時論公論 「がれき受け入れ"拒否"の理由」2012年03月22日 (木)

松本 浩司  解説委員

【リード】
ニュース解説「時論公論」です。
難航していた震災がれきの「広域処理」がようやく動き出しました。国が新たな対策を打ち出したことで受け入れを表明する自治体が増え始めたのです。しかし問題はこれからです。市長や議会が決断しても地元住民との話し合いはこれからで、特に最終処分場周辺の住民の抵抗感は小さくないと見られるからです。今夜は、苦悩の末「受け入れ反対」を表明した地域の実情を見て、どうしたら乗り越えられるのかを考えます。

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【広域処理の進捗状況】

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被災地ではがれきの処理が計画より大幅に遅れていて、広域処理の対象になる岩手・宮城では処理が済んだのはわずか6.8%にとどまっています。広域処理は新たな財政支援が示されたことなどで、ようやく受け入れや、受け入れの検討を表明した自治体が増え始め、NHKのまとめで70を超え、先月末の2倍になっています。

しかし実際に受け入れが進むかどうかのカギは、焼却した灰を埋め立てる最終処分場周辺の住民の理解が得られるのか、反発があっても自治体が進めるのかという点です。がれきに放射性物質がついていた場合、焼却した灰に濃縮されるからです。
 
【受け入れ“反対”を表明した横須賀市大楠地区】

今後、多くの自治体が住民との対話に臨むことになりますが、すでにこの壁に直面しているのが神奈川県です。

(VTR 県議会での知事の表明)
神奈川県の黒岩知事は去年12月、「地元の理解を前提に、横須賀市にある県の産業廃棄物の最終処分場で焼却灰を受け入れたい」という考えを示しました。

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(VTR 大楠連合町内会の知事への要請提出)
しかし処分場のある横須賀市大楠地区の住民が反発し、先月、知事に計画を撤回するよう求めました。これが伝えられると全国から批判が殺到し、横須賀市に寄せられた非難や苦情は100件を超えるという異常な事態が続いています。

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市がまとめた2日分のメールの抜粋です。「自分だけがよければいいのか」「血も涙もない市民だ」さらには「東海地震で全滅しようが義援金も出す気になれない」など脅迫めいたものもたくさんあります。地元町内会の役員たちの家にも同様の電話が相次ぎました。

【大楠地区はなぜ受け入れを拒否したのか(1)~長年の苦しみ】

大楠地区は、なぜ受け入れ拒んだのでしょうか。取材を進めると、廃棄物処理を引き受けてきた長年の苦しみと、県の進め方のまずさというふたつの理由が浮かび上がりました。

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大楠地区は農漁業が盛んで、ベッドタウンでもあります。この地区には、心ないメールにあった「自分だけが良ければよい」どころか、誰もが嫌がる施設を受け入れ続けた歴史がありました。
まず昭和51年に横須賀市のごみの埋め立て場を受け入れました。当時は処理が不十分で汚染された黒い水が流れ出したり、カラスやハエが大発生したりするなど深刻な環境汚染に苦しみました。ごみの受け入れは当初10年間という約束でしたが、結局22年間に及びました。それが終わると今度は県の産業廃棄物処分場を引き受けさせられました。

(VTR 県産業廃棄物最終処分場=かながわ環境整備センター)
それが今回、焼却灰の受け入れが検討されている施設です。この施設の受け入れをめぐって当時、地区は「反対」と「受け入れやむなし」の2派に分裂して激しく対立し、その傷跡を今も引きずっているといいます。
さらに現在、市が新たなごみ焼却施設を作りたいと提案し、受け入れる方向になっています。
こうした経験を重ねた地元の人たちには、どういう問題であろうと「ゴミ処理施設をめぐるごたごたはもうこりごりだ」という切実な思いがあったのです。
 
