内の某高級外資系ホテルのチケット。
二人から手渡された封筒には
『誕生日おめでとう!好きな人と一緒に過ごしてね★家と仕事のことはケビンヒョンがやってくれるそうです!』
というヒョンシクの字が無責任に踊っていた。

パーティーでクァンヒとシワンからはGUCCIのブレスレットを、ヒチョルとテホンからはbeauty;beastの財布を、ケビンとヒョンシクからはメインのプレゼントとしてRay-Banのサングラスを貰った。どれも質も良いし何よりも自分好み。

でも、
一番プレゼントを期待していた人からは、
貰えなかった。

「はい、誕生日おめでとう」
と手渡されたのは、大量のチュッパチャップスだった。
——これだけ?
正直なことを言ってしまえば、もっと、期待していたのだ。
プレゼントの量じゃない→分かってます。
プレゼントの質じゃない→分かってます。
プレゼントの金額じゃない→分かってます。
相手が自分のことを考えて選んでくれたのが大事→重々承知してます。
でも、アナタは仮にも俺の大好きな人なんだよ?



其の夜、微妙な気分だったけれど、ミヌはジュニョンに声を掛けた。
「あの、ヒョン。ケビンヒョンとシクからこれ貰ったんだけど……、気分転換に行かない?お…男二人で…嫌……じゃなければ……」
一息で言うつもりが、最後は勢いが削がれ尻すぼみになった。
宿舎のキッチンで、二人だけ。
彼に見えるように差し出したチケットを持つ手が微かに震えた。
「うん」
横長のチケットをぴっと右手の人差し指と中指でつまんで取り上げ、縦にして口許に持って行ってキスをする仕草をした。
「予約しよう」
チケットに口づけてから、その唇をミヌの唇にそっと重ねた。

==================

照れるから、と二人別々にチェックインをした。
ジュニョンは構わないと言ったが、ミヌは大手の此のホテルで他人の目につくことを気にして先にジュニョンに部屋に行って貰うようにし、自分は時間をずらしてホテルに向かった。

ホテルに入る前から鼓動が速くなっている気がして、ボーイが案内してくれるのも何だか気恥ずかしかった。
一流のホテル。一流のホスピタリティ。其れを一身に受けているのに、何よりも落ち着かない気分だった。正直、恭しく接するフロント係やポーターにも、内心早く居なくなってくれと思っていた。

エレベーターが開き、ポーターが部屋の前まで案内すると、其処で帰らせた。
男が居なくなるのを見計らって、チャイムを押す。
きっとあの男もフロントの係も、皆「男二人で宿泊か」と思っているに違いない、と思うと余計に何だか気恥ずかしかった。
——ケビン、ヒョンシク、お前ら何の罰ゲームだよ。凄く恥ずかしいよ。
今になって、そんな悪態をついてしまう。
「すげぇ顔」
ドアを開けたジュニョンに、突っ込まれた。

部屋に入ると大きな窓がまず目に入った。遮るものは何も無く、夜景が広がっている。薄暗い街並に、ネオンが煌めいている。
ゆったりとした空間に、一目で上質と分かるインテリア。部屋に漂う独特のアロマ。
ベッドはダブルベッド——。

「せっかくこういう場所に来たんだし、それっぽいことをしよう」とジュニョンが提案してルームサービスを適当に注文したものの、ミヌはフルーツの盛り合わせにしか食指が動かなかった。
二人でテーブルに向き合い、他愛の無い話をするこの間も。
此処に二人で居たら、そういう展開になるのは目に見えていて、全部が伏線のように思えてしまう。
どうやったら自然に振る舞えるのかを考えれば考えるほど、意識してジュニョンの顔が見られなくなる。
ジュニョンは余裕たっぷりで、何だかそれも悔しい。
——俺ばっかり意識してるみたいだ。
ミヌは、皿に盛られた葡萄をつまんで、口に放り込んだ。

「俺も葡萄食いたいな」
「え?あ、どぞ」
盛り合わせの皿をジュニョンの座るテーブルの方へ寄せようとすると、手で制止された。
「じゃなくて、ミヌがね?」
と言い、ジュニョンは自分の唇を指差した。
初めて目を合わせてしまい、その目にはっきりと現れている『意図』を感じる。
『食べさせろ』の意図。
ミヌは葡萄を皿からつまむと、素っ気なくジュニョンの目の前に突き出した。
『食え』の意図。
ミヌは、(あーんとか期待してるんじゃないの、バカ)と考えていた。だから、それを裏切るための抵抗だった。

と、ジュニョンがテーブルに身を乗り出し。
ぱくん
ミヌの指ごと、葡萄を食べた。

葡萄を口の中で噛み砕くのと同時に、ミヌの指先を音を立てて吸った。
葡萄の赤い果汁が、ミヌの指先を伝って、真っ白なテーブルクロスに赤いしみを作る。ミヌは呆然とそのしみが白いクロスに広がっているのを横目で見た。
けれども其の視線は、次の瞬間、指を吸っているジュニョンの上目遣いと交差する。
合図。



——煽ってる?
ジュニョンはミヌをベッドに横たえながら思う。
虚勢張ったり、いちいち抵抗したりするのが、可愛くて仕方無い。
全部が自分を我慢出来なくさせる材料になる。

服を脱がそうと薄手のニットに手をかければ、手で弱々しく抵抗される。
でも、その抵抗は、「期待してる」と言ってるようにしか見えない。
本気で抵抗するなら、俺を殴り飛ばす位にしてよ。

