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部落差別は「特別な差別」なのか? 4

10月8日。

人身事故の影響で電車が遅れ、

15分ほど遅刻してしまった。

急いで改札を出て見渡すと、

隅のほうに座り込んでいる女性がいた。

駆け寄ってしゃがみ、「すみません!」と謝ると、

「心配したわ。あなたが無事ならいいのよ」と手を握ってくれた。

駅のコンコース内にある喫茶店に落ち着くと

お手製のティッシュケースや紙で作ったブローチ、栗と次々に取り出し、

手渡してくれた。

手ぶらで出かけてきた自分が恥ずかしかった。

女性はさらにクリアファイルを取り出し、

「ああ、ちょうどこんなものが入ってるわ。

これも社納さんにあげましょう」と1枚の半紙をわたしに寄越した。

そこには達筆でこう書かれていた。

「耳に痛い言葉こそ

今の自分にとって

必要な意見である」

当然、わたしに向けた言葉だと受け止めた。

女性が話し始めた。

「今日はお互い率直に話をしたいと思ってるんですよ。

いくつになっても学ぶ姿勢が大事。

わたしも社納さんのお話を聞いて学びたいし、

社納さんにもわたしの話を聞いてほしい。

どっちが上とか下とか関係ない。

講演の時、社納さんが話しきれなかったことがあるんじゃないかと思うの。

今日はそのことも聞きたかったのよ」

わたしが講演で「話しきれなかった」こととは何なのか、わからなかった。

むしろプライベートなことやつらい経験を話し過ぎて

しばらく落ち込んでいたほどだった。

何を言われているのかよくわからないため、

わたしは自分の部落問題との出会いを最初から話そうと思った。

「まず、わたし自身は被差別部落出身ではないんです」と話し始めた瞬間、

女性は顔をしかめ、何度か首を横に振った。

その表情を見ながら、話を続けた。

「子どもの頃から本好きで、いろんな本を読んでいたので被差別部落の存在は知っていました。

でも実際に部落差別を目の当たりにしたのは、20代の始めに友だちが・・・」と話していると

突然、女性が「わかった!」と強い口調で言い、片手でわたしを制する仕草をした。

わたしは驚いて話を止めた。

すると女性はそのまま自分の話を始めた。

被差別部落に嫁いだ自分がどんな思いで立ち上がり、

運動を起こしたか。

その過程でどれほどつらい思いをしてきたか。

話しながら自分の半生がまとめられているという冊子を取り出し、

「もう手元にはこの1冊しかないけど、社納さんに貸してあげます」と言う。

わたしはありがたく貸していただくことにした。

一通り女性の話を聞くと、沈黙が訪れた。

わたしは意を決して、率直に尋ねることにした。

「それで、今回の講演の件ですが。

○○さん(女性の名)に言われたことを考えながら自分でも振り返ってみましたが、

自分ではどこが十分ではなかったのかわからないんです。

お恥ずかしい話ですが、具体的に教えていただけませんか?」

しかし女性は薄い笑みを浮かべたままで、口を開こうとはしなかった。

そして再び、部落差別の厳しさを話した。

わたしはなぜ答えてもらえないのかがわからなかった。

しばらくしてもう一度、さらにもう一度と繰り返し尋ねた。

三度目にようやくひと言、返ってきた。

「マイナスなことを言ったから」

わたしには「マイナスなこと」が何を指しているのかわからなかった。

「マイナスなこととは具体的に何ですか?」とさらに2回尋ねたが、

具体的なことは一切話してもらえなかった。

約2時間、女性と話した。

正確にいうと、女性の話を聴き続けた。

ここでも繰り返し「部落差別はほかの差別とは違う」と言われたが、

やはりわたしにはわからなかった。

しかし女性の口調は確信に満ちていた。

わたしの話など、とっくに置き去りにされていた。

ふと、女性がわたしに尋ねた。

「あの時、社納さんに質問したひとがいたでしょう。

あれ、どう思いました?」

先述したように、講演後、発言した男性がひとりいた。

わたしが話した内容に対し、「社納さんの行為はえせ同和行為である」と決めつけ、

さらに「社納さんが部落問題との出会いを通じて、

具体的にどのように考え方が変わったのかがよくわからなかった」と言った。

わたしにはその男性の言葉の意味がよくわからなかった。

講演のなかで、わたしは自分が経験したことを紹介しながら、

自分が何をどう考え、何に悩んだかをくどいほどていねいに話した。

当然、経験する前と後ではわたしの考えや行動は変化している。

それを伝えるための講演だったと言ってもいいのに、

なぜ「どう変化したのかわからない」と言われるのか。

自分が何を答えればいいのかもわからなかった。

そこでわたしは正直に答えた。

「実はあれも何を言われているのか、よくわからなかったんです」

すると女性は「やれやれ」という表情をしながら、こう言った。

「あれはわたしの息子です。

教育委員会(亀岡市役所と言われたかもしれない)に勤めてます」

驚いているわたしに、女性は家族のことを話し始めた。

「娘は運動をやっています」

「孫は・・孫の結婚相手は・・・」

女性は家族の名前を出そうとはしなかったが

聞いているうちに、知っているひとたちの顔が浮かんだ。

もしかして・・・。

割り勘で会計をすませ、改札に向かう途中、思い切って

「よろしかったら娘さんとお孫さんのお名前を教えていただけますか?」と訊いてみた。

返ってきたのは、やはり知っているひとたちの名前だった。

こんな形で出会うとは、不思議な縁だなあと思った。

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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