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当Blogは恋愛小説家はまうず美恵の小説中心サイトです。
こんにちは。はまうず美恵です。

本日――Maydayという大事な日に、お伝えします。
此のブログを閉鎖します
(サーバーから近日中に全ログ削除実行予定、いずれは此の文章自体消えます)。

理由は色々ありますが、一言で言えば「怒り」。

私からのアンサーは、ZE:Aペンを辞めることと此のブログを辞めることです。

今までありがとうございました。
皆さんのことが大嫌いで大好きです。

多分もう逢うことは無いでしょう。
さようなら。


Mayday
はまうず美恵

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浮気の話。
続きは「Next」のリンクをクリックしてください。

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新緑が綺麗な四月の終わり。


花見(という名の同窓会)に誘われていたものの、仲良しの友達が誰も行かないと言うのでバックレようとしたら、運悪く出掛けようとした時に幹事の子とばったり。
そのまま拉致られ、地元の公園まで連行されました。

大人数の飲み会がとても苦手なのですが、行ってみたら楽しいですね。

一品持ち寄りルールだったのですが、バックレようとした私が何かを持つ筈はなく。
ひたすら、食う。




お酒とスナック菓子以外全部女性陣の手作り。
お寿司とか唐揚げとかどれを食べてもお世辞ではなく美味しい。
料理出来る女の子って素晴らしい……!と思って感動していたら
「は?ハミエちゃん4年間京都行ったり留学したりしてたのに、一体何食べてたの?」
と突っ込まれるわ
「女は料理が出来て当たり前だろ。凄くも何とも無いぞ」(此れはちょっと言い過ぎじゃないの?)
と男性陣にdisられるわで散々でした。
「いいのよあたしは男の人に美味しいもの食べさせて貰うから」
と言ったら「変わってねえなあ」って言われたり。

中学卒業以来会っていなかった子とかも居たのに、一瞬で「あの時代」の空気が戻るのはやはり地元仲間ならでは。
Facebookで話してたのに会って話すのがめちゃくちゃ久しぶりな子ばかりでした。
結婚してたり婚約してたり恋人が居たり、かっこよくなってたり可愛くなってたり、痩せてたり太ってたり、パーツパーツで変化はあるものの根っこは変わらないんですね。
私も……変わらないのか。



強風の中、バドミントンしたり。


縄跳びしたり。



ブレイクダンスやってる子にダンス教えて貰ったり。



先生のお手本。


人を撮影するのって苦手なのですが、昨日は天気も良くて肌の色も綺麗に映せて、良いポートレート写真が撮れました。被写体になってくれた皆ありがとう!(恥ずかし過ぎて此のブログ見せられないけど)

音楽かけてたらBIGBANGチョイスした子が居て、皆でBIGBANGトーク。男性陣に人気ありますね!恋人の影響ではまったと言ってましたが、チケットが取れないと残念がっていました。
「ハミエちゃんが今ハマってるEXOってめちゃ気になる」って言って貰えたのも嬉しい(Facebookは最近ほぼ仕事の愚痴とEXO-Mとパンダ(!)の話ばかり)。

そんなこんなで結局昼から夕方まで公園で遊んでいました。



桜は散っていて、強い風で桜のがくが料理やお酒、髪の毛の上に降って来ましたが、其れでも楽しかった。素敵な休日でした。

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【お知らせ】「蝶の舌 -ROSSO-」は完結しています。次回作は「蝶の舌 -AZZURO-」。
蝶の舌 -ROSSO- 全集
第壱話
第弐話
第参話
第肆話(最終話)
後書

つづきは「日記はこちら」のリンクを押してください。

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蝶と舌 -ROSSO- 後書きです。
「続きを読む」を押下してください。

▼以下参考リンク
蝶の舌 -ROSSO- 全集
第壱話
第弐話
第参話
第肆話(最終話)

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手首の痕を見つめて、昨晩のことを思い出す。



接吻を交わした相手は、また一口酒を飲んだ。
相変わらず体を強張らせたまま、シワンは他愛の無い話すら出来ずに彼の太腿の上に居る。床に爪先を付け膝を太腿の上に乗せ、腰を抱き寄せられた格好だった。注げと言われて酌をする。注いだ酒に男が手をつけて一気に飲み干す。
「君も飲む?」
手の遣り場にすら困っていたシワンは、ますます身を硬くさせた。「客の言うことは絶対に拒んではいけませんよ」と、此処に来る前にテホンに耳打ちされた言葉を思い出す。頷いて杯を取ろうとすると、男は口角を上げて杯を持ち上げ、舌を出して杯から酒を口に入れる。

気付くと口をこじ開けられ、口移しで酒を飲まされていた。

酒精の味を感じるのも初めてで、シワンは其の味に驚いた。男の舌が口の中で無遠慮に動き回る。口の中を掻き回され、舌で舌を絡めとられる。息が出来ずに飲み込んだ酒は、強い味がして気が飛びそうになった。声を出すことも許さない程の接吻で、互いの鼻でする息の音が暗い部屋に響いた。
抱き寄せられる。
布越しに、男の膨らみを感じる――其の瞬間、シワンの視界は天井を見上げるものになっていた。

「君は莫迦なの?」
押し倒されて、顎を人差し指だけで持ち上げられる。少し垂れ目気味の目は、狂気の色を持ってシワンを見下しながら笑っていた。
足と足が絡まり、布越しでも相手の興奮が伝わって来る。覆い被さられ、額を撫でられると、背筋に戦慄が走ったのが自分でも分かる。そういう自分の状況を何処か冷静に捉えようとして、失敗する。
また、くちづけ。
酒臭い息を吐きかけられながら、莫迦だ莫迦だと罵られる。
「こんなところで働くことになって……其れでも未だ救いがあるとでも思ってた?」
耳元で囁かれて頬を数回、撫でられた。心臓が鳴る。緩やかになだれ込む此の先のことを想像して、今すぐにでも目の前の相手を殴り倒して逃げ出したいと思うのに、体が動かない。
「本当に莫迦。可愛いね」
ああ、言葉通り莫迦にされているのだと思った。

「初々しくて、ぶっ潰したくなるね」

男はシワンの首にくちづけた。舌を這わせて肌を濡らす。捕まるものも何もなくて、シワンはただ、指の腹を座敷に押し付けていた。
——怖い。
シワンは初めて、恐怖を感じた。恐怖を感じている自分を自覚した。「潰す」という言葉の響きの所為かもしれない。何でもっと優しくしてくれないのだろう、と思うのに、優しければ良いのか、と終わりの無い自問自答をする。
着物の襟元を噛んだ男の歯が、布を捲り引っ張る。時折、シワンに向けられる視線は獲物を捕らえた蛇のようだと思った。舌をちらつかせて、蛇がシワンの体の上を這い回っている。

——毒蛇だ。

行き場を失っていた指を絡めとられ、両耳の横できつく握られる。男の舌はあらわになった胸の中心を沿うように足の方へ足の方へと緩慢に動く。余りにも長く感じられる時間だった。互いの下半身が反応しているのが、嫌でも分かってしまう。相手はともかく、自分が「そう」だと確信したのは、或る種の絶望だった。相手はともかく、自分が「そう」だと確信したのは、或る種の絶望だった。
絡められた指が離れて、シワンの細い腰に添う。
シワンの瞳が、離れた場所にしつらえられた一組だけの寝具を見た。
「お客…さん」
小さな声で、言う。シワンの腹の上を動いていた頭が、止まる。二人の視線が絡まった。
「何?」
「此処じゃ……」



ああそうか、と男は起き上がった。シワンを見下ろし、乱暴に腕を掴むと立ち上がらせて肩を抱く。
布団の上に突き飛ばすと、男は一気にシワンの着物を剥いだ。
「結構素質ありそうだね」
男も自分の着ていたものを脱いでいく。脱ぎ終わると、シワンの体を引っくり返して俯せにさせ、腕を掴んだ。
手に、帯を巻き付けて行く。
縛り上げられた帯は、少しきつくて肌に食い込んだ。
「今、一瞬逃げようとしたでしょ?」
強く縛った腕に手を這わせ、シワンの顎に手を添えて、男は肩越しに耳元で囁いた。
「逃げたらもっと酷いことするよ」
——酷いことって、何?
——今以上に、惨めなことが有るの?
シワンは絶望した。早く意識を失うことだけを考えた。そうだ、自分はシワンじゃない。椿だ。今は椿の番だ。そうだ、自分が犯されてるんじゃない——。
「ほら、ちゃんと俺の顔見て」
体はいとも簡単に操られて、上にされたり、下にされたりする。抵抗する腕を縛られているせいで、何も出来なかった。震えて声も出ず、涙だけが出る。其の涙を舐めとられる。自分の体重で押しつぶされる腕が、血が通わなくなっている。
何度目かの、接吻を交わす。
水音と、重なり合う体が立てる物音が響く。



椿や、椿。哀れな椿。
売られ、踏みにじられ、蜜を吸われるだけの椿の蕾よ。



液体を纏った指がシワンの中に入って来る。
「分かる?此処に入れるんだよ」
そんな場所、自分でだって見たことが無い。誰にも触れさせたこともないし、触れさせるつもりも無かった。なのに、無神経な指が入口を撫でては出し入れされる。
「ふ……」
声が出ないように堪えていても、息が上がる。喘ぐのが嫌だった。女を知らない自分でも、声を上げるのは本来女の役目で、男の自分が喘いで高い声を出すのは嫌だ、と思った。液体の音がする。下品でいやらしい音だと思う。
「声、堪えてるの?いじらしくて可愛いけど、聞きたいな」
「可愛くはないです……」
「可愛いよ」
ずぶっと中に差されたものがもう一本増えたことが分かる。体の奥で、勝手に動き回る他人の指を感じて、シワンは震えた。其の顔を見られているのが恥ずかしい。顔を逸らすと、橙色の光の中で、二つの影絵が重なるのが壁に大写しになっているのが分かった。小刻みに震える寝そべった体と、其の上で動く腕の影絵。
「あっ……!」
異様に興奮する場所を押されて、シワンは掲げられていた脚をばたつかせた。体がしなって、暴走する。声が抑えられず、ひっきりなしに声が響いた。
「可愛い。本当に男の子?」
「あっ……やめ…て、ください…」
「そういう風に嫌がるのが、良いんだよ——ねえ、」