キスをして、抱き締めて、何度も何度も体勢を入れ替えて。
お決まりの手順でも丁寧にして、感じる箇所をなぞったり、外したりを繰り返す。
「ミヌ」
「……ん…なに……?」
「誕生日おめでとう」
今更?三日前だよ?
「ありがとう?」
そう言って向き合ってキスをすると、ジュニョンは体勢を入れ替えて後ろから突いてきた。
「ああっ…やだ…ヒョン」
動物のようなこの体位は、顔が見えなくて嫌だけれど、一番感じる。後ろから、支配されるように奥を攻められれば、頭の芯がぼうっとして何度も後ろだけで絶頂に達してしまいそうになる。何よりもジュニョンの力強さが感じられて、好きだった。本人に言ったことはないけれど、多分見抜かれているのだろう。
「あ、あん…やば……」
「ヤバい?イきそう?」
背中越しに言われると、更に感じてしまう。シーツに頭を押し付けて、手元の布をたぐり寄せる。
「ん……うん……」
「じゃあ、イかせてあげる」
腰の動きが更に激しくなって、肌のぶつかり合う音が大きくなる。ジュニョンの息遣いが荒い。見えないジュニョンの顔と攻められている自分の姿を想像した瞬間、ジュニョンのものが自分の最奥に突き刺さるのを感じた。
ホワイトアウト。



気を失っていたらしい。

ふと目を醒ますと腰が痛くて起き上がれず、しばらくその場でもがいた。
肌の周りに暖かい体温を感じて、自分が抱き締められて眠っていたことに気付く。
背中から回された腕に手を這わせて、ふ、と気付いた。

ジュニョンの左腕に這わせた自分の左手。

薬指の、指輪。

「え……?」
ミヌは目を見開いた。

普段、自分はこんなものは付けない。
初めて見るブラックチタンコーティングのデザイン。初めて見る細さの指輪だった。

気になって外してみる。
リングの裏側に、小さな石があるのが分かった。何となく、青みがかった色をしていて、もしかしてサファイアかな?と思う。

気になって、自分に回されていたジュニョンの腕を持ち上げてみる。
同じ場所に、同じデザインのリングがあった。
——もしかして。もしかしなくても。
ペアリング?

ミヌは持ち上げていた腕に顔を埋めた。
どうしよう、泣きそうだ。そして何だか嬉しいけれど恥ずかしい。
ベタだ、普通に渡してくれ、普通に貰いたかった……言いたいことは沢山あった。
けれども、彼が自分を失神させるほど抱いて、気付かぬうちにこういうことをしてくれたのは嬉しいし、誕生日プレゼントでかなりがっかりさせるような仕打ちをしてきたことも許せてしまう、と思う。

同じ指輪をはめた左手同士を重ね合わせる。
少しずらした自分の指の隙間から、同じデザインの指輪が見える。

嬉しい、ありがとう。



Happy Birthday Minwoo☆

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見たくない。
聞きたくない。
全部の感覚を遮ってしまいたい。

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「——ヒョン?」
取材を終え、ジュニョンは窓際に立ちブラインドの隙間から地面を見ていた。
ふと、じっと顔を凝視されているような視線を感じ、振り返る。少し目線を下げたところにある顔の眉間にシワが寄っていた。
「どうしたの、怖い顔して」
ミヌが、心配を隠した無理矢理の笑顔で自分を見、それでもジュニョンが視線を動かさないと視線を同じ方向へやる。
「また——?」
ミヌも窓の下にタクシーを数台確認したらしい。笑顔が作れなかった。

ストーカーのように追い掛けて、昼夜監視されている気分になる。
移動、食事、取材、撮影、練習。
其れが芸能界で生活する人間の甘んじて受けるべき待遇だと言われても何となく腑に落ちなかった。

「ファンです」「好きです」「頑張ってください」「いつも応援しています」
まるでキャッチボールしたときに相手まで届かず途中で落ちてしまうボールのように、どの言葉も今の自分には届いてこなかった。
だったら放っておいてくれ。
それが一番幸せなのに。

ミヌはさりげなくブラインドから離れるよう促した。
それでもジュニョンの表情は晴れない。
「ヒョン……向こう行こうよ……」
リーダーの苦悩。
力になりたいのに、自分の言葉すら信じてもらえない気してしまう。
目の前に居る筈なのに、遠い。

——バンに乗り込むと、やはり同じタイミングで発進するタクシーが見えた。
——視界に入り込む、ノイズ。ノイズだらけの世界。

宿舎に帰ると、ジュニョンは苛立ちを見せ、ものを乱暴に置いたり、溜め息をつくことが増えていた。周りのメンバーはそれを察して、当たり障りの無い会話だけをして夫々の部屋へ散って行った。
ミヌだけが、ジュニョンと共にリビングに残った。

ミヌはテレビの前のソファに座っていた。
iPadでネットサーフィンをした。ニュースサイトを見るとも無しに見て、リンクを押し続けるだけ。特に興味が無くてもリンク先へ飛び、また別のリンクを押すだけの単調な作業だったが、ジュニョンを一人にしておけなくて、傍に居るためだけに同じ作業をしていた。

ジュニョンは同じソファで背中同士をぴったりと合わせ反対向きに座っていた。
何をするでもなく、ただ無言で空間を見詰めている。
他に7人のメンバーが居る筈の宿舎が恐ろしく静まり返っていた。
まるで、自分とミヌしか居ないように。

思考を巡らす。

先ほど見たタクシーの残像が蘇る。ブラックに塗られた車体。後方から飛んで来る指示や文句に困っているような表情の運転手と、乗り合いをしている女性達。
その運転から逃れようと、乗り心地が悪くなった自分たちのバン。酔いそうになったせいか、込み上げて来た胃液。増えた頭痛。

——苛々する。全部、全部。

「ミヌ」
「何?」
ジュニョンは、ミヌの背中に背中を押し付けたまま、肩越しに振り返った。右手の位置を少しずらして彼の太腿に触れさせて重みをかける。背中を触れ合わせたまま、素早く左手をミヌの頬に回して、引き寄せた。
軽く、唇を触れ合わせるだけのキスをして、唇を離す。
「やりたい」

