体育系大学で教えることになって2年目、1年生のクラスを受け持つことになった。22人の初々しい新入生である。
担任の役割は、1週間に1度の導入演習という講義で、大学生としての心構えなどを教えることだ。オリエンテーションで、最初に言ったのは、交通事故に気をつけること、悪いことはしないことの2つ。病院や警察に担任の先生として駆けつけることはしたくない。
緊急時の連絡先として、私の携帯の番号を知らせたら、その翌日から頻繁に電話がかかるようになった。
「次の時間、どこへ行けば、いいんすか?」
「すみません。どなたですか」
「先生のクラスの者っすけど」
「分かった。学科ごとに配られた時間表を見ると、次の時間帯にどんな授業があるか書いてあるはずだけど」
「たくさんあって、どれを選んでいいか分かんないっす」
「そりゃそうだね。でも、ぼくにも分からない」
「マジっすか」
「ごめんね。自分で考えて」
正しい口の利き方を教えるべきか
友だち口調で話すことを「タメ口」と称するそうだ。「近頃の若い奴は、先生に対する口の利き方も知らないのか」とも思うが、就職試験では、それなりに敬語をあやつるし、コンビニのバイトではちゃんと売り子もできる。要するに、先生が敬語の対象になっていないだけのことだろう。
そこで、敬語の対象圏に入れられた方がいいか、タメ口の圏内に入れられた方がいいかと考えると、この歳になると、若い人の友だちでいる方がいいなと思う。
教育者としては、敬語の正しい使い方を教えるべきだろうか。小学校から高校までの教育の中で、こういうことはちゃんと教えてきていないのだろうか。それならそれで、もう無理することはないのかもしれない。そもそも先生は、それだけで敬語の対象なのだろうか。
昔、経済部の記者だった頃、デスクと「タメ口」で話していたら、同僚に「よく、ああいう口の利き方ができるね」と言われた。昔、経済部のデスクだった頃、エレベーターで一緒になった社長に「タメ口」で話をしたら、横にいた役員に「少しは口の利き方を考えろ」と注意された。
自分のやってきたことは忘れて、生徒に正しい道を説くのは偽善のような気がする。それなら、ちゃんと口の利き方をしないと、私のように出世しませんよと、自分の体験談を話すのが正しい道なのだろうか。
悩む間もなく次の電話だ。
「隣のクラスは、選択科目のオリエンテーションで1つの教室に集まってるんですけど、ぼくらはいいでしょうか」
「そりゃ、まずいね。どこに集まったらいいか調べて、かけ直すから」
教務課に尋ねたら、掲示板に出ているとのこと。電話の学生には、掲示板を見て、クラスの人たちを誘導するよう頼んだ。
きっと、教員に配られたオリエンテーションの資料には出ていたのだろう、「自分で考えろ」という回答は間違いだった。役立たずの担任についた学生は不幸だというしかない。
家族割引制度を教えてくれなかったNHKの「地域スタッフ」
夜にまた電話が入った。
「NHKの人が来て、契約書みたいなのにハンコを押したんですけど、銀行のキャッシュカードを寄こせと言われたんで、断ったんすけど、ハンコ押してしまったんで、大丈夫でしょうか」
「キャッシュカードが欲しいなんてヘンだね。契約書の紙はないの?」
「ないっす。ただパンフレットみたいな紙にはNHKの受信料契約についてって書いてあります」
いろいろと聞いてみると、どうやら本物のNHKのようで、ひと安心したが、今時のNHKは、その場で銀行口座からの引き落とし契約ができる機械を持っていることが分かった。振り込め詐欺が利用したくなるような機械だ。
学生がメモした受信料の金額を聞いて首をかしげた。NHKのホームページに書かれた契約金額と同じだったが、家族割引になっていなかったからだ。学生や単身赴任で、同一生計の家族と離れて暮らす場合に適用になる制度で、50%割引だから、衛星契約なら年間で1万2760円も安くなる。
「受信料って払わなきゃいけないんすか?」
「放送法にはそう書いてある」
「マジっすか」
みなさまのNHKも受信料の知識のない学生相手だと、やりたい放題のようだ。翌日、NHKに「苦情」の電話を入れる。
「ひとり暮らしの学生と分かる場合には、家族割引の制度を説明するようにしております」とのこと。学生町の学生相手のアパートを4月に訪ねた「地域スタッフ」(集金業務を停止したので「集金人」とは呼ばない)の目に、わが学生は独居学生とは映らなかったようだ。
NHKの担当者には、大学のある地域を告げて、「この地域の担当者にちゃんと家族割引の制度を説明させるようにしてください」と伝えた。
それにしても「地域スタッフ」は、なぜ大事な情報を伝えなかったのだろうか。契約料が安くなると、集金人の取り分は減るのだろうか。実家がまとめて支払うことになると、集金人には取り分がこないのだろうか。余計なお世話だけれど、いろいろと考えてしまった。
次回に教室で話すべきテーマは・・・
最初の講義。前回のオリエンテーションの資料をじっくり調べたら、そのときに担任が学生から集めて提出しなければならない書類が何種類も出てきた。
そこで、学生にこの日も前回の資料を持ってきているか尋ねたら、半分近くが持ってきていなかった。
私が学生なら当然、持ってこなかっただろう。資料のコピーを取るなどして、なんとか間に合わせたが、最初の講義で説明しなければならないことは先延ばしになってしまった。
こうなると、次回に教室で話すべきテーマはこれしかない。「人に頼らず、自立しよう」。反面教師の典型を見ることになった学生は言うだろう。「マジっすか」
筆者:高成田 享
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