「俺のこと
 ずっとずっと覚えててね」

シワンの体に、楔が打ち込まれた。
蛇が蕾に頭を突っ込み、中に毒の舌を入れるように。
押し潰される縛られた腕が、揺さぶられる体の下でとうとう感覚を失った。

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「初めて?」
ヒチョルは持っていた箸を盆に置き、粥には然程手を付けていない様子で言った。足を崩して背を逸らして仰け反る格好で座り直すと、首をぐるりと左右に一回ずつ回している。
脈絡の無い質問だったが、文脈と現在自分が置かれた状況そして目の前の相手が居るからこそ、質問の意図は伝わった。
「——はい」
シワンの喉も食べ物は通らなかった。昨日、というか此処に来る前から暫く無かった食に対する欲望はいよいよ消滅したらしい。手元の香の物をかじって、すぐに食べかけを皿に戻してしまう。シワンは俯き、下を向いた目の端で窓の外を見た。硝子の向こうに見えた庭は、夜露を浴びた草木の緑が輝いているように見えた。
「まあそうだろうね。此処の作法も全然分かってないみたいだし、未だ『外の人』っぽいもんね」
着物の襟元を大胆に掴んで扇子で風を送る姿は、はしたない気がした。湿気のある部屋は、少し厚い。
「じゃあ、男は?男を抱いたり抱かれたりしたことはあるでしょ?」
「…………」
「——無いの?」
ヒチョルが素っ頓狂な声を上げた。隣の盆で向かい合わせに食事をとっていた花魁二人が其の声音にびっくりしてヒチョルとシワンを見る。シワンはますます目線を上げられなくなった。
「可哀想に」
可哀想、という言葉が相応しいのだろうか。
自分には其の言葉が似合うのだろうか。
今の自分に向けられる視線のどれにも正解を見付けられない。シワンは幾つかの間に合わせの返事をして、話題が変わるのを待った。



名前を決める時が来た。
主の部屋に一人で来るように、と言われ、シワンは真新しく着慣れない着物を身にまとって髪を結わないまま主の部屋に行った。途中までテホンが世話をしてくれていたが、部屋の手前で其れじゃあ此処でと言う。
シワンは一人、戸を引いて座敷に足を踏み入れた。
部屋に入って来たシワンを見て驚いたのは主の方だった。表情は相変わらず不機嫌で何処か絶望した顔をしていたが、其れですら美しい。周旋屋はかなりの美人だと言っていたが、シワンの前にやって来た者が同じ紹介を受けたものの箸にも棒にも掛からぬ人材であったため、期待はしていなかった。其れなのにやって来た少年は他のどの花魁よりも美しい姿をしていた。其の少年が今、一人の「花魁」になろうとしているのだ。
主は自分の前に座るよう促すと、床に三枚の小さな札を伏せて置いた。木製の札に、名前が書いてあるという。
「一つは花の名、一つは全く新しい名、最後の一つは今の名だ」
主が一つ一つの札を指差して説明した。
——別世界に来てしまった。名前なんて要らない。「シワン」はあの家を出た瞬間に死んだのだ、と思い始めていた。働いて、借金を返せるだけ稼いで、早くあの家に戻ろう。だから此の世界で生きるために、新しい名前が欲しい。

すっと手に取った札には
「椿」
と書いてあった。

「花言葉は冷ややかな美しさ、だ。君にぴったりな花だと思って」
主は名が椿に決まったことを知ると、言った。
シワンは其の花が散る様子のことを思い出す。故郷の道にはところどころ椿の花があって、散る時にぼとりと落ちる花を何度も見たことがある。
斬られた首が地面に落ちたようで、縁起が悪いのだと母が教えてくれた。
「椿や」
名を、呼ばれた。
「明日からいよいよ店に出て貰うよ。とにかく優しい嘘をつき続けるようにするんだ。お酒を飲んで、客に膝をくっつけて座って、話を聞いてやれば良い。そうしたら小遣いが貰える。其の小遣いをどうやって、どれだけ多く早く貰えるかが大事なんだ。早くやれば、早く此処から出られるかもしれない。頑張りなさい」
そう言って主はシワンの顎を持ち上げると、着物の上からシワンの太腿を撫でた。
(——!)
声が出なかった。太腿を何度も執拗に撫でられ、其の手が体に周り尻やふくらはぎを行ったり来たりする。足の指を触られたと思えば、着物の裾から手が入って足の甲を撫でられた。
「椿はうぶだね。もう、行って良いよ。初めての客が、良い人だと良いね」

部屋を出るとテホンが待機していて、名前を尋ねた。
「椿になりました」
そう、短く答える。良い名前だね、と言われた。
シワンは少しのことで熱くなる自分の体に戸惑いを隠せず、先ほど触れられた場所と其の感触を思い出しては顔を熱くさせていた。何故、好きでもない相手に触れられて此の体は反応するのだろう。考えれば考える程おぞましい。
せめて、本当に自分が其のような状況になったときは、意識を早めに失っていられれば良いのに、と思った。
何も考えない、何も感じない体になれれば良いのに、と。
手折られても枯れても、声を出さない花ならば良いのに。



とうとう店へ出ることになる。
シワンがテホンに連れられ通されたのは、おびただしい数の花魁が待ち、それぞれのまとう匂いが立ち籠める部屋だった。
「此処で待っていてください。新入りは、お客さんが来たらまず顔を見せます。氏名の客であれば其の必要は無いです。私がお客さん、と言ったら取り敢えずすぐに出られるよう準備をしてください」
そう言ってテホンが姿を消すと、不安は倍増した。幾ら平気だ、犬に噛まれるようなものだと言い聞かせても「自尊心」が言うことを聞いてくれない。懐に忍ばせていた鏡で自分の顔を確認する。其処には頬に白粉を、唇に紅を塗られた別の自分が居た。他の花魁がひそひそと自分の話をしているのが分かる。新入りで経験の無いような人間に何が出来る、せいぜい恥をかけばいいなどという心ない声が聞こえた。

「お客さん!」

テホンの声がして、シワンは持っていた鏡を落とした。丸い鏡は床を回りながら転がり、ばたんと倒れて止まる。シワンがテホンを見たが、テホンは別の方向を見ていた。
「ミヌ!」
其の声に反応して一人の花魁が立ち上がった。金色の髪を揺らしながら、着物を引き摺ってシワンが居る出入り口の方へ歩いて来た。
ああ良かった、自分ではない、
シワンがそう思った時だった。
「其れから、椿!」
「!」
名前が、呼ばれた。

座敷に通されると、ミヌは馴染みの客の横に撓垂れ掛かった。其のミヌ馴染みの客の真正面に距離を持ってシワンが座ると、酷く粘り気のある目線で全身を見られた。ミヌはとても不機嫌で、シワンを睨み、牽制するような態度を崩さなかった。けれども馴染みの客には甘えるような声と目線を送り、膝と膝をつけて話をしては首に触れたり、腕に触れたりしている。
「君が新入り?」
年齢は然程変わらないだろうか。其の客は若い男だった。
「はい」
「成程」
相手は納得したようにそう言うと、ミヌの顎に手をやり、持ち上げた。
「お前が昨日言ったのが分かる気がする。確かに俺好みだ」
そう言って愛しそうにミヌの髪と耳を撫でる指がやたらにふしだらに見える。男は手に持った酒を一気に飲み干した。
「決めた。ミヌ、お小遣いあげるから今日は上がっていいよ。特に今日は弾んであげる。あんまり連日だと、お前も辛いだろう。明日可愛がって上げるから今日はお上がり」
「!?」
ミヌもシワンも意味が分からない、という顔をした。
「今日は、お上がり」
客は、そう言って部屋の戸を開け外に居た男に何かを言った。

ミヌが退室し二人だけになると男はシワンに自分の傍——先刻までミヌが居た場所に来るように言った。シワンが立ち上がり言われた通りに男の傍へ近付く。すると腕を引かれ、体の平衡感覚が狂わされて、男の膝の上に膝をついて乗るような格好になった。腰を抱き抱えられる。
間近で見て、男もまた美しい顔をしているのだと気付いた。
「君のことを余りにも悪くミヌが言うからね、気になってたんだ」
シワンは体を強張らせた。此れ程迄に人と近付くことなど、未だかつて無かった。
「番頭からも聞いた。今日が初めて店に出る日で、しかも『経験が無い』そうじゃないか。不憫な子も居るもんだとちょっと顔を見て小遣いをあげてすぐに返すつもりだったけど」
男の両腕が、シワンの背と腰に絡まるように纏わりついた。
「気が変わった」
あ、と思った時は既に遅く、相手の高い鼻が自分の鼻にぶつかり、唇に生暖かい感触があった。驚いて其のままで居ると後頭部の髪ごと頭を鷲掴みにされ、口に当たっていた感触が動き出した。其れが接吻であると気付いたときには、歯を舌で突かれていた。
「んうっ……」
シワンは息の仕方が分からず、目を閉じる。すると唇に当たっている其の感覚に意識が集中した。薄らと瞼を持ち上げると、閉じた他人の目が数寸も離れない場所にあった。
「っは」
一瞬唇が離れると、髪と項を撫でられた。
「——此れも初めて?」
質問には答えられず、俯く。経験が無いことも、今其の無い行為をしようとしていることも、何もかもが恥ずかしいものに感じられた。途端に、涙が出た。頬を伝う涙が何筋にもなる。泣き出してしまえば、流すのは容易だった。家族のことを思い出してしまい、更に涙が止まらなくなる。会いたい、と思うと同時に、こんなことになるのが分かっていて売られた身の上を考えると堪らなかった。
「ごめん」
男は泣き出したシワンの頬に指をやり、其の涙を拭うと舌で雫を吸った。
「泣く程嫌だったか」
シワンは頭を撫でられ、体を抱き締められた。背を擦られると、ますます想いは止められなくなってしまう。
「今日は何もしないから一緒に寝よう。此れで君を帰したらきっとミヌの面目も君の面目も潰れる。でも、君が嫌だって言うなら、俺は何もしない」
シワンは初めて其の相手の顔をしっかりと見た。親切な人だ、そう思った。