其の言葉を言われた瞬間、ミヌは自分が傷付いたのが分かった。
刃の毀れたナイフで一度刺されたような、重く鈍く息苦しい痛み。
——幾らジュニョンを好きで、行為を持つ関係になっている、として、そういう風に言うのも普通になりつつあると思っていても。今は嫌だと即時に思った。
不安定になって、何か —対象は、大体見当がつく— に対して猛烈に怒りを感じているジュニョンを放ってはおけなかったし、出来ることなら何でもしてやりたいと思っていた。
——でも、何で「これ」なんだ?
まるで、思い通りにならないものを捩じ伏せるための、捌け口みたいに。

ミヌをソファに組み敷いて、ジュニョンは体を重ねて首筋に吸い付いた。
ジュニョンの頭の中で警鐘が鳴る。
——此の気持ちだってまがいものじゃないのか。性欲とか、同情とか、哀れみとか、そんなので一緒に居るだけで、本当は別にお前じゃなくても良くて、俺じゃなくても良いんじゃないのか?
Tシャツの裾から手を入れ、ミヌの服を乱暴に脱がそうとしたとき、弱々しく手を抑えられ、抵抗された。
「……やだ……」
それは、力は弱くても、拒絶だった。

ミヌの両目から、涙が静かに流れた。

——もう、幻想は無いのだけど。愛し合っているための行為だとか、そういう青臭い時期は過ぎたけれど、乱暴に —それも、精神的に乱暴に— されるのは、嫌だった。
要するに愛の無い、ただ吐き出すだけの道具にされたくなかった。
そういう風にされるのは、とてもとても苦しいことだった。
そういう感情が全部込み上げて、言葉になる前に涙になって流れた。

ジュニョンは手を止めて、ミヌの顔を、この日初めてきちんと見た。

「しんどいのは、きっとそうなんだろうなって思ってたんだ……俺も、何でもしてあげたいって思ってたけど……『これ』じゃ嫌だよ……俺じゃなくてもいい、道具みたいにされるのは……嫌だ……」
ミヌは両手で顔を覆って、言った。

ミヌの足元に跨がったまま、ジュニョンは呆然とした。
何をしようとしていたんだろう、と。
——周囲のノイズに当てられて、苛々して、色々なものがフェイクに見えた。目の前に恋人の顔があっても、それすら信じられなくなっていて、全部フェイクだと思った。
だから何か「リアル」だと感じられるものを探す為に、ミヌを抱こうとしていた。自分の「リアル」の確認の為だけに、彼を利用とした。

——それが、彼を悲しませた。

「ごめん」
「……」
「もうしないから……」
「……」
ジュニョンはミヌに覆い被さったまま、ただその細い体を抱き締めた。
冷えきっていた心に温度が戻って来る。
苛々が解れはしなくても次第に見えなくなっていく。
「ミヌ、聞いて。謝りたい」
「……」
腕の中の存在は、此のような状況になると無口になる確率が高かった。
「ごめん。俺、最低だよな」
「……うん」
予想外の言葉に、たじろぐ。
「……否定してよ」
「……ヤダ」
こういう風になれば、少し気分が和らいでいつものペースになったな、と思う。
「何で」
「だって……」
ミヌが、ソファから少し腰をずらし、そのままジーンズ越しの腰同士を意識させるよう、押し当てた。
「説得力無いんだけど」
固いものが、当たる。
「後でやるさ」
「あのねえ」
ミヌが、ジュニョンの顔に両手を添え、見詰め合う格好を取った。

「ヒョンは、疑い過ぎ。流石に傷付いたよ」
傷付いた、という言葉にジュニョンがしまったという顔をする。
「俺は、誰でもいいとか、そんな風に思ってない。そんな風に思われてる方が心外」
額を押し付け、唇を薄く開いて、ミヌが顔を横にずらした。
と、思ったら素早く額が離され、ジュニョンは前髪が短くなってますます広くなったような気がする額に、鈍い痛みを感じた。
「痛っ」
一回ミヌに強く頭突きされたのだった。
「今日はこれで勘弁してあげる。あのね、誰でも良くないです。ヒョンだからだよ」
勢いで言ったものの、やはり少し照れた。
ミヌは赤くなり始めた顔を隠すよう、手の平で顔を覆った。
「まだ疑う?」
手を少しずらし、指の間からジュニョンの様子を窺う。

「疑わない。だから、手離して」
ミヌが手を離すと、数秒感見詰め合ってから、瞼を閉じて唇を触れ合わせていた。
此の日初めて、素直なキスをした気がした。

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『捕獲した。今日は泊まって帰る。』

携帯電話の文字を見て、やれやれ、とシワンは反応した。
時計を見たら、既に22時近い。一体どのタイミングで捕獲したかは知らないが、全くもう少し早く知らせてくれないと、流石に心配するぞ、と思う。
「見つかった?」
本を読んでいたケビンが話しかけた。
「今日は帰らないって」
それが何を意味するかは二人とも知っている。
「お疲れ様」
ケビンが本を閉じて立ち上がり、冷蔵庫からビールの缶を二つ手にしてシワンの横に座った。飲む?と缶を差し出す。
「どうも」
受け取り、プルタプを開ける。空気の抜ける音がした。

「あの二人はさ、圧倒的に会話が足りないんだよね」
シワンが切り出す。
「いつもじゃれてるのにな」
「ミヌは人の話聞かないで自己完結するし、ジュニョンは普段適当だから肝心なときに信じて貰えない」
その分析に、ケビンが苦笑した。
「まあ、あれじゃあなー……」
「今回ばっかは本気なのかなと思ったんだよね。ジュニョン片っ端から女の子切ってたから」
「でも隠れてこそこそやってたんだろ?それはミヌも気にすると思う。ああ見えて、固いし?何より、ジュニョンのことは異常に気にする」
「あれ異常レベルだよね」
「確かに。あんな悶々としてるの初めて見た」
「負のオーラ全開だった。ま、納まる場所に納まったっぽいし?良かったよ」
そう言って、シワンは手元の缶ビールを飲み干した。



