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石原慎太郎の政治敗北 - 尖閣をめぐる右翼側の意図
先週、大きなニュースとなった石原慎太郎の尖閣購入発言は、議論の渦を起こして悪影響を撒き散らしながらも、マスコミ報道で制止され、国民的な世論沸騰の状況を現出させることができなかった。今回は、外務官僚がかなり真面目に動き、2010年の漁船衝突事件時の過誤を繰り返さないよう、素早く政権に歯止めをかけた点を看取できる。日中国交正常化40周年の
節目
で、悪化した日中関係を改善すべく
用意
していた外交日程があり、それをぶち壊されたくない官僚側が、ぶち壊しを仕掛けた石原慎太郎と右翼に待ったをかけた政治だ。尖閣問題については、右の東郷和彦と左の孫崎享の主張が一致している。国益を守る責任外交という視点から、結論と政策が同じ方向に行き着く。反中右翼ファナティシズムの排除である。最初に反論の一撃を入れたのは、官僚と最も密着している朝日で、テレビ報道で騒然となった翌朝(4/18)に
社説
を上げ、妥協せず石原慎太郎を批判して流れを作った。ここから先、週後半はテレビと
新聞
で対応が割れ、その典型例が報ステの古舘伊知郎(賛成)と三浦俊章(反対)のコントラストだったが、週末(4/22)のTBSサンデーモーニングで決着がついた。ネット言論の狂躁も収まっている。政府の方も、4/17には藤村修が「買い取りを検討」と石原発言に迎合していたが、週後半には外務官僚の
ペース
となり、
政権側
の欲望を抑えてシューティングした。
石原慎太郎の思惑は何だったのか。マスコミ報道は次の二点をすでに解説している。尖閣問題を争点にして選挙に割り込み、極右新党のブームで大量議席を得ようと野望したというのが一点。そして、原発推進派の石原慎太郎が、再稼働阻止の機運が高まっている情勢に水を差し、騒動を起こして再稼働論議を蹴散らそうとしたというのが一点。だが、マスコミ報道が明確に説明していない点があり、こちらの方がもっとストレートで本質的だろう。石原慎太郎と右翼が狙ったのは、ズバリ、中国での反日デモの勃発である。2005年や2008年のときのような、大衆による過激な反日デモの再現であり、騒擾のエスカレーションである。その絵を撮ってマスコミで流し、国内を刺激して昂奮させ、テレビ報道を反中憎悪ショーで埋め、右翼による反中デモを動員して騒然化させる目論見だったのだ。今日は4月23日、すなわち5月4日の10日前である。北京の大使館や上海の領事館が投石で襲撃された2005年の反中デモは、ちょうど今の
時期
の出来事だった。五・四運動の日にタイミングを合わせて、石原慎太郎は訪米先で策動を起こしたのである。ところが、この火付けの謀略は失敗して空振りに終わった。外務官僚が迅速に火消しに動いたこともあるが、中国が変わっているからだ。石原慎太郎の目的を読み、挑発と誘導に応じない政治で切り返している。国際的に見れば、石原慎太郎の狂犬的な一人芝居の失敗である。
杜撰な謀略の投企は、不発の顛末に終わった。空気を読んだ橋下徹は、反中右翼ファナティシズムで結集する石原新党には慎重になるだろう。首相になって権力を手中にする前は、簡単に中国を敵に回せない。石原慎太郎に助言するなら、クーデターを起こすのなら事前に周到な準備が必要で、岡本行夫と森本敏を引き込んで外務省とNHKを工作しておく必要があった。ところが、それどころか、帰国した成田の会見で、尖閣購入には都議会の承認が必要であるという手続でさえ本人が無知だった事実が判明、老人の耄碌が露呈した形となって笑い話になった感がある。今回、この問題で岡本行夫がテレビで喋っていない。この奇襲に中国が動揺しなかった件は、中国社会の安定の印象と評価となり、官僚に石原慎太郎離れを動機づける一方、官僚を中国の方に寄せる動因となるだろう。政治戦として一週間を見れば、石原慎太郎側の完敗だ。4/17の夜、NHKの7時と9時のニュース、テレ朝の報ステでは、あの「街の声」が放送され、サクラと思わしき右翼の「都民」が登場し、「尖閣だけでなく竹島も買うべき」、「国が何もしないから石原知事が尖閣を守っている」などと口々に言わせていた。それが5日後の4/22のサンデーモーニングには、「街の声」は登場せず、寺島実郎、浅井慎平、田中優子、金子勝と、石原批判のコメンテーターが勢揃いで、4/17のテレビの「街の声」を否定していた。右翼はマスコミに梯子を外されたのである。
前回の
記事