信じた自分が馬鹿だったと思った。
翌朝、手首に残った帯で縛られた痕を見つめた。

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春雨は、髪を肩を濡らして行く。

病院でも警察でも、身に受ける視線は憐れみと嘲笑混じりだった。帰り道、シワンは冷たい雨の中を傘も差さずに歩いた。昨日の夜、シワンの乗った列車の上空を包んでいた雨雲は、其のままシワンを追うように移動して、今も尚大地に降り注ぐ。
「自尊心」
病院と警察を巡る前にテホンが呟いたあの言葉が耳を離れない。
「検査」をした医師のような男にも、警察の男にも、思い出したくもないことを口々に言われた。不躾な手つきで体を触られ、撫で回され、もう行って良いと言われるまで、吐き気と不快感を堪えるのがやっとだった。
テホンはずっとシワンに付き添って居たが、「本当のこと」を告げられずに売られた無垢な魂に、どう接すれば良いのか迷っていた。
「イムさん、いい加減、傘に入ったらどうです。酸の雨は、体に悪いですよ」
「……」
着ているものが肌に貼り付く感触がある。テホンが赤色の番傘を掲げ、自分の隣に来るように手招きをした。けれどシワンは距離を保ったまま、首を横に振った。雨に濡れた子犬が身を震ったときのように、細かい水滴がぱらぱらと散る。
テホンはもう随分と長い間、此の世話役を引き受けていたが、今回の新入りは特に初々しく、穢れを知らなさそうで酷く不憫に思った。聡明そうな瞳は、店に足を踏み入れたときからずっと迷い、戸惑い、落ち着かない。
「でも……」
「いいんです」
シワンは俯く。其の白い項に、春の雨は容赦なく降り注いでいた。
「駄目です」
テホンは見ていられずにシワンの肩を強く掴んで引き寄せた。
「貴方は、うちの店の大事な売り物です」
売り物——
シワンは絶望した。
テホンは優しく見えたが、結局自分の商品としての価値にしか興味が無いのだ、と。店の人間が客に売り渡す「商品」をぞんざいに扱わないのと同じだ。
今傘に自分を招き入れたことも、風邪を引かれて仕事を休まれたら困る、ということなのだ。
ますます口が聞けなくなる。シワンは此れからの生活を思い、押し潰されそうな重苦しい感情を抱えて、歩いた。抱かれた肩が、痛かった。

埃だらけの部屋に戻ると、風呂を使っていいとテホンに言われた。
店の中は座敷と働き手の控え室のような部屋とが完全に分かれ、細い廊下で繋がっている。昼間の意地の悪そうな花魁だけでなく、他の花魁の姿も見なかったのは何故かと尋ねると、昼間は花魁は皆眠っているし、夜は仕事に出ているのだと言われた。
濡れた着物を脱ぎ、テホンから渡された寝間着を持って、教えられた道を通り風呂場を目指す。取り敢えず今の場所に慣れることで精一杯だった。
寧ろ、他のことを考えたくない、と思った。
狭い階段を下り、行灯が所々に置かれた長い廊下を歩く。シワンの足音だけがみしみしと響いた。
コホ…… コホ……
不意に、誰かが咳をする声が響いた。最初は咳払い程度であったのに、徐々に激しくなる。耳を澄ますと、近くの仕切りの反対側から聞こえてきたことが分かり、シワンは思わず其の隙間をそっと開け、中を覗いた。

目に飛び込んで来たのは、行灯の橙色に照らされて浮かび上がる、人間の背中。骨と皮膚。
着物が腰まではだけ、腰の低い位置で何とか下半身を覆っているだけになっている。上半身は低い机に乗り、体の半分は床に倒れて這いつくばっているような格好だった。顔は、見えなかった。
「!」
ゴホッ ゴホッ
激しい咳を繰り返し、白い肌が揺れる其の光景に、シワンは手に持っていた風呂桶を床に置いて仕切りの中に入って行った。
「大丈夫ですか?」
思わず手を伸ばした人の肌はやけに冷たく、思ったよりも薄い皮膚の下の骨が手に当たる。顔を覗き込むと、相手はまた苦しそうな咳をして、薬を、とだけ言って顔を伏せた。シワンが相手の倒れ込んでいる机の上を見ると、錠剤の入った小瓶があった。其れを手に取って渡す。
初めて、相手の顔を見た。

「——ありがとう」
薬を噛み砕くようにして飲んだ其の人物は、呼吸を整えて乱れていた着物を着直すと前見頃を直しながらシワンに言った。
「俺は此処じゃケビンって呼ばれてる。ケビンで良いよ」
言いながら、その人物は肘掛けのある座椅子に座り、頬杖をついた。
「『此処』の生活で分からないことがあったら聞いて」
そう言うと、また短く咳をした。此の人は体が何処か弱いのだろうか。其れこそ、医者に診て貰うべきなのに。シワンは出来るだけ悟られないように、心の中で考えながら、足を崩して立ち上がった。風呂桶を持ち上げると、仕切りのところでもう一度其の花魁——ケビンに向かって頭を下げる。行灯の光がケビンの顔には届かず暗闇に消えそうだったところに声をかけた。
「お大事に」

湯船に浸かると、疲れは一気に出て来た。今日一日で、十歳年を取った気がする。
手ですくった湯が、手の隙間から零れて行く。すくってもすくっても、温くなった湯を留めることは出来なかった。シワンは救った湯で顔をすすいだ。

故郷に残してきた家族のことを思う。
元気だろうか。
今此処に居る自分のことを、思い出してくれるだろうか。
どう思っているのだろう。
顔が見たい。
叶うなら今すぐにでも帰りたい。でも、帰れない。
帰ることは、身を売ったはずの息子が借金も返していないうちに帰郷することを意味していたし、更に多額の借金を父や母や姉が抱えることになる。此処を抜け出しても、結局地獄が待っているだけだ。
此処に来てすぐ聞いた話と、病院での話と警察での話。
あの花魁は
「お客と一緒に一個の布団で寝る」
と言った。
其れが何を意味するかは、幾ら自分でも察しがついている。
未だ、女も知らないのに。まして——

背筋がぞっとした。

舌を噛み切って死ねたとして、故郷の家族に自分の死のつけが回るだけである。
其れで良い、とはどうしても思えなかった。
修羅にはなりたくなかった。



夜中、ばたばたと騒々しい鳥の羽ばたきのような音で何度も目が覚めたから、相変わらずシワンは寝不足のままだった。朝何処に行けば良いのか迷っていると、眠そうな目をした花魁が一人、かろうじて羽織っている程度の着物を引き摺って歩いて来た。
「新入り?何ぼうっと突っ立ってんの。邪魔」
大欠伸をしながら、シワンに呼び掛ける。シワンがじっと其のはだけた肩を見たが、然程気に留める様子もなく、着崩れを直すこともなく、煙管を持った手をぶらぶらと動かしていた。
「あの、朝ご飯は」
「食べるの?」
「あ、はい」
とても腹が減っていた訳でも無かったが、昨日は夕食を断ってしまったため食事の場所を聞いておくのを忘れていた。テホンがいろいろと説明してくれたような気もするが、色々なことがあって、よく耳に入っていなかったのかもしれない。
「——案内してあげる」
掌で目を擦ると、その人物は着いて来い、と身を翻した。

食事の場所に着くと、色々な視線を感じた。初めて、他の——昨日から今日までに会った以上の数の花魁を見た。どれも、色とりどりの着物を着て個性的な髪型をしている。未だ寝間着の者も数えられる程度は居たが、基本的には着物で、広い机に数人ずつで座って粥を食べている。案内してくれた花魁は「ヒチョル」と言うらしく、会う相手会う相手に其の名前で呼ばれていた。
「ミヌは?」
ヒチョルが、其の当たりに居た髪の長い花魁に声をかけた。
「ミヌさんなら、今日は旦那のところですよ。昨日はしゃいでましたから、きっと今日は帰って来んでしょう」
些か幼い表情の彼は、シワンの隣で立っている新入りの花魁に向かって言った。
「何だお楽しみの日だったか。居たら紹介したかった。此処の店一番の花魁だよ」
物言いはつっけんどんだが、根は善人なのかもしれない。勿論其れすらまやかしかもしれないが——とシワンは思う。
「昨日会いました」
「会ったんだ?可愛いでしょ、俺のミヌ」
「——」
あまり、良い印象は無い。というか、寧ろ初対面の印象は良くないものだった。
「そうですね」
朝食は待っていれば気付いた女将が持って来てくれるのだとヒチョルが教えてくれる。其の間、軽く自己紹介をし、此の店の「秩序」を教えてくれた。
ミヌは花魁の中でも最上の階級で、其の下に現在はケビン、ヒチョルが続くのだと言う。ケビンは療養中のため、ヒチョルが実質の二番手だということになる。
「他に働き手は百はくだらないかな。調べたことは無いけど」

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——夜雨が降っている。

列車の窓枠に指先をかけた。
もう随分と長いこと眠った気がしたけれど、古い列車は未だ夜の雨の中を走っていた。取り出した懐中時計は午前一時を指していた。
窓に付着した水滴が横に線を引くように流れ、また新しい水滴と混じり合う。シワンはぼんやりとその様子を目で追った。
——眠れない。
星の無い空があるばかりだった。