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朝。
眩しくて目を開けると、カーテンを開け放ったまま眠っていたことに気付く。
窓から差す白い日の光が、ベッドに横たわる自分と、腕の中の恋人を照らしている。
後ろから抱き締めるようにして眠り、未だミヌは寝息を立てている。

このまま、鳥かごに閉じ込めてしまいたい。
ふらふらしないように。
勝手に何処かへ行かないように。
俺を探して、迷子にならないように。

変なことを考えたなとジュニョンは苦笑して、ミヌの髪に口づけ、またまどろんだ。



Elle est retrouvée.
Quoi? ――L'Eternité.
C'est la mer allée
Avec le soleil.



Fin.

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随分と長いこと触れ合っていた気がする。
離れて行く唇を繋ぐ細い糸が、雨の雫に、切断された。

もう、離れるなんてできなかった。

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風に煽られたときに骨が折れ、役に立たなくなった傘は道端に放り出されていた。
ジュニョンに連れられるまま雨の中を歩き、通り掛かったタクシーの運転手に嫌な顔をされながら乗り込んだ。
目的地まで、ずっと指を絡ませ、掌を弄ばれる。
鼓動が早くなっているのが分かり、呼吸も浅くなる。
隣の相手がどんな表情をしているのか気になって、目を合わせないように慎重に顔を向けたが、次の瞬間、後悔した。

——其の目はやめてよ。

エンジン音と、
停車したタクシーの屋根に激しく叩き付ける雨の音が聞こえるだけの空間。
そろそろ着きますよ、と目的地への到着を告げる運転手の言葉で我に帰った。

==================

——まだ降ってる。

カーテンを開け、夜の街を眺めて思う。
弱くなった雨は、それでもまだ細かい雨粒になって、空から降り続けている。夜景は雨で滲んではっきりとは見えない。ただネオンが其処にあって、人間が生活をしていることと、今が夜であることを知らせるだけの存在になっていた。
いつまで降るのだろう。傘を結局持っていない。

明日の朝までにはやむといいな、
と思って、ミヌは額を冷たいガラスに触れさせた。クーラーで冷やされたガラスの冷たさが、直に伝わってくる。
——何考えてんだよ、俺。
窓に映る自分の顔に、目をやる。
普段鏡で見るのとは全くの別人が、居た。

バタン。
近くでドアが開く音がした。

分かっているけれど。
分かっているからこそ。
振り返らなかった。振り返ることができなかった。

顔面からガラスに凭れている自分。
わずかに空気を掻き混ぜる匂いと、暖気。
近付いてくる、足音。
「ミヌ」
声をかけられ、ゆっくりと顔を向けた。
バスルームに用意されていたローブを着たジュニョンが目の前に居る。まだ戸惑って、顔は向けても視点が定められない。
肩を引かれ、抱き寄せられる。
早急に唇を求められ、重ね合わせれば舌が口の中へ割り込んでくる。
カーテン、開いてる。
窓の外が気になってカーテンに伸ばした右手が、絡めとられ窓に押し付けられた。手の甲にガラスの水滴と冷たさを感じる。
「や……」
そのまま、壁に体を押し付けられる。
誰かに見られる。近くには同じくらいの高さのマンションがあった、と頭の片隅で思う。
それでも止めてもらえないキスと、押し付けられる腰と脚に、既に興奮していた。
「逃げないで」
そう言われて体が痛くなるくらい抱き締められる。もう一度キスをして、二人でベッドに倒れ込んだ。

バスローブの前から手を入れられ、その手が肌の上を滑って行く。紐を解かれるのが分かると、恥ずかしくなって目元を両手で覆った。その手を無理矢理どけられる。
「だめ、ちゃんと見て。今、俺に抱かれてるって」
ジュニョンがミヌの胸元に顔を寄せ、そのまま上目遣いに目線を合わせてきた。
それだけで、体の奥が疼く。
彼がしてくれたように彼の肌に触れてみる。
逞しい腕に、鍛えた胸板。どんなに鍛えても骨と線が細い自分。男らしさがあって、顔も格好良くて。そんな貴方が、どうして、俺なんだ。他にどんな相手だって居るじゃないか。
ジュニョンの頬に左手を触れさせる。
——どうして?
「その顔禁止」
「何で」
「襲いたくなる」

まともな場所で行為に及ぶのは初めてだった。
だからこそ、改めてまじまじとジュニョンの体を見てしまう。色んな場所に意識が行ってしまう。良い意味でも悪い意味でも変な余裕があって、注意が散漫になる。と言うか、散漫にしていないと頭がおかしくなりそうだった。
「ヤダって言ってもやめないからな」
「……強姦魔」
「何とでも。今此処でやらなかったら、お前をずっと逃がす気がする」

一番感じられるところを探り当てられて、喘ぐ。
首筋を甘く噛まれて、更に身をよじった。男同士だからこそ、何をすれば良いか、どこをどう攻めれば感じるかが分かる。だからこそ焦らされ、更に高められる。
「ミヌ。挿れたい。いい?」
「……」
良い、とは言えなくて、荒く息を吐く。
「挿れてって言ってよ。聞きたい」
「ヤダよ、変態」
「聞きたいな」
「……」