【大楠地区はなぜ受け入れを拒否したのか(2)~不手際続きの県対応】

このような背景があるなかで、受け入れ拒否に至った直接的な理由は、県の対応のまずさにありました。

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産業廃棄物処分場を受け入れた際、地元は県と協定書を結んでいました。この中に
▼「受け入れる廃棄物は県内から出されたものに限定する」という約束と、
▼「協定の内容を変更しようとするときは、すみやかに県と地元で協議を行う」という約束があります。地元としては、いったん引き受けると既成事実として負担が増大していった苦い経験から「歯止め」として設けたものでした。

しかし、今回、この約束がないがしろにされてしまいました。
黒岩知事は去年5月にいったん受け入れ方針を示しましたが、このときも、12月にあらためて表明したときも、県から地元の大楠地区に事前の相談はありませんでした。町内会長や自治会長たちは憤慨しましたが、それでも被災地の窮状に心を痛めていたため、県が呼びかけた地元説明会に足を運びました。しかしこの説明会は混乱を極めました。

(VTR 大楠地区地元説明会)
町内会長などは、知事と大楠地区の人たちだけで話し合いたいと希望していましたが、ほかの地区や市外からも大勢の人が詰めかけました。予定の倍以上の人であふれ、肝心の地元町内会長たちは会場に入れませんでした。説明会では遠くからやってきた反原発や政治活動のグループが、知事の説明や質疑応答に野次や怒号を浴びせ、地元の人たちが止めてもおさまりませんでした。
そして地元の人たちが一番知りたかった、持ち込まれる焼却灰の安全性の根拠や処分場の敷地にある活断層への備えなどについて、知事や担当者から納得のゆく説明を聞くことはできませんでした。

説明会は混乱と説明不足のうちの終わり、「まずは知事の話を聞いてみようじゃないか」と言って参加した町内会長たちは、終わったときには全員「受け入れ反対」で気持ちが固まっていたと言います。
さらにこの二日後の黒岩知事の記者会見で地元の人たちを批判したと受けとれる発言があり、地元に残っていた「もう少し自分たちで話し合いを続けよう」という空気も吹き飛んでしまいました。町内会長たちは、話し合いの窓口は残しながらも、いっきに「受け入れ拒否」という結論に至ったのです。

地元の反発を受け、神奈川県はこれまでの案を撤回し、新たな案のとりまとめを急いでいます。黒岩知事は被災地を視察し、受け入れの必要性と地元住民の不安とのかねあいに悩んだ末、県議会の最終日ぎりぎりに受け入れ方針を表明しました。しかし、その意気込みが空回りしたと言わざるを得ません。

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きのう黒岩知事に話を聞きましたが、知事はこれまでの進め方に問題があったことを認めたうえで、新たな案がまとまったら地元の人たちに対して「すべてのことをお詫びしたうえで、丁寧に説明をしたい」と話しました。
 
【広域処理を進めるために必要なこと】

受け入れ側が直面している課題を踏まえたうえで、がれきの広域処理を進めるために何が必要なのでしょうか。

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国は安全基準と処理方法を法律に基づいた告示として、近く、わかりやすく示したいとしています。さらに住民へのわかりやすい説明の仕方についても国がもっと知恵をしぼって自治体に助言をし、国自身がもっと前面にでる必要があると思います。

また国は以前よりは自らの責任を明確にしていますが、自治体側はさらに風評被害が出てしまった場合の対応など「責任」をもっと具体的に示して欲しいと求めています。
 
【まとめ】

被災地をまわると町の中心にがれきがうず高く積みあげられたままで、住民の人たちのこころの重い負担になっています。がれきが減らず、場所が空かないため仮設の焼却場を建設できない、復興まちづくりの着手を先延ばしせざるを得ないという悪循環も起きています。
広域処理を進めるために国の権限をもっと強化すべきだという意見もあります。しかし受け入れ側の地元の人の多くが納得しないまま進めるようなことになれば、地域に深い傷を残すことにもなりかねません。
受け入れに悩む自治体も住民も被災地を助けたいという思いは同じです。丁寧な対話を重ねることで受け入れを大きく広げることができれば、被災地のがれきが減るだけでなく、社会全体で得られるものがあるのではないか、そんなふうに考えます。
 
(松本浩司 解説委員)