浅い眠りを繰り返して目的の駅で降りると、道路に車を停めて一人の男が立っていた。声をかけようか一瞬迷い遠巻きに様子を窺っていると、両手に荷物を抱えたシワンに気付いた其の相手と目があった。
「あ」
シワンよりも先に、相手が歩み寄って来た。
「イムさん?」
名前を呼ばれ、相手が待合せの相手だと悟る。
「はい」
「案内します」
男はシワンの両手から旅行用の支度を詰めた鞄を取り上げると、車の中に乗るよう促した。シワンは助手席の扉を開けて乗り込んだ。荷物重いですね、何が入ってるんですか、と一言だけ言って其れを荷台に詰める。運転席のドアを閉めると、男は助手席へ向いて、シワンと目を合わせた。
「自己紹介が遅れました。テホンです。キム・テホン」
男の手が差し出された。
「シワンです。イム・シワン」
「よろしく」
男らしく角張った手に、細い手首から伸びた掌が重なる。テホンと名乗った男は一見寡黙に見えたが穏やかさがあって、シワンは少し移動の疲れが癒された。
「まず店に行ったら主に挨拶しましょう。顔を見るのは初めてですよね?」
「はい」
二人を乗せた車は、街の中を走って行く。シワンは初めて見た街の風景に驚いた。故郷とは違う、建物が所狭しと立ち並び、大勢の人々が行き交う。腕を組み、男に媚びを売るように胸を押し付けて凭れ掛かる女を見て、シワンは目を逸らした。
「挨拶が終わったら、部屋に案内します。其の後は、病院と警察に行って今日は終わりでしょう」
シワンは耳を疑った
「病院と警察……?」
「働く前には色々必要なんですよ」
何でだ?と思ったけれど、テホンの笑みに疑問が聞き出せなくなって、黙る。

赤い提灯が無数に吊り下げられた店の前で車は停止した。テホンがシワンの席のドアを開け、降りるように誘導する。荷物を両手に持って石で作られた階段を上がって行った。引き戸をがらがらと開けた瞬間、独特な、何とも言えない香の匂いがした。
「御主人!新しい人を連れて来ましたよ!」
テホンが入口から一歩足を踏み入れた玄関で、店の中に向かって叫ぶ。
すると奥から黒の毛皮の付いた黒い着物を着た男が出て来た。
「御苦労様」
半月型の目を細め、主人と呼ばれた男はテホンに笑いかけて白い歯を見せた。そして、シワンの姿を見、——固まった。
「あ…」
顔を強張らせて固まった相手を見て、シワンは首を傾げた。何だろう、第一印象が良くないのだろうか、初対面で此れから働く場所なのに、会って早々に嫌われたのだろうか。帰ってくれなどと言われるのだろうか。
シワンもまた全身を強張らせていると、素っ頓狂な声が響いた。
「びっ……くりした!めちゃくちゃ可愛いじゃないか!凄い上玉だ。あんな田舎からどんな不細工連れて来るのかって全然期待してなかったけど、此れは美人だねえ」
男はシワンの傍に寄り、まずしげしげと其の顔を見た。不躾な物言いと視線で、随分失礼な印象があったが、シワンはぐっと堪える。頬を触られ、体を執拗に布越しに触られた。腿のあたりを撫でていた手が、一瞬有り得ない場所に触れて、シワンは目を見開いた。
「あはは、反応も初々しいね。これはいっぱい客取れるよ。ずっと初々しかったら、の話だけど……まあ、其処らへんは上手くやってよね」
触れていた手が離れ、主が体を翻す。シワンは鼓動が無駄に早くなったのを、不愉快に感じながらも、精一杯の造り笑顔で尋ねた。
「あの……お客さんには、何を……」
其の言葉を聞いた瞬間、テホンも主もはあ、という顔をした。
「知らないの?」
「え、本当に知らなかったんですか?」
やや責める言い方で二人から逆に質問されると、シワンはたじろいだ。

「——お客と一緒に一個の布団で寝るだけの簡単な仕事だよ」

声のした方向を向くと、豪華な着物が見えた。其の着物の襟から伸びた細い首と、外で吹く風になびく金色の糸のような髪をシワンは見た。
「そんなことも知らずに此処に来たの?おちびさん」
金箔の装飾のある紙が貼られた扇子を広げ、其の人物は口元を隠していた。細く、きつい印象の目が前髪と扇子の間から覗いていた。
「ミヌ!口は慎みなよね」
「は?本当のこと言っただけでしょ」
シワンと同じ位細い指が、扇子を折り畳む。にっこりと笑った笑顔は柔らかいが、先ほどの声音と一瞬覗いた瞳は、シワンを射抜くかのように冷徹なものだった。
扇子を端から閉じて行く。細く折り畳んだ其れを摘むように持つと、その金色の髪の持ち主はシワンの傍に近寄った。布が地面を引き摺られる音がした。扇子の端でシワンの顎をくい、と持ち上げる。
目と、目が合った。
「……」
沈黙。
「……ふうん」
一言だけ、息を吐くような言葉にもならないことを言って其の人物はシワンの顎を持ち上げていた扇子を離した。
「軒先でこんなことやられちゃ迷惑さ」
そう言うと、艶やかな着物を引き摺って其の人物は店の中へと消えて行った。擦れ違い様にシワンの足を着物の裾で隠した足で踏んで行く。痛みが走ったけれど、シワンは其れを顔には出さなかった——出せなかった。
其の着物が、誰よりも上質のものであることが一目で分かったから。あの目が、見たことのない色をしていたから。主である人物の前でも物怖じをしないあの態度は——
「花魁……ですか?」
ミヌ、と呼ばれたその人物が居なくなったのを確認して、シワンは尋ねた。
「そう。花魁を見たのも初めて?」
「はい」
「そうか。うちの一番の稼ぎ頭だよ」
シワンは踏まれた足の痛みが今更戻って来て、ほんの少し顔をしかめる。そして、何よりミヌが現れてすぐに言った言葉が気になった。
(——話が違う!)
「君にもああなって貰うさ。何、すぐだよ。すぐ。何なら俺が教えてあげても良いよ?今晩俺の部屋に……」
「御主人!」
主が口を滑らせたことを牽制するようにテホンの声が響いた。主は楽しみを削がれた顔をした。
「取り敢えず、彼を部屋に案内します。此の格好じゃ、出せませんから」
「宜しく頼むよ。『色々』教えてあげて」
「はい」
二人のやりとりを、まるで他人事のように見ていた。



部屋、と通されたのは屋根裏部屋の埃だらけの空間だった。新しく店に入った人間はいつも此処を使うのだと言う。此処に来る途中、何人か同僚のような人間を見た。
「あとで、皆に紹介します。取り敢えずまずは写真を撮りましょう。其れから病院、行けたら警察。今日は店の中の様子を見るくらいにしますか?」
テホンは淡々と話した。まるでからくり人形のような話し方だな、と思う。淡々とし過ぎていて、全ての感情が無いようにも見える。シワンは妙な違和感を感じていた。
「あの」
「はい」
「混乱してます。此の店の手伝いって、まさか」
「……言いたくないのですが」

『此処に足を踏み入れたら、自尊心は全て捨てなければなりません』

其のとき、シワンは置かれた状況を理解した。
自分が、家族の借金返済のために売られたことを。
そして、「自分」を売りものにしなければならないことを。

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次回作予告。

昨日投稿した記事L-O-V-Eでも書きましたが、花魁ものを書いてみる予定です。

タイトルは未だ決めているところ。
本当は和風なタイトルが良かったのですが、あまり思い浮かばず。
主人公シワン様のイメージがBUTTERFLYなので「蝶」を入れようと思ったものの良い者が思い付かず。
「花蝶風月」とか思い付いたのですがケツメイシとかレミオロメンっぽくて没。
結局当初サブタイトルで使おうと思っていたROSSO E AZZUROを其のまま使いそうな予感……今日一日考えてみますね。

取り敢えず大体のキャラクターは決定(前述記事ご参照)。
一人大々的にポジション変わる人が居ますので、ご了承ください。

「ROSSO」バージョンと「AZZURO」バージョンの二本立ての予定。

どうも此の曲を聴きながら考えてしまう。


何でかなと思ったらラルクのアルバム名も「BUTTERFLY」でしたね。



何はともあれ次回作は花魁もの。
ミスター&ミス・パラレルワールドの世界へ御招待です。

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本日、ブログ用アカウントを新設しました。
ブログ更新告知などに使用する予定です。

▼アカウント名
@Hamieee

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HOME 10(最終話)を書き終えてHOMEシリーズが終わったので、此処で一息。

久しぶりの、旅行記でも何でも無い日記です。

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◆最近のこと

今週は凄く波長の悪い毎日でした。
生理痛に加え、仕事のストレスとプライベートのストレスが重なって、コンディションは最悪。自分がしんどいときは人に優しくなんてなれなくて……
色んな物事、相手に対して「死ね」「消え失せろ」って思っていました。
否定することでしか自分を保てなくて、ダメな周期。
頑張りたいのに頑張れなくて、言い訳だらけの自分も嫌いだけど動き出すのもだるくて。
毎日眠いし、なのに寝ても三時間くらいしか眠れなくて。
色んなことが苦痛でした。

其れでも何とか休日がやってきたので、今日はちょっと夜更かしして、買いだめた本を読んだりCDを聴いたりしてゆっくりしたいと思います。
深呼吸する時間が必要。頑張れない自分をたまには許してあげようと思います。
(とか言っていつも許しっぱなしなのですけれど)

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◆もうすぐ30000HIT

最初に此のブログを始めたとき、数値的な目標として30000HITは獲得する、というのを掲げていました。
辞める辞めるとネガティブ発言をしていた割には、読者の皆様に支えられて此処まで続けることが出来ました。本当に、読んでくださっているお一人お一人に頭を下げて回りたいくらいです。

本当に、感謝感謝。謝謝大家。
こんなメンヘラ(ぎみ)な管理人にお付き合いいただいてありがとうございます。メルシーボークー。

また何かネタを思い付いたら小説アップしますので、しばし消灯。

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ふわふわのパンケーキの端っこを、ナイフとフォークで細長く切り取る。
其れを一口だけ口に入れて、ごちそうさまをした。

