ふぐの卵巣だったか肝臓だったか、テトロドトキシンという猛毒が含まれている。これは神経を中心にして効果を発揮する。だから体が動かなくなって死んでしまうのだなどといわれている。そしてふぐに中ったら首だけ出るようにして土に埋めておけだの、雑巾をくわえさせろだの、頭にわらじを乗せろだの妙な民間療法がささやかれている。大便を食わせろというのもあるが、これは引き続いて嘔吐することでフグを吐かせるという効果を期待してのことで、効果があるのかもしれない。
昔大分での学会に出席した時のこと。大分はふぐで有名で、何件ものふぐ料理屋が並んでいた。そのうちの一軒に友人たちと一緒に入った。全員麻酔科医だ。怖いもの見たさで、肝を頼んでみた。そのとき、一番後輩が犠牲的精神を発揮して?その危険な料理を食べず、救命係になった。残り全員が中ったら、そのうちのせいぜい一人しか救命できないだろうと思うのだが、そんな細かいことは言いっこなし、というノリで肝をたべた。
こってり感と淡白さが複雑に同居しているようで、ちょっと形容しがたい味だ。確かポン酢か何かを付けて食べたように思う。飲み込むときに、口から胃に至る途中で何だかピリピリ痺れてきたような気がした。もとより私は暗示に弱いたちなので、中るかもしれないという不安(期待?)でピリピリ感が誘発された可能性が大だ。
そのテトロドトキシンという毒物だが、半減期が長かったような気がする。毒が消えるまで、人工呼吸をつづけるしかないが、そんな状態でICUに寝かされたらかなり恥ずかしい。食い意地が張って、食べないで見張るという役目を後輩に押し付けておいしいところを食べて、中った。そういう触れ込みでICUのベッドを占拠することになるだろうから、たぶんICUスタッフの対応も冷ややかだろう。
ちなみに、土中に埋めるなど、奇妙な民間療法には全く効き目がない。人工呼吸を気長に続けるだけだ。不公平なことに、ふぐはこの毒で死なない。