ノムさん 稲葉成功の理由は「内角に強いという印象」
スポニチアネックス 4月29日(日)7時0分配信
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09年10月24日、野村監督(中央右)最後の試合で、ヤクルト時代の教え子・稲葉(中央左)は固い握手 |
かつての愛弟子の偉業に、野村克也氏は「決して素質に恵まれた選手ではなく、努力の賜物(たまもの)」と称えた上で、「稲葉とは本当に不思議な縁。これこそ、まさに人生」と感慨深い表情を浮かべた。
【写真】ヤクルト時代の稲葉
縁。出会いは94年5月。当時ヤクルト監督だった野村氏は、東京六大学野球の明大に在籍していた息子・克則の応援で神宮球場を訪れた。相手は法大。そこで本塁打を放ったのが稲葉だった。
さらに翌日。再び応援に行った時もまたも稲葉が一発。「2回見に行って2回とも俺の目の前で本塁打。しかも(大学)通算で6本しか打ってないというじゃない。そのうちの2本だからね、凄く縁を感じた」。同年のドラフトでヤクルトは即戦力の左打者の獲得を目指していたが、その時点で稲葉の名前はリストアップもされていなかった。
プロとしては非力との編成部門の判断で、当時、稲葉にドラフト指名の可能性を伝えていたのも近鉄1球団だけ。それでも野村氏は縁を大事に、鶴の一声で稲葉を指名。同時に一塁手から外野へのコンバートを即断した。
「とにかくまじめで努力家。稲葉、宮本、真中の3人は24時間バットを振っている印象だった。彼はヤクルト球団にいいものを残した」と野村氏。指揮官としては、「内角に強いという印象を相手バッテリーに植え付けることが、この世界で長く生きていく条件。内角が強ければ、自然と配球は外角中心になる。常に外角を意識した打撃なら肩も開くことなくフォームが良くなる好循環を呼ぶ」と説き続けた。
「あれは感動した。本当にジーンと来た。前代未聞でしょ。後にも先にもないよ」。振り返ったのが09年の日本ハムとのCS第4戦。同年限りで楽天監督退任が決まっていた野村氏にとってラストゲームとなったが、稲葉の提案で両軍ナインが胴上げ。名将として何度も宙に舞ってきたが、一番うれしい胴上げだった。
稲葉の野球人生はこれで終わるわけではない。最後に野村氏は「大いに“俺は将来、監督になる”という強い意志を持って、残りの現役生活を日々過ごす。必ずいい指導者になるよ」とエールを送った。
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最終更新:4月29日(日)11時37分
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