今週のコラムニスト:李小牧
〔3月7日号掲載〕
中国にあまり関心のない日本人でも、先日起きた重慶市副市長の「失踪」事件には興味を持った人が多いだろう。副市長の王立軍(ワン・リーチュン)がよりによって、次期トップである習近平(シー・チンピン)国家副主席の訪米前に突然アメリカ総領事館に駆け込み、出てきたと思ったら「休暇型の治療」に入った。現在は関係部門が調査中らしい。
「性事」が専門の歌舞伎町案内人が中国政治を論じるつもりはない。私が注目しているのは、この事件での中国版ツイッター新浪微博(シンランウェイボー)の活躍ぶりだ。
王が駆け込んだ成都市のアメリカ総領事館の周りには、多くのパトカーが配置された。国同士の外交儀礼を無視した異常事態だが、それを暴いたのは微博のユーザーたちが次々にアップした写真だった。昨年夏に起きた高速鉄道の追突事故では、事故車両を現場で埋めようとした当局の動きを微博ユーザーが世界に知らせた。09年のスタートから2年半。今や2・5億人のユーザーがいる新浪微博は、ますます存在感を増している。
実は近く、微博についてリポートした日本語の本を共著で出版する。私自身がこの新しい媒体に魅了されていることもあるが、本を書こうと思ったのは、微博の本当の力を知らないと、日本人が中国を大きく読み違えると思ったからだ。
微博はツイッターと違って中国政府の検閲があるから自由でない、とよく言われる。確かにその指摘は正しい。事件後、王立軍という言葉で検索はできなくなった。胡錦濤(フー・チンタオ)もダメだし、6月4日に起きた天安門事件を意味する「六四」に至っては、単なる数字なのに検索できない。
■上に政策あれば下に対策あり
ただ抜け道はある。公安局長だった王は「王局長」の「局」と同じ発音の「菊」の字を使って「王菊」という隠語で表現されている。「上に政策あれば下に対策あり」だ。数え切れないほどアップされている写真をいちいちチェックして削除することも不可能。私が提供した歌舞伎町の「性事」写真も残っている。
写真は微博の盲点でもある。日本のテレビはテロップをよく使うが、例えば習副主席訪米のニュースで、アメリカが人権問題について中国を批判したというテロップが出ると、私はその画面をカメラで撮って画像を微博にアップする。同じ漢字だから中国人にも意味は分かるし、何より映像に映り込んだテロップまでは検閲しようがない。私はこの手で中国メディアが絶対報じないニュースを中国人に知らせている。
確かに問題もある。メンツ第一の中国人にとって、自分のフォロワー数が少ないことは恥。だから中国ではフォロワーがネットで売り買いされている。間もなく実名制が導入されるが、そうなればユーザーが思うように発言できなくなる心配もある。そもそも微博自体が、ツイッターの偽物だ。
それでも私は微博が中国を変えていくと信じている。完全な自由はないかもしれないが、微博はこの2年半で確実に中国人の自由の範囲を広げている。実名制も前向きに受け止めていい。ユーザーが責任ある発言をするようになるからだ。検閲は隠語や写真で回避できる。ユーザーや投稿の数が増えるほど、当局はいちいち削除したり摘発したりしにくくなる。
自由なはずなのに、ネットを使う日本人は殻に籠もっている人がまだ多い。先日、わが新宿・湖南菜館のコック同士が些細なことでけんかをした。私はその様子を2人の写真付きで微博に投稿して「仲良くしないともっと公開するぞ」と、強引に仲直りさせた。日本人もどんどん自分をさらけ出し、困ったら外部の力を借りればいい。嘘や隠し事をせず、オープンにするほど強いことはない。
微博の勢いが衰えなければ、日本人はいつか中国人にSNSの使い方を学ぶことになるかもしれない。そのときはきっと私の本が参考になるだろう。