弐式の自作小説

30歳過ぎてから自作小説という駄文を書くのが趣味になりました。感想いただければ嬉しいです。酷評はお手柔らかに。

なお……

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なお……【あとがき】

『なお……』を最後まで読んで頂いてありがとうございます。このブログに掲載したのは2作品目になります。分量は400字詰め換算で63枚。このくらいの……50枚から100枚程度の短編を月に1本くらいずつ出していければいいなあ……と漠然と思っています。もっとも、1本やって、それがどれだけ難しいことかと実感しています。
 
『なお……』は別に、臓器移植がどうとか考えて書いたものではありませんでした。実際、内容は全く関係のないものですが、書いていて自然に興味がわいて、そういったサイトやブログを巡ってみました。家族や自分自身が脳死状態になる可能性は現実にあり、逆に臓器移植を必要とする立場に立つ可能性もあるわけで、平素から考えておかなければならないと思いつつ……実際に話題にしにくいことでもあります。とりあえず自分自身としては、臓器提供意思表示カードを持って臓器提供を拒否する意思を明確にしています。確かに、自分が脳死状態で臓器提供をすることで一人でも救われればと思うところはありますが、家族……少なくとも母がはっきりと反対しており、家族に負担をかける結果になるのであれば、拒否した方がいい、というのが自分の立場です。
 
とはいえ、自分自身が臓器移植が必要な病気になったときは、移植を拒否するのだろうか? 出来るのだろうか? と考えてもしまいます。自分自身は、臓器移植には否定的な見方をしていますので、臓器移植はできるだけ拒否したいとは思っていますが、現実にそういった病気になったときに、辛い治療や高額な医療負担等々、降りかかってくるであろう厳しい現実の前に、自分の安っぽい理想など簡単に吹き飛んでしまうでしょう。
 
普段からご家族の中でもちゃんと話しあっておきましょう。自分の意思は明確にしておきましょう。……なんだか思いっきり話の内容が逸れてしまいましたが、そんなことを考えつつ、キーボードを叩いています。では、次の作品も読んでいただければ嬉しいです。
 
2012年2月27日 弐式
 
 

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なお……【20(最終)】

 そうして日々が過ぎ、僕にも退院の日が来た。この日は、両親ともに来てくれていた。身の回りのものを整理し、退院の準備を整えた僕は、最後に、かつて入院していた病室を見に行きたいと言った。それは、大した理由があってのことではなかった。本当にただ、何となく、である。
 
 入り口横の設置された入院患者の名前を記したネームプレートは、僕と磯崎奈緒の名前しかなかったけれど、今は6つのベッドがすべて埋まっているようだった。
 
 僕は、父に鞄を預けて病室に入ってみた。
 
 入院している患者は6人とも男性だった。入ってみると、見舞客がいる人。家族がいる人。それぞれだった。入って右隣から、何やら音楽が聞こえてきた。20代前半と思しき男性のヘッドホンから楽曲が漏れて僕のところにまで聞こえてきていたのだった。僕は彼の方に目を向けたけれど、何も言わなかったし、向こうも気にした様子はなかった。
 
 ずかずかと病室の中に入っていき、窓際まで足早に進む。
 
 そこから見える中庭の景色は、この部屋にいた時と、当然のことながら変わることはない。いや、夏が本番に近づき、中庭の芝生の緑はさらに生き生きしているように思える。
 
 僕は、小さく頷くと、病室の扉まで戻った。
 
「もう、満足か?」
 
 父が聞いてきたので、僕は頷いた。
 
「出来れば、もう病院に来ることはないようにしたいけれど」
 
「そうもいかないさ」
 
 僕の軽口に、父が真顔で応じる。
 
「これからも、定期的な検査は必要なんだからな」
 
「分かっているって……」
 
 僕は苦笑して、それから父に持ってもらっていた鞄の持ち手を自分の手で握りなおした。中に入っているのは衣類ばかりなので、大した重さはない。しかし、重さを感じることは、生きている証しでもある。痛みを感じるのも、苦しみを感じるのも、生きている人間だけの特権なんだろう。
 
 これから僕は、なおも生きて行かなければならない。今まで感じてきた苦痛や苦しみとはまた違った痛みを味わわなければならないのかもしれない。それでもいい。僕の命は、きっと、僕だけのものではないのだから……。
 
