市場規模は世界で数十兆円にのぼり、今やさまざまな商品が販売されるインターネット市場。しかし医薬品は平成21年以降、副作用リスクの高い薬を中心に国内でのネット販売が禁じられている状態だ。海外では医薬品のネット販売解禁が相次いでいるなか、ネット販売継続の権利確認を求めた訴訟の控訴審判決が26日に東京高裁で言い渡されることもあり、国内でも議論が再燃しそうだ。
◆外国では解禁
提訴しているのは、健康関連商品ネット販売大手の「ケンコーコム」(東京)と「ウェルネット」(横浜市)の2社。1審東京地裁では国が勝訴している。
ケンコーコムが一般用医薬品(大衆薬)のネット販売を始めた16年当時、国内に法的規制はなかった。しかし、同年5月から始まった厚生労働省の厚生科学審議会の部会で、安全性への懸念を指摘する声が続出。以降、「医薬品のネット販売は危険」とする反対派と「ネット販売が店頭販売より危険という根拠はなく、ニーズは高い」とする賛成派により、法改正直前まで激しい議論が交わされた。
結果的に21年6月、改正薬事法が全面施行され、特に副作用リスクが高い「第1類」と、比較的リスクが高い「第2類」は、離島居住者や継続使用者を除きネット販売や通信販売が禁止に。納得のいかないネット販売業者は、その後も販売解禁を訴え続けている。
「医薬品は副作用というリスクがあり、慎重に扱わなければいけないのは事実。しかし、ネットだから扱えないわけではない。大量購入対策などは、記録が残りやすいネットが有利だ」。ケンコーコムの後藤玄利(げんり)社長はこう主張する。
ケンコーコムによると、海外では米国をはじめオーストラリア、シンガポール、イギリスやドイツなどでも医薬品のネット販売を解禁しているという。
◆多様な意見必要
国内での流れが変わるきっかけは、23年3月の行政刷新会議の規制仕分け。ここで安全性確保の要件設定を前提にネット販売の可能性を検討すべきだとする結論を出すと、政府も7月、早期に議論し結論を得るとする閣議決定を行った。
厚労省は現在、ネット販売を「頭から否定してはいない」と説明。「裁判の行方を問わず、安全に販売できるか検討の必要があると思っている」としている。
こうした動きに「安全性が担保できない」と反対してきた「日本チェーンドラッグストア協会」は方向性を転換。有識者会議を開催し、今年4月には実店舗で営業していることを前提にネット販売の必要性を認める提言を行った。
「以前はネット販売の是非だけが問われ、本質的な議論ができていなかった」と同協会の宗像守事務総長。「改めて関係者で多様な意見を出し合う必要がある」と話している。
一方、サリドマイドの被害者で規制仕分けに参考人として出席した増山ゆかりさんは「消費者が薬のリスクを本当に理解していればネット販売もありだが、今はそういう状況にない。現状は、できるだけ消費者が薬の説明を受ける機会を設けることが重要なのではないか」と指摘している。
■常にリスク背負う自覚を
海外の医薬品事情に詳しい金沢大の木村和子教授(国際保健薬学)の話「販売者や商品が見えないネットのリスクは万国共通。特に医薬品は命にかかわるため、リスクは飛躍的に大きくなる。海外の医薬品を個人輸入して販売するサイトの商品には危険な薬があるが、それを平気で買う消費者が少なくない。ネットでは、消費者自ら常にリスクを背負っていることを自覚すべきだ」
■安易な規制好ましくない
インターネットビジネスに詳しい明治学院大の丸山正博准教授(電子商取引論)の話「危険性を前面に出して国が安易に規制することは好ましくない。安全性を高める対策を考えた上で、遠隔地だったり、高齢で外出できなかったりして、自由に購入できない消費者の利便性を考慮し、広くネット取引を認めるべきだ。業者側が安全確保に努力していることを消費者へ伝えることも重要だ」