「魔女の宅急便」の著作権は
アニメ映画にもなった童話「魔女の宅急便」ですが、「宅急便」というのは株式会社ヤマト運輸の「クロネコヤマトの宅急便」の商品名(サービス名)ですよね。一般名称ならば「宅配便」のはずです。
また、「宅配便」のシンボルマークはクロネコですが、「魔女の宅急便」にも「クロネコのジジ」というのがマスコットとして出てきます。
さらに決定的なのは、アニメ映画「魔女の宅急便」にはヤマト運輸がスポンサーになっています。
以上を総合して考えると、童話「魔女の宅急便」は「クロネコヤマトの宅急便」の宣伝童話であると考えざるを得ません。
では、作者・角野栄子さんは株式会社ヤマト運輸の宣伝部の方なのでしょうか。著作権も作者個人ではなく、ヤマト運輸にあるのでしょうか?
回答(7件)
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宣伝行為と取るのはちょっと意地悪な気もしますが、童話を使って宣伝することが悪いことだとも思えません。「文学者の姿勢としてどうなのでしょう?」とありますが、問題ないのではないでしょうか。
それと、ほとんど一般名称化してしまった登録商標を使ってしまうことはよくあることだと思います。(参考URLは一般名称化した商標一覧です)類似品を正式な一般名称で呼ばれていないものも結構あるものだと気づかれると思います。
すでに当事者同士で解決していることですので、とりたてて気にかけるほどのことでもないと思いますよ。
この回答への補足
>宣伝行為と取るのはちょっと意地悪な気もしますが、童話を使って宣伝する
>ことが悪いことだとも思えません。
ヤマト運輸宣伝部の方が行うなら問題ありません。自由な精神を持つべき文学者が、一私企業からお金をもらって宣伝することが、問題だと申し上げている。
>「文学者の姿勢としてどうなのでしょう?」とありますが、問題ないのでは
>ないでしょうか。
大問題ですよ、これは。ベストセラーになるような小説で、過去にこんな例がありましたかね。文学とはどうあるべきか、の根幹にかかわる問題です。
>それと、ほとんど一般名称化してしまった登録商標を使ってしまうことはよく
>あることだと思います。(参考URLは一般名称化した商標一覧です)
それはあります。ホチキスとかセロテープとかね。ですが、それで抗議を受けるということはめったにありません。抗議されれば、そこだけ修正するか、突っぱねるかでしょう。今回の場合も、「魔女の宅配便」にすればよいのです。逆にお金をもらって積極的に宣伝小説を書き続けるなんて、過去に例がありますか?
>すでに当事者同士で解決していることですので、とりたてて気にかけるほど
>のことでもないと思いますよ。
和解ですか……当事者同士が和解すりゃいいというものでもないのですが。
読者はどこに行ったの? 文学者としての誇りはないの?
角野栄子さんには猛反省をうながしたいと思います。
ものすごーくあいまいな記憶で申し訳ないのですが、たしか「魔女の宅急便」が公開されるころ、(この辺の時期があいまい)ヤマトは新聞片面ぜんぶつかって、「ヤマトは大きく成長しました。今や、宅急便は一般名称となりつつあります」というような広告をだしました。(広告は本当)
これが、もしかしたらヤマトの和解のしるしだったのかもしれませんね。
この回答への補足
和解ですか……当事者同士が和解すりゃいいというものでもないのですが。
読者はどこに行ったの?
角野栄子さんには猛反省をうながしたいと思います。
(追加)
本来は、既に商標侵害をしている角野栄子さんが、ヤマト運輸に
対して補償金を支払わなければならないはずです(ヤマト運輸が
著者に裏金を払うなんてもってのほか)。
ですが、結果的に、
・映画関係者は、制作費を無駄にせずに済んだ。
・ヤマト運輸は儲かった。
・著者は裁判沙汰を免れた。
ということで、丸く収まったわけです。
この回答への補足
丸くおさまりましたね。角野栄子さんが文学者としての魂を商業主義に売り渡すことによって。
No.4ベストアンサー20pt
大学の「商標」関連の講義で聞いたことがあります(^^;
事故なんですよ。著者も映画関係者も宅急便が商標であるこ
とを知らずに、映画製作が進行してしまったんです。
ヤマト運輸が映画関係者に商標クレームをつけた時には既に多大な制
作費がつぎ込まれており、各者(映画関係者・著者・ヤマト運輸)で最
大公約数をとった結果がああいう結果です。ヤマト運輸は1stスポンサ
ーとなり、宮崎映画を自社の宣伝活動に大々的に使用する権利を得ま
したよね。
ヤマト運輸が映画関係者や著者に対して訴訟を起こし、映画放映を差止
めさせることも可能だったはずですが、宮崎映画を待ち望む人々の反感
による社会的イメージダウンのリスクを負ってまでそんなことする必要
はないですよね。むしろ逆手に取って、交渉の上で自社の利益へ直結で
きる契約にこじつけた、特許戦略の成功例です。
というわけで、これは、単に、ビジネスの一つ。
契約の上での商標利用で、お互いギブアンドテイクが成り立っています。
この回答への補足
角野栄子さんが、「魔女の宅配便」と1字だけ改題すればそれですむことだっだのではないでしょうか。
金と名誉に目が眩み、文学者としての魂を商業主義に売り渡したか……角野栄子!
No.3ベストアンサー10pt
角野英子・二馬力・徳間書店らしいですよ。少なきともアニメの方は。
魔女の宅急便のHP
http://home4.highway.ne.jp/kiki/
http://www.ehon.info/whoswho/EikoKadono.html
角野栄子さんと株式会社ヤマト運輸とは関係ないみたいですね。
この回答へのお礼
ありがとうございます。
角野栄子さんとヤマト運輸とは関係がないようですが、だとすればますます不可解です。特定企業のサービス業務をを宣伝する童話(題名に堂々と「宅急便」と謳っているのですから)を執筆し続けて、「なんの関係もない」のであれば、(裏でお金をもらっているのだろう)と勘ぐられてもしかたがない行動なのではないでしょうか。
【追加】本の出版と映画、スポンサーの経緯について。
この回答へのお礼
ありがとうございます。
経緯はわかりましたが、「知らないで書いた」のなら、抗議が来た時点で「魔女の宅配便」と1字だけ改題すればよかったのではないでしょうか。
また、「魔女の宅急便」は続編がいくつも出版されていますから、「宅急便」が商品名であることがわかった後にも「宅急便」という名称を使い続けていることになります。
一私企業からお金をもらって(映画のスポンサーなんですから、間接的にしろお金をもらっていることは間違いありません)企業の宣伝童話(対象は無垢な子供!)を執筆し続けるなんて、角野栄子さんの文学者としての姿勢として、はたしてどうなのでしょうか。
スポンサーがヤマト運輸のはずですが・・
この回答への補足
そうです。そもそも、文学者が「スポンサー」を持ってそのスポンサーの宣伝小説を書くということが、文学者の姿勢としておかしいのではないか、と思うのです。
まあ、特定の新聞社や雑誌社の専属の作家になり、その新聞社の悪口を書けない、という程度ならば許されるでしょうけれども。
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