 僕は両親を促して歩き出した。
 
 ふと、一度足を止め、病室の方を振り返った。誰かが見送っているはずがない。そこにあるのは……僕はうつむいて唇を噛んで、笑顔を作って顔をあげた。
 
 僕は病室の前で、あるものに気付いていた。どうして、気付かなくていいものにばかり、気付いてしまうのだろうか、と思う。
 
 そこにあるのは、一本の真っ赤な消火器。
 
 その円筒の形状の横っ腹には、明らかに凹んだ跡と傷跡が残っていた。まるで、誰かがそれを持ち上げて、放り投げたように……。
 
≪fin≫
 
 

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なお……【19】

「手術は無事に成功しました」
 
 主治医がそう僕に声をかけた。
 
「そうですか……」
 
「君は、手術が終わって1週間眠っていたんですよ。手術には全く問題がなかったのに、どういうわけかわからずに心配しました」
 
 主治医はいつものポーカーフェイスを崩して、ふっと笑みを見せた。
 
「検査の結果は何の問題もないんですから……もう大丈夫でしょう。もうしばらく経過観察をしますけれど、明日には大部屋に移れると思いますよ」
 
 僕は、その話を聞いて、「はあ……」と曖昧で自分でもよく分からない言葉を返した。その時、思っていたのは、ナオのことだった。どうして、ナオの名前が出てこないのだろうか……と考えていた。
 
 あの夜あんな騒ぎを起こしたのに、平然と手術を行ったのは何でだったのか……と問いつめたかったのに、何だかうやむやになりそうになっていた。
 
「あの!」
 
 両親に「それでは何かあったら呼んでください」と言って病室を出ようとした主治医と看護師に僕は声をかけた。
 
「あの……ナオは?
 
 返事を聞くのが怖かったけれど、そう聞いていた。看護師がにこっと笑って、
 
「磯崎さんなら、あなたの手術が終わった2日後に退院されましたよ。あなたの意識が戻らないのとても心配していましたけれど、こればかりはどうしようもないですからね」
 
 僕は、主治医と、父と母と、1人、1人、顔を見て回る。みんな笑顔だった。ナオの名前が出ても何も変わる様子はない。
 
 その様子をどう受け取ればいいのかわからずに呆然とした僕の頭上の電灯が、ぱちぱちっと瞬いて、僕は我に返った。
 
 
 
 僕の意識が戻って2日が経った。僕はナオの話をするのも、名前を出すのも止めた。ナオは、僕の手術が終わって2日後に退院した。それだけが、僕とナオを知る人が語る全てで、彼らは僕が性質の悪い夢を見たのだろうと言った。それどころか、僕は手術前に発作を起こさなかったし、手術の日まで特に問題なく過ごし、無事に手術に臨んだのだとも言った。
 
 僕の記憶の中で現実と曖昧な夢の部分とが混在していて、何か薄気味の悪い錯覚を起こしているのだろう、とも言われた。
 
 僕にはあの夜、聞いた話が夢であるとは思えなかった。夢だったと思うには、あまりにもリアルだった。しかし、よくよく考えれば、ナオが僕のコピーだったなんて、そんな話の方が荒唐無稽で、あり得る話ではない。リアルではない。僕はあの話は夢だったのだと考えるようになっていた。いや、そう考えた方がずっとずっと気が楽だった。
 
 彼女は退院して、普通の中学生活を満喫しているんだろう。それで充分じゃないか。
 
 

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なお……【18】

 倒れた僕を、男性看護師が押さえつける。騒ぎを聞きつけ、他の病室の患者が「何事か」と様子を伺いに出てきた。「助けて」と僕は手を伸ばす。しかし、僕の助けに応じてくれる者などいなかった。僕らの様子を見ると、すぐに病室の中に入っていく。厄介事に巻き込まれるのはごめんだ、と言わんばかりに。僕の目からは自然に涙があふれてきた。
 
「ナオ……」
 
 謝ることしかできなかった。「すまない……すまない……」と何度も口の中で反芻する。それしかできなかった。
 
 僕の左腕の袖がめくられ、腕がむき出しになった。押さえつけられたままで何とか身体を捩じらせて確かめると、注射器を片手に近づいてくる主治医の姿があった。
 
 針を刺された。微かな痛み――。僕の意識はふっと遠のいて行く。発作を起こした時と同じだと、ふと思った。
 
 
 
 目が覚めると再び病室のベッドの上だった。しかし、今度は眩い灯りに囲まれている。うっすらと目を開けた僕の前に、ぼんやりとショートカットの髪型の若い女性の顔が飛び込んできた。
 
