弐式の自作小説

30歳過ぎてから自作小説という駄文を書くのが趣味になりました。感想いただければ嬉しいです。酷評はお手柔らかに。

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ナンバー【6(最終)】

 これまでに、その可能性を考えなかったわけではない。神様が、その人間が生まれた時に決めた死へのカウントダウンへの時間を、なぜか自分は見えるように生まれてしまったのではないか……。何て愚かなことだろう。自分が死ぬかもしれない時に確信するなんて。
 
 外はこの雨だ。地盤が緩んで土砂災害が起きやすくなっているところがあるのかもしれない。
 
 全員の寿命が今尽きるとすれば、列車ごと何かの災害や事故に巻き込まれる、というのが妥当に思われる。それも、次の駅に着く前に。
 
「……何で、私がこんなところで……」
 
 死ぬのなら、せめて死に場所は選びたい。まさか、誕生日の直後に死ぬことになろうとは。死ぬ時を知ることができるならせめて、娘と妻の顔を見てから……。
 
 沢見は、ふと、バースデイカードの存在を思い出して、封筒を取り出した。再び、妻と娘からのメッセージを読んで、指でなぞる。
 
 ……嫌だ。
 
 沢見は心の底からそう思った。
 
 ……こんなところで死にたくない。ならどうすれば……?
 
 行動を起こすしかない。
 
 このことを知っているのは自分だけだ。誰に言ったところで信じてもらえるはずもないし、証明することも不可能だ。それに、もたもたしていたら、事故が起こってしまうかもしれない。
 
 沢見は、旅行鞄を開いて、何か武器になりそうなものを探した。ふと、数年前のアメリカ映画を思い出した。飛行機を乗っ取り政府を脅して莫大な身代金を要求するハイジャック犯を、勇敢な英雄が戦って飛行機を取り戻す話だ。
 
 しかし、沢見が英雄になれるはずがない。成功しても、非難されるばかりではなく、多額の賠償金を支払わなければならないかもしれないし、刑務所に入らなければならないかもしれない。その後にあるのは、死よりも辛い現実かもしれない。
 
 しかし、それでも生きたかった。何とかして列車を止めることができたなら、状況は何か変わるかもしれない。その可能性に賭けてみようと思った。
 
 しかし、旅行鞄から見つかった凶器になりそうなものは、何一つ……あるはずがなかった。沢見は仕方なく細長い水筒を取り上げた。沢見の家でも、飲料代の削減のために、水筒を持つようになっていた。彼の使っている水筒は500mlが入るものだった。軽量を売りにしている上に、中身はとっくになくなっているから、破壊力はほとんどなさそうだ。
 
 あまりにも貧弱な、武器だった。
 
 いや、水筒の中に毒が入っているとでも言って脅せば……。
 
 沢見は立ち上がった。
 
 あるいは……と今更になって再び思う。ひょっとしたら自分のただの妄想にすぎないのではないか。単なる偶然ではないか。
 
 自分の右手に握られているのはあまりにも微かな希望。そんな希望にすがりつくよりも、何も起きない方に賭ける方がまだ分がいい勝負になるかもしれない。
 
 突然、車両の後方から赤ん坊が泣きだす声が聞こえた。恐る恐る振り返ると、あの額に“0”の番号が浮き出していた子供だった。若い母親が、子供をあやす様子が、妻と娘の姿と重なった。それを見て沢見は腹をくくった。
 
 決意を胸に、沢見は先頭車両へと乗り込んでいった。
 
《fin》
 
 

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ナンバー【5】

 中年男性の夫人は、彼の年齢を56歳だと言った。そして、彼の額に写った番号も同じ56である。
 
 沢見は、自分の胸の中に、非常に恐ろしい考えが浮かんできたのに気づいた。
 
 これは、本当にただの偶然だろうか……?
 
 その時、列車がトンネルに入った。真っ暗なトンネルの中を、列車が駆け抜けていく音が、車両の中にも不気味に響いた。そして、窓ガラスには、鏡に写したようにくっきりと、疲れた30代半ば男の表情が映し出されていた。その額に浮き出た数字は“36”。
 
