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【群馬】ニホンオオカミ 高崎にいた!? 絶滅5年後「1910年に駆除」記事発見一九一〇年一月に高崎市内でオオカミが駆除されたという新聞と雑誌の記事を、吉岡町にある北群馬渋川郷土館長の小山宏さん(75)=渋川市=が見つけ、「その五年前の一九〇五年に絶滅したとされるニホンオオカミだった可能性がある」とみて、骨や皮などの遺骸を探している。 (伊藤弘喜) ニホンオオカミは一九〇五年に奈良県東吉野村での捕獲を最後に記録がなく、絶滅したとみられている。小山さんは二〇〇七年、知人に一九一〇年三月二十日発行の狩猟雑誌「猟友」に「上州の狼退治」と題した記事が載っていたことを教わった。 記事には片岡村大字寺尾(現・高崎市)の山林で「大なる狼棲(す)み時々近郷に出(い)で田畑を荒す事夥(おびただ)しく…同村猟師廣瀬重吉(33)が…一月二十八日夕銃を肩に山深く入り今か今かと息を殺して待つ程もなく例の狼ノコノコ出で…十五発にて打止めた」とあった。 小山さんが、雑誌記事を紹介する文章を日本犬保存会の機関誌に寄稿したところ、読者から一九一〇年一月三十日付の全国紙にも同様の記事があると連絡があった。 この新聞記事は「人より大い狼」と題し、狼を退治したのが十八日である以外は雑誌記事とほぼ同じ内容。重さを二十五貫(九三・七五キログラム)とした上で「普通の人間より大なりと云(い)ふ」との記載があるが、小山さんは「二十五貫は重過ぎ。キログラムと書き間違えたのかもしれない」と推測する。ただ、いずれの記事も写真はない。 小山さんは記事の真偽を確かめようと、高崎、安中両市の「廣瀬」姓の二百人超に手紙を送った。すると安中市の廣瀬さんの孫から返信があり、昨年七月に面会。廣瀬さんが猟銃を持っていたことを確認したが、オオカミの骨などは残っていなかった。小山さんは「当時、群馬に大型犬がいた記録はなく、人より大きかったということはニホンオオカミしか考えられない」と主張する。 一方、ニホンオオカミの遺伝学的な研究をしている岐阜大の石黒直隆教授(獣医公衆衛生学)は「これだけでは判断できない。犬は尾が立っているが、オオカミは垂れているため、尾の目撃情報があれば。ニホンオオカミと犬は形態的に同じで、違いを見極めるにはDNA解析が必要だ」と話している。 PR情報
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