「偉大なる天才召喚士――デビットだ!」
これがピンクな空気を読めない男、略して〝PKY野郎〟の自己紹介だった。
大げさに両手を広げながら「デビットと呼んでほしい」とか言っているがどうでもいい。こいつはPKY野郎で充分だ。
そんなPKY野郎の背は俺よりも低く、ハゼよりも少し高い程度。
白髪に琥珀色の瞳。肩近くまで伸ばしたロンゲは綺麗に真ん中で分けられている。全体的に体の線は細く、顔立ちは端整で細いフレームの銀縁メガネをしていた。外装は色を変えた程度でいじった様子は無く、低く明朗な声をしている。
この声と外装からして俺達よりも少し年上かもしれない。
また何よりも特徴的なのは、その口元だった。
ニヒルに歪んでいる。癖なのだろうか? とにかく偉そうだ。なんか知らんが、すんげー偉そうだ。
そして――
「っさ。僕をギルドに入れたまえ」
「「…………」」
PKY野郎の言葉に、思わずハゼが俺のほうへと視線をよこした。
『このアホどうする?』ハゼが目で聞いてくる。
『ハゼにまかせる』
俺は面倒くさそうに顎をしゃくって返す。
するとハゼが嫌そうな顔で『後で何か奢りなさいよ』と、横目で恨みがましく睨んできた。
……仕方ねえ。PKY野郎をあしらったら、俺の少ない小遣いからデザートでも買ってやろう。
「すみません。募集しているのは――」
「〝知恵のかけら〟」
「「…………」」
予想もしていなかったその言葉に、俺もハゼも無言になる。
そしてPKY野郎は、顎を右手でこすりながらじっくりと俺達を眺め回し、満足したかのように深く二度頷いた。
「どうかね? ひとまずあちらの人気の無いテーブルで、話でもしようじゃないか?」
――くそ、やられた。
ほんの数瞬で、立場が逆転してしまっていた。
完全に話の主導権を握られてしまった俺達は、PKY野郎の提案にただ頷くしかなかった。
◇◇◇
「先に言っておこう。君達が『ローレライ』から〝アレ〟を手に入れたのは確認している。……そう。〝確認〟だ。この意味は分かるだろう?」
「……《BMS》? それとも《クルセイダーズ》かしら? 南砂漠の塔攻略中のトップギルドが、いったい私たちに何の用? 時間が惜しいから手短にお願いしたいわね」
「用件は伝えたはずだがね。『僕をギルドに入れたまえ』と」
「ふざけないで」
「ふざけてなどいないさ。それと断っておくが、僕は元《BMS》だ。《BMS》は今朝解散したよ。まだ掲示板にも載っていない情報だがね……だからほら? 僕の左腕に〝ギルド腕章〟も無いだろう?」
PKY野郎のその言葉に、ハゼが困ったような顔で俺を見てきた。
確かにPKY野郎の左腕にはギルド腕章は無く、未所属であることを示していた。
俺は辺りに注意をはらってから、腰の皮袋から、さっと"知恵のかけら〟を取り出し、丸テーブルの下に隠すようにしながら、そのアイテム情報欄を確認した。
――――――――――――――――――――――――――
『13の知恵を集めし者のみ。主の資格を得るであろう』
かけら(1):《漆黒の騎士団》
かけら(2):《クルセイダーズ》
かけら(1):ZIN
※QUEST ITEM
※取引可能/破棄可能/ギルド所持可能
※クエストアイテム
※かけらを破棄した場合、他のかけら所有者へ転移します
※PKされた場合、PKしたユーザーへ転移します
※PK以外で死亡した場合、破棄と同じ扱いとなります
――――――――――――――――――――――――――
「……《漆黒》……どういうことだ?」
「《BMS》が負けたからだよ」
「さっきから話がまったく見えねえよ。もったいぶらずに最初から話してくれ。俺達も暇じゃない」
◇◇◇
そもそもの始まりは、《BMS》が『太陽』の塔のボスドロップをルートした事だったという。
先月。多くのトップギルドが協力しあい、『太陽』の塔攻略を成し遂げたのは有名な話だ。
そして、そのボスドロップをルートしたのが《BMS》だったらしい。
ドロップアイテムのルート権は、倒したモブへのダメージ量や被ダメージ量などから一番貢献したユーザーを算出し、そのユーザー(or所属するPT)に対して与えられる権利だ。
ルート権を得たユーザーは、一定時間内は優先的にドロップアイテムの回収が行える。
「ボス『太陽の守護者』のドロップアイテムのルート権を得たのは、我々《BMS》だった。僕の召喚モブを使い捨ての壁にすることで、かなりの被ダメージ量を稼いでいたからね」
だが、それに対して異を唱えたギルドがあったという。
それが《漆黒の騎士団》だったらしい。
「彼らはボスドロップを寄越せと何度も迫ってきたよ。当然我々はそれを無視した。あの時、あの場にいたトップギルドの者であれば、誰もが同じように無視するはずさ。『ボスドロップのルートは早い者勝ち』それが暗黙のルールだからだ」
そして。《BMS》と《漆黒》は険悪な関係のまま、八月三十一日――『審判』の日を迎えたという。
「予言の日以降はあっという間だったよ。気が付いた時には何もかもが手遅れだった。『《BMS》はPKギルドだ』――そんな根も葉もない噂がどんどん広まっていき、いつしか生産者達からの風当たりは強くなり、PKKと称して、突然見ず知らずのユーザーに襲われることすらあった」