 トンネルを抜け出すと、再び窓ガラスが雨粒で覆われた。先ほどまでよりも、少し雨の勢いは衰えたようにも感じるが、それでも土砂降りに違いはない。
 
「切符の拝見をいたします。ご協力をお願いします」
 
 車両に響く、きびきびした声が響いたのは、トンネルを抜けた直後だった。さっきの車掌が、切符の点検を宣言すると、1人ずつ乗客に声をかける。
 
「先ほどは助かりました。どうもありがとうございました」
 
 車掌は、沢見のところに回ってくると、そう声をかけた。
 
「いえ……結局、助からなかったですし」
 
「それは、結果ですよ」
 
 車掌は慰めるように言うと、切符を沢見に返して、次に進もうとした。それを、沢見が呼びとめる。
 
「つかぬことを伺いますが……あなたは、38歳ですか?」
 
「ええ……」
 
 車掌は一瞬戸惑った表情を見せたが、すぐににっこり笑って、
 
「でも、あと3日で、39歳になるんですよ」
 
 沢見は、それを聞いて思わず唾を飲み込んだ。なんだか、喉がからからになった。恐ろしい考えは、現実であったと思った。
 
 いや、それは、思いすごしかもしれない。車掌の額の数字が38だったのだって、ただの偶然の一致かもしれないじゃないか。
 
 沢見は立ち上がると、乗客一人一人に、年齢を聞いて回った。誰しもが眉をひそめたが、沢見の真剣な表情に、仕方なさそうに年齢を答えた。
 
 その結果、この車両と先頭車両に乗り込んでいる全ての人間の額の番号と、年齢が同じだということが分かったのだった。
 
 沢見は、ふらふらと自分の座っていた座席に戻って座り込むと、頭を抱えた。
 
 先ほど脳裏をよぎった可能性が確信に変わっていた。
 
 ……どうしてこんなんことに。
 
 今更ながら思う。
 
 思えば最初から気の乗らない出張だったのだ。
 
 しかし、これは、生まれていた時から決められた運命だったのかもしれない。生まれた時から番号が変わらないというのは、きっとそういうことではあるまいか?
 
 そうなのだ。自分が見ていた番号は、その人の寿命なのだ。
 
 
 
 

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ナンバー【4】

 2人で力を合わせて、男性を座席に座らせた。
 
 男性の手に触れると、体温がどんどんと失われているのに気がついた。冷や汗をかいているのも分かる。素人目にも、これはやばいと分かるほど急速に“死”がこの男性に近付いているのが分かった。
 
「とにかく温かくして……」
 
 車掌は呟くと、立ち上がって、車両で様子をうかがっている人たちに、
 
「体を温めないといけません。タオルなど、ございましたら供出願います」
 
と、あくまでも丁寧に、しかし切迫した様子が伝わるような大声で、声をかけた。
 
 それを聞いた乗客は、急ぎ荷物の中を探し始めた。
 
 車掌と、沢見が上着を脱いで、男性にかける。
 
「……毛布があったかも。その前に、次の駅に救急車を手配しておかなければ……」
 
 車掌は立ち上がり、 
 
「出来れば、付いていてあげていただけませんか?」
 
 と沢見に言った。沢見はこの時初めて、面長の車掌の顔を正面から見た。自分と同じくらいの歳だろうか。それなりに、緊張しているはずだが、その表情はあくまでも柔和で、冷静な男のそれだった。
 
 沢見は、小さく頷いて、車掌の言葉に応じた。車掌は駆け足で、2両目に駆けこんでいった。
 
「今、助けがきますよ。がんばって」
 
 と声をかけながら、ふと、座席に座った男性の顔を覗き込んだ。彼の額にも、数字が浮かんでいる。無我夢中で今まで、全く気付かなかったが、その数字は“56”だった。
 
 
 
 
 
 沢見は、自分が今まで座っていた座席に座ると、ふうと息をついた。乗り込む人間も、降りる人間もいない、田舎のひっそりとした無人駅だ。男性を救急隊員に引き渡し、列車は、男性と奥さんを下ろして、何事もなかったかのように走りだした。
 
 結論を言えば、あの男性は助からなかった。呼吸が止まったのは、次の駅にもうすぐ到着するという頃だった。
 
 車掌が急ぎ救命措置を施したものの、心肺停止のままで、救急隊員に引き渡された。列車は、重病の患者と、その夫人を下ろして、定刻をやや遅れて、発車した。
 
 沢見が気にかかったのは、あの中年男性の額に浮かんだ番号のことだった。
 
 あの中年男性の額に写っていた番号は、症状が悪化するにつれて、だんだんと薄くなっていき、やがて消えてしまったのだ。それは、30年以上生きてきた沢見が、初めて見た光景だった。
 
 しかし、番号がない人間をテレビなど以外で見たことは2回ほどあった。母方の祖母が亡くなった時と、父方の叔父が亡くなった時だ。
 
 両名の遺体と対面した時も、あの番号はなかった。ということは、あの番号は死ねば消えてしまうということになる。
 
 そしてもう1つ、気になることが……。
 
 

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ナンバー【3】

 やがて、再び列車は走り出した。
 
 雨足は衰えることを知らず、静かな車内に、空調と、打ち付ける雨の音だけが響いた。
 
 沢見は、曇ってしまった窓を、手の甲でさっと拭いた。
 
 その時だった――。
 
 静かな車内の、ありとあらゆる物音を打ち払い、キャーッという、甲高い悲鳴が、2両編成の小さな車内に響き渡った。
 
 
 
 
 
 車両の中に乗っていたのは、ほんの10人ほどだった。運転席のある1両目も、同じくらいだろう。
 
 沢見の乗った車両の全員が何事かと顔を上げた。沢見が乗っていた車両の後方から、車掌が驚いたように出てきたのが見えた。小走りに、1両目に入っていく。
 
 手を貸した方がいいのかもしれない……半分は野次馬根性ながら、沢見も続いて車両を移動した。
 
 先頭車両に入ると、悲鳴を上げているのは、初老の婦人だった。慌てふためいて、おたおたしている様は半狂乱としか言いようがなく声をかけづらい。1両目に乗っていた皆も、同じ心境だったのだろう、中腰になったり立ち上がったりして、その光景を見ているものの、具体的行動に移せる者はいないようだった。
 
