ナンバー【6(最終)】
これまでに、その可能性を考えなかったわけではない。神様が、その人間が生まれた時に決めた死へのカウントダウンへの時間を、なぜか自分は見えるように生まれてしまったのではないか……。何て愚かなことだろう。自分が死ぬかもしれない時に確信するなんて。
外はこの雨だ。地盤が緩んで土砂災害が起きやすくなっているところがあるのかもしれない。
全員の寿命が今尽きるとすれば、列車ごと何かの災害や事故に巻き込まれる、というのが妥当に思われる。それも、次の駅に着く前に。
「……何で、私がこんなところで……」
死ぬのなら、せめて死に場所は選びたい。まさか、誕生日の直後に死ぬことになろうとは。死ぬ時を知ることができるならせめて、娘と妻の顔を見てから……。
沢見は、ふと、バースデイカードの存在を思い出して、封筒を取り出した。再び、妻と娘からのメッセージを読んで、指でなぞる。
……嫌だ。
沢見は心の底からそう思った。
……こんなところで死にたくない。ならどうすれば……?
行動を起こすしかない。
このことを知っているのは自分だけだ。誰に言ったところで信じてもらえるはずもないし、証明することも不可能だ。それに、もたもたしていたら、事故が起こってしまうかもしれない。
沢見は、旅行鞄を開いて、何か武器になりそうなものを探した。ふと、数年前のアメリカ映画を思い出した。飛行機を乗っ取り政府を脅して莫大な身代金を要求するハイジャック犯を、勇敢な英雄が戦って飛行機を取り戻す話だ。
しかし、沢見が英雄になれるはずがない。成功しても、非難されるばかりではなく、多額の賠償金を支払わなければならないかもしれないし、刑務所に入らなければならないかもしれない。その後にあるのは、死よりも辛い現実かもしれない。
しかし、それでも生きたかった。何とかして列車を止めることができたなら、状況は何か変わるかもしれない。その可能性に賭けてみようと思った。
しかし、旅行鞄から見つかった凶器になりそうなものは、何一つ……あるはずがなかった。沢見は仕方なく細長い水筒を取り上げた。沢見の家でも、飲料代の削減のために、水筒を持つようになっていた。彼の使っている水筒は500mlが入るものだった。軽量を売りにしている上に、中身はとっくになくなっているから、破壊力はほとんどなさそうだ。
あまりにも貧弱な、武器だった。
いや、水筒の中に毒が入っているとでも言って脅せば……。
沢見は立ち上がった。
あるいは……と今更になって再び思う。ひょっとしたら自分のただの妄想にすぎないのではないか。単なる偶然ではないか。
自分の右手に握られているのはあまりにも微かな希望。そんな希望にすがりつくよりも、何も起きない方に賭ける方がまだ分がいい勝負になるかもしれない。
突然、車両の後方から赤ん坊が泣きだす声が聞こえた。恐る恐る振り返ると、あの額に“0”の番号が浮き出していた子供だった。若い母親が、子供をあやす様子が、妻と娘の姿と重なった。それを見て沢見は腹をくくった。
決意を胸に、沢見は先頭車両へと乗り込んでいった。
《fin》
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