弐式の自作小説

30歳過ぎてから自作小説という駄文を書くのが趣味になりました。感想いただければ嬉しいです。酷評はお手柔らかに。

光の射す方へ

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光の射す方へ【3】

「逃げるたってどこに!」
 
「どこかにだ!」
 
 怒声と罵声が入り混じる人ごみにアカリは背を向けて、その場を後にした。炎のせいで背中が熱い。残念ながら、この中にいる人のほとんどが、明日まで生きてはいまい。もっとも、朝も夜も季節すらなくなってしまった今となっては、昨日・今日・明日の概念さえ、あやふやなものになってしまっている。
 
 明日という概念が失われた世界であっても、そうそう死にたがりが増えるわけでもないようだ。ファントムに触れられた“死”は普通の死とは異なり、魂の監獄に永遠に繋がれる。誰とも知れず言い始めたそんな話から来る恐怖も、人々に死への畏怖を忘れさせず、その意思を現世に縛り付けていた。
 
 死に怯えて逃げ回り続けるくらいなら、いっそ死んでしまえばいい……。
 
 いっそ死んでしまったら、追い続けられる恐怖を忘れて楽になれるのに……。
 
 心の中ではそう思っているくせに、アカリだって死を選択する勇気なんてなかった。逃げる時に一本掴んだ松明を翳≪かざ≫しながら、アカリは走った。
 
 町の西の端――。
 
「バルドル!」
 
 アカリは叫んで、神獣の名を呼んだ。普段ならどこにいても、すぐに返事が返ってくる。しかし、なぜだか今回はその返事がなかった。
 
「バル……」
 
 もう一度名を呼ぼうとしたアカリは、頬に触れた冷たい水滴に、反射的に天を仰いだ。
 
「……まずい」
 
 火の最大の敵は水に他ならない。
 
「バルドル! バルドル! バルドル!」
 
 アカリは慌てて立て続けにその名を呼ぶが、今度も返事はなかった。ぽつぽつと降り始めた雨はあっという間に豪雨になり、アカリを容赦なく打ちすえる。
 
 雨粒の冷たさにアカリは空を見上げて呻いた。こんな時に、最後の最後の希望さえ冷徹に奪っていく神への呪詛を、喉の奥から絞り出した。
 
 彼女の握った松明の火は、次第に火勢を失っていく。みるみる弱々しくなっていく松明の火を、何とかしようと身体で抱きかかえるようにして守る。
 
「ダメ! ダメよ! 消えないで」
 
 アカリは半泣きで懇願するが、その願いが叶えられることはなかった。やがて、火は静かに消えていった。
 
 それからしばらくして、背後でアカリを照らしていた町を燃やしつくた炎も、雨によって鎮められていった。それは、あれほど猛り狂っていたのが嘘のような、呆気ないものだった。 
 
 そして――辺りが闇に包まれた。間をおかずして巻き起こる悲鳴。絶叫。――そして静寂。炎がそうであったように、人の命も呆気なく消えていく。
 
 

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光の射す方へ【2】

 闇はファントムの勢力範囲。ファントムとは人の影のような姿をしているとされる。そして、その手に触れられた者は魂を奪われ、死んでしまうとも。もちろん、魂を奪われるというのは比喩だが、ファントムに触れられた死体には傷一つなく、まるで魂を持っていかれたように見えるのだと聞く。しかし、このご時世で、死因を特定している余裕はとてもないから、つまるところ死因はよく分かっていない。
 
 このファントムから人間が身を守るにはただ光を持ち歩くしかない。松明でも、ランプでも。わずかな光があれば、ファントムは寄ってこない。しかし、その光が失われたら、どんなに鋭利な刃物を持っていようが、いかに勇猛果敢な戦士であろうが、人間はなす術もなく、ファントムの餌食とされてしまう。
 
 それが今、この世界の“現実”だった。アカリも、他の人間たちも、その現実の中で、その冷酷なルールに則って、生きなければならない。
 
 旅の過程で手に入れた様々なものを、僅かばかりの食料や水と交換する。貨幣というシステムが姿を消して久しい。紙幣だろうが金貨だろうが、今、この時代には何の意味も持たない。必要なのは油であり、火種であり、身を守る手段に他ならない。
 
 しかし、足下を照らす光の全てを火に頼るようになって、町はあまりに脆弱になってしまった。火は、少しでも扱いを間違えれば、あっという間に炎になり、全てを呑みこんでしまうからだ。
 
 炎によって燃え尽き、ファントムによって殺しつくされた町を、アカリは何度となく見ていた。しかし、今日この時、たった今、その光景を目の当たりにしようとは思ってもいなかった。
 
 それは、アカリが手に入れた食料を布の袋に入れて、背負った時だった。東の方――ちょうど風上から、焦げくさい匂いが漂ってきた……。
 
「燃えたぞ!」
 
「早く来てくれ!」
 
 という悲鳴にも似た声が、木の焼ける匂いとともに流れてきた。アカリは、咄嗟に迷った。東の方はバルドルを置いた町の端とは正反対の方向だった。だからといって、このまま踵≪きびす≫を返すわけにはいかず、アカリは匂いの元へと走って行った。
 