 しかし、通路に倒れている、おそらく夫人と同じくらいの世代の男性をみて、状況はすぐに飲み込めた。
 
 おそらく彼は、この女性の旦那だ。
 
 男性は苦しそうに胸を押さえて呻いている。何度もせき込み、ピンク色の痰を何度も吐きだした。
 
薄暗い車内でもはっきり分かるほど唇が青紫色に変色している。典型的なチアノーゼの症状だった。
 
 車掌は、男性の傍らにしゃがんで、一応の応急処置を始めた。「がんばってください」「もう大丈夫ですよ」と倒れた男性に声をかけながら、沢見の方を見上げた。
 
「手伝ってください」
 
 沢見は車掌に言われて、慌てて同じようにしゃがみこむ。
 
「ご主人に持病は?」
 
 車掌の問いかけに、夫人はぶんぶんと首を左右に振る。助けが来たことで、ようやく冷静に戻ってきたのか、悲鳴は収まっていた。
 
「少し前からぜ―ぜー荒い息をしていて、さっきから急に苦しみだしたんです。普段は元気な人なのに……」
 
「年齢はおいくつですか?」
 
56歳です」
 
「そうですか……起こしますよ」
 
 車掌は頷いてから、沢見に声をかける。
 
「仰向けにしておいた方がいいのでは」
 
 男性の背中に手を回しながら、沢見は聞き返した。
 
「症状を聞く限り、急性心不全の可能性があります。その時は、仰向けにするのは却ってよくないんですよ」
 
 車掌は言いながら、腕に力を入れた。沢見もそれにならって、力を込める。
 
 
 
 

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ナンバー【2】

 その場で、温かいコーヒーの缶を握り、プルタブを押し上げる。
 
 ホームには、十人程度の人影があった。談笑しながら歩いて行く若い駅員と初老の駅員の姿や、この付近の高校のものと思しき学生服姿もいくつか見える。
 
 沢見は、列車の中に置きっぱなしにした鞄が何となく気になって、急いで小さな缶の中身を飲み干すと、ホームに置かれた空き缶入れに放り込んで、列車の中に戻った。
 
 列車に乗り込もとしたその時、何かの声を聞いたような気がして、ふと振り返った。
 
 ちょうど、沢見の後に続いて乗り込もうとした、女性の姿があった。
 
「あ……」
 
 赤ん坊を抱えたその若い女性を見た時に、沢見は何となく声を発してしまう。
 
 別に、彼女と知り合いというわけでも、顔を知っていたわけでもなかった。彼女の方も、それは同様で、驚いた沢見の顔を見て怪訝そうな顔をした。
 
「すいません。失礼」
 
 沢見は慌てて車両の扉を開いて、冷房がきいた車内へと入って行った。
 
 車両の中に入って、小さく一息をついた。
 
「……“0”っていうのは初めて見たな」
 
 
 
 
 
 実は、沢見は超能力者である。
 
 ……といっても、それが一体何の役に立つのか、沢見自身知らなかった。
 
 彼の能力とは、人の顔をみると、額に意味不明の数字が写って見える……それだけだった。
 
 その数字の意味は、沢見自身さえ知らなかった。
 
 成長するに従って、その数字が普通の人には見えないものだと気付いたが、気にしなければ気にしなければいいだけだし、事実すぐに気にならなくなった。
 
 別になんの害になるものでもないし、話題にしたこともある。面白い話題を持つ人だと言われることはあっても、気味が悪いと言われたことはなかった。この数字の意味を知りたいと、色々な人に意見を聞いてみたものの、何の共通点も見つけることは出来なかった。 
 
 この数字自体は、生まれた時から変化のないもののようだった。
 
 愛娘の額の数字は生れてからずっと“89”だし、妻も、会った時からずっと“77”だった。
 
 もちろん、その数字は今も見えていて、先ほどホームですれ違った2人の駅員のうち、若い駅員は“49”。年配の駅員は“73”。赤ちゃんを抱いた若い母親は“24”だった。そして、彼女が抱いていた赤ん坊の額に浮き出ていたのは“0”の数字だった。
 
 自分の数字も知っている。鏡にうつした人間の額にも、同じように写るからだ。しかし、写真や、ビデオの中の自分や他人の額にこの不思議な数字は浮いていなかった。テレビ画面の中で、笑顔を振りまくアイドルにも、ドラマの俳優にも、お笑いの芸人の額にも何もなかった。
 
 その数字は大抵2桁でたまに3桁の人もいたけれど、1桁の人――ましてや0の人を見るのは初めてだった。
 
 なぜか、妙な不安に襲われつつ、沢見は、座席に腰掛けた。
 
 
 
 

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開設日: 2011/1/1(土)

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