挿れて。

瞬間、腰に鈍い痛みが走り、そこから重く苦しい痛みが広がった。
「ミヌ、息吐いて。がちがちなんだよ」
呼吸しろと言われても仕方が分からない。したら、声が出てしまいそうだった。女みたいに高い、よがる声が。
部屋に、二人分の呼吸と、肌が触れ合う音と、ベッドのスプリングが上下する音とだけが響く。
「あぁ!」
一度、凄く感じるところにそれが当たって、堪えていた声が漏れた。
「もっと聞きたい」
「ん……」
声にならない、喉から聞こえる音。苦しそうに吐き出す吐息。
体を折り曲げて、自分を覗き込むジュニョンの、興奮した顔。
今だけは、俺のもの。
そう思うと、中に居るジュニョンを締め付けてしまう。絶対に出て行かせたくない。
「ヒョン……」
「うん、何?」
腰を打ち付けるのをやめず、ジュニョンは聞いた。背中にうっすらと汗をかいたせいで、クーラーに吹かれて少し寒い。
「好きだよ。いま流されて言うんじゃないから。ずっと好きだった」
「うん」
「俺は、自惚れていいの?」

——勿論。

そう言って激しく腰を押し付けられ、激しく唇を吸われる。腰を速く動かされ、何度も追い上げられてギリギリで止められる。
気が狂いそうになって、前言撤回、このドS早く止めろと何回も思う。
そうして、汗と、生理的な涙と、その他色々なものでぐしゃぐしゃになりながら何度も嬌声を上げて。
「愛してるよ」
「俺も」
と恋人同士の典型的な甘い台詞を吐いて。
最後に一瞬息を殺して、ぐったりとベッドに沈んだ。
愛しい人が自分の中で果てる感覚が、こんなにも幸福を感じるものだと、初めて知って、ミヌはまた少し泣いた。

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清澤洞からの帰り、シワンと帰る途中だった。
朝晴れていた空は昼間には暗くなり、暗い雲が街の空を覆っている。雨が降るかもしれない。
信号に差し掛かったタクシーから、見るともなく街を見ていたら、左隣に座っていたシワンが「あ」と言い、窓の外に釘付けになった。
「?」
シワンが見ている方向を覗き込もうとすると、ちょっとブロックされ一瞬視界を遮られた。
その体を無理矢理どけて、窓を見ようとする。
「あ」
遠目からでも分かるような胸の大きい女性と腕を組み、横断歩道を渡ってくるジュニョンに気付いた。帽子を目深にかぶっているけれど、帽子からはみ出た髪や体格、歩き方、服装、サンダルで分かる。相手の女性は体型を強調するような黒の襟の開いたトップスを着ており、腕を組むときにわざと胸を押し付けるような格好をしている。どこからどう見てもかなり親しいカップルだった。
「超美人。胸大きいし」
と、咄嗟に軽薄な言葉を発する。
そんな自分を見ていたシワンが、眉をわずかにしかめた。
「だから見せたくなかったのに」

その日は朝からシワンと出掛けていた。
一緒に行く、としがみつくクァンヒを無理矢理振り払い、二人だけで買物に出ていた。ジュニョンにも声を掛けたが「俺は用事があるから行けない」と言われた。
——用事って、これかよ。
ジュニョンの意見も聞きたかったのにな、とシワンも残念そうな顔をしていた。
クァンヒの誕生日プレゼントを買いに行くのだから、当然本人は連れて行けない。かと言って自分一人では選ぶものが偏ってしまうから、とシワンがジュニョンとミヌに声をかけたのが、結局ミヌと二人で行くことになった。

妙だと薄々気付いていた。
ジュニョンは基本的に誘いは断らない。もしどうしても断るなら、「今日は地元の友達と飲みに行く」とか「今日は先輩に誘われてる」とか、「誰と」「何処へ」をはっきり伝えてくるのに、今日は違った。完全にぼやかされていた。
——何だよ。何なんだよ。

「ヒョン」
「何?」
再び走り出し、二人を見えなくしたタクシーがもう一度大通りの信号でストップしたとき、ミヌは口を開いた。
「先帰ってて。俺、もうちょっと適当にぶらぶらして帰るから」
自分の買物袋をシワンに押しつけ、早々にドアを開けて外へ出てしまう。
「ミヌ!」
ドアを閉める瞬間、シワンが座席に手を付いて窓を覗き込む。タクシーの運転手は、突然下りた少年と車に残った少年を交互に見ていた。
「ごめんね」
勢い良く閉められるドア。
「ちょっと!雨降るよ!?」
傘持ってないだろう、と言う。

——知ってるよ。降れば良いさ。

==================

「たまに突発的な行動に出るから、勘弁してほしいよ」
部屋に帰って来たシワンがケビンに愚痴を言った。さっと買物の荷物をしまい、ミヌの分はミヌのベッドの上に放り投げておいた。
「で、一人で帰って来た訳だ」
「うん」
「何買ったの?」
「腕時計。ケビンとシクは?」
「髭剃り」

==================

夜になっても、ミヌは帰って来なかった。

夕方から降り出した雨は、夜には雷を伴って強さを増し、今もまだ強く降って宿舎の窓を叩いていた。テレビのニュースではソウル近郊のゲリラ豪雨について報道され、市内にも警報が出ていた。
「遅いな」
子供ではないし、まだ19時だったのでそこまで心配することでもないものの、シワンは落ち着き無くニュースと壁時計を交互に見ていた。
「ただいま」
其処に、もう一人帰って来なかった人物が現れた。
髪がぐしゃぐしゃだ、ジーンズの裾が気持ち悪いだの何だのと言いながら、着替えようとしている。
「ジュニョン」
風呂場から持って来たバスタオルで豪快に髪を拭いているジュニョンに向かって言う。
「ミヌが帰って来てない」
「え?」
二人で出掛けてたんじゃないのか?と反応するジュニョン。

——鈍感だな。俺でも分かるのに。
——ただ、ミヌも早とちりなんだけどね。
「お前が女の人と歩いてるの見たら、勝手にどっか行っちゃったんだよ」

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何処だよ。
何処に居る?
逢いたい。
話がしたい。
こんな雨の中、一人で居ないでくれ。
帰っておいで。

ジュニョンは宿舎を飛び出した。一度脱いだジーンズに足を突っ込み、雨に濡らされたスニーカーを履いて、勢い良くドアを開ける。
外に出た瞬間、先ほどよりも更に激しさを増した雨の音に驚いた。雨が顔に吹き付けられる。
構わず辺りを歩いた。手に持った傘が風であおられて、ひっくり返りそうになる。傘の意味も無いな、と思う。

お願いだから。
俺が謝るから。

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携帯電話が震えている感覚があって、ジーンズから取り出した。
電話だ、とイルミネーションで気付く。

『ジュニョン』

ディスプレイには、彼の名前と番号、着信を知らせる画像が流れていた。

出る?
出ない?

