<< 前の記事 | アーカイブス トップへ | 次の記事 >>
時論公論 「日銀金融緩和 まだ見えぬデフレ脱却」2012年04月27日 (金)
下境 博 解説委員
(問題提起)
時論公論です。
日銀が追加の金融緩和に踏み切りました。
資金供給量を増やすことによって、一段の金利低下を促すという内容です。
狙いは、デフレ経済からの脱却です
しかし、日銀がこれまで繰り返し金融緩和を行っても、デフレ脱却は難しく、日本経済は活力を失ったままです。
日銀の金融政策は無力、日銀は無策という厳しい批判もあります。
それでも金融政策に多くを依存せざるを得ないところに、
いまの日本経済が置かれた厳しい現実があります。
今夜は、日銀の金融政策を踏まえて、日本経済の課題を改めて考えます。
(金融緩和の骨格)
まず日銀の金融緩和の骨格です。
民間金融機関が保有する国債などの金融資産を買い取る基金を
65兆円から70兆円に拡大する。
日銀からの資金供給量を増やすという内容です。
(日銀の基本方針)
日銀の金融政策は、月に1度ないし2度開かれる金融政策決定会合で、日銀総裁や副総裁、企業経営の経験者や経済学者などの有識者による議論を踏まえて、決めます。
当面の基本方針は、今年2月に打ち出されました。
柱は、デフレ脱却を図るため、目標とする物価・消費者物価の上昇率を年率1%とする。
この目標が達成されるまで、強力な金融緩和を続けるというものです。
1%の物価上昇率は、経済が好調な時は、低すぎるくらいの水準です。
しかし、日本は山一證券や北海道拓殖銀行などの金融破たんが相次いだ翌年の1998年以降、物価水準は累積で3.4%。
年平均で0.2%の低下。一貫して緩やかなデフレ傾向が続いています。
日銀が目標としている1%の物価上昇率は、人口が減少して経済が縮小均衡に向かっている日本では、高い水準だと理解する必要があります。
(政策判断1 物価水準)
こうしたハードルをいかにクリアするのか。
日銀は重い課題を背負って、きょう金融政策決定会合を開きました。
具体的な金融政策を決める前提として、1%の物価上昇率が達成できるかどうか、まずこの点について、検討が行われました。
その結果、政策委員の総合的な判断として、物価上昇率は、今年度は0.3%に留まる。
来年度については、内外の経済情勢に不確定な要素が多く、まだ十分に見極めきれないとしているものの、0.7%としました。
原油や穀物の国際価格の高騰が続き、輸入物価が上昇しているものの、景気の回復力は弱く、民間需要は依然低いという見方から、2年連続して、1%の物価上昇率の目標に届かないという判断です。
(政策判断2 金融緩和)
物価上昇率1%の目標達成は難しいという判断を行ったからには、日銀は追加の金融緩和を打ち出さざるを得ません。
従ってきょうの金融緩和は、日銀が中央銀行としての信用力を維持するためにも、当然の帰結でした。
金融緩和のポイント。
短期金利と長期金利の双方を、低い水準に誘導すること、これに尽きます。
短期金利については、日銀の市場コントロールが比較的容易とされています。これまでと同じように、0%から0.1%程度の範囲内と、実質的なゼロ金利政策を継続することを決めました。
しかし、長期金利=代表的な金利は国債の金利ですが、ギリシャ危機に象徴されるように、財政や金融でひとたび問題が表面化すると、政府や中央銀行のコントロールは容易ではなくなり、金利が急騰します。
そうなれば国の財政だけでなく国民生活にも深刻な影響を与えることは、内外の歴史が証明しています。
(政策判断3 長期金利)
その長期金利の低下をどのように促すのか。
2つの措置が取られることになります。
▼まず1点目。
民間金融機関から国債などの資産を直接買い入れて資金供給する枠組となる基金を現在の65兆円から5兆円増やして70兆円とする。
70兆円はGDP国内総生産のおよそ15%に達する規模です。
大量の資金供給によって金利が低下し、景気の下支え効果が期待できるとしています。
▼次に2点目。
やや専門的になりますが、日銀が資金供給を行う際に、金融機関が日銀に差し出すのは、国債や信用力の高い企業が発行する債券・社債です。
償還までの残存期間つまり満期までの期間が、これまでは2年以下を対象にしていましたが、その条件を緩和して、3年以下まで認めることにしました。
以上2つの措置によって、資金供給量が増えて長期金利が低下すれば、企業や家庭に資金が回り、景気が刺激される。
1%の物価上昇率が視野に入り、デフレ脱却に道筋が見えてくるというシナリオです。
しかし資金需要が乏しい中で資金供給枠を拡大しても、実体経済への効果は限定的で、国の財政赤字を肩代わりしているにすぎないという冷めた見方もあります。
これについて日銀の白川総裁は、きょうの記者会見で「財政ファイナンスと受け止められないようにしたい」と述べていますが、日銀はこうした批判に答えるためにも、これまでの資金供給の効果を具体的なデータを示して、説明する必要があります。
(シナリオは実現可能か)
では果たして、日銀の狙い通りに、日本はデフレから脱却できるのでしょうか。
それは簡単なことではありません。
いまの日本は、企業にしても、個人のレベルにしても、明るい展望が見出せない状況です。
国の財政は厳しく、将来にわたる不透明な状況を背景に、多くの国民は年金・医療・介護といった社会保障への不安を感じています。
さらに不安定な雇用環境も加わり、個人消費を担っている30代・40代の現役世代を中心に、生活費を切り詰めたり、高額な商品を買い控えたりする動きが広がっています。
そのことが低い経済成長とデフレの要因の一つにもなっています。
政府も日銀もこれまで「金融面だけで成長率の回復や、デフレの克服は難しい」という見方を繰り返し示しています。
であるならば、企業や国民の不安を払拭するような政策を、一つ一つ着実に実行する。
経済政策の両輪である「財政」と「金融」を有効に機能させることしか、方法はないのです。
(一体改革は不可避)
財政再建を進めること。そして社会保障の将来像を明確にすること。
この2つの政策対応は避けて通れません。
野田政権が進める「社会保障と税の一体改革」については、国民から様々な意見や批判が出ています。
しかし財政は、人間の体で言えば「体幹」、体の軸です。
財政健全化という軸がしっかりしていないと、国民生活を蝕むことになります。
一体改革を進めるための消費税率引き上げ法案はようやく大型連休明けに、国会審議の俎上に乗る動きになっていますが、経済政策について議論を深めることがデフレ脱却の前提条件になるはずです。
(まとめ)
以上見てきましが、
日銀がきょう決めた金融緩和は、
2月14日に打ち出された基本方針に沿ったものです。
肝心要の財政については、構造改革が遅々として進んでいません。
金融市場からは、基本方針を決めた日付がバレンタインデーだったことから、日銀の金融緩和は、日銀から野田政権への義理チョコと揶揄する声も聞かれます。
しかし仮に、義理チョコであったとしても、ホワイトデーのお返しは社会通念上必要なことです。
政府が有効な財政政策を実行しなければ、一連の金融政策は政策効果がなく終わってしまいます。
デフレ脱却という政策課題は、政府にバトンが引き継がれたと強調したいと思います。
(下境 博 解説委員)