読売連載 大阪市営地下鉄の民営化

<8>大阪市営地下鉄を民営化した場合の影響は

上山信一 慶応大教授

◆経営改善サービス向上◆

 地下鉄は見かけ上、年間約200億円の黒字だが、利益の半分は市役所からの補助金だ。さらに、市バスの赤字補填(ほてん)に30億円を回しており、実質収支はトントンだ。未償還の建設債務が約6500億円もある中で売り上げが減り始めており、今のコスト構造では経営は持続可能ではない。

 改革の本丸は人件費削減だ。2008年度のデータで営業キロ当たりの職員数は44・6人で、私鉄(平均25・4人)や他都市の地下鉄を大きく上回る。平均年間給与も754万円と私鉄平均より100万円以上高い。公務員の身分保障が収支改善の最大の障害であり、民営化は必須だ。民営化すればサービス改善も進む。トイレの改修や自動販売機での定期券販売、終電繰り下げはすぐにできる。

 新線建設は、前市長の時にいったん凍結されたが、これは一部議員による地元の利益誘導を防ぐためだった。民営化で収支改善すれば、中心部での阪急、南海、JRとの乗り換えや乗り継ぎ改善のための投資のほか、都市軸の拡張、府域全体の発展を考えた延伸が始められる。なお、民営化に際しては都が現物出資して最大株主となった上で、私鉄やJR、銀行、市民らから出資を募るべきだ。市役所による経営の独占を打破し、広く市民の鉄道にする。

 民営化で70歳以上の市民対象の敬老優待乗車証(敬老パス)がなくなるという説はデマだ。廃止してもコストは改善しない。お年寄りがパスで出歩けば、健康増進につながり、福祉コストが抑えられ、商店街も活性化する。都になれば対象を都民に広げればよい。

森 裕之    立命館大教授

◆不採算路線の廃止・縮小◆

 地下鉄が民営化されると、採算が取れない路線を廃止・縮小したり、存続させるために市財政に対して補助を求めたりする可能性がある。国鉄が民営化されてJRになり、不採算路線からの撤退・廃止が行われたことを思い出してほしい。

 大阪市の住民の暮らしは、地下鉄を前提に営まれている。必要な人がいる以上、滞りなく支えなければならない。また、交通は街をつくる。路線や駅の場所は街づくりと不可分だ。いずれも、行政主導の経営が合理的だ。

 ただ、現在のように、大阪市による直営だと、周辺自治体に財源がなく、延伸できないという問題が起こる。このため、大阪市や周辺市、府が出資して公社を設立し、地下鉄を経営するのが一案だ。そうすれば、延伸について周辺住民の声も反映させることができる。世界でも、米・ニューヨークや仏・パリ、韓国・ソウルなど世界の地下鉄のほとんどが公社経営だ。

 大阪市の地下鉄は、1933年に国内初めての公営地下鉄として開業した。当時の市長、関一が、若い頃に欧州で学んだ都市造りから、御堂筋を整備し、地下鉄を掘った。御堂筋線は今も原型は変わっておらず、10両編成でもホームの両端にまだ余裕があるほどの雄大さだ。いかに先見の明があったかがわかる。


 地下鉄の整備には、市のほか、府や国からも巨額の税金が補助金などの形で投入されてきた。市民や府民、国民の財産であり、目先の利益から民営化することは許されない。100年後の大阪に残せるものを見据えなければならない。
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◆大阪市営地下鉄 日本初の公営地下鉄として、1933年に御堂筋線の梅田―心斎橋間で営業を開始。現在8路線あり、うち3路線での延伸と、九つ目の新線建設の計画がある。

 私鉄各社とは線路幅など規格の違いがあり、相互直通運転は御堂筋線と北大阪急行、堺筋線と阪急電鉄京都線、中央線と近鉄けいはんな線の3ケースのみ。地下鉄事業は2010年度決算で8年連続の黒字になり、02年度に2933億円に上った累積赤字を解消。一方で、地下鉄建設のために借り入れた企業債は約6500億円残る。

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登録日:2011年 11月 06日 07:50:35

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プロフィール
上山信一
(男)
慶應大学総合政策学部教授。大阪市生まれ54歳。専門は企業・行政機関の経営戦略と組織改革。都市・地域再生も手がける。旧運輸省、マッキンゼー共同経営者等を経て現職。国交省政策評価会(座長)、大阪府と大阪市の特別顧問、新潟市都市政策研究所長、日本公共政策学会理事、各種企業・行政機関の顧問や委員等を兼務。府立豊中高、京大法、米プリンストン大学修士。著作等 ツイッター@ShinichiUeyama
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