出ない?

「——はい」
「ミヌ!何処に居るの!?」
スピーカーから、怒鳴るような声が聞こえてくる。
「梁山」
「……嘘だろ!」
「実家に帰らせていただきました」
「バカ言うな」

ああ、自分にはまだ余裕があるな、と思う。

この人に、此処まで言って甘えてしまっても大丈夫だとか、そういう自分勝手な気持ちが大きくなってきた気がする。
それは自分にとっての恐怖だった。
愛されていると錯覚して心配してほしくなったり、相手を試したりするのは良くないと思うのだけれど。

たまにはかまってよ。
嘘は付いてもいいけど、絶対に俺には分からせないで。
嘘を付くくらいなら、黙っててくれて構わない。

そうやってどんどんジュニョンに寄り掛かってしまう。

「——嘘だよ。ヒョンは?何処?」
「いまは、この間待ち合わせした駐車場のそば。お前を捜して濡れ鼠だ」
「偶然だね。俺もその近く」
「何処?」
「Absintheって店」

ミヌは携帯電話を顔から離して両手で持ち、テーブルに両腕を乗せた。目の前には、何杯目かも分からなくなった、テキーラのショットグラスがあった。

迎えに来て。
見つけて。
此処に居るから。


バーのドアが騒々しく開けられたかと思うと、入って来た男がきょろきょろと店内を見回す。
ミヌの座っていた一からはちょうどドアが見えていたし、2階にあるそのバーへ階段から人が上がってくる様子も大きな窓から見えていた。だから、分かっていた。
貴方が来てくれた、って。
ずぶ濡れの其の人物がカウンターに腰掛けたミヌの元へやってくる。
他の客は突然の来訪者に少し顔を顰め、その様子を見守っていた。
「帰ろう」
細い腕を、ぎゅっと掴まれる。
会計は既に済ませていた。

==================

「みんな心配してたぞ」
大雨の中一つの傘に二人で入ったものだから、はっきり言って傘の意味が無かった。
通りには人も車もなく、ただ自分達だけが立っていた。
激しい雨が降る。
肩を寄せ合って傘に収まろうとしても、どうしても体の片方は濡れてしまうし、大雨だからそもそも傘の意味も無い、と言った方が正しかったかもしれない。
辺りは自分が外を出歩いていたときよりもずっと暗くなっていた。
「うん」
ジュニョンが傘を持つ右手に、自分の左手を重ねる。
「俺も心配した」
「そう」
ミヌはジュニョンの方を見るでも無く、下を向いて歩いた。視線を逸らせたかった。
「なあ、何見たか知らないけど——」
「彼女と会ってたんでしょ」
足元の水たまりを見つめながら、乾いた笑い方をした。
「だから、聞いてくれって!」

急に右肩を掴まれ、傘が大きくバランスを崩し、そのまま風にあおられ、無意識のうちに二人とも手を離した。
やまない雨が全身に降り注ぐ。
傘が、地面に落ちた。

「切ったんだよ。全部切った。お前のために、全部切った」
ジュニョンはミヌをきつく抱き締めて言った。
「信じて。本気だって」
「嫌だ」
「信じてくれよ」
「離して」
——言い訳も、嘘も聞きたくない。貴方には逢いたいけど、好きだけど。
「お前が好きだって、何回言えば良いんだ。ずっと好きだよ」
「ずっとなんて信じられない!ずっと続く気持ちなんか無いよ」
——自分ばかり期待して、裏切られるのが怖い。永遠が終わるのが怖い。
雨が二人の背中を濡らして行く。叩き付けられる雫は衣服を隔てていても、その激しさが分かる。

此の世界には二人しかいないみたい。
世界の終わりには、雨が四十日四十夜降ると言う。

「ミヌは、いつか、終わると思ってるの?」
「思ってる」
弱々しく言葉を発して、ジュニョンの胸に頭を押し付ける。汗の匂いがする。雨なのか、涙なのかも分からなくなったもので濡れた顔を分厚い胸板に触れさせた。
「じゃあ、永遠をあげる」
「…………寒い」
「暖めてあげる」






To be continued ...

拍手[10回]

「え、ミニクーパー?」

宿舎から少し離れた駐車場の案内された区画へ近づくと、深緑の車体がミヌを待っていた。外観がとても特徴的で可愛らしい。
ド派手なスポーツカーや、ただ販売価格が高いだけの高級車とは違う、独特の世界観。それをチョイスしたところに、センスが垣間見える。
「そ。ミニ。ミヌじゃないぞ」
「いやそれ言われなきゃ考えもしなかったし」
ミヌは物珍し気に車体の回りをうろうろして、車を眺めている。
「凄い。カッコいい」
「お前と出掛けるからさ」
正直、所有車ではないのが惜しい。だが、職業上車を買う利点もそんなに感じられなくて、借りた。カーシェアリングというやつだ。

ジュニョンはロックを解除すると、うやうやしく助手席のドアを開けてミヌをエスコートした。
「どうぞ」
我ながらキザだな、と思うが、ミヌのリラックスした笑顔を見て気分が高まる。体を屈めて彼が乗り込むのを見計らって、ドアをゆっくり閉める。自分は運転席へ。
「Let's go!」
心地良いエンジン音が、深夜の駐車場に響いた。

