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2011-06-29up
パンにハムをはさむニダ
第30回
兵役拒否で投獄された大学生、カン・イソクの話
6月20日、韓国で開かれた「グローバル緑成長サミット2011」の開会式で、ソフトバンクの孫正義会長が李明博大統領と意見を交換したことが韓国内メディアで大々的に報道された。李明博大統領に孫会長は「韓国も新再生エネルギーに力を入れるように・・」と呼びかけたという。
孫会長は15年前、金大中大統領に「ブロードバンドの拡大」を助言し、そのとき隣にいたビル・ゲイツマイクロソフト会長も同じ意見を披露したことから、当時ネット環境が貧しかった韓国はその後IT産業に力を入れて現在に至るとの報道もある。しかし孫会長は「韓国の原発に関する意見は避けており」、李明博大統領は孫会長の主張には頷いていたけれど、世論的には現政府のエネルギー政策転換には否定的な見方が多い。
孫会長はこの開会式で、日中韓共同の「ゴビテクプロジェクト(ゴビ砂漠に太陽光発電施設を建設するというプロジェクト)」プレゼンテーションも行なったという。李明博は来年で任期が終わるからこのプロジェクトに参画できるかどうかは別としても、孫会長の提案自体はとても応援したいものだ。
さて、4月末、日本で主に中国関係のニュースを扱う「サーチナ」に掲載された「兵役拒否で起訴された大学生、「軍隊の代わりに監獄に行く」=韓国」との記事で、知人の近況を知った。
記事の主人公は徴兵拒否で起訴された若者、カン・イソク。私がカン・イソクのことを初めて知ったのは04年だった。当時高校3年生のカン・イソクは、キリスト教系学校が礼拝を強制することに反発し46日間も断食を行なっていた。
韓国の高校は進学先が抽選で決まることが多く、宗教法人が運営する私立学校の場合、礼拝などの宗教教育が必須科目に含まれていることが多かった。カン・イソク自身は宗教がないらしいが、確かに自ら信仰してないのに儀式などに参加するのは非常に苦痛である。しかし、当時はまだそれを疑問視する人はいても「受験のために我慢する」人が殆どで、彼のように公に拒否する人はいなかった。
彼の断食は当初一部のメディアが軽く報道しているくらいだった。しかし、それが4週間も続いたことで、ワイドショーみたいな番組でカン・イソクの健康状態が報道されるまでに至り、彼の名は全国的に知られたのである。学校との間でカン・イソクが勝訴した裁判は今も「宗教の自由に関する代表的判例」になり、他の学校でも宗教教育を強制することはできなくなった。その時から私は「こんなに徹底的に戦う人だが、果たして徴兵には大人しく従うだろうか」と思って少し楽しみにまでしていたかもしれない・・・。
04年、断食の頃のカン・イソク。ひどくやせている
その後大学に進学したカン・イソクは「プロボクサーの免許を取ったり」、「タクシー運転手になったり」、「ホストになったり」しながら派手な徴兵拒否運動を準備するようになっていく。
実際に動き始めたのは、それから4年後の08年の夏。大学を休学したカン・イソクは、北京オリンピックで金メダルを取った国民の英雄なる水泳選手宛に「メダルを取ったら徴兵免除になる制度の批判」をしながら「一緒に裸でデモをしよう」と呼びかける手紙形式のコラムを雑誌に書いて波紋を起こした。
以前から電話番号を自らのホームページで公開していたため、毎日100件くらいの脅迫電話がかかってきたという。
このコラムの中には「自分が努力した結果である金メダルなのに徴兵免除が御上から下されるっていうのは、ローマ時代の奴隷剣闘士が相手を殺したら自由民になるようなもの云々・・・」という一文がある。これはその頃カン・イソクと知り合った私が「これはとても適切な比喩だと思うのでぜひ文章に入れ込んでください」と提案した一節であった。しかも毎日100件も脅迫電話があったというから、韓国社会的にはあまり通用されない比喩だったみたい・・・ちなみにカン・イソクは、それらの電話にいちいち対応して説得しようとしたらしい。
こうして予告された「全裸パフォーマンス」が実施されたのはその年の10月1日、ソウル市内で行なわれた「建軍60周年記念の軍事パレード」。この日は元々は朝鮮戦争中、韓国軍が38度線を突破して北へと攻め返し始めた日で、記念日として制定されているのである。そこでカン・イソクは「道路の並木の隣に掘った穴の中に前日から潜り込み」、「その中で12時間過ごした後、パレード中の戦車の前に裸で飛び出て」、パレードを15秒間「止めた」。全裸になった理由はある意味(?!)矛盾しているようにも聞こえるが「完全非武装を表現するため」だと彼は述べている。
