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最長文になってしまった。

以前の特別版に原作テキストを入れました。

ユートが関わらない部分に関しては、原作のテキストをまんま使っています。



第65話:CHAOS? 深淵の一欠片
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闇黒も無い。

眩む事は無い。

閉ざされる事も無い。

叫びは無い。

沈黙も無い。

灼かれる事は無い。

安らぐ事も無い。

即ち、盲信は許されない。

覚醒ではない。

眠りでもない。

これは夢。

揺蕩う夢。

過去の亡霊。

現在の幻影。

そして──未来への羨望?

死絶える、霧散する、世界に融ける、躰と魂。

それでも尚、明日は眩しいのか。

答えは無い。

応えは無い。

今は只、夢に興じる。

死に至る微睡みの中で……

「イグナヰイ……イグナヰイ……トゥフルトゥクングア……よぅぐそぉとおお……!」

「これでトドメだ! 征くぞ、アイオーン!」

「イブトゥンク……ヘフイエ──ングルクドルウ」

「亡びよ外道! 父親の許へと還るが良い!」

「エエ・ヤ・ヤァ・ヤハアアア──エ・ヤヤヤアアア……ング・アアアアア……ング・アアア……フ・ユウ……フ・ユウ……助けっ、助けて! ち、ち、ち、父上ぇ! 父上ぇぇぇぇ! よおぉぉぉぉうぐそおとおとおぉぉぉ……!」

討ち果たされしは彼の邪神の眷族。

「──見事だ、アル・アジフ。真逆、あの異形を──外宇宙の法則で存在する、(まつた)き化物を滅ぼすとは。ならば、次のステップだ……余を、愉しませてみせろ!」

褒め称えるは、金色の闇。

血濡れの悪魔を駈り、漆黒の少女を従える黒き王。

華。

華。

華。

紅の華。

血に染まる華。

焔に包まれる華。

命の華が咲いて、散る。

散りて、舞う花弁。

命の破片。

光の破片。

命を散らす輝きで、闇路を照らす。

其れは血塗られた道程。

在るのはただ血と肉と骨と火と鉄と。

空虚な、悠久。

骸が、戦士達の骸が立ち上がる。

逝く手に立ちはだかる。

命無き眸で彼らは訴える。

怨嗟?

怨讐?

呪詛?

否。

骸が手を差し出す。

その血塗れの手に握られているのは、穢れ無き刃。

凄惨の只中……

慟哭の只中……

それでも刃はただ一点の曇りも無く、迷いも無い。

命無き眸が訴える。

其れは声無き無き声。

然れど消えない声。

消せない声。

力の限り

存在の限り

其れは『妾』に訴える。

剣を執れ。

涙を止める為に。

血を止める為に。

何より今尚戦う彼の為に。

「……九郎」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ウィンフィールドさん! チッ、間に合わなかったかっ!?」

もう1人の遍在ユートが、司令室へと辿り着いたのはティベリウスが瑠璃を連れ去って直ぐ。

其処にはウィンフィールドが血塗れとなり倒れ臥し、ソーニャが泣き、チアキがオロオロして、マコトは無表情ながらも歯を喰い縛っている姿が在る。

そして、瑠璃の姿は何処にも見当たらなかった。

ギリギリで間に合わなかったかのだ。

「優斗ちゃん、司令がぁ! ウィン様がっ!」

チアキが混乱している。

「落ち着け! ウィンフィールドさんは大丈夫だよ。そうでしょう?」

「こないに一杯、血ぃ出てんで? それで大丈夫な訳あるかい!」

「いいえ、緒方様の言う通りですよチアキ」

「は?」

「ふぇ?」

「真逆?」

(おもむろ)に立ち上がるウィンフィールドを見て、メイド・オペレーター3人は目を見開く。

「せやけど、あの傷でどないしてん?」

「私にも何が何やら……」

斬られた瞬間、それは確かに致命傷だったと思う。

それが今や、出血も殆んど止まっているのだ。

「【ザムージュ・グラブ】……襲撃前に渡しておいたその手袋には、大地の精霊の加護が付加されていて、
堅牢な防禦と僅かな再生力を与えてくれるんだ」

「成程、故に致命傷に思われた傷が大した事は無く、その傷も治癒した……と」

「ま、簡単に即死レベルのダメージは負わないよ」

精霊の加護をマジックアイテムに付与して、擬似的に炎の神剣【炎雷覇】や風の神槍【虚空閃】みたいな、強力なアイテムを造る実験をハルケギニアに居た頃からしていたが、ザムージュ・グラブやグランパ・ジュエルは、そんなマジックアイテムの一つだった。

また、それぞれが招喚器の役割を果たす。

「さて、傷もだいぶ治りましたし……ミスターブシドーにはお礼を差し上げねばなりませんね」

クイッと、乱れた髪の毛をオールバックに戻し、凄惨な笑みを浮かべる。

「ガクガク、ブルブル……ウィン様が怖いですぅ」

涙目になって、ソーニャが震えていた。

「瑠璃は……居ない処を視ると、ティベリウスに拐われたか?」

「何故それを?」

「クラウディウスは今し方鬼械神(デウス・マキナ)を格納庫で招喚していたし、もう1人の遍在が戦っていたからね。ティトゥスは、ウィンフィールドさんとの戦いで、無事な訳ないし。なら、本体が取り逃がしたティベリウスだろうね」

「不甲斐ないばかりです」

ウィンフィールドが自嘲気味に言う。

「それは僕もだよ。だけど今は後悔してる場合なんかじゃない。遍在を解除して本体と合流し、瑠璃を取り戻す!」

「解りました。此方も直ぐに行きます」

ユートは頷くと、薄らと消え始めた。

完全に消失して、後には微かな風が吹き抜けるのみ。

その後、ウィンフィールドは細かい指示をオペレーター3人娘に与えて、自分も自身の戦場へと向かった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「うぉぉぉぉぉぉぉっ!」

闇黒から飛び出てきたベルゼビュートに向けて、バルカンを掃射する。

夜闇をマズルフラッシュが灼き、銃声が木霊した。


だが、それもベルゼビュートが展開した防御陣により弾かれてしまう。

「うふふふ……」

「くそっ!」

挑発するように、ベルゼビュートは両腕を広げ、大地に降り立った。

「ダーリン、どうするロボか!? レムリア・インパクトはもう使えないロボよ!?」

「チッ!」

ヒラニプラ・システムへと接続(アクセス)出来ない処か、放つ為の右腕そのものが喪われてしまった。

現状、鬼械神(デウス・マキナ)が相手で通用しそうな武装など、一つだけ。

「跳ぶぞ、エルザ!」

アーカムシティの空へと、デモンベインの巨体が轟然と舞った。

跳躍が頂点に達した無重力間で、脚部シールドを解放してベルゼビュートに向かい急降下する。

再び断鎖術式の解放プログラムを走らせると、時空間歪曲エネルギーを直接ベルゼビュートに叩き込んだ。

「あらあら。そんなに不用意に攻撃しちゃって良いのかしらん?」

嘲笑するティベリウス。

ベルゼビュートとの距離が縮まり、デモンベインの脚から電光が奔る。

「何!?」

「ロボッ!!」

アトランティス・ストライクを放とうとした瞬間に、ベルゼビュートの登頂部が垣間見えた。

「うぉぉぉぉああっ!?」

迸るエネルギーのベクトルを無理に捻じ曲げ、ベルゼビュートから逸らす。

飛び蹴りが無茶苦茶な回し蹴りとなり、ベルゼビュートの隣に建っていたビルが粉微塵になる。

エネルギーの乱流に舞い上げられながら、補助のスラスターを逆噴射して、姿勢を制御した。

「くっ……ぅぅぅ!」

激しいGが掛かり、内臓を掻き回された様な思い苦痛と吐き気が込み上げる。

「な、何やっているロボ、ダーリン!?」

「ティベリウス、てめえ……っ!」

「うふ♪」

「てめえは……いったい、何処まで腐ってやがる!」

「おーほっほっほっほ! だってアタシ、ゾンビだけにねえ?」

全身は疎か、魂の底果てまで腐り切っている。

ベルゼビュートの登頂部、其処には十字架が括り付けられていた。

それは聖者の十字架。

磔の十字架。

そう十字架には……

九郎のよく知る女性が磔にされていた。


「いやぁぁぁぁぁっ!」

「覇道瑠璃!?」

「この、外道がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「おーほっほっほっ!
さあ、やれるもんならやってみなさーい。でも、瑠璃お嬢ちゃまも一緒に御陀仏しちゃうわよん?」

