「ギリシャの国民は『税金を払うのはバカだ』と考えているのでは」。スウェーデンの政府高官は、脱税が横行するギリシャへの怒りを隠さない。「もし、スウェーデンで、所得をごまかしたことが分かったら、近所のバーベキューにも顔を出せなくなるよ」
隣人に所得のごまかしが分かる……。この国では十分に起こりうることだ。
「この端末は全国の税務署にあって、誰でも使えます」。ストックホルム近郊にある国税庁の一室。職員が自分の個人番号を打ち込んだ。「2008年の私の課税所得は52万3341クローナ。払った税金は17万1051クローナと表示されています」
続く言葉に驚いた。
「すべての国民の個人番号と住所、課税所得は公開情報です。国税庁に電話すれば教えますよ。もし所得に見合わない派手な生活をしていたら国税庁に通報することもできます」
スウェーデン在住の、ある日本人は、国税庁に本名を名乗らずに電話をかけ、自分の所得を教えてもらえるか試してみた。個人番号、勤労所得、金融所得(投資信託の売買益など)を難なく入手できた。
個人所得の公開は、ノルウェーやフィンランドでも行われている。
情報公開の基盤は共通番号制だ。子どもが生まれると病院はすぐに国税庁に連絡、生年月日と性別などをもとにした「個人番号」が親元に通知される。役所への届け出だけでなく、銀行口座の開設や車の購入まで、あらゆる場面で記入が求められる。
「払うべきを払わない」ことへのペナルティーも厳しい。徴収庁という延滞債権回収の専門機関があり、税だけでなく、電話料金や公共テレビの受信料、「離婚した父親からの養育費」などの民間債権も請け負う。
「支払いが滞っている」という事実が同庁に登録されると、その記録は公開され、他人が電話で問い合わせできる。「悪質な延滞があれば、ローンを組んだり、家を借りたりするのが難しくなる」と同庁広報担当のカロリーナ・カル。
ただ、いくら正確に所得を捕捉・徴収する体制があっても、人々が働かなければ税収は上がらない。25%の付加価値税(消費税)に目が向きがちだが、医療や福祉を担う地方自治体の財政は、ほとんどの勤労者が払う税率30%前後の地方所得税が支えている。
福祉に「ただ乗り」している人が増えれば、社会への信頼は損なわれる。いま、スウェーデンの悩みはここにある。
表向きの失業率には表れない「隠れ失業」が深刻だ――。05年、この問題に警鐘を鳴らしたのは、労働組合の中央組織LOの研究員ヤン・エドリングだった。「表向きの失業率は4%強だが、職業訓練や早期退職、疾病保険などの給付に依存して生活する人数を合わせると、現役世代の2割にもなる」とするリポートを書いた。
LOは、親密な関係にある社会民主労働党政権(当時)への影響をおそれ、発表を抑え込もうとした。エドリングは辞表を出し、リポートをネットで公開した。
そして、06年の総選挙で社民党は大敗し、穏健(保守)党を中心とした連立4党が政権を奪取。12年ぶりの政権交代が起きた。
「あの選挙で勝てた理由の一つが失業問題だ。経済は好調でも、2割もの人が仕事をしていない。これでは社会保障が維持できないと、有権者は危機感をもったんだ」。穏健党の若手議員、グスタフ・ブリックス(35)は振り返る。
中道右派の現政権は、勤労所得だけを対象とした減税を行う一方、失業関連手当の給付要件を厳しくするというアメとムチで、直接的に就労を迫っている。
「大企業が欲しいのは、ごく少数の高度な技術者だけ。でも、技術も教育もない若者や移民を失業させておく余裕は、この国にはない」。就職支援のコーチ会社を経営するマーチン・トール(40)は力説した。
ストックホルム市内だけで200以上あるというコーチ会社の活用は、現政権が導入した新しい雇用促進プログラムだ。会社は、失業者との間で、就職活動を手助けする契約を結ぶ。履歴書の書き方、面接の受け方などを指導する費用として、政府は契約1件あたり約10万円を払う。失業者の自己負担はない。
コーチの一人は言った。「僕も1年間は失業していたんだ。ここに就職できて本当によかったよ」
(浜田陽太郎、文中敬称略)