「……目が覚めた?」
 
 僕は声を出そうとしたけれど、舌がもつれて上手く話せなかった。しかし、僕に声をかけてくれたのが女性の看護師なのはわかった。何度か見たことのある顔だった。
 
「ここは……? 今は……?」
 
 何とか声を絞り出した。
 
「あなたは手術の後で1週間も眠り続けたのよ。……詳しい話は、先生がしてくれるわ」
 
 看護師は「ちょっと待っててね」と言い残して飛び出して行った。
 
 1週間……。
 
 看護師の背中を目で追いながら、僕はあの夜のことを思い出す。病室は変わってしまったようだった。個室でナオの姿はないのは一目瞭然だった。窓から見える景色は、この間までいた病室とは異なっている。
 
 主治医と会うのは気が重かった。ナオのことを何と言っていいのかわからなかった。ナオに対しても何と言っていいのかわからなかった。ナオは、もう、この世にいないらしい……どうにも、実感がわかなかった。
 
 手術を成功させてくれてありがとう。命を救ってありがとう。そんな言葉を、どんな顔で吐けばいいというのだ?
 
 かつかつと幾つかの足音が近づいてきた。
 
「……修一!
 
 という二つの男女の声が重なって聞こえた。父と母の声だった。僕は、母に抱きつかれ、どうしていいかわからずに、じっとしていたけれど、次第に目じりにうっすらと涙が溜まっていくのが分かった。
 
 その後ろで、父が立っている。神妙な顔をしているのが見て取れた。声をかける前に母が僕に飛びついて行ったので、声をかけるタイミングを失ってしまったんだろう……なんて、勝手に思ってみたりする。
 
 

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なお……【17】

「先生……ナオは、どこですか?」
 
 僕の問いには答えずに、主治医が一歩、病室の中に入って、扉脇の電灯のスイッチに手を伸ばした。一瞬で部屋全体が明るくなって、僕は眩しくて目元に手をやった。
 
「やっぱり……君でしたか。話を、聞いていたんですね」
 
 困ったような主治医の言葉。
 
 僕は、ぐっと睨み返した。
 
「ナオはどこですか?」
 
 僕は、もう一回問いただす。
 
「奈緒さんには、手術の準備がありますので」
 
「何が準備だ! ナオを殺してまで、僕は生きたくない」
 
 僕は叫んだ。それは、僕にとっては間違いなく本心だった。しかし、主治医は小さく首を振ってから、
 
「でも、君に生きていてほしいと思っている人もいるんですよ」
 
 主治医の静かながら威厳のある声でそう言われ、僕は鼻白む。一瞬、父や母の顔が思い浮かんだ。
 
「ナオには生きてほしいと思う人がいないとでもいうんですか?
 
「彼女は元々、1年程度の寿命になるように遺伝子操作されているんです。そう長くは持ちません」
 
「うるさい! だったら、何で最後まで生きさせてやらないんだ」
 
「だから……彼女は、君を生かすために産まれてきたんです」
 
「勝手なことを言わないでくれ!
 
 互いに、重なることのない平行線のような言い合いがしばらく続いた。僕は、ギュッと胸を押さえた。
 
「修一君……あまり興奮しないでください。また発作が……」
 
 心配そうに近付いてきた主治医に肩からタックルして突き飛ばした。尻もちをついた主治医が鋭い声を上げる。
 
「止めろ! 彼を止めるんだ!
 
 病室を飛び出して、暗い廊下を左右に素早く眼をやる。右に30歳くらいと思しき男性看護師が2人。左に父と母の姿。一瞬、どちらに動くべきか迷った。向こう側も同様のようで、まるで時間が止まったような不思議な空気が流れる。そして、1番早く正気に戻ったのは、1人の男性看護師だった。僕を羽交い締めにする。しかし、僕は強引に身体を振って振りほどこうともがいた。看護師の腕にあまり力が入っていなかったために簡単に解けた。
 
 僕はよろめきながら壁に右手を触れる。その時、右足が何かにぶつかった。見ると薄暗い中でもはっきり分かる赤い消火器が設置されていた。僕はとっさにそれを持ち上げた。
 
「いい加減にしないか!
 
 父の怒声が聞こえたけれど、僕は聞くことなどできなかった。消火器を振りかぶって投げつけた。どーんという重いものが落ちた鈍い音が響いた。僕は自分の体力が、自分が思っているよりもはるかに貧弱なのを思い知った、僕は消火器を投げつけた反動でよろめいて、足がもつれてうつぶせに倒れこんでしまった。
 
 

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開設日: 2011/1/1(土)

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