で紹介した『日本の領土問題』では、東郷和彦が次のようなことを言っている。「何度も言いましたが、鄧小平の言葉を守るなら、『知恵が出せないのなら触らない』ということですよ。この問題の経緯について、菅内閣は不勉強だったと思いますね」(P.215)。「中国は北朝鮮ではありません。(略)ここと戦火を交えるとは、日本の存立にかかわる仕事です。外交官は、威勢のいい言辞をすべて控えて、中国との戦火を回避するためのあらゆる努力をしなければならないと思います」(P.219)。以上は、ポイントだけを抜き書きしたもので、本の議論全体はこの引用から受けるようなマイルドでリベラルな論調ではなく、右翼の反中路線に沿ったものだ。しかし、それでも、石原慎太郎の「政府に吠え面かかせてやる」とか、それに喝采する極右の叫喚に較べれば、理性的な外交の論理が伏在している点は否めない。何より、尖閣で日中が軍事衝突するリアリティの認識や、その後のイマジネーションとシミュレーションの契機が東郷和彦の中にはある。現実に両国が軍事衝突した場合、米軍は決して中国軍と戦闘することなく洞ヶ峠を決め、せいぜい後方支援に回る程度だろうという認識がある。そうなると、純軍事的に事態を予測したとき、自衛隊が中国軍を制圧して、東シナ海の制海権と制空権を握るという図はあり得ないのだ。紛争は次第にエスカレートし、局地戦の規模と範囲を大きくして長期化する。双方が戦略目標を制するまで作戦行動の応酬が続く。
フォークランド紛争のようになる。当然、台湾では反日世論が沸騰し、一夜にして親日から反日に社会の空気が転換するだろう。憲法改定とか、ネット言論統制とか、治安維持法復活とか、右翼は念願の政治目標を達成して「平成維新」に酔い痴れるが、東シナ海では敵軍との戦争が続く。東シナ海の制海権と制空権をめぐる激突で敗北するということは、先島諸島(宮古・石垣・西表ほか)を敵に奪われるという意味に他ならない。中国軍は、先島諸島を沖縄本島から切り離して占領し、台湾の地上軍兵を一時的に駐留させるという目標を立てるだろう。それを首尾よく成功させた上で、尖閣の台湾帰属と沖縄トラフ線を認めさせる和平協定を組み、非武装化を条件にした上で先島諸島を日本に返還するだろう。そうした軍事戦略の図が想定され、すなわち住民の住む先島諸島が戦場になる。ここで、よく頭を働かせて考えなくてはいけない。右翼が何を計画しているかを。結論を言えば、右翼にとって先島諸島などどうでもいいのだ。目的は政治であり、「平成維新」である。尖閣ごとき小さな島を失う代償に、日本国憲法を廃棄でき、国軍化と核武装を実現させ、赤狩りを実行し、半世紀前の靖国体制を復活できるのなら、右翼にとってこれほど安上がりの取引はないのだ。政治は逆から考えなくてはいけない。右翼は、軍事的敗北は織り込み済みで、政治だけを狂おしく求めているのである。戦争が中国の狙いどおりに進行しても、右翼は中国と和平しない。戦争を継続させる。
1930年代のように、国内を常時戦争状態の政治体制にするだろう。オーウェル的世界にするはずだ。市民は権利を失う。市民社会は消える。国民は銃後の兵へと総動員され、地域社会とネット上で厳しく監視される。一部に、中間材の輸出入と貿易上の結びつきを根拠に、中国は日本と戦争できないと楽観している見方があるが、太平洋戦争を始めたとき、米国は日本の最大の輸出相手国で、しかも石油の輸入を依存していた国だった。経済関係は安全保障が担保される必要条件ではない。また、どれほど軍事衝突が起こっても、どちらの側も宣戦布告などはなく、正式な国家間の「戦争」にはしない。あくまで「紛争」のレベルであり、国境での「衝突事件」なのだ。対外的、国際的には、紛争の早期解決のために外交努力しているように見せかける。当然、貿易も投資も双方の利害と必要に応じて継続される。オーウェルの『1984年』がそのような世界で、情報が統制され、国民は戦争の実像が見えないのである。ただ、国民は敵への憎悪だけが要求されるのだ。本当は、オセアニア国とユーラシア国の支配者は裏で結託しているのかもしれない。管理的に国家を戦争下に置いているようにも見える。日本の場合、一般は英語圏から隔絶された日本語社会であり、そうした統治支配が容易となる条件を持っている。和平しないので、休戦状態のまま尖閣は(海底油田も)中国の実効支配にはいる。そしてもう一度、本格的な戦争を起こす。
二度目の軍事衝突となる。これは、右翼政権のポピュリズムのため、あるいは国内の不満を逸らすための戦争だ。このときはすでに国軍であり、統合参謀本部の作戦計画のスケールも拡大している。おそらく、日本軍(旧自衛隊)はここでも敗北し、核戦争の一歩手前まで行き、沖縄諸島全体を失う羽目になるだろう。
by
thessalonike5
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2012-04-23 23:30
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