「車は凶器」日ごと増す恐怖 祇園暴走事故
信号が青に変わった。京都市東山区の大和大路四条交差点北側の横断歩道を真ん中まで歩いた。「ドカン」。右京区の塩崎武男さん(68)は大きな音を2度聞いた。交差点を見ると、4、5人が空中に跳ね上がっている。手荷物、土産物が舞う。
軽ワゴン車が突進してくる。小走りで横断歩道を渡りきったが、前のめりに転んだ。通り過ぎる車の風圧を感じた。再び交差点を見ると、9人ほどが倒れている。誰もが身動きしていない。自身は転倒で手首を亜脱臼する重傷を負った。
一瞬のことだった。
■後ろの人が犠牲
一歩間違えば自分も命が危なかった。横断歩道で後ろにいた人が亡くなったと後日、警察に聞き、恐怖が日ごとに増す。事故発生から1週間の19日に現場を訪れ、手を合わせた。「生き残ったことを素直に喜べない。亡くなった方に何と言ったらいいのか」。言葉を詰まらせた。
塩崎さんが暴走する軽ワゴン車を目撃する直前、東山区のフリービデオカメラマン米田喬さん(29)は大和大路通四条下ルの東側で北を向いて信号待ちしていた。自転車にまたがったまま電柱にもたれかかった。突然、左足膝の裏に激痛が走った。イヤホンで音楽を聴いており、後方から接近する車に気付かなかった。衝撃で右側に倒れた。直後、「ドン、ドン」という音を聞いた。
塩崎さんと米田さんが聞いた大きな音は、交差点南側の横断歩道を渡っていた歩行者が軽ワゴン車にはねられた衝撃音とみられる。府警の調べでは、事故の死傷者19人のうち、4人の死亡者を含む10人が南側の横断歩道ではねられており、被害が最も集中している。
■よける余裕なく
「グオーンというごう音がして、車が飛び出してきた」
南側の横断歩道を八坂神社に向かって渡ろうとしていた大阪府守口市の田中美夢(みゆめ)さん(67)は証言する。青信号になり、右側にいた友人の平山節子さん(69)=死亡=が先に一歩を踏み出した。信号待ちで停車中の車の右脇から車が急に現れ、接触した田中さんは転倒した。気付くと平山さんは四条通の反対側まではね飛ばされていた。右目に青あざが残る田中さんは「ものすごい速度で、よける余裕なんてなかった」と振り返る。
交差点南側で転倒した米田さんは軽ワゴン車を目で追った。交差点中央で一瞬右に反れ、すぐに左に戻って大和大路通を北上していった。「交差点に頭を突っ込んでいた市バスを避けたように見えた」
その夜は眠れなかった。路肩の植木鉢に頭から突っ込んで出血し、青白い顔で目を閉じていた女性。走り去る車。二つの光景が何度も浮かぶ。「車があれだけの凶器になるとあらためて知った。運転するのが怖い。バスに乗ってもクラクションの音にびくっとする」
なぜ一瞬にして多くの命が奪われ、自分が生き残ったのか。なぜ暴走は起きたのか。「分からないままでは納得いかない」。事故後、松葉づえをついて現場を歩いた。このような惨劇を二度と繰り返さないため、真相究明を望む。交差点角に供えられた大量の花束を見て、その思いを強くした。
【 2012年04月22日 09時34分 】