オッパの作ってくれるご飯は大好き。でも今朝はごめんね、喉を通ってくれないの。手も、唇も動くのに、飲み込む力が出ないの。あたしはミルクをちょっとだけ飲んで、部屋に戻ろうとした。
「ちょっと待った」
同じテーブルに居たシクちゃんが椅子を引いた音がした。歩いて行くあたしの手を掴んでシクちゃんがあたしを引き止める。
「なあに?」
「手出して」
「?」
言われるまま、右手の掌をシクちゃんに向けて出してみた。シクちゃんは着ていたズボンのポケットに手を入れて、取り出した物をふわっと掴む格好で右手を出した。あたしの掌に、シクちゃんの左手が添えられて、其処にシクちゃんが右手の中に持ってるものを渡してくれた。
「はい」
「?」
あたしの掌には、何も無かった。
「『きぼう』だよ」
ひとひらの、希望。
シクちゃんが穏やかに笑った。其の笑顔は、あたしの心の中にあるわだかまりを全部無意味なものに変える力があって。
あたしはなんにもない掌を、ぎゅ、と握った。
「ありがとう。貰ってくね」
そう言って握った拳を自分のブレザーのポケットに入れた。
「送ってこうか?」
「ううん、大丈夫。ありがと」



空が高いなあ――。
外に出たあたしは空を見た。初めて此の街に来た時も今日みたいな風が吹いてた。太陽が眩しくて、久しぶりに施設の外の限りない世界を見たんだ。
何でそんなこと思い出したんだろう。
あたしは、もうポケットに入れた両手を握り締める。最後に散るための花びらが舞う風の中、あたしは歩き出した。緩やかな坂道を上り始める。

教室はいつもみたいにざわめいてた。
転校生が、教室の開け放たれたドアから入って来るあたしに気付いて包帯の巻かれた手を右手を振った。
「……」
言葉が見つからない。あたしはポケットに手を隠したまま、転校生を見た。
――大丈夫だよ、おいで。
唇は動いていなかったのに、そう呼ぶ声が聞こえた気がした。あたしは頬や頭に同級生のちら見する視線を感じながら、転校生の傍へ机の合間を擦り抜けるようにして歩いた。
「おはよ」
人の良さそうな笑みだった。何時かあたしが凍り付かせた笑みが、今は柔らかく笑ってた。
「……手」
あたしが、訳分かんなくなってたときに、やったの?
「ああこれ?何とも無いよ」
転校生はガーゼの上をそっと撫でてから、あたしの目を見て言った。あたしはじっと其の腕を見つめる。ガーゼでぐるぐるの腕を。
ずっと黙ってそうしてたあたしに、転校生は苦笑して合図をした。

屋上に続く階段の最後の段のところに並んで座った。
ねえ、だからどうして何も言わないの。
ケビンオッパも、シクちゃんも、転校生も。
どうして皆、あたしが悪いのに、何も言わないの。
「ねえ」
包帯の巻かれた右手に、触れた。ガーゼが指先に当たる。転校生が、急に動いたあたしの手に驚いたみたいだった。
「どうして」
転校生の綺麗な目があった。くっきりとした二重の切れ込みの間に、吸い込まれそうになる。授業の始まりを告げるチャイムの音が響いた。その音で、壁やあたしたちの座ってる廊下が微かに振動する。授業の前に居た二人が授業が始まる前に居なくなった、なんて言ったらまた同級生は噂をするのだろう。
其れでもいい、と思った。
「何で、一緒に居てくれるの」
チャイムが鳴り終わって、残響が消えるか消えないかのところで、転校生が言った。

「……好きだから」

其れは、凄く小さな声で。ぼそっと早口で言った言葉だったけれど。
確かに、
確かにあたしの耳に届いた。

「初めて此の街に来た時、君を見たんだ。猫の写真を撮ってた。ときどき通る家族連れを物凄い目で見たりして、でも凄く寂しそうだったから」
転校生の瞳の中にあたしの、あたしの瞳の中に転校生の像がある。
「ほっとけなかったんだよ」
あたしは自分が耳まで真っ赤になってるんじゃないかと思った。ばくばくと心臓の音が聞こえる気がして、照れ臭くて逃げ出したくなる。どういう顔をすれば良いのか、本当に分からない。
「好きだ」
オッパや、シクちゃんから言われる『好き』とは違う『好き』。

ガーゼに触れてたあたしの指を掴んで、転校生が其のまま指にくちづけた。
転校生の伏せた睫毛と、下から見上げる目線に、あたしは完全にやられて、「うん」と肯定的に首を振った。






「——本当に良いの?」
鋏を持ったシクちゃんが、あたしの髪を指でとかしながら言った。
「良い、ばっさり行って」
庭の真ん中に椅子を置いて、芝生の上で、晴れた空の下ケープをかぶったあたしが居る。背後にシクちゃんの気配を感じる。大きな姿見を両手で支えてるオッパがあたしの目の前に居た。姿見に、あたしとシクちゃんが映ってる。
春の緩やかな風が吹いてる。
「うわあ、緊張する」
シクちゃんはさっきから銀色のハサミを持ったままああだこうだ言って、あたしよりもずっと緊張してるみたいだった。
「早く」
あたしは鏡越しに、シクちゃんを急かす。
「お前なら出来るよ」
「ほらオッパも応援してくれてることだし、こういうのは一気にやった方が良いのよ」
「うん……じゃあ」
チョキ、チョキ、チョキ……
長い髪が地面に落ちて行く。時折ふわっと風に飛ばされて、少し不気味だった。あとで庭の手入れをするから、そのときにまとめて片付けよう、と思う。シクちゃんは真剣にあたしの髪を切り落として行った。
理髪師じゃないのに、割と上手く出来た、と思う。プロが見たら細かいところががたがたなのかもしれないけど、少なくとも正面から見る限りは綺麗だった。
あたしは小さく、短くなった髪を撫でて、さよならと呟いた。



制服に着替える。
あの頃から、三度目の春が来ていた。

ピンポーン……

「あ、来た!」
玄関に駆け出して行き、ドアを開けるとがっしりとあの頃よりも更に男らしくなった体と見慣れた笑顔があった。
「おはよう」
「おはよ」
お互い挨拶をしたのを見計らったように、猫が足元でにゃあと鳴いた。
「猫もおはよう。さ、行こ」
「うん」

「定期持った?携帯は?生徒手帳は?」
出掛けようとすると、ケビンが声をかけてくる。
「大丈夫だってば、心配性だな」
オンマのように心配して来る優しい声は、くすぐったい。
「ケビンさんおはようございます」
「おはよう。気を付けろよ。二人共入学初日早々遅れたりフケたりすんなよ」
「大丈夫ですよ、ね」
ケビンに向けられた笑顔が、こっちを向いてウィンクをした。
玄関から歩いて、一人一台の自転車に乗る。駅まで、数分。
其処から
同じ電車で、
同じ道を通って、
同じ学校に、
同じ制服で、
通う。
桜並木のトンネルを走ると、白い花びらがきらきらと舞っていた。花粉が飛んでいるのを感じて、肌がほんの少しちくちくする。花の芽の息吹を感じる。
「へくしっ」
くしゃみが出た。
「——凄い声」
「るさいなあ。変声期終わったらこうなってたんだよ」
余りに盛大なくしゃみに自分でもちょっと照れ臭くなって、信号待ちの此の瞬間に高い空を見上げる。花びらが舞っている。光の中で、きらめいている。
新しい日々の、始まり。





ケビンとヒョンシク、二人だけが残った部屋。ヒョンシクの隣に、二人の見送りを終えたケビンがどかっと座った。ソファの背もたれに両手をかけ、天井を仰ぐ。シーリングがくるくると回って、僅かな物音を立てている。ケビンは目を閉じた。
「寂しい?」
本を読んでいたヒョンシクが、片方の眉を上げて尋ねる。
「そりゃ、ちょっとは」
「娘を取られた父親の気分になったケビンヒョンであった」
本から目を離さずにヒョンシクが呟く。
「おい変なナレーション入れるな」
ぱちりと目を開けたケビンは背もたれから体を起こしながらヒョンシクの方を向いた。
「そうじゃないの?」
「かもしれない」
「ねえ、今度4人で遊園地行こうよ。夢の国が良いなあ。かぶり物かぶって、アトラクション待ってる間に誰がジュース買うかじゃんけんしたりしてさ。夜は遊園地の中のホテルに泊まるの」
「……お前が行きたいだけだろ」
ケビンは体を起こして、ヒョンシクの顎を捉えた。

「今度下見に行くか?」
ヒョンシクがにっこりと笑った。



Fin

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★Interlude = 間奏です。

HOMEシリーズ、次回(あたり)いよいよクライマックス。

【過去更新分*現在9話まで更新】
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事件が起こったのは、数週間後のことだった。

其の日、一年生の頃から嫌がらせをしてきた男子が教室に居た。
皆、腫れ物にでも触れるように接して、誰も「久しぶり」とか「おはよう」なんて声はかけなかった。勿論あたしも声はかけなかったけど、『誰もかけなかった』ことを見てるくらいは関心があったのかもしれない。
転校生も特には声をかけなかった。
前よりも色白になった皮膚。ひどい目の下のくまがあった。
異様——
そんな言葉を思い付いて、あたしは目を逸らした。逸らした頬のあたりに視線を感じる。嫌がらせを受けていたときよりも、ずっと、遥かに悪意のある視線だった。
——気味が、悪いな。
最近来なかった同級生が来ただけなのに、あたしは尋常じゃない気持ち悪さを感じてた。一日中、粘着質の視線を感じて授業を受けて、教室を行ったり来たりして、周囲と会話してた。監視されてるような、つきまとわれてるような、視線。

事件は、起こった。

あたしが帰ろうとするとき、其の男子はあたしの前に急に立ちはだかった。無視をして横を通ろうとすると足を出された。
古典的な仕草だったのにあたしは避けきれず、其の足に躓いて体のバランスを崩す。あ、と思った時にはカバンを持っていた手の力が、自分の体を支えようと咄嗟に抜けてた。其のバッグを勢い良く奪われ、あたしはよろけた背中を突き飛ばされて床に倒されてた。
「ちょっと、何……」
男子はバッグのチャックを開けると、中のものをぶちまけるようにバッグを投げた。
教科書、ノート、ペンケースが飛び出て床に落ちる中、ひときわ大きな物が床に落ちてごつんという音がした。きゃあ、と誰かが言う声がした。他の男子もびっくりした顔で出来事を見てた。
あたしは一気に頭に血が上った。
なのに男子は更に其の落ちたものを拾い上げて、床に叩き付けた。上から踏みつけて、其れから、あたしを、じっと見た。
「きもいんだよ、お前」
男子の足元で、ブラウン色の紐が踏みつけられて、上履きの跡が付けられてく。
汚くなる、合皮。踏みつけられる、金色の猫。
「大体お前の本当の親なんて死んでて、今はホモと一緒に暮らしてんだろ?気持ち悪い。男同士とかめちゃくちゃ気持ち悪いんだよ」
——!