彼はその瞬間を映画サークルなどの仲間たちに頼んで周辺のビルの屋上などいろいろな角度から「26台くらいのカメラを使って」撮影した。この映像はカン・イソクが監督として自主制作中だったドキュメンタリー「軍隊?」のハイライト・シーンになる。
おそらく史上最も有名なコリアン・ヒップ
それから1ヶ月後の08年11月、早稲田大学と京都大学での「軍隊?」の上映のため、カン・イソクは来日した。しかし、今度は「日本で全裸パフォーマンスをするから撮影に協力してほしい」と言い始める。「日本では(逮捕されたら)すぐに釈放はされないよ」、「入管の収容所みたいなところに入れられても知らないよ」といっても「ボクは何をされても構わない」などと言い張るから、通訳をしていた私はもちろん、上映会の主催を引き受けてくれた日本の方々も非常に手を焼いたのである。結局東京で脱ぐことはなんとかあきらめさせることに成功。代わりに健全(?)なサウンドデモの撮影に協力して、帰国後当時彼がニュースキャスターとして出演していたテレビ番組でも流されたらしい。危ないところだった。
そして今年の4月、入隊命令に従わなかったことでカン・イソクはついに起訴され、そして6月2日には皆と同じように「懲役1年6ヶ月」の判決を受けてそのまま拘束されたのである。ただここで面白いのは、彼は以前「憲法における信仰の自由」を理由に勝訴した高校との裁判と同じように今回は「良心の自由」を理由に兵役以外の代替制度を要求したのであった。これに対し、裁判所は「(良心を)実現する自由は制限できる」と判決している。一理あるとも思うが、憲法の上に徴兵制が優先されているようにも見える。
カン・イソク。ドキュメンタリー「軍隊?」から
私は思想はともかく、カン・イソクのやってることが面白いから応援していた。彼は「周辺国が軍事力を持っていても韓国から非武装を実現して説得するべき」、「韓国は国家予算の全てを防衛に回しても中国に勝てない。21世紀に軍事力は独立の条件ではない」などの主張をしていた。実効性は別にして日本の護憲派の主張とも似ていて興味深い。
ところで、カン・イソクが逮捕されたその日、ある韓国軍兵士が「急性脳樺膜炎」という病気で急死した。その前日医務室に行った彼は「解熱剤を2錠渡される処置しか受けられなかった」という。結局手遅れで病院に運ばれた彼は死の直前に親と対面し息を引き取った。ご両親のインタビューによれば(脳出血のため)文字通り「眼から血が流れていた」という。状況を見るかぎりおそらく仮病だと思われて状況が悪化するまで放置されていたようだ。
これまで韓国国内では、カン・イソクは殆どの人から気違い扱いを受けていた。しかしこのニュースをみて「彼こそが数少ない正常な精神状態かも知れない」とも感じた。眼玉から血が流れるまで放置されるって正常ではない。
また6月20日の石原慎太郎知事の「軍事政権を作らないと日本は属国になる、徴兵制もやればいい」発言の報道をみてこんなことも考えたのである。「3年前、あいつが脱ぎたいって騒いでた時、都庁前でカメラ回しながらやらせても面白かったかもな・・・」
大分KCIAが日本人友人に「韓国文化を教える一環」として、韓国の軍隊式体罰をみせているが、なかなかついていけないらしくその友人は倒れている。石原知事が都民の皆さんにもできるよう鍛えさせてくれる日ももう遠くないかも。まずは石原に票を入れた方々から・・・
カン・イソク監督の「軍隊?」の予告編なるもの。5:00頃に裸で戦車を止めるシーンがある
*
ツイッターなど一部では猛烈な批判の声があがりながら、
例によってなぜかマスメディアではほぼスルーだった石原発言。
徴兵ってどんなものなのか、彼はそもそも本当に理解しているのでしょうか? という気も…。
キム・ソンハさん
プロフィール
キム・ソンハキム・ソンハ1984年、釜山生まれ。高校中退後大検で卒業しイギリスに2年間留学し、その後日本の大学に進学した。韓国徴兵制の不条理にムカつき、日本で韓国徴兵を考える会「PANDA」の結成に参加。現在高円寺に滞住しながら、「仕事募集中」。納豆も食べられるので食生活には特に問題なし。
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