なぜ日本の農業はあらゆる貿易交渉で障害物になってしまうのか。生産コストや競争力の問題ではない。政府が関税に代わる新しい保護制度の設計を怠っているからだ。
欧米諸国は過去20年前後で、農業保護を財政による直接支払いに切り換えてきたが、日本は安上がりな関税頼みを続けている。環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加をにらみ、政府は「関税」から「財政措置」への置き換えも検討する方針を打ち出しているが、まだその輪郭を示せない。世界貿易機関(WTO)ドーハラウンドも今夏の大筋妥結を目指して交渉を再開した。関税の大幅削減、撤廃に備えて対策を急ぐべきだ。
内外価格差を縮小する努力をほとんどしなかった
経済協力開発機構(OECD)が毎年公表している農業保護指標の1つに生産者支持推定量(PSE)がある。内外価格差に生産数量をかけ、それに農家への補助金を加えた額である。内外価格差をもたらすのは割高な行政価格や関税である。政府買い入れ価格など行政価格は最近姿を消しつつあるので、関税と考えておけばいい。
日本のPSEは2009年に約4兆3500億円で、販売収入の48%を占めていた。つまり農家の収入の半分は保護に由来するもので、保護がなくなれば生産額もぐんと落ち込んでしまう危険がある。最も古いデータである1986年の7兆7600億円、65%に比べればかなりダイエットに成功したようにみえる。しかし、EU (欧州連合)の比率は86年39%、2009年24%で、日本農業は相対的にみても脆弱、過保護状態が続いている。
問題はPSEの中身である。
PSEのうち内外価格差に相当する市場価格支持のウエートを計算してみると、EUが同じ期間に86%から24%へと激減させたのに対し、日本は90%から84%へとわずかに低下しただけである。EUは行政価格の引き下げや関税削減で農産物価格を下げる政策をとり、その代償として農家の所得を補償する直接支払いを拡大した。
対照的に日本は内外価格差を縮小させる政策面での努力をほとんどせず、関税依存の農業保護政策を続けた。市場価格支持の実額は約3兆6600億円。1兆円以上のコメに続いて、豚肉、酪農が3000億円台で続いている。財政に負担がかからない代わり、農産物を購入する消費者がその費用を負担し続けた。農業予算をカットすれば農業改革が進むと考えるのは甘い。消費者の見えざる負担のもと、農業の構造改革をずるずると先延ばしし続けたツケが今になってまとまって精算を迫られているのである。
WTOもルールに採用した「デカップリング」
「日本農業は補助金漬け」という一般的なイメージが間違いであることがここで分かる。農家の所得の源を分析する限り、内外価格差を負担している消費者が支えているのである。関税依存型農業保護を続けた日本は関税撤廃で膨大な財政負担を覚悟するか、生産者への保護水準を大幅にカットするかの選択を迫られる。
OECDがPSEの公表を開始したのは87年からだ。当時、先進国では農業保護の行きすぎで酪農製品などの過剰や財政負担の膨張が大問題になっていた。そこでOECDが農業政策の仕分けをして、政府による価格保証や高関税など増産刺激的な政策を協調して削減しおうと呼びかけていた。
自由な貿易の流れを妨げるような保護政策は、例えそれが国内政策であっても減らす。逆に推奨したのが補助金を作物生産量に連動させないデカップリングである。直接支払いには環境保全など多様なメニューがある。この考え方は、世界貿易機関(WTO)が一部簡略化する形で農業交渉のルールに採用し、価格支持など増産刺激効果のある政策を助成合計量(AMS)と呼んで削減対象にしている。デカップリングによる所得支持はWTOも削減しなくていいグリーンボックス(緑の政策)に分類している。
関税で守られる度合いが大きければ、政策変更も小出しになりがち。守ろうとする制度自体の運営もややこしくなる。
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