PKY野郎は丸テーブルに両肘をついて、組んだ両手でニヒルな口元を隠すようにしながら、《BMS》に何が起きたのか? 淡々と語る。
「そして。一昨日には親しくしていた鍛冶職人に修理を断られ、昨日からは錬金術士のポットすら買えない。取引してくれる生産者を見つけても、足下をみたボッタクリばかりだった」
PKY野郎は淡々としていて、その表情は変わらないままだ。
ただ……酒場に吊るされたランプの炎が揺らめく度に、その炎に照らされたPKY野郎の顔が、悲しみに包まれていくかのように見えた。
「我々《BMS》のギルドマスターは穏やかな女性でね。そんな彼女に惹かれて集まったメンバーで設立したギルドだった。特にトップギルドを目指したわけじゃない。だが、ギルド設立後も自然と人が集まり続け、気が付くとトップギルドの称号を得ていたよ。ギルドメンバーも多いときには二十六名もいた。……最後には、たった四人だけになってしまったがね……」
変わらなかった表情に、少しだけ変化が生まれる。
懐古。憧れ。悲しみ。――そんな様々な感情を湛えたような寂しげな顔。
そんな表情で、PKY野郎は《BMS》のギルドマスターについて語った。
そしてその姿には、俺達よりも少し年を重ねた、大人の風格が漂っていた。
「今朝。《漆黒》から最後通告と称して、『太陽』のボスドロップを寄越すよう要求……いや、脅迫があった。連中は遠回しに、『応じなければ元《BMS》メンバー全員もPKユーザーとして晒し続ける』と言ってきたよ。……もはや、我々は限界だった」
どこか遠くを見ながら語っていたPKY野郎の瞳に、確かな色が灯った。それは《漆黒の騎士団》に対する感情の色。
――琥珀の瞳の中に、ランプの炎が強く揺らめいていた。
「手を尽くせば誤解を解くことも可能だったろう。結局は根も葉もない噂だからね。だが……時間が圧倒的に足りなすぎた。早ければ後七日でデスゲームが始まるかもしれないのに、PKギルドのレッテルを貼られたままでは、生きていくことは困難だと判断した。そして……何よりも彼女が解散を望んだ。『生産者としてひっそりと生きていきたい』――疲れたように笑う彼女に、ギルドマスターを続けてほしいとは言えなかった。そうして《BMS》は今朝解散したのだよ……《漆黒》に『太陽』のボスドロップを渡して」
◇◇◇
《BMS》がPKをしているという噂は、俺自身も何度かアルカナ掲示板で見かけた気がする。
「本当にPKをしていないのか?」
俺がそう聞くと、PKY野郎ははっきりと否定した。
「あの噂は本当にガセさ。《漆黒》によるアルカナ掲示板を使った印象操作だ。ネットゲームを渡り歩くようなトップギルド連中なら、匿名掲示板などでの情報戦は常識らしい。
――アルカナ掲示板だと名前が出るだろって?
そこがまさに盲点だった。トップギルド連中はヒキコモリユーザーを養い、抱き込んでいるようだ。そして無所属のユーザーを仲介させて、抱き込んだヒキコモリユーザー達に掲示板上で情報工作させている。要は名前が出ることを逆手にとっているのさ。名前が出るからこそ信憑性がある情報だと錯覚してしまう。多くのユーザーを騙し、誘導することができる。アルカナ掲示板に噂の種を仕掛けるだけでいい。うまく種から芽が出れば、後は掲示板上で勝手に育っていく……今回の《BMS》の噂のように」
「……つまり。《BMS》は《漆黒》に嵌められたってことよね?」
「その通りだ。こちらも色々と手を尽くしたのだがね。すでに炎上してしまった噂を消そうとしても、逆に油を注ぐだけだった」
PKY野郎は媚も乞いもしなかった。
感情をできる限り表に出さないようにして、ただ淡々と話を重ねた。
そして、いつしか――
『こちらは事実だけを語った。後はそちらにまかせる』
そんな態度でじっと俺達二人を見つめていた。
いつの間にか、丸テーブルには深い沈黙が降りていた。
『どう思う?』ハゼが少し首をかしげながら、目で聞いてきた。
『真偽の判断が難しいな』
俺は顎に手をあてて軽く目をそらす。
『罠の可能性も充分考えられるわね』ハゼが人差し指を立てて、さらに俺を見つめてくる。
『まあな。ただ……』
顎に手をあてたまま、俺は視線を横から上にそらした。
『ただ?』ハゼもそんな俺の視線を追ってくる。
『なんとなく信用してもいい気がする』
凛としたハゼの赤い瞳を、正面からしっかりと見つめ返した。
『あんたの直感? それとも考えての結論?』ハゼが顎を引いて上目になる。
『俺の直感』
そのハゼの上目に、俺は軽く肩をすくめて返す。
『なら信用してもいいかもね』納得と呆れを含んだ吐息を漏らし、ハゼが肩の力を抜いた。
『……どういう意味だよ』
そのハゼの様子に、俺が横目で睨みを飛ばすと――
『そういう意味よ』ハゼも同じようにジト目で睨み返してきやがった。
この野郎。俺をなんだと思ってやがる。
そんな風にして、視線やちょっとした仕草だけで、意思を交わす俺とハゼ。
その目の前に座っているPKY野郎が、何かおかしなものを見るような、不思議そうな顔で俺達を見つめていた。
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