窓を全開にして走り出す。カーステレオから流れる音楽は、洋楽専門のラジオ。夜風を受け、ミヌの金髪が風に乗って揺れるのが可愛い。窓に肘を当て、頬杖をつく格好で外とジュニョンを交互に見ている。
快調に飛ばしていたが、大通りの交差点で信号が赤に変わった。
「ね、どこ行くの?」
「内緒」
「教えてよ」
「行ってのお楽しみー」
「怖いよそれ、いかがわしい場所とかやだよ」
「……ミヌ……兄さんを何だと思ってるんだ」
ミヌが急に真剣な表情でジュニョンに向き直った。
「たらし」

==================

「海!」
視界が開けた、と思ったら目の前に暗い海が広がっていた。
着いた場所は——夜の海。

車を海岸沿いに停めると、ジュニョンはトランクに回って何やらごそごそやっていた。
「海!」
真っ暗で、何も見えない夜の海。波の音と、少し強い潮風。
ミヌはお気に入りのスニーカーやジーンズの裾が汚れるのも構わず砂浜を走って、その感触を確かめた。ちょっと吹かれただけでTシャツから出た腕がべたつく感じがする。でも、不快ではない。むしろ心地良い。
月の光の御蔭で、目が暗闇慣れ水平線が見えた。この間も撮影のときに別の海に訪れたけれど、あのときは撮影で忙しくて、ゆっくり楽しむ暇も余裕も無かった。
辺りは暗かったが、其処にきちんと空が存在していて、海が存在していて、自分の立っている陸が存在しているのだ、と認識出来る。自然界のエネルギーを感じる。
最近落ち込みやすかった自分を、連れて来てくれたんだな、と思う。
が、隣に彼は居ない。

「ジュニョンヒョン、何やってるの?」
すぐに着いてこなかった兄を訝しく思って、ミヌが車へ駆け寄る。
「ちょっと待って、はいこれ、じゃーん」
ジュニョンが後ろ手に持っていた大きなビニール袋を差し出した。
「花火!」
「うん、買っといた。やろうぜ」
「火は?」
「バッチリ」

其処からは花火タイム。
ジュニョンの買って来た花火は、ホームセンターやスーパーで売っているような所謂「バラエティパック」のファミリー向け花火よりも、圧倒的にロケット花火が多かった。
1発目:ロケット花火。
2発目:ロケット花火。
今度もロケット花火。
独特の音を立てながら周囲に煙をまき散らせ、弧を描いては消える花火を追い掛けて砂浜を走る。
わざとお互いに向けたり、海に向けたり。
赤、青、緑、黄色、、、色とりどりの色彩が一瞬燃えて、すぐに消えて行く。

「あはは、超楽しい!ヒョンありがと!」
「ラスト行くぞ!」
ジュニョンが着火して、ロケット花火を飛ばす。最後の1発が燃え尽きて砂浜めがけて落下した。
「終わり?」
しゃがんで花火を見ていたミヌは、立ったままのジュニョンを見上げる。下から見上げると、このひとは脚が長いんだな、と思う。
「あとは、子供向けのだよ」
「線香花火しよう」
「待ってな」
買物袋を漁り、ジュニョンが一本の線香花火を差し出した。
「何かかけようぜ」
ジュニョンが早々とミヌの線香花火にライターで火を付けようとしながら言う。
「いいね、酒?」
せこい兄貴を察して手で着火点を覆いミヌが応える。
「俺運転手ですけどー」
「じゃ、何?言うこと聞くとか?」
「ベタだろそれは」
「じゃ、何があるのさ」
「……言うこと聞くとか」
「勿体ぶって言わないでよ!それ今言ったじゃん!」
「はいはい、着火ー」
「あー!!!」
油断した隙に火を点けられてしまい、思わずミヌはその場へしゃがみ込む。
「せこい……」
まあまあ、と自分のにも着火したジュニョンがミヌの左隣へしゃがんだ。二人で線香花火を見つめる。
「こうしてるとバカップルみたいだ」
だろ?とミヌへ視線を送るジュニョン。
「……そう考えるヒョンがばかみたい」
自分のが先に消えないか心配なミヌは、小さな火を真剣に見つめているフリをした。
次第にぱちぱち鳴り出す音。波の音。
静かな空間に、二人ぼっち。

今まではしゃいでいたけれど、急に二人きりになって、ジュニョンが変なことを言い出すから意識してしまった。
素直になりたい。甘えたい。
あいつらみたいに、愛嬌を持ってヒョン、ヒョン、って言えたら良いのに。
自分は何処か、引いてしまう。何となく自分を抑えてしまう。撮影やライブで、周りが「そういう絡み」を期待している状況下で愛情を表現するのは平気なのだけれど、あれをやっている分、普段はジュニョンに対して愛情を示すのをためらうようになってしまった。
躊躇い?いや、違う。でも、照れとも違う。
じゃあ何だ?と考えていつしか気付いてしまった気持ちがあった。

