スパコンがもたらすエンジン革命
ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイト 5月1日(火)20時24分配信
アメリカ、エネルギー省管轄のオークリッジ国立研究所(ORNL)が同国最速、世界第3位のスパコン「ジャガー(Jaguar)」の大幅なアップグレードに着手しているからだ。ジャガーは「タイタン(Titan)」として生まれ変わり、現時点で世界最速の日本製スパコン「京(K computer)」の2倍の処理速度を実現する予定だ。
スパコンの話題では、「2010年に中国がアメリカを抜いて1位になった」、「2011年に日本が両国を抜いてトップに立った」など、国家間の競争に注目が集まりがちだ。しかし、オークリッジ国立研究所は3月、強力なスパコンだからこそ取り組める現実の問題に焦点を当てるべく、ワシントンD.C.で専門家会合を開催。研究テーマリストの上位はエネルギー問題が占めた。
エネルギー省が管轄するサンディア国立研究所の機械工学者ジャクリーン・チェン(Jacqueline Chen)氏は、世界各国から集まった約100人のスパコン専門家を前に、「現在はある意味で面白い時代だ」と語った。
「化石燃料に代わる燃料の追及と、効率的なエンジンシステムの開発が同時進行している。2つの目標を一度に扱うのは非常に難しい。そのためには、燃料と燃焼に関する科学的土台をしっかりと理解する必要がある」。
◆火花点火を超えて
内燃エンジンは、1870〜80年代にニコラウス・オットーやゴットリープ・ダイムラーといった発明家たちが設計を完成させて以降、100年以上にわたり世界の輸送機関を動かしている。しかし、当初から大量のエネルギーが浪費されてきた。一般的な火花点火エンジンの乗用車の場合、車両を動かすのに利用されるエネルギーは燃料タンク内の燃料が秘めるエネルギーの3分の1以下で、残りはほとんどが排熱として失われる。火花点火エンジンはそもそも非効率な仕組みなのだ。ディーゼルエンジンの場合、電気火花ではなく圧縮によって着火するため、はるかに効率的だが、それでも大幅な改善が可能と考えられている。
有望な候補として、低温で燃焼を行う「予混合圧縮着火(HCCI)」が注目されている。電気火花を使って燃料に点火するのではなく、混合燃料を圧縮して化学反応を引き起こし、ピストン運動の適切なタイミングで自然に着火させる方式だ。低温の圧縮点火により、25〜50%の燃料効率改善が実現するという。しかし、HCCIエンジンは従来型の火花点火エンジンに比べて制御が難しく、混合燃料の化学反応プロセスにも細心の注意を必要とする。詳細なメカニズムも十分には解明されていない。
新しいエンジン技術だけでなく、これまでにない燃料も模索されている。チェン氏は、「膨大な種類の分子が代替燃料として提案されている。すべての候補について包括的なエンジンテストを行うことはとても不可能だ」と話す。
そこで、スパコンの出番だ。チェン氏の研究チームは、ジャガーで1億1300万CPU時間かけて、HCCIエンジンの詳細なシミュレーションを実施した。
しかし、3.3ペタフロップス(1秒間に3300兆回の演算処理)の性能を誇るジャガーでも、このシミュレーションはかなりの負担となった。チェン氏の研究チームはタイタンの誕生を心待ちにしているという。タイタンは20ペタフロップスの能力を発揮する予定で、エネルギー効率に優れた高性能GPU(グラフィックス・プロセッシング・ユニット)も組み込まれる。CPUとGPUを組み合わせた“ハイブリッド”スパコンにより、コード実行が大幅に加速し、はるかに複雑なモデルでシミュレーション可能になるはずだ。
◆エネルギーの未来を切り開くツール
会合では、内燃エンジンの効率化以外にも、スパコンのアップグレードで恩恵を受ける最先端のエネルギー研究プロジェクトが多数報告された。
未来のエネルギーシステムを切り開くカギはスパコンが握っているようだ。
Marianne Lavelle for National Geographic News
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最終更新:5月1日(火)20時24分