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2012-04-26

[]ベン・バーナンキFRB議長語る:やっぱり日本銀行ジャンクだって ベン・バーナンキFRB議長語る:やっぱり日本銀行はジャンクだってを含むブックマーク

 日本経済新聞http://www.nikkei.com/markets/features/12.aspx?g=DGXNASGN2600A_26042012000000

 学者時代といまの日本銀行への見解は全く同じだとバーナンキは断言。

 1つは、確固とした意志を持つ中央銀行デフレをなくすための政策を実施する必要があるということだ。つまり、いまの日本銀行バーナンキが学者時代の10数年前に言っていたのと同じように、「確固とした意思がない」としか思えないのだろう。

 バーナンキはさらに、短期金利がゼロになっても中央銀行は実施できる金融政策をもっていること。いまの日本銀行のように「これは金融政策ではない」だとか「(デフレなのにw)インフレ目標を超える政策」とか「デフレは人口減少のせい」「デフレは日本の産業構造のせい」「金融政策は万能ではない」「制御できないインフレになる」などと、どんどん何もしないための言い訳しかしない、いまの現状をちゃんと正確にみている。やはり日本銀行はやるべき政策をしていない、とバーナンキにいまも見られているわけだ。

 つまり10数年前に、バーナンキが「日本銀行の幹部はジャンクだ」*1といったのと同じだということだ。しかしこの率直な物言いはまさに異例だろう。

 報道をみるとクルーグマンへの反論というみたいだが。

 これは邪推だが、白川方明日本銀行総裁が、海外であまりに自行に都合のいい、しかもほかの中銀にデフレを満足に回避できてないにもかかわらず、あまりもその「成果」(ないがw)を誇張していたのに反論したかったのだろう。

 この率直な物言いの遠因は、白川総裁の海外での無責任な発言にあるとみた。

デフレ不況 日本銀行の大罪

デフレ不況 日本銀行の大罪

[]現在の本当の「消費税率」は20%超ではないのか? 現在の本当の「消費税率」は20%超ではないのか?を含むブックマーク

 小沢一郎議員東京地裁での無罪判決を契機に、さらに消費税増税論議がこれからまたヒートしていくだろう。さて今日は講義の前の準備で、久しぶりに岡田靖さんと飯田泰之さんとの対談を再読した。芹沢一也&荻上チキさんたちの編集になる『経済成長って何で必要なんだろう?』(光文社)に収録されているおふたりの対談である。

 この対談は、日本経済の大きさを測る尺度としてのGDPの簡単な解説からはじまり、その変化率(つまりは経済成長率)、経済成長が現在および過去の日本経済に持つ意味が実に面白く語られている。

 そのなかで先進国はだいたい毎年、2%〜2.5%ぐらい実質GDPが成長するのは当たり前という発言がある。僕もそう思う。この背景には、だいたい毎年自然と学習効果などが作用して、それくらいの成長トレンドがあるということである。

岡田:GDPの増え方を見ると、先進国では、長期的に年2%から2.5%ぐらい、一人当たり生産額は増え続けています。どうも、人間の知識の蓄積していくスピードというのがだいたいそんなもんらしいですね。

飯田:学習効果ですね。

岡田:学習だとか、世界のどこかで新しい技術が生まれて出てくることが、平均すると一人当たり生産額を2.5%ぐらいが増やしている。ですから、売れる量が変わらないなら、黙ってても人手が少なくて済むことになります。

飯田:いらなくなると

岡田:同じものをつくるんならそうです。だから経済全体が横ばいということは、要らなくなっている人たちがすごく増えているといいことです。要らなくなっている人たちのところに、しわ寄せが全部行っちゃっている。

 この経済の大きさが横ばいだと、それによって人の節約効果がある一方で、他方では介護部門には人員が不足してしまう。これは経済が横ばいなので賃金条件などが悪く人が移動しないためである。経済の大きさが横ばいであることは、経済学的に「要らない人たち」(表現が不適当かもしれず申し訳ないが、非正規雇用といった就業が不安定な人たちや潜在的失業者など)を増やす一方で、その人たちが「要る人たち」(介護部門など)に転身することをも妨げている、と岡田さんは指摘している。

岡田:長期的に見れば日本は人口が頭打ち、あるいは若干減り気味ですから、人手が多く要る労働を外国にもっていくこと自体はプラスのはずです。もし生産活動に昔どおりの人手が必要だと、例えば老人のケアをする人がいなくなってしまう。ですから、本来なら国内でなるべく人手を使わないで済むような技術革新が必要です。しかも現在でも介護労働は低賃金で労働条件が悪くてなり手が足りない。つまり、経済全体が成長して、比較的少ない人手で多くを生産し、その一部を介護などに回すことができれば、世の中はバランスをとることができる。結局は、経済全体の規模が頭打ちであることがいろいろな問題を引き起こしていることになるわけです

介護という将来の高齢社会へのセーフティネット日本銀行と政府の政策の失敗で危険にさらされていることを具体的なメカニズムまでせまって解説していて説得的である。このことはまた岡田さんたちはふれていないが、外国人労働者を受け入れることよりも、国内の経済成長を軌道にのせ、また女性労働者が働きやすくなることで、介護などほかの社会的に必要とされる部門への雇用が安上がりであることも示唆することができる。

さて表題の件だが、岡田さんは同書の中で、消費税に直すとどのくらいの一人当たり実質GDPが現時点で失われているかを計算している。

例えば控えめにバブル経済前の1987年を起点にして、一人当たり実質GDPが毎年2%ずつ増加していくとしよう。岡田さんたちはもっと長く(1955年から)、また景気よく?(2.5%のトレンドで)同じ試行をした。すると、僕の方の控えめの毎年2%の一人当たり実質GDPの増加と、実際の一人当たり実質GDPを描くと以下のようになる。2005年価格で実質化してある。

f:id:tanakahidetomi:20120426202119p:image

これをみると1998年(2.5%のトレンドだと1997年)がトレンド線と一致して、あとはずっとその2%成長率のトレンドを実際の一人当たり実質GDPが下回り続けていることがわかる。そこから本格的な長期停滞が始まっているといえる(もちろんデフレ自体はそれ以前からGDPデフレータでは観測される)。

現在の一人当たり実質GDPは約397万円。2%トレンドを達成していれば約469万円。この差が72万円である。いま469万円に消費税率5%をかけるとだいたいの消費税額が23万円超。つまりこの72万円の差は約15%の消費税と等しくなる。ちなみに2.5%のトレンドで計算すると20%超の消費税と同じ額が失われたままである。

つまりいまの日本では目に見える消費税率は5%だが、それ以外に潜在的な消費税率がこれに加えて15%も課されているのと同じである。しかも後者は何かに使われるわけでもなくまさに「失われて」しまっている。目にみえない重税とはこのことであり、私たちの暮らしが平均して現在時点であんまりハッピーではないのは、この失われた実質的価値の大きさに主に依存しているといっていいだろう。

日本の本当の消費税は5%ではなく、上のやや皮肉な見方かもしれないが(笑)*2、まさにあわせて20%から25%の「酷税」なのである。そう考えたほうが、いまの生活苦をわかりやすくするだろう。消費税が各国にくらべて低いなどとのんきなことをいっているどころではないのだ。

[]政策の割り当ての理解が大切 政策の割り当ての理解が大切を含むブックマーク

*1:中原伸之審議委員を抜かす

*2:これがまさに岡田さんの真骨頂なのだがw