ナンバー【1】
日本の季節も、夏と冬の二極化しつつあるらしい。
日本海側の小都市に出張で訪れていた沢見洋一は、列車の窓から海を見ながら呟いた。
海沿いを走っているはずだが、熱帯地方のスコールを思わせる豪雨で、列車の窓は雨水に覆われ、とても海など見えない。
下手をしたら、列車が運休するのではないかと思っていたが、幸い、そうはなっていなかった。
腕時計をみると、午後8時を回ったところだった。外は、すっかり暗くなっている。この後、N市までこの列車で行って、そこから特急に乗り換えて、彼の暮らす町に帰る予定だった。ここまでは何とか予定通りに進んでいる。
中肉中背で取り立てて特徴のない中年らしい体格に、丸みを帯びた顔つき。スーツ姿に、窮屈なネクタイを外したその姿は典型的なサラリーマンの姿だった。大切な、神経をすり減らす出張を終え、ようやく帰路についた。しかし、意気揚々と凱旋というわけにはいかず、沢見は疲れ切っていた。しかし、気持が萎えそうになるときに、一瞬で気力を回復させてくれる秘密アイテムを沢見は持っていた。
沢見は、抱えた旅行鞄の側面を開いて、可愛らしい封筒を取り出して、中から、一枚のカードを取り出した。
昨日、誕生日を迎えた沢見にあてられた、6年前に結婚した4歳年下の妻と、5歳になる娘からのバースディ・カードだった。
『36歳の誕生日おめでとう。パパ、身体に気をつけてね』
と書かれた、やたらと丸っこい、子供っぽい字は、妻のものだ。これで、職場では事務職だというから驚きだ。本人曰く、会社では全部パソコンで入力するから、手書きの文字がどうだろうと関係ない、らしいのだけれど。
『パパ、こんどゆうえんちにつれてって』
何とか判読可能な、幼くも愛おしいこの字は言うまでもない、愛娘の字だ。娘とは2日間も顔を合わせていない。電話は、ちゃんとしているのだけれど、寝つきがいいこの子は、業務が終わって電話するといつも寝てしまっていた。
沢見は、カードに唇をつけると、封筒の中にしまい封をして、再び元のとおり、鞄の側面に入れた。
その時、「次は○○駅、○○駅」というアナウンスが聞こえた。しばらくすると、列車の走る音が変わり、ホームに侵入していくのが分かった。
ホームの大きさからして、比較的大きな駅だった。この辺は単線路なので、上り下りのすれ違いのために、しばらく停車することがある。
列車は15分ほど、この駅に止まることは知っていたので、沢見は列車を降りて、ホームの自動販売機からコーヒーを買った。
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