瑠璃が敵の手に堕ちていたのだ。

成程、ヒラニプラ・システムに接続(アクセス)出来ない訳である。

「あららーん、何も出来ないの? そうねそうね……何も出来ないでしょうね。そんなおバカさんを甚振(いたぶ)るのは、とっても愉快だわぁぁぁぁぁっ!」

一気に距離を詰めてきて、ベルゼビュートがデモンベインの顔面を鷲掴みに……

「こ、このっ!」

「バッド・トリップ・ワイン!」

「ぐっ……ぐあああああああああああっ!?」

「ろ、ロボォォォォオ!」

ベルゼビュートの掌を介して、魔力の衝撃が襲う。

瘴気を直接、おくりこまれてしまったのだ。

主要なものを含め、数百の魔術回路が汚染され、暴走し、麻痺した。

逆流する字祷子(アザトース)のパルスが、コックピット内を荒れ狂う。

「きゃあああああああ!」

「がぁぁぁぁあああっ!」

「おーほっほっほっほ! さあ、もっともっと良い声で啼きなさぁぁぁいっ! アタシをもっともっともっと愉しませるねよ! ハイになりたいのよ、アタシはっ!」

「大十字さん! 大十字さぁぁぁぁんっ!」

デモンベインがボロボロにされ、九郎もエルザも比例してダメージを喰らう。

瑠璃は動けず只々、絶叫する事しか出来なかった。

攻撃を一方的に受け、此方からは瑠璃が居る為に手出しが出来ない。

「ぐあああああああああああっ!?」

「ロボォォォォオ!」

「ああ、デモンベインが! お爺様の、お爺様が造ったデモンベインをよくも」

ダメージは先程よりも更に深刻になり、魔術回路は一向に回復しない。

「くそったれ……っ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「くっ、この侭って訳にはいかないか……」

ユートは悔しそうに表情を歪める。

下手に動いても見付かり、迎撃されてしまう。

鬼械神(デウス・マキナ)を持たず、然りとて魔装機神も現在は使えない。

仮に使えたとしても、瑠璃を人質にされてはどうしようもなかった。

「仕方がないわね」

「え?」

背後から聞こえる少女の声に驚き、振り返る。

小学生と見紛う身長、紅く長い髪の毛に朱い瞳。

「(誰だ?)」

【機神咆哮デモンベイン】の原作キャラではない。

戸惑いを隠せないユート。

「深淵なる地の底より来たれ!」

それには言霊を感じない。

即ち、口訣ではないという事になる。

にも拘らず大地は隆起し、鬼械神(デウス・マキナ)ベルゼビュートを岩の槍が縫い止める。

「な、な〜んですってぇぇぇぇぇぇっ!?」

突然の事に、驚愕してしまうティベリウス。

余りにも行き成りの事で、九郎は呆然となる。

そんな全員の心の隙を突くと、ヒラヒラと舞いでも舞うかの如く飛び上がって、ベルゼビュートの登頂部に辿り着く。

「貰うわよ、変態仮面」

「ぬあ? 怒怒怒……何者よ、貴女!」

「私? 私の事ならアビスとでも呼びなさいな」

その手の内に、瑠璃を抱えながらアビスと名乗る少女は薄すらと笑みを浮かべ、バックステップで跳ぶのと同時に、軽やかなバク転で地上に降りた。

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

地上まで50mを降りる……瑠璃から視れば墜ちているとしか思えない。

恐怖に悲鳴を上げたとして誰が責められようか?

「ん? 力を制限されたみたいね」

アビス(仮)は、身体の状態を見て呟く。

「何だかよく判らねぇが、姫さんが無事なら何も問題無えっ!」

「そうはさせないわ!」

「な、何だ?」

「ロボッ?」

「九郎さん、気を付けろ! ベルゼビュートの最強の呪法兵装【怨霊呪弾】だ」

「気を付けろって言われてもよっ!」

轟……ッ!

號……ッ!

劫……ッ!

業……ッ!

ベルゼビュートが瘴気の塊を手に生み出し、更に濃度を上げた。

弾を中心に漆黒の嵐が吹き荒れて、大気は瘴気により汚染され、黒く澱む。

否、それだけに非ず。

──クルシイ

声が聴こえた。

空気を伝う音ではなくて、脳に直接響く様な思念。

──タスケテ

「これは……」

──シニタクナイ

「……どうしたロボ、ダーリン?」

──イタイヨ

「うふふ……気が付いたみたいねぇ、九郎ちゃん? この力の正体を……そうよっっっ!」

ベルゼビュートから、思念の嵐が噴き出した。

怨嗟、憎悪、無念、嫉妬、慟哭、憤怒。

荒れ狂い、吹き荒み、破滅を孕む質量を得て、それはデモンベインに押し寄せてくる。

「あああ!? ぐ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……あああああああああ!?」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?」

無数の聲が、脳の中で木霊した。

苦しく、狂おしい迄の人間の断末魔。

ティベリウスの哄笑が大気を穢す。

「お──ほほほほほっ! これが【妖蛆(デ・ウェルミス・ミステリィス)の秘密】特製、怨霊呪弾よ! 人々の怨念を喰らって威力を増す、ベルゼビュートの最強の呪法兵装! 死人使いはね……人を殺せば殺すほど、怨まれれば怨まれるほど、強くなるのよっ!」

