不幸自慢【3(最終)】
「ああ! そうだそうだ」
青年の話を聞いていた彼女は、テレビの前で「ようやく思い出した」と手を打って納得する彼女を見ながら、青年はぽつりと呟いた。
「金が欲しいなぁ……」
「ん? 何か言った?」
ご飯をよそいながら彼女が聞き返す。
『不幸自慢』というベストセラーがあったことは今や過去の話となっていて、今では話題に出す者などいない。しかし、年に一回くらい思い出したようにテレビなどで取り上げられることがある。それは、その後のこの本と著者がたどった運命のせいであった。
出演している男は神妙な表情で語っていた。
「自分が経験した一番の不幸は、世界中の人たちから浴びたバッシングの嵐でした……」
なぜなら、『不幸自慢』の内容のほとんど全てがデタラメだとバレてしまったからだ。
そのことを思い出した青年は、何の気もなく「嘘ついて、人を騙くらかして、それでもいいから金が欲しいなぁ」などと呟いていた。
「何を言っているのよ」
青年のご飯茶わんを渡しながら、呆れたように彼女が言う。
「そんな方法で手に入れたお金でご飯を食べても、きっと美味しくないよ」
彼女らしい考え方だ……ご飯茶わんを受け取りながら、青年は思う。それでも別にわざわざ、反論するような理由もなかったので、「そうだよなぁ」と返した。
「そうだよ」
言いながら菜箸を鍋に突っ込む彼女を見て青年は、今朝の丁々発止の議論の末に、彼女の好物の牡蠣の土手鍋に決まった経緯を思い出して、もうひとつ呟く。
「やっぱり、すき焼きの方がよかったなぁ」
「まだ言っているし」
彼女は笑いながら、程よく火の通った牡蠣をシイタケと一緒に頬張った。それを見ながら、いつ見ても、幸福そうな顔をしている……と青年は思う。
青年は、(唯物的な自分は、金だの物だのに執着してしまう。時として、それが絶対的な価値基準であるかのように錯覚してしまうこともある。そんな時に、それを否定してくれる人が側にいることの方が、ずっとずっと大切なことなんだ……)と、心の中で彼女に感謝しつつ、茶碗のご飯を口に運んだ。
≪fin≫
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