頻発する患者の死(3) 原因不明、謝罪なし
6月28日夜、心肺停止したアキラさんは、救急当番だった麻酔科医や看護師らの心臓マッサージと、ボスミンの静脈注射で蘇生した。しかし意識は戻らず、翌年3月18日、転院先の医療機関で死亡した。死亡時の病名は、蘇生後脳症だった。
アキラさんの心肺は、なぜ止まったのか。主治医は「原因不明」とするが、アキラさんが最初に入院した東京の大学病院の名誉教授は「抗精神病薬などの過量投与で、呼吸抑制が起こったと推論することが妥当」と指摘する。
一方、主治医は「私がとったやり方は、ラピッド・ニューロレプティゼーションという方法で、1970年代から行われている。最初に高用量の薬剤を投与して、いかに短期間で幻覚妄想状態、すなわち急性期を乗り越えさせてあげるかというところに主眼を置いた。特に大量の薬がいったというふうには考えていない」と主張する。
この事件は現在、民事裁判が行われている。さらに遺族は2011年、主治医とその上司の医師を、業務上過失致死容疑で警察に刑事告訴した。弁護士は「一般的に過大といわれる量の6倍の抗精神病薬を投与したのに、心電図検査や薬の血中濃度測定、血中酸素飽和度測定などの身体管理を怠り、心肺停止状態に至らしめた」としている。
主治医が、短期間で効果を出すために行ったと主張する「ラピッド・ニューロレプティゼーション」は、アキラさんには効果がなかった。そればかりか、副作用ばかりが強まった。だが、主治医は多剤大量投与を継続した。なぜなのか。
「ある程度の(薬の)血中濃度を保ったら、今度は期間を延ばすしかない。これを1週間、2週間延ばしていって、落ち着いていくのを待つしか方法はない」。主治医は、なぜここまで多剤大量投与にこだわったのだろうか。治療の選択肢を、ほかに会得していなかったのだろうか。
単剤使用が原則の抗精神病薬を、リスクを冒してまで何種類も使い続ける理由について、家族は説明を受けていない。父親は「今に至るまで、主治医から一言も謝罪の言葉がない」と嘆く。
アキラさんが転院先で死亡する前の月、父親は、治療経過や心肺停止の原因などの説明を求めて病院を訪れ、医事課長に尋ねた。「事故の調査は行わないのですか」。課長は言った。「現場からの申し出が上がってくるか、訴訟にでもならない限り行いません」
遺族が裁判を起こさなければ、アキラさんの死はなんの検証もされぬまま、何事もなかったかのように葬り去られていただろう。遺族が高齢であったり、裁判を起こす金銭的余裕がなかったりして、原因究明の機会を得られぬまま泣き寝入りするケースは少なくない。
この事件は、今後も継続的に報告する。
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統合失調症の誤診やうつ病の過剰診断、尋常ではない多剤大量投薬、セカンドオピニオンを求めると怒り出す医師、患者の突然死や自殺の多発……。様々な問題が噴出する精神医療に、社会の厳しい目が向けられている。このコラムでは、紙面で取り上げ切れなかった話題により深く切り込み、精神医療の改善の道を探る。 「精神医療ルネサンス」は、医療情報部の佐藤光展記者が担当しています。 |
(2012年2月1日 読売新聞)
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