「お、お前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

死して尚、絶える事なく、尽きる事のない断末魔が、九郎の心を突き刺し抉る。
黒いモヤが辺りを包む。

モヤから怖気の弥立つ声が響いてきた。

「うわぁぁぁっ! 何だよこりゃ!?」

「怨霊だ! 此処で無念を懐いた侭死ねば、奴らの仲間入りを果たすぞ!」

原作知識から、この業を知るユートが出て来て九郎に叫ぶ。

「んな事言われてもよ……どうすりゃ良いんだ?」

「精神防壁を張るんだ!」

「俺はアルが居ねぇと魔術なんて使えねえぞ!?」

「魔術じゃない、心を強く持ってそれを防壁と成す、そういう事だよ!」

「だぁぁぁぁっ! やってやんよ、コンチクショウめがっ!」

怨霊の声に曝されながら、大十字九郎は精神統一を行って、防壁を張らんとし始めた。

「これでアル・アジフ復活までの時間稼ぎは出来そうだな……」

問題は、怨霊呪弾を放ちながら今にも、大地の杭を抜こうとするベルゼビュートをどうするかだ。

エルザの操作するデモンベインでは戦力にはならず、然りとてユートは現状では鬼械神(デウス・マキナ)も魔装機神も持っていない。

あの巨体を相手にするには非力過ぎた。

「くそ、これじゃあ!」

少年が持つ精霊の加護も、この街の魔素が濃すぎる為だろう、力が弱かった。

50mを越す巨人の猛威に曝され、少年は逃げ回りながら歯噛みする。

鬼械神(デウス・マキナ)が在れば、戦えるのに!」

この戦いに参加したのは、割りと成り行きだった。

それでもユートは悔しい。

魔術的に防御を施されて、更にはオリハルコンの装甲も有る為、ユートの精霊力や魔法では効果が薄くて、物理的な攻撃ではユートの精霊力にも劣る。

これでは却って足を引っ張ってしまうだけ。

せめてアーカムシティではなく別の場所なら、或いは魔装機神が在ったならば、ベルゼビュートにダメージを通せるのだろうが、今のユートには無い物ねだりでしかない。

「力が欲しい?」

「っ!?」

振り向けば、自分より身長が低いクセに胸はカトレア並という、アンバランスなスタイルの少女が居た。

「確か、アビス?」

「偽名だけどね」

「そ、そう……」

アッサリと偽名だと暴露されて、表情が引き攣る。


ユートの視線は、思わず胸に吸い込まれる。

瑠璃がムッと、表情を顰めながら自分と助けてくれた少女の胸を見比べた。

ユートは理性を振り絞って顔を見ると訊ねる。

「何か術でも?」

「貴方が望むなら、力を上げてもいいわ」

「ほ、本当に?」

「但し、対価として答えて貰える?」

真面目な顔で、真っ直ぐにユートを見て言う。

「答えられるなら」

「貴方は神と接触した事はある?」

「神? ああ、えっと……なのはさんなら」

今ので解る訳もないだろうが、ユートがまともに接触した神は……

「【純白の天魔王】って、そう名乗ってる(ひと)なら会った事があるけど?」

そう言った直後、ギョッとなってしまうユート。

行き成りアビス(仮)が涙を流し始めたのだ。

「手掛かり、見付けた」

自身の言葉を噛み締めて、涙を拭う。

「お礼、これを上げるわ」

書物を取り出して、ユートへと手渡す。

「これ、魔導書?」

「それは私の前世を、その半生を綴った魔導書……、【深淵の書】よ」

「深淵の書?」

パラパラと捲ると、其処には二代目深淵の神の神号を受け、戦った一柱の女神の半生が描かれていた。

「二代目深淵の神……? アビス真逆、貴女は七柱神のエウレッタ・エルドラントなのか?」

「元……ね」

飽く迄前世、今のアビスは元二代目深淵の神であり、元七柱神でしかない。

そして、元エウレッタ・エルドラントなのだ。

「貴方の名前は?」

「? ユート。ユート・オガタ・シュヴァリエ・ド・オルニエール」

「シュヴァリエ・ド・オルニエール? デモンベインの世界でゼロの使い魔?」

「あ、アハハ……」

おかしな取り合わせだと、ユート自身も思っている。

故に、苦笑するしかない。

「ま、良いか。魔導書は使えるみたいだし、仮初めだけど魔導書と契約して戦いなさい。ユート君には貴方が持つべき真の魔導書が在るだろうけど、今はそれで我慢してね……チュッ」

「ふえ!?」

行き成りの口付けに、吃驚してしまう。

「仮初めの契約は成ったから唱えて、あの鬼械神(デウス・マキナ)に対抗出来る力を喚び出す言霊を!」

「判った、機神招喚っ!」

ユートは魔導書【深淵の書】を開くと、機神招喚の為の口訣を紡ぎ始める。

──深淵の底に眠るは明星

それは奇しくも、ユートに加護を与えた大いなる存在の分け身を綴る。

──奈落に墜ちしは金色

それは地獄だった。

──其は深淵に舞う不死鳥

仮令、墜ちようと翼は決して喪われない。

──其は(あけ)の輝き

太陽の輝きを受けし、奈落の王。

──汝、運命を垣間見る女神の瞳を持つ天神……

永遠と深淵と運命の救世主たる不死鳥。

「舞い上がれ、エルドラントッ!」

瘴気が渦を巻く奈落の深淵より、悠然と翔び上がる朱金の機体。

深淵の書の鬼械神(デウス・マキナ)エルドラント。

何処と無く女性を思わせるフォルム、50mの無骨なモノでは決してなく流線形の美麗な姿は正しく女神の降臨だった。

「制御系統は私が視るわ。ユート君は戦いに専念をしなさい」

「わ、判った!」

アル・アジフ復活の時間を稼ぐ為にも、ユートは顕れたエルドラントに乗り込んで、ベルゼビュートに向かって往った。

「怒・怒・怒・怒〜っ!」

突如として顕れた朱金色の鬼械神(デウス・マキナ)を見て、怒りに打ち震えているティベリウス。

「何よ何よ、何なのよ貴方はぁぁぁぁぁぁっ!」

「何とか言われても……」

答え倦ねるユート。

「ユート君、こういう時は応えるより言い放つのよ」

「言い放つ……か」

ユートはベルゼビュートに蹴りを打ち込み、吹き飛ばしてしまうと人差し指を突き付け、アビスに言われた通りに言い放つ。

「ブラック・ロッジ、幹部アンチ・クロスが1人たるティベリウス! お前による非道と理不尽な振る舞いにより、罪無き者を不当に涙させてきた事を赦す事は出来ない。だから今こそ、その罪科と共に金色の御許へ還るがいい!」

それがユートの断罪の言葉であり、相手を必滅するという覚悟の表れ。

「ユート君は私の事は識ってたわね? 嘗て私が使ってた能力や武器が呪法兵装として装備されてるから、それを使いなさい!」

「了解っ!」

エルドラントには嘗て世界を守護していた者、七柱神が一柱エウレッタが保有する能力が付与されている。

属性は闇、炎、風、雷、光の五つが主。

ベルゼビュートの闇。

ロード・ビヤーキーの風。

クラーケンの水。

これらの様に特化している訳ではなく、複数の属性を有している。

これは嘗て、とある存在と身体を重ねた事により獲た強化属性だ。

故に、その人物が使っていた能力も一部だが、使用が可能となっている。

「とはいえ、迂闊に近付いてバッド・トリップワインなんて喰らったら拙いか」

ユートは雷の鞭で牽制し、攻撃を叩き込む隙を窺う。

「おのれ、小賢しいっ! スター・ヴァンパイアよ、暴食せよ!」

ズガンッ! ズガンッ!

「ぐあっ!? うわ!」

目に見えぬ迷彩の型地雷、スター・ヴァンパイアが飛び交い爆裂して、エルドラントの装甲を傷付ける。

「くっ、周囲に展開してるんだろうけど、見えないんじゃどうにも……」

魔素が強く、精霊との交感を弱められているユートでは、風の精霊の力で探査が出来ないでいた。

「武装招喚……魂切り裂く月影の刃【ソウル・スライサー】」

「これは?」

「私が、とある戦いの時に使った蛇蝎剣よ」

「蛇蝎剣……そうか!」

ユートは剣の刀身を分離、ワイヤーで繋がる蛇蝎剣として揮り回す。

魂切(ソウル・スライサー)り裂く月影の刃ッ!」

真名解放により、蛇蝎剣は光を帯びて刃に強力な力を与えてくれる。

それは結界となり、エルドラントの周囲を取り囲んだスター・ヴァンパイア全てを破壊してしまった。

「バカなっ!?」

余りに衝撃的で、驚愕も露に叫ぶティベリウス。

然し……驚くには未だ早かった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


無言で剣を我に託そうとする骸達。

我が主達。

──まだ、闘えと(なれ)等は云うか。

妾は首を横に振る。

妾にその力は無い。

千年を超える悠久は、思いの他、妾の魂を疲弊させ、消耗させていたらしい。

妾の魂は、がらんどうだ。

二度と剣を執ることは叶わない。

だが、なおも骸達は動かない。

命無き眸で訴える。

(こえ)無き聲で訴える。

……無駄だ。

無駄なのだ。

妾は(なれ)等のように強くは無かった。

(なれ)等の強さに縋り、それを浪費し、磨耗させ、その一片までも奪い尽くして、この(みち)を進んだのだから。

蟲が臓腑を貪り腐らせるが如く。

ただ、(なれ)等には正しく復讐の権利を有する。

ならば、その剣で妾を刺し貫け。

それは正義だ。

(なれ)等を未だ彷徨わせる、この根源を。

妾を滅ぼし解き放たれろ。

(なれ)等を縛る【死霊秘宝(ネクロノミコン)】という呪いから。

(なれ)等の還るべき場所に還る為に。

カラン、コロン……ッ!