 灯りがその場に着いた時には、煌々と燃え盛る炎が、黒い煙を上げて高く上っていた。炎は、付近の建物に燃え移り、さらに火勢を増していく。
 
 町の人たちの砂や水をかけての決死の消火作業も虚しく、炎は衰えるということを知らないようだった。アカリもバケツを持って、水をかけるが、わずかな水はあっという間に蒸発した。延焼を防ぐために周囲の建物を破壊しようと懸命の努力が続くが、炎はそんな努力をあざ笑うように次々と飛び移って被害を拡大させていく。
 
「もうダメだ!」
 
 誰かが叫んだ。
 
「焼き尽くされる前に、火を取って逃げるんだ!」
 
 

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光の射す方へ【1】

 最後に見た光の記憶は、視界を覆い尽くすほどの激しいものだった。目がまったく見えなくなり、アカリはとっさに手で光を遮ろうとした。とっさに身体をねじる。14歳の少女にとっての光の記憶は、衝撃とともに記憶に残っている。
 
 
 
 
 
 
 世界から光が失われてどのくらいの時間が経つのだろう。ある時、世界は闇に包まれた。空には、太陽も、月も、星も――足下を照らしてくれる自然の光は何一つない。人々は、松明やランプのわずかな光を頼りに、生活を続けていた。
 
 町は、常に松明やランプでの灯りがともされ、その光が人々のわずかな希望となっていた。
 
 アカリが足を踏み入れた町も、そんな町の一つだった。
 
「あなたは、ここで待っていてね」
 
 アカリは町の外に置いたバルドルの長い首をそっと撫でた。
 
 バルドルは、くぅんと鼻を鳴らして、アカリの胸元に丸みのかかったくちばしを押しつける。バルドルは、一般的に言えば鳥によく似ていた。空のハンターの猛禽類を思わせるような鋭い眼光に凶悪な爪やくちばし――といったものには無縁で、ずんぐりした体格に長い首、その割に小さな顔。顔は愛嬌のあるくりくりした丸い瞳。飛ぶことはできないようだったが、羽を広げるとかなり大きかった。
 
 全身は灰色に見える。闇の中でどうしてそれが分かるかといえば、バルドル自身が光を放っているからだった。アカリはそんなバルドルは神獣であると信じて疑わなかった。
 
 アカリは、この闇に包まれた世界を町から町へと移動しながら放浪していた。自分の年齢も知らない。襤褸≪ぼろ≫で包まれた体型は、十代前半の幼さを残しながら大人に成長していく時期の、アンバランスなものだった。背はそこそこだったが、小顔で足はすらっと細くて長く、数年後にはスレンダーな美女になるだろう。世の中が平和だったなら、羨望の眼差しで見られたかもしれない。
 
 また、白く細長い指も、自慢の対象になったかもしれないが、今の時代では、比べる者もおらず、なぜかは自分でもわからないが、その指をアカリは嫌悪していた。
 
 鏡を見たことがほとんどないアカリは、自分の顔を知らなかった。ただ、髪は肩より短いショートカットになるように定期的に切るようにしていた。これも、好みがどうというより、逃げたり戦ったりするのに、髪が邪魔になるのを防ぐためである。
 
 この世界でアカリのように旅をしながら生活をしている者はほとんどいないはずだ。それができるのはバルドルの存在があってこそだった。バルドルとは数年来のパートナーであり、アカリにとってはただ足元を照らしてくれるだけの存在ではなく、進むべき道を示してくれる存在ですらあった。
 
 町の外を自由に歩けない理由は、単に闇に閉ざされているからだけではない。闇の中にはファントムがいるからだ。
 
 

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光の射す方へ【まえがき】

今日から新作『光の射す方へ』の連載を始めます。400字詰め原稿用紙で100枚弱くらいの分量になるかと思います。完結まで、約1か月程度の予定です。
 
舞台となるのは、暗闇に閉ざされた世界。その世界の真実に触れることになってしまった少女の物語です。自分の中のイメージをそのまま小説にできるかどうか、自信のないところですが、どうか最後までお付き合いください。
 
タイトルですが、Mr.childrenの1999年のシングル『光の射す方へ』から。別に、内容的にリンクするところなんてないんですけれどね。タイトルには著作権ないらしいですし、私自身はタイトルを考えるのは本当に苦手なんです。私が、『光の射す方へ』を聞いていたのは高校を卒業して就職したころで、一人暮らしを始めたばかりでした。やっぱり、そういう時期に聞いていた曲には特別な愛着があるし、今でもMP3プレーヤーに入れてよく聞いています。愛着ある曲のタイトルとかを自作小説のタイトルにすることが、これからままあるかもしれませんが、あんまりつっこまないでください。
 
 

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開設日: 2011/1/1(土)

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