ぽとっ

思考を巡らすことに夢中になっていたら、火が落ちた。
「あ、落ちた」
ワンテンポずれて、もう一つ火が落ちた。
「え、あ」
「俺の負けだなー」
先に落ちたのはヒョンのだったのか。物思いに耽っており、ミヌはてっきり自分の花火が先に終わったのだと思っていた。
「さあミヌ、願いを叶えてあげよう」
ジュニョンは目を細めて大げさに手を広げる真似をする。ミヌは先の無くなった線香花火の持ち手を片手に、ぽかんとしていた。
「ミヌ?願い事」
「あ、うん、……わかんない」
何と言えば良いのかが分からない。潮風が、二人の間を吹いている。月が雲に隠れて、辺りが少し暗くなった。
「わかんないって……無いの?今ここでできることなら何でも聞いてあげる」
「今ここでなんて、少な過ぎるよ……」
うん?とミヌの顔を覗き込むジュニョン。
「じゃ、今から2時間以内で」
「1日とかじゃないんだ」
「それは贅沢だろー」
「うん……」
そうだ贅沢だ。皆の……そう、ファンだけでなく何よりもメンバーのアイドルであるリーダーを例え2時間だって独り占め出来るなら、それは言いようの無い贅沢だ。
何よりいま、既に贅沢な時間を過ごしている事実。
折角のオフの日の夜、ジュニョンはわざわざ自分と出掛けるために可愛らしい車を用意して、花火を用意して、最近ずっと不調だった自分をねぎらってくれようとしていたのだ。贅沢過ぎるくらいだ。

それが分かるから、更に何も言えなくなる。

ぼろっと涙が出てしまった。
「え、ミヌ?」
急に涙の粒を溢れさせた弟を見て、ジュニョンは慌てた。

「ヒョン……好き……」

頬に涙の跡を作りながら、ミヌが告白する。

貴方の優しさに俺はいつだって感動するんだ。

ジュニョンは砂浜に膝立ちして、細い肩を右手で引き寄せ、抱き締めた。ミヌの体が力なくジュニョンの方へ崩れる。
「ありがとう、俺も好きだよ」
「嘘だ」
「嘘じゃない。それと、完全に恋愛感情だからな」
「嘘だ!」
腕の中でもがくミヌを更にきつく抱き締めて、耳元に唇を触れさせ、囁く。
「嘘じゃない。嘘じゃないよ。どうしたら信じてくれるんだ?」
背中へ回した手に力を込めると、指先に小刻みの振動が伝わってくる。愛らしい弟は、何も言ってくれないし、何も聞こうとしてくれていない。
「……」
「ミヌが、好きだよ」

====================

愛してるんだ。
ずっと見てた、可愛い弟。

ああコイツ俺のこと好きなんだなって思ってた。
自信家だ、と言われても仕方無いが、俺は俺に惚れてる奴のことなら分かる。
これが普段の恋愛なら、此処でこう攻めよう、こう引こうって計算してた。
でも、ミヌに対してはどんどん自分がハマっていった。
ミヌの前では、築いて来た打算もテクニックも無意味だった。
ただ、笑っていてほしい、とか。
ただ、傍に居たい、とか。
そういう愛し方があるなんて、随分久しぶりに自覚した気がする。

====================

大好きだった人に抱き締められている。さっきから混乱している。

一人で抱えていた感情が苦しかった。
いつしか「この人が好きだ」と気付いて。
男同士なのに気持ち悪いとか、ただの親友を独り占めしたいだけなんじゃないかとか色々悶々として。
なのに、優しくされて。そのたびに勘違いしちゃダメだってずっと言い聞かせて。
言い聞かせるたびにまた哀しくなって。
何度もこの心を手放そうとして何度も諦めようとして。
なのに、ジュニョンは大きな愛で包んでくれて。いつだって見守ってくれて。
今度はそれはリーダーだからだとか兄貴だからだとか思って。
——自分は、特別じゃない、って思ってて。
だから、好きの度合いだって違うって思ってたんだ。

だけど、彼は言った。
「信じて」
と。
こんなに幸せなことなんてない。
神様、彼を僕に与えてくれたことを感謝します。

====================

「帰ろうか……」
ずっと無言のまま抱き合っていたけれど、ジュニョンが切り出して、体を離した。
「うん……」
ミヌの手を引き、車の方へ歩いて行くジュニョン。
その半歩後ろから、着いて行くミヌ。随分自然に手を繋いだけれど、あと少しで、この手をほどいて、車に乗らなければいけない。
帰らなければ。
でも、名残惜しい。

そう思うと、強く、手を握り返した。

「ミヌ?」
急に握っている手の握力が強くなってジュニョンが振り返る。
「願いごと……考えた」
今のこの時間に終わりがきてほしくない、もっと一緒に居たい。夜なんか明けなきゃ良いのに。明日なんか来なくて良いのに。
時間が止まれば良いのに。
そんな感情が渦巻いて、自分を我侭にさせる。
こんなこと、言っちゃダメだってわかっているのに。

「ヒョンの気持ちを感じたい」

====================

言われた瞬間に、ジュニョンはずっと抑制していた自分の気持ちを解放した。
強くミヌの手を引いて、車まで引っ張り、後部座席のドアを開けて狭い空間にミヌを押し込む。
強姦魔みたいだな、と頭の片隅で自嘲しながら、ミヌに覆い被さる。
ドアを締めると、やや湿度の高い空間に皮の匂いと潮の匂いがする。目の前の相手に向き直る。きっと今、自分は危ない目をしていると思う。
「好きだ」
ややべたつくシートに手を付き、体を支えながら、ミヌに顔を近付ける。
唇を触れ合わせて、何度も角度を変えて唇を味わう。キスの合間にミヌが体勢を変えて腕を回し、ジュニョンに抱き付く格好にさせる。幅の狭まったシートから落ちないようジュニョンが細い腰を掴んで支える。そこら中に体にの一部がぶつかるのも構わずにキスをする。
激しい、というよりも深いキス。車内に、唾液の混じり合う音が響く。
「ヒョン、好き……大好き」
キスするたびに気持ちが溢れて、それだけでミヌは涙をまた零していた。
気持ちが通じても、それでもまだ信じられなくて、嬉しいのに泣いてしまう。
愛し過ぎて、もう自分はどうなってしまうんだろう。

ジュニョンはミヌの髪を撫でながら、自分の本気が伝わるように何度もキスをした。

熱、呼吸、声。全部独り占めしたい。
その願いが、叶ってゆく。

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