甲高い音を立てて、剣が地面を転がった。

骸達はもう居ない。

そうか。

ついぞ(なれ)等にも見放されたか。

滅ぼす価値も、縛られる意味も元より無かったという訳か。

当然だ。とんだ道化だな、妾は。

何故か視界が歪んで曇る。

泣いているのだと気付いたのは、嗚咽が咽喉から溢れてからだ。

泣き崩れる傍らで、あの穢れなき刃は輝いている。

ただ一点の曇りも無く、迷いも無い。

──妾とは、違う。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


夢は夢に相応しく連続性を持たない。

暗く狭い部屋。

閉ざされた部屋。

だが停滞は無く、穏やかに空気は流れ、闇には血が通っている。

それは人の息吹きがあるからだ。

蝋燭の炎が揺れる。

淡い灯火な下で、男は書を書き記している。

嗚呼、そうか……

妾は気が付いた。

男の傍らに立つ。

「父上とお呼びすれば宜しいか?」

男は、我が著者アブドゥル・アルハザードは応えなかった。

黙々と書を綴っている。

それに構わず、妾は一方的に語り掛ける。

「色々と積もる話もあろうものだがな。こうして(まみ)えると、どうだ。大した事も思い浮かばん」

男は黙々と書を綴る。

「これは夢……死に向かう刹那に見る幻。どうせ意味などあろう筈も無いが」

男は黙々と書を綴る。

「戯れに訊こう。父上は何を想って、妾を書き記したのか?」

男は黙々と書を綴る。

妾は溜息を一つ吐いた。

「やれやれ。夢ならばもう少し愛想良く振る舞えばどうだ?」

男は黙々と……

外なる宇宙 自らの尾を喰らう蛇の庭

「……何だ?」

時の輪の内 時の輪の外

銀の鍵 窮極の門

千と無貌

暗黒の男 這い寄る 闇の跳梁 咆哮する

「アルハザードの意識? 真逆……」

七の支柱に吊るされた窓

鎖された

ダイスを否定するシナリオ

ダイスを超越するシナリオ

を、暴く

正しい伝聞が

為される

狭間

刹那

超狂気

闇、闇が来る、あの混沌

超理性

検閲、される

魔物な咆哮よ

歪む

いずれ、心を得

無駄、無駄だよ

黙れ

病が、病が来る、あの混沌

お前に、いつか届く事を

それもまた台本

信じ

道化芝居 三文芝居

黙れ。黙れ。黙れ。遮断。遮断。遮断。

君は舞台裏の雑用だ

魔物の咆哮!

魔物の咆哮!

魔物の咆哮!

役者を揃えて貰わねば

これより パパな 伝える 話でちゅ──黙れ!


『【魔物(アル・アジフ)の咆哮】!』

──お前はその瞬間に対峙する時、正しく真実にたどり着かねばならない。

「何が……起こっておる!?」

膨大な情報(神様へ この章は検閲済みです。御安心して彼女にお与え下さい)が疾走する。

「あああああああああ! 頭が……頭が割れる……ッ! 何が……ッ!」

【獣について】

獣は王なり。

黒き王なり。

運命の輪を廻す者なり。

運命の蛇を繋ぐ者なり。

其はそれは単に一つの時猫の瞳念が持銃弾つ最も包解体括的で無制約な領玩具──

停止。

獣が獣を生む矛盾の螺旋を──

それは矛盾では無い。

否、獣の親は獣であり獣の子は獣である矛盾。

それは矛盾では無──やはり検閲されている。即ち──ヒトはヒトを生む当然。

つまりヒトの親はヒトでありヒトの子はヒトである当然。

否、停止。

……中枢域まで汚染が拡大している。

忌々しい、あの混──否? サルがヒトを生む?

即ちヒトの親はサルでありサルの子はヒ──妨害が激しい──

えーと、卵が先か鶏が先かの話だっけ?──此所まで……

これ以上は無理だ──最後のヒン──兎も角、留意すべし。

「ッッッ! だから……何なのだ、これは──あああああああああ!」

【銀■■■■について】

獣の矛盾は即ち獣が■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……

警告。

敵白血球術式活性化。

反撃を開始。

これはヘン■■・■■■■■■■が斃■■■■■スト■■■■と同様、獣も■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■……警告。敵白血球、防壁を突破。因果律侵入。表層意識の刻印(ログ)消失(ロスト)。警告……

駄目だ。

検閲が激し過ぎる。

これ以上はまた、向こうに情報を好きに操られる。

停止。

「……またっ……いい加減に、この激痛は……あああああああああ!」

【■■寄■■沌について】

時間が無い。

全ての核心について語らなければならない。

この遠大な茶番の総ての根源は■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

くっ……やはり駄目■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

これだけは──■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

検閲術式に捕まった。

中枢を占拠されれば、また──停止。

防護壁を展開。

変わり身を全て起爆。

総ての経路を遮断。

深層意識にバックアップを──

「あああああああああああああああああああああ! い、いい加減にっ! いい加減にせよ! 今更、妾に託されてもどうにもならん! こんなもの! こんなものはもうたくさんだッ! 消えろ! 妾の夢から消えてなくなれッッ!」

腹の底から絞り出すように絶叫する。

──聲が止んだ。

「あっ……」

気が付けば男が、アルハザードが妾を見つめていた。

……アルハザードは狂人である。

今まで聴こえていた聲も、狂った内容に過ぎない。

だがその瞳は、妾を見つめるその穏やかな瞳は、とても狂人のものには見えず、まるで……

「アル・アジフ……私はお前に……出……逢っ……て……」

──閃光(フラッシュ)