其れからのことは、良く覚えてない。

あたしは男子に掴み掛かり頭を押さえ付けて髪を掴んで、落とされて割れたカメラのレンズに男子の顔を押し付けた気がする。
男子が何か言った気がするけど、あたしは奇声を発して無視した気がする。あたし自身も仕返しを食らったのだと思うし体にそういう傷は残ってたけど、あたしは自分の体の痛みなんて、これっぽっちも感じてなかったんだろう。
ペンケースから散らばってたシャープペンシルを掴んで、書く方を下に向けて目を目掛けて手を振りかざした。

潰してやる!

そう思ったあたしの手が振り下ろされることはなかった。



生徒指導室に連行されたあたしは、壊れて電源の入らなくなったカメラを膝に抱えてた。夕暮れ、部活動らしき声が校庭から響いて来る。陸上部かな。担任、陸上部の顧問なのに、時間取らせちゃってごめんね、と思う。
あたしは正気を取り戻してた。
「カメラが大事なのは分かるけどなー……」
あたしは首を振った。
「カメラはどうでもいいんです、ほんとは」
下を向いたまま、汚されたストラップを撫でた。金色の猫は何とか綺麗になったけど、合皮は指で拭っただけじゃ駄目だった。
「ただ、あたしは」
ばん、と生徒指導室のドアが開いて、あたしは言いかけた言葉を飲み込んだ。
「先生、一体どういうことですか?分かってます?大問題ですよ。生徒同士が教室で喧嘩して相手の子の顔に怪我させるなんて……」
部屋に入って来たのは学年主任の女教師だった。此の人、知ってる。一年生のときの、担任。
「全く、貴方も急に学校に来るようになったと思えば此れですか?一体どれだけ周りに迷惑をかければ良いと思ってるんですか?」
うるさい、ばばあ
「——ません」
「はあ?」
「迷惑をかけた覚えはありません。仮にかけてたとして、迷惑代混みで給料貰ってるんでしょ。大体、あたしがいじめに遭ってても一年生のとき何も言わなかったくせに。何もしてくれなかったくせに」
座ったまま、あたしは一息で言った。ばばあの顔が凍り付いたのが分かった。担任は、あたしとばばあの顔の間を目線を行ったり来たりさせてる。
「私は」
「五月蝿い」
あたしは立ち上がって、座らされてたパイプ椅子を掴んだ。
「おい!」
担任が叫ぶ。
「放して!嫌い!皆嫌いよ!」
あたしはばばあ目掛けて椅子を放り投げた。ぶつけるつもりで投げた其れは、見事にばばあの体に当たって、彼女が床に倒れた。暴れるあたしは担任に羽交い締めにされた。
「——主任。まずはコイツと二人で話をさせてください」
担任が言うのが聞こえた。あたしは酷く息切れしたような、ちょっと記憶の飛ぶ感覚があった。

「——さっき、言いかけただろ。何か」
「何も」
ばばあはあたしと担任が何を話すのか、意地でも聞こうとしていて部屋の隅っこに居た。視界から、というかああいうタイプの人間は此の世界から消え去って欲しかったけど、無理な注文らしく、諦めた。
「謝れよ」
「嫌です」
「お前のやったことはやり過ぎだ」
「嫌」
「んの……」
「ごめんなさい」
「……」
「って言えば満足なんでしょ?」
あたしは席を立った。
「話は終わってない」
「終わりましたよ。あたしは一応謝りました。心からの反省じゃなくても取り敢えずポーズは見せました」
「ポーズとか言うな。『心からの反省』をしろよ」
「無理ですよ。悪いって意識が無いから」
ばばあがぴく、と反応した。
「反省文でも何でも書きますよ。でも絶対貴方達には謝らない。謝ってるふりと反省してるふりをしてほしいんなら幾らでもしてあげますよ」
コンコン
生徒指導室のドアがノックされる音が響いた。
今度は、二人分の影が入って来た。
背の高い二人の影が、部屋の開け放たれた入口から中に伸びる。二人共、スーツ。何で、どうして、いつも今くらいの時間なら、未だ仕事なのに——ああ、そうか寧ろ仕事だからね。ごめんなさい。ごめんなさい……
あたしは、部屋に入って来た二人の顔を見た。でもケビンオッパもシクちゃんもあたしとは目線を合わせずに
「すみませんでした。」
オッパとシクちゃんは、腰を90度に折って、軍隊の人がするみたいな最敬礼をした。まず、ばばあに。そして、担任に。

やめて
「——相手の子は?」
オッパが担任に尋ねる。
「保健室に居ると思います」
「其の子のお母さんも一緒ですか?」
「ええ、さっき来て」
二人は目配せをして、行くか、という合図をした。
やめて
「待って、オッパ、シクちゃん」
あたしの声に二人は振り向いてくれなかった。



夕暮れの街を、三人で歩く。
あたしは首から壊れたカメラをぶら下げて、前を歩く二人の後ろを、微妙な間合いを取りながら歩いた。
二人は何も言わなかった。
何も、言わなかった。

どうして。
どうして。
あたしが、悪いのに。あたしが悪いところだってあったのに。
あたしのかわりに謝って、あたしのかわりにお詫びして。
また、何か言われるのは二人なのに。
なのに何で今、何も言わないの。
あたしのこと、叱ったりしないの。

二人は笑いながら、全然別の話をしてた。
「さっき学校にめちゃくちゃ可愛い先生居たよ」
シクちゃんが悪戯っぽい笑みを作りながらオッパに言う。
「どの人?」
オッパが乗っかる。
「華奢で、線の細い感じの」
「ああ」
其の先生は、担任のだよ——

あたしは会話にも混じれず、二人から叱られることもなく、ただ、変な距離で歩いた。
不意に涙が出て来た。
ねえ、どうしてなんにも言わないの——
「何泣いてんだ、置いてくぞ」
二人とあたしの距離が離れたことに気付いたシクちゃんが、振り返って声をかけた。手が、呼んでる。こっちにおいでって。
「帰ろう」
「そうだよ帰ろ。俺たちの家に」
オッパも、振り返って呼んだ。あたしを、呼んだ。
あたしは離れてしまった数メートルの距離で助走をつけて、シクちゃんの背中に飛びついておんぶして貰う格好になった。シクちゃんの広い背中に背負って貰って、三人であの家に帰る。
「ほら泣くなー鼻水付けるなー」
シクちゃんがからかう。
温かい背中にしがみつく。
涙が止まらなかった。二人の優しさがしみて、泣きたくなるんだ。
本当は、二人に愛されてるかどうか、あたしが本当に此処に居ていいのか、いつも不安だった。二人の間に入っちゃ駄目な気がして、いつも様子を窺ってた。怖かった。でも居場所が欲しかった。

欲しがらなくても、ちゃんと、あったんだね。

部屋に戻って、体の傷を確かめるように、服を脱いでみた。もみ合いになったときに細かいかすり傷とか、殴られたときの痣みたいな跡があった。絆創膏を貼ると、あたしはベッドに寝転がった。
今までずっと我慢してたし平気だったのに、色んなものを踏みにじられた気がして我慢してた物を吐き出したらああなった。特にやっぱりオッパとシクちゃんの悪口は許せなくて、頭に血が上った。
なのに、結局二人に謝らせて、二人に迷惑かけて——。
枕に顔を埋めながら抱き締めると、涙が染み込んで行った。
優し過ぎる二人の気持ちが、辛い。
あたしに謝らせてもくれないのが、辛い。
机の上に置いた、壊れたカメラとストラップをぼうっと見た。

あのとき、あたしを止めたのは真っ白い指だった。
転校生の力強い腕があたしの手首を持って、シャープペンシルを指から奪った。
あたしを突き飛ばして、あの男子から引き離したのも。
止められてなかったら、あたしは多分目を本当に突き刺してた。頭に血が上ると何をしでかすか分からないのは家系かしらと、あのばばあが言ってたのも聞いた。でもきっと其の通りなんだと思う。
でも、あたしには止めてくれる人が居た。
転校生はあたしに、落ち着け、と何度も繰り返して肩を掴んで揺さぶった。

今日あの出来事から、転校生にちゃんと会えてない。
会ったら、何か言わなきゃ。
何か——。

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風が、少しずつ変わり始めてた。

遮断機が上がるのを待ってると、反対方向からの電車が来た。
通り過ぎる電車を見つめてたら、隣に、見慣れた人の気配を感じた。
「よう、今から帰りか?」
電車の音に掻き消されないよう、其の人は大声で話した。
「こんにちは」
あたしは其の人――担任の教師――に挨拶をした。
「休日に会うとはなあ」
服装は、スポーツブランドのジャージの胸のジッパーをかなり下まで開けて、両手にスーパーのビニール袋をぶら下げてる。足元はサンダルで、本当に此の人が教師なのかと言われたらかなり疑問を覚える格好だった。此の人はかなり顔で色んなものをカバーしてる、と思う。相変わらず鼻が特徴的だなと思った。
「買物帰りですか?」
あたしはビニール袋の中身をちら、と見た。一人分、じゃなさそう。
「そうだよ」
あたしは一個、此の人のことを知ってる。
「二人暮らし上手く行ってます?」
「え?」
遮断機が、上がる。
人がいっせいに歩き出そうとするのに、列の先頭で歩き出さなかったあたしたちにぶつかりそうになって歩道を避けながら進んで行った。
担任の反応が面白かった。あたしはにやりと笑った。
「かまかけたつもりだったんだけど、当たりですか?」
あたしも人の群れに紛れるように一歩踏み出す。振り返って、出遅れた担任に言った。
「先生、数学の先生のこと目で追ってるの、あからさまだから気を付けた方がいいですよ」
吹いて来る風に髪がなびいた。担任があたしの背中に何か言ったみたいだったけど、歩き始めたあたしには聞こえなかった。

