「小さく見せるブラ」〜誰も手を出さない“1割の悩み”に商機あり
プレジデント 4月19日(木)10時30分配信
どんな女性も、胸はできるだけ大きく見せたいもの──。これは多くの人にとっての共通認識ではないだろうか。事実、巷には機能的なバストアップ商品が並び、ブラジャーにパッドなどを入れて胸を大きく見せるのも、女性にとっては普通のことである。しかし、ワコールではその名も「小さく見せるブラ」を2010年より販売。これが現在までに10万枚を売り上げる、隠れたヒット商品となっている。
きっかけは、若手の発想を汲み上げる目的で行われた「商品提案活動」。そこで一人の女性デザイナーが、自分の経験から「胸が大きいコンプレックスをなくす、胸を小さく見せるブラ」を提案した。通常、ブラジャーは胸をより大きく見せるためのもの。すぐに「商品化を」という話にはならなかったが、その後実施したアンケートで、20〜40代の女性の10.7%が「バストをコンパクトに見せたい」という多数派とは正反対の希望を持っていることが判明した。
「斬新なアイデアだったので、印象に残りました。数としては1割ですが、ニーズの強さを感じたのでこれはビジネスになる! とピンときました。アンケートに後押しされる形で商品化を決めました」
こう語るのは、ワコールブランド事業本部で商品開発に携わる上家淳志さん。チーフパタンナーとして商品の形づくりを行いつつ、コンセプトメーカー的な役割も担っている。アイデアに広く目を光らせる日頃からの姿勢が、今回のヒットを呼び込んだ。マーチャンダイザーとして商品開発に携わる小田聖也さんも、「小さく見せるブラ」にチャンスを感じた一人。ブラジャーの売り上げに伸び悩んでいた時期でもあり、なにか面白いことができないか、アイデアの種を探していた。
「絶対的なニーズが少ない『小さく見せるブラ』は、主力商品にはなりえません。ですが、ニッチだからこそ少人数で動くことができるし、アイデアをストレートに表現できる。そう思ったら、俄然やる気が湧きました」
どんな商品も、関わる人が増えれば増えるほど、根幹となるアイデアの尖った部分がなくなっていく。そうすることで多くの人に愛される商品が生み出される一方、いい意味で違和感を抱かせるような、実験的な商品は生まれにくくなる。「小さく見せるブラ」のようなアイデアの、尖った部分を維持したまま商品化するには、少人数かつ短期間で企画を詰めていくほうがいいのかもしれない。実際、「小さく見せるブラ」の商品化に携わったのは、上家さん、小田さんのほか数人。通常1年以上かかるという開発期間も、わずか半年に収めて販売まで漕ぎ着けた。
とはいえ、一風変わった商品であることには違いない。よさを最大限伝えるために、普段とは違う苦労もあったという。まず二人が悩んだのは、ネーミング。
「クリエーターに依頼したら、名前として響きのいい商品名の候補がいくつかあがってきたんです。でも、主力商品と比べれば広告費もあまりないなか、胸を小さく見せたい人に伝わりやすい商品名でなければ、商品の存在を知ってもらうことすらできません。思い切ってやめました」(小田さん)
ネットを活用し、胸を小さく見せたい人がリアルに語るワードを検索。結果、商品名では悩みをストレートに表現することになった。また、「小さく見せるブラ」を着用するメリットをビジュアルで伝えるため、どんなシーンで胸を小さく見せたいのかを徹底的にリサーチ。胸の部分がきつい、いわゆる「ムリめのシャツ」のボタンもしっかり閉じてスッキリ着られる、というビジュアルを売りに、商品の販売が始まった。
■なぜ「下着屋」だと思ってはいけないのか
苦労が実り、ネット限定で売り出された最初の「小さく見せるブラ」は当初の販売計画数量2000枚を超える注文があり、わずか5日で完売。これは異常なヒットといってもいいだろう。今までにない商品に興味を持ったマスコミから、取材依頼も相次いだ。
主力商品とは逆のアイデアに目をつけ、ヒット商品を生み出した上家さん、小田さんは、ともに大学の理系学部出身。文系学部出身のメンバーが多いブランド事業本部においては、非常に珍しい存在だ。そんな二人には、共通した独特の姿勢がある。それは、「自分たちを下着屋だと思わない」こと。
「下着って、胸を寄せたり上げたり、アパレルのなかではかなりメカニカルな要素が強いと思うんです。それを忘れないためにも、あえて自分のことをアパレルの人間だと思わないようにしています。『ブラはこの形』と決めつけたら、あとはデザイン性に頼るしかない。それではあまりにアイデアに膨らみがありませんから」
■みんながいいと言うものはまず疑う
そう語る上家さんは、「既成概念は新しいアイデアの邪魔になることも多い」と、市場調査をするときも服や下着より重視するものがある。一見畑違いの、自動車メーカーの展示会に行って、スプリングなどの部品を見るのだという。
「その部品たちがすぐブラに使われることはないけれど、どうにかして使えないか、考えるチャンスを与えてくれる。アイデアを膨らませる貴重な材料になるんです」
一方、小田さんは、他人の意見との距離感について持論がある。
「天邪鬼なようですが、みんながいいと言うものは、まず疑うようにしています。あえて悪い部分を探すこともある(笑)。他人の意見とは距離を保ちたいんですよ」
他人から何かアドバイスされても、言われたとおりに直すようなことはしない。商品を生み出す側の人間ならば、そこから気づきを得て、自分流にアレンジできなくてはいけないという考えからだ。
「誰かの意見をそのまま反映するだけなら、僕じゃなくてもいいじゃないですか」
独自の姿勢を貫くとはいえ、行く先に迷うことがある。そんなとき、上家さんが必ず訪れる場所がある。本社にあるミュージアム「ワコール ミュージアム オブ ビューティ」だ。木綿地で作られた第一号のブラから最新作まで、ワコールと下着の歴史が整然と並ぶ。
「順番に見ていくと、なかには時代にそぐわないようなハイテク技術を使った商品もあるんです。東京オリンピックが開催された時代に、縫い目のない『シームレスブラ』が発売されているんですよ。そういうものを見ると、ある種ものづくりに携わる人間のエゴを感じて、自分ももっと柔軟に新しいものを生み出していかなくては、と背中を押されたような気持ちになります」
逆に、ワコール製品のファンだというお客様から送られた手紙と、大切に使われた古い下着の展示を見ると、「ワコールを愛してくださるお客様の目線を一番大事にしなくては」と痛感させられるという。上家さんにとってこのミュージアムは、商品開発にとってもっとも大切な二つのことを思い起こさせてくれる場所なのだ。
小田さんは、商品開発という仕事についてこう語る。
「『何か新しいことをしたい』というのは、常に上家とも言い合っていること。僕らがつくっているのは下着ですが、ゴールはそこじゃない。下着を通してお客様に何を提供できるか、生活にどんな変化を与えられるか、考え続けることが大切なんだと思います」
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チーフパタンナー・上家淳志
商品営業部・小田聖也
大高志帆=文
森本真哉=撮影
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最終更新:4月19日(木)18時6分
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