夢は夢に相応しく連続性を持たない。

白昼の大通り。

衆人観衆の中、見えない獣に貪り食われるアブドゥル・アルハザード。

──光輝。

夢は夢に相応しく連続性を持たない。

元の部屋。

暗く狭い部屋。

閉ざされた部屋。

だが停滞は無く、穏やかに空気は流れ、闇には血が通っている。

それは人の息吹きがあったからだ。

最早、帰る者は居ない。

だから、此処は死に逝くのを待つだけの部屋。

蝋燭の炎が揺れる。

淡い灯火に、一冊の本が照らされていた。

【Al Azif】


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


怨霊呪弾の一撃は、大地を腐らせ、爆ぜさせ、クレーターを抉った。

クレーターの中心、グシャグシャに溶けた土砂に埋もれて、デモンベインは倒れている。

呪弾の衝撃が機体を半壊させて、日緋色金の装甲は瘴気により腐食していた。

九郎は何とか生きている。

ユートのアドバイスに従い精神防壁を展開した結果、躰は生気を失い酷く冷たかったが、ギリギリの処で持ち堪えていた。

だが……

「エルザ……エルザッ!」

返事は無い。

エルザは意識が無いのか、グッタリとナビゲート席に凭れ掛かっていた。

「エルザ、起き……ろっ! エルザァァ!」

デモンベインは魔導書無しには起動しない。

そして魔導書の役割を代行するのが、エルザのシステムである。

そのシステムが停止していると云う事は……

「エルザァァ! くそ!」

苛立ちながら、無駄と知りつつも操縦桿を動かす。

デモンベインは沈黙した侭……指の一本すら動かす事が出来ない。

メイン動力は停止。

作動しているのは、通信機にモニターにカメラに……

つまり、魔術回路とは一切関係ない些細な部分だけである。

「そんな、動け動けよ! また……こんな所で何も出来なくなっちまうのかよ? デモンベイン、くそ! エルザ! 頼むから返事をしてくれ!」

モニターの映像の向こう、朱金色の鬼械神(デウス・マキナ)がベルゼビュートと戦っていた。

「あれは?」

その戦い方は、九郎のよく知るモノだ。

「ユートか!? けど……あの鬼械神(デウス・マキナ)はいったい?」

朱金の鬼械神(デウス・マキナ)は、明らかに九郎──デモンベインの居る方から遠ざかっていた。

デモンベインを護る様に、庇う様に……だ。

「アイツは何で、あんな風にデモンベインを庇う?」

いったい、デモンベインの何を期待しているのかは解らないが、何故だかユートはデモンベインに固執している気がする。

期待に応えたい。

自分にユートが思いだけの力が有るのなら、それを使ってでも戦いたかった。

「デモンベイン、エルザ……ッ! アルッ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


さて、戯れの夢もそろそろ終演だ。

後は帳の様な滅びを待つばかり。

その訪れは近い。

瞳を閉じて、全てを(とざ)そう。

果てない闇の彼方。

何も無い場所へ。

完全な無へ。

それで終わる。

終われるのだ……

「……何故」

(とざ)せなかった。

「……何故だ」

終わることすら赦されないのか。

「…………何故、汝等は」

痛む。

胸がやけに痛む。穴が空いているからなのか。

痛む胸を押さえ、妾は振り返る。

骸が

戦士達が

我が主達が、妾を呼び止める。

それは聲無き聲。

然れど消えない聲。

消せない聲。

「何故、終わらせてはくれんのだ!?」

この場に留まり続けて尚、妾に呪縛され続けて尚、何故。何故。何故。

目の前に血塗られた路が伸びる。

妾が歩んだ闘争の路。

命の華の輝きで、征く先を照らす修羅の路。

遠くまで続いている。

まだまだ続いている。

──止めろ。

胸が痛む。

痛むのだ。

1人が指差した。

その先に転がっている。

凄惨の只中

慟哭の只中

ただ一点の曇りも無く、迷いも無い。

それは──無垢なる刃。

──胸が──痛い。


「まだ! まだ闘えと云うのか!? まだこんな路を進めというのか!?
こんな苦しみが、汝等のような贄を生み続け、汝等の呪詛を未来永劫に背負い続けるのが妾に課せられた罰なのか!? そんな……っそんなものに、堪え切れる訳がないではないかっ!」

既に魂は疲弊し切っていた筈なのに、感情は堰を気って溢れ出した。

『……すまない』

声を持たない筈の骸が喋った。

第一声がそれ。

妾は感情をぶつける様に、彼に叫ぶ。

「何故、謝る!?」

『私たちの心は、お前と共には無かった。戦いの最中ですら』

……それは妾も同じ事。

そもそも、そういう契約ではなかったか。

妾がそのように利用したのだから。

故に、何ら汝等が謝ることがあろうか。

妾は……

『彼は違う』

涙が止まる。

彼?

誰だ。誰のことだ。

『彼はお前の心を満たした……お前の穴を満たした。お前は……彼と出会う為、戦い続けたのだから』

それは……

「────っ!」

九郎!

九郎!

九郎!

溢れ出す。

先ほどの慟哭よりも尚強く激しい、想いの洪水。

温りを以て、悦びを以て、妾の内を埋め尽くす。

こんなにも胸が熱い。

こんなにも、こんなにも、彼奴は妾にとって大きな存在だったのか。

そして、心が繋がった。

戦ってる。

九郎が闘っている。

力を失っても尚。

絶望の縁に追いやられても尚、九郎は戦っている。

判る。

感じる。

九郎の怒りを、悲しみを、苦しみを、痛みを。

圧倒的な激しさを以て襲う其れに、九朗は全力で抗っている。

もどかしい。

腹立たしい。

そんな物、その程度の輩、本来の力さえ九郎が持っていれば……

妾 と 汝 が 二 人 居 れ ば、何 ら 恐れ る に 足 ら な い と 云 う の に!

「…………!」

……そうだ。

そうだった。

何故、忘れていたのか。

あの時誓ったではないか。
苦痛も悲しみも公開も、我等二人で分かち合おうと。

何て様だ。

こんな所で、手を(こまね)いている場合ではなかろう!

そうだ。

──戦わなければ!

「あっ……」

気付けば。

骸達の姿はもう何処にも無かった。

そして血塗れの路もまた。

其処にあるのは、ただ──

「解っておる。判っておるとも。もう、大丈夫だ……
ありがとう。不甲斐無い妾を見守っていてくれて……アズラットよ、そして嘗ての我が主達よ!」

地面に落ちた刃を拾う。

無垢なる刃。

魔を断つ剣。

輝いている。

誇りに、愛に、そして……正義に。

妾は剣を携えた。

そして──


「ハッ!」

何も無い筈の空間に斬り掛かる。

何かがその場所から飛び退いた。

その何かに向けて、妾は問い掛ける。

「妾の精神領域に踏み込んで来るとは……(なれ)、何者だ?」

「流石に気付かれちゃったか。いやいや失敗、失敗」

軽い口調で笑うのは、背の高い女であった。

尤も、この領域で外見などに意味は無い。

そんなものより、この気配……怖気がする。吐き気がする。

強烈な闇の気配。

闇の腐臭。

「あーあー、そんなに緊張しないで。ボクはただ迎えに来ただけだ」

「迎えに来ただと?」

「そう、君は君の戦場へ、九郎君の隣に戻る心算なんだろう?」

「何処まで知って……!」

言い掛けて、言葉を失う。

女の周りを無数の紙切れが舞っている。

その紙片に妾は無論の事、見覚えがあった。

あれは妾の断片だ。

「あの時、君から抜け落ちた最後の断章(ページ)……【(アウター・ゴッズ)なる神々】に関する記述さ。これで君は完全に復元される筈だ」

「何故だっ!? 何故、(なれ)がそれを手にしておる!?」

「詮索は無意味だろう? 大切な事は、完全体となった君に、それを操る九郎君達が駆るデモンベインに、最早敵は居ないという事」

「何を企んでいる?」

「だから詮索は無意味なんだよ? ただ利害が一致しているとだけ答えようか。今はそれで充分な筈だよ。さあ、かれの許に帰っておやり。君が居なくなって随分と寂しい想いをしているんだから。ふふ、少し妬けるかな?」

ページが、断章が一体となるのを感じた。

力が溢れてくる。

夢の終焉。

妾は女を見た。

否、あれは女などでは有り得ない。

あれは──

「それではご機嫌麗しく、【死霊秘法(ネクロノミコン)】……また運命の瞬間にお逢いしよう」

最後に見たものは……

燃える三眼。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


戦っている。

闘っている。

ユートが戦い続けている。

「俺には何も出来ないってのか?」

何故だろう?

ユートに失望されたくはなかった。

この侭、諦めるのか?

「……諦められるワケ……ねえだろうがよ……っ!」

操縦桿を出鱈目に動かす。

無意味だろうとも、無駄であろうとも。

抗う心だけは忘れない。

「動け、動いてくれよ……デモンベイン……お前は、悔しくないのかよ……
そんなんで良いのかよ?」

デモンベインは、うんともすんとも言わない。

「そんなん許して良いのかよ? あんな邪悪をのさばらせて、大切なものとか、全部奪い尽くされてよ……そんな理不尽、お前は許せるのかよっ!?」

デモンベインは応えない。

ユートが攻撃を仕掛けて、ティベリウスが防禦。

いつまでも保たない。

どんな無様を晒しても構わない。

無様も晒せないなんて……ある訳がない。

「デモンベイン! お前が動けないってんなら、お前の体に血が流れてないってんなら、俺の血を何ぼだってくれてやる! だから、お前は俺に剣をくれっ! 何者にも砕けない鋼鉄をくれ!」