「あの先生が?」
家に帰ってシクちゃんと一緒にテレビに向かってゲームをしてた。怪獣の徘徊する世界で、あたしとシクちゃんは仲間として冒険する。
「うん。分からなかった?」
「確かに差別心は無さそうだと思ったけど」
シクちゃんの操る分身は急に現れた雑魚の怪獣を剣で切り倒した。
「おいお前ら何時までやってんだ。もうすぐ飯出来るぞ」
ケビンオッパの声がした。背中から声をかけられても、振り向けなくてテレビ画面を見つめたまま返事をする。
「ねえ、オッパも分からなかった?担任、どっちもいける人だって」
「ああ、そうっぽいかなとは思ったよ」
「ほら」
シクちゃんに目配せする。今度は草むらから小型の怪獣が出て来てあたしは弓で射た。
「相手の先生はどんな人なの?」
シクちゃんが興味本位で聞いて来た。
「生真面目で勉強しかしてませんでしたった感じ」
「担任と真逆じゃないか」
「人は自分に無いものを求めるでしょ?鍵には鍵穴が必要だし、鍵穴には鍵が必要なんだもん」
あたしは二人を見て、言ってみる。
「ちょっと中学生が……」
ケビンオッパが気まずそうに笑ったのに対して、
「確かに鍵と鍵じゃ駄目だね」
とシクちゃんがのほほんと切り返しながら、目の前の怪獣をやっつけてた。



学校の空気も少しずつ変わり始めてた。

嫌がらせはなくなって、ぎこちなく始まった友達ごっこはいつの間にか本物っぽくなってた。此れが仮に同級の仲良し演技だとしても、いつも受けてた嫌がらせに比べれば、無駄な疲れは無くなった。
例えば、朝おはようと挨拶をすること。休憩時間に喋ること。教室を移動するとき、校庭に出る時に話すこと。昼食を一人で食べなくなったこと。じゃあね、と言って別れる相手が居ること。
春が来て、転校生が来てから、あたしにいつも冷たかった北風と向かい風は、別の方向から吹くものに変わったのかもしれない。
いじめの主犯格の男子のことは、保健室を出入りするのを二、三回見かけたくらいだった。くだらないプライドがそうさせてたのかもしれないし、転校生が体育の授業中組み手でぶっ飛ばしたというのもちょっと空気が読めてなかったんじゃないかと思うけど、きっと同い年の男子なら気にするんだろう。嫌がらせの主犯格が、いとも簡単に投げ飛ばされたなんて言ったら、色々格好悪いもんね。
学校は学校で、ときどき、息苦しい。でも其れは皆感じてるのかもしれない。
あたしたちは、水槽に入れられて、酸素の薄い水の中でぱくぱく呼吸をしてるだけの金魚だ。

放課後の教室。日直のあたしは、生温く平和だった今日のことを日誌に書いてた。
「ねえ」
転校生が未だ教室に居る。あたしの目の前の子の机に座り、あたしが日誌を書いてるのを、宙に浮かせた足をぶらぶらさせながら待ってる。
「何?」
「合気道経験者なら、素人相手に本気出しちゃいけないんじゃないの」
あたしの言葉に「何の話?」と顔を覗き込んで来る。あたしは、此処最近ずっと空席のままの席を見るように目線動かして顎をしゃくった。あの子、という合図。
「あいつもやってたって言ってたよ」
合気道の話。
「……」
しれっと、言うから。
「俺はね、ちょっとかじっただけから手加減出来ないんだよ」
そういう言い方ってさ。あたしは今日の欠席の人数に1と書いて、日誌から目を離した。夕方の光が、転校生の白い顔に差してた。
「授業って便利だよね」
こいつ、確信犯だ。

何となく一緒に帰る雰囲気だったから、日の長くなった空の下を二人で歩く。
「待って」
小川の傍の道を歩いてたとき、転校生が急に立ち止まってリュックをごそごそと漁った。
「此れ」
「?」
ちょっとだけぶっきらぼうに差し出された小包を思わず受け取った。
「あげる」
「何?」
転校生は、凄くぎこちなかった。渡された箱は掌くらいの大きさで中身はそんなに重く無さそう。あたしは箱と転校生の顔をそれぞれ見た。
「気に入らなかったら捨てて」
早口で言って、転校生は分かれ道を歩いて言った。

「ただいま」
玄関から叫んでも、今日は誰も居ないみたいで、猫だけがあたしを出迎えた。
「ただいま。オッパもシクちゃんも居ないのね?」
猫を抱き上げて、自分の部屋に連れてく。あたしは手に持ったまま持って帰って来た小包を開けた。

シンプルな薄紅色の包み紙を破ると、プラスチックの箱が指に当たる。プラスチックの箱に、可愛らしい、けれどすました顔の猫の絵が描かれてた。其の絵の下に、ストラップが入ってるのが見えた。箱を開ける。中の物を手に取る。
カメラの、ストラップだった。幅の広い其れは一眼レフのカメラ用だと思う。合皮っぽい素材で、色はブラウン。ストラップの合皮部分の端っこに、金色の猫の細工があった。猫が歩いてる姿の、ワンポイントが、合計二つ。

「かわいい」

あたしの視界をうろうろしてた猫が急にあたしの言葉に振り返って膝に乗って来た。
「こら、お前のことじゃないよ」
手にしたストラップを何度も眺めた。
「かわいい」
捨てるなんて、絶対にない。
あたしは早速お気に入りのカメラに、お気に入りのストラップを通した。

窓の外を見ると日は暮れていて、あたしは首からストラップとカメラを下げたまま、窓辺に立った。
空に浮かぶ丸い月に向かって、カメラを構えてみる。三脚無しじゃ、月は撮れないけど。

転校生は此のストラップを見て、あたしを思い出したんだろうか。
其れとも、あたしのことを考えてて、ストラップを見付けてくれたんだろうか。
どっちでもいい。
多分、どっちでも、嬉しい。

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自転車に二人乗りをして、ペダルを漕ぐ。

散り始めた桜の並木道を通り抜けて、駅に向かう人たちと反対方向にあたしたちは向かう。朝早くから仕事や学校に向かう人たちに逆流すると、少しだけおかしくなった。腕時計を見ながらバスを待っている人を見かけたりすると、ご苦労様、と自分がまるで高い身分になったみたいに思った。
転校生の持っていた自転車は、少しだけあたしの腰の位置には合わない。そんなアンバランスな自転車を漕いで、人通りの少ない道を選んで、走ってく。空がどんどん高くなる。太陽も少しずつ高い位置に昇ってく。
転校生の広い背中にほっぺたをくっつけて、向かい風から隠れるようにして道案内する。かわりばんこにペダルを漕いだ。

何個目かの坂道を上り切ると、視界が開けた。
山と緑、そして大きな川。晴れた空の下、一面に広がる春の景色。街の中に居たら絶対に見られなかったもの。
転校生の顔をちらりと見る。頬が赤くなって、瞳は360度全部の景色を目に焼き付けようと動いてた。此の場所は、昼を過ぎればもう観光客でごった返してしまう。だから、来るならいつも朝だけだと決めてた。昔うっかり早起きをしてしまったときに、ふらっと自転車で辿り着いたのをきっかけに、何度か来たことがあった。
「——連れて来てくれてありがとう」
あたしの髪に触れて、転校生が笑った。眩しい、そう思った。
ありがとうという言葉にどういう顔をすれば良いのかが分からなくて、ただ、うん、うん、と頷いた。

橋の欄干に手をあてて、緩やかな川の流れを見つめながら、幾つかの話をした。
転校生は自分が暴力組織の人間の息子だと言った。断言はしなかったし、あたしも詳しく聞いたりはしなかったけど、あたしの家のあるエリアに一軒だけやたらセキュリティの厳しい家があるから、きっと其の組織の頭が住んでると思ってた。だから多分転校生は今其処に住んでるんだと思う。
「母さんのヒステリーが怖くてさ」
転校生は手元に舞い降りて来た花びらをつまんで川に落としながら言った。
「……」
「普段は、良い人なんだけどね。俺と二人きりになると駄目なんだ。今日は怖くなって逃げてきちゃった」
「怖いって、身の危険を感じるくらい?」
「どうだろう?包丁持ってたからなあ」
「なら怖いね」
転校生の言った「居心地が悪い」なんて言葉のレベルじゃない気がした。ざあ、ざあ、と川の音を聞く。水面に太陽の光が反射してきらめいてる。
「ときどき君の家族が羨ましくなる」
「え」
急に言われて、あたしは二人の顔を思い出した。
「三月頃、見たんだ。君は、空の写真を撮ってて——其処にお父さんたちが来て、三人で歩いてくのをさ」
「あたしたち、家族に見えた?」
疑問をそのままぶつけてみる。転校生は、えっ、という顔をして首をちょっとだけ傾げてから笑った。
「当然さ」
「そう」
人から見ると、そんなものなのかもしれない。私も口角を上げてみた。
転校生の携帯電話が鳴った。ごめんね、と転校生は目で合図して、電話に出る。
「——もしもし。うん、ごめん、学校にはそう伝えて。ありがとう。あの人は?そっか、分かった。じゃあ、戻るよ」
電話を切って、あたしの顔を見た。



