2010年08月08日

「サルと人と森」その1

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林の中へ一人の人が入って行きました。高い木の枝にいる一匹のサルが人間に呼びかけました。「おれたちは人間の祖先なのに、どうして人間たちはサルをばかにするのだろう」。人が答えました。「おれたち人間は、サルと違って頭がいいんだ。もし人間がサルの子孫だとしたなら、どうして人間から大英雄が現れるだろうか」。

サルが言いました。「人間はなんてかわいそうな生き物なんだろう。人間はすでに過去を忘れてしまったのだな。今こうして生きているのは、おれたちと同じ祖先がいたからではないか。過去を忘れた者には未来はないだろう。今が一番すばらしく、人間がいちばん賢いと思い上がっていると、これからの人間には進歩も、幸せもないだろう。かわいそうな人間たちだ。人間滅亡のときが近いうちにやって来るだろう」。

人は怒りながら言いました。「何を言う、このサルめが。お前たちは3本の毛が足りないために、おれたちと同じ人間になることができなかったのだぞ。サルたちには家というものがない。それに、人間のように衣服を着ることを知らないではないか。それからお前たちは木の実を食べているが、人間はもっとおいしいものを食べていることも、お前たちは知らないだろう」。

サルは笑いながら言いました。「ハッハッハッ、おれたちの毛は四季を通してこの身を守っている自然の衣服なんだ。たとえば、もし毛を3本足したとしても、それでどれほどあたたかくなるというのだろうか。おれたちの家はこの森すべてなのだ。この森だけではなく、世界中の森がおれたちの『我が家』なのだ。人間は断りもなく我が家へ入って来ていながら、どうしてごあいさつをしないのだ。それが礼儀正しい人間のすることなのだろうか。

人間は声を荒げて言いました。「降りて来い。降りて来い。早く降りて来いと言うのだ。おれの前でもう一度いま言ったことを言ってみろ」。サルは言いました。「乱暴なことを言うお客さんだ。おれはこの家の主人ですよ。この家の主がどこにいようと勝手ではないか。そちらさんこそ、まずこの家の主にあいさつすべきではないか。さぁどうぞ、この枝の上に来てトチの実でも召し上がれ」。サルは高い木の上から見下ろして、手招きしますが、人は手の届かないところにいるサルにどうすることもできず、ただ怒って見上げるばかりでした。

サルはまた言いました。「ああ、人間はなんてかわいそうなんだろう。人間は手で立つことができないだろう。足で物をつかむこともできないだろう。見てくれ、おれたちの4本の足は、足であるとともに手でもある。人間の手足も、その身体つきを見ると昔はおれたちと同じ働きをしていたに違いない。だけど、今はその働きができないではないか。人間の手足の歴史は退歩の歴史なのだ。いつの日か、何の役にもたたない時代が来るだろう。これはつまり人間たちが怠けていた結果ではないか」。

さらにサルは言いました。「人間にとって怠慢の歴史だけが日々に進歩している。ほら、人間が自慢する文明の機械というものは、結局、人間をますます怠け者にする悪魔の手ではないか」。人は叫んで言いました。「生意気な獣よ。早く降りて来い」。

サルは言いました。「この世界で人間ほど退歩したものはいないだろう。人間の祖先であるおれたちを見ろ、おれたちは地面の上を自由に動けることができると同時に、上にも下にも自由に動くことができる。だが人間は地面の上しか動くことはできない。人間もずっと昔は木の上に住んでいたのに。しかし人間はヘビやカエルの仲間になり、地上に降りていった。これを堕落といわずになんと言うだろう。深く考えてみてくれ、人間が立っている地平線と、おれたちがいる木の上と、どちらが天国に近く、どちらが地獄に近いか―」。

人間はまた叫んで言いました。「憎たらしい獣だ。思い知れ、おれたちがもし世界中の木を切ってしまったならば、お前たちはどこに住むというのだ。そうなればお前たちは、人間の前にひざまずき、頭を下げて助けを求めるほかないだろう」。

サルは言いました。「ああ、とうとう人間の最悪の思想を吐き出したな。人間はいつの時代も木を倒し、山を削り、川を埋めて、平らな道路を作ってきた。だが、その道は天国に通ずる道ではなくて、地獄の門に行く道なのだ。人間はすでに祖先を忘れ、自然にそむいている。ああ、人間ほどこの世にのろわれるものはないだろう」。サルは人間が気の毒でたまらなくなりました。人間はサルに真のことを言われたと感じつつも、認めることはできませんでした。腹を立て歯軋りして林をでようとしました。

それを見てサルは言いました。「お客さんよ、どこへ行くのですか」。人は声をふるわせながら言いました。「しばらく待っていろ。さっき言ったことは申し訳ありませんでした、と言わせてやる。今、家から鉄砲を持ってくる」。

その時、数個のトチの実どこからか飛んできて、人の頭にぶつかりました。「バラバラバラ、コツン、コツン、コツン」。人は怒りながら言いました。「な、なにをする、このやろう!」。いつの間にかサルの姿は消えていました。木の枝が突然ギシギシとなり、葉っぱがガサガサと動き、年老いたサルの姿は林の中から見えなくなりました。サルは枝をわたり、宙を飛んで、遠く遠く、お日さまが隠れる深い山の中に、逃げ去ったのでした。
posted by ウツボおやじ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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