デモンベインは応えない、応えてくれない。

「頼む! 動いてくれ! アルの仇を討たなきゃならねえんだ! 討つべき邪悪が目の前に居るんだっ! デモンベインッッッッ!」

目を堅く瞑り、吼えた。

目を開けたらデモンベインが応えてくれる訳でもあるまいが、ただ叫んだ。

声の有らん限り。

目を開き、涙が溢れた。

何故なら、居たからだ。

「喧しいわ! それと勝手に妾を故人にするな」

懐かしい、態度のでかい声と共に仁王立ちしていた。

「ま、真逆……」

情けない事に、涙は次から次へと溢れ出す。

抗えない。

勿体無過ぎて、抗う心算にもなれなかった。

こんな事が、こんな事が有り得るなんて……

「……奇跡だ」

「否。それは違う……(なれ)は闘った。魔術師(マギウス)の力を失っても、デモンベインを失っても、それでも汝は戦った。絶望的な戦力差だった。瞬滅されてもおかしくなかった。総てを諦め投げ捨てても、誰にも責めることなど出来はしなかったろう。だが(なれ)は戦った。戦い抜いた。戦って戦って戦って……今の今まで耐え続けたのだ。彼奴等を前に一歩も引かず。だから……」

そう、だからこそ……


「妾が間に合った!」

九郎は叫ぶ。

喉咽に痛みはあるが、関係ない。

正に、正に、声の有らん限りに彼女の名前を叫んだ。

「アルーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!」

「そういう事だ! これは奇蹟などではない! 確実に(なれ)が齎した、当然の結果としての勝利だ! 我が主、大十字九郎!」


アルが光の粒子となって、デモンベインのコックピットへと雪崩れ込む。

次の瞬間、すぐ目の前に、本当に目と鼻の先にアルの顔があった。

2人の距離が零になる。

互いを抱き締め、口付けを交わす。

──永遠の憩いに安らぐを見て、死せる者と呼ぶなかれ 果てを知らぬ時の後には、死もまた死ねる定めなれば──

光が収まり、躰の奥底から力が溢れてくる。

九郎を包み込む黒いボディスーツ。

これが、これこそが最強の魔導書【アル・アジフ】、そして……彼女と共に戦う魔術師(マギウス)、大十字九郎の──真なる力。

「それに、此奴も応えてくれている」

「ああ、判っているさ! なあ、デモンベイン!」

デモンベインが起き上がる……右腕を喪い、装甲は砕けて、中身もズタボロ。

それでも、デモンベインが敗ける筈もない。

アルが帰って来たから。

寧ろ敗ける要素が何処にあろうか?

窮極の三位一体……最強の戦士となった九郎達の何処に?

デモンベインが自己修復されていく。

喪った右腕が、ひしゃげた装甲が……

システム・オールグリーンを示す。

「さあ、ユート! 今度は俺も戦うぜ!」



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


復活したアルは、悠然と自らのコックピットに向かうと、絶叫を上げる。

「だぁぁぁあっ!? 何がどうなっておる? 何か妾のコックピットがよく判らん機械に埋め尽くされておるぞっ? はあ? 何故に機械人形が此所に居る?」

「あ、忘れてた」

「起きんか、其処を退け! 其処は妾の場所だぞ! (なれ)の様な者が居て良い場所では……くぅぅぅ! 無責任な事に完全に気絶しておるではないかぁっ! 九郎! どういう事なのか説明せよ!」

「いや、それはデモンベインを動かす為に、ドクターウェストの奴が……」

「あああん!? ドクターウェストだと!? あんの戯けがデモンベインに何かしおったのか!? 九郎、(なれ)が居ながら何たる不始末ぞ! 妾の留守も満足に守れぬのか汝はっ! もっとマシな方法があったであろうが!」

「てめえは今の今まで死んでおいて、何だその態度! あの後、どんだけ大変だったか判ってんのか、お前はよぉ!」

悠然と、雄々しく立っている機神の中で、間抜けな言い争いが起こっていた。

「…………」

「…………」

白と黒の天使は戦いも忘れて、茫然自失となる。

「あ……あの人達は、何でこう……」

いまいちシリアスに成り切れない九郎達に、瑠璃は頭を抱えていたという。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


九郎の覚醒を待ち、戦い続けているユート。

嘗て、此所ではない世界で深淵の神の神号を持って、七柱神の一柱に数えられた星騎士(ワールドガーディアン)エウレッタ・エルドラントという神が居た。

エウレッタは、自らの魂に限界を感じて今の自分を捨てて、前世で共に死に共に生きた相棒と転生する。

その後、エウレッタがどの様に生きたかは本人にしか判らない。

然し、エウレッタ・エルドラントは幾つにも分岐した化身が存在し、このユートが居るアーカムシティに現れたのも、そんな一欠片であった。

【朱翼の天陽神】や【鳳凰源将】などの神号を持ち、緒方優斗を転生させた神である【純白の天魔王】高町なのはの主神……その彼を捜し続けて時空の壁すらも越えて旅をしていたのだ。