転校生の家は本当にお屋敷で、防犯カメラが所々に何台も取り付けられてた。入口から入ると、女の人が一人出迎えに来た。化粧が派手で、香水の香りもきつい。長い髪はゆるやかなウェーブがかかっていて、体のラインを強調するような服装だった。顔のパーツが転校生に似てた。
「おかえり」
「ありがとう——母さんは」
「今は薬飲んで離れで寝てるわ」
「そっか」
あたしは転校生の隣で初めて足を踏み入れる空間に少し緊張した。あまりきょろきょろしない方が良いのかな、と思ったり、何が自然な態度なのかが分からなかった。
「そちらは?」
彼女は顎をくいとあたしに向け、目線を送って来た。やっぱり派手な印象の二つの瞳があたしを見てる。肉食動物のような、きついイメージがある。手に持った煙草の日を地面に落として、もう一度口にくわえて煙を吐き出す。
「友達だよ」
あたしは頭を下げた。彼女は値踏みするみたいにあたしを見てからもう一度息を吐いた。
「そう。どうぞ」

家に入ると、本当に何人もの男の人が居た。若い人から中年の人まで、転校生と女の人、それとあたしが廊下を歩く度に、起立して頭を下げる。転校生は「ぼっちゃま」と呼ばれて、皆おかえりなさい、おかえりなさいと言ってた。
あたしは目の前を歩く女の人がきっと転校生の本当の母親なんだと直感的に悟った。
「面白いのね」
あたしは次々と頭を下げてく光景にちょっと笑って、長い廊下を歩きながら転校生に耳打ちした。
「いつもやらなくていいよって言ってるんだ」
「テレビの中の話だと思ってた」

転校生の家はとにかく広い。広過ぎて、一人でいま帰れと言われても帰り道がよく分からない。多分侵入者を攪乱するためにわざと複雑な構造なんだ。内部にも明らかに其れと分かる防犯カメラだけでもかなりの台数があって、更に隠しカメラがあると思えば完全な監視体制が敷かれてるんだな、と思った。
部屋の中に水槽があって、三匹の金魚が泳いでる。
あたしは一室に通された。伝統的な造りの部屋で、一つ一つの家具はシンプルだけどきっと高価なのだろう、というデザインだった。転校生は一回自分の部屋に行って来る、と言って戻ってしまったので、あたしは女の人と二人きりになった。
「友達を家に連れて来たのは初めてなの」
「はい」
「貴方はとても大人っぽいのね。中学生に見えないし、凄く落ち着いてるのね」
若々しくない、子供っぽくない、って意味かな。
「気を悪くしたら謝るわ」
彼女はまた煙草に火を点けた。髪をかきあげる仕草が、あたしなんかよりずっと大人っぽい。ちょっとくたびれた、大人の色気を感じた。
「仲良くしてあげてね」
「はい」
あたしが頷くと、転校生とそっくりな顔で彼女は口元を綻ばせた。

夜遅く帰るとシクちゃんとオッパがちょっと心配した顔で出迎えてくれた。
玄関を入るなり「何処行ってたんだ、心配したんだぞ」とオッパが抱き締めてくれたけれど、親指を隠したパンチで一発だけあたしの頭を殴った。二人が、一発ずつ。計二発、あたしの頭にはお仕置きのパンチがお見舞いされた。

「彼氏できたの?」
寝る前にあたしが歯を磨いてると、シクちゃんが洗面所の柱から顔だけを出して尋ねて来た。顔がだらしなくにやけてて、凄くお節介そうな顔をしてた。
「ううん」
水を吐き出しながら、下を向いて返事をする。
「シクちゃんとオッパが悲しむから、ううんって言っておくわ」
「生意気だ!」
「ふふ、嘘よ。そんなんじゃないわ」
「友達?」
ともだち?
胸の奥がかゆくなる。そういう言い方も、慣れてないんだ。
「かな?」

枕元の電気を消して、ベッドに入ると、寝転がって今日撮ったカメラの中の画像を確かめる。画像をコマ送りにしていくと、あたしは一枚、苦手だったはずの人間の写真が上手く撮れてたことに気付いた。
何度も何度も、其の四角い枠で切り取られた人物を見つめる。

好感を持ってるんだろうな、と他人事みたいに思う。
カメラを枕元に置いて、シーツを被った。少しだけ脚のだるさを感じる。久しぶりに漕いだ自転車の所為かもしれない。しかも、二人乗り。
あたしは転校生の夢を見る。

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あたしは白い闇を一人で歩いてる。
雪の中か、霧の中か、何処までも真っ白な空間に居て、一人彷徨ってた。
此処は何処?
誰も居ないの?

何かに呼ばれた気がして振り返ると、白い闇が消滅して見慣れた景色があった。
あの朝に14歳のあたしともう一人、幼過ぎる背の低いあたしが居た。ちびのあたしはあたしの存在に気付かず、玄関で右足の靴ひもを結んでた。
「駄目」
あたしはあたしに声をかける。でもちびのあたしは気付かない。あたしの声は、自分の耳には届くのに存在しないみたいだった。
ちびのあたしは玄関のドアノブに手をかけた。青空と、真っ白な光が差し込んで来る。あたしは其のドアを咄嗟に閉めようとした。なのに、透明なあたしの手はドアを擦り抜け、空を切っただけだった。
「お願い、待って!出掛けちゃ駄目」
出したつもりの大声も、ちびのあたしには届かない。
ちびのあたしは、行ってきますと家の中に向かって言い、小走りに玄関から出て行った。
あたしは相変わらず家の中に居て、自分があの日の朝開けた筈のドアをずっと見つめてた。



はあ、と荒くなった呼吸を整えていると、ぐっと手を掴まれた感覚があった。
「大丈夫?」
優しい声が微かに響いて、シクちゃんが手を握ってくれたのだと知った。
「うなされてた」
シクちゃんの腕があたしの頭に周り、後ろのあたりを撫でて背中をさすってくれた。あたしの左側ではケビンオッパが規則正しい寝息を立てながら眠ってた。
「うん……」
夢を見た。昔の夢――
目の前にあるの縋り付く。何度も髪を梳いて背中をさすってくれる手があった。
「ゆっくり呼吸して。楽になるから」
どんなに大丈夫なふりをしても、昔のことを思い出すのはつらいし、思い出せても断片的だった。気持ちが記憶の邪魔をしているのかもしれない。
忘れていた呼吸の仕方をシクちゃんは横になったまま教えてくれた。暗い夜の闇の中でも、其の黒目がちの瞳が真っ直ぐにあたしを見ていてくれていた。
月明かりが、見える。
今日は嫌な予感がして、眠る前に二人に頭を下げてベッドに入れてもらった。
ごめんね、ごめんね。二人の時間に水を差したい訳じゃないの。
でも傍に居て欲しいの。

一人になるのが怖かったの——。

シクちゃんに抱き締められていると、オッパの気配がした。オッパが居なかったのはグラスに水を汲んで持って来てくれたからで、あたしはオッパがからグラスを受け取ってゆっくりと水を飲み干した。体の中の毒が流れて行くみたいな感覚だった。
オッパもベッドに入って来て、あたしは二人の腕に抱かれて、目を閉じた。寝返りを打って、オッパに抱き着く。
今日だけは、いいよね。
オッパの匂いを肺一杯に吸い込んだ。大きな呼吸を何度かすると、ほんの少しだけ体をずらして、二人がキスをし易いように避けてあげる。そんなことをしなくても、シクちゃんもオッパもあたしよりもずっと背が高いから軽々とあたし越しにキスは出来るけど、其れでも少しは遠慮してみる。
ちゅ……
案の定、二人はあたしが眠ったと思ってキスをしてた。
オッパの体が先に反応したのが分かって、ごめんね、ともう一度あたしは思いながらも、オッパの体に回した手を放したり出来なかった。



朝はきちんと起きられた。目尻に大量の目やにがあって、きっとあたしは寝ている間にまた泣いたんだと思う。
早朝、気怠そうにしている二人を置いて、あたしはこっそり家を出る。猫の姿は見えなかったけど、きっと何処かで丸まってるんだ。
夜中にオッパをほぼ独り占めの状態で寝たから、朝くらいシクちゃんに返してあげる。一度、二人にお休みをあげたい。一日中、ベッドの上で過ごすような、非生産的で生産的な一日を過ごしてくれたら良いのに、と思う。

朝の衛生的な空気の中で、あたしはカメラを構えた。
光が溢れてる。誰も居ない朝の横断歩道。役目の無い信号。何処かで聞こえるクラクション、鳥の声、木のざわめき。
覗いたファインダーの向こう、見慣れてしまった姿を見付けた。
「あ」
道路の向こうを、リュックを背負った転校生が歩いてる。あたしには気付いてないみたいだった。カメラをカバンにしまい、其れを方から掛けてあたしは朝の道を走った。革靴の踵を鳴らして、転校生に近付いた。
「わ!」
いきなり走って来たあたしに、転校生は面食らったように驚いた。其の顔は酷く生気が無くて、だからあたしは走り出したんだ。
「おはよ」
「……おはよう。早いね」
「居心地悪くなっちゃって」
本音半分冗談半分であたしが言ってみる。
「同じだ」
転校生が同意した。

転校生の噂を耳にするようになってた。
「特殊な家の子」らしいとか、「怖いお兄さん」たちが家に居るとか、お母さんは本当のお母さんじゃないとか、どれも転校生本人からではなく、本人以外の相手から聞いた。あたしは其の真偽を確かめたりしなかった。
「同じ?」
「居心地悪くなることがさ」
複雑な家庭らしい、こと。転校生が喧嘩が強い理由。誰も逆らったりしないこと。
「俺のこと、聞いたこと無い?」
あたしは顔を左右に振った。転校生は力無く笑った。

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はまうず美恵
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当Blogは恋愛小説家はまうず美恵の小説中心サイトです。
某帝国の二次創作同人を取り扱っています。

女性向け表現を含むサイトですので、興味のない方意味のわからない方は入室をご遠慮下さい。

尚、二次創作に関しては各関係者をはじめ実在する国家、人物、団体、歴史、宗教等とは一切関係ありません。
また 、これら侮辱する意図もありません。
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