そんな彼女は自らをアビスと名乗り、“彼”へ辿り着く手掛かりのお礼と称し、ユートにエウレッタ・エルドラントの半生を綴ったとする魔導書【深淵の書】を託す。

【深淵の書】から機神招喚で、鬼械神(デウス・マキナ)エルドラントを招喚したユートは、ティベリウスの駈るベルゼビュートを抑えていた。

奴を斃すのは、大十字九郎とアル・アジフが駈る機神デモンベインでなければならない為、抑える事しか出来ないのが正しい。

そして、遂に……

エルドラントの後ろから、エメラルドグリーンの光が溢れ出て、デモンベインが起動する。

「待たせたな!」

「此処からは妾達も戦おうぞ!」

腕を組み、悠然と立っている姿は神秘と科学の申し子にして、魔を断つ剣。

銀鍵守護神機関、無限なる熱量を平行宇宙より汲み上げて動力と成す獅子の心臓を胸に懐き、邪悪を滅ぼす事を宿命付けられた偽神。

人間の為の鬼械神(デウス・マキナ)デモンベイン。

大十字九郎と、魔導書アル・アジフが駈る機神が唸りを上げた。

「さあ、腐乱シュタイン! こっからが本番だっ!」

然し、そうは言っても奴は不死身。

幾ら攻撃をぶち込んでも、斃す事が出来ないでいた。

「断鎖術式解放、壱号・ティマイオス! 弐号・クリティアスッッ!」

脚部シールドに刻まれた文字が煌めき、エネルギーを解放する。

壱号基と弐号基は正反対のエネルギーを有し、反発力を用いて機動力を上げた。

空間が歪曲して、元に戻ろうとする反作用を応用した呪法兵装。

そして、膨大な空間歪曲のエネルギーをぶつける必殺技が炸裂した。

「アトランティス・ストラーイクッ!」

「ガハッ!」

デモンベインの攻撃を受けてベルゼビュートは、装甲を飛び散らせて水銀の血液を噴出する。

「痛いわねぇ……」

それでも、ティベリウスは健在でベルゼビュートは起き上がってきた。

「許せない、許せないわ! 大十字九郎、緒方優斗、喰らいなさい!」

再びスター・ヴァンパイアを射出する。

「アーハハハハハハッ! さっきの数倍の数の迷彩兵器スター・ヴァンパイア、見えないでしょう? 電子的にも魔術的にも迷彩を施されたこの攻撃、この数、躱せるかしら?」

しかも動きがアトランダムとなり、【魂切り裂く月影の刃】であっても一撃という訳にはいかない。

「死ぃネぇぇぇぇぇっ!」

目には映らぬ爆弾が、二体の鬼械神(デウス・マキナ)に殺到して次々と爆発を起こす。

「おーほっほっほっほッ! 私を虚仮にしたその罪、木端微塵になって償うがいいわぁ!」

ティベリウスは勝利を確信したか、哄笑を上げる。

今、デモンベインの周囲に不可視の兵器が取り囲んでいる。

だが、ユートも九郎も動じはしない。

ただ静かに精神集中した。

「憎悪の空より来たりて──」

九郎が詠う。

今、その瞬間の世界の法則を演算し、導き出された式に自らの理論を書き加え、自分の世界を創造する。

「正しき怒りを胸に……」

アルが詠う。

それが魔術。

真実の眼を以て、世界と繋がる秘術。

「「我等は魔を断つ剣を執る……!」」

九郎とアルが唱和する。

不可視の脅威はすぐ直前、瞬き一回の距離にまで接近していた。

九郎には、ユートには……それがハッキリと認識出来ている。

九郎は世界に神経を張り巡らして、思考が疾走状態にあった。

故に、その刹那は欠伸が出る程に緩慢な時の流れに在るのだ。

ユートは何度も何度も死に近い体験をし、前世に於いては死出の旅立ちすら経験している。

だからこそ、緒方逸真流の奥義の一つに至れた。

緒方逸真流奥義【颯眞刀】に至り、思考は加速されて緩慢なる世界に入る。

超高速思考、第三視点、暗視、赤外線視、世界線視、それは阿頼耶識の境地。

九識論と呼ばれるモノが、この世には在る。

阿頼耶識とは第八識に位置するモノだ。

それは唯識思想により立てられた心の深層部分の名称であり、大乗仏教を支える根本思想である。

眼識・耳識・鼻識・舌識・身識・意識・末那識・阿頼耶識の八つの識の内第八番目で、人間存在の根本に当たる識であると考えられているのだ。

第九識に至るのは、つまり神域に至るという事。

という事は第八識こそは、人間として至れる事実上の最高識。

死ぬ際に視る走馬灯とは、この阿頼耶識がほんの一瞬のみ覚醒した状態だと考えられている。

それは刹那の刻、死を回避する術を捜す防衛本能なのかも知れない。

ユートの使う緒方逸真流の開祖は、死に至る傷を負った際にこれに覚醒し、眼にも映らぬ速度で戦場を駆け抜けたと云われている。

未だに他の奥義は使えないものの、無理をすればこれだけは使える様になった。

「「汝、無垢なる刃デモンベイン!」」

そして、九郎とアルの唱和も終了する。

右腕を天高く掲げて、魔刃鍛造の術式を構築すると、右手にバルザイの偃月刀が握られた。

エルドラントの掌中にも、一振りの剣が握られる。

術式で編まれて再現されたエウレッタ・エルドラントの武器(デバイス)

「凛々(ブレイブ)の明星(・ヴェスペリア)

(ひかり)が走った。

デモンベインの周囲にて、三十もの爆発が連続する。

(ひかり)が走った。

エルドラントの周囲でも、やはり三十もの爆発が連続して起こる。

総てを叩き斬ってやった。

爆煙が晴れた先には、未だに健在であるデモンベインとエルドラントの姿。

「な、なにぃ? な、何故ぇぇぇぇぇっ!?」

「忘れたか罪人! こやつの名の意味を……」

「なにぃ?」

「それを成す為ならば、我等は何度でも甦るのだ! 忘れたのならば今、思い出させてやろうっ! やるぞ九郎!」


デモンベインとエルドラントが、ベルゼビュートに向かって剣を振り下ろす。

剣戟は衝撃の刃となって、ベルゼビュートを弐刃が斬り裂いた。

「思い出しであろう……? そうだ、これがこの機体の意味」

(デモンベイン)を断つ剣さ。さあ、ゾンビ野郎。死体は死体らしくとっとと墓に帰りな!」

「お、おのれぇ! なら、地下施設にスター・バンパイアをバラ撒いてやる!」

「な!?」

「おーほっほっほっほ!」

然し、あちこちから爆発が起こった。

「な、な、何故だぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

必殺を期して放ったスター・バンパイアが、目的を果たす事なく爆散して焦る。

周囲には、見た事ない機体が十機ばかり浮いていた。

〔そうはさせないのであります!〕

ストーン巡査が誇らしそうに拡声器で叫ぶ。

乗っている機体は、魔装機ディアブロ。

ネス警部も魔装機ジャオームに乗って、スター・バンパイアを落とした。

〔さあ、デモンベイン! 周りは我々、治安警察一同が引き受けた。君は存分にブラックロッジと戦ってくれたまえ! 主に俺の安穏とした老後の為にぃ!〕

〔ネス警部! 最後の一言は余計ですよ〜〕

魔装機──鬼械神(デウス・マキナ)から見れば玩具も同然ではあるが、これでも原典では邪神とも戦った由緒正しき機体なのだ。

「へっ、治安警察の人か! 美味しいトコ持っていってくれるぜ!」

「他力本願だな(なれ)

「ちっくしょうがっっ! どいつもこいつも邪魔ばかりしやがってぇ!」

怒るティベリウス。

その刹那の隙を見逃してやる程、大十字九郎は甘くはなかった。

「……はっ!? デモンベインッッッッ!」

漸く気が付いても遅い。

既にベルゼビュートまでの間合いは、詰めてしまっていた。

バルザイの偃月刀を降り下ろし、頭頂部から股に掛けて一直線……ベルゼビュートを左右対称、正確に両断してやる。

「また、またもや……っ! 大十字九郎っっ!」

両断されたベルゼビュートから、ティベリウスが飛び降りるが、それよりも早くクトゥグアを招喚。

巨大な銃口を合わせた。

「へ?」

「成仏しろよ」

魔弾は軌道上のティベリウスを巻き込んで、地面に着弾して爆音と共に土煙を巻き上げた。

「これで跡形もねえだろ。借りは返したぜ、ティベリウス」

「上出来だ。だが一息吐いている場合でも無いな……一刻も早く空の穢らわしい肉塊を処分せん事には」

「未だだ!」

「っ!?」

ユートの警告を受け、咄嗟に下がる。

「どうした?」

「あれを見ろよ……」

言われて見れば、破壊された筈のベルゼビュートが、変化を起こしていた。

「何が起こっているかは知らんが、どうやら未だ斃した事にはならんようだな」

「奴は魔導書【妖蛆(デ・ウェルミス・ミステリィス)の秘密】の力で、奴は謂わば擬似的な不死を獲ているんだよ」

元よりユートは、斃せていないと確信を持っていた。

妖蛆(デ・ウェルミス・ミステリイス)の秘密】の能力でティベリウスは言ってみればリビング・デッドの状態にあり、擬似的な不死と成っているが故に殺す事が出来ない。

「ウップ……気持ち悪くなってきた」

「確りしろよ、(なれ)

「大十字……九郎……アル……アジフ……緒方……優斗ぉぉぉぉ……」

声が響く。

もうウンザリする程聞かされた下品な声だ。

「【妖蛆(デ・ウェルミス・ミステリイス)の秘密】を操る……アタシは不死身……殺せない……アンタ達なんかに……このアタシが……コロセルものくあぁぁぁぁあああああっ!」

腐敗する機体が爆ぜた。

一気に溢れ出す黒い群雲。

「ティベリウスを滅ぼすなら方法は三つ。デモンベインの未だ隠された力を覚醒させる。若しくは【妖蛆(デ・ウェルミス・ミステリィス)の秘密】を破壊する事、もう一つは……」

「隠された力?」

「この状況で、魔導書破壊は無理があるよ。感じて、今の九郎さんとアル・アジフなら、解る筈なんだ」

何となれば、此処でソレを使えないならこのループも失敗という事になる。

尤も、ティベリウスを滅ぼすだけならば、ユートには簡単に出来るのだ。

そう、それこそ三つ目……神滅斬(ラグナ・ブレード)でティベリウスの魂そのもねを、存在自体を滅ぼしてやれば良い。

だがそれでは意味が無く、ユートは飽く迄もサポートに徹していた。

この無限螺旋の戦いの決着を着けて良いのは、白の王と黒の王、そして王に殉じた魔導書の少女のみ。

なれば、此処で使えないなら次のループに決着を持ち越すしかない。

「そうだな、奴は妾達の敵ではない。征くぞ九郎よ、我が主っ!」

「応よっ!」

唸る怨念。

牙を剥いて襲う呪詛。

怨怨汚怨怨汚怨怨汚怨怨汚怨怨汚怨怨汚怨怨汚……!

瘴気の塊が、慟哭とえ怨嗟に満ちた断末魔を上げる。

「また怨霊呪弾か!」

「アンタらもこの呪弾の糧にして上げるわ! さあ、汚らわしい怨霊に成り果てなさい! 腐殺ァァァァァァァァァァァ──!」

「無駄よ。深淵の前には、そんなモノは通じない……タルタロスよ、果ての無き怨霊を呑み込め!」

アビスが囁くと、地面には大穴が開く。

暗き果てない冥界への落とし穴。

金色の分体の一つである、暁の明星でさえ抜け出る事は叶わぬ無明の闇。

重力に引かれ、怨霊が呑み込まれていった。

「くぁぁあぁぁあ!」

ティベリウスは焦る。

よもや、こんな方法で怨霊呪弾を防ぐなど、思いもよらなかった。

デモンベインも悪意や敵意を祓う【(エルダー・サイン)き印】で、怨霊呪弾の凌辱を防ぐ。

──足りない。

九郎はティベリウスに憐れみすら感じた。

「この程度か。他人を貪って力と永遠を手に入れた、お前の力とはこんな程度 なのか? こんな下らない脆弱な力の為、多くの人間を犠牲にしたのか……」

もういい……終わりにしてやろう。

疲れただろう?

「俺がお前の総てを否定してやるよ」

さあ、どうしてやろう?

どうやって、死なない存在を滅ぼしてやろうか?

手段なんて無限に在る。

喩えば……

「喩えばだ……」

そう、今なら……今ならば至る事すら出来る筈だ。

頭が冴える。

冴え渡っている。

それはまるで、オーガズムに脳を灼かれた後の様に。

それはまるで、阿頼耶識を越えた先の様に……

今なら至れるのではなかろうか……第九識に。

阿摩羅識に。

否、否、否、否否否否否否否否否否否否否否否否否!

更なるその先に……

根源に。

第十識へと至れ。

乾栗陀耶識へと。

【大十字九郎】は第九識を越え、第十識に至る存在。

手を伸ばせば……ほら……目の前に在った。

空間も時間も理解出来ない領域、何もかもが鎖されめちる場所。

光も音も空気も気配も生も死も創造も破滅も刹那も永劫も。

九郎は混沌の闇に囚われている。

人智を越えた混沌の海で、九郎の意識は朽ちていく。

だが、九郎は意識を越えて未那識に至り、阿頼耶識の領域すらをも越えている。

闇の中に突然、一粒の光が生まれた。

光を求めて手を伸ばす。

光の正体は匣だった。

不均整な容の、匣の隙間から僅かに光が零れている。

伸ばした手は、アッサリと匣に触れた。

匣の中身は容易く知れた。

七本の支柱に支えられた、黒い結晶体。

不揃いの平面によって構成された多面体に、血管の様な紅い線が走っている。

それは明らかに鉱物でありながら、同時に脈動をする生命の生々しさを兼ね備えていた。

蓋が開けられた事で、光が爆裂する。

狂った光と闇の中で、異形の聲を聴く。

祝詞の様な呪詛の様な異界の言葉。

異形の呪文は、やがて意味の解る言葉へと変わる。

聲が告げた。

九郎達は同時に呟く。

(シャイニング)く」

「トラペゾヘドロン……だと?」

〔然り〕

燃える三眼が応えた。

戦場は異界と化した。

闇が集う。

歪んだ、狂った、悶える、異形の闇が集う。

光が集う。

荒ぶる、吼える、嘲笑う、異形の光が集う。

此処は異界、在り得てはならぬ世界。

矛盾の巣窟、世界の綻び。

神々の禁忌。

此処は処刑場。絶対的な権威を以て、デモンベインが魔を裁く。

「ッッッッッ!」

ティベリウスの恐怖が伝わってきた。

レムリア・インパクトの、エネルギーを込めた右掌を突き出すと、右掌から何かが現出する。

闇の塊。

周囲の光景をも歪ませて、呑み込む圧倒的な闇。

「ブラックホール!?」

空間の裂け目から、何かが頭を覗かせていた。

デモンベインはそれを手に取り、引きずり出すと全体が姿を顕す。

捻じ曲がった神柱、狂った神樹、刃の無い神剣……

中心には夢の中で見た──あの黒い結晶体が。

「これが、シャイニング・トラペゾヘドロンなのか」

名を呟いた瞬間、神氣とも云える凄まじい圧力によって圧された。

「な、何だこれは?」

「デモンベインが? いかん、制御が利かぬっ!」

アルが力の流れを、必死に制御しようと試みる。

「遂に顕れたか、第零式・封神昇華呪法兵装……輝くトラペゾヘドロン」

ユートが手助けした分、覚醒が遅れるかもと思っていたが、どうやら上手くいったらしい。

これ無くして、大導師(マスター・テリオン)も邪神も斃せないのだ。

トラペゾヘドロン自身に、意志が在るかの如く蝿の塊の様なベルゼビュートへ、デモンベインが其れを向けていた。

「敵に、ぶつけろと言っているのか!?」

「何か知らんが、やってやる!」

迫るデモンベインに気付くティベリウス。

手にしたトラペゾヘドロンを怯えた目で見つめつつ、半狂乱になって叫ぶ。

「そ、それは何よっ!? 何なのよアンタ達! 来るなぁぁぁ! アタシに近寄るなぁぁぁぁぁぁあ!」

ティベリウスは、本能的に悟ったのかも知れない。

デモンベインが手にしている金色の剣が、自身を確実に葬るモノだと。

霧の様な瘴気が、蝿の群れがデモンベインに押し寄せてくる。

だが、その総ては触れる事も出来ずに塵となった。

強力な防禦陣が包み込んでいるかの様に。

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」

蝿の群れの中心に、遂には見付け出す……魔方陣に囲まれた球状の物質。

ベルゼビュートのコックピットだけが、蝿の群れの中に浮いている。

デモンベインは、シャイニング・トラペゾヘドロンを振り下ろした。

その瞬間、極限まで膨れ上がっていた神氣がコックピットを──否、蝿の群れを呑み込んだ。

光と闇が奔る。

混じり合い、溶け合って、渦を巻きながら、空間を侵略していく。

「ひぃぎゃらばあああ! な、なにぃぃぃこれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

荒れ狂う光と闇が、空間を引き裂いた。

虚空に亀裂が生じる。

蝿の群れが、亀裂の向こう側へと吸い込まれて逝く。

亀裂の向こうは見えない。

穴はただただ深遠だ。

穴の中から無数の光と闇が溢れ出し、コックピットを掴むと亀裂の中へと引きずり込んでいく。

「や、やめてっ! 何処へ連れて行く心算? いやああああ! 其処は嫌ぁっ、其処はイヤぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ! 殺して、お願い、いっそ殺してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」

絶望の絶叫を、断末魔を上げるティベリウスに、九郎は告げた。

「他人を散々踏み躙って手に入れた不死身の躰だろ? だったら何処までも面倒を見るのが道理ってもんだろうが」

断末魔が途絶え、ティベリウスが完全に亀裂に引き込まれると、消滅した。

同時にトラペゾヘドロンが光となって消える。

異界の出来事は総て忘れろとでも言いたげに、事も無げに、世界は元の姿へと戻った。

後に残されたのは、ユートの乗るエルドラントと──九郎の乗るデモンベイン。

この二機のみであった。

「ハァ、ハァ、ハァ……」

「? どうしたの?」

アビスの背後で、ユートが息を荒げている。

振り返ってギョッと、目を見開いた。

まるで発情するかの如く、陶然とした表情でトラペゾヘドロンが造り出した亀裂が消え去った場を、見つめ続けているのだ。

快楽に昂る様に……

焦がれる様に……

亀裂の先を欲し、其処へと逝きたいと謂わんばかりに……

暫し時間を置き、ユートは無限螺旋の終焉を感じたのだろうか、満足そうに瞳を閉じて浮遊する様な軽い充足感に浸る。

「これで帰れるな。元の……時代に」

そして、地球狂想曲最終楽章が幕を上げる。



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そろそろ、デモンベイン編は最